シンガーソングライター・小松原沙織さんと「大塚」【 教えて!あなたの街の飲み心地】

著: パリッコ 

 

酒場ライターのパリッコさんが気になる街へ行き、そこで暮らす人と楽しく飲みながら街の魅力を探る企画「教えて!あなたの街の飲み心地」をお届けします。

◆◆◆

お酒や酒場専門のフリーライターとして独立する以前、僕は長いこと、とある会社に勤め、音楽関係の編集、ライター業を本業としていた。

10数年の間に、何百組というミュージシャン、バンドマンにインタビューをしてきたのだけど、その中には「この人なんだかおもしろいぞ」「この人のオーラは普通じゃない」「大御所なのになんていい人なんだろう」など、後々まで忘れられないような、特に強い印象が残った方というのが何人かいた。

シンガーソングライター、ヴォーカリスト、作編曲家、鍵盤奏者​である小松原沙織さんがそのひとり。

ジャズやクラシックをベースにした高いピアノ演奏力と、既存の型にまったくはまらない楽曲。そこに、「なんでそのテーマで歌おうと思ったの?」というようなエキセントリックな歌詞が乗ったりして、とにかく他にない音楽だ。

ところが実際にお会いしてみると、クールさとほんわかムードを兼ね備えた物腰のやわらかい方で、忘れようにも忘れられるわけがない。

その印象深さをさらに決定づけたのが、2017年リリースの『Boldly+』というアルバムに収録された『酒がうめえ』という曲のミュージックビデオ。

 


小松原沙織『酒がうめえ』MV

 

居酒屋チェーン「磯丸水産」を舞台に、タイトル通り「酒がうめえ」と繰り返すサビが印象的なこの曲は、一聴しただけで二度と忘れられないインパクトがあるし、そもそものテーマ選びに共感しかない。

今回はそんな小松原さんに、生まれ育った街であるという「大塚」を案内してもらえることになった。

大塚のさまざまな顔

東京都豊島区にある、JR山手線大塚駅。

10年ほど前から駅舎や駅ビルがリニューアルがスタートし、どこか垢抜けないイメージのあった駅前は、近代的な街並みに生まれ変わった。

 

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大塚駅南口


また、2018年には星野リゾートがプロデュースするホテル「OMO5 東京大塚」がオープンし、専門のガイドが街を案内してくれるツアーが組まれるなど、その魅力が再発見され、急激に注目の集まっている地でもある。

 

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「OMO5 東京大塚」

 

一方で、時代が令和に突入してもいまだ昭和の面影を残すレトロな風景も各所に残っており、場末の大衆酒場が好きな僕などは、そんなところにこそ強い魅力を感じてしまうし、実際、好きな酒場も多い。

 

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駅前のアミューズメント施設

 

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猥雑さも魅力の繁華街

 

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昔ながらのCDショップが残っていたり

 

そして大塚といえばもうひとつ、「東京さくらトラム」こと「都電荒川線」の存在だ。

 

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都電荒川線「大塚駅前」停留場

 

JRの線路と交差するように街なかをのんびりと走りぬける路面電車は、大塚の象徴のひとつといえるだろう。

その存在が、大らかでどこかノスタルジックな街のイメージを決定づけているといってもいいのかもしれない。

正直に言って、僕がこれまで大塚に対して抱いていたイメージというと、雑多で、スタイリッシュさからは縁遠く、ゆえに渋い大衆酒場が多い街、というものだった。

今回、きっと自分とはまったく異なる視点で街を眺めてきたであろう小松原さんとともに訪れる大塚の街は、僕にどんな表情を見せ、どんな新発見をさせてくれるのだろうか。

小松原さんと大塚の街を歩く 

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小松原沙織さん

 

さて、いきなりどこから取材が始まったのかというと、ここは大塚駅の南口駅前にある「サカエヤ」という老舗のおもちゃ屋さん。

小松原さんも子どものころに来ていたそうで、懐かしさから扉を開けてみたところ、お店を切り盛りしている女将さんが親切に対応してくれた。

 

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「懐かしい!」

 

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デッドストック的なアイテムが

 

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あっちにもこっちにも

 

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かわいらしい民芸品も多数

 

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店内をくまなく案内してくれる女将さん

 

ふらりと寄っただけなのに、創業当時からの様子を記録した貴重な写真資料などもたくさん見せていただいた。

 

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「この一番はしっこにいるのが私よ」

 

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大胆なデザインのコインケース

 

続いて、駅周辺を一回り散策してみることに。

 

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線路の上にかかる「空蝉橋」からの風景

 

天気が良ければ真正面に東京スカイツリーを望める、穴場のビューポイント。

 

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行き交う電車を飽きずに眺める親子連れと、それを見つめる小松原さん

 

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「天祖神社」

 

大塚住民のお参りスポットの定番であり、今年6月に行われた「おおつか音楽祭2019」では、小松原さんも境内でライブを行ったそう。

家族の思い出の店「炭火焼肉 山水園」

創業昭和34年。提供する牛肉はA4、A5ランクに限るという、老舗の名店「炭火焼肉 山水園」。

小松原さんはここに、子どものころから家族で来ていたという。

 

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「久しぶりに来ました!」

 

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担当編集O氏と3人、生ビールで乾杯!

 

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「これは見逃せませんね!」

 

セールでお得だった「牛タン」、さらに本日のおすすめだという「ざぶとん」などを注文。

 

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焼肉といえば牛タンからでしょう

 

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肉を焼く小松原さん

 

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ジューシーで味の濃い牛タンは、さすがの美味しさ!

 

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ざぶとん

 

メニュー表によれば、部位的には特選肩ロースで、焼肉の王様! とのこと。1皿2900円という高級品でもあり、神々しさが半端ない!

 

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それはもう……夢のようなお味でした……

 

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それにしても美味しそうに食べる人だ


小松原沙織さん(以下、小松原):大塚は、私の生まれ育った街です。小学校も中学校も大塚。そう言うと「子どもが遊ぶところなんてあるの?」って驚かれることも多いんですけど、この近くなら「大塚台公園」、新大塚のほうへ行くともっと大きい「大塚公園」。意外に点々と公園があって、何不自由ない子ども時代を過ごしてましたよ。

ここは子どものころ、両親と弟と4人で、年に一度か二度は必ず来てたお店なんです。特にお祝いごとがある日とかではなく、父の気分が「よし、今日行くぞ!」って高まった日に。うちの主導権は父が握ってたんで。そんな日は子ども心にうれしかったですね。昔から少食なほうだったんですけど、うれしくて食べすぎて、最後は気持ち悪くなっちゃうなんてこともありました(笑)。

ただ、外食が多い家だったわけではなくて、そういう思い出があるのは、本当にここだけ。ずっと通っていた父が言うには、昔は設備も古くて、店中に煙がこもってすごかったらしいです。私が子ども時代に来ていたころも、もっと古い雰囲気のお店だったな。今はこんなにピカピカですけどね。

同じビルに入っているカラオケ屋にも、小学校や中学校のころ、よく友達と来てました。当時全盛期だった、安室ちゃんとか、globeとか、広瀬香美さんとかの歌を歌ってましたね。

ピアノは小学校1年生のとき、友達が習っているのに憧れて始めたんです。アップライトピアノを買ってもらって、ピアノ教室にも通って。

大塚といえば「都電の街」というイメージも強いですよね。もちろん私も都電にはたくさんお世話になりました。ピアノ教室は雑司が谷にあったので、晴れている日は自転車だけど、雨の日は都電に乗って行っていたし、その後通った「東京音楽大学」も鬼子母神前の停留場から歩いてすぐなので、よく使ってましたね。

ただ、当時は歌手になろうとはまったく考えてなかったんです。大学で作曲を専攻していて、作曲家志望で応募した音楽事務所が、ちょうどアーティストを探しているタイミングだった。書類選考が通って面接に行ったら、「歌は歌えませんか?」って聞かれて、本当に偶然、その前の日に遊びで録った歌がiPodに入っていて、「……聴きます?」みたいな(笑)。それが今にいたっています。

『酒がうめえ』が生まれたきっかけですか? いや……特にはなくて、新曲をいっぱいつくらなきゃいけなかったときに、ふっとできただけ(笑)。お酒は好きなんですけど、そんなに詳しくはないですし、強くも弱くもないくらいですね。

 

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「冷麺」(1200円)

 

山水園でのシメは、小松原さんの大好物だという冷麺。さっぱりとした味わいと冷たさが夏にぴったり!

オープンしたての最先端スポット「ping-pong ba」

駅前に戻ると、偶然この取材当日にオープンするという卓球CAFE & BARの巨大な看板を発見。

時刻はちょうど19時すぎ。

どんなお店なんだろう? もしかしたら、記念すべき最初のお客さんになれる? と、興味本位で向かってみることにした。

 

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今日の19時開店!?

 

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地図を頼りに来てみると……

 

お店があるのはなんと冒頭でも紹介した、OMO5 東京大塚があるビルの地下。間違いなく大塚で最先端のスポットだ。

ワクワクしつつ階段を降りてみると……あれ? なんだかものすごくにぎわっている。さらに、DJによる大音量のダンスミュージックも流れていて……。

 

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急に自分たちがクラブっぽいところにいるという状況が可笑しい

 

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オープン日ということで、オープニングパーティー中だった

 

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非日常感が楽しい

 

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さらに卓球までできる

 

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で、久しぶりにやってみるとめちゃくちゃ楽しい!

 

この日はイベント営業だったが、通常ランチタイム〜夜までの通し営業で、チャージなしでフードやドリンクは単品からオーダー可能。

卓球台は18時までが30分500円、それ以降は30分1000円でレンタルでき、パーティープランや貸切プランなどのコースも豊富。

「ちょっと30分卓球でも」と気軽にも、大人数でゆっくりワイワイとも楽しめて、複数人で来れば盛り上がることは間違いなし。

こんな意外なスポットが誕生していたとは、最新の大塚、おそるべし……。

「NAMACHAん Brewing」で自家製クラフトビールと燻製料理を

続いては、小松原さんが以前ふらりと入ってみたらとても気に入ったというお店にやってきた。

 

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「NAMACHAん Brewing」

 

都内に3店舗ある「スモークビアファクトリー」という、燻製料理とクラフトビールの系列店のひとつ。

中でも大塚店は、店内にビール醸造所を併設しているのが最大の特徴だそう。

 

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実際にここでクラフトビールがつくられている

 

3つの300リットルタンクで常にオリジナルのビールがつくられ、規模が小さいからこその一期一会の味わいが楽しめるという、ビールファンにとってはうれしいお店。

 

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「なまぐれWheat S」(580円)とお通し

 

「なまぐれWheat」は、小麦麦芽を使用したウィートエールにグレープフルーツを加えたフルーツエール。すっきりとした飲み口の中に、ビールの苦みと柑橘系のアロマを感じる絶品だ。

お通しの「豚肉の燻製」が専門店ならではの絶品さなのはもちろん、「かっぱえびせん」と「キャラメルコーン」と思われるスナックにもかなりしっかりとした薫香が付けてあり、これが驚くほどお酒に合う。

 

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それにしても幸せそうに飲む人だ

 

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「お手軽燻製盛り」(680円)

 

チーズ、黄身の半熟加減が絶妙なゆで玉子、ミックスナッツ。

ひと口ひと口に燻製の香りが凝縮されているので、酒のつまみとしてのポテンシャルが異様に高く、これだけでビールが何杯飲めるのやら。

 

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「自家製燻製ウイスキー」(880円)

 

個人的にどうしても飲みたくて頼んでしまったこちら。ただでさえスモーキーなクセの強いことで有名な、スコットランドの「アイラ島」産のウイスキーに、燻製の香りをつけたもの。口に含むと、鼻から煙が抜けるような強烈なスモーキーさで最高!

 

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「ホープ軒のラーメンも大好きなんですよね……」

 

最後は昔ながらの大衆酒場で

最後に、大塚といえば無数にある大衆酒場系の店にも行ってみましょうということで、こちらも小松原さんが以前に入ったことがあるという一軒へ。

 

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「大塚鳥忠」

 

焼鳥もうなぎも魚介類も一品料理も、幅広く何でもそろう昔ながらの大衆酒場。

そうそう、僕の中の大塚のイメージに最も近いのはこういう店だし、そういう要素がまだまだ健在なのも、この街の奥深い魅力だ。

 

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頼んだ「ゆずはちみつハイボール」が、予想に反して無色透明だったことに驚く小松原さん

 

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個人的にはやっぱり

 

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こういうお店が一番落ち着くなぁ

 

小松原:私がひとり暮らしを始めたのは5年前。当初は行きつけのお店をつくりたくて家の近所で飲んだりしてたんですけど、最近はもっぱら家飲みのほうが多いですね。「金麦」が好きでよく飲んでます。基本は1本で、多くても2本。もしくは、チョーヤの「さらりとしたゆず酒」のソーダ割り。これ、梅酒より売ってるところが少ないんですけど、家の近所に置いているお店を見つけて以来、重宝してます。

私、空腹ではお酒を飲めないタイプなので、夕飯を食べながら晩酌をするんですけど、そのパターンが父とまったく一緒。遺伝だなぁって思いますね(笑)。

昔は自分の住んでいた街に、特に個性があるとは思っていなかった。だけどここ数年は、パリッコさんみたいに「大塚で飲むのが好き」なんて言ってくれる方も多くて、地元を誇らしいという気持ちが芽生えてきました。大塚住民の定番ネタがあって、大塚って、池袋と巣鴨に挟まれてるじゃないですか? だから「若者は池袋へ行き、お年寄りは巣鴨へ行き、大塚には誰も残らない」っていう(笑)。そんな大塚が魅力的だと言ってくれる人が少しずつ増えていることは、なんだかうれしいですね。

今年の誕生日には、大塚の「Welcome back」というライブハウスでワンマンライブをやらせてもらったんです。今の私にぴったりの店名ですよね(笑)。大塚って意外と、ライブハウスやライブのできる飲食店が多くて、音楽の街でもあるんですよ。

近年はお祭りも増えて、一番古くて一番人が集まるのは「東京大塚阿波おどり」なんですけど、「春の大塚バラまつり」とか、秋には「大塚商人まつり」があったり、「おおつか音楽祭」も10年くらい続いてます。そういうときは野外ステージでのライブもいろいろと楽しめます。だから居心地がいいというのもあるのかな。

最近の大塚は、古い良いところと新しい良いところが共存している街というイメージ。新しいスポットに人が集まって、にぎやかでとてもいいなとは思いつつ、このまますべてが新しくなりすぎちゃうと寂しいな、とも、少しだけ思いますね。


 

 

小松原さんが話してくれた通り、現在の大塚は、古い良さと新しい良さがバランス良く共存しているところがとても魅力的だと感じた。赤ちょうちんとネオンに彩られた飲み屋街はもちろんいいけれど、街全体が急速に新陳代謝し、驚くほど幅広く進化していた。そんな発見ができたのも、今回、小松原さんとともに大塚の街を歩かせてもらったからこそだろうと思う。

 

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「酒がうめえったら酒がうめえ!」 

 

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著者:パリッコ

パリッコ

1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家/イラストレーター、DJ/トラックメイカー。酒好きが高じ、2000年代後半よりお酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『酒場っ子』『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』『ほろ酔い!物産館ツアーズ』、スズキナオ氏との共著に『酒の穴』『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』など。

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