リンスカムはまだ終わってない! 新天地エンゼルスで示す復活への覚悟

鈴木良枝

6月18日(現地時間)の復帰戦で勝利を手にしたリンスカム 【Getty Images】

 スタンディングオベーションの大歓声に迎えられた光景は、一瞬、ジャイアンツの本拠地AT&Tパークにいるかのようだった。

 6月18日(現地時間)、オークランドでのアスレチックス戦がティム・リンスカム(エンゼルス)の357日ぶりのメジャー復帰登板になった。エンゼルスにとっては敵地であったが、リンスカムにとってはホームのような雰囲気だった。

「予想もしてなかったよ。沢山のファンが来てサポートしてくれた。おかげでホームのように投げられた」

 テンポの良いピッチングで6回を1失点に抑え、勝ち投手となった。昨年まで9年在籍したサンフランシスコからベイブリッジを渡ってすぐのオークランドには、彼の復帰を待ち望んだ多くのファンが詰めかけた。試合開始30分以上も前からブルペンの前にはすごい人の列ができ、地元テレビでは「観客はほとんどティミー(リンスカムの愛称)のファンのようです」と紹介。「もうブラック&オレンジ(ジャイアンツのチームカラー)じゃないけれど、ベイエリアに戻ってきてワクワクしている」と書かれたプレートを掲げていた若い女性ファンもいた。多くのファンが期待した復帰戦だった。

スケートボードを手にキャンプ地に到着

 30歳になるシーズン(2014年)までに、サイ・ヤング賞2回、ノーヒッター2回を成し遂げ、ワールド・チャンピオンに3度輝いた投手はそういない。さらにオールスター出場4回(09年は先発投手)、奪三振王3回、7年連続2けた勝利。その実績に関しては、よく知られているので詳細は割愛する。

 ロングヘアーをなびかせ、180センチ、70キロ台の細身で巨漢打者から三振を奪う。髪はサラサラで肌は白く、その野球選手らしからぬ姿がファンのこころをつかんだ。

 初めて彼に会ったのは10年のスプリング・トレーニングのこと。前年に2年連続でサイ・ヤング賞を獲得し、25歳で有名選手の仲間入り。クラブハウスにやって来た彼は、スケートボードを片手にキャップを被り、パーカーにジーンズ姿。メジャーリーガーというより大学生のようだった。自己紹介をしてインタビューをお願いすると「いいよ、いつでも言って」と笑顔を見せた。一流選手がなんて気さくなのかと拍子抜けした。

“The Freak(変わり者)”と言われるため、素顔を知らない記者からは「話を聞くのは大変では?」とよく聞かれるが、こんなにフランクな選手はいない。

 先発投手は独自のルーティンを持っている選手が多く、特に登板前は「話しかけてくれるな」という雰囲気の選手も少なくない。でも彼は全く違う。登板前までテレビを見ながらチームメイトや記者と気楽に話しているし、練習前には鼻歌を歌いながらグラウンドに現れ、犬の話や髪の毛の話、サッカーの話など雑談をしたこともある。ある時は、インタビューの後にお礼を言うと「どういたしまして」と日本語で返してくれた。

長年のフル回転の影響もあり股関節を手術

 今シーズンの開幕前、ジャイアンツファンの関心は「優勝できるか」でも、「新戦力は活躍するか」でもなく、「リンスカムはどうしているのか?」だった。エースと呼ばれなくなっても、ファンは気にかけていた。

 ここ数年は悩んでいた。不調の原因を聞かれ「どこも痛くないし、検査でも悪いところはない。なぜだかわからない。とにかくルーティンをこなして、次に良いパフォーマンスができるように頑張りたい」そう話していた。

 投球フォームからもわかるように、身体がとても柔らかい。小さな体をバネのようにして投げ込む投球フォームが、結果として腰と股関節に負担をかけてしまった。だが8年間ほぼローテーションを守り、うち3年はワールド・チャンピオンになり、長いシーズンを過ごした。疲労の蓄積は否めない。

 14年には背中と腰に痛みが出て、15年は初めての長期離脱。「チームのために働けないのがつらいよ」と言った。6月にDL入りしてからも毎日のトレーニングと体のトリートメントに時間を費やす。手術をせずにシーズン中の復帰を目指したが、9月3日に左股関節の手術を受けた。地元メディアは、「ジャイアンツでリンスカムの姿が見られる最後の年かもしれない」と報じた。ジャイアンツとの契約が更新されないまま「5カ月のリハビリを経て、16年の開幕には十分に間に合うと言われている。今はリハビリに専念したい」と語った。

「不安がなかった訳ではないが、焦らず1つずつプロセスをこなしていこうと思った」

 そうその時の気持ちを振り返った。

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著者プロフィール

サンフランシスコ在住。テレビ局勤務。スポーツリポーター、AP、コーディネーター。高校野球の監督だった父親の影響で高校・大学では野球部のマネージャーを務める。大学時代よりプロ野球やMLB中継に携わる。テレビ局のスポーツ局での勤務を経て、その後拠点を米国に移す。現在はサンフランシスコ・ジャイアンツやサンフランシスコ49ersなどスポーツの取材を中心に行うほか、コーディネーターとして幅広くテレビ番組の制作にも関わっている。

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