2023年8月号|特集 EPIC 45

【Part1】プロローグ|「映像のEPIC」を創った坂西伊作

スペシャル

2023.8.1

文/真鍋新一



ニッポンMTV時代の夜明け ~1980年代EPIC・ソニーの映像戦略~


「EPIC・ソニー」という言葉を聞いただけで思わず胸が高鳴ってしまうのは、今も瑞々しい魅力を放つ80年代の音楽があの筆記体のレーベル・ロゴとともに聴こえてくるからではないだろうか。そして目に浮かぶのは、所属アーティストが躍動する姿や、澄んだ目の表情。それらはもれなくライヴ・ドキュメンタリーやミュージック・ビデオといった映像作品に収められている。

 大衆音楽と映像の関わりといえばテレビの歌番組が主で、そうでなければ記録映画や芸能ニュース・フィルムの被写体になる程度であった70年代。その中盤あたりから洋楽の影響で、日本でもようやく「販促ツール」としての需要に特化したプロモーション・フィルムが作られ始めた。そして’81年、ケーブルテレビが普及していたアメリカでミュージック・ビデオだけを24時間流し続けるチャンネル「MTV」が開局。TVKテレビ(テレビ神奈川)をはじめとしたローカル局や深夜番組などで盛んにMVがオンエアされるようになり、日本でも映像が音楽を、音楽が映像をリードし合う時代がやってくることはもはや時間の問題となった。EPICで多くのミュージック・ビデオの演出を手掛け、のちにアンティノスレコードの代表取締役となる映像ディレクター、坂西伊作(さかにしいさく、故人)がアルバイトとして業界入りしたのはそのころである。

TM NETWORK【Self Control MVロングバージョン3min先行公開】 8月26日発売Blu-ray Special映像より
監督:坂西伊作


 大手家電メーカーが経営母体となっているケースが多い日本のレコード会社のなかでも、特にソニーグループは自社で開発していたビデオテープ規格・ベータマックスのシェア拡大を目指していたこともあり、映像メディア、映像ビジネスへの可能性に早くから着目していた。’80年にCBS・ソニーからデビューした松田聖子が同時期のアイドルが残していたようなライヴ・アルバムを1枚も作らず、最初期からライヴ・ビデオのみのリリースに踏み切っていたこともその証左だろう。’78年にCBS・ソニーから分社化したEPIC・ソニーは、当初こそフォーク系(ばんばひろふみ)から歌う俳優(真田広之、渡辺徹)までを抱えるCBSのサブレーベルのような位置づけであったが、徐々にその独自性を確立。幾多もの人気ロック・アーティストを発掘し、本体のCBS以上に映像制作に力を入れたその先鋭的なレーベル・カラーは「EPIC系」と呼ばれるまでになる。

 その先陣を切ったのが土屋昌巳率いる一風堂によるビデオ・クリップ集『COSMIC CYCLE』(’81年)だ。当時、イギリスの国営放送BBCで放送され、好評を博したという。彼らのアルバム『RADIO FANTASY』から4曲を使用した11分の作品で、曲単体ではなく、まとまった長さの映像作品としてはこれが日本初のミュージック・ビデオと言われている。監督は井出情児。ロック・フォトグラファーの先駆者であり、’71年から’73年に相次いで来日したブラッド・スウェット&ティアーズ、シカゴ、サンタナ(この3組もまたCBSのアーティストである)のコンサート収録に携わった関係で国内ではいち早くミュージック・ビデオの演出に乗り出していた。翌年、本国のEPICレコードではマイケル・ジャクソンの『スリラー』が大ヒット。もはや短編映画といえる約14分のビデオが世界を席巻したのは、日米EPICの圧倒的なブランド・イメージが確立した瞬間だったのかもしれない。


一風堂
『MAGIC VOX ~ IPPU-DO ERA 1979-1984』

※『COSMIC CYCLE』収録


Film No Damage(フィルム・ノー・ダメージ)映像トレーラー
監督:井出情児


佐野元春
『FILM NO DAMAGE』

2018年10月24日発売


 キャロルの解散ライブの中継録画『グッドバイ・キャロル』(’75年)の演出で名を馳せ、尾崎豊のミュージック・ビデオとライヴ・ビデオを一貫して手掛けていた佐藤輝は、尾崎と同じくマザー&チルドレン所属であったLOOKとTHE STREET SLIDERSのPV演出を担当。ここでもまるでアーティストと勝負しているかのような型破りな作品を残した。また、’87年にはEPICのアーティストも多数参加した伝説のフェス「BEAT CHILD」の撮影もしており、豪雨のなかで収録されたその映像はライヴ・ドキュメンタリー『ベイビー大丈夫かっ BEATCHILD1987』(’13年)として26年ぶりに陽の目を観ることとなった。

The Street Sliders「Back To Back (Long Version)」Music Video
監督:佐藤輝


 ’84年からは月に一度、全国のレコード店でビデオコンサートを開き、そこで新曲PVの初披露や新人紹介などを行うという 「BEEプロジェクト」が始動。会員限定のマガジン「BEE MAGAZINE」やプロモカセットも配布され、「EPIC」の名はさらに多くの人の知るところとなった。この時期には、やはりフォトグラファーで、のちにGLAYの映像演出を手掛ける翁長裕が合流。大沢誉志幸や渡辺美里のミュージック・ビデオを演出している。

room3310【MV】渡辺美里「きみに会えて」
監督:翁長裕


 そして、ようやく坂西伊作の番がやってくる。彼が他の映像作家と違うところは、EPIC生え抜きのスタッフであり、演出家と社内ディレクター的な立場を兼任できる立場にあったことである。15秒のTVスポットを撮影するつもりだった現場で、そのままPVの撮影になだれ込むこともあったそう。このあたりのフットワークの軽さはさすがで、‘88年からテレビ東京でスタートした音楽番組『eZ(イージー)』で主力スタッフとなり、従来のいわゆる"歌番組"では絶対にありえなかった、アーティスト本位で純度の高い映像をお茶の間に送り出すことに成功した。長回しの映像によってテレビの画面を通してアーティストとリスナーが向かい合い、プライベートな擬似空間を演出するのは彼ならではの演出。そうかと思うと、エレファントカシマシの’88年渋谷公会堂公演では客電をつけっ放しにし、まるでバンドを追い込むかのような状況下で映像を収録。荒々しいバンドの攻撃性をさらに煽った。アーティストの生身の魅力を収めるために、双方が労力を惜しまない状況を作り出す。

エレファントカシマシ 1988渋谷公会堂ライヴダイジェスト(予告編)
監督:坂西伊作


エレファントカシマシ
ライヴ・フィルム『エレファントカシマシ~1988/09/10渋谷公会堂~』

2017年7月26日発売


エレファントカシマシ「やさしさ」(1988.MUSIC VIDEO)
監督:坂西伊作


祝30周年!「eZ」で放送されたデビュー曲「Heaven」映像フルサイズ公開!
監督:坂西伊作


 EPIC・ソニーの精神を体現したそんな坂西伊作の映像スタイルは、引き続き90年代J-POPの中核をも担っていくのであった。

 次回からは、EPIC・ソニービデオ制作部のOBが集まって行われた、「映像のEPIC」を創った坂西伊作を語る座談会の様子をお伝えしたい。

【Part2】に続く)



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