PageTopButton

松尾潔「私もかつて暴言受けた」早大元教授のセクハラ裁判にコメント

「卒業したら俺の女にしてやる」などと、教え子にセクハラ発言をしたとして、東京地裁は4月6日、早稲田大学元教授の渡部直己氏らに賠償を命じた。「学生時代、自分も渡部氏から暴言を吐かれた」と、RKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で告白したのは、この番組のレギュラーコメンテーターで音楽プロデューサーの松尾潔氏。そこで語られたこととは…。

賠償命令は55万円「あまりにも低い」

早稲田大学文学学術院の教授だった渡部直巳氏(71)は、文芸評論家としても知られています。この渡部氏からセクハラを受けたと、教え子だった作家の深沢レナさん(32)が損害賠償を求めていた訴訟で、東京地裁は渡部氏と同大に55万円の支払いを命じました。

これとは別に「卒業したら俺の女にしてやる」と渡部氏に言われたことについて、深沢さんから相談された別の教授が、彼女に「あなたにも隙があるんじゃないの」という趣旨の話をしたことについても、裁判所は5万5000円の支払いを命じています。

この金額、どう思いますか? 新聞、メディアの捉え方も、単に賠償を命じたことを報じたところと、「安すぎだろう」というような批判的な報道をするところと分かれています。深沢さんも請求額の10分の1程度の金額に満足はしていません。判決後「文学という生きる支えをハラスメントで奪われた。大学には同じ過ちを繰り返さないようにしてほしい」と話しています。

私も、司法判断はこんな低い金額で表れているんだなと思いました。そういう国に暮らしているのかと思うと、ちょっとぞっとします。なぜ私がこういう反応をしているか? 実は私も、かつて渡部氏に教わる立場にあったんです。

渡部氏からかつて暴言を受け文学から遠ざかる

今から30年ぐらい前ですが、渡部氏は当時、ある新進女性作家の名前を講義中に出して、「あいつは俺が食わせてやっている」というような発言をしていたんです。報道を見て「まだあんなこと言ってんのか」と思いました。

この“上から目線”は甚だしくて、セクハラではありませんが、あるテーマで私が発表したときも「そんなことを言う者が俺のクラスにいるなんて信じられない。もう単位やるから出て行け」と言われました。

ただ、そういう言い回しをする人は渡部氏だけではなかったような気もします。そういう発言がまかり通っていた時代で、もちろんそれはいいことではありませんが、私もまたそのときのセクシャルな発言に対し、マジョリティである男性の側に立っていたのでしょう。同じクラスで、私よりもずっと胸を痛めていた女子学生がいたんだろうと、今になると思います。

私も学校に直接文句を言っていませんから、渡部氏のような教官をのさばらせてしまった一因となっています。「こんな人たちがまかり通っているんだったら、もう文学からは距離を置いていいわ」ということで、音楽の方に行ったというのが私がとった行動でした。

仕事柄、文壇とも付き合いがあって、早大の文学学術院に携わっている人たちと話す機会もありますが、私が学生だった頃と随分変わっています。渡部氏の不祥事を払拭することに懸命になっているし、今指導的な立場にある人は、再発防止のために動いています。でも、ほかの大学や大学院にとどまらず、こういうことって「閉じたところ」で多かれ少なかれ起きているんだろうということを察してしまいますね。

加害者は覚えていない

遡ること高校時代。1年生の夏休み前だったと思いますが、体育の教師から授業中「気合いが入っとらん」と言われていきなり殴られたことがあります。そのまま授業を受けさせられたんですが、その後のほかの授業になっても出血が止まりませんでした。それで騒ぎになって、結局それから病院に運ばれて、頬を5針縫いました。親も呼ばれましたが、学校側は「とにかく表沙汰にしないでくれ」と。

私も学校にいづらくなるのが嫌だったから「警察とか新聞に言うのはやめてくれ」と、私の方から両親にお願いしました。体育教師は次の授業からびっくりするぐらい私に対して優しくなりました。卒業までずっと、むしろ気持ち悪いぐらいに。

40歳ぐらいのとき、高校の大きな同窓会に初めて行ったんですが、会場にその教師も来ていました。きっと私には会いづらいだろう、と思っていたんですが、実際、その教師の前に立ってみると、私のことは覚えていませんでした。

つまり、加害者って覚えていないんですよね。そのことにショックを受けて、やっぱりあのとき警察沙汰にするべきだったと思いました。もしかしたら、私の後輩も同じような目に遭っているかもしれません。

告発しなかったことに自責の念

今回の早稲田大学の渡部直巳氏の報道を聞いて、私もまた加害者だなと思いました。高校、大学で形は違えど、立場を利用したハラスメントに、それぞれ被害に遭ったり、その現場を目の当たりにしたりしながら、そこから逃げてきたというのは、その状況に加担してしまったんじゃないかなという自責の念に苛まれます。

高校や大学でなくても、例えば自動車教習所で、私の若い頃はすごく口の悪い教官がいましたし、セクハラに遭った女性もいました。でも、みんな免許が欲しいし「ちょっと我慢すれば終わること」と、通過儀礼のような感じで、特にそれに対して声を上げることもありませんでした。

職場でもそうかもしれません。だけど皆さん、勇気を持って声を上げてほしい。周りの人たちに対しても、それに気づいたのに、黙って見ていることは、加害者と一緒ですよと申し上げたい。そう言っている私自身、いま自戒しています。私ももう、自分の年齢より若い人に囲まれることが多くなったので、言い出せない雰囲気を作っていないかどうか気をつけます。

この記事はいかがでしたか?
リアクションで支援しよう

radiko 防災ムービー「いつでも、どこでも、安心を手のひらに。」