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女性の心の成長の物語「エロースとプシュケー」 ギリシャ神話編 番外編

多様性が謳われる時代、多様なあり方が認められるようになり、型にはまらない自由な生き方や生活スタイルを選ぶ女性も増えてきています。それはとても素敵なことです。

一方で、自由な生き方は、そんなに容易いことでもありません。自ら選ぶことには当然ながら、迷いや不安も生じるし、選んだ道を引き受ける勇気や覚悟も必要になるわけで、そのことにたじろいでしまうこともあるでしょう。

とくに、これだけ情報があふれる今の時代、大海の荒波に揉まれる小舟のように、情報の波に翻弄され、自分を見失い、生きづらさを感じている若い女性たちにカウンセリングの場で出会うことも少なくありません。

自由にのびやかに生きるその拠り所は、外にあるのではなく、内にあるように思います。自分の内なる自然、本能的な感覚としっかりと繋がっていることが大事。地に足つけている感覚とでもいいましょうか。

前置きが長くなりましたが、今回お伝えする「エロースとプシュケー」のお話は、女性が自ら選んだ道を歩いていく際の心の羅針盤としての役割を果たしてくれるように思います。

ユング派の分析家はこの神話を女性の心の成長を表す物語として取り上げています。(「アモールとプシュケー」エーリッヒ・ノイマン著 河合隼雄監修 紀伊国屋書書店)。

エロースは前回登場した愛と美の女神アプロディーテーの息子。ちなみにギリシャ神話ではエロース、ローマ神話ではクピド(英語ではキューピッド)、ラテン語では愛を意味するアモールとなります。ちょっとややこしいですが、エロース=クピド=アモールというわけです。ちなみにプシュケー(Psyche)は「心」「魂」を表す古代ギリシャの言葉です。エロースは性愛、情熱を表す言葉です。
 
神話のあらすじ
 プシュケーは3人姉妹の末っ子。「まるで美の女神さまのようだ」と噂になるほどの美しい娘でした。これを聞いた本物の美の女神アプロディーテーは「人間のくせに私と同じくらい美しいだなんて許せない」と怒りました。そして息子のエロースを呼び、プシュケに矢を刺してなんの価値もない男に恋をさせるよう命じます。
 
プシュケーをひと目見たエロースはその美しさにあまりに驚いて、誤って自分を矢で刺してしまいました。こうしてエロースはプシュケーに恋をしてしまいます。
 
プシュケーはあまりに神々しく、美しすぎるため求婚者が現れません。両親は心配し、アポロンに助言を求めたところ「プシュケ―は人間とは結婚しない。彼女の夫となるのは山の上にいる魔物だ」と言われ、両親や周囲の人々は嘆き悲しみました。
 
プシュケーは自分の運命を受け入れ、花嫁衣裳を着てひとり山に残ります。すると風の神ゼピュロスが彼女を素晴らしい宮殿に運んでいきました。「ここはお前の家だ、自由にして構わない。ゆっくり風呂に入り、食事をとりなさい。召使たちがなんでもする」と声が聞こえました。それは目に見えない夫となったエロースの声でした。
 
夫とは夜の闇のなかでしか会えません。朝になる前にはどこかに行ってしまうのです。しかし彼はとても優しく、愛にあふれていました。プシュケーは夫の顔を見たいと頼みますが、夫は「自分の顔を絶対に見ようとしてはいけない」と厳しく言います。
 
夫の顔が見えないこと以外は何不自由のない暮らしでプシュケーは幸せでした。ある晩、夫に姉たちを家に招いてよいか尋ねました。夫は承諾しゼピュロスが姉たちを連れてきてくれました。
 
姉たちは、妹が宮殿で優雅な暮らしをしていることに嫉妬しました。姉たちは夫はどんな人か知りたがり、夫の顔を見たことがないというプシュケーに「それって変じゃない?もしかしたら本当に魔物なのかもよ。今夜ランプと短刀を持っていって、夫が寝たら顔を見てみなさい。そして魔物だったら短刀で首をはねて逃げるのよ」と助言しました。
 
そもそも夫の顔を見てみたいという気持ちを抱いていたプシュケーでしたので、姉たちのそそのかしにのって、その夜、眠っている夫の顔をそっとランプで照らしてみました。なんとそこには驚くほど美しい青年が眠っていたのでした。ところがランプの油が夫の肩に落ちて、夫は目を覚ましてしまいます。エロースはプシュケーの顔を見ると、悲しそうな顔をしてこう言います。「これが私の愛に対する報いなのか。おまえは私が恐ろしい魔物かもしれないと疑ったのだね。疑いのあるところに愛は成立しない。姉たちのところに帰るがいい」そう言っていなくなってしまいました。
 
 プシュケーはエロースを失った悲しみに暮れ、彼を探し求めて昼も夜も歩きまわりました。途中で出会った女神デーメテールはプシュケーを哀れに思い、アプロディーテ―のところへ行って許しを請うように言います。
 
エロースの母であるアプロディーテ―のところへ行くとアプロディーテーはとても怒っていました。そしてこう言いました。「おまえのようになんの取柄もない娘がエロースを得るためには真面目に働いて認めてもらうしかないでしょう。義理の母としておまえの仕事ぶりを試すとしよう」そう言って、プシュケーに難しい仕事を命じます。
 
仕事その1
最初の仕事は穀物と種の山から一粒ずつ種類を分けることでした。それをなんと日が暮れるまでにやれというのです。この難題にプシュケーは困り果てました。そこへ通りかかったアリがプシュケーに同情して、仲間を総動員して穀物と種の山をみるみる分けていきました。アプロディーテ―はプシュケーがやったと信じませんでした。
 
仕事その2
次の仕事は巨大で攻撃的な太陽の牡羊から黄金の毛を獲ってくるというものでした。またも救いの手が差し伸べられます。牡羊たちは陽が沈んだら寝てしまうので、それまで待つようにと葦が教えてくれたのでした。プシュケーは無事に黄金の毛を手に入れることができました。
 
仕事その3
次は、険しい山の頂から流れ出る水を小さな水晶の壺に汲んでくるという仕事でした。崖のそばまできたプシュケーの足が竦みました。滝はごうごうと音を立てて流れ落ち、両岸の岩には恐ろしい蛇が鎌首をもたげて這いまわっているのでした。ところがこの時も、ジュピターの使いである鷲が崖の上から舞い降りてきて壺を加えると、素早く水源に近づいて水を汲んできたのです。
 
仕事その4
アプロディーテ―はまだ試練を与えます。次は小箱を持って冥界に下り、ベルセポネーに箱を渡して美の香油をもらってくるようにというのです。冥界へ下るということは死を意味しています。プシュケーは身を投げるために高い塔にのぼりました。その時塔が口を聞き、こう助言をくれました。「冥界ではあわれな人々に会って助けを求められることが3度あるだろうが、どの時も心をかたくして同情心に動かされず、彼らの助けを拒みなさい。そうしなければ永遠に冥界から出られなくなる」そしてこうも言いました。「ベルセポネーから美の香油を箱に入れてもらったら、決してその箱を開けてはいけないよ」
 
プシュケーは言われた通りにして首尾よく香油を詰めた箱をもらって、冥界から戻ってきました。ところがふと、「こんなに苦労してここまで来たのだもの、美の香油をちょっぴりもらってもいいはずよ」そう思って、箱を開けてしまいます。箱のなかに入っていたのは「地獄の眠り」でプシュケーはその場に倒れこんでしまいました。

プシュケーを恋しく思っていたエロースがやってきて、彼女のまとっている「眠り」を集めて箱にしまうとプシュケーを矢でつついて起こしました。「またもおまえは好奇心のせいで身を滅ぼすところだったね。母の命じたことを全うしなさい。あとは私に任せてくれ」そういうとエロースはゼウスのもとへ行き、プシュケーとの結婚を頼みました。ゼウスはこの願いを聞き入れ、アプロディーテ―を説得してくれました。こうしてプシュケーは天界へ上り人間から神になり、ついにはエロースと結ばれました。
 
【4つの課題の意味するもの】
乙女プシュケーは、周囲の言われるまま、自分の運命を受け入れ、正体のわからない魔物といわれるもののところへ嫁ぎます。夫の正体はわからないけれど、とりあえず優しい夫と優雅な暮らしに安堵し、満足しています。
 
守られすぎていると本能的な力が弱められることがあります。本能的な力が弱まっていると、ものごとの本質的な部分には目がいかず、うわべだけで納得したり、満足したりしがちです。

今の時代も、パートナーを選ぶ際に、社会的な地位や学歴、年収といった表層の部分を気にしたり、ルックスや、うわべの優しさなどに惹かれて、相手の価値観や生き方という本質的な部分に目を向けることがないまま結婚し、「こんなはずじゃなかった」と後悔するケースは少なくありません。
 
プシュケーも、夫をもっと知りたいという好奇心は持っていましたが、知ろうとする行動はとらず、現状に満足した生活を送っていました。姉たちはそんなプシュケーをそそのかし、プシュケーの真実を知りたがる心を刺激します。姉たちはあまりに無垢なプシュケーの影(無意識の側面)なのです。
 
本能的好奇心が勝って、プシュケーはついにはエロースの正体をみてしまうのですが、ここからプシュケーの心理的な成長の旅が始まります。

プシュケーは約束を破って夫の顔を見てしまったことでエロースを失うことになり、失ったものがいかに自分にとって大切なものであるかを知り、そのかけがえのないものを取り戻すには、自力で試練に立ち向かっていかなければならないのだという覚悟をします。
 
アプロディーテ―が与えた4つの仕事はどれも、女性が自己実現に向かうために発達させなければならない能力を象徴的に表しています。
 
課題1「直観による選別」
私たちは大事な岐路に立たされたとき、さまざまな葛藤で心は混沌とした状態になります。そこから脱するには内面と向き合う仕事、感情や思いをひとつひとつ選り分けていくことが必要です。お話のなかではアリがそれをやってくれます。「プシュケーが自分でやったわけではなくアリがやってくれてるじゃん」と思うかもしれませんが、ここでは、「アリ」は、理屈で考えて選り分けるのではなく、直観を信じて選り分ける本能的な力を象徴しています。迷ったときに、理屈で考えるとああでもないこうでもないと堂々巡りしてしまいますが、直観的に感じる違和感だったり、ふと浮かんできたひらめきやイメージを大事にすると心は自然と決まっていきます。それが直観による選り分けです。
 
課題2「時機を待つ」
「葦」は牡羊たちは陽が暮れると眠りにつくので、そのときがチャンスと教えてくれます。さまざまな力がせめぎ合う競争社会のなかで、傷つけられたり、踏みにじられたりすることなく、自身の信じる道を歩むには、やみくもに突き進むのではなく、状況を観察し、時機を捉える知恵を持つことが大切です。そのことを葦は教えてくれます。
 
課題3「俯瞰する」
この時も鷲が助けてくれました。鷲は高い所から眺め、狙いを定めて急降下し目的物を得ます。私たちはつい目先のことに捕らわれがちで、たやすく自分の感情に巻き込まれてしまうところがあります。難しい局面に対処するためには、感情的なものと距離を取り、俯瞰的にものごとをみる目を養う必要があることを鷲が象徴的に表しています。
 
課題4「拒否する力」
目標達成のためには、他者からどんなことを求められようとも、はっきりと拒否をすることがときに必要になります。関係性を重視する女神元型を持つものにとって、それはとても難しいことです。関係性を大事するあまりに、他人の頼みを断れず、いつも他者を優先しているとどんどん自分を置き去りにしてしまいます。ここは譲れないと思うときにはっきりNOをいう意志の力が必要です。それなくしては自分叶えたいことを成就させることはできないのです。

ここまで無事に難題をやり遂げたのですが、最後にプシュケーは、ようやく手に入れた美の香油の入った箱を開けてしまいます。愚かなプシュケー・・・いえいえ、それは愛するエロースのために美しくありたいという彼女の想いからくる主体的な行動だったのかもしれません。

どんなに厳しい試練を乗り越えても、人間はこれで完璧という存在には決してなれないのです。エロースは、自分を取り戻すためにここまで頑張ったプシュケーを死の眠りから救います。そしてようやくふたりは結ばれるのでした。

プシュケーは関係性重視の女神元型を持つ女性。彼女にとって人生の一番大切なものは「愛」でした。最初は無垢で無知で未熟だった乙女プシュケーでしたが、いったん失った「愛」の大切さに気付き、それを取り戻すためにそれこそ命がけでアプロディーテーに突き付けられた試練に立ち向かったのでした。

エロースは彼女のアニムス(内なる男性性)であり、未熟なアニムスは、試練に向き合っていくなかで鍛えられ、成長し、最後には彼女の人生を内側から支える良きパートナーとして彼女を自己実現に導き、心理的成熟をもたらす大きな力となるわけです。

アニムスといえば、以前掲載したグリム童話「つぐみの髭の王様」も、同じように女性の成長の物語であり、さまざまな試練に向き合っていくプロセスは似ています。
こちらも併せて、読んで頂ければ嬉しいです。
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長文にお付き合い頂き、ありがとうございました!
 


 

 


 
 

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