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杉浦茂さんのお茶菓子

 天才 手塚治虫をして“到底真似できない”と言わしめ、赤塚不二夫をはじめ多くの漫画家に影響を与えた昭和の伝説の漫画家、杉浦茂氏をご存じだろうか。
 90年代、ひょんなことから編集者の1人として自宅に取材に伺ったことがある。
 漫画雑誌「ガロ」や何度か他の雑誌で写真のモデルをつとめたことがある芸術家の特集号が「ガロ」で決まり、グラビアページの俳優さんのスタイリストや特集号の編集のお手伝いをした。
 ある日、特集号の目玉ともなるページの為に杉浦茂さんのお宅へ取材しに行くというので同行を頼まれ、某雑誌編集長の方と芸術家の方と謎のわたしという凸凹トリオで出かけた。近くにスワンボートが乗れる大きな公園のある駅で降りた。
 住所を頼りに歩いて無事に着いた。
 奇想天外なのに絵柄が可愛いらしくユーモア満点の漫画を数々生み出してきた大巨匠の天才漫画家である杉浦茂さんは、初対面でご挨拶をさせていただいたときに失礼ながら実家の祖父に雰囲気が似ていると思ってしまい、勝手に親近感を持った。(同じ時代に生まれたこともあるのか、見た目は常識人、やることは大胆でユーモアがある。愛想笑いはしないというイメージ)
 我々は客間に通され、芸術家の方が子どもの頃からの愛読者であったので好きな作品についての質問を続けていた。某雑誌編集長の方も見事なアシストを続けて対談形式の取材は順調に進んでいた。わたしは知らなかった貴重な話しにわくわくが止まらずに聞いていた。
 
 「ちょっとお待ちいただけますか?」
 
 と杉浦先生がおっしゃった。席を外して、戸を隔てた奥の部屋に行かれた。静かに待ちながら、あとはどんなことをお聞きするか3人でひそひそと話していた。
 急に先生が怒った声を出されて、奥様のか細いお声もわずかに奥から聞こえてきた。こちらは聞こうとしていないのに、コントのように会話は聞こえてきた。
 奥様のお茶を出すのが遅いことと、なぜこんなお茶菓子しかないんだと先生は憤っておられる。
 何事も無かったように戻って来られて取材は続いた。奥様が茶托を置いてお茶を出してくださる。菓子受けの小さな器にちょうど良い大きさの温泉饅頭のようなお饅頭が乗っている。
 
 「こんなお菓子しかなくて..」
 
 先生はブツブツ言っているが、奥様は上品な態度で出してくださり一礼して部屋を出て行かれた。
 緑茶もお饅頭もとても美味しかった。杉浦先生も文句を言いながらお茶もお饅頭もちゃんと召し上がっていた。
 取材後半に、杉浦先生の好きな女性のタイプの質問が出た。先生はすぐにその方が頭に浮かんだようで、名前は出てこないようで、たくさんのヒントを出してくださった。
 同行の男性ふたりは、ヒントから考えて色んな女性の名前を口にするがことごとく違って、先生は少し苛立っておられるように感じた。
 わたしは先生のいくつかのヒントで、おそらくこの人だと浮かんでいたので、その場にいてくれるだけで大丈夫だからと同行をしていたが、

  「楠田えり子さんですか?」
 
 先生にお聞きしたら、
 
 「そう!!そうそう!楠田えり子さん!!」
 
 今日一番の杉浦先生は笑顔になって、楠田えり子さんのお話しをみんなで話して上機嫌で取材が終わった。
 帰り道にお二人が、
 
 「みつはしさん、本当にお手柄だったよ。助かった~。やっぱりみつはしさんに来てもらって良かった」
 
 とほめてくれてお礼まで言ってくださった。
 杉浦先生の出してくれたヒントは、“おかっぱ”“アンドロイド(人造人間)”“UFO”“宇宙人っぽい(美しさ)”などだったと思う。
 杉浦茂の漫画世界を彷彿とさせるようなヒントワードに痺れたが、よく浮かんだものだ。
 お饅頭は杉浦先生の漫画にも出てくるから、もしかしたら先生の好物だったのではと思う。おもてなしの気持ちでお客にもっとちがうお菓子を出してほしいと思ってくださったのだと思うが、とっても美味しいお饅頭だった。
 お茶を配っているときに気がせいて叱る杉浦先生に、うつむきながらちょっと笑ってしまっていた奥様が可愛らしかった。
 まるで夢みたいなひとときの時間が持てたこと、天才漫画家 杉浦茂の一片に触れさせてもらえたような気がして今さらながらに有難いと思う。
 

🌹こちらが楠田えり子さん。

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