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阿寒の湖底に生きるマリモ、内部に「年輪」発見 保全へ手がかり

2021.12.16

草下健夫 / サイエンスポータル編集部

 丸い緑の見た目に愛嬌が感じられ、お馴染みのマリモ。名前も姿もよく知られているのに、成長したものは今や世界でも北海道釧路市の阿寒湖にしかないといい、環境省が絶滅危惧種に指定している。そんなマリモの内部には木の年輪にそっくりの縞模様があり、年齢が推定できることを発見した、と神戸大学、釧路市教育委員会などの研究グループが発表した。医療用の検査機器を独自に調整して活用するなどし、内部構造を探った。成長の速さが分かり、仕組みの解明も進むことで、保全に役立つことが期待されるという。

阿寒湖のマリモ(研究グループ提供)
阿寒湖のマリモ(研究グループ提供)

病院の“あれ”で透かして見ると

 マリモは長さ数センチの糸状の藻「糸状体」が無数に絡まり、水面の波の影響で回転しながら光合成をして球状に成長する緑藻類。北半球の高緯度地方の湖に分布するが、直径10センチ以上に成長して群生するのは、今では阿寒湖だけ。近年までアイスランドのミーバトン湖も知られていたが、富栄養化などで2013年にはほぼ消失したという。

 その阿寒湖でも20世紀前半からの森林伐採や開発などで、土砂の流入や湖面の低下、富栄養化が起こり、4カ所あった群生地が2カ所に減った。ただ、保全活動にあたり重要な成長の速さや栄養供給の仕組みは、よく分かっていなかった。成長したマリモは貴重なので、内部を調べるには切断しない非破壊検査が望まれる。そこで研究グループは医療用のMRI(磁気共鳴画像装置)を調整して活用し、内部構造を調べた。

 その結果、マリモの表面から4~5センチ内側にかけ、木の年輪のような縞模様を発見した。マリモは湖面の氷が解けている春から秋に、湖面の波などの影響で振動、回転し、光合成を阻害する有機物などを表面から振り落として成長し、表面が磨かれて球形になると考えられている。一方、冬場に湖面が凍結するとほとんど動かなくなり、表面がボサボサになる。研究グループはこうしたことと考え合わせ、縞模様が、木と同様に年ごとの成長を示す年輪であると判断した。

 実際に切断して観察した過去の研究では、年輪の有無をめぐり見解が分かれたが、MRIを使うことではっきり確認できたという。年輪1つの幅は4.5~6.3ミリ。直径だと年に9~12.6ミリほど成長するので、5センチほどの状態から30センチの巨大マリモになるのに20~28年かかる計算だ。成長の速さをめぐり見解が分かれていたが、絞り込むことに成功した。

 また、成長したマリモの内部は光が届かず光合成ができないため、藻のない空洞になっていることが知られる。MRIで観察したところその通り、年輪より中は空洞だった。

直径10センチ(左)と22センチのマリモのMRI画像(研究グループ提供)
直径10センチ(左)と22センチのマリモのMRI画像(研究グループ提供)

最小規模の栄養循環

 研究グループはまた、謎が多いマリモの栄養供給の仕組みを解き明かそうと、潜水して注射器で内部の水を採取し、成分を周囲の湖水と比べるなどして調べた。すると、内部の水には藻類の成長に必須の窒素やリンが、湖水より高濃度に含まれていた。逆に酸素は内部の方が少なかった。

 内部では藻が剥がれ、バクテリアによって窒素やリンに分解されている。そのバクテリアの呼吸により、酸素が少ないと考えられる。マリモが回転、振動するうち、窒素やリンを含む水が外部へゆっくり抜け出ていることも分かった。マリモ内外の水は約105時間かけて入れ替わっていた。自分が放つこれらの栄養分を再び利用しながら、光合成により成長しているとみられる。MRIでは内部の空洞に、こうした分解の段階にあるとみられる白い塊が確認できた。

 阿寒湖のマリモ群生地の周辺は栄養レベルがさほど高くなく、しかも栄養を多く必要とする水草が多いという。研究グループの釧路市教育委員会マリモ研究室次長の尾山洋一さん(陸水学)は「こうした環境にあって、マリモが自分の内部から高い栄養分が出ていくのを、利用しないとは考え難い。地上最小スケールの栄養循環で成長しているようだ」と述べている。マリモが栄養を吸収する仕組みが、ようやくみえてきた。

マリモが湖面の波の影響で球状になること(左)と、内部から出る栄養分を成長につなげていることの概念図(研究グループ提供)
マリモが湖面の波の影響で球状になること(左)と、内部から出る栄養分を成長につなげていることの概念図(研究グループ提供)

 研究グループは神戸大学、釧路市教育委員会、北見工業大学、西村組(北海道)、豊水設計(同)で構成。成果は英科学誌「サイエンティフィックリポーツ」に11月10日に掲載され、神戸大学が12月2日に発表している。

保全へ重要な手がかり得る

 マリモは球形や栄養循環が微妙なバランスで保たれているが、気候変動で失われる恐れが指摘されているという。尾山さんは「保全のため非常に重要な成長速度が分かり、内部の構造の決定的な証拠を得たのは大きな成果」とする。

 研究グループの神戸大学大学院工学研究科市民工学専攻教授の中山恵介さん(水環境工学)は「マリモが環境の影響を受け、どのように成長するかが解明されつつある。今になってようやく、マリモの保護、管理に向けた研究のスタート地点に立てたように感じる。専門分野を連携させ、学際的に研究を推進したい」としている。

 物も言わず湖底にひっそりと生きる美しい緑の球は、自然保護の象徴のようにも見える。昭和の流行歌「毬藻(マリモ)の歌」の一節ではないが、「涙のマリモ」とならないよう、生態のさらなる解明と保全の、地道な活動に期待していきたい。

阿寒湖の直径約20センチのマリモ(研究グループ提供)

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