明治時代に制定されてから約120年もの間、債権関係の規定(契約等)についてほとんど改正されてこなかった「民法」ですが、2020年4月1日、全体の約4分の1にも及ぶ200項目程度の改正事項が施行されました。「瑕疵担保責任」が「契約不適合責任」に置き換わったこともその一つです。この記事では、家を買うとき、売るときに知っておきたい民法改正の主なポイントを紹介。契約時に特約がない場合に適用される民法に基づいて解説します。
現在の民法は、1896(明治29)年に制定されてから、契約等にかかわる「債権関係の規定」については、実質的な見直しがほとんど行われてきませんでした。しかし、明治時代から、大正、昭和、平成、令和へと時代が移り変わるなか、日本の社会や経済は、取引の複雑高度化や情報化社会の進展等で大きく変化しています。また、多数の判例や解釈論を実務に反映する形で民法を補ってきたものの、条文には明記されていないため、基本的な民法でのルールが見えにくくなってしまっていました。
そこで、社会・経済の変化に対応し、実務で通用しているものの条文には明記されていなかった基本的なルールを明文化することで、よりわかりやすいものとしたのが2020年の民法大改正です。契約等に関する基本的なルールについて、合計200項目程度の改正がされています。
改正された項目の中には、住宅の売買契約に関係することも複数あります。この記事では、家を売るとき、買うときにかかわる民法改正内容をまとめました。
今回の民法改正では、「売買における売主の瑕疵担保責任」について全般的な見直しが行われました。
では、「瑕疵担保責任」とは、どのようなことなのでしょうか。「瑕疵(かし)」とは、「売買契約の目的物が通常有すべき品質・性能を欠くこと」を指しています。住宅売買の場合の「瑕疵」はその不動産の不具合のことで、雨漏りやシロアリの被害、給排水管の故障など物理的な欠陥のほか、事件や事故、自殺などの心理的な欠陥も含まれます。そして、瑕疵担保責任の対象となるのは、「隠れた瑕疵」。「隠れた」というのは、買主が通常の注意を払っても気づけなかったことを意味します。
改正前の民法では、瑕疵を発見した場合、買主は発見後1年間、売主に対して損害賠償を請求、または契約の目的が達成できない場合は契約解除を求めることができました。
民法改正で見直された瑕疵担保責任ですが、改正後は「瑕疵」という言葉が使用されなくなり、「隠れた瑕疵」は、「種類、品質又は数量に関して、契約の内容に適合しない」という表記、つまり契約不適合責任に置き換わりました。改正後は売主と買主が合意した契約内容に適合しているかが問題とされるため、「隠れた」という要件は不要になっています。
つまり、改正後は、買主が引き渡しを受けた住宅に欠陥があった場合、買主がそれに気づいていた(隠れていない)か気づいていなかった(隠れていた)かは関係がなく、契約書の内容に適合しているかが売主が責任を負うかどうかの判断基準になるということです。
例えば、契約不適合責任の場合、買主が購入する物件に雨漏りがあることを承知していて、売買契約書にも物件に雨漏りがあることが明記されていれば、それは契約内容に適合しているので売主は契約不適合責任を負うことにはなりません。しかし、売買契約書の内容が「雨漏りはない」ということになっていれば、契約書の内容と適合していないものを売ったことになるため、買主が雨漏りについて気づいていてもいなくても、売主は契約不適合責任を負うことになるのです。
民法改正前は、購入した物件に瑕疵があった場合、買主は売主に対して「契約解除」または「損害賠償請求」を求めることができました。
民法改正後、契約不適合責任では「契約解除(催告解除、無催告解除)」「損害賠償請求」のほかに、瑕疵を修理し補うための修補請求などの「追完請求」や「代金減額請求」も認められました。
買主にとっては、売主への責任追及の手段が増え、有利になったといえます。
買主が売主に対してできる責任追及の手段 | |
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瑕疵担保責任の場合 | 契約解除 損害賠償請求(損害賠償請求の範囲は信頼利益※1のみ) |
契約不適合責任の場合 | 追完請求 代金減額請求 催告解除 無催告解除 損害賠償請求(損害賠償請求の範囲は履行利益※2。信頼利益も含まれる) |
では、契約不適合責任で買主が売主に請求できる5つの権利について説明しましょう。
契約内容と異なっている部分を、買主が契約通りにするよう請求することです。民法改正前は、まずは「買主が瑕疵を知らなかった」ことを証明する必要がありましたが、契約不適合責任では契約内容と合っているかいないかが問題になるため、買主は請求しやすくなりました。なお、契約内容と異なるものを売った場合、売主は落ち度がなくても追完請求されます。
追完請求をしても売主が対応しない場合、または契約内容通りになるようにする補修などができない場合に、買主に認められる権利。補修できる不具合の場合は、追完請求の催告を行いますが、明らかに補修が不可能な場合は追完請求の催告をせずに代金減額請求をすることができます。
追完請求の催告をしても売主が対応しない場合、買主が契約を解除できる権利です。
改正前の民法では、売主に帰責事由がなければ契約解除が認められていませんでしたが、民法改正後、売主の債務不履行による契約解除については、売主に帰責事由がなくても契約の解除が認められることになりました。
ただし、売主の債務不履行が軽微な場合は催告解除はできないことになっています。なお、不履行が軽微かどうかは、契約や取引通念に照らして判断されます。
契約不適合で「契約の目的を達しない場合」(売買契約した住宅が住めない状態の場合など)に限り、催告をせずに契約を解除することができます。
契約不適合があった場合、買主は損害賠償請求をする権利が認められています。民法改正後、売主に落ち度や過失がない場合は、売主は損害賠償義務を免れるということが明文化されました。
民法改正前の瑕疵担保責任では、買主は「瑕疵を知ってから1年以内」に契約の解除、または損害賠償請求まで行う必要がありました。しかし、契約不適合責任では、買主は「不適合を知ってから1年以内にその旨を売主に通知」することで権利が保全され、補修費用の請求や損害賠償請求、契約の解除などは不適合を知ってから5年以内でよくなりました。
先ほど、買主は「不適合を知ってから1年以内にその旨を売主に通知」することで賠償請求などの権利が保全されると解説しました。しかし、住宅の欠陥や不具合は、もともとあったものなのか、経年劣化によるものなのか判断が難しいケースも多いため、売主が責任を負う期間や、買主が責任を追及できる期間(債権の消滅時効)が設けられています。
民法改正ではこの消滅時効に関する見直しも行われ、これまであった「権利を行使することができる時から10年」に加えて「権利を行使することができることを知ってから5年」が追加されています。どちらか早いほうで時効が完成することになります。
不動産会社Aから住宅を購入したBさん。引き渡しから数年がたってから住宅の不具合を発見した場合、契約不適合責任で補修を要求(追完請求)できるのはいつまで?
・改正前
権利を行使できる時(引き渡し時)から10年は損害賠償請求や契約解除などの権利行使ができた
・改正後
権利を行使できる時(引き渡し時)から10年、または、権利を行使できることを知った時(不適合を発見した時)から5年のうち、早く期限がくる方で時効になる
契約不適合があった場合、売主に落ち度や過失があれば買主は損害賠償請求をする権利があります。でも、契約後、実はその住宅が火事で焼失していたなどの場合、損害請求はできるのでしょうか。
不動産会社Dから住宅を購入したCさん。契約締結をしたあと、実はその住宅が火事で焼失していたことが発覚。Cさんは、賠償請求はできるのでしょうか?
売主に落ち度や過失がなくても、契約した内容通りに履行されないことがあります。その場合、契約解除はできるのでしょうか?
Eさんは中古住宅を購入後、DIYでリフォームをするため建材メーカーFと建材を売買契約。ところが、もらい火で建材メーカーFの倉庫が焼失し、建材の納入が遅れることに。売主のCに過失はありませんが、Eさんは別の建材メーカーと契約を結ぶために建材メーカーFとの売買契約を解除できるのでしょうか?
民法改正で瑕疵担保責任から契約不適合責任となることで、住宅の売買は買主に有利になると一般的にはいわれています。
一級建築士事務所北工房代表取締役で日本ホームインスペクターズ協会理事の栃木渡さんによれば、
「しかし、契約不適合責任という考え方は『契約内容』に適合するかしないかがすべて。そのため、改正後は、売主側の責任が大きくならないよう責任を免責する内容の特約をつけた売買契約が多く結ばれるようになるでしょう。この改正が買主にどれだけ有利になるのかは、今後、不具合が見つかってもめごとになったときに、免責の範囲が民法上有効かどうかという判例が出そろうまではわからない、というのが現状です」
では、これから家を売却したり、購入したりする場合、どんなことに注意すればいいのでしょう。
まず大切なのは、売買される住宅の状態を明確にすること。
「契約内容と適合しているかを確認するために、建物の状況を把握しておくことは、買主側にとっても売主側にとっても重要です。劣化状況や不具合に対する対応を判断するためにも、ホームインスペクションをすることはメリットがあります」(栃木さん)
また、買主、売主のどちらにも重要なのは、売買契約の内容をしっかり把握すること。買主は契約不適合が見つかったときに、売主に対して対応を請求できる期間や範囲を確認すること、売主は契約書を作成する前に契約不適合責任についてどうするかを考え、不動産会社にも相談するといいでしょう。
2020年4月1日の民法大改正で、瑕疵担保責任が契約不適合責任へ
契約内容と適合していない場合、買主が売主に対して請求できる権利の手段が増えた
住宅の売却や購入の際、大切なのは契約内容と住宅の状態を明確にすること