あるとき、SUUMOの池本洋一編集長から「メム メドウズを取材してみないか?」という依頼があった。「メム メドウズって?」 初めて耳にしたこの名前に、最初はピンとこなかった。ネットで調べてみると、十勝地方の大樹町という街にあり、運営母体は住宅設備機器メーカーで業界最大手のLIXILが設立したLIXIL住生活財団。世界的な建築家として知られる隈研吾さんが設計した住宅をはじめ、実験的な建築の数々が建っているという。なにやら面白そうな場所というのは分かったが、建築というのは写真や図面だけでは全貌がつかめない。とにかく取材に行ってみることにした。
わたしが住んでいる岩見沢から大樹町までは車で約3時間半。今回はJRで向かうことにしたが、今夏の台風の影響で一部区間が代行バスによる運行となっており、待ち時間を合わせると現地までたっぷり5時間以上!
電車とバスを乗り継ぎ帯広へ行き、大樹町の地域おこし協力隊の中神美佳さんに送迎をしてもらい、ようやく施設に着いたのは夜8時ごろだった。あたりに街灯はなく月明かりだけの世界。満天の星に心を奪われつつも、暗くてどんなところかまったく分からない不安を感じながら、この施設に一泊させてもらうことになった。
まだ薄暗い早朝。気温はマイナス4度ほど。ひんやりとした空気のなか、外へ出てみることにした。地平線から太陽が次第に昇っていくにつれ、メム メドウズの様子が目の前に現れていった。
ここはもともと大樹ファームという競走馬を育てる牧場だったそうで(競馬ファンにとっても“聖地”!)、あちこちに厩舎(きゅうしゃ)や倉庫など、当時をしのばせる建物がある。わたしが泊まったコンファレンス・センターも、もとは厩舎だった建物。回廊にはゲージが残され馬が飼われていた当時を彷彿とさせるが、扉のなかに入ると一転。居心地のよい宿泊施設となっている。
そのほか競走馬の屋内走路だったという楕円形の大型施設の一部を改修したレストランやバーカウンターもあった。競走馬の施設という特殊な空間を、人間の営みの場へと転換させることによって、いままで見たこともない風景が生まれていることに驚かされた。
「この場所には堆積した時間があるからこそ、ここがとても新しく感じるんです」と、リノベーションを手掛けた隈さんは、施設内で見られるメム メドウズの紹介映像のなかで語っていた。
このほか、建築家の伊東豊雄さんが改修を手掛けた建物もあった。もと牧草保管用倉庫に大きな暖炉とキッチンカウンターを新設。ワークショップスタジオへとなり、人々がこの場に集うきっかけをつくり出している。
牧場の施設をリノベーションするという試みだけでも見応え十分だが、さらにメム メドウズが世界的にも類を見ない場所と言われている理由となっているのが、敷地に点在する実験住宅の数々だ。2011年に、隈さんが最先端の技術とアイヌの伝統建築である「チセ」の知恵とを融合させた寒冷地住宅Meme(メーム)をつくるとともに、LIXIL住生活財団が学生による建築コンペも実施。北の大自然をいかに建築に取り入れていくかをテーマとしたこのコンペには、第2回目からは欧米やアジアなど世界各国の大学が参加。「LIXIL国際大学建築コンペ」という名前となり、今年で6回目を迎えている。
実験的な建築コンペはほかでも実施されているが、大抵の場合、図面や模型の製作までで終わることも多い。このコンペの最大の魅力は、最優秀賞に輝いたプランを実際に建ててしまうところにある。建設後も、断熱や熱循環のアイデアが実際に運用可能であるか、データを取り検証を行っているのも特徴だ。
実際に実験住宅に触れる前は、街にある住宅展示場をまわるような気分でいたのだが、そんなわたしの既成概念が見事に打ち砕かれる体験が待っていた。
例えば2012年の建築コンペ最優秀賞BARN HOUSEは、馬との共生がテーマ。慶應義塾大学の学生によるプランで、なかに入ると厩舎として使える土間がもうけられている。1階、2階の居住スペースには窓が多数取りつけられ、どこからでも馬が眺められる構造だ。室内の壁面には多数の炭を設置し、消臭と調湿の効果が期待できるようになっている。さらに、馬糞を1箇所に集めて発酵させ、その熱を利用して室内を暖めるという実験も行われた。
その隣に建てられたのが、ハーバード大学によるHORIZON HOUSE(2013年)。1階部分には360度すべてに窓が取りつけられており、日々移ろう自然の風景が存分に楽しめるというコンセプト。正座をするとちょうどよい高さのところにある窓と、天井部分に取りつけられた窓からは、自然の光が満ちあふれ、まさに“HORIZON”という名にふさわしい居心地の良さを味わうことができた。
これらの実験住宅をめぐるなかで、わたしがもっとも衝撃を受けたのが、オスロ建築デザイン大学が設計したINVERTED HOUSE(2015年)だった。扉を開けるとリビングがあるが、天井も壁もなくほとんど野外! ベッドルームや風呂場にはかろうじて屋根があるものの、外に向かって解き放たれている。コンペのテーマ「厳しい寒さを楽しむ家」をもとにつくられたというが……。
今回の取材では、SUUMOの池本洋一編集長と大樹町地域おこし協力隊の中神さんと一緒に実験住宅をめぐっていたが、この住宅を前に、さまざまな意見が飛び出した。
「リビングといっても、壁のようなものか、ガラスのような膜がないと、家という感じがしない」(池本編集長)
「キャンプ感覚で利用したら、いいのかもしれないですね(笑)」(中神さん)
大樹町の真冬の最低気温はマイナス20度。コンペのテーマであった、厳しい寒さは本当に楽しめるのか?と素朴に“突っ込み”を入れたくなったが、同時にこの建築の背後には人の住まいとはなんなのかという本質的な問いかけが潜んでいるようにも感じられた。
建築に限らずアートやデザインの歴史を振り返れば、つねに表現者たちは、既存の概念を覆すことで新しい価値を生み出してきた。“人が住むことが難しい家”を実際に建てることによって、きっと何か新しい可能性が広がるきっかけになるに違いないという期待をもった。
メム メドウズは、LIXIL住生活財団に事前予約をすれば、リノベーションをした建物や実験住宅の見学が可能だ。建築に興味のある人々はもちろん、住み替えや家を建てようと考えている人にも足を運んでもらいたい。住宅には快適さや使い勝手の良さを求めがちだが、奇想天外なアイデアに触れることで、住まいの在り方を見つめ直す機会となるだろう。
そして、できることなら家族や友人など仲間でワイワイ見ることもオススメしたい。どの住宅にも思いがけない発見があり、言葉は適切ではないかもしれないが“突っ込みどころが満載”。トークに花が咲くことは間違いない。先鋭的な実験ではあるが、わたしたちの暮らしに引き寄せて「実際に住むなら……」、そんな視点でめぐると、よりこの場を楽しむことができるはずだ。
さて、メム メドウズのリポートはまだまだ続く! 後編では、最近この場所で始まった、話題のグランピングや地域に開かれたイベントなど、新たな動きについて紹介します。