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オフサイド検証 – 3Dモデリング編

近年サッカーにおいても映像を判定に用いるビデオアシスタントレフェリー(以下、VAR)が導入され、判定映像や詳細の公開に伴い、オフサイドの判定を巡ってより厳密な判定結果が映像を通じて広く知れ渡ることになり、これが新たなストレスを生んでいます。イングランドプレミアリーグではこのストレスが原因で、オフサイドのルールそのものの変更を要望する声が、一時的とはいえ上がるようになりました。

本記事では、3Dモデリングを用いて僅かな幅のオフサイドの状況を再現し、オフサイドの判定結果の表示方法について、欧州で一般的な線と線の比較以外の表示方法について検証した結果を報告します。

前提として、本記事の論点は「見せ方」(=説明)にあり、例えばVAR導入試合におけるオフサイド判定の基準やビデオオペレーティングルーム内の運用について論点としているわけではない、という点を予め申し添えておきます。筆者の考え方として「判定の正しさ」と「説明の納得性」は別問題として切り分けており、本記事の議論もこの前提のもとに進めます。

オフサイドのルールと前提

まずはじめにオフサイドのルールを確認しましょう。今回取り扱うケースはさほど複雑ではないので、競技規則の一部を抜粋して紹介します。

1.オフサイドポジション
オフサイドポジションにいることは、反則ではない。競技者は、次の場合、オフサイドポジションにいることになる:
ー頭、胴体、または足の一部でも、相手競技者のハーフ内にある(ハーフウェーラインを除く)、そして、
ー競技者の頭、胴体、または足の一部でも、ボール及び後方から2人目の相手競技者より相手競技者のゴールラインに近い場合(後略)
2.オフサイドの反則
ボールが味方競技者によってプレーされたか、触られた瞬間にオフサイドポジションにいる競技者は、次のいずれかによってその時のプレーに関わっている場合にのみ罰せられる:
ー味方競技者がパスした、または、触れたボールをプレーする、または、触れることによってプレーを妨害する。または、(後略)

(以上、サッカー競技規則2019/20より引用・抜粋)

VARとオフサイド

ここで本題とは外れるのですが、VARを巡る議論の中でなぜオフサイドに関わるシーンが紛糾しやすいのか?典型的な流れを考えましょう。

・VARのチェック対象でオフサイドが絡むのは、大半が「得点」の確認

・「オフサイドディレイ」の運用により、見た目上の流れは「ゴール」→「チェック」の一方通行

・VARのチェックまたはオンフィールドレビュー(以下、OFR)によって判定が変わる場合、見た目上は「ゴール」→「ノーゴール」の一方通行

「退場」「PK」等の場合は判定の変更についてそのベクトルは双方向考えられますが、オフサイドが絡む「得点」の確認は、上記のような一方通行の印象を強く与えます。実際には「オフサイドディレイ」以後にボールがゴールに入った後、主審は副審と連携して「オフサイド」の判定を下しているのですが、「見た目上」はボールがゴールに入っているため、もともと認められていないゴールでも「取消」という印象を強く与えてしまうのが、オフサイドが絡む事象の特徴です。

個人的には、VARをめぐるオフサイドの議論については、問題の原因が要素分解されることなく、VAR導入そのものが槍玉に挙がっている印象を受けています。もちろん、VAR導入試合において運用の拙さや所謂「フットボールらしさ」の喪失を感じるという意見は自然な感覚と思いますが、問題の解決を考えるならば、主語も目的語も小さく分解して原因と解決方法を一つ一つ編み出していくアプローチが必要と考えます。

ケーススタディ:"10cmのオフサイド"

それでは今回の検討対象のシーンを見てみましょう。論点は判定の正誤ではなく「見せ方」なので、オフサイドか否かを考える必要はありません

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シーンでは、後方からのパスをゴールエリア手前で受けた攻撃側競技者(赤チーム)がシュートを放ち、ボールがネットを揺らしましたが、オフサイドと判定されました。パスが出た瞬間、守備側競技者(青・黄チーム)の後方2人目(青の選手)よりも、シュートを放つ選手(赤の選手)の右足先が僅かにゴール側に位置していたことが原因です。

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その距離、なんと10cm。

欧州サッカーでも見かける光景ですが、実際3Dでモデリングしても明確なギャップに気づくのはなかなか難しいことがわかります。

4通りの「見せ方」

以前noteでも取り上げたゴールジャッジ検証は、真横から見ないと正確な判定ができないという結論を導きましたが、オフサイドの場合はどこで起きるかがわからないため、あらかじめ真横のアングルを設定することができません。そこで今回は、斜めのアングルを前提にした見せ方の違いによって、オフサイド(=ゴール取消)であることの説明の納得性を、いくつかのパターンをもとに検証したいと思います。

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まずは何も追加的に表示しないパターンです。斜めのアングルである以上正確な判断は難しいですが、余計な情報が付加されていないので、見る人によっては「割り切るしかない」と考えやすいかもしれません。

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次に欧州でよくみられる線同士の比較です。線にも幅があるため、線のゴール側のエッジに選手の体の部位を重ね合わせています。赤チームを応援している方、あるいはゴールを見たいニュートラルな方にとっては、「そのくらい見逃してよ」と言いたくなるシーンでしょう。
この比較の特徴は、線と線、つまり同じものを比較しているから「差」が気になってしまう点です。従前から微妙なオフサイドの判定を巡る議論は存在しますが、距離が注目されることはあまりなかったと記憶しています。VAR導入に伴う判定に対する厳密性の追求が、線同士の比較による可視化をもたらし、結果として必要以上に距離がフォーカスされるようになったと考えます。

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線同士の比較が「差」に注目を集めてしまうなら、比較対象を変えることで論点を逸らすというやり方が考えられます。このパターンは攻撃側選手のポジションを、矢印を用いて先端が攻撃側選手の体の部位の先端を示すようにしたものです。本質的には線同士の比較と変わらないですが、「はみ出ていますよ」というメッセージとしてはわかりやすく、距離が云々という話にはなりにくいのでは、と考えました。


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もう一つは、以前ゴールジャッジの検証で用いた「半透明のフィルター」を用いて最終ラインを「壁」とし、はみ出ている部分のみ立体的に再現するパターンです。基本的な発想は(C)と同じですが、先端部分が空中にある場合の理解の助けになります。

また、(C)や(D)については表示の段階でアニメーション化してしまう方法も考えられるでしょう。欧州で導入されているゴールラインテクノロジー(以下、GLT)の表示方法をイメージしてみてください。

映像をご覧いただくと、検証アニメーションのシーンでは、

・フィールド・ゴール・ボール以外の情報は省略されている

・ボールのロゴや模様が一定であり、実際のボールの向きとは一致しない

ことにお気づき頂けると思います。これはホーク・アイ等で捉えたボールの位置を座標情報として取得し、予め設定されたボールの形状とともにアニメーションで再現しているための推測されます。

この理屈が受け入れられるならば、オフサイドについても判定の説明に必要な最小限の情報でアニメーションを構成することも一つの選択肢と浮上します。(C)や(D)の左下の黄色い枠で示したものがイメージです。オフサイドの検証とGLTでは再現に対する信頼性に差があるため必ずしも同じ前提で議論することはできませんが、目的に則して望ましい方法を検討する過程では、一度触れられても良い議論と考えます。スポーツ界においても、シミュレーションや再現を目的としたデジタルツインの考え方が一般的になる時代も、そう遠くはないでしょう。

※繰り返しますが今回の論点は「見せ方」なので、これらの技術や表示に基づいて「判定」を進めることを提案しているわけではございません。念のため。

おわりに

以上がパターンの検証になります。個人的には(C)や(D)のように比較対象を変えることで論点を逸らし、不要なフォーカスを避けることでストレスの軽減に繋がると考えていますが、どのパターンが望ましいと考えるかは人によって意見が異なるでしょう。他のパターンやご意見があれば、ぜひぶつけ合わせてみたいと考えています。

また、本記事では「判定」を議論の対象から外していましたが、VAR導入がアナウンスされている明治安田生命J1リーグについては、フットボールレフェリージャーナルでおなじみ石井紘人さんのツイートで、オフサイドの可能性があるシーンをVARがレビューする際の運用と推測される情報が出回っています。

リーグ開幕前の現時点では前後の文脈を把握しないと詳細については判断し難いです。ただし、判定に用いる情報と公開されるプレゼンテーションが共通化されるならば、本記事の内容が関連する可能性もあるでしょう。

とはいえ、判定・説明それぞれに用いる情報は分離したほうが良いというのが筆者の主張です。VARを含めて審判は従来通りの審判の役目を果たし、観衆や視聴者に対して提供する情報は、少しタイムラグがあってもDAZNなどのメディアや番組制作者との連携を模索したほうが良いのではないでしょうか?

いずれにせよ、まずは開幕後数節の様子を見てみたいと思います。

以上

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