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駐妻記 シーロー

※写真はCanvaより。シーローではなく、トゥクトゥク。

 バンコクの交通手段はバラエティに富んでいる。

 当時タクシー代はメーター付き初乗35バーツ(約110円)、シーローは平均40バーツ(約120円)くらいだったと思う。

 バンコクのタクシーはグリーンとイエローのツートーンが多かった印象だが、目の覚めるようなマゼンダピンクなどもあり、市街はとてもカラフルだ。

 シーローというのは、屋根のある軽トラの荷台に乗り合いで乗る乗り物だ。シー=数字の4、ロゥ=車輪を意味していて、つまりは四輪のことだ。バンコクの入り組んだ路地を走り、アパートや日系スーパーの場所もよく知っているので、駐妻の足といえば、たいがいこれになる。

 シーローよりタクシーの方が割安そうだし、メーターもついていていい、と思うところだが、タクシーには、メーターを倒さないで走り出したり、運転手さんが全く道を知らなかったりして、どこに連れていかれるかわからない怖さがある。ちらほらトラブルの話も聞いた。

 ほかにトゥクトゥク(三輪の乗り物。30~40バーツくらい)、バイタク(要交渉)などの乗り物があったが、トゥクトゥクはどちらかというと観光用だ。日本人が住む地域で見かけるトゥクトゥクは、駅や日系スーパーなど決まった道を往復している、アパート所有の地味な乗り合いが多い。日本にも駅から少し離れた大型マンションと駅を往復する専用バスがあるが、それと似た役割だ。

 三輪というとイメージしづらいかもしれないが、バイクの後ろが二輪になった、三輪バイクのようなものだ。それにお客が座る座席がついていて、屋根がついている。

 バイタクはバイクタクシーの略で、バイクの後ろに乗っけてもらうのだが、危険で(ノーヘル・スピードの出しすぎなど)よく事故が起きているので、ご主人に利用するのを禁止されているという駐妻もいた。私は怖がりなのでバイタクを利用したことはない。

 初めてひとりでシーローに乗るときは緊張した。先輩は「行先を言えば乗せてくれるよ」と気軽に教えてくれた。あまりにも当たり前の日常で、詳細を言うまでもない、というのは後々わかるが、最初は「金額交渉ってどうやるの?」「行先はいつ言うの?」と、謎ばかりだった。

 アパートのトゥクトゥクで日系スーパーまで行った帰り、初チャレンジした。スーパーの袋を持って、なんとなく並んでいる風なところに立ち、様子をうかがった。シーローが来るとそれをめがけて先頭の人が車に近づき、運転席に何か言って、素早く荷台に乗りこんでいる。

 行先はソイ(道のこと)の番号で決まる。ソイが同じ方面のお客を何人か待っていることもあるし、まとめられそうにもない行先の時はさっさと行ってしまう。

 とりあえず自分の番が来たので運転手さんにソイの番号を告げると(タイ語)、運転手さんは首を振った。どうやら私は乗れないらしかった。後ろにならんでいた人が同じ方面だったようで、乗り込んでいった。その場には私だけ残された。

 次のシーローを待つのだが、そんなときに限って誰も並ばない。結局ひとりのときに、次のシーローが来た。ソイの名前を言うと、今度の運転手さんは頷いた。私は勇気を出して「シーシップバーツ(40バーツ)?」とたどたどしく聞いた。スーパーから乗るときは行き先がわかれば交渉なんてしないので、その運転手さんはびっくりしたらしい。アア?と言った。焦りながら「40バーツ、OK?」と指を四本出してほぼ日本語で聞いたら、何を当たり前のことを、という顔をして黙って頷いた。今思えば初々しすぎてなんか恥ずかしい。

 その日はかなり大冒険した気分だったが、その後毎日のように乗っているうちに、冒険どころか自転車感覚になってしまった。

 決まった場所は交渉が無いが、道で拾う時はさすがに行先とともに値段交渉する。バンコクの道は大きい通りを挟んで偶数道、奇数道とに分かれているのだが、奇数から偶数でも行くのは可能だ。行先が通常いくらというのを知ってしまえば、私などはほとんど近隣の用事でしか使用しなかったのでたいてい同じ金額で事足りた。問題は降りる時で、安心して乗っていると、通り過ぎたり遠回りしたりするので、そういうときは運転席との間にある窓をガンガン叩いて運転手さんに知らせる。

 ある時買い物しているうちに雨になった。雨の具合によってはスーパーにシーローが来ない。大通りまで歩いてタクシーを拾う選択肢もあるが、行ってもタクシーが拾えないこともある。

 シーローが来たとしても、濡れるのを覚悟で乗る。シーローには屋根がついているのだが四方が全開なので雨が吹き込んでくる。荷物のないときは気にせず乗るが、食品などを買い込んだ後は少々躊躇う。

 その日私はシーローに乗るか、タクシーに乗れるところまで歩くか迷っていた。そこにシーローが1台やってきた。屋根が壊れている。相当濡れそうだったので、このシーローはスルーでもいいかなと知らんぷりをしていたら、運転手さんが身を乗り出してパイナイ(どこ)?と聞いた。答えると、助手席に乗れ、という。

 ええっ?と思ったが、濡れないならいいかもしれないと助手席のドアを開けた。すると乗っていた赤ちゃんを連れた彼の奥さんらしき人が、席を詰めた。

 え?マジ?いやいやいや、乗ってるやん、先客いるやん、すでに。私どこに乗りますか?荷物もあるんですよ、荷台でいいですよ。と、荷台を指さしたが、濡れるから乗れ、という。小柄な奥さんは赤ちゃんをだっこしてギュウ、とご主人に密着している。

 いやそれ、ダメなヤツねー。交通ルール的にもいろんな意味でダメなヤツー!と思って、断ろうとしたのだが、奥さんが一生懸命場所を作ってくれるので申し訳なくなって乗ってしまった。そもそもシーロー自体が小さくてボロボロで、それでなくても狭いところに、大人3人+赤子。今のこのご時世では絶対に考えられない状態だ。

 アパートまでほんの何分かだが、ものすごく居心地が悪かった。赤ちゃんはミルク飲みかけで寝ていて、奥さんはずっと前を向いていて、私もひたすら前を向いて、できるだけ助手席のドアにくっついて座った。おかげさまで食品は少しも濡れずに助かったが、あんな体験は空前絶後だった。

 ちなみに交通手段としては「徒歩」というのもある。駐妻は近いところや電車利用時、乾季で涼しい時以外はあまり長距離は歩かない(歩きが好きなツワモノもいたが)。道がボコボコだし、灼熱の直射日光だし、まれに突然雨が降るからだ。散歩気分では歩けないタイの道だ。

 電車などほかの交通手段については、長くなるのでまた別の機会に。



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