パシフィコ横浜にて開催された「第20回図書館総合展」(2018年10月30日~11月1日)。30日のフォーラムでは沖縄県恩納村の関係者が集い、「いま町村が熱い!フォーラム『観光×図書館』」とのテーマで同村の取り組みを報告した。

フォーラムに登壇した恩納村の関係者。左から長浜善巳恩納村長、恩納村文化情報センター係長・司書、沖縄国際大学非常勤講師の呉屋美奈子氏、株式会社ONNA専務取締役、恩納村観光協会幹事の與儀繁一氏(写真:すべて小口正貴=スプール)
フォーラムに登壇した恩納村の関係者。左から長浜善巳恩納村長、恩納村文化情報センター係長・司書、沖縄国際大学非常勤講師の呉屋美奈子氏、株式会社ONNA専務取締役、恩納村観光協会幹事の與儀繁一氏(写真:すべて小口正貴=スプール)
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 日本図書館協会の統計によれば、2017年現在、日本には927の町村があり、この中で公立図書館を設置しているのは522自治体、約56%に過ぎない。残り40%強には図書館が存在せず、ますます本に触れる機会が少なくなっている。

 恩納村は沖縄県中部に位置する南北に長い村で、豊富なビーチとホテルを抱える「観光の村」として全国的に知られる。なぜその恩納村が図書館総合展なのかと、事情を知らなければ首をかしげることだろう。実は同村は2015年に観光情報機能と図書館機能を兼ね備えた複合施設「恩納村文化情報センター」(以下情報センター)をオープンさせ、年々来館者数を伸ばしている。

 しかも、村にとって初めての図書館である。町村の図書館に逆風が吹く中、“新しい地方図書館の形”として成功した稀有な例と言える。

 情報センターは、リゾートホテルが立ち並ぶ国道58号線沿いにあり、恩納村博物館、おんなの駅(物産施設)と隣接。博物館はセンターの開館に合わせて入場料を無料にし、入場者数が約2倍に増加した。おんなの駅も年間来場者数が100万人を超えるなど、周辺施設にも集客効果が現れている。

村の基幹産業である観光と図書館を融合して情報発信

恩納村文化情報センターが村にもたらした効果を説明する長浜村長
恩納村文化情報センターが村にもたらした効果を説明する長浜村長
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 まずは長浜善巳恩納村長が、「恩納村に関するあらゆる情報を収集して村内外へ発信する施設を目指した。既存の図書館のイメージではなく、村の基幹産業である観光にも寄与するセンターでもある」と概要を説明した。

 1階を観光情報フロアとし、恩納村および沖縄本島北部のゲートウエー(玄関口)として観光客に村内および北部地域の観光地、観光施設の情報、村民、活動団体の情報を提供。この内容からわかるように情報は村民にも向けられたものであり、長浜村長は「村の良さを再発見してほしい」と考えている。

 そして2階部分が図書・情報フロアである。コンセプトは「村民が集い、学び合い、育つ図書館」。面積は1689m2、図書収容能力は開架・閉架合計で12万2000冊の規模を誇る。予算は沖縄振興特別交付金を活用し、施設費として総工費7億円を要した。

 入館者数は毎年増えており、2018年11月にも累計で30万人を突破する見込みだ。貸出人数は初年度(平成27年度)は2万人、2017年度には3万人近くに広がった。ユニークなのは、全国どこに住んでいても本を借りることができる点。これは観光客の多い、国内有数のリゾート地ならではの施策と言える。2018年8月31日現在、県外の登録者数は490人。あと8県で全国制覇だという。

 貸出冊数に目を向けると村内がとくに増えており、2015年度は約6万9千冊、平成29年度には約11万7千冊を数えた。村民1人あたりの貸出冊数は23.3冊となり、開館以降、村内の小学校平均読書冊数が30冊以上増加するなど、子どもたちの読書活動推進にも役立っている。初めての図書館を村民がどれだけ待ち望んでいたかを裏付けるデータである。

順調に伸びている貸出冊数の推移(当日投影された資料を撮影)
順調に伸びている貸出冊数の推移(当日投影された資料を撮影)
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 村の狙いは、情報センターを文化、知識、観光への架け橋として機能させることだ。「図書館は村づくり・人づくりの場所だと考えている。これからも村の基幹産業である観光と図書館を融合して情報発信の場として提供していきたい」(長浜村長)。

周辺施設と連携し、文化・知識・観光をつなぐ(当日投影された資料を撮影)
周辺施設と連携し、文化・知識・観光をつなぐ(当日投影された資料を撮影)
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沖縄の美しい海を臨みながら読書ができる

建設の準備段階から関わった呉屋氏
建設の準備段階から関わった呉屋氏
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 次に登場したのは、恩納村文化情報センター係長・司書で沖縄国際大学非常勤講師の呉屋美奈子氏だ。呉屋氏は図書館情報学を専攻し、2011年に恩納村の図書館準備室に採用された経歴を持つ。文字通り情報センターの誕生前からすべてを知り尽くした人物であり、この日も建設までの歩みから話を進めた。

 そもそも2003年度に初めて恩納村立図書館及び中央公民館調査検討委員会が設置され、その後2006年度に図書館の必要性を確認。2007年度には恩納村第4次総合計画・後期基本計画において「新たな図書館づくり」を明記したという。その後、準備室の設置までさらに4年を費やしたことになる。

 準備室に加わった呉屋氏は、「関係者が考えるべき。建設検討委員会を作ってほしい」と上司に進言。委員会には総務課長、企画課長、社会教育課長、学校教育課長、建設課長と横断的にメンバーが集められ、現場の作業部会は係長クラスが担当した。その結果、すべてが早いサイクルで回るようになり、2012年6月には「観光に特化した情報発信拠点施設」としての建設が決定。そして2013年に起工式、2014年に竣工式、2015年4月に開館と、方向が定まってからは迷いなく事が進んだ。

 続けて呉屋氏は、“図書館としての情報センター”の特徴を解説した。何と言っても恵まれているのは、目の前に広がる美しい海を臨みながら読書ができるリーディングカウンターである。1階の観光情報フロアにも沖縄情報を楽しむための本を置くなど、シームレスな連携を図る。また年間100以上のテーマ展示を行い、来館者を飽きさせない仕掛けも積極的に行っている。

海を臨むリーディングカウンター(当日投影された資料を撮影)
海を臨むリーディングカウンター(当日投影された資料を撮影)
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 アクティビティに意欲的であるのも特徴だ。センターを取り囲む内海の干潟を使った観察会、手作りのスクリーンで映画を楽しむ海辺のナイトシネマ、3階展望室前を開放した星空観察会、夕日を眺めながら読書を楽しむイベント、館内での音楽コンサートなどを催し、コンセプトである“村民が集う場”を体現する。

 各所との連携にも注力する。村役場の福祉健康課との取り組みでは、村内で出生した新生児に対して絵本とオリジナルトートバッグのセットを贈呈。博物館とは協同で資料を持ち寄って科学フェスに研究成果を出展したり、慰霊の日に証言朗読会を実施したりした。図書貸出の際におんなの駅の商品が5%割引されるクーポンを配布し、大手ホテルに出張ミニライブラリーを設置するなど、図書館内を超えた観光強化も図っている。

ホテル内ミニライブラリーの設置事例(当日投影された資料を撮影)
ホテル内ミニライブラリーの設置事例(当日投影された資料を撮影)
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「図書館」ではなく「情報センター」

おんなの駅を運営するONNA専務の與儀氏。恩納村観光協会幹事も務める
おんなの駅を運営するONNA専務の與儀氏。恩納村観光協会幹事も務める
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 次におんなの駅の指定管理業務を担当するONNA専務取締役の與儀繁一氏が登壇。観光の視点から図書館への期待を語った。沖縄はハワイに迫る観光客数がありながらも、滞在日数が半分以下の平均3.7日であることに言及し、今後の課題はいかに滞在日数を伸ばしてもらうかにあると指摘した。その上で與儀氏は、情報センターの持つ可能性についてこのように語った。

 「情報化社会の今は観光客が求める価値観も多様化し、あえて地域の日常空間で地元の人たちと触れ合いたいとのニーズも増えてきた。それを考えると、地域の知を集めることは十分に観光資源になる。観光地にあるこの図書館をどう生かすか。これは地域の腕の見せどころだと思う。我々も協力し、この観光資源をしっかりと支えていきたい」(與儀氏)

 後半は都留文科大学准教授の日向良和氏がモデレーターとなり、質疑応答の時間となった。「なぜ図書館の名前をつけなかったのか?」との日向氏の質問に対し、長浜村長は「全国のどこにもない図書館を兼ね備えた情報センターを作りたかったから。ここを拠点に情報を仕入れ、沖縄北部へと足を伸ばしてほしい思いもある」と回答した。

都留文科大学准教授の日向氏
都留文科大学准教授の日向氏
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 次に日向氏は「年間100以上の展示は大したもの。これからの司書に編集能力は求められると思うか」と呉屋氏に質問。呉屋氏は「どんなに面白い本でも背表紙だけで来館者が選ぶのは難しい。見せ方を変えることで今まで手に取られなかった本が手に取られるようになることは確実にあり、その成果は貸出点数や来館者数として現れている。予算がないからと止まらず、アイデアとスタッフのやる気さえあれば、自分たちの与えられたリソースの中でも人を喜ばせるイベントができるはずだ」と答えた。

 與儀氏には「観光情報の発信で情報センターに期待することは?」と問いかけた。これを受け與儀氏は「伝える力は人を介してのものが強い。人がいかに思いを込めて地域の魅力を伝えているかによって、観光客がまたファンになってくれる。その意味でも情報センターでの発信は相乗効果がかなり高い」と、情報センターのあり方を高く評価した。

 会場からも質問が飛んだ。「情報センターを作ったこと村で最も変わったことは?」と質問したのは、東京都杉並区の公立図書館長だ。呉屋氏は図書館側の視点として「初めての図書館として村民が喜んでいること。そして村全体でイベントや交流ができる場としても機能していること」を挙げた。

 日向氏は恩納村の取り組みを振り返り「ハコモノに焦点を当てていない。それぞれの活動が主役であり、それを生み出す人の想像力、情報発信力、コミュニケーション力がいかに大事かを証明した」とまとめた。ハコモノの中身を“人間力”というソフトでどのように輝かせていくか。これから数十年後、建物が老朽化した情報センターの姿が、今と変わらぬ魅力を保っていることに期待したい。

この記事のURL https://project.nikkeibp.co.jp/atclppp/PPP/report/120300164/