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冒頭を無料公開! 島村恭則編『現代民俗学入門』

なぜハンコを押すの? 福袋ってそもそも何?
身近な風習の秘密がみるみるわかる。
暮らしに潜む67の不思議を、民俗学者22人が読み解く『現代民俗学入門 身近な風習の秘密を解き明かす』が刊行されました。
刊行に先立ち、編者の島村恭則氏が執筆された冒頭部分を無料公開いたします。

民俗学への招待

 この本は、みなさんに民俗学の面白さを伝えるために書かれました。
 民俗学とは、「人びと(=民)について〈俗〉の視点で研究する学問」です。
 ふだん何気なく行っている「ルーティン」(習慣的な行動)。他愛のない「うわさ話」。効果があるかどうかはわからないけれど、とりあえずやってみる「おまじない」。「仲間内にしか通じない言葉」。これらは、みんな〈俗〉です。
 〈俗〉とは、権威や公式的な制度からは距離があるもの、合理性では割り切れないもの、いわば、「人間の本音の部分」に相当するものといってよいでしょう。
 民俗学は、こうした〈俗〉を研究する学問として、十八世紀末のドイツで生まれ、その後、世界各地に広がりました。日本では、明治時代に研究がスタートし、以来、百数十年にわたって、〈俗〉の研究が続けられてきました。その結果、多くの「発見」が蓄積されています。
 この本では、そうした発見の中から、「これは!」と思うものを取り上げ、豊富な図版とわかりやすい文章で、みなさんに紹介していきます。執筆者の多くは、いずれも最前線で研究を行っている中堅・若手の民俗学者たちです。
 ところで、民俗学では、どのような方法で〈俗〉の研究を行うのでしょうか。
 方法の一つとして、「過去を使って現在を解く」というものがあります。「現在、世の中に存在しているさまざまな事物は、なぜ存在しているのか、どうしてそのようなあり方をしているのか、それにはどんな意味があるのか?」。これを解くのに、「過去にはそれがどうなっていたか」を調べるのです。「過去」を知ることによって、はじめて「現在の謎」が解けることがあるのです。本書でも、そうした方法によるアプローチが多くなされています。
 もっとも、過去を使って現在の謎が解けたとして、そこで満足してしまっては、単なる「物知り」になっただけで終わります。しかし、民俗学は、物知りになるための学問ではありません。現在の謎を解くことによって、今度は、未来をいかにつくっていくか。ここまで考えるのが民俗学です。
 日本を代表する民俗学者の一人、柳田國男(一八七五~一九六二)は、「社会現前の実生活に横たわる疑問」を解決し、それによって「人間生活の未来を幸福に導く」のが民俗学だと考えていました(『郷土生活の研究法』)。
 私たちの暮らしの中にある〈俗〉。その中には、もう捨ててしまってよい〈俗〉もあれば、そのまま残しておいてもよい〈俗〉もある。あるいは、リニューアルして、現代的な〈俗〉として再活用できるものもあるでしょう。さらに、日々、新たに生まれ続けている〈俗〉もある。
 〈俗〉は、人間にとって必ずついてくるもの。ならば、その〈俗〉とうまくつきあいながら、むしろ積極的に活用していこう。これが民俗学による未来構想の考え方です。

 民俗学は、「みんなの学問」です。一部の専門家だけの学問ではなく、みんなで、お互いの暮らし、お互いの〈俗〉について話し合い、より良い未来をつくっていく学問です。本書を読まれた皆さんは、ぜひ、〈俗〉について、親しい人たちと存分に語り合ってほしいと思います。きっと、自分の知らなかった〈俗〉を知ることができるだけでなく、〈俗〉についての新たな意義を見出すこともできるでしょう。そのとき、あなたはすでに民俗学を実践していることになるのです。
 一人でも多くの方が、この本をきっかけに民俗学の仲間になっていただければと思います。
 なお、本書の内容には、通説を大きく超えた仮説や大胆な理念的モデルも含まれていますが、これは今後の議論の可能性を広げるためのものとして理解していただければ幸いです。
 本書の企画から編集まで、濱下かな子さん、佐藤喬さんという二人の優れた編集者にお世話になりました。記して謝意を表します。

島村恭則

島村恭則編『現代民俗学入門 身近な風習の秘密を解き明かす

●目次
民俗学への招待
執筆者一覧

【1章 日常のなぜ】
地鎮祭は何のためにするのか?/玄関の段差とトイレのスリッパ/なぜ敷居を踏んではいけないのか?/掃除をしないとどうなるか?/風水、気にすべきか?/我が家の伝統/どこまでがシンセキなのか?/先祖の話/犬小屋の歴史・ネコの社会/なぜ一緒に食べるのか?/どうして「いただきます」というのか/おかわりするときにご飯粒を残すのはなぜか/職場方言/一本締めと三本締め/ハンコとサイン/商売人だけが知っている/社員旅行と忘年会/お土産にやどる聖なる力/買い物は「替えごと」/市場とママチャリ/月賦販売と生命保険/福引きと福袋/化粧と仮面/イレズミはタブーなのか?/アクセサリーの来歴

コラム01 柳田國男と折口信夫

【2章 四季のなぜ】
そもそも春はいつからか?/大晦日に「おせち」を食べてもいいのか?/お年玉、ルーツは神からもらう「魂」だった/初夢は、どうして「二日」に見るのか?/お雑煮はいつまで食べるものなのか?/土用に「うなぎ」を食べるのはなぜか/どうして祇園祭の「ちまき」は食べられないのか/お中元、お歳暮は何のために贈るのか?/アート化するお盆の精霊馬/お月見どろぼうはハロウィンか?/神様たちはどうして出雲へ行くのか/運動会の綱引きはどこから来たのか/なぜ「勤労感謝」は十一月なのか?/どうして冬至に柚子湯に入るのか?/クリスマス・イブは「前夜祭」なのか

コラム02 フィールドワークはどのようにするのか

【3章 人生のなぜ】
産湯と若水/胞衣の行方/名付けの方法/人はいつ「年をとる」のか?/「とおりゃんせ」はなぜ「七つのお祝い」なのか?/成人式はなぜ荒れるのか?/通過儀礼としてのシューカツ/ラップと歌垣/結納はなんのためにするのか?/結婚式はポトラッチなのか?/LGBTQIA+の民俗学/なぜ還暦には赤いものを着けるのか?/隠居とは何か?/「古老」はほんとうに「物知り」なのか/介護民俗学の登場/お葬式/火葬場で「箸渡し」をするのはなぜか?/遺骨のゆくえ

コラム03 日本の民俗学――ブックガイド

【4章 都市伝説のなぜ】
なぜ都市伝説は語られるのか?/タクシーに出る幽霊/口裂け女のいた時代/ネット怪談とネット美談/「実話」とネットロア/地名と伝説の深い関係/神社の由緒の読み取り方/昔話は何種類くらいあるのか?/ミームは現代の「民間伝承」

民俗学を知るための基礎用語

島村 恭則(シマムラ タカノリ)編
関西学院大学社会学部長、教授。世界民俗学研究センター長。博士(文学)。専門は、現代民俗学、民俗学理論。1967年東京生まれ。筑波大学大学院博士課程歴史・人類学研究科単位取得退学。著書に『みんなの民俗学』(平凡社)、『民俗学を生きる』(晃洋書房)、『〈生きる方法〉の民俗誌』(関西学院大学出版会)、『日本より怖い韓国の怪談』(河出書房新社)などがある。