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トキワ荘の兄貴分 テラさんこと寺田ヒロオの野球の腕前

トキワ荘の兄貴分である寺田ヒロオさん。

手塚治虫にさんの次にトキワ荘に住みました。

テラさんに続いて、藤子不二雄さんや石ノ森章太郎さん、

赤塚不二夫さんらが集まりました。

藤子不二雄の二人の2、3歳上ですが、

圧倒的な兄貴分でした。

素晴らしい人格で精神的なリーダーであるだけでなく、

家賃の支払いに困った藤子さんらにお金を貸す

優しさも有名です。

そのテラさんですが、漫画家になる前は社会人で野球を

やっていました。

その腕前について、いろいろなところで語られています。

「えすとりあ」の季刊2号で、本人のコメントがあります。

えすと

高校は新潟県立新発田高等学校で、野球部に所属していました。

卒業後は警察の事務職になりましたが、

電電公社に転職して、都市対抗野球に出場したほとです。

セミプロです。

「えすとりあ」のインタビュアーが、国体にでたのかとたずねます。

テラさんはこう言っています。

「そんな! どんどん話が大きくなるんだから。」

話を大きくするのは、おもに藤子不二雄Aさんのようです笑

「皆おおげさなんですよ。僕も訂正する場が無いもんだから。」

その後、もう少し詳細に語っています。

「僕は新発田(新潟県)の電話局に勤めていて、

電電公社の職場の野球大会に勝ち進んで、

信越地区でも優勝して、

札幌の全国代表大会に出たというだけの事で、

書く人によって段々話が大きくなって

いっちゃうんです。」

これ以上のことは、うそか本当かわかりませんが、

藤子不二雄Aさんがいろいろなところで話しています。

「テラさんが投げる姿を、プロ野球のスカウトが観に来ていた」

「テラさんはプロ野球選手を目指していた」

などなど、です。

トキワ荘関連の本で、テラさんの野球について書かれていたら、

随時、追記しています。

読んでくださった方、ぜひコメント欄に知っていることを

書いてください!

待ってます!





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