デジタルガバメントが実現する豊かな未来

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Vol.1 国民目線のパブリックサービスを
提供するために

日本社会のデジタル化は遅れていると多くの国民が感じている。今回のコロナ禍でその実感を強くした国民はさらに増えたはずだ。「国民目線のサービス提供を実現するには官民連携が必須だ」と長年にわたり政府のIT政策にも関わってきた慶應義塾大学教授の村井純氏は言う。日本をデジタル先進国に変革するため、公共サービスはどうあるべきか、またデジタルガバメントをどのように実現していけばいいのか。日本のデジタルの現状と今なすべきこと、さらには将来展望について、日経BP総合研究所フェローの桔梗原富夫が村井純氏に聞いた。

村井 純

 

慶應義塾大学 教授
デジタル社会構想会議 座長
内閣官房参与、デジタル庁顧問

“デジタル敗戦”からの復興に向けたデジタル庁への期待

――デジタル化に遅れた日本の行政サービスの現状は、「デジタル敗戦」という言葉で表現されています。この言葉をどう捉えるべきでしょうか。

村井 自民党内で一貫してIT政策を担当し、「デジタル・ニッポン2020~コロナ時代のデジタル田園都市国家構想」の議論もリードしてきた平井卓也前デジタル大臣の言葉ですから重みがあります。行政においては、どこでどのようなサービスをしてくれるのか分からない、同じような書類を何度も書かせる、各サービスが連携していない、といった現実があります。そうした行政サービスの課題がデジタル敗戦という言葉の根拠になったと考えています。

 日本の行政機関は早くからIT化に取り組みました。しかし、インターネット時代さらにはクラウド時代に変わっても、古いレガシーシステムがそのまま残り、システム連携がうまくできない原因につながっています。また、システムというよりは制度的な問題で、国、都道府県、基礎自治体間で行政サービスの連携が難しいという課題もあります。

 一方で、コロナ禍のステイホームでオンライン会議やオンライン授業が半ば強制的に始まりましたが、日本は欧米と比べ、各家庭から質の高いビデオ映像を発信できる環境が整備されていることが再認識されました。その点では、極めて質の高いインターネット環境を実現しているという明るい側面もあります。

――行政サービスの課題を解消していくうえで、2021年9月にデジタル庁が設置されたことは大きいと思います。デジタル庁のグランドデザインにも関わってきた村井さんから見ての期待を教えてください。

村井 表のミッションと裏のミッションがあると考えています。以前から国民が感じており、コロナ禍で一気に表面化した行政サービスの不便さをとにかく解決しなければならないというのが表のミッション。対して、各行政システムの連携やクラウドへの移行といったインフラの課題への対処が裏ミッションです。

 私は双方のミッションについて、有識者という立場から政府に対し高めの要求をしてきました。まず、インフラを連携するには従来の縦割りの組織だけでは不可能で、横につなぐための組織改革が必要です。これが裏ミッションの高い要求。一方、表ミッションでは行政サービスを国民目線で見直し、役に立つサービスに変えるという要求です。デジタル庁が誕生したことで、この両方の要求を受け止められる体制ができました。デジタル庁が司令塔となることで、国民目線でのサービス提供という考え方で、誰も取り残されず全ての人が恩恵を受けられるような社会のデジタル化を、決して容易ではありませんが実現できるはずです。

 デジタル庁は民間人が事務方トップに就くなど、これまでの官庁とは全く異なります。マイナンバーカードを使った新型コロナワクチン接種証明書アプリを短期間でリリースするなど成果も見え始めました。まだまだスタートアップですが、大いに期待できると思います。

デジタル社会を支える公共サービスのあるべき姿とは

――社会のデジタル化を進めるにあたっては、国民が豊かさを実感できるということがよりどころになるのでしょうか。

村井 全くその通りです。農業を例にデジタル活用による豊かさの享受について説明しましょう。みかん農家が甘くておいしいみかんを作りたいとします。甘いみかんは高く売れますし、消費者も喜んでくれるので、生産者にとっても消費者にとっても豊かさを実感できます。ただ、甘いみかんを作るには匠の技が必要ですし、気候も影響します。最初は全てアナログの手法と経験に頼っていました。それが最近はセンサーで気温や降水量、土壌温度などのデータを収集し、作業記録などもデジタル化することで甘いみかんを容易に作れるようになってきました。また、データを共有することで、熟練者でなくても甘いみかんを生産できるし、教材化して若い人たちがデジタル化された管理方法や熟練者の技術を学ぶといった動きも実際に起きています。マーケットも、どこにいつ出荷すればどのような価格で売れるか、量はどれくらいが適切かといったことを、データを使って迅速に安価に判断できるようになっています。

 こうした仕組みの背景にはコンピュータやクラウドのシステムがありますが、存在を意識しないセンサーをはじめ高度な技術が身の回りに自然にあり、それがこれからの豊かな社会づくりを支えていくということです。このように、見えない部分をデジタル技術が支えている社会こそが、本当のデジタル社会だと思います。

――残念ながら現在は、その理想的なデジタル社会を支えるような公共サービスが実現されていません。国民の期待と行政が提供するサービスとのズレを解消するには、刻々と変化する社会環境やその影響を受ける国民一人ひとりの状況や期待を捉え、解決すべき問題や優先順位を見極めたうえで、対話しながら解決施策やサービスをタイムリーに提供することが重要だという見方があります。

村井 全く同感です。行政サービスを考えるうえで、期待を捉える、見極める、対話する、そして解決するという4つのポイントは極めて重要です。加えて大事なのは、サプライサイドのロジックではなく、デマンドサイドの視点です。

 B to Cという言い方がありますが、行政サービスにはG to C、つまりガバメント to シチズンの面があります。このtoはGからCへと一方通行の矢印ではなく、双方向を意味します。行政サービスがとるべきアクションとしては、サプライサイドだけでなく、シチズンサイドの参加が極めて重要です。なぜかといえば、本当に何をかなえたいのか、どのような問題を解きたいのか、そのニーズを知っているのはシチズンサイドだからです。それをサプライサイドだけで見切ってしまうと、可能性や創造性の広がりが生まれません。

 インターネットはその上で何でもできる設計になっており、実際に何をしていくかは人間の創造性に任せています。これをデジタル社会の観点から言うと、可能な限り共通のプラットフォーム的なアプローチで、市民が恩恵を自然に享受できる体制をまずは作り、その上で先ほどの4つの視点が出てきます。要は人間が中心にあり、ダイナミックに多様性や創造性を尊重できるものこそが、求められる行政サービスの姿だと考えます。

信頼の上に成り立つデータ活用基盤実現の可能性

――デジタルガバメントが進展している国を見ると、クローズドからオープンへ、サプライ起点からデマンド起点へ、ということを意識してサービス提供していると感じます。

村井 エストニアの例がよく出されますが、日本は人口が圧倒的に多く、行政構造にも1億2000万人の規模に適した自治と分散があります。それを前提として、共通にアクセスできるデジタルデータとは何かを定義し直し、国としての使命、地方としての使命についても仕分けを行っていかなければなりません。これは大きな課題です。

 その中で、全体が恩恵を受けられるオープンなシステムとサービス構造を、シチズン視点で設計していく必要があります。こうした賢い設計は誰が得意かというと、民間の、特にコンシューマーサービスを作ってきたプロフェッショナルたちでしょう。法律を守るために作られていた行政サービスをコンシューマー目線のサービスにしていくには、企業のサービスと連携していくことが必須です。

――データをオープンにして活用するには、データ提供に対する抵抗感を解消しなければなりません。プライバシー保護と利便性のバランスをどう考えればよいのでしょうか。

村井 自分のデータがどこで使われるのか分からなければ気持ちが悪いのは当然ですから、まずそこは透明でなければなりません。一方で、政府が個人情報を握ることには監視社会につながるのではないかという別の気持ち悪さがあり、それが様々な施策の妨げにもなっています。ですから、まずは国が「このデータは自然災害やパンデミックから国民の命を守るためだけに使う」と約束することが肝心で、そのためには政府の信用、トラストが大事になります。

村井純氏

日本は国民の健康や命を守るための
データ基盤を国民の信頼のもとで
作ることができる

――日本ではそれが可能でしょうか。

村井 できると思います。例えば、他国で警察はともすれば嫌われる傾向にありますが、日本では嫌われていません。安全で安心な国であるのは交番があるからだというコンセンサスさえあり、言い換えれば日本には信頼関係の基盤がすでに確立されているのです。国が責任を持って国民の健康や命を守るためのデータ基盤を、国民の信頼のもとで作ることができれば、それこそ世界に貢献できるプラットフォームになるでしょう。

――企業との連携が必要とのお話でしたが、最後にIT企業に対する期待を伺えますか。

村井 私はIT企業と共同研究しながら今日の社会を一緒に作ってきたという思いがあります。IT企業は、以前の日本をリードしてきた重工業に比べて常に新しいものに取り組むために、プロダクトや考え方をダイナミックに変えていく発想を持っています。実際に、インターネットの登場前後、クラウドの登場前後でIT企業はそれぞれ大きな変革を成し遂げました。加えて、もはや全ての産業がデジタル技術に依存しています。IT企業が自動車を造る、人間の健康をセンシングするスマートハウスを作る、といったように、従来の自動車やハウジングメーカー、医療産業の発想を超えたプロダクトも生み出せるでしょう。

 つまりIT産業にはこれまでの既成概念を取り払い、人間にとって必要なことは全てIT産業の仕事だ、という気概とアプローチが求められます。デジタル社会の実現に向けて、人間に寄り添い、夢を支援する産業に発展していくことを期待しています。

慶應義塾大学 教授、デジタル社会構想会議 座長、内閣官房参与、デジタル庁顧問
村井 純

1955年生まれ。工学博士。88年、インターネット研究コンソーシアムWIDE プロジェクトを立ち上げ、日本におけるインターネットの普及に貢献。97年慶應義塾大学環境情報学部教授に就任。2013年、インターネット協会(ISOC)が「インターネットの殿堂」に選出。内閣高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT総合戦略本部)有識者本部員、内閣サイバーセキュリティセンターサイバーセキュリティ戦略本部員、IoT推進コンソーシアム会長ほか、各省庁委員会の主査や委員を多数務め、日本のデジタル政策を長年主導。現在、デジタル社会構想会議座長、デジタル庁顧問を務めている。

村井純氏

富士通が考える
デジタルガバメントのあり方

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