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《週末アート》 杉本博司と江之浦測候所

「週末アート」マガジン

週末なのでアートの話。今回は、小田原にある江之浦測候所について。


江之浦測候所

小田原の真鶴に「江之浦測候所(えのうらそっこうじょ)」なるものがあります。測候所とは、本来は、気象庁管区気象台の下部組織に当たる地方機関で、その地方における気象の観測を行うところです。が、江之浦測候所は、これに該当するところではなく、杉本博司という日本の総合芸術家による芸術のための施設です。開館は、2017年。まずは杉本博司氏についてどんな方か、どんな作品を作っているのか見てみましょう。

場所
神奈川県小田原市江之浦362番地1



杉本博司

杉本博司氏
source: SFMOMA

杉本博司(すぎもと ひろし、1948年2月23日 生まれ。2022年現在74歳)氏は、日本の写真家、現代美術作家、建築家、演出家。ニューヨークから写真家としてのキャリアをスタートし、その後、活動フィールドを広げ、建築や演出にも携わるようになっていきます。「やりたいことがありすぎて死んでいるヒマがない」(※1)といつ彼の発言が、その制作に対する貪欲さと実行に移す行動力を表しています。

出身は、東京都御徒町出身。生まれは1948年ですので、第二次世界大戦が終了して3年後の誕生です。彼の自伝『杉本博司自伝 影老日記』からも、裕福な生まれだったことがわかります。父は落語家。家族とともに熱海へ出かける途中で、電車からみた水平線に感動をインスピレーションを得て、それが半世紀ほど経って、同じ場所に江之浦測候所を作ることに結びつきます。このとき、杉本博司氏が感じたのは、数万年前の人々もこの水平線を同じように見ていたのかもしれないという思いでした。

中学生のころに鉄道模型に夢中になり、鉄道写真を通じて写真との関わりを始めました。また、このころ、オードリー・ヘップバーンに夢中になり、『ローマの休日』を上映中の映画館でカメラを構え、オードリーが映っているシーンの写真を大量に撮ってノートに整理していたそうです(違法!)。立教大学では、広告研究会に属しポスターデザインの制作を行っていました。大学卒業後、1970年にロサンゼルスのアートセンター・カレッジ・オブ・デザイン(ArtCenter College of Design)で写真を学びます。卒業後の1974年(26歳)にニューヨークに移り、当初は写真家のアシスタントなどを続けます。1975年(27歳)から写真作家として活動を始め、自分のスタジオを設けました。翌1976年(28歳)、ニューヨーク近代美術館の写真部門が当時週1回行っていた、写真作家が作品を持ち込み、キュレーターが評価するという写真持込・面接の日に、最初のシリーズである『ジオラマ』シリーズの1枚を持ち込み、これが評価されて買い上げられました。以後、ニューヨーク州の奨学金やグッゲンハイム奨学金など、1年単位の奨学金を得ながら写真作品を制作しました。奨学金が終了したので、生活のために日本の古美術品や民芸品を売る古美術商ギャラリー「MINGEI」を当時の配偶者、杉本絹枝氏と1978年(30歳)秋にソーホーに開業。ニューヨークと日本を往復しながら古美術品を買い販売する生活を10年ほど続けました。ギャラリー閉店後も古美術の取引自体は1997年(49歳)まで続け、現在に至るまで日本の古美術の収集を続けており、日本の古美術・古建築・古典文学への造詣が深い。

1977年(29歳)、東京の南画廊で初個展。1981年(33歳)には、ニューヨークのソナベンド・ギャラリーで個展。現在の妻の小柳敦子氏が経営する東京銀座のギャラリー小柳に所属し、2001年(53歳)には、ハッセルブラッド国際写真賞を受賞。また、内装や能舞台、神社など建築に関する作品も手掛けています。2017年10月9日(69歳)、構想10年、建設10年の複合文化施設、江之浦測候所を神奈川県小田原市に竣工しました。2009年(61歳)に高松宮殿下記念世界文化賞(絵画部門)、2010年(62歳)に紫綬褒章、2013年(65歳)にはフランス芸術文化勲章オフィシェを受章。2017年(69歳)、文化功労者

杉本博司オフィシャルサイト


略史

1988年 毎日芸術賞を受賞
2001年 ハッセルブラッド国際写真賞を受賞
2008年 建築設計事務所「新素材研究所」設立
2009年 公益財団法人、小田原文化財団を設立
2009年 高松宮殿下記念世界文化賞(絵画部門)を受賞
2010年秋 紫綬褒章受章
2013年 フランス芸術文化勲章オフィシエ叙勲 
2017年 文化功労者
2017年10月 小田原文化財団「江之浦測候所」を開館


ギャラリー小柳


ハッセルブラッド国際写真賞

ハッセルブラッド国際写真賞 (英:The Hasselblad Foundation International Award in Photography )は、スウェーデンのハッセルブラッド財団が主催する国際的な写真賞。「写真界のノーベル賞」と言われています。杉本博司氏は21回目の受賞者。


高松宮殿下記念世界文化賞

高松宮殿下記念世界文化賞は、日本美術協会によって1988年に創設された、絵画、彫刻、建築、音楽、演劇・映像の各分野で、世界的に顕著な業績をあげた芸術家に毎年授与されるもの。


紫綬

紫綬(しじゅ)。日本の褒章(国の栄典)の一つ。学術、芸術、技術開発等の功労者を対象とし、スポーツで顕著な業績を上げた人も含まれます。記章及びメダルの綬(リボン)は紫色。原則として、毎年春(4月29日付)と秋(11月3日付)の年2回、春秋叙勲と同日付けで授与されます。審査などの政府事務は、内閣府賞勲局が行い、日本国憲法により規定される国事行為として天皇が授与します。

フランス芸術文化勲章オフィシェ

芸術文化勲章(げいじゅつぶんかくんしょう、フランス語: L'Ordre des Arts et des Lettres)は、フランス文化省が運用する名誉勲章。「芸術・文学の領域での創造、もしくはこれらのフランスや世界での普及に傑出した功績のあった人物」に授与されます。芸術文化勲章は、芸術文化勲章評議会と評議会長の助言に基づき、文化大臣の布告により授与され、毎年1月1日と7月14日に昇進が行われます。芸術文化勲章は3つの等級からなり、上からコマンドゥール(騎士団長)、オフィシエ(将校)、シュヴァリエ(騎士)。シュヴァリエは、私権を享有する30歳以上の芸術家にのみ授与され得ます。オフィシエとコマンドゥールについては、以前の等級を授与されてから少なくとも5年を経て、新たな叙勲に値する功績を示した者にのみ授与されます。

文化功労者

文化功労者(ぶんかこうろうしゃ)は、日本において、文化の向上発達に関し特に功績顕著な者を指す称号。文化功労者年金法(昭和26年法律第125号)に定められています。文化勲章よりも多くの者が選ばれ、文化人にとっては同勲章に次ぐ栄誉となっています。

杉本博司の作品

『ジオラマ』(シリーズ)

杉本博司氏が制作しているシリーズの原点とも言える作品。この作品は、アメリカ自然史博物館に展示されている古生物や古代人の生活を再現したジオラマを撮影し、あたかも現実の風景のように見せています。写真に写るさまざまな生き物の表情や、その足元に広がる草原や空といった風景は、本物のように見えます。「写真は常に真実を写す」といった基本概念を覆すことで、目に見えている疑いようのない現実を揺るがす衝撃を鑑賞者に与える作品です。

最初のシリーズの『ジオラマ』では、ニューヨークのアメリカ自然史博物館の古生物や古代人を再現したジオラマを撮った。片目を閉じた「カメラの視覚」のもとでは、両目で見ると模型だと分かるジオラマが遠近感の喪失によりリアルに見える、という発見からこのシリーズは始まっている。精巧なジオラマを本物に見えるよう注意深く撮ったシリーズは、「写真はいつでも真実を写す」と考えている観客には一瞬本物の動物や古代人を撮ったように見えてしまう[24]。

杉本博司『ジオラマ』
画像引用:This is Media 
杉本博司『ジオラマ』
画像引用:This is Media


『ポートレイト』

1999年(51歳)からのシリーズ『ポートレイト』では、イギリスのロンドン メリルボーンにある蝋人形館、マダム・タッソー蝋人形館にある偉人たちや有名人たちの蝋人形を、16世紀の絵画をほうふつさせる照明で撮影し、あたかも生きた本人を撮影したかのような作品に仕上げたもの。これらのシリーズは、本物に見える偽物であるという構造と時間を超えた存在を示すということがテーマの作品です。写真によって、生命のないものに命を蘇らすことに挑戦したものともいえます。

杉本博司『ポートレイト』
画像引用:This is Media


『海景』

世界各地の海や湖で同じ風景を撮影してくるというシリーズ『海景』は、「人類が最初に見た風景は海ではなかっただろうか」、「海を最初に見た人間はどのように感じたか」、「古代人の見た風景を現代人が同じように見ることは可能か」という問題提起をコンセプトにした作品です。大判カメラですべて水平線が中央にくるように撮影された白黒写真。同じ構図を延々と繰り返し制作しています。

杉本博司『海景』
画像引用:千葉市美術館


『陰翳礼讃』

闇の中の一本の和蝋燭が燃え尽きるまでを露光した作品。光の帯と影だけという写真の最小限のものだけを写し取ったもの。

杉本博司『陰翳礼讃』
画像引用:tagboat


『劇場』

『劇場』シリーズは映画を撮影したもので、アメリカ各地の古い劇場やドライブインを訪れ、映画上映中の時間フィルムを露光し、その結果真っ白になったスクリーンとスクリーンに照らされた劇場内部が写っています。時間の経過によって「物語」という人為的なものが光のなかに収斂された光景になっています。

『劇場』
画像引用:Hiroshi Sugimooto Official website


作品はこちらから購入できます。


江之浦測候所

江之浦測候所は、杉本博司氏が、「構想10年、工事10年」の年月をかけて作った施設です。ここでは、杉本博司氏の作品(おもに『海景』)や彼が集めた古美術、建築物、光学硝子なるものをつかった舞台、茶室、庭園、門などがあります。そしていたるところに、さまざまな種類の石を見ます。利根川のものから、ベネチアやフランスにあったものなども。

江之浦測候所の設計は、榊田倫之氏とともにおこなわれました。

榊田倫之

榊田倫之
画像引用:https://www.interiors-inc.jp/designer/tomoyuki_sakakida/

さかきだ ともゆき。1976年生まれ。

江之浦測候所には、夏至の日の出、春分、秋分の日の出、冬至の日の出が通る道があります。

ここは冬至の日の出が通る。
画像引用:AXIS
冬至の日の出が通るトンネル道の上部。

止め石

止め石
画像引用:AXIS

江之浦測候所には、いたるところに「止め石」なるものがあります。止め石とは、日本庭園や神社仏閣の境内において、立ち入り禁止を表示するために用いられる石です。

訪れ方

予約が必要です。最寄り駅から送迎バスもでています。


まとめ

わたしも訪れてみたのですが、『海景』シリーズをみていくと最後に本物の小田原の『海景』を自分の眼で直に観る流れになっています。通常、美術館でみる作品は、そこで完結しますが、江之浦測候所では、杉本博司氏の作品と自分の眼でみる光景のつながりを体感することができます。


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参照

※1

 



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