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実務必須の
[重要税務判例]
【第56回】
「破産管財人の源泉徴収義務事件」
~最判平成23年1月14日(民集65巻1号1頁)~
弁護士 菊田 雅裕
-本連載の趣旨-
本連載は、税務分野の重要判例の要旨を、できるだけ簡単な形でご紹介するものである。
税務争訟は、請求内容や主張立証等が細かく煩雑となりやすい類型の争訟であり、事件の正確な理解のためには、処分経過の把握や判決文の十分な読み込み等が必要となってくるが、若手税理士をはじめとする多忙な読者諸氏が、日常業務をこなしつつ判例研究の時間を確保することは、容易なことではないであろう。他方、これから税務重要判例を知識として蓄積していこうとする者にとっては、要点の把握すら困難な事件も数多い。
本連載では、解説のポイントを絞り、時には大胆な要約や言い換え等も行って、上記のような読者の方に、重要判例の概要を素早く把握していただこうと考えている。
このような企画趣旨から、本連載における解説は、自ずと必要最低限のものとなり、基礎知識の説明、判例の繊細なニュアンスの紹介、多角的な分析、主要な争点以外の判断事項の紹介等を省略することも多くなると思われるが、ご容赦をいただきたい。
なお、より深い内容については、できるだけ論末において他稿をご紹介するので、そちらをご参照いただきたい。
▷今回の題材
破産管財人の源泉徴収義務事件
最判平成23年1月14日(民集65巻1号1頁)
《概要》
破産会社A社の破産管財人である弁護士Xは、裁判所の決定に従い、自らに対し、破産管財業務についての報酬金を支払った。また、退職金債権に係る配当金を、A社の元従業員に対して支払った。しかし、Xは、これらの支払の際、所得税の源泉徴収をしなかった。そこで、所轄税務署長は、これらの支払につき源泉徴収義務があったとして、Xに対し、源泉所得税の納税告知処分と不納付加算税の賦課決定処分をした。
そこで、Xは、Y(国)に対し、源泉所得税・不納付加算税の納税義務がないことの確認請求訴訟を提起した。
最高裁は、弁護士である破産管財人Xは、自らの報酬の支払について源泉徴収義務を負うが、退職手当等の債権に対する配当については源泉徴収義務を負わないと判断した。
《関係図》
▷争点
1 弁護士である破産管財人は、自らの報酬の支払について、所得税法204条1項2号所定の源泉徴収義務を負うか。
2 破産管財人は、破産債権である所得税法199条所定の退職手当等の債権に対する配当について、同条所定の源泉徴収義務を負うか。
▷判決要旨
1 弁護士である破産管財人は、自らの報酬の支払について、所得税法204条1項2号所定の源泉徴収義務を負う。
2 破産管財人は、破産債権である所得税法199条所定の退職手当等の債権に対する配当について、同条所定の源泉徴収義務を負わない。
▷評釈
1 高裁は、以下のように判断して、Xの請求をいずれも棄却していた。
所得税法204条1項の「支払をする者」とは、当該支払に係る経済的出捐の効果の帰属主体をいうので、破産管財人の報酬の場合には破産者がこれに該当する。もっとも、破産管財人が管理処分権に基づき報酬の支払をすることは、法的には、破産者が支払うのと同視できるし、破産管財人は当該支払を本来の管財業務として行う。したがって、破産管財人は、当該支払に付随する職務上の義務として、所得税の源泉徴収義務を負う。
元従業員の退職金債権に対して破産管財人が行う配当は、所得税法199条の退職手当等の支払に当たるが、当該配当においても、破産管財人の報酬の支払と同様であり、破産者が「支払をする者」に該当し、破産管財人は当該支払に付随する職務上の義務として、所得税の源泉徴収義務を負う。
2 これに対し、最高裁は、破産管財人は、所得税法204条1項の「支払をする者」に含まれるが、退職手当等の関係では同法199条の「支払をする者」には含まれないとした上、破産管財人報酬の支払については所得税の源泉徴収義務を負い、退職手当等の支払については所得税の源泉徴収義務を負わないと判断した。
まず、破産管財人報酬については、以下のように述べた。
弁護士である破産管財人が支払を受ける報酬は、所得税法204条1項2号の弁護士の業務に関する報酬に該当する。同項が同号所定の報酬の支払をする者に所得税の源泉徴収義務を課しているのは、当該報酬の支払をする者がこれを受ける者と特に密接な関係にあって、徴税上特別の便宜を有し、能率を挙げ得る点を考慮したからである。破産管財人は、自ら行った管財業務の対価として、自ら報酬を支払い、これを受ける。そうすると、弁護士である破産管財人は、その報酬につき、同項の「支払をする者」に当たり、同項2号に基づき、所得税の源泉徴収義務を負うというべきである。
他方、退職手当等の支払については、以下のように述べた。
所得税法199条が退職手当等の支払をする者に所得税の源泉徴収義務を課しているのも、当該退職手当等の支払をする者がこれを受ける者と特に密接な関係にあって、徴税上特別の便宜を有し、能率を挙げ得る点を考慮したからである。破産管財人は、労働者との間において、破産前の雇用関係に関し直接の債権債務関係に立つものではなく、破産手続上の職務の遂行として行うにすぎないから、使用者と労働者との関係に準ずるような特に密接な関係があるということはできない。そうすると、破産管財人は、退職手当等につき、同条の「支払をする者」には含まれず、所得税の源泉徴収義務を負わないと解するのが相当である。
3 源泉徴収義務を肯定した場合には、源泉徴収に係る納税債権が優先的に支払われる一方、破産財団が減少する。すなわち、一般の破産債権者にとっては不利となり、租税の納付を受ける国と源泉所得税を負担すべき納税者にとっては有利となる。この点については、従前より、不合理が生じ得ると指摘されていた。そこで、最高裁は、「支払をする者」について上記のように解釈し、一般の破産債権者の負担としてもよいと思われるものと、そうでないものとの棲み分けを図ったのではないかともいわれている。
▷判決後の動向等
本判決は、従前から議論があり、破産実務上も頻出の問題に、一定の結論を示したものであり、実務上重要な意義がある。
なお、本判決を受けて、国税庁から、「破産前の雇用関係に基づく給与又は退職手当等の債権に対する配当に係る源泉所得税の還付について(お知らせ)」が公表された。
▷より詳しく学ぶための『参考文献』
- 最高裁判所判例解説民事篇(平成23年度(上))1頁
- 判例タイムズ1343号96頁
- 金融・商事判例1359号22頁
- ジュリスト1432号100頁
- 租税判例百選〔第5版〕212頁
- 倒産判例百選〔第5版〕42頁
- TAINSコード:Z261-11593
(了)
「さっと読める! 実務必須の[重要税務判例]」は毎月第2週に掲載されます。