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パワースポット@神の島「Okinawa」

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2021.03.29
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カテゴリ:うるま市

(喜仲公民館落成記念碑)

沖縄本島うるま市にある「喜仲集落」は1956年(昭和31年)に「喜屋武集落」と「仲嶺集落」が統合され一つの字名となりました。琉球王府が編さんした「おもろさうし」巻十四(1623年)に「きやむもり」とあります、17世紀の「琉球国高究張」にも「喜屋武村」と記されています。喜仲公民館には「喜仲公民館落成記念碑」が建てられています。


(喜屋武の産井/ウブガー)

喜仲集落の東部にある「喜屋武マーブ」の麓に「喜屋武の産井/ウブガー」があります。産湯を汲む井泉で正月には若水を汲み身を清め、お茶を入れて一年の幸せを祈願します。また、結婚の際には新婦がウブガーの水を婚家の仏壇に備えるなど、人生の節目や日常生活水としても使用されていました。現在も喜屋武と仲嶺の有志によりカーウガミの際に参拝します。


(御神カーの入り口)

(御神カーの井戸)

「御神カー」は「喜屋武の産井」の北西に位置する井戸です。喜屋武集落に住む人々の生活飲料水として利用されていました。現在は「喜屋武マーブ公園」の敷地にあり、井戸の内部には沢山の石が敷き詰められています。また、井戸にはウコール(香炉)が設置されており、喜屋武グスクから湧き出る水源への感謝を祈る拝所となっています。


(喜屋武土帝君)

(喜屋武の土帝君内部)

「土帝君」は中国起源の土地神で、沖縄へは1698年に大嶺親方が神像を持ち帰り祀らせたのが土帝君祭祀の始まりだと言われています。「土帝君」内にはウコール(香炉)と霊石が設置されています。旧正月三日の初ウガミ(ハチウクシー)、八月十五夜、九月九日菊酒、九月カーウガミの時に、集落の代表者がビンシー(御願の道具箱)、ウチャヌク(お供え物のお餅)、シルカビ(白紙)等をお供えして土地神に五穀豊穣、村の繁栄、住民の健康、子孫繁栄などを祈ります。


(喜屋武の殿の標柱)

(喜屋武の殿/喜屋武のウガン)

「琉球国由来記」に「タケナフ嶽ノ殿」「神名コバズカサノ御イベ」と記されています。その周辺は終戦直後まで松の大木、クバ、アダンも生い茂り、聖域として特定の人しか立ち入り出来ませんでした。かつてはウマチー(収穫祭)の際に新米で作ったウケーメー(お粥)を備えて豊年を祈願しました。現在は旧正月のハチウクシー、八月十五夜、九月九日菊酒、九月カーウガミの時に、喜屋武集落の有志により拝まれています。


(喜屋武の村ガー入り口)

(喜屋武の村ガー)

「喜仲集落」を通る県道224号沿いにある「印刷/なかま企画」脇の細い路地を進んだ先に「喜屋武の村ガー」があります。「喜屋武の殿」で行われる祭祀の際に、白装束を着けたノロやカミンチュ(神人)が髪を洗いみそぎをしました。現在は「ウブガー(産井)」として、集落で子供が産まれるとミジナディという儀式で額に「喜屋武の村ガー」の水を付けて健康祈願する聖水として利用しています。印刷店の方に村ガーの見学をお願いした所、快く通してくれたので心地良く「喜屋武の村ガー」を視察できました。


(喜屋武の神屋/カミヤー)

喜仲集落の北東部、石川家の敷地内に神アシャギと呼ばれる神を招き祭事を行なう場所があり、喜屋武の村神と火ヌ神が祀られています。旧正月のハチウクシーをはじめ、集落の諸行事にはまず初めに拝まれます。年4回のウマチー(収穫祭/感謝祭)には喜屋武集落の有志がビンシーとお供え物で祀り、集落外から移住してきた人や、子供が産まれた家などは「喜屋武の神屋」を拝みます。


(喜屋武のブーマー神)

(喜仲3丁目6番地の石敢當)

喜仲公民館の東側に「喜屋武のブーマー神」があります。祠内にはウコール(香炉)、巻貝、霊石が設置されていました。喜屋武集落のウガンジュ(拝所)として拝まれ、土地の守り神として崇められていると考えられます。喜仲3丁目6番地にある石敢當は「喜仲集落」では珍しいニービ石(瓢箪石)で作られた古い石敢當です。「喜屋武集落」のような歴史ある集落には必ず多数の古い石敢當が点在するのですが、不思議と魔除けの石柱やニービ石の石敢當は確認できない不可解なミステリーがこの集落には存在します。


(喜仲公民館横の五叉路 /シマクサラシ)

(喜仲3丁目13番地の交差点 /シマクサラシ)

(県道224号と36号の五叉路 /シマクサラシ)

「喜屋武集落」では「シマクサラシ」と呼ばれる悪霊祓いの儀式が行われていた場所が3箇所あります。「喜仲公民館横の五叉路」「喜仲3丁目13番地の交差点」「県道224号と36号の五叉路」の3地点に豚肉の骨や皮を左巻きの縄に吊るし、集落外から悪霊が入り込まないように祈願する「シマカンカー」とも呼ばれる祭祀です。"カンカー"とは"見張る"という意味で、悪霊を見張って追い出す役割があります。残念ながら、うるま市では数キロ離れた「江州集落」のみ現在でも「シマクサラシ/シマカンカー」が行われているので「喜仲集落」での儀式が復活する事を心からの望んでいます。


(喜仲の古墓群)

「喜屋武」は琉球王国第4代尚清王代の嘉靖10年から、尚豊王代の天啓3年にかけて首里王府によって編纂された歌謡集である「おもろさうし」に記される歴史の深い集落で「喜仲の古墓群」周辺の森が「きやむもり」として歌謡集に登場することから、この辺りが1000年前の沖縄貝塚時代に生まれた「喜屋武」発祥の地だと考えられます。古の時代から伝わるこの土地を巡ると不思議なパワーを感じる事が出来て、土地の神様に守られている雰囲気を強く感じるのです。






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最終更新日  2023.10.29 19:43:27
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