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愛されたいなら、愛することから。 (エーリッヒ・フロム『愛するということ』) #202

エーリッヒ・フロムの『愛するということ』を読みました。人間関係論として前提知識なしで読んでも示唆に富む内容ですが、思想史の背景を踏まえるとより深く理解できました。というのも、フロムの思想は他の現代思想家と同様に、フロイトとマルクスの影響を受けているからです。

たとえば、フロイトから離れてジャックラカン寄りの精神分析学の考察を交えていたり、マルクス的な唯物史観の考え方に基づいています。また、第二次世界大戦におけるファシズムの反省という文脈も関わります。

以下では個人的に重要だと思った文章を引用しながら、『愛するということ』の主張をまとめてみます。


第一章 愛は技術か

本章では、愛にまつわる以下の3つの誤解を指摘します。

たいていの人は愛の問題は、愛するという問題、つまり愛する能力の問題としてではなく、愛されるという問題として捉えている。つまり、人びとにとって重要なのは、どうすれば愛されるか、どうすれば愛される人間になれるか、ということだ。

Kindle位置No. 53

愛の問題とはすなわち対象の問題であって能力の問題ではない、という思いこみである。人びとは考えている――愛することは簡単だが、愛するにふさわしい相手、あるいはその人に愛されたいと思えるような相手を見つけるのはむずかしい、と。

Kindle位置No. 63

恋に「落ちる」という最初の体験と、愛している、あるいはもっとうまく表現すれば、愛する人とともに生きるという持続的な状態とを、混同していることである。

Kindle位置No. 92

愛されたい、運命の人との出会いたい、自然に愛せるようになると思っている状態から抜け出し、愛するという技術を身につけることを勧めます。


第二章 愛の理論

この章では、愛とは何かをフロイト的心理学と精神分析学の観点から論じます。まずは、人間は本能以外にも理性を備えていることや、孤独を恐れる存在であることを指摘します。

動物の愛情は本能的なものである。人間にも本能的なものがわずかに残っているが、人間が動物と本質的に異なるのは、人間が動物界から、すなわち環境にたいして本能的に適応する世界から抜け出し、自然を超越したということである。

Kindle位置No. 135

孤立の経験から不安が生まれる。実際、孤立こそがあらゆる不安の源である。孤立していると、他のいっさいから切り離され、自分の人間的能力を発揮できない。したがって、孤立している人間はまったく無力で、世界に、すなわち事物や人びとに、能動的にかかわることができない。つまり、外界からの働きかけに対応できない。このように、孤立は強い不安を生む。

Kindle位置No. 153

孤立による不安の解消には、祝祭的興奮状態、集団への同調、創造的活動の3つの方法があるとしますが、これらは一時しのぎに過ぎず、愛こそが真の解決策であるとします。

また、「共棲的結合」つまり共依存の関係は未熟な愛であり、「愛は何よりも与えることであり、もらうことではない」とも言います。そして、愛を与えられる性質の要素として、配慮責任尊重を挙げています。

幼稚な愛は「愛されているから愛する」という原則にしたがう。成熟した愛は「愛するから愛される」という原則にしたがう。未成熟な愛は「あなたが必要だから、あなたを愛する」と言い、成熟した愛は「あなたを愛してるから、あなたが必要だ」という。

Kindle位置No.687

愛とは、特定の人間にたいする関係ではない。愛のひとつの「対象」にたいしてでなく、世界全体にたいして人がどうかかわるかを決定する態度であり、性格方向性のことである。もしひとりの他人だけしか愛さず、他の人びとに無関心だとしたら、それは愛ではなく、共棲的愛着、あるいは自己中心主義が拡大されたものにすぎない。

Kindle位置No.785

利己的な人は、自分を愛しすぎるのではなく、愛さなすぎるのである。いや実際のところ、その人は自分を憎んでいるのだ。

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第三章 愛と現代西洋社会におけるその崩壊

この章では、マルクスの唯物史観的な観点から前述の愛が実践されていない実情を暴きます。フロムは現代資本主義社会に生きる人間が抱えている問題を以下だと述べています。

現代資本主義はどんな人間を必要としているか。それは、大人数で円滑に協力しあう人間、飽くことなく消費したがる人間、好みが標準化されていて、他からの影響を受けやすく、その行動を予測しやすい人間である。また、自分は自分で独立していると信じ、いかなる権威・主義・良心にも服従せず、それでいて命令にはすすんでしたがい、期待に沿うように行動し、摩擦を起こすことなく、社会という機械に自分をすすんではめこむような人間である。無理じいせずとも容易に操縦することができ、指導者がいなくとも道から逸れることなく、自分の目的がなくとも、「成功せよ」「休まずに働け」「自分の役目を果たせ」「ただ前を見てすすめ」といった目的にしたがって働く人間である。

Kindle位置No.1389

ちなみに、テクニックやノウハウで解決したがる風潮にも警鐘を鳴らします。文中の当時は第一次世界大戦前後を指していますが、2022年も同じでしょう。

こうした考え方は、当時一般的だった幻想、つまり正しい技術を用いさえすれば、工業生産における技術的な問題だけでなく人間の問題すべてを解決できる、という思いこみと軌を一にしていた。自分たちが真理の逆を前提としていることに、誰も気づかなかった。

Kindle位置No.1438

さらに、フロムは「別に愛することを自分が身につけなくてもいい」という人に逃げ場を与えません。自ら実践する重要性を説きます。

他人が創作した物語にひたって身代わりの愛を経験するとか、愛を現在から過去あるいは未来に遠ざけるといった、この抽象化された疎外された愛の形が、現実の苦しさや孤独感をやわらげる麻薬のはたらきをしている。

Kindle位置No.1632


第四章 愛の習練

前章でテクニックやノウハウで解決しないと述べたフロムは、「愛することは個人的な経験であり、自分で経験する以外にそれを経験する方法はない」とします。とはいえ、何も方法論を紹介しないということはなく、愛するという技術を身につけるために必要な前提条件として、規律、集中、忍耐、関心を挙げています。

ただし、こうした前提条件が現代社会(1950年代)に欠けていることを嘆いています。きっと2022年はこの傾向がさらに加速していると言えるでしょう。

現代の資本主義社会では、いやソ連の共産主義社会においても、高い精神性をそなえた人間が称賛され模倣されることはまずない。みんなから賞賛を浴びるのは、人びとから見られる立場にいる人たちだ。映画スター、テレビ・タレント、コラムニスト、ビジネス界や政界の有力者など。彼らは一般大衆に、身代わりの満足感を与える。ときには、世間を騒がせたというだけで、みんなからさかんに模倣されたりする。

Kindle位置No.1883

愛することを身につけるには、客観力、信念、勇気、能動性も必要だとしています。

ナルシシズムの反対の極にあるのが客観力である。これは、人間や自分をありのままに見て、その客観的なイメージを、自分の欲望と恐怖によってつくりあげたイメージと区別する能力である。

Kindle位置No.1903

愛に関していえば、重要なのは自分の愛にたいする信念である。つまり、自分の愛は信頼に値するものであり、他人のなかに愛を生むことができる、と「信じる」ことである。

Kindle位置No.1993

信念をもつには勇気がいる。勇気とは、あえて危険をおかす能力であり、苦痛や失望をも受け入れる覚悟である。

Kindle位置No.2031

つまり、人は意識のうえでは愛されないことを恐れているが、ほんとうは無意識のなかで、愛することを恐れているのだ
 人を愛するということは、なんの保証もないのに行動を起こすことであり、こちらが愛せばきっと相手の心にも愛が生まれるだろうという希望に全身を委ねることである。愛とは信念の行為であり、わずかな信念しかもっていない人は、わずかにしか愛せない。

Kindle位置No.2060

最後に、資本主義において愛するということを実践することの困難さを認めたうえで、それでも愛することを選ぶように促します。

資本主義の原理が愛の原理と両立しないことは確かだとしても、「資本主義」それ自体は複雑で、その構造はたえず変化しており、いまでも非同調や個人の自由裁量をかなり許容していることも確かである。

Kindle位置No.2129

人を愛せるようになるためには、人間はその最高の位置に立たなければならない。経済という機構メカニズムに奉仕するのではなく、経済機構が人間に奉仕しなければならない。たんに利益を分配するだけでなく、経験や仕事も分配できるようにならなければならない。人を愛するという社交的な本性と、社会生活とが、分離するのではなく一体化するような、そんな社会をつくりあげなくてはならない。

Kindle位置No.2139


個人的な感想

『愛するということ』が心理学、精神分析学、資本主義論を交えて愛とは身につけるべき技術であると論じていることを知れました。思想史を勉強中の身としては、古典的名著とされる本がたしかにフロイトとマルクスらの思想に基づいていると確認できたことが収穫でした。

また、フロムの唱える愛は仏教にも通ずると思いながら読んでいました。エゴを捨ててありのままを見ること、慈悲の心を養うこと、精進しなければ身につかないことなどが共通しています。実際にフロムは後年、仏教の研究や禅に取り組んでいたそうです。

以上が私の個人的な興味とリンクする点でした。きっと読む人によって響く部分が違うと思うので、ぜひご自身で読んでみてください。


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