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aiko の新作『今の二人をお互いが見てる』は素晴らしい

25年目の傑作

 3/29にaikoの15作目となるアルバム『今の二人をお互いが見てる』がリリースされた。既発曲がどれも良かったので結構期待しながら待っていた作品だった。配信日当日に通勤の車中で聴き進めるなり興奮、週末に家でじっくり通し聴きして感服、といった感じでこのレコードは傑作だと確信した。

トオミヨウ編曲 新時代のaiko

 前アルバム収録「メロンソーダ」からのタッグとなる編曲家、トオミヨウのアレンジがあまりに素晴らしい。今作では7曲を手掛ける。
 例えば新時代のaikoクラシックである「食べた愛」。テンポを半分に落としたビートの上をリードシンセが夢見心地に浮遊する素晴らしいイントロから始まる。一方注意して聴いてみると、単音でさり気なく弾かれるギターリフは倍速だ。異なる速度感覚が共存しながらも、総体としては緩やかで寛いだムードのポップソングに仕上がっている。比較的シンプルなメロディラインは平穏と高揚感と不安とを行き来し、コーラス終盤のトップノートには意表を突かれる。旋律がもたらす情緒としてはaikoの往年の名曲に多く見られる美点を備えながら、編曲による現代性が宿った名曲だ。
 こちらもニュー・クラシックと言うべき「あかときリロード」の導入部では、シンセサイザーで構築される音空間の中にaikoの歌が乗るという新機軸。豊かな中低音域を活かしたヴォーカリゼーションが構築的なトラックとスローテンポで溶け合い微睡む。一方で歪んだギターの存在は艶めかしい違和感を醸す。
 管弦のみの構成に意表を突かれる「のぼせ」、往年のSSWのような「玄関のあとで」の2曲は非常にミニマルなのに対し、aikoしか書かないであろう目まぐるしさに心躍る「ねがう夜」「さらば!」は逆にマキシマムだが、アンサンブルの妙なのか不思議と過剰な印象は受けずどこか軽やかだ。
 楽曲の横軸であるグルーヴだけでなく3次元的な空間感覚にも長けた、優れて現代的なポップ・アレンジャーだと思う。彼との共同作業はもれなくマジカルである。

やはり島田昌典

 aikoサウンドを決定づけた島田昌典も半数近い6曲を手掛ける。トオミ曲のフレッシュさも島田なくして成しえないことを存分に示す、文句なしのクオリティだ。
 鮮烈を極めるアルバム1曲目の「荒れた唇は恋を失くす」はヘビー級。強い打鍵のピアノにさらにジャブを食らわせるホーン。そして全身全霊で歌うaikoの歌とも相まって完璧なブルーズをお見舞いする。
 「果てしない二人」はホーンセクションとストリングスが舞い踊るゴージャスな曲で、初期作品にしばしばあったジャジーなソウル曲、例えば「初恋」や「夢のダンス」を華やかにアップデートしたというような趣。

 19歳の時の曲だという「夏恋のライフ」は3連バラッド。ソウルフルでどこか「果てしない二人」と似た雰囲気を纏っているが、違和感のあるプロダクションに耳が奪われる。普通であればストリングスが使われるパートがチープなエレピだったり、リズムセクションの一部をドラムマシンの808と思わしき音が使われている。これは島田さんなりの19歳のaikoへの気の利かせ方かなと思うし、ぐっとくる音楽的演出だ。
 滋味深いAOR「ワンツースリー」、素っ頓狂で茶目っ気満点の「telepathy」、洒落たポップソング「ぶどうじゅーす」等、他のアルバム曲も名曲ぞろいだ。

シンガーソングライターaiko

 そして何といってもaikoである。何を今更だが、aikoとはシンガーソングライターだ。要するに彼女は 1.詞を書く 2.曲を書く 3.歌う の3つのことが出来るアーティストである。作詞家として、更に作曲家としては比類なき個性とクオリティを誇る作家である事は誰もが認める所である。
 ただしそのクオリティに関しては曲ごとのムラもあった。キャリア25年にしてほぼ2年ごとに13曲入りのアルバムを上梓し続けてきたこと、そしてその名曲のあまりの多さ自体が脅威的なわけだが、アルバムとしてひとまとめにしたときどうしても出来不出来は少なからず露呈してきたように思う。ほぼ完璧なアルバムとしては2012年の「時のシルエット」くらいかな、とも思っていた。

 ところが今作に収められた曲達は実によく出来た曲ばかりなのだ。aikoあるあるとして「メロディのエキセントリックさに曲がついていかない」というのがあるのだけど、今回はそれが無い。しかしそれは無難になったということを意味しない。むしろエキセントリック性を飼いならしている印象すら受けるのだ。ここぞというタイミングで予想の斜め上へ音符が動く。「エキセントリックなソングライティングをコントロールしながら行う」という成熟の達成である。
 そしてシンガーとしてのaikoだ。自分は日本語で歌う活動中のシンガーとして、aikoが最も偉大だと思っている。かつて菊地成孔は「日本で一番ブルーノートが上手いのは久保田利伸とaiko」だと語った。ところで自分は久保田利伸のファンでもあり、何ならそれなりに熱心なR&Bリスナーだが、aikoのボーカリゼーションは久保田を凌駕していると思う。ポップ音楽のボーカリストとしてのブルーノートスケールの血肉化、またその使いこなしはaikoこそがベストオブベストだ。ソングライティングにおけるブルーノートの現れ方があまりに平然としているため面食らう程。今作では9曲目、島田編曲の「アップルパイ」の終盤のフェイクなど惚れ惚れする。決してソウルフルではない声質をものともせず、小さな身体の全体を使って絞りだすその歌い方に古のソウルシスターを重ねてしまう。前作ではさすがのaikoも年齢による声の変化に対応できるのか不安に思う瞬間もあったが、今作ではミックスボイスも十分に習得して張りのある高音から豊かな倍音を持つ中低音域まで歌いこなしている。

これが最高傑作?

 アレンジ、ソングライティング、ボーカルと、すべてのパラメータが充実しきった『今の二人をお互いが見てる』は、自分的には彼女の最高傑作だ。キャリア25年のSSWがこのような作品を作れることには驚きしかない。しかし一つ不満があるのだ。「果てしない二人」のカップリング「号泣中」が収録されていない。グルーヴィなヒップホップトラックに乗ったメロウなあの名曲が収められていないのだ。

 聞くところによると最近のaikoはJay-ZやFabolousなどのヒップホップにはまっているという疑惑があるとのこと。ということは次回作はそこからのリアクションから生まれた作品が聴けるということか?
 aikoはまだまだ私たちを安心させてはくれない。

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