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レポート

2023.10.23

歴史と保育園が共存する場所、城前寺(じょうぜんじ)

縄文時代の遺物が出てくる保育園

「みーんなともだち!」がキャッチフレーズの、曽我の城前寺保育園。この保育園の旧本園舎、城前寺は、長い長い歴史の流れる場所です。

小高い丘の上に建つ城前寺。山門まで登っていくと、そこには縄文時代の遺跡発掘のプレートが建っています。実はこのあたり一帯、縄文・弥生時代の遺跡がぞくぞくと発掘されているのです。城前寺の本堂には、ここで発掘された縄文土器が多数保管されています。

わたしが城前寺を最初に訪れた時、和尚さんの奥様が「ここから弥生時代の土器が出てきたの」と、発掘当時を語ってくださいました。

そもそも、「曽我」という地名は、古代豪族「蘇我(そが)氏」を由来としています。聖徳太子の親戚でもあり、大勢力を振るった蘇我氏は、現在の小田原市に屯倉(みやけ ※直轄地のこと)を持っていました。この「蘇我部(そがべ)」が、長い間に「曽我」に変わっていったと考えられています。

曽我には、古代日本の息吹が今も続いているのですね。

城前寺(小田原市WEBサイト)
 

日本三大仇討ちの菩提寺

新園舎のすぐ近くにある城前寺。寺院の庭先では、いつも園児たちの賑やかな笑い声が響きます。和やかな雰囲気の漂う寺院ですが、実はこの城前寺、「日本三大仇討ち」にゆかりのある寺院です。

「日本三大仇討ち」とは、「曽我兄弟の仇討ち」、「忠臣蔵」、「鍵屋の辻の決闘」の三つ。城前寺は、この三つのうちで最も古い仇討ちを果たした、曽我兄弟の菩提寺なのです。

曽我兄弟とは、鎌倉時代初期の二人の兄弟。兄は十郎、弟は五郎といいます。幼い頃に理不尽に父を殺され、ふるさとを追われた兄弟は、十八年という歳月をかけて見事に父の仇を討ち取りました。当時、仇討ちは時の将軍源頼朝(みなもとのよりとも)によって禁止されていましたので、文字通り死を覚悟の仇討ちです。兄の十郎は討ち死に。弟の五郎も生け捕りとなり、斬首と決定しました。

しかし、この兄弟を有名にしたのは、仇討ちよりも「日本一仲の良い兄弟だった」という事実です。

弟の五郎を部下にしたいと思った将軍頼朝は「命を救ってやりたい」と言いますが、五郎は最後までこれを拒否。

「我ら兄弟は、死ぬ時は共にと誓った。兄が五郎を待っている。早く首を斬りたまえ!」

と叫び、笑いながら首を打たれたということです。

兄弟の志に胸打たれた頼朝は、曽我領の年貢を免除し、「兄弟をねんごろに弔ってやるように」と命じました。これによって建てられた寺院こそ、現在の城前寺なのです。

記録によれば、「兄弟の遺骨は、二人が幼い頃に遊び戯れた花園に埋葬された」とのこと。幼い曽我兄弟が日々手を取り合って遊んだ場所で、今は保育園の園児たちが遊んでいるとは、何とも不思議な巡り合わせを感じますね。

城前寺のパワースポット

城前寺には昔から、素晴らしいご利益があると参拝者がつめかけたスポットが点在しています。お近くの方は、是非立ち寄ってみてください。

曽我兄弟の墓

言わずと知れた曽我兄弟のお墓です。塔が二つ、仲良さげに並んでいます。

和尚さんのお話によれば、昭和に発掘調査したところ、鎌倉時代の骨壺が一つ出土され、中には明らかに青年のものである遺骨があったのだとか。とすると、日本一仲の良かった曽我兄弟は、今も一つの骨壺の中で眠っているのかもしれません。

このお墓、忠臣蔵の大石内蔵助も「兄弟のように首尾よく仇討ちが果たせますように」と参拝に来ました。内蔵助はその時、墓石を少し削ってお守りとし、それを持って討ち入りをしたそうです。

大石内蔵助はその後見事に仇討ちを果たしましたから、曽我兄弟の御利益は本当にあったのかも?でも、真似しないでください。

見送り稲荷

兄弟のお墓の、すぐ目の前にあります。

兄弟が育った曽我の城館の中に祀られていたお稲荷様です。兄弟は仇討ちに出かける朝、母に別れを告げた後、このお稲荷様に仇討ちの成功を祈願して出発しました。当時の曽我では、お屋敷の中によくお稲荷様を祀っていたそうです。

このお稲荷様は、「たとえどんな困難なことであっても、十八年かけて本懐を遂げた兄弟のように、諦めずに一途に努力を重ねていけば、必ず成功する」として、人々の信仰を集めています。
 

城前寺のイベント

傘焼き法要

曽我兄弟のお祭りです。仇討ちの夜は大雨だったので、松明代わりに傘を燃やしたという言い伝えにちなみ、傘を山積みにして燃やします。傘を焼くことで『病気の「瘡(かさ)」を焼き、無病息災を願う』という意味があります。

圧巻は何と言っても、兄弟が仇の館へ行くときに振りかざした松明にちなんだ「松明行列」と、傘焼き法会。夜空に燃え上がる炎は迫力です。

地元小学生による劇「曽我兄弟物語」も大変愛らしいです。小学生のいらっしゃるご家庭は、是非参加してみてはいかがでしょう。

もっと曽我兄弟について知りたい方は…

曽我兄弟について知りたい方は、ぜひ読んでみてください!城前寺の数代前の和尚さんが書かれた本で、曽我兄弟の人生から遺跡についてまで、こと細かに記されています。 

※お寺で購入できます。

この記事を書いた人

坂口螢火(けいか)
東京在住の歴史作家。小田原の英雄、曽我兄弟に惚れ込んだあまり、何度も曽我に足を運んで取材。城前寺の和尚さんにいただいた兄弟のミニチュアの銅像を毎日拝んでいる。(この彫刻は城前寺にホンモノがあるので会いに行ってください)
著作は「曽我兄弟より熱を込めて」「忠臣蔵より熱を込めて」「山中鹿之介と尼子十勇士より熱を込めて」など。「熱を込めて」シリーズを執筆している。

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