スーパーオペラ「ガラスの仮面」より 歌劇「紅天女」心揺さぶられ、愛と平和、そして命。

2020年上半期最大の話題作であるスーパーオペラ「ガラスの仮面」より歌劇「紅天女」が開幕した。「ガラスの仮面」や作中劇である「女海賊ビアンカ」はすでに舞台化されているが、この「紅天女」は舞台化とは言ってもオペラ、しかも原作ではこの物語の結末は明かされていないのだが、このオペラでは結末が明かされる!ということで制作発表会から話題騒然としていた。原作ファンのみならず、オペラファンにとっても、この作品は注目されるべきものであろう。
平安時代を舞台に、乱れる世の平安のため天女像の作成を命じられた仏師一心と、梅の木の精・阿古夜の恋を軸とした時代劇であるが、 原作では紅天女を演じることのできる唯一の女優であった月影千草の事故・事実上の引退に伴い再演が不可能となった「幻の名作」。上演権を持つのは月影千草のみとなっており、北島マヤと姫川亜弓、ならびに多くの登場人物はこの「紅天女」を演じることを夢見ている、という設定。ヒロインを演じるのは小林沙羅と笠松はる。どっちが北島マヤなのか姫川亜弓なのか、それは観る人の自由、そういった”伸びしろ”も観劇する側にとっては面白さの一つであろうか。

幕開き前は紗幕、この絵柄が印象的、炎のようにも見えるが、これが実は照明で変化していく。物語はストーリー通りに進行していく。まずは石笛が鳴り響く。この音が作品の深さを観客に心に響かせる、まだ、始まってもいないのに、だ。金管楽器が壮大な主旋律を奏で、人々が「この世を地獄」と嘆く。


時代背景は14世紀、南北朝の時代、北朝と南朝に分かれて、争っていた。そんな時代を頭に入れておくと語られる様々なことがわかりやすくなるし、実際に史実にいた人物も登場する、楠木正儀は南朝の有名な武将で和平を望んでいた。一人の法師の姿が浮かび上がる。彼は「時の旅人」だ。それから鳥天狗が2名、狂言的な表現で日本の状況を憂いて退場する。ここまでで、作品の背景を知ることができる。それからテーマ曲とも言えるメロディが浮かび上がる。その後、帝が登場し、夢に見た天女のお告げを語るが、ここでもテーマ曲が聞こえる。まさにオペラ的、そして場面が変わり、この物語の重要人物である男(ここではまだ一真であるとは言われていない)、自分の境遇を語る、なかなかシビアな生い立ち、ここのアリアは聴きどころ、そして藤原照房が彼の真意を見抜いて「一真と呼ぼう」というのであった。それから一真は仏の使いたる法師に「南へいけ、紅の梅の木を見つけて彫るが良い」というが、一真はその場から立ち去る良いチャンスと捉えて立ち去るのであった。場面変わって精霊界、紅姫(紅天女)がこの世を憂いている。ここのアリアは聴きどころ。そんなおりに一真は盗賊に襲われるも盗賊の頭が彼の真情を理解し、一真は助かり、南へと急ぐ(ここで1幕が終わる)。

1幕は主要登場人物の状況や時代背景、そしてこれからの展開を想像させるにふさわしい内容、2幕で一真は実は谷に落ち、そんな彼を助けたのが阿古夜、典型的な『Boy meets Girl』であるが、この出会いこそが、ストーリーの軸となる。彼女がいる紅村、「我らは、元は神の子」と伝える。村人たちは実は精霊の化身、そしてストーリーはドラスティックに進行する。

 

オペラだけで結末が語られるこの「ガラスの仮面」の作中劇「紅天女」。ラストは感涙ものであるが、そこに至るまでがドラマチックで、これだけを小説やコミックにしても成立するほどの内容で、確かに「作中劇」だけに止めておくのはもったいない、と思わせる深い内容。人はなぜ争うのか、”見えない心”に動かされる”見えるこの身”、それは愛しかり、争いしかり、そして平和も、多分、この世の全てがそうかもしれない。壮大なアリアやコーラス、楽曲、そしてエモーショナルな言葉。登場人物たち全てが最初に登場した時とラスト近くでは人間性が大きく変化する。”成長”という言葉にも置き換えられるし、”化ける(いい意味で)”という言葉にも置き換えられるが、それさえも超える変わり方、変化。幻想的でコミックの作中劇とは思えない内容と深さ、『こういう神話があったの?』と錯覚するくらい、これを壮大なオペラにする。愛と平和と命、テーマは普遍的、争いからは何も生まれることはないことを壮大なスケールで描き切る。
11は初演の全くの初日、繰り返し上演すれば、さらに磨きがかかり、海外でも上演することのできるパワーと内容、そして美しさと描かれている各キャラクターが持っている”志”。その”志”はオペラの作り手(キャスト・スタッフ全て)とどこかリンクする。話題性抜群、いや話題性だけで終わらせない志と作品の力、日本発のオリジナルオペラ制作、回を重ねるごとに進化させることができる、挑戦は始まったばかりだ。来年は沖縄の精霊でガジュマルの木で暮らすキジムナー(「ゲゲゲの鬼太郎」にも登場したことがある)を題材にしたオリジナルオペラ「キジムナー時を翔ける」を上演予定。

<キャスト>
阿古夜×紅天女:小林沙羅(11&13&15)、笠松はる(12&14)
仏師・一真:山本康寛(11&13&15)、海道弘昭(12&14)
帝:杉尾真吾(11&13&15)、山田大智(12&14)
伊賀の局:丹呉由利子(11&13&15)、長島由佳(12&14)
楠木正儀:岡 昭宏(11&13&15)、金沢 平(12&14)
藤原照房:渡辺 康(11&13&15)、前川健生(12&14)
長老:三浦克次(11&13&15)、中村 靖(12&14)
お豊:松原広美(11&13&15)、きのしたひろこ(12&14)他
<合唱・演奏>
合唱:日本オペラ協会
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
石笛:横澤和也
二十五弦箏:中井智弥
<STAFF>
合唱指揮:河原哲也
美術:川口直次
衣裳:さとううさぶろう
照明:奥畑康夫
舞台監督:八木清市
副指揮:鈴木恵里奈、石﨑真弥奈
演出助手:橋詰陽子

【公演概要】
日本オペラ協会公演
美内すずえ原作・脚本・監修
スーパーオペラ「ガラスの仮面」より歌劇「紅天女」新作初演
日程・場所:2020年1月11日〜1月15日 Bunkamura オーチャードホール
各日とも14時開演(開場13時)
13:15より会場内にて美内すずえ×群愛子スペシャルトーク開催
お問い合わせ・予約:日本オペラ振興会チケットセンター 03-6721-0874

 公式HP:https://www.jof.or.jp/
主催:公益社団法人日本オペラ振興会/Bunkamura
助成:文化庁/公益社団法人東急財団/公益財団法人三菱UFJ信託芸術文化財団
協力:有限会社プロダクションベルスタジオ/株式会社アカルプロジェクト/小田急電鉄株式会社/株式会社白泉社
写真提供:公益財団法人日本オペラ振興会

取材:Hiromi Koh