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カテゴリ:名護市
(小浜の川神) 沖縄本島北部の東海岸沿いに名護市「天仁屋(てにや)集落」があります。この集落は貝塚時代から存在し、17世紀中頃の「琉球国絵図郷村帳」に「てぎな村」と記されています。「琉球国高究帳」(1635-1646年)では「てきな村」と記載されており、更に「琉球国由来記」(1713年)には「天仁屋村」と載せられています。この「琉球国高究帳」による当時の石高は28石余り(田24石余/うち永代荒地3石余含む畠3石余)であったと記録されています。「天仁屋集落」の東側に突き出た岬に「小浜の川神」と呼ばれる拝所があります。集落の北側にある農地の東側の森を約1キロほど進むと「小浜の川神」の祠が鎮座する岬に辿り着きます。 (小浜の川神の祠内部) (小浜の川神の石碑) (小浜の川神からの絶景) 東海岸の太平洋を臨む岬の崖縁に建立された祠内部には、神々が宿る3体のビジュルと呼ばれる霊石と3基のウコール(香炉)が祀られています。海の神、天の神、岬の神として「天仁屋集落」の東の守護神の役割があると考えられます。ヒラウコー(沖縄線香)を供えるウコールには賽銭が捧げられており、祠に向かって左側に隣接して「小浜の川神/天の川」と彫られた石碑が祀られています。この拝所の崖下には美しい絶景が広がっており、遥か彼方のニライカナイ(理想郷)を拝む事が出来ます。「天仁屋集落」に暮らす高齢の村人に挨拶した際に、この「小浜の川神」があるバンタ(岬)を訪れるよう紹介していただいた事に大変感謝しています。 (小浜の川神) (小浜の川神から臨む天仁屋バン先) 「天仁屋集落」には「ユーヒナハナの洞窟」と呼ばれる伝説があります。「天仁屋公民館」から300mほど離れた場所に「ユーヒナハナ」と呼ばれる農地があり、そこには直径約3mの穴があります。その洞穴に那覇から来た「ジュリ」という人物が身を投げた事がありますが、その死体は遠く離れた「天仁屋岬」の浜に上がっていたと伝わります。「小浜の川神」の拝所は太陽が昇る東の水平線に向けられており、琉球における太陽信仰を象徴する場所として相応しい聖域となっています。この岬からは「天仁屋集落」の南側にある「天仁屋バン先」を眺める事が出来て、古から変わらぬ大自然の絶景が今でも広がっています。 (天仁屋竜宮神の石碑) (天仁屋竜宮神の崖縁) (天仁屋竜宮神の崖下にある滝) 「天仁屋集落」の南側にある「天仁屋の浜」に「嘉陽層の褶曲」と呼ばれる地層があります。褶曲(しゅうきょく)とは地層や岩体が長期間かけて力を受けて波のように曲がっている構造の事で、2012年に国指定天然記念物に登録されました。「嘉陽層」という地層は沖縄本島中部以北の東側に分布しており、砂岩・泥岩・層内礫岩および礫岩を伴い、それらが交互に重なっている地層の事です。約5400万年〜3700万年前に2000mを超える深海底に堆積したものと言われています。琉球列島の成り立ちを示す地層現象が保存された極めて重要な資料として、各教育機関で地学学習の場として利用されています。 (カムイ外伝のロケ地/天仁屋の浜) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2022.11.12 21:19:20
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