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Prospectiveー田中隼人 [1]

 2022シーズンより柏レイソルトップチームへ加入した田中隼人は柏レイソルアカデミー出身の大型DF。柏Uー18時代の2021年に第2種登録選手としてトップデビューを果たし、同年のルヴァン杯では3試合でプレーしている。

第2種登録選手時代の田中。背番号は47。

田中は強い体とサイズに恵まれた左利きのCB。レイソルアカデミー出身選手らしく、丁寧なボールコントロールと選択肢豊かなキックを持った選手だ。そのスペックは早くから日本サッカー協会関係者たちの目に止まり、ジュニアユース年代から年代別日本代表選出を重ねてきたが、レイソルアカデミー最終年に大きな転機が訪れた。
 
「彼らが身に付けてきた技術面や戦術理解は間違いない。だからこそ、トップや次のステージへ上がって、何年かの時間を使ってプロの体作りをするのではなく、ユース年代でもできる体作りに着手しておくべき」

大きな離脱もなく、アカデミー最終年を完走した。

そのような考えからアカデミーのトレーニングを改革した柏Uー18・酒井直樹監督との出会いは翌年に迫っていたトップ昇格への「仕上げ」という意味でも大きな意味を持っていた。新任の藤田優人コーチが鋭い眼差しで見つめる中で繰り返された「素走り」に当初は離脱者が続出。当初は多くの選手が適応に苦しんだという。
 
「最初は本当に厳しかったんです。グラウンドを何周も走って、あまりにキツ過ぎて最後はみんなバタッと倒れてしまったくらいで。後半戦へ向けて夏場にも走りましたよ(笑)。紅白戦のムードも以前と変わりました。内容的にはいつも『バチバチ』で。球際の攻防はどの公式戦より激しいんです」

そのように改革当初の様子を振り返った田中だが、この改革との相性は良く、Uー18とトップを兼任していた昨季、顔を合わせる度にあどけなさは消え、アスリートらしくなっていったことを覚えている。また、酒井監督は田中のトップ昇格内定当時にこのように太鼓判を押していた。
 
「隼人はトップを経験して相手への寄せやプレー強度といった課題を徐々に向上させています。攻撃でも迷いなくパスを出せますし、ロングパスの精度も高い選手ですし、『人の話を聞く』ことができる点も良い部分。アドバイスを聞いて改善する選手なんです」

田中の潜在能力に太鼓判を押したU-18酒井監督。

その田中。シーズンの幕開けと共に鮮烈な光を放った同期の真家英嵩と升掛友護らに比べると、やや慎重なシーズンスタートとなったが無理はない。レイソル守備陣の先輩たちが安定したパフォーマンスを続けているからだ。主だった負傷離脱も無く、ユニットのレベルを上げている。その列に今季から新たに並んだ田中の主戦場は必然的にルヴァン杯や天皇杯が中心となっていた。
 
「さすがにまだ差を感じています。でも、シーズンが進めば、いずれは出場停止などもあるはずです。自分も常に準備をしています。いつか次のチャンスが得られるように、そのチャンスをものにできるように練習からがんばります」
 
いわゆる「ルヴァン組」として勝ち試合も負け試合も経験した。ベンチ入り止まりの日も、メンバー外の日もあった。今はまだ成熟へは程遠いとはいえ、様々な事実を血肉としているという。田中がプロ1年目を過ごす中で何を思ったのだろうか。
 
「試合に勝てれば、ものすごく気分も雰囲気も良いですが、負けてしまった試合の方が強く印象に残ります。DFとして、失点の責任を強く感じるので。自信を失ってしまうと言ったら、ちょっと言い過ぎかもしれませんけど、自分たちDFが失点をしたから試合に負けているわけですから。勝ち試合はプロ1年目の自分にとっては直接自信が付く。気持ちいいなという感じです」

ルヴァン杯では左足で好機を見事クリエイトした。

 プレー中の田中は周囲とのコミュニケーションを頻繁に図るタイプだ。指を立てたり、腕を振ったり、ボールの軌道や進むべき方向を指し示したりと表現力豊かに意思疎通しようとしている。まだルーキー。一つ一つの局面で成功体験を重ねていく段階。一方的な要望をするだけではなく、情報や意見を交換している。
 
「藤田さんが僕らのコーチになってから教えてくれたんですよ。ある時、『CBは何もしない人が一番良い選手なんだよ』って。意味を間違えてしまうと違う言葉になるんですが(笑)、自分はその言葉を大切にしているんです。『常に周りの仲間を動かして守れた。何もしなくてよかった!』と言えるくらい、自分のポジションは試合中に『喋ること』が肝心なんだと」
 
田中はレイソルでも、年代別代表でも、周囲の選手と議論を繰り返してきた。その輪は前後左右の選手から最前線の選手まで広がり、準備してきたチーム戦術をベースに、その日その時に最適な守備網、あるいはゴールへの最適解へアレンジしていく。そのリーダーシップが田中の未来を作っていくだろう。

声を張り上げ、藤田コーチの言葉を今も体現している。

 CBとして、「プロの守備」に課題を残す段階の田中だが、今季のルヴァン杯では升掛や鵜木郁哉のプロ初ゴールへ繋がる「キー・パス」を披露するシーンがあった。球種は違えど、どちらも30mほどの距離感から生み出されているプレーだ。
 
「左足のキックは自分の武器です。負けない自信があります。『今まで誰よりも練習をしてきた』という自信も、自分なりのこだわりもあります」
 
状況や景色によってパスを蹴り分けるという。このあたりはレイソルアカデミーの「ボールを大事にする」時代に得たスペックといえるだろう。
 
「相手の背後へのボールは、高さを出さず、空間に落としてあげるようなイメージでボールを蹴ることを心掛けています。相手の中盤の背中に入れる楔のパスも得意としています。ボールが滑っていく様な、受け手が収めやすいボールを蹴ることを第一に、相手から遠い足にボールを付けることが大切です。受け手の視野を考えながら」

U-14時代。中央には真家と升掛、大和(甲府)も在籍。

練習終了後には上島拓巳や土屋巧らと居残り、井原正巳ヘッドコーチへ向けて一球一球こだわりながら左足を振る姿もあった。この技術に長けた上島にも劣らない能力を見せていた。
 
田中の左足で言えば、古賀太陽をしてこう唸らせている。
 
「やっぱり、左利きの隼人の左足のキックは違いますよね。『良いボールを蹴るなぁ』と思います。僕は隼人のキックのファンですから(笑)」
 
この能力を存分に発揮できているのはこれまでの経験、日々の準備があるから。そしてさらに大きな視点で見ると、現在のトップチームと昨季柏Uー18チームの戦術がリンクしていることが浮かび上がってくる。
 
ネルシーニョ監督と酒井監督は共に「3ー5ー2/5ー3ー2」をベースとした戦いを好む。それぞれ源流は異なるが、「インテンシティ」や「切り替え」、「スピード」など似通ったキーワードがある。田中だけでなく、真家や升掛もピッチで彼ららしく振る舞える理由と考えていいだろう。
 
「戦術的にはすごく近くて、似ていると思います。トップではアカデミー時代よりも任される守備範囲が広がり、難しい部分もありますが、自分の中に昨年の戦術があったので、トップの戦い方がスムーズに理解できましたし、以前よりレベルがはるかに高いので、昨年以上の楽しさも感じながら、自分のウィークポイントを再確認して、改善していくことにも繋がっています」

上島らと居残りで様々なトレーニングに励む。

 逞しく士気高く上位争いを展開するクラブという最高の環境にいる。だが、まだベンチ脇のスペースから見つめることが多い状況にある。焦りこそないが、止められない渇望は常にある。
 
「メンバーはネルシーニョ監督が決めることではありますけど、次のチャンスを逃したくないです。自分は常に準備をして臨んでいますし、試合に対する意識は以前と変わっていますし、自分でも成長を感じる機会も増えました。日々、太陽くんや拓巳くんだけでなく、多くの先輩たちのプレーの中から必要なものを吸収したり、盗んだりしています。次のチャンスを得る為、そこで結果を出すための準備に集中していますし、チャレンジができています」
 
2022年7月30日に果たされたJ1リーグデビューの1週間前、汗を拭い、希望に満ちた表情で話す田中には物心がついた年頃からずっと持つ「別の顔」がある。

大嶽と取材カメラを見つけて。Z世代もこのポーズ。

「Prospectiveー田中隼人 [2]」へつづくー。

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