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2代目寿司寿司詐欺

 社会人になって間もない頃でした。年末の気配が色濃い、ちょうど今くらいの季節です。いつものように職場で働いていると、入口に近い営業部がにわかに騒がしくなりました。パーテーションの影から覗き見ると、白い調理服を着た、いかにも板前さんといった格好の男性がオフィスにいて、営業部の人と何やら楽しそうに話しています。

 用が済んだのか、板前さんはあっという間にいなくなったんですが、やがて営業の人たちが口々に「何だこりゃ」「やられた」などと言い始めました。営業部へ用があるフリをして様子を見に行きますと、みんな巻物ばかり詰まった寿司のパッケージを持って苦々しい顔をしています。

 その板前さんは何の脈絡もなくいきなり現れて、「息子が注文数を聞き間違えて作りすぎてしまった寿司を安く買わないか」と言ってきたそうです。普通の明るそうなおじさんだったそうで、確かに板前さんがいた時、笑ってる営業の人もいました。まあ飯時だし寿司を安く食えるなら、ということで購入し、包み紙を開けて中を見たところ入っていたのはかっぱ巻きを筆頭とする安い巻物ばかりなり。払った金額を聞くと、普通の寿司としては明らかに安いが、このラインナップではどう考えても高いという絶妙なものだったようです。しかも、寿司は作られてから明らかに時間が経ちまくっていて、米なんかカピカピに乾ききっている。早い話が詐欺です。

 その後、営業部では「外部の人間を簡単に入れるのはセキュリティ的にどうなんだ」ということで軽く問題になったようですが、何の被害も遭っていない私は「会社ってのはいろいろあるんだな」と思いました。

 その会社もしばらくして辞めてしまい、私は当時の同僚さえほとんど思い出さなくなってしまいました。しかし、脳というものはよく分からないもので、大量の納豆巻きを食べていても思い出さないのに、巻物の気配なんて一切ない場面、例えば駅のホームで椅子に座って待っている時なんかにその出来事を思い出すんです。というか、先日がまさにそんな感じでした。

 あの板前は一体何だったのか。パッと現れてサッと消えていった辺り、相当やり慣れてる印象でした。他にもやっているんだろうと思い検索してみると、チラホラと情報が出てきました。やはりあちらこちらで古い寿司を売って回っていたようで、イミダスには用語が登録されていました。

 寿司寿司詐欺。オレオレ詐欺に寄せまくった名前な理由は、恐らくオレオレ詐欺が詐欺名として最もメジャーだったからでしょう。しかし、これじゃ寿司寿司言いながら詐欺ってるかのようですね。それにしても、上記リンクの説明です。

お昼時のオフィスを訪問し、安物の寿司を売りつける詐欺。「息子が3個の注文を30個と聞き間違えたので、寿司が大量に余ってしまった。1000円を500円にまけるから買ってくれないか?」などと懇願する。かわいそうだし、お得感もあるので買ってみれば、中身はしなびた巻物ばかり。

 なんか昔話のあらすじみたいな書き方ですね。2006年の世相を表した言葉として残っているようなので、この頃に流行っていたのでしょう。

 そこで気になりました。本家オレオレ詐欺は現在に至るまで深刻な社会問題となっており、軽く検索すれば被害を報じるニュースがリアルタイムで出てきます。当然、警察が常に目を光らせていることでしょう。でも、寿司寿司詐欺の名はニュースで見た記憶がありません。一体どういうことなのか。そもそもどれくらいの頻度で起きているのか。

 ネットで調べた程度では詳しい情報が載っているサイトはありませんでした。ただ、寿司寿司詐欺の活動の一端は垣間見えてきました。多くは個人のブログで書かれている記事でしたが、その中に公的な場所で撮られた張り紙の画像を掲載しているものがありました。市議会議員をされている方のブログです。

 日付は2009年の7月下旬、場所は葛飾区です。少なくとも都内では3年程度、似たような事件が起きていたようです。

 公的な機関のサイトで注意を呼び掛けていたこともあるようです。

 埼玉県羽生市のサイトで、日付は2015年の2月です。羽生市は埼玉県の北東部に位置し、利根川を挟んで群馬県がある自治体です。

 個人のブログに書かれていた真偽不明の情報をまとめますと、寿司寿司詐欺は2005年頃から横行しており、被害を訴える記事は2015年が最も新しいものとなっています。昔は寿司寿司詐欺について書かれた記事がもっと多かったようですが、それらの大半は恐らく削除されてしまい、更にここ最近は寿司寿司詐欺とは全く関係ない寿司チェーン店がいろいろやらかしていたこともあってか、検索しても見つかりづらい状況になっています。

 ちなみに、寿司寿司詐欺の目撃情報は関東に集中していました。まず東京都23区内に現れ、それから徐々に北上していったのか、2015年頃になると羽生市のほかに群馬県でも被害に遭ったとされる記事が出てきました。しかし、そこでパタリと被害の情報が途絶えます。注意喚起する人もいなくなりました。

 イミダスに用語として乗るくらいですから、一時はあちらこちらで起きていた詐欺なんでしょう。しかし、犯人が逮捕されたという情報はありません。犯人は捕まらずに逃げ回っているのか。それとも、捕まったけど記事が残っていないのか。いずれにしろ、ここでも情報の少なさが壁になってきます。

 情報が少ない原因は、恐らく被害額の少なさが原因でしょう。様々な寿司寿司詐欺に関する記事を見ても、被害額はひとり500円というものが多い。騙されて悔しいのはよく分かりますが、数百万円を一気に奪っていくオレオレ詐欺と比べてしまうとやっぱり深刻さに大きな差があります。マスコミに取り上げられる規模も頻度もオレオレ詐欺に比べてだいぶ控えめになったことは想像に難くありません。

 というか、犯罪者目線で考えますと、調理服やしなびた巻物をわざわざ用意してひとり500円ずつ騙し取るなんて相当いろんな事務所を渡り歩かないとリスクに見合わない気がするんですよね。私だったらしなびた巻物を用意する段階で挫折します。まあ、きっと寿司を簡単に入手できる人が考えた詐欺なんでしょうけど。

 2015年以降に報告が途絶えた理由は分かりません。詐欺報告の場所がブログからSNSに移行したのかと思って調べてみましたが、「あんな詐欺あったなあ」と昔を懐かしんでいるか、もしくは全然違う行為を寿司寿司詐欺と呼んでいるものばかりでした。どうやら本当に廃れているようです。詐欺師は10年かかってようやく「これ効率悪くないか」と気づいたんでしょうか。

 更に2020年からは人との接触を制限する世の中となり、知らない人の握った寿司がますます食いづらくなりました。ひょっとしたら、寿司寿司詐欺で幾ばくかの財を築いてきた詐欺師も「ここらが潮時だ」ということで人知れず調理服を脱いだのかもしれません。

 なんか寿司寿司詐欺師を追っているうちに寿司寿司詐欺師の心境に近づいてしまってる気がするんですが気のせいですか。これ以上書くと私が調理服を着てしなびた巻物をかき集め、2代目だか何代目だかを襲名しそうなので、本日はこれくらいに致します。

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