愛美容室、はるみ美容室…。街角でよく目にする女性の名前が付いた美容室。一体誰の名前だろう。店名の由来は何だろう。女性の社会進出の象徴との説もあるようだが…とにかく店主に会ってみたい。
気になった「てみた。取材班」は「○○美容室突撃隊!」を結成。沖縄の千人あたりの美容室数は全国平均を上回る。県都・那覇市で○○美容室の○○さんを訪ねてみた。
奇跡の愛・愛コンビ 美容室 愛 安里
那覇市安里の美容室愛。階段を上がり、ドアを開けると「いらっしゃいませ~」と振り返る笑顔が二つ。「なぜ『愛』なんですか?」と記者が聞くと、店主の女性が「ありきたりだけど、私の名前です」と明かした。
狩俣愛子さん(64)が安里で美容室を開いたのは約40年前だそう。この日は常連さんが2人。細いカーラーが頭いっぱいに器用に巻かれた客は、開店当初からの常連のようだ。
「あと、誰にでも愛されるようにという意味もあるかな」。狩俣さんが思い出したように付け加えると、隣で補助をしていた女性がすかさず「それ後付けじゃないですか~」と笑顔で突っ込みを入れた。
その女性に名前を聞くとなんと「愛合(あいり)」さん。喜納愛合さん(25)は狩俣さんの娘の友人だ。働いて4年になる。まさかの「愛・愛コンビ」だが、喜納さんは「たまたまですよ。でも言われてみて確かにって思いました」と笑った。
「実り」願いを込めて みのり美容室 松川
趣のある瓦屋根のみのり美容室。ドアを開けると、店主の宮城喜代子さんが「どなた?」と驚いた表情でこちらを見た。記者が自己紹介を済ませると、初対面とは思えないほど話が弾む。「実りあるように」という願いを店名に込めた。陽気な喜代子さんの笑いに誘われ、店内のお客も和やかに語り合う。
店先に張り出された紙には、開店時間は平日午前9時半から午後8時までとある。「でも、お昼ぐらいから開けることもあるよ。お客さんが私に合わせてくれるの」と笑いながら答えた。要望があれば午後9時でも引き受ける。
復帰前に美容師免許を取得し、幾つかの店舗で修行を重ねた。自分の店を開いて38年、多くの常連客が通ってくれる。
おしゃべりに夢中になっていると「正月笑いが聞こえるね~」とお客さんがやってきた。常連客の女性は「好みのカットをできる人を探していろんな美容室を回ってたら、ここに行き着いた」と話す。にこやかに笑う喜代子さんに元気をもらい店を出た。
前の店から1字変更 アリス美容室 安里
那覇市安里の栄町商店街内にあるアリス美容室。「すみません、美容室の名前の由来を聞いているんですが…アリスさんでしょうか」。半開きのドアのまま、ドアの近くで雑誌を片付けていた店主らしき女性に尋ねた。女性は、急な質問に戸惑いながら「私の名前ではないです」と答えた。
店主は田盛明美さん。店名の由来は田盛さんが引き継ぐ前の美容室「パリス美容室」から取ったという。
田盛さんは「パリスよりアリスの方がかわいいかなって1字変えただけ。私の名前も明美で『あ』が付くから」と淡々と語った。
田盛さんは店を始めて24年になる。「栄町で私は新しい方。先輩たちがたくさんいて、それぞれ顧客を持っていますよ。自分の名前を店名にするのは先輩たちじゃないですかね」
記者と話をしていると、常連客の糸村伸子さんが「シャンプー買いに来た」と勢いよく入ってきた。田盛さんがシャンプーを容器に移し替えている間、糸村さんは鏡の前に座ると、週刊誌を手に取り「山田涼介君かわいいわよね~。私はキングスのファンで…」と一気に店内がにぎやかになった。
母の店を引き継いだ はるみ美容室 小禄
ピンク色の雨よけに、少し文字がかすれた看板。小禄にある「はるみ美容室」の扉を開けると、壁いっぱいに張られた森林の壁紙が目に飛び込んできた。「引退した母が写真屋さんと一緒に店を出した名残です」と店主の上原希美子さん(52)が教えてくれた。
創業50年。具志、高良などを転々として、30年ほど前に小禄に店を構えた。店名の「はるみ」の由来は「店を始めた母が『春子』だから」。なぜ「はるこ」じゃないの? 上原さんは「『こ』よりも『み』の方がかわいいからって」とにこり。どうやらかわいさを追求した結果らしい。
店内には講師の資格を持っていた母がセットした女性の写真や、最近のはやりの髪型をしたマネキンなどもあった。昔から冠婚葬祭のセットをメインに受け付けており、今でも髪型の研究は欠かせない。
「趣味と仕事が一緒。仕事が楽しいから毎日楽しいよ」。代が変わっても、仕事に真摯(しんし)に向き合う姿勢を受け継ぎながら、店を大切に守る女性に出会えた。
画廊喫茶から命名 アイ美容室 久米
店名の「アイ」は名前なのか尋ねてみた。「違うよ。私は香代子というの」と答える比嘉香代子さん。
店名は、兄が営んでいた画廊喫茶と同じ名前を付けたそう。「私の名前だと思ってみんな『アイさん』って呼ぶから、私もそれでいいかなって」とちゃめっ気たっぷりに笑った。
玄関横に並んだ花鉢から伸びた緑が店先を覆う。店内をのぞくと人の姿はない。隣の鮮魚店で働く女性が「毎週この日はお客さんとランチに行くんですよ」と教えてくれた。
翌日、再度訪ねてみると香代子さんが笑顔で迎えた。創業43年、常連客は引っ越し先の糸満市や沖縄市から足を運ぶ。「小学生や中学生も来てくれる。高校生がスマホで『この髪型にして』って見せてくるのよ」。どんなリクエストにも応えられる腕が自慢だ。
店の隅には談笑スペースもあり、地元客がゆんたくするために訪れる。「お客さんから100歳までやってと言われるから、100歳まで来てよと言うの」。名前通りの「アイ」があふれるお店だった。
取材後記 どの店主もちゅらさんだった。
タウンページの住所を頼りに声を掛けて回ってみたが、なかなか取材に応じてもらえなかった。恥ずかしさから断られることが多かったが、どの店主もきれいだったのが印象的だ。
「すっぴんでスーパーに行くと、友人に『昔はきれいだったのに』と怒られるんです」と笑って教えてくれた人もいた。取材はNGだったが、おしゃべりは歓迎の様子。ついつい長居してしまう。
かつて沖縄で最大の社交場として栄えた地域にある美容室を訪ねた時には、若手の記者を見るなり店主と常連客がピリッとした緊張感を漂わせた。この地域で明るい時間に開いている店は数少ない。「この辺を歩いたことがなくて、他にも開いているお店ありますか」と記者が尋ねた。「ここは夜のお店ばっかりだよ」と笑い、張り詰めた空気が少し和らぐ。
店主の女性は多くを語らない。それでも食い下がり、世間話などから会話の糸口をつかもうとする。いつの間にか記者の恋愛相談になっていた。「いつまでも落ち込んでいたら、落ち込むまま。逆に考えてみなさい」と諭され、心にじんわりと響いた。
「この人のポジティブなところがいいのよ。だから相談しちゃうわけ」という常連客の言葉に思わずうなずく。写真も取材も断られたが、帰りがけに「相談事があったらまたおいで」と言ってくれた。落ち込んだ時はお邪魔しますね。
(2017年12月10日 琉球新報掲載)