なぜ徳川家康は天下統一を果たせたのか。歴史評論家の香原斗志さんは「私情に流されず、能力ある人材を登用することができた。その典型例が、自分の長男と正妻を死に追いやった筆頭家老・酒井忠次だ」という――。
【左】徳川家康肖像画、【右】酒井忠次の肖像画
【左】徳川家康肖像画〈伝 狩野探幽筆〉(図版=大阪城天守閣/PD-Japan/Wikimedia Commons)【右】酒井忠次の肖像画(図版=先求院/PD-Japan/Wikimedia Commons

家康の息子と妻を死に追いやった「徳川四天王」のひとり

NHK大河ドラマ「どうする家康」では大森南朋が演じている酒井忠次。ドラマがはじまった当初から、いつも徳川家康の側近くに侍っていたが、このところさらに存在感が増している。

少しさかのぼるが、第15回「姉川でどうする!」(4月23日放送)で、「信長に義はない」と記された浅井長政からの密書を受けとった家康が、織田信長を裏切って「浅井につく」と言い出したシーンがあった。忠次は「義とはなんでござる? 義なんてものはキレイごとだ」と強い口調で家康をいさめ、まちがいに気づかせた。これこそ頼りになる家臣だと、視聴者も感じたのではないだろうか。

事実、家康にとって無二の忠臣であったことは、江戸時代になって徳川幕府樹立にとくに功のあった家臣4人を「徳川四天王」と呼ぶようになったとき、その筆頭に数えられたことからもわかる。

だが、一方で忠次は、家康の生涯の痛恨事を招いた張本人のようにも語られてきた。すなわち、嫡男の松平信康と正室の築山殿(ドラマでは瀬名)を死に追いやるきっかけをつくったというのだ。家康が忠次を恨みに思わなかったはずがないのだが、それでも重用し続けたから不思議である。

酒井忠次がしっかり弁明していれば…

この「松平信康事件」については、これまで次のように説明されてきた。

信康の正室である五徳(信長の長女)が、信康や築山殿の不行状を12カ条にまとめ、酒井忠次にもたせて信長に訴えた。それを読んだ信長は、ことの真偽を忠次にたしかめると、10カ条まで事実だと認めた。そこで信長は残りの2カ条については聞かずに、忠次が承知しているならまちがいないと、信康への切腹を命じた。

これは『三河物語』に書かれた天正7年(1579)の事件である。家康にすれば、忠次が弁明してくれれば妻子を死に追いやらずに済んだかもしれないわけで、そうであるなら忠次を恨みに思うのも当然だろう。