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内部通報UPDATE Vol.3:迫る改正公益通報者保護法施行を見据えて③-改正の全体像と勘所-

1. 公益通報者保護法の概要

2006年に施行された公益通報者保護法については、消費者庁のホームページにて公表されている公益通報ハンドブックが分かりやすく解説しています。

【関連リンク】
消費者庁「公益通報ハンドブック」
※本稿執筆時点で公表されているものは2020年6月8日に成立した「公益通報者保護法の一部を改正する法律」(以下「改正法」といいます)を反映していない点、ご留意ください。

混乱を避けるために押さえなければならないポイントは、公益通報者保護法では、いわゆる内部通報、内部告発の両者を含む意味で「公益通報」という用語が使われており、通報先の類型ごとに通報者が保護される要件を定めているということです。

通報先の類型ごとに定められた一定の要件を満たした公益通報者については、公益通報をしたことを理由としてなされた解雇は無効となり、企業による不利益取扱いは禁止されると定められており、これにより公益通報者の保護を図るという立て付けとなっています。

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2. 改正法の概要

改正法では、「①事業者自ら不正を是正しやすくするとともに、安心して通報を行いやすく」、「②行政機関等への通報を行いやすく」、「③通報者がより保護されやすく」、という3つの大きなコンセプトの下、以下の内容が盛り込まれることになりました。

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出典:消費者庁「公益通報者保護法の一部を改正する法律(令和2年法律第51号)概要」

3. 企業が特に注意すべき点

改正の内容は多岐にわたりますが、企業のご担当者は、最低限以下の4つのポイントを押さえておく必要があります。

(1)内部通報に適切に対応するために必要な体制整備等の義務付け

第1に、従業員300名超の企業に、内部通報に適切に対応するために必要な体制の整備等(窓口設定、調査・是正措置等)が義務付けられた点は非常に重要です。

そして、その実効性を確保するために、消費者庁による事業者に対する報告徴求、助言、指導、勧告等の行政措置が導入され、事業者が勧告に従わなかった場合にはその旨を公表できるとされています。また、消費者庁からの報告徴求に応じなかった場合や虚偽報告を行った場合には、20万円以下の過料に処するという行政罰が定められています。

求められる「体制」の具体的内容については、「公益通報者保護法第11条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針」(以下「指針」といいます)にて定められることが予定されています。

従業員300名超の企業の多くは既に内部通報制度を構築していると思われますが、「指針」に照らして自社における内部通報制度が適切なものであるかをチェックし、不十分な点があれば、改正法施行日までに改善する必要があります。内部通報制度を構築していない場合には、改正法施行日(2020年6月12日から起算して2年を超えない範囲内において政令で定める日)までに、「指針」に沿った体制を構築し、従業員への教育・周知を図る必要があります。どのような制度を作るかを議論したり、社内規程を策定したりするのに要する時間を考えると、施行日直前に焦らずに済むよう早めに準備を進めるに越したことはありません。

(2)公益通報対応業務従事者の守秘義務

第2に、公益通報に対応する業務(窓口、内部調査等)に従事する「公益通報対応業務従事者」は、正当な理由なくその業務において知り得た公益通報者を特定させる事項を漏らしてはならない旨が規定され、これに違反した場合には30万円以下の罰金刑に処すると定められた点も実務的に大きな影響があると考えられます。

通報者が内部通報に不安を覚える理由として、自分が通報者だと職場内で特定されることへの懸念が考えられることは内部通報UPDATE Vol.2で解説していますが、改正法は、公益通報対応業務従事者の守秘義務違反に対する刑事罰を設けることにより、この懸念への対応策を講じています。

企業のご担当者は、自社における内部通報窓口や調査対応の担当者への教育・周知など、公益通報対応業務従事者の守秘義務違反が生じないような仕組みを整える必要があります。

(3)行政機関や報道機関等への公益通報の保護要件の緩和

第3に、行政機関や報道機関等への公益通報の保護要件が緩和され、行政機関や報道機関等への公益通報者が保護されるケースが拡大した点は、内部告発の可能性が高まるという点で企業に影響を与え得るものです。

行政機関や報道機関等への公益通報者が公益通報者保護法によって保護される要件は、企業の指定した通報窓口への公益通報者に比べて厳しいものでした。

今回の改正では「行政機関等への通報を行いやすく」とのコンセプトの下、下記の表の下線部の内容が新たに加わったことで、行政機関や報道機関等への公益通報者が保護されるケースが拡大することになりました(表は条文の引用ではなく、分かりやすく整理したものです。また、改正より「労務提供先」→「役務提供先」、「行政機関」→「行政機関等」などの文言の変更もなされていますが、今回は勘所の解説ということで解説は割愛します)。

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今後、行政機関や報道機関等への内部告発のハードルが下がった結果、「内部告発をしたいが、公益通報者保護法で保護されるための要件が厳しい」と考えて内部告発を躊躇していた従業員が内部告発に踏み切る可能性が高まることが予想されます。

(4)「保護される人」・「保護される通報」・「保護の内容」の拡大

第4に、「保護される人」・「保護される通報」・「保護の内容」が拡大したという点を、きちんと押さえておく必要があります。

まず、公益通報者保護法により「保護される人」は、改正前は現職の労働者に限られていましたが、改正により、役員および退職後1年以内の労働者も含まれることになりました。

ここでいう「役員」は法人の取締役、執行役、会計参与、監査役、理事、監事、および清算人ならびにこれら以外の者で法令の規定に基づき法人の経営に従事している者(会計監査人は除く。)を指すとされています。

また、「保護される通報」の対象事実は、改正前は一定の法律違反で、かつ刑事罰の対象になり得る事実に限定されていましたが、改正により、刑事罰のみならず行政罰の対象となり得る事実も含まれることになりました。

さらに、改正により、企業は公益通報によって損害を受けたことを理由として公益通報者に対して損害賠償をすることができない旨の規定が新設されました。改正前は公益通報者の「保護の内容」は解雇等の無効と不利益取扱いの禁止でしたが、これに損害賠償の制限が加わったと整理できます。

4. まとめ

今回の公益通報者保護法改正により、行政機関や報道機関等への内部告発の保護要件が緩和されたことで、公益通報対応体制が適切に講じられていない企業や内部通報者への不利益取扱いが横行している企業に属する役職員が内部告発に踏み切る可能性が高まることが予想されます。

企業としては、従業員に自社の定めた内部通報窓口を安心して利用してもらえるよう、「内部通報に適切に対応するために必要な体制」を自社に適した形で構築することが急務となります。

そうはいっても、具体的にどのような制度を作ればよいのか、いざ作る段階になると多くの疑問点が発生するのではないでしょうか?

次回は、消費者庁の「指針」を読み解きながら、内部通報制度の構築について一歩踏み込んだ解説をしていきます。


Author

弁護士 坂尾 佑平(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2012年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)、ニューヨーク州弁護士、公認不正検査士(CFE)。
長島・大野・常松法律事務所、Wilmer Cutler Pickering Hale and Dorr 法律事務所(ワシントンD.C.)、三井物産株式会社法務部出向を経て、2021年3月から現職。
危機管理・コンプライアンス、コーポレートガバナンス、倒産・事業再生、紛争解決等を中心に、広く企業法務全般を取り扱う。

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