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星をみるひと発売日問題経過報告

はじめに
本記事の動画版を作って頂きました。こちらもあわせてどうぞ!


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あの発売日問題を提唱してからずいぶん月日が流れました。

内部資料とアスキー刊「ゲーム年鑑」のみに存在した幻の発売日「11/18」。
事実か否かについて、3月から7か月以上を費やして研究を続けた結果これを書いている現状では「11/18発売は事実である」可能性が高いと判断します。
下記より、研究の経緯と構築した仮説についてまとめていきます。

なお本研究の長期化により時系列の把握が難しい点があるため、改めて発端から解説を致します。
前半は以前のnoteに記した情報と同様の解説が入ります。ご容赦ください。

発端

2020年3月に行った元ホット・ビィ社長の取材を経て、同席していた元同社員から研究の役に立てればと社内資料として保管されていた、ホット・ビィのソフト発売表の写しを提供していただけました。
機種が多数にまたぐ同社のタイトルを時系列順に並べるのは困難な作業であった為、この資料は研究において大きな前進となりました。
そしてこの資料こそが本件の発端となる情報ソースとなります。

発売日

この社内資料にのみ、「星をみるひと」の発売日が世間で認知されている10/27でなく11/18という誰も見た事がない日付が記載されていました。
本件はこの日付の謎と、「星をみるひと」がいつ発売したのかという問題を解き明かす為に調査がスタートしました。


着目

最初にどのような経緯で延期した可能性があるか、同席していた方に問い合わせたところ、「当時の社内は発売日の遅延が珍しくなく、インターネットがない時代に急な延期の告知が間に合わず発売したのでは」という見解を頂きました。

ここから「11/18に延期したことは事実」と仮定して調査を開始します。

まず社内資料に手掛かりが残っていないか読み返しました。
こちらにはコンシューマタイトルの場合発売日のほかに一時卸先などの情報が記載されており、この一次卸に載った「河田」という名前が重要だと判断し、情報源の有力候補としてチェックしました。
後にこの河田がダイヤブロックの販売元であるカワダであると判明します。

次に手持ち資料の確認を行いつつ、執筆担当に国会図書館へ足を運んでもらい、発売日情報が載っていそうな雑誌を幾つかピックアップ。その間に私の方で玩具商報、トイジャーナルをさかのぼって11/18の表記がないかを探し続けました。
しかし自分たちの手で調べられた限りでは10/27の表記しか見つからず、手掛かりをつかむことはできませんでした。
唯一、この段階で玩具商報87年11月号の「マスコミレーダー」記事内でマスクROMの品不足について触れられた記事を発見・スクラップできたのが後の研究に役立ちます。

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拡散

発売日問題発覚後半月程は独自調査のみにとどめていましたが、自分だけの力ではもはや不可能と判断し、かねてより検討していたTwitterでの拡散に踏み切ります。
この段階では下記の情報を求めて拡散を呼びかけました。

1、11/18表記の文献が存在しないか
2、河田と接点がある方はいないか
3、初心会に入っていた玩具問屋に当時の入荷履歴が残っていないか

4/2(4/1は嘘と間違われそうなので避けました)に実施したこの拡散は功を奏し、現在に至るまで4500件ほどのRTを獲得、様々な形で多数の協力者に名乗り出て頂けました。

1に関して、アスキー発行の「ゲーム年鑑1987」で11/18の記載があるとの情報が送られ、存在するか疑わしかった11/18記載の文献の実在が証明できました。
しかしアスキー発行の多数の書籍の中でなぜゲーム年鑑だけがこの日付を記したのかが新たな疑問となり、またどのような形で調べたのかも不明でした。


2に関しては「この頃すでにPOSシステムが導入されているからどこかのデータに発売日が埋め込まれていないか」と提案を頂き、カワダに直接問い合わせたところ、社内のデータには残っていないとご回答を頂き、こちらの線は立ち消えとなりました。

3はこの後半年に及ぶ捜索を行いましたが、結果的に私が捜索できた範囲では手掛かりを得ることはできませんでした。
当時の入出荷伝票を保管している問屋があるのではと思い、都内の玩具問屋街で何箇所か聞き込みを行いましたが、どの店舗も伝票の保管義務である7年を超過した書類は破棄しているとのことで、残しているところはないだろうという回答でした。
全国で調査すれば結果は変わるかもしれませんが、一人での捜索は現実的でないこと、問屋は基本的に個人が踏み込んでよいところではないので(聞き込みを行った店舗は個人向けに店頭販売をされていたところのみ絞りました)、現在この路線での捜索は中断しています。

また、これらの投げかけた3つの疑問点とは別に、こちらから有力な知識人として協力を仰いだゲーム団塊198X氏に加えて、本活動が目に留まり自分たちの研究と重なる点があるとして協力体制を持ち掛けて頂いた、ナポりたん氏を筆頭にした日本ビデオゲーム考古学会の各員らの情報により、星をみるひとの書籍での露出状況が克明に割り出せる状態になりました。

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(ナポりたん氏から送られてきたスプレッドシートの全体)
https://docs.google.com/file/d/1lauAfZwfn5UmcqFSsIxLtFJ_-xZFpUJL/edit?filetype=msexcel

転換

10月中旬、問屋回りで最有力候補として残していた店舗での聞き込みも空振りとなり、発売日問題の情報捜索は暗礁に乗り上げました。
ここで現状の調査姿勢ではもはや特定は不可能であり、自力での捜索は困難と判断し、新たにyou tube等でゲームに関する調査研究を動画にして投稿している、レアハンターマラリア氏に協力を仰ぐ事を決めました。
氏は直前に「サテラビューで配信されたRPGツクール製の特定のタイトルの捜索」という極めて困難な課題において、ゲームデータ原本には至らなかったものの動画所有者を発見する快挙を成し遂げ、実績ある研究者として信頼できると判断しました。


また同研究の際に元ファミ通編集部ライターを務めていた方とコンタクトを取った実績もあり、同じアスキー発行のゲーム年鑑について手掛かりを得られる可能性があるとみて相談を持ち掛けたところ、同書を手がけたとされる外部の編集プロダクションに問い合わせるのが最短ではと助言を頂きます。
手掛かりだけでも得られればと私の方で伺いましたが、なんとそちらに当時の編集に携わったスタッフが在籍されており、当時の記憶なのでこれが正解とはいえない、と前置きが入りつつ「ソフトのデータはメーカーから頂いていた」「校正段階でもメーカーにチェックを頂いた」と、ご回答を頂けました。

これらの証言により体制が明らかになり、この事実から「ゲーム年鑑発行当時(92年)のホット・ビィ社内で、星をみるひとの発売日が11/18と認識されていた」と考えられるようになります。
ホット・ビィは発売日問題の発端となった社内資料のほかに、各タイトルのフライヤーなども保管しており、星をみるひとが10/27発売と告知されていたと社内で容易に辿れる状況だったにもかかわらず、11/18の記述を訂正しなかったことから、発売から五年後の社内でもその日付が正しいものと認識されていたと見られるようになりました。
そしてゲーム年鑑だけ11/18のデータを出せたのも、ファミ通編集部ではなく外部の編集プロダクションが調査・レイアウトを行ったからだと説明づけられます。
「11/18に星をみるひとが発売された」可能性に強い裏付けが取れたものとして再度調査に臨みます。


調査

ゲーム年鑑の謎が解け進展はしましたが、依然「11/18に発売された根拠」には乏しい状態でした。
そこで、これまで「星をみるひとが11/18に出た証明」を探しつづけた路線から「星をみるひと以外に同時期に延期が発生していないか」を探す路線に切り替える決断をします。
10/27に出せなかった原因を特定し、周辺の状況証拠を固めれば星をみるひとが11/18に延期してしまった証拠を見つけることが出来るのではないかと考えました。

調査初期に発覚していたマスクROMの品不足は、半導体の調達が困難となり納期が1~2週間ずれ込むという旨の報道で、これが星をみるひとの延期理由ならば他のタイトルも同様のあおりを受けているのではないかと推測をしました。
ここでは以下の手順で調査を行いました。

1、ゲーム年鑑に記載されている87年10~12月タイトルの発売日や型番を全て列挙する
2、該当のタイトルの発売日が他のデータとずれていないかの確認
3、各タイトルの製造形態を分類(自社、委託製造のしわけ)
4、同時期のファミコン通信を基に、巻末の発売スケジュール表と照らし合わせる
5、延期したタイトルと延期推移を表化する
6、星をみるひとと近似した延期をしたタイトルの調査

1、2を行った段階でゲーム年鑑側の誤表記と思わしき箇所以外で、星をみるひとのような表記ずれが発生しているタイトルはありませんでした。

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1,2検証のスプレッドシート全体


3は以下のサイトの情報の研究を参考に分類しました。
narukoの開発メモ「ファミコンソフトのメーカー別年間発売本数を集計する

自社製造が可能だった8社は後に全て委託製造に切り替える方向にもっていかれますが、中でも大手だったナムコが89年に委託製造へ切り替えた記述が残っており、87年段階ではそれぞれ自社製造の権限が守られているとして分類しています。
この点は下記の情報を根拠としました。
ゲームマシンアーカイブ「ゲームマシン1989年9月1日号一面[ナムコが契約更新発表]

4、5でスプレッドシートによる可視化を行ったことで、幾つかの発見を得られました。
10月のタイミングで月をまたいで延期するタイトルが固まって存在していたことが明らかとなり、6の発見につながります。

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4,5検証のスプレッドシートの全体

6では「10月から月をまたいで延期した」タイトルとして下記が存在しました。

ニチブツ「アルテリオス」10月下旬→11/13
ビクター音楽産業「アウトランダーズ」10月中旬→12/4
ジャレコ「宇宙船コスモキャリア」10/30→11/6
コナミ「トップガン」10/27→12/11
ホット・ビィ「星をみるひと」10/27→11/18

この五作の共通点は「87年ファミコン通信22号(10/16発売)」でクロスレビューで取り上げられた事でした。
該当記事では七作が取り上げられており、うち二作はディスクシステムタイトルでいずれも発売日のずれは確認できませんでした。
この中で特に見過ごせないのは星をみるひとと全く同じ10/27に発売予定を告知し、結果的に12/11まで延期したコナミの「トップガン」の存在です。
同作は同じ22号内で自社広告ページに10/27発売予定の告知を打ち出しており、星をみるひとと同様に一度発売日を確定させているそぶりを見せながらも、その後2号にわたり発売スケジュール表から名前を消し、25号になって唐突に12/11予定の告知を再度出しました。
また、「星をみるひと」「トップガン」「アウトランダーズ」の三作はROM構成が1M+64キロと共通している点も気になります。(この点は最後に言及しますが今後の課題として残ります。)

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この1~6の検証で10月に集中している延期タイトルに注視しながらも、他の月にも殆どのタイトルが何らかの延期を挟んでいた事実も判明し、見過ごせないながらも確たる証拠も見いだせないと思いかけていた時、思いもよらない展開を迎えます。
連載の執筆担当に本件でクロスレビューの情報の共有を行っていた際に

「その7作品、10月半ばや末の発売予定日が大半ですが、ひとつ11月半ば発売予定と書いてあるものがあって、(いちばん左のアウトランダーズ。ちなみに星をみるひとと同点最下位のもうひとつのほう)、ずいぶん幅があるんだなと、思ったばかりでした。」

とコメントを頂いた際、「アウトランダーズ」を11月予定と告知した記述が調査範囲のスケジュール表に載っていなかったことに気付きます。
検証した結果、22号のクロスレビュー内に記載された発売日情報と、巻末の発売スケジュール表の発売日情報に誤差が生じている事実が見つかりました。
念のため前後の号のクロスレビューとスケジュール表の情報差も調査しましたが、このようなずれは22号のみに発生した特異なものであると判明します。

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スプレッドシートの全体

ファミコン通信の当時の入稿体制については不明ですが、近似したゲーム雑誌ファミリーコンピュータマガジンでの入稿体制は発売前2週間がベースで、しかし鮮度を要求される最新情報や目次などはぎりぎりまで入稿を遅らせてなるべく新しい情報が間に合うようにしていた事が明かされており、全く同じでないにしてもそれに近いことをファミ通編集部でも行っていたと考えられます。
クロスレビューと巻末の発売スケジュール表とで入稿ベースが異なっており、ぎりぎりまで入稿を待てたスケジュール表で更新出来た情報がそれより手前(それでも数日程度の誤差と推測)のクロスレビュー欄には反映させられなかったと見られます。
ちなみにこのうちジャレコの「宇宙船コスモキャリア」のみカセットロムでクロスレビューとスケジュール表とで発売日がずれていませんが、本作は自社製造で行っているため、他4タイトルとは別枠と見なしました。


仮説

ここまで来て見えてきたのは、10/27より後に発売日を設定しただろうタイトルが軒並み、それもファミ通すら満足に対応できないほど急にずれ込んだ状況ですが、ずれ込んだ原因についてはまだ不透明でした。
当初年末商戦に向けて慢性的に不足していた半導体を確保するために10月分からかき集めたのかと思いましたが、前もって需要が集中すると見込めるタイミングにもかかわらず10月半ばのタイミングで無理やり在庫をずらすようなことは考えにくく、何か急な需要に対応する為の措置ではないのかと考えました。
そして前後の発売情報を比較した結果、一本のタイトルが浮上しました。

10/26発売、ハドソンの「桃太郎伝説」です。

本作はファミコンのみならず青少年のメインストリームとして当時随一の影響力を誇った週刊少年ジャンプにて、ジャンプ放送局を担当していたさくまあきら氏、土居孝幸氏が参加した和風RPGです。
ジャンプ放送局ではかの「ドラゴンクエスト」を輩出した実績もあり、当時のゲーム業界においてその影響力はどの媒体にも引けを取らない強力なものでした。
本作もご多分に漏れず発売前からの注目度は高く、先に出たドラクエ二作の需要集中もあって問屋からの注文数も相当なものだったのだと推測します。
一説には本作の売上本数は100万本に到達したともいわれており、その数字があてになるかはともかくとして大いに注目度があったといえます。
年末商戦を前にして需要が集中した本作を少しでも多く量産するため、その前後にあった4タイトルが割を食わされたのでは? というのが私の推測です。
実際、10/26以降に発売した委託製造のカセットロムのタイトルは11/13「アルテリオス」より手前は10/30発売の東京書籍「ロマンシア」のみで、こちらはファミ通21号の段階で発売日が確定しているうえにクロスレビューも同じ号で行われていたため、22号のタイトル群より先にマスターアップされていると推測できます。
尚この件の影響があるかは不明ですが、「ドラゴンクエストⅢ」は本来87年12月発売予定が、11月のタイミングで半導体不足により2ヵ月の延期を行っているとされています。


ここまでの状況をつなぎ合わせて、下記の仮説を打ち立てました。

1987年、日本の半導体事業がアメリカの報復措置を受け、輸出需要の落ち込みに伴い事業撤退が散見したころ。
ファミコンブームにより半導体の内需がにわかに高まる一方で向上は減少の傾向にあり、その需要を十分に満たすことが困難な状況にあった。
また同時期はファミコンブームのピークが過ぎようとしていたタイミングで、年間100タイトル以上の新作がリリースされる一方でファミコン自体の売り上げは減少傾向にあり、ハードよりソフトを売らなければ売り上げが確保できない時期に差し掛かっていた。
そんな折に「桃太郎伝説」に対する期待度の高まりが問屋からの注文数という形で具体化し、既に年末商戦までの半導体資材の割り当てを決めていた状態から、少しでも需要を満たすために同作の製造に注力しなければならなくなる。
そこで任天堂は直近で量産体制に入る予定の数タイトルの発売日を動かして、「桃太郎伝説」の生産枠を確保する奇策に乗り出した。
10月下旬で出せない代わりに11月中旬以降で好きなタイミングで出荷できる条件にして、それぞれのメーカーに交渉を持ち掛けた。
コナミとビクターは時間が開くものの、より多くの売り上げが見込める12月合わせに発売日をずらした。
一方でホット・ビィとニチブツは少しでも早く市場に出して現金化したい思惑があり、出来る限り最速の11月中旬に延期することを決めた。
開発側の都合による延期に対して厳しい措置をとる任天堂だったが、このときばかりは任天堂側の都合であるためお咎めはなく、大きな問題にもならず処理された。

……というのが仮説です。
状況を組み合わせる限り「10/27に星をみるひとは出せなかった」と考えられます。
よって、ホット・ビィに保管された内部資料の記述が正しい可能性が高いという結論に至りました。

もう一つ謎として残る、ホット・ビィだけが延期した発売日を告知しないまま発売日を迎った問題についてです。現時点では大部分が想像を占めてしまう点をご容赦下さい。
ゲームは出荷して初めて売上げが立つ商材で、延期が続くということは売れるがどんどん後に回ってしまうということでもあります。
延期を続けた星をみるひとはそれだけ会社の財政を圧迫し、ようやく10/27に出せると決まり広告まで打った段階で、製造都合で突然の延期が決まってしまい、会社の台所事情が火の車になってしまったのではと思いました。
出来る限り最速納期の11/18には出せる見通しになったものの、それまで会社を維持するのに精一杯奮闘している間に発売日を迎えてしまったのではないか……と。
ホット・ビィは次回作に「武田信玄」も控えていた状況なので、次に繋げていくことを優先している間に表立った訂正を行えず、延期の事実は埋もれてしまったのではないでしょうか。

ただ費用が掛かる上に入稿からの印刷に大きなラグが発生しかねない(広告が出る前にゲームが出てしまう)フライヤーなどの印刷物はともかくとして、ファミ通などのゲーム雑誌に申告していれば発売スケジュール表だけでも間に合ったのでは? と思うのですが……。
ホット・ビィは母体がファースト・ファーマーズという広告代理店であり、印刷物の入稿ベースをほかのメーカーよりも熟知していました。ここで「今のタイミングで変更の申し出をしたらコストがかかるばかりでなく印刷現場に多大な迷惑をかける」と考えて、敢えて黙っていたのではないでしょうか。
現実的には少なくともファミ通の発売日告知は間に合った可能性がありますが、広告屋としての義理を貫いたのでは、と考えました。
この点に関しては完全に私の想像にすぎません。(単にゲーム雑誌の入稿ベースなら滑り込みで対応できると存じなかったのかもしれませんし……。)


以上の研究をもって、一旦の成果報告とさせて頂きます。
今後は上記仮説の補強のため、以下の調査を続行します。

・星をみるひとと同時期に延期したタイトル群の状況、関係者の洗い出し
→まだ延期の理由が状況証拠の組み合わせでしか見えてないからです。星をみるひとはやりつくしてしまった感がありますが、他のタイトルはまだ開拓の余地があります。どこかから延期の理由が直接引き出せれば強力なエビデンスになります。

・延期タイトルの検証
→仮に同時期に同じラインで製造されたとすれば、型番やプリントパターン等でなにか共通点があるのでは? と考えています。
容量や製造時期など、何パターンかサンプルを用意して検証に臨みます。

・近似する問題にぶつかったタイトルの調査
→原因が半導体不足ならば、当時これら以外にもあちこちで弊害が出ていたはずですので、同様の例を集めます。

・当時のファミ通のクロスレビュー誌面担当者の捜索
→クロスレビューと発売スケジュール表の歪みを確認するためと、当時のクロスレビューの体制を確認するためです。

・ファミ通以外の雑誌のデータ収集
→ファミマガ、マル勝ファミコン等は初期の調査以外では検証の範囲に入れませんでした。今後はこれらの雑誌でもファミ通22号と同様の問題が発生した可能性を考慮して改めて調査を行います。

2020/10/27 ノヒイ ジョウタ

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