公開日: 2021/06/10 (掲載号:No.423)
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事例でわかる[事業承継対策]解決へのヒント 【第30回】「子会社による親会社株式の取得」

筆者: 太陽グラントソントン税理士法人 事業承継対策研究会

事例でわかる[事業承継対策]

解決へのヒント

【第30回】

「子会社による親会社株式の取得」

 

太陽グラントソントン税理士法人
(事業承継対策研究会)
パートナー 税理士 日野 有裕

 

相談内容

私Lは小売業A社のオーナー社長です。A社には15%の株式を保有する外部株主M氏がいます。M氏はA社の共同創業者ですが20年以上前にA社を退職し、現在は年1回の株主総会時に連絡を取り合う程度の付き合いとなっています。私は今年で70歳になるのでそろそろ息子Fへ社長を譲ろうと考えており、同時にM氏より15%の株式を買い取ろうと交渉していました。今般、交渉がまとまり、総額3億円でM氏が保有する全ての株式を買い取ることで合意しました。

現在、このM氏の所有する株式を誰が買い取るかで悩んでいます。私や息子は3億円もの現金は持っていませんし、資金が潤沢なA社で買い取ることを検討したのですが、顧問税理士よりM氏にみなし配当課税が生じ、最高税率で所得税等が課税されると指摘されました。もしそうなると、今回の株式を買い取るM氏との合意が破綻しかねません。

そこで、不動産賃貸業を営むA社の完全子会社であるB社に買い取らせようと考えていますが、会社法により子会社による親会社株式の取得は禁止されていると聞きました。A社、B社ともに自己資金が潤沢であり、M氏からの株式買い取り後は親族のみが支配する会社となるため、子会社が親会社株式を取得したとしても誰にも迷惑はかけないと考えています。本当に取得してはいけないのでしょうか。


解決へのヒント

  • 子会社による親会社株式の取得は会社法により禁止されています(会135①)。
  • 子会社が親会社株式を取得した場合は、100万円以下の過料となります(会976十)。
  • B社によるA社の議決権は消滅します(会308①)。
  • ただし、実務上、まれに子会社が親会社株式を取得することはあります。

■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■

[1] 会社法の規定

(1) 親会社株式の取得について

会社法は以下の会社再編等による例外的な事由を除いて、子会社の親会社株式の取得を禁止しています。もし、取得した場合でも、相当の時期に親会社株式を処分しなければなりません(会135③)。

《例外的事由(会135②)》

 他の会社(外国会社を含む)の事業の全部を譲り受ける場合において当該他の会社の有する親会社株式を譲り受ける場合

 合併後消滅する会社から親会社株式を承継する場合

 吸収分割により他の会社から親会社株式を承継する場合

 新設分割により他の会社から親会社株式を承継する場合

 前各号に掲げるもののほか、法務省令で定める場合(会施規23)

(2) 違反した場合

会社法135条1項に違反し、子会社が親会社株式を取得した場合は、子会社の取締役に対し100万円以下の過料が科せられます(会976十)。「料」とは行政罰であり、刑事罰としての罰金、「料」とは区別されています。したがって、過料が科せられたからといって、いわゆる前科となるわけではありません。

(3) 株式を相互保有する場合の議決権

会社法では、株主は、株式会社がその総株主の議決権の4分の1以上を有することその他の事由を通じて株式会社がその経営を実質的に支配することが可能な関係にあるものとして法務省令で定める株主を除いて、その有する株式について議決権を有する、とあります(会308①)。したがって、ご相談の場合、A社はB社の議決権の全てを保有していますので、上図の通りB社のA社に対する議決権(15%)は消滅します。

 

[2] 財産評価基本通達における規定

株式の持ち合いについては、財産評価基本通達188-4に言及されています。この通達では「評価会社の株主のうちに会社法第308条1項の規定により評価会社の株式につき議決権を有しないこととされる会社があるときは、当該会社の有する評価会社の議決権の数は0として計算した議決権の数をもって評価会社の議決権総数となる」とあります。

これは、同族会社の経営者が、自分が支配する会社の株式を相互保有させることにより、保有する株式の評価方法を配当還元方式とすることを防ぐための通達です。税務においては、株式の相互保有(子会社による親会社株式の取得を含む)を想定していると言えます。

 

[3] 結論

後継者へ会社を引き継ぐにあたり、現経営者世代の外部株主の整理は、最後の大仕事だと言えます。ご質問の子会社による親会社株式の取得は、会社法上禁止されていますので、実行することはお勧めしません。例えば、後継者F氏が新たに会社を設立し、そこへA社が3億円を貸付け、その資金をもってA社株式を購入するという方法もあります。

ただし、今回の事例では、A社株式を上記の新会社において購入するのと、子会社B社において購入するのとでは実体は何も変わりません。結局は全てL氏・F氏がA社・B社を支配することになりますので、リスクを理解したうえで、子会社による親会社株式を取得するのであれば、私見ではありますが、実行可能なスキームであると考えます。冒頭で申し上げた通り、実務上もこうした事例は見受けられます。

実際の手続きに際しては、弁護士・税理士等の専門家に相談することをお勧めします。

 

〔凡例〕
所法・・・所得税法
所令・・・所得税法施行令
所規・・・所得税法施行規則
所基通・・・所得税基本通達
法法・・・法人税法
法令・・・法人税法施行令
法規・・・法人税法施行規則
法基通・・・法人税基本通達
相法・・・相続税法
相令・・・相続税法施行令
相規・・・相続税法施行規則
相基通・・・相続税法基本通達
財基通・・・財産評価基本通達
措法・・・租税特別措置法
措令・・・租税特別措置法施行令
措規・・・租税特別措置法施行規則
会・・・会社法
会施規・・・会社法施行規則
金商法・・・金融商品取引法
金商令・・・金融商品取引法施行令
金融商品取引法第2条に規定する定義に関する内閣府令・・・金商法2条府令

(例)相法9の2④・・・相続税法第9条の2第4項

(了)

「事例でわかる[事業承継対策]解決へのヒント」は、毎月第2週に掲載されます。

事例でわかる[事業承継対策]

解決へのヒント

【第30回】

「子会社による親会社株式の取得」

 

太陽グラントソントン税理士法人
(事業承継対策研究会)
パートナー 税理士 日野 有裕

 

相談内容

私Lは小売業A社のオーナー社長です。A社には15%の株式を保有する外部株主M氏がいます。M氏はA社の共同創業者ですが20年以上前にA社を退職し、現在は年1回の株主総会時に連絡を取り合う程度の付き合いとなっています。私は今年で70歳になるのでそろそろ息子Fへ社長を譲ろうと考えており、同時にM氏より15%の株式を買い取ろうと交渉していました。今般、交渉がまとまり、総額3億円でM氏が保有する全ての株式を買い取ることで合意しました。

現在、このM氏の所有する株式を誰が買い取るかで悩んでいます。私や息子は3億円もの現金は持っていませんし、資金が潤沢なA社で買い取ることを検討したのですが、顧問税理士よりM氏にみなし配当課税が生じ、最高税率で所得税等が課税されると指摘されました。もしそうなると、今回の株式を買い取るM氏との合意が破綻しかねません。

そこで、不動産賃貸業を営むA社の完全子会社であるB社に買い取らせようと考えていますが、会社法により子会社による親会社株式の取得は禁止されていると聞きました。A社、B社ともに自己資金が潤沢であり、M氏からの株式買い取り後は親族のみが支配する会社となるため、子会社が親会社株式を取得したとしても誰にも迷惑はかけないと考えています。本当に取得してはいけないのでしょうか。

連載目次

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筆者紹介

太陽グラントソントン税理士法人 事業承継対策研究会

法人内における以下の執筆メンバーを中心に、中堅・中小企業の事業承継問題の解決に向けた研究を行っています。

〔執筆メンバー〕
パートナー 税理士 日野有裕
パートナー 税理士 梶本 岳
パートナー 税理士 西田尚子
パートナー 税理士 佐藤達夫
パートナー 公認会計士・税理士 岩丸涼一

https://www.grantthornton.jp/aboutus/tax/

〔著書〕
ケース別 事業承継対策Q&A~事例でわかる解決へのヒント~

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