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芥川龍之介には兄はいたか?

君「ヘエヘエヘエ」と云ふ事がわかるか? 一童子放屁す他の童子その放屁童子に向かつて曰「ヘエヘエヘエ」即ち知る「屁かい?」の意なり長崎語と云ふものは妙なものだななほ又佐賀人曰「あんぢやいもんはをんさるかんた?」これは「兄貴ゐるか?」の意、答へて曰「ゐるくさい」かうなると鴃舌だネ

芥川龍之介全集

 大正十一年、五月二十一日、佐佐木茂索あての書簡ではこう書かれている。子供でもあるまいにそんなに屁の話が好きかと感心しながら、「ゐるくさい」に引っかかる。

 芥川龍之介に兄はいただろうか。

 ここで言われているのは義兄のことか。

 そしていい大人が「兄貴ゐるか?」と訊かれるとはどういうことか。

 いい大人が兄弟の有無を問われるとは、何かあからさまなひねくれぶりが感じられたからではあるまいか。

 つまり「そんなことをして、あなた兄貴がいたら叱ってくれたんじゃないの」と言われていたのではあるまいか。方言だから通じないのではなく、発話者の発話意図が解らないと会話は宙に浮く。

 芥川は佐賀人を笑い、その実飽きられていたのかもしれない。

 少し考えすぎかもしれないが。

M Kodak Gray Scale〓Kodak, 2007 TM: Kodak A 1 2 3 4 5 6 M 8 9 10 11 12 13 14 15 B 17 18 19 inches cm 2 3 4 6 7 8 9 10 1 2 3 4 5 Kodak Color Control Patches Blue Cyan Green Yellow Red 3 4 10 5 6 15 7 8 11 12 13 14 16 17 18 19〓Kodak, 2007 TM: Kodak 3/Color Black Magenta White 74 SO157791881200 686744美國美好美有全出其人第1巻

俳人其角全集勝峯普風彰編考館藏第一卷版
一讀み-新一蠶一馬蹄一解虛其俳人其角全集目次目角次な山二百句栗-〔本年し栗家集集譜題文〕- (三六〓·(一-五一) (一-一八)六八〓(八大)四四〓ニ
を標題に新風の開發に力を注いだのだが、桃靑の跋で見ても、依然莊子の寓言を喜ぶ風あり、一句として措辭の蕉風の先驅として新しい誹諧の旌を擧げた第一の著作である。虚ゑたしする通說によつて編纂したのである。杉風の常磐屋句合と合して一部の體裁を備へる事になるので、重複をさける意味で見合せ、虚栗集を以て嚆矢と諧書藉目錄二王家五によると、左の如く、求めた田舎の句合が最初になつて居る。が、一葉集以來の芭蕉全集に大抵これを收錄してあるし、阿誰軒柳麿の誹凩よ世にひろはれぬみなし栗江戸誹諧合雜栗じ一句戯れにねりまの農夫と、かさいの野人の名を藉りて、二十五番の發句合を試作し、桃靑の判詞を解枯甲戍歲旦帳萩た華い新其角十目集れつ三尾兄の談摘次二卷桃靑判が百題を七條花弟露集家集昔韻天和三年杉其風角作二(一五二)〓一三〇) (二五二) (一一六) (云)〓二六八)二六四(二〇〇) (一九〇)一〇二)
二上に信屈體を脫し得ないものが多いが、全篇を通じて潑溂たる新精神に充ち、談林調を蟬脫せんとする傾向はたしかに認められる。當時の誹壇に刺戟を與へたのは言ふに及ばず、後年、堀田麥水はこの書を祖述して新虚栗二卷燈業)を選び、誹諧復古論を提唱して、蕪村らの先蹤をなした程である。作者は今や多士儕々たる蕉門の諸士と、談林に慊らない氣慨ある人々で、四季の發句を類題せる中に連句を挿み、歌仙の形式の完いもの九卷を收めてある。其角七部集二(妖明)に覆刻されて居るが、最後の連句「詩あきんどの」卷の歌仙が半分、前の卷に竄入して居つて、後人の其の誤りを襲ふもの尠くない。ばて馬蹄二百句一卷天和三年三ストッ闇思これまた過渡期の何れともつかず、低迷して居る時代の作品で、百韻二卷を收めてある。媱妖ヨキ百首口ワザ佛クンの如き奇異な文字を街つて、寓言本位の謎のやうな句體を更に幻怪化して居る。これはあの時代の流行語で、祇園拾遺物語同盟四といふ誹諸作法書の附錄に、それらの世話字に屬する語彙が添へてある。此書は新二百韻の標題で流布されて居るが、故齋藤雀志翁の發見で、馬蹄二百句の改題である事實が判然したる新二百韻本は其の再版で、六枚目の柱に六七兩枚の丁數を記してある。七枚目が落丁になつて居る證據だ。其の結果全篇の錯亂を生じて「自他に背かず」の卷の最後の六句が、次の「門さゝじな」の卷に紛込んで、其の卷はまた全部で十六句の脫漏といふ不都合を來して居る。其角七部集は此の杜撰を再びして居るが、本集は原本に據つて悉く訂正したので、始めて完全な覆刻書を得た譯である。しみ蠶し集一卷貞享元年言語の遊戯を解脫し得ない前年の作風を、蹈襲せる五吟五歌仙で京都で選集したのである。作者は檀林派の人達で、蕉門の作者は其角一人であるが、それらの檀林誹人も漸く蕉門の俳風に接近を計つて來たので、此の意味から俳壇の推移を知る爲に無くてはならぬ書物である。今日まで書目のみで傳へられたが、本集は柳亭種彥が版本から、すき寫しにして後、版本を藏架すると共に門人に與へ、轉じて明治初期の俳人萩原乙彥の手に入つたものを底本にして、考證癖の種彥が髓所に註を入れたところは其のまゝ採錄して置いた。版本と對照して種彥の注意の周到なるに感じたからである。が家新山一卷貞享二年今年五月木賀山の溫泉に浴して病病をやしなへる紀行である。枳風を同行、文鱗の旅亭を訪うて大原三吟に做ひ、鼎坐三吟を試みて、その三つの物を醫王堂に奉掛し、枳風を蘆の湯に止めて藤澤より江の島を經て、鎌倉圓覺寺に至り、太巓和尙の牌を拜して歸府した。紀行中の作品と附尾の四吟歌仙を見ると、前年に比して著しい進境で、その圓熟せる手法は旣に純乎たる蕉風である。僅かに一年を隔つるのみで劃期的な、俳風の轉換を行ひ得三
四た其角の雋才に驚異せねばならぬ。はくわいし丙寅初懷紙一卷貞享三年芭蕉の連句は三十六句の歌仙が主で、百韻は其數に乏しい中で殊に傑作と稱される。風格の高い氣韻のある句々の多くして愛誦す可く、また芭蕉を周匝する一座の靜寂な氣分も自然に表現されて居る。寳曆十一年鶴齡堂の開版したものである。初五十韻に芭蕉の註を加へたものは高桑關更の花の故事(實濟十三)に收められ、後、落葉考((和和)に訂正されたが、何丸は天鏡にこれを疑ひ、曲齋は婆心錄に肯定して居る。註解を除いて百韻そのものは、鶴の步(二字十五)にも採錄されて居り疑ひないものである。ぞく續じ栗虛二卷貞享四年前集と同一體裁で、四季類題の發句に連句を挿み入れて歌仙五卷を有するが、其の內容は蕉風の基調に淳化されて、彼とこれとは霄壤の差である。作者の多くが、洗鍊された芭蕉の作品を中心に求心的に統一されてゐる。蕉門の代表選集として後の曠野、猿簑の不易な句境に磅礴せんとする强い氣品を持つて居る。作者の中には蕉門と目し難い、また後に俳壇から閑却された人もあるが、それが渾然同化されて幽玄な高い氣分に充ちて居る。其角の著作でこれ程嚴肅な態度で一句の選も苟くもしないものは稀だ。秋興廿四句の四句目が原本に削つてあるのが解らない。其角七部集に「此間一句不足原本のマヽ」と注意してあるが、其の理由は知れない。それに其角七部集は下卷の、おもへばや泣れ笑はれとしのくれ嵐雪年の市線香買に出ばやな芭蕉の二句を脫して居る。これは筆耕の疎忽であらう。嵐芭雪蕉か、其角十七條か、其角十七條一卷元祿二年俳諧の作法を〓括的に叙述したので、其角の放膽を以てこんな形式の末に拘泥しさうに思はれないが、雪門の摩訶窻珪山が開板した其嵐二子の傳書、二弟準繩(一安永)に似たり寄つたりの內容で、十七句法、不易流行、發句の三體、付方八體に就いて解說してある。多少の疑問はあるが、一方に口訣祕事の行はれた當時、敢て蕉門の作法を開放せるものと見れば、そこに又意義がないでもない。一卷新新三百鎖一卷元祿三年題筌に京宗匠會とある、京都で貞門の諸士と唱和した百韻三卷である。蕉風の偉大な感化は守舊的な貞門の人々を、至純な道に導いて行つた事實を表示して居る。純蕉風の移り、響き、匂ひ、など氣分本位の連句よりは、寧ろ五三百一卷元祿三年
去來の「俳諧に力なき輩、不思議である。から題意を取つたので、つて居る。心より湖上吟に至る交題の二者孰れも趣味ある排列法でちる。居る。十題百句、新月交題百句、や名高い著書であるのに、い此集のうちへ、及び歌仙四卷を收め、つをかたく入るべからざるもの也」の凛乎たる掟が千鈞の重みを加へて昔其角七部集はこれを採らず、の其の分類は殊に異色あるもので天象より繹〓に至る十題、男才媛秋色の試作三句が此ごろ入門した事實を物語山今日まで一部の覆刻本もないのは感ち廻つたのではない。ないかと思はれる。印象的な描寫で、語句の道勁なる蕪村凡董の漢詩趣味より來れる連句の新體はこの卷などから示唆されたのでは作者の一人名古屋の岡田野水はたま〓〓上京して其角と一坐したので、六其角が此卷を方々持其角が慈母妙務尼の追善に同年四月八日、直す例は斷じてない。るが、疑ふ處なくこれを採錄してあるが、の附句を風國の初蟬集(元祿)に三十一文字の俳諧歌に引き直し、ある鼠說は、蕪村の新花摘二(〓明)はこの書にならつたのである。此集中、の句に至る一夏百日の句日記を整理し、と吟じて在りし日の俤を慕ひ、發句の場合は必ず約束の切れ字を入れて居る。花お有灌疑惑を起させるのは幻住庵に於て其角、も風俗文選の鼠の賦とはまた異れる酒脫な文章である。の明佛ふ都のや事風國の誤聞であらう。九も二月墓七月十九日の滿願に詠ぜる田つとに何うも不審でならぬ。の舍成むけ知己の發句及び歌仙六卷を錄したのである。なたけかりヘるり曲水の兩吟に、母る斯の如く附句を其のまゝとして、其け獨偶々一句としての情趣がある附句を獨立させる事はあ跡のりは影言芭蕉の作として載せてある事だ。曲其水角相違せる作者のものを引四月十八日附去來の文通に一葉集は何等た花いれつ摘をが家、集昔むかし名高い著書であるのに、いつを昔二一一卷卷卷元祿三年元祿三年元祿三年其角七部集はこれを採らず、の男山言今日まで一部の覆刻本もないのは四月十八日附去來の文通に七
は違つて、が發句だ、い。寧ろ大江丸の隨筆に其角の趣がいくらか似通つて居る。几董の新雜談集(天明)は體裁を此書に求めたのだが、其角自身發句に引直したのだから兎角の異論はない筈である。いや附句だ、五といふ論爭を起して、蝶夢が檣柑の色(內容は遙に及ばない。几董は才人であるが力量が伴はな(和和)を出版して其の附句なる事を立證したのと五をたしかめたので、皐月平砂が貞喬に勸めて、が其の外題である。父東順の死症に藥石の驗なきを悲しんで選したので、の句がある。其角が父の病床に侍して、萩萩は子と姨とたがかのこの弟は榎本玄適と呼ぶ人で、の露はまぐり幼少から信濃へ行つて居た其角の弟を思うて、本集は再版本を底本にした。露つ再版させたものが現に流布して居る。をり〓〓の連句と諸家の發句を收めてある。一ヘ貝卷てをくす元祿六年見信濃伊那郡朝日邑で醫を業として居た。んけり孝子其角の美しい心掛が見られる。ふかのな其角七部集に對照して、月此書の版本は古く湮滅して、東順忠實な覆刻本であるの安永二年「謠は俳諧の源氏なり」といふ有名な語なども出て居る。古俳人を思慕する逸話がある。八月十五日の雨中吟、して系統のない中に其角と對座して、の附句が「名月や」と切れ字を置いて五元集の發句に獨立させてあるが、山名は み月な樒柑のの仙化の前句に對し、竹芭蕉の作品に對する印象批評がある。を色定其の縱橫の辯舌に醉はされる心持を抱かせる。のむ黃るにむなりらて雀新材料を俳諧化する苦心談がある。これは芭蕉の下卷は發句及び連句集で雜然と捌きに依つて首尾を告げたものであらう。擧白の句に「今誰が家といふ馬蹄は」といふ序詞があつて、れ、に繼いで四吟百韻三卷を輯めたのである。格調は馬蹄二百句と同じく勁拔で、都合三百韻になるから、馬蹄今秋それだと內容が違ふ事になる。を誘其角の特色の著しい點から考へると、はこれを一に馬蹄二百韻と言ふが、ゞたれがその發句、家擧兩者とも其角を指導者として、其の次に季下らの百韻が一卷添へら白其の雜の談露つ集一二卷卷元祿六年元祿四年これは芭蕉の兩者とも其角を指導者として、順九八其の
一〇かふき申戍歲旦帳一卷元祿七年皐月平砂が萩の露の再版に附錄としたので、「年たつや」の百韻の表八句に、芭蕉は月の定座を詠んで居る。歲旦、三つ物、歲暮、再び歲旦といふ風に後世の春興とは違つた排列法であゐ。其角の春興には別に寳晋齋引付(元祿)があるが、引付の語義は谷素外の齒がため(天明)に「引付といふ事は歲旦、三つ物組合のあとへ、組合より引付し、衆中の歲旦を並べ書きしにや」とある如く、引付丈けで一部の歲旦帳とはならないので、それは措いて此の歲旦帳を採つたのである。一卷亭兄句句兄弟三卷元祿七年去來あたりの類句に就いての批評がやかましく聞えたので、其角は其の熊度を明らかにするため編述したのだら50古人今人の發句で其感銘せるものもの三十九句に、趣向は似通つて寧ろそれからヒントを得て、叙法に新しさを持たせた自作を配し、等類の難なき所以を力說したのである。其角の銳い才智は換骨奪胎といふ技巧上により强く閃いて居るので、事實等類に近い作を、斯うして婉曲に其立場を辯護したのは如才ない。許六は唯自讃するばかりだが、其角は自己を謙制して他の作品の傑出せる點を說いたので、或意味からは不遜な態度の、此句兄弟が却つて世評を高めた。弟三卷其中卷は連句が主で、下卷は隨緣紀行及び句品によつて、六格の別を立てた追考を錄してある。後年江戶談林の谷素外は此書に示唆されて誹諧類句辨二卷(云明)及び同後篇二卷(女(文化)を編述した。枯尾花二卷元祿八年師の柩を義仲寺に葬送して、其の牌位下に悲しき筆を握りつゝ、心血を濺いだ芭蕉翁終焉記が全篇の骨子である。落柿舍で校合して翌八年に出版したのだが、起稿は哀慕の情の强い當座であつたので、言々悲愁の氣を帶びて、淚なしに讀過しがたい名文である。標題はともかくもならでや雪のかれ尾花芭蕉から取つたので、上卷は終焉記と追善の百韻及び諸家の悼吟、下卷は嵐雪の囘向、追善歌仙及び悼吟とである。芭蕉の享年は其角自筆の年譜に五十二歲とあり、また此集の悼吟に、五十二年ゆめの一時のしぐれ哉ちりとあつて、五十一歲說に對して不審を高める。永機の元祿枯尾花(株)桂花園桂花の芭蕉翁終焉記(同)其他の覆刻書には、追加の歌仙並に發句が省略されて居る。この芭蕉翁終焉記は、几董のから檜葉( (明明及及)完び完來の藤衣(妖明)の蕪村、蓼太二師の終焉記と共に、三部書と稱せられるが、其の第一仁に置かる可きは何人も異存があるまい。二蕉追善歌仙及び悼吟とである。蓼太二師の終焉記と共に、三部書と一
寛其文角年元其譜年辛角丑一年歲譜(寬文丑)寬文元年十年に至る自筆の略年譜に淡々の其角十七回(導保)に莫刻せる其角がその生立より、本氏(三十)幼名源助、源藏(跡考七月十七日江戶堀江町に生る。新世奇)或は八十八、平助といふ父、竹下氏、平和に草、三十)母、元祿みな榎住江の松を秋風吹からに聲うちそふる沖津白波七人目には過ると見えてうろくづの數しら波の寶まうくる馬ならばいかほどはれんうしのとしさてもはれたり夜七月十七日曉母靈夢勝峰晋風編一竹下氏、榎
延一目改元九月二十寳其角年譜其角年譜十年庚戍九年已酉八年戌申七年六年丙午五年乙已四年甲辰三年癸卯二二元年癸丑十二年十一年年甲寅年丁未壬寅壬子辛亥十一歲十九八七六五四三二十四歲十三歲十二歲歲歲歲歲歲歲歲歲歲略譜に(昭和)聞聚)幼時、神田お玉ケ池に住すとの說あれど、確かならず。と記せり。此の時父の吟を聞いて「はねもはねたり寳文元年」の歌をはじ略譜に大圓寺は駒込及び芝伊皿子にあり。池永大蟲の晋子年語(大阪)にめて詠ぜるなりと。(ないでみ、は太巓和尙に就學せるならんと云へり。略譜に十四歲十歲入學大圓寺言のはをせとにも門にも植置ていづれやくにはたちつてとかな寛文九酉九月廿二日曉、東順靈夢三二
其角年譜四於堀江町本草綱目寫。修冶。主治。發明。旣に醫學を志せるを知るべく、五元集に、父が醫師なれば戯れに純汁に又本艸のはなしかなの素地は十分ありしならん。且つ居地を於堀江町とあれば、一時大圓寺に寄宿せしが、再び生家に歸れる事を知らる。初秋、先年江戶に來つて、小田原町に寓居せる松尾桃靑(楚)の門に入る。五元集の序に「延寳のはじめ桃靑門に入りしより」とありて、諸說十四五歲入門に一致し居ればこゝに擧ぐ。三年乙卯十五歲略譜に十五歲內經素本。易經素本寫。蒲生五郞兵衛需也。伊勢物語書之。右表紙出來、本多下野守殿へ献える右之褒美として刀申請候。と見ゆ。この下野守は父東順が俸祿の受け居りし本多侯なりと傳へらる。少年時代より能書にて人々に賞美されしを察すべし。四年丙辰十六歲略譜に十六歲草刈三越講莚。服部平助講述。圓覺寺大巓和尙詩學。易傳授。三越は醫學者。平助は儒者寛齋、大巓和尙は、幻吁と稱し俳諧を好くせる人。其角の醫名、順哲と呼べるは三越の講莚に列せる此のごろの事ならんか。其角年譜五
其角年譜六五年丁已十七歲略譜に十七桃靑二十歌仙。とあり。森川許六の歷代滑稽傳(正德)に二十歌仙獨吟の內子をおもふ鯨の其聲かなし東京都「前後名を出したる撰集は二十歌仙一部なり」と云へるものにて、現存の延寳二十歌仙八延寳)には此の附句なく、著作の年代も異なれば全く內容の相違せる別本なるやも知れず。六年戊午十八歲略譜に十八延寶午。發句合。杉風五十句合作。秋洪水。現存の田舍句合(延寶八嵐雪序)より三年以前なるが、阿誰軒の誹諧書籍目錄(元祿)に、五江戶誹諧合册二桃靑判其胸作杉風と、杉風の常盤屋句合に合輯して元祿元年版行され居るに照し、或は今年試作して、後に芭蕉の判詞を求めたるものならん。七年已未十九歲椎本才丸撰、誹諧坂東太郞(一)、小瞞本)出づ。其角の發句の版本に見ゆるは、此集など最も古き時代なるべし。朝鮮の妹や摘らん葉人參其角なら茶の詩さこそ廬同も雪のはて雁鹿虫とばかり思ふて暮けり昏下卷句引の江戶の部に其角三とあり。其角の號は、九、晋其角によると傳へられる。其角易經の晋上八年庚申二十歲略譜に廿延寶申。次韻。信德七百五十韻ニ對ス。但し出版は同九年なり。前記田舍句合は嵐雪の序に「螺子此の語にはずんで農夫と野其角年譜七
其角年譜八人とを左右にわかち、詩の躰五十句をつゞる」と述べ、「延寳八歲庚申仲秋日嵐亭治助謹序」と記せり。天和九月二十九日改元元年辛酉廿一歲第一番ねりまの農夫左霞消て富士をはだかに雪肥たり:右かさいの野人菜摘近し白魚を吉野川に放いて見う全部二十五番の句合にして桃靑の評語あり。又、延寳二十歌仙は追加、館子の作に延寶九歲庚甲初夏とあり、其角の獨吟は第十四に脉を東籬の下にとつて本草に對すと、美子が藥もいまだうつ氣を治せず。月花を醫す閑素幽柄の野巫の子有り春草のあたり大きな家の隣りねりまの農夫かさいの野人又霞鳶の早牲せんかたに螺舍の號を用ひ、其の風體談林調に比して一異色あるを覺ゆ。二年壬戍廿二歲芭蕉が桃靑時代、その新風を興起せる次韻一卷成る。雁にきけといふ五文字をこたふ春澄にとへ稻負鳥といへるあり其角ことし此秋京を寢覺めて才麿作者は桃靑、其角、才丸、揚水の四人也。改元以前の夏(延寶九池西言水撰、東日記二卷成る。谷素外の「齒がため」に「言水撰東日記は序才麿にて筆者其角也」とある如く、其角の筆耕をその儘、版下に用ひ、其角の吟の收錄されたるもの多し。うかれ雀妻よぶ里の朝菜摘其角野老うる聲犬原の里びたり鶯かねくら笛吹おこも笹鼬其角年譜九
其角年譜一〇餅配り國栖人ごまめ奏してより讀莊子是レ彼〓に嵐雪の僞花のうそ浮助や扈從見にゆく櫻寺墨染に鯛彼櫻いつかこちけん麓寺うこぎが奧を郭公題近江八景住べくはすまば深川ノ夜ノ雨五月蚊は名乘けり蚤虫はぬす人のゆかり氷室山里葱の葉白し日かげ草世にあり佗て飛行の跡なつかしきまに獨すむ友よ朧の精雪〓水死の海を汗の浮寢や夢中人蕗の臺にと思ふも悲し深草寺春日や風こぐ猿の一葉川茶のけしき咄しむ頃や新豆腐踊召して番の太郞に酒たうべけり4百酒さびて螽やく野の草紅葉道心の妻しほれ來て恨む槿垣月に成ぬ波に米守ルたかせ哥問來かし椎ゐる里の松葉賣木葉の食蘿を狄の錦哉夜興ひく盜人犬や龍田山雪を汲んで猿が茶ヲ煮けり太山寺河豚の記ねぶか宿に我獨居て砧盡て又のね覺や納豆汁すゝ芥しばしと佗ぬ世捨藏菰一重わぶや乞食のぬくめ犬一-其角年譜
其其角角年三年譜年譜癸亥廿三歲略譜に歲旦試筆の吟に(鶴さもあれ顏淵生きて千々の春天和亥。みなし栗。たん草)み、於芝金地院前。千春撰、花はしら初音きかれて茶の幽居炭の黑人を佗名也雨冷に羽織を夜の簑ならん鉢たゝき〓〓闇の夜は吉原ばかり月夜哉草の戶や犬に初音を隱者鳥名盛や作戀五郞花ざし交月と笑夜生雪魚のおぼろ闇樽秋夜話隱林ひとりはぬれぬ二挺立哉浪のしぐれのふたり漕、白武藏曲成る。う魚露命た魚紅葉のはせはつかつ其角の樽うた及び發句あり。曉かたの一聲にをねさめ〓〓て凍死ぬ身のあかつきや樽たゝき氣のふるうなるねさめ〓〓て世を驚けは雪あらなまくさの酒にかへてんおもしろや此や七つ十にや鰒をこ古道心來樽樽捨まは年ねOn樽たゝきやなれかつねさのたたこなりななむろくりきもとなりらぬれらぬきらんみなし栗。於芝金地院前。紅葉のはせはつかつ曉かたの一聲にを一三一三其
其角年譜一四堀江町より移りて、芝の金地院前にて撰集せるものゝ如し。芭蕉の跋に仲夏日とあれば、五月完成して書肆に出版を託せるならん。同年旣にこれが難書出たる如く阿誰軒の書目に貞德槌册見なしくり批言江戶會とあれど、此書いまだ見るを得ず。馬蹄二百句新二百韻成る貞享二月二十八日改元元年甲子廿四歲二月十五日江戶を立出し、東海道より美濃、伊勢を經て京に至る。略譜に貞享甲子於京臺集。とある如く、京の俳人との唱和を輯めて盡集成る。六月五日井原西鶴が大阪住吉堂前にて二萬三千五百句を一日一夜に獨吟するに會し、後見の一人をつとむ。北條圍水のこゝろ葉(寶永)に「此日江府ノ其角來り合セテ〓拂二東海道より美濃、伊勢を經て京に至ノ句ヲ吐ク」とあり、五元集に住吉にて西鶴が矢數俳諧せし時に後見たのみければ驥の步み二萬匹の蠅あふぎけりとある吟これ也。秋江戶に歸る。二年乙丑廿五歲初代寥和(風雪)の一丁墨に「嵐雪は彥兵衞、門予(数)は平助といひし時其角が許にて、ふとんひとつに寒夜を凌しに酬和のふたりなし。跡さしてこたつに寝たも夢なれや破笠と、酬和のふたりは則其嵐のふたり也。悼みし句は則破笠なり」一度は、)これ其角が病病のため、深川木場に別居せる此の年の爾斯ことにして、庵室は八疊敷一間にて、壁の穴に出山の釋迦を安其角年譜一五
其角年譜一一六置し、鍋一つ炮錄一つあるのみ。嵐雪も同居せること柏莚日記にありといふ。狂雷堂、雷柱子と號せり。三年丙寅廿六歲三月深川芭蕉庵に於て、偶來合はせし素堂、仙化と共に、蛙の發句を左右に分ちて優劣を判ず。仙化筆記して蛙合一卷成る。第二十番左うき時は蟇の遠音も雨夜哉そら右こゝかしこ蛙鳴ク江の星の數其角五月三日枳風同行、木賀溫泉に文鱗を訪ひ、鎌倉江の島に曳杖す。此時の紀行新山家成る。尾花澤の鈴木〓風江戶に來る。汲みたらぬ覚に凉む夕べかな〓風そら其角鎌倉江の島に曳杖〓風麻かり侵す山笹兩吟一卷あり(橋一ツ)の陰其角四年丁卯廿七歲略譜に丁卯。續みなし栗撰之。四月八日妙務尼卒。五十七歲。續虚栗の出版は十一月十三日にして、妙務尼は其角の生母なbo芝二本榎上行寺に葬る。五元集に、卯月八日母におくれて身にとりて衣がへうき卯月かな慈母墓花水にうつしかへたる茂かな十月十一日師翁、伊賀歸省の餞別會を其角の庵中に開く。旅人と我名呼ばれん初時雨芭蕉また山茶花を宿々にして由之其角年譜一七
其角年譜六鷦鴒の心ほど世のたのしきに芭蕉の眞蹟を慕刻せる伊賀餘別(續曆)に版冬がれを君が首途や花の雲の送別吟あり。同年不ト撰、續の原成る。櫻ちる彌生五日は忘れまし初秋文月や陰を感ずる蚊帳の內其の五歌仙に明星や櫻さだめぬ山かつらながむるものに月の陽炎立つ雉の跡にのら犬の綱解ての一卷出づ。其角其角其角麒峽琴角水風元祿九月二十日改元元年戊辰廿八歲七月江戶を立つて京に上る。三宅嘯山の葎亭畫讃集(淳和)に其元途中吟、夜過山鈴虫や松明先へ荷せて其角の句に就き、〓原滋藤の驛路鈴聲夜過山の詩句を思ひよせし作なりと云へり。略譜に元祿元上のる委吟亭講歌書。それより伊勢に向ひ、近江に引かへし、膳所に至つて叔母宗隆尼を訪ふ(芭蕉)略譜に十一月廿二日宗隆尼卒。於堅田葬。八十四。と見ゆ。其角の面會せる後なるべし。芭蕉、杜國を髓へて吉野の花を賞し、其角が前年の「明星や」の句を感じて褒美の書狀を送るヘルリ第關更の蕉翁消息集三宅嘯山の葎亭畫讃集(淳和)に其元膳所に至つて叔母宗隆其角年譜一九
兴角年譜二〇大阪)に能登七尾の人寸行所持として明星や櫻さだめぬ山かつらと云し句、山中の美景にけをされ古き哥どもの信を感ぜし叙、明星の山かつらに明殘るけしき、此句のうらやましくさぶらふ也。はせを其角樣の書翰を揭ぐ。みゝな草に同二年とあるは時代を錯誤せるなり。二年己巳廿九歲京に越年、今年夏江戶に歸る。荷分の曠野集に、荷今が室に旅れする夜、草臥なほせとて、ればかはらけの手ぎは見せばや菊の花其の句あれば、旅行の途次名古屋にも立寄れるが如し。天下記錄の俳譜師居所に、草臥なほせとて、箔つけたる土器出されけ角江戶惣鹿何節の其角とあり。芝神明町に移居する其の以前、伊勢町にも寓せるにや。いつを昔の鼠はもやがてなじまん冬籠居をうつしてみ、の作は神明町にての吟なり(ね草)狂而堂、六藏庵と號せり。六藏庵と號せり。三年庚午卅歲歲旦の吟に神明町に居をしめて行合の松もかたそぎ筋竹前年京にて諸風子と唱和せる新三百韻及びいつを昔の二書成る。四月八日、母妙務尼追福のために一夏百句を志し、八日上行寺灌佛や墓にむかへる獨言其角年譜二、
其角年譜二二五月三日、舍弟榎本玄通の信濃に赴く送別に梁蠅を送らん馬の上の句あり、七月、花摘成る門弟龜翁、年十四にして其角の花摘にならひ、新一夏百句を試作す、其の才に感じて龜翁が才の美をしれば、父佛見に心ざしふかく、母三遷の愛にあまりて、視聽言動をのづから一解百句に滿ぬ。予ことし花摘集おもひ立て、人〓〓の句結緣となしぬ。眞非眞是、今猶恥づ、ことさらにキ翁の才を恥て伏面。元祿三年十二月廿五日新一夏百句を其角の序を添へ、折から俳句勸進のために來れる路通に與ふ(勘)帳京の俳人可玖、當時高名の二十五宗匠に自作の歌仙を送りて批點せしめ、步雲子なる者に託して、其の批點の非を擧げ、頭註を加へて物見車五卷を出版す(比H其其の及び評言これに對する步雲子の頭註に發句三日月のあかきは科そ紙鳶此一卷の點善惡の評を云はゝ、外の卷〓〓の詠め遠から見物と打や人民間踊くつれて又むこぶとよ無點無評心得がたし、諸方ともに點あり。作者の自注もよろし。予も點有方に同す(趣)錢買出すに月のさやかに長點如何、諸方の點にかはりてこれ又珍し。大作意とは云べけれども、前句の何に付る共見えず心えがたし(建設)春雨の曇に浦は紺とれて西洋炒麵脇書作者の自註に同じ、いかにも〓〓湖水の綱引。作者の自注もよろし。予も點有方いかにも〓〓湖水の綱引。其角年譜二三
其角年譜二四憎むほど黑のかた勝競駈頭註極上點難は調和點の卷に委し(前)死の前の念佛哀に打こぞりつれだゝれぬはたゞ船の脚無評諸方ともに點あり、脇書あらまほし。此卷の其角の點印に定推敲、棹古、及び附墨にでででの三式あるを見る。脇書あらまほし。註頭註四年辛未卅一歲歲旦の吟手握蘭口含鷄舌ゆづり葉や口にふくみて筆始正月二十九日露沾公にて俳宴あり。むめ咲て人の怒の悔もあり露沾其角折あしく不參、饗應に侍る由、その日はことに長閑にて、薗中に芳艸をふみ、入口面白かりけるよし、うらやましさに追て加り侍る。梅の木やこのひと筋をふきのとう其角路通撰俳句勸進帳二卷成る。其角の跋に曰く、俳撰の面白何と〓〓さとらん。なにと〓〓悟らん。はいかいの面目はまがりなにやつてをけ。一句勸進の功德はむねのうちの煩惱を舌の先にはらつて、即心即佛としるべし。句作のよしあしはまがりなりにやつてをけ。げにもさうよ。やよ、げにもさうよの。元祿四年春露沾其角狂而堂雜談集二卷成る。其角年譜二五
其角年譜二六五年壬申卅二歲大津の江左向白、忘れぬ梅編集に就き題句を望み來る。忘れ梅わすれぬ人の便り哉其角支考奧羽行脚に先立ち、出羽の潜庵不玉より、前年梓行を託されし繼尾集の草稿を示し、其角の句を乞ふ。支考遠遊の志あり、これををくるに、白河の關にみかへれいかのほり心の奥は猶かぎりなくや有けん。秋風ならで、こゝはみな月のなかばにのぼられしぞ、本意なしなども語あへるに酒田の不玉、おとしし思ひ立ける集あり。これを都のつとに賴まれ侍るとて、頭陀ひらき取出ける。げにも故人の愛をとらず、今人の眼をよろこばしむ。萩も薄も穗に出し秋こそあはれといひて、その末につぐ。飯鮮の鱧なつかしき都かな其角書物付て團わすれず支考細曳の小袖もたるむ奥深に桃隣三吟歌仙あり(變態尾)角考隣十一月芭蕉江戶に歸來し、深川の庵に入るを喜びて訪ふ(紀が)翁つゝがなく霜月初の日、むさしのの舊草にかへり申さる。めづらしく、うれしく、朝暮敲戶の人〓〓に對して、都出て神も旅寢の日數哉住捨し幻住庵は、いかなる句をかのこされけん。それはそれ、さて世の中をうけたまるに、ガ妖ながら狐貧しる師走哉其角蕉門の代表選集猿簑二卷成る。去來、凡兆の望みにより、其の序文をしたゝめ送る。さて其角六年癸酉卅三歲六月廿八日、南茅場町の回船問屋戶塚白雲に伴はれ、遙の折しも、雨乞する農夫に代つて向島三達稻荷にゆうだちや田をみめぐりの神ならばと祈る。五元集に翌日雨ふるとあれば、其の感應はともかく、江戶市中に其の名を喧傳されしは事實なるべし。隅田川道其角年譜二七
其角年譜二八父東順病に臥して看護につとめしが。八月廿八日年七十二を以て歿す。廿九日上行寺に葬る。獨吟一鍬に蟬も木の葉も脫かな其角今そふ母も片袖の露芭蕉、今春故人となれる門人嵐蘭の追善集を編むの志ありて、其角を訪ひ其の起草せる悼嵐蘭詞を託す。秋、桃隣、介我と深川なる芭蕉の空庵にあそぶ。元祿六酉仲秋、深川芭蕉庵留守の戶に入て生綿取雨雲たちぬ生駒山萩の露成る。其角七年申戌卅四歲甲戌歲旦帳に年たつや家中の禮は星月夜筆紅梅をたゝむ國紙其介角我夏、室賀轍土江戶に來りて、其角庵中の客となる。卯の花に宿入螺を吹立たり轍士袂をふるふ鼻紙の麥其角望みにまかせて轍士撰、此日集の板下をしたゝむ。長崎の泥足來る。編集の志ありで、其角の助力を乞へるより、諾して筆を執り、肥の前長崎のみなとは異國交易の大津にして、天竺の靈文、唐土の詩、今以てこゝにとりつたへ、無價の寶顆ともてはやす事、通事家の業として耳にもらさず、こゝろにさとらずといふことなし。赤田より珍賞のもてあそびをうかゞふ事は、本唐の人の餘情、まことに深しと聲えけり。されば春秋いたづらならず。月雪わたくしなければ此市問にはさまりて隱閑を求め、和風の至情にあそぶ人多しとかや。その人は必ず中華の俳諧にうとくして、むかし宗因、元順などが云ひ捨しあとにかたまりて、一向に古躰といひけをされて、風雅をのづからうすらぎ侍れど、心には廢ざる人ありて、有ふれし予が士角其角年譜二九
其角年譜三〇撰集に眼をひらき心を寄せぬ。よりて今の芭蕉翁の門にのぞめる句どもとりあつめて、そのたよりと名付て此道を與さんとおもひ侍るよし。泥足が消息數〓〓なりければ、しらぬ火のつくしまで行ずして、俳風を及ぼしぬべきよろこびを、返狀のはしに言ひやり侍る。これその便と名付たる編序なるべし。もし心あるから人ありて、わがひのもとのもてあそびぞと、舌頭にかけてやはらげましかば、一樣手せんより又たのしからずや。三笠の山にいでし月かもと詠じて王維、義滿等がこゝろざしをやはらげしも、俳諧におゐては是其便成べし。元祿七年雁來南洲日晋子序此序を與へ、且つ編集の板下をも認めやりぬ。晋子家にて一日崎江の物がたりして唐人が風いのる也星まつり一葉を鉢にすゝで觴たが袴頭に成て踊るらむ泥紫晋足紅子九月六日、江戶を出て東海道を伊勢に向ひ、朝熊、宮河より、田丸越をなして大和に入り、よし野山をふみて和歌の浦より、堺に出て、十月十一日大阪に至る。住吉奉納芦の葉を手より流すや冬の海十月十一日、芭蕉翁難波に逗留のよし聞えければ、人々にもれて、彼の旅宅にたづねまゐるゆへ、吟行半ばに止む。(隨緣紀行)師の旅舍なる御堂前花屋に駈つけたるが、旣にたのみなし。「病wei床にかゝがひより、いはんかたなき懷をのべカなき詞をかはし」たれど、十二日の夕、遂に迂化す。柩を送りて近江の義仲寺に葬る。十六日曲翠に案內され幻住庵の椎の木の下にてまぼろしも住ぬ嵐の木葉哉十八日初七日の追善百韻興行。なきがらを笠に隱すや枯尾花晋子晋子其角年譜三
其角年譜三二溫石さめて皆氷る聲義仲寺に逗留、芭蕉翁終焉記の筆をとる。今年句兄弟三卷成る。支考八年乙亥卅五歲京にて迎歲、中長者町の去來の家に人となり、枯尾花二卷成る。椹木町の凡兆亭にも宿れる如し。凡兆の亭にあそびて、爐の南といふことを埋火の南をきけやきり〓〓す其角新川原町橘屋にて、集加の招宴に、鰒洗ふ水の濁りや下河原其角戶のろく〓〓にたゝぬ凩進加初夏、河內路にあそびて題觀心寺楠の鎧ぬがれし牡丹哉の吟あり。冬、京に戾りて、再び橘屋の會に其角其進角加靜さや二冬馴れて京の夜其角旅の千鳥の水は離れず金毛此の卷に其角、秋の附句に菊さげてやり手がひとり寺參りを列坐の信德、しきりに感賞して措かざりしといふ(韓音)十一集月江戶に歸る。其金角毛九年丙子卅六歲和田東湖の吉野紀行留守の戶を見舞ひて出替や人置世話も連衆から御一子成長の事は內方よりしめやかなるべしの句あり(見石線)深川の長慶寺に芭蕉の「世にふるもさらに時雨のやどりかな」の短冊を埋めて翁塚と稱す。(光化)發企時雨るゝやこゝも舟路を墓參り其角鳶も寒げに日の沒の鐘專吟角吟其角年譜三三
其角年譜三四今年平野三弄子より米元章の硯をおくらる(47番)五元集の序に寶晋齋は米元章が硯の裏に鐫入たる號也。三弄子其硯を予にあたへて、寳井晋子といへば此號宜しくかなへり。と云へるにより、佐々木玄龍に額を乞ひて檐にかくとあるこれ也。玄龍は其角書道の師なるが、後に「晋子は經祖日蓮上人の筆意を學びしとかや」(記述雜)とある如く、日蓮の書風に私淑話抄せりと。風國の初蟬(同年)に其角の狂歌を揭ぐひさしくへだたりし人のもとより、見にくきすがたを得忘れずと申しけるに馬糞紙にきたなきつらといふ文をあくるわびしくかつぎのかみなき魂も三日ゐやるは哀れ也十日ゐやらばさぞな秋風十年丁丑卅七歲四月、長女さちを擧ぐ、配重育たかうなの皮に臍の〓つゝみけり去來書を送つて、師翁なき後その遺風を去ること遠きを以て、其角の反省を促しけれど答へず、其文をうら若葉に附錄して好意にむくひしのみ。贈晋渉川先生書とあれば、渉川の號はこのごろより用ひたるにや。故人永機の摹刻せる其角筆「おくの細道」(1人)人奥の)書き元祿十年冬於大阪旅店灯下校合畢其角寫とあり。されど同年刊行の錦繡緞序に元祿丁丑冬江上隱士山松子序と素堂が其角の需に應じて、執筆せること明らかにして當時江戶にありたりと推定し得べく、かつ大阪に逗留せること他書に所見なし。殊に其角の筆蹟として疑はしきふし〓〓あるを以て、みゝな草の上京說は從ひがたし。然るに此書信じて、かさねとは八重撫子の名なるべし其角年譜三五
三六其角年譜の吟を芭蕉なりとして解釋する說は、元祿十五年井筒屋版及び蝶夢が伊賀にて發見せる素龍の跋、去來の奧書ある寛政元年版に作者會良とあるを何と見るにや、不審。うら若葉二卷〓に錦繡緞二卷成る。十一年戌寅卅八歲寳晋齋引付の歲旦吟に一日長安花鐘一つうれぬ日はなし江戶の春渉川未開紅哉墨の入物專吟歸雁箸に目鼻や秋ならん行露の三つ物あり。みゝな草に鐘ひとつを、同九年の歲旦とせるはあやまりなり。伊勢の岩田冷菟江戶に來る。俳人口遊の家を宿として六月より九月に至る。皮籠摺に渉川專吟行露同九年の歲旦とせるは六月廿日居を轉して、竹三竿をうへつけたるに、ほころびたる聲あり竹の蟬さゝらに絞る時もあり其角泊りたふなる家の凉しき凉菟此の轉居先は芝邊(綺跡)芝田町五丁目海岸(10/4)といふ。み、同じ考く人見午寂の前文に晋子居を南港にうつり、竹を植て有竹居と號す。其閑談を乞ふに、竹猶ふかし。ゲ女踏かへす展より荒て小萩原午寂斧にもかけす螂の玉其角と見ゆ午其寂角有竹居にあそびて蛸喰て蔘摺古木のはなし哉凉蒐有竹居、又、文合庵(綺議)の號は此の新居につけたるなるべし。いますむ所、凉菟下向より上るべき時迄の日數に、四壁のこしばり迄を仕まへば冬ごもり嘸とおもひやられ侍る。其角年譜三七
其角年譜三八さい槌の音をしまへば砧かな其角然るに十二月十日の火災に此庵を燒かれ、貞享元年より今年まで十五年間の日記を灰燼となせり。四谷鹽町に寓居せるは、此の災後なりといふ說あり。十二年已卯卅九歲凉菟の句稿及び紀行を輯めて、其角の板下を乞ひ皮籠摺二卷を出版す。其角の序に曰へ、團友齊涼免武さし野の月はうかるゝ事、ことし初めより長月にふりくらしぬ。口遊子の許やどゝせしかば、信因いやましに閑談せる事を述。正四位荒木田守武は、大永年中の長官也。飛んめやかろ〓〓しき詞いひつゞけて、神慮を仰しより、今も內外の流たえず。亦世中といへる五文字にて百首よみ侍りけるおはりに、よの中の大永五年長月のかのえさるの夜百首よむ也。是を西明寺殿の世中百首といひて、幼より諺に習ひたる哥ともさりと覺侍るに、涼兎が自筆見侍るよし予思ふに古來近代の撰集作者をあやまりいへる事どもあまたあれど、瓦礫の中に埋れずして、其成功あらはるゝ事、藥生谷人なしと其角の板下を乞ひ皮籠摺二卷をへども、をのづから芳し。凉兎先師につく事、かの文臺の二見形に扇を畫せ、岩の面を硯として、蛤に潮を汲けん古意をとりて、千とせの杉をいがくこと、嵐も霜もふりかはれど、其名朽せざるをや、こゝに明暗をしれり。伊勢の國のみに限らず、諸國邊邊の風騷、翁の古雅を甘美する事、その眞うたがふべからず。いはゞ十才のわらべの拔參して、必神明のことはりに感通するをや。たふとさに皆押あひぬ御迂宮此句をもて宇治山田の門人等、八乙女、神樂男にいひふらせば、榊葉にうたひ鈴ふりたてゝ、さいはいすといふべかり。是この集の趣とかや。晋子序ニ)此集にしぐるゝや葱の台の片柳其角の句あリ。八朶園寥松の露だらに(故政)に和名類聚を引いて、九葱臺「比良岐波之良」と訓ませたるが、ニラノヒラキの振り假名にて、其の說のあたらざるを知るべし。其角年譜三九
其角年譜四〇五元集に、類燒の頃、邊鄙の居を訪うて、一樽に玉子を贈る云にわらづとや雪の玉水十とよむと見ゆ、新庵定まらず、依然四谷邊に流寓し居たるならん。十三年庚辰四十歲京傳の奇跡考に元祿のすゑ、茅場町藥師堂の邊に住ぬ。類柑子に草庵の記あり。と云ひ、永機は今年茅場町に新庵を構へて善哉庵と號すと云へみ、りた草)同じく奇跡考にその近きあたり、植木店といふ所に徂萊先生の家あり。其角が口ず梅が香や隣は荻生惣右衞門此句いづれの集にも見えざれども、もつぱら人口に殘れり、しられず。とし、永機は此句のみを引いて事實を認め居れるも、實否は三宅嘯山の俳諧新選(安永)追加(〓)に作者、珪琳として此句出づ、珪琳は五色墨の一人にして、後の松木蓮之(寛保二)なり。年辛芭蕉七回忌に就き、門人と追慕の七歌仙を作り三上吟一卷成る。十四年辛已歲十一四五元集に點印半面美人の字を彫て、琴形の中に備へたるを、の萬句の御卷に、押弘め侍るとて春の月琴に物書くはじめ哉これ元祿十四年、安藤冠里公發企の一萬句興行の際にして、玄猪誰〓〓ぞ玄猪の夜の降結日冠里算へ蜆や賣る朝月裏醫師の下手を綸子でつゝんだり百猿此の原本安政四年雀庵の獲る處となり、はじめて冠里公冠里百猿かりに麒麟の角と題せ四其角年譜
其角年譜四二るもの現存し、其の點印及其角の加筆ともに目堵するを得べし。室賀轍士再び江戶に來つて、其の編集七車(胴年)に其角の序を求む、諾して曰く。前の六たびの編集には、汝が車力をして居の軌たゝきに世にめぐれり。ことし靑葉のはじめの日、若葉のすへの頃迄に、東北帆鳥山の遠遊して、轍のかえりとゞまる所、もとの都のつともとで七の卷に及ぶ。人の心を力足に躍あがつて馳走せし句玉をつんで、予が門にあそべる誹兒をおしゆ。かの譬喩品のたとへにも、車に餘の寳あり。是心珠如意のひかりかくやくたり。醉の友なりければ、さむるもひとしく空邪の無盡藏をひらいて、七車となづけぬ。晋、其角。日をまてや幾日五月の桃の節其角嚙あましたる筍の骨轍士焦尾琴三卷成る。燒けのこる琴に恨のやなぎかな其角其角十五年壬午四十二歲歲旦の吟に(株)元祿三五のとしを祝ひて年越やたゞなり平のお神引轍士京に上り、諸國の俳人を遊女に見たて、花見車四卷を匿名にて出版し、大に行はる。其の第三卷に、太夫其角松尾屋の內にて第一の太夫なり。琴、三味線、小歌でもとりしめてならはんした事はなけれども、生れついて器用な所があつて、小袖のもよう、髮つきまでも、つくり出せるほどの事にいやなはなし。國〓〓にても、こひわたるは此君なり。花に風、月には雲のくるしみあるうき世のならひ、酒が過ると氣ずいにならんとして、團十部が出る、裸でかけ廻らんした事もあり。それゆへなじみのよい客も、みなのがれたり。されど今はまた、すさまじい大々臣がかゝらんして、さびしからず。うかれ女や異見に凋み夕牡丹花見車四卷を匿名其角年譜四三
其角年譜四四目錄によるに、松尾屋桃靑琴漢文漢和の事と心得べし。三味線和歌の事小歌佛學太夫上の點者、大臣よき連衆とあり。其角の人物、性格の一面を描きて髣髴せしむ。花見車の轍士の著なるは古く北條團水の鳴絃之書(統說車)に見えたり。雜書十二月十四日、其角、嵐雪、杉風の三人、本所土屋都文公の邸に招れて俳譜興行、「夜はいたく更け行くまゝ噺も止、打靜なり、文臺、料紙片よせ、四五人集り蒲團をかつぎ夢のうき世」といふ間もあらせず、隣家の吉良邸へ義士の打入ありし文鱗宛の、其角書翰世に流布せり。都文公の許にての連句は嘉永年中土屋采女家の家人山岡秀蘿の所持せるを故人永機書寫し、其著温古にこれを飜刻せり。元祿十五年十二月十四日興行橋一つ遠き在所や雪げしきもつ手薑む酒の大樽よめねども貧交行をよく知りて只廣きものみ宗鑑が家夜寒さの目に付くものは月の友ざくり〓〓とをく手苅也四吟一卷なり都其嵐杉文角雪風角文十六年癸未四十三歲春、次女みわを擧ぐ。五元集に、愛娘子鷄啼て玉子吸ふ蚊はなかりけり播州龍野の俳僧春色、前年故人となれるを聞きて、追悼の一文其角年譜四五
其角年譜四六を認め送る春色追善集花血(胴年)に出づ。迫悼播州龍野法雲寺考僧とはしらず。生涯の風情予をしたひ侍るまゝ、四壁にのこる句々遠々の心ざし、武藏野の草葉にかゝるれかひのみじて、終りをとり給へば其信を悼み侍るべきよし。事つゝまやかなられど、幻夢その僧に限るべからず。人我陌上の塵にして、風によりて風に散る習ひなれば、是も誠の友なるべしとて、栗飯の焦げて匂ふや霜の聲とつぶやくほどに、これをとりもてる人もあとさきしらず。去年の霜月のいつしかに覺えぬるに、此句木村吹萬亭の手にわたりて、ことし彌生廿七日といふ日、事實をあらはし名乘きこゆ。老僧の齡有五十七ツとかや、春色は俳號にして法德ともにうるはしき行狀、〓にひゞき侍るとかや、このとしまでの榮花、此道にきはめて炊熱0.28,半夜の鐘にさめたれば、春の色もひとしく去つて眼前の境界一合をのこさず。共に灯をあはれむなかだちとなりぬ。むかし業平の心にもあらで、おもひたえたる人をいたみ給へるあらましも、さぞしたふといへる一字捨がたしとて是を述。元祿ひつじの春十一月十四日、江戶大地震震威流火しづまりて妹が手や薑とけて餅の番其角寳永三月三十日改元元年甲申四十四歲貴志沾洲の上京餞別の吟凉までみやこのそらやつれと金其の紀行のぼり鶴( (同同))中中中茸茸〓〓〓〓あり。類柑子草稿成る。二年乙酉四十五歲夏より病ひに惱みて、病中制禁好橋桁の串海鼠はづすや月の友茅場町の庵中に引籠る。五元集に其角年譜四七
其角年譜四八三年丙戌四十六歲五元集に寳永三成十月廿二日、妙身童女を葬りて霜の鶴土にふとんも被られず長女「さち」なりとする說(み、一とあるを以て、七重に不審あり。類柑子の跋に、かれこれの反古とあつめ、外へは散さじとやう〓〓一箱にをさむ。されとつとふべき一子もなく、門弟またまち〓〓也。とあるに、同集文十の忘れがたみに嬰子を殘し、そのあたり思ひやられて忘れがたみに嬰子を殘し、そのあたり思ひやられて大阪おもかげの似たもやあると雛の中文十といふ悼吟に「みどり子」さへあるを記せり。其角一周忌國民主席小女おさちは父かたに似で、しかも猶殘り侍る。其下の兄弟は不通にやりたるもあり。亦、居士より先へ見まかりたるも有。面上西湖ありと花見し句は、今の娘に大念佛を申けるにや。桃さくや十ヲに成行顏も嵯峨沾洲とあるに依るに「さち」はまさしく生存し居りて「さち」「みわ」二女の中の何れかが天折し、その下にも子女のありて其角歿する前後、いづこにか養子にやりて音信の絕えたる事ならん。殊に秋色の「石なとり」(正德)には一女「さち」が行方知れずとなりて、何處の空をかさまようらんといふ意味の言葉あれば、妙身童女は「さち」にあらず、その妹の「みわ」なる可く推知さる。前年秋聲會にて其角の遺作展覽會を催せる時、日本橋の魚問屋寳井吉五郞氏がその後裔なりとて、遺物を出品したるが、其角と如何なる緣の繫がり居れるや、明らかならざるものゝ如くなりき。出紫の又深川(噴水)に客になしたることも、おもひ續け捨もやらで、おもひ續け捨もやらで、其角年譜四九
其角年諧五〇靑漆を雪の裾野や丸合羽其角の吟は此の冬の作ならんか。五元集に芭蕉忌十三回辰霜や鳳尾の印のそれよりは許六撰本朝文選成る。後、支考に欺かれて風俗文選と改題せるものにて、其角の俳文、卷五に猿簑序、卷九に嘲佛骨表の二章を收む、其の作者列傳に晋其角者武州江戶產也。生醫家不學醫術。終業俳諧。寳井氏。號シ而而堂。蒸門之一人而後起已一風。著一律書數篇。とあり。其角寳井氏。四年丁亥四十七歲類柑子に二月二十三日靑流(三笠のその庵を訪ひて春暖閑爐に座すの吟とて鶯の曉寒しきり〓〓す鶯其角筧の野老髭むすぶ儘同靑流第三以下兩吟を試みたるが、裏の三句目に至り「晋子ねぶたきけしきにわかれぬ」。これを最期として宿痾に日重り、二月二十九日を以て茅場町の庵に歿す。三月二日芝二本榎上行寺に葬る。法號喜覺居土。門人其の碑石建立を志せしが、寺法ありて果さず。其角病床にて揮毫せし無眼の連摩像に、深川長慶寺和尙の開眼を乞ひ、あらためて同寺境內の芭蕉翁の墓に隣りて句碑を營みぬ。沾州、秋色、靑流の手にて類柑子文集二卷及び追悼一卷成る。其角年譜五
みなし栗其角撰
先伴に太山おろ虚月は更料もあれ我蓬萊の朝日守髭隱るやと蘚にかさす籔柑子+DP餅を燒初えぼしかざりの床やむら烏賤よ春餅に蔦はふ宿ならん禮者敲門しだくらく花明か也山松やうらの籔より今朝の春釋迦迯て彌勸進まず國の春いでや春地なし小袖のかいとりせる春柴負葩木ぶかき宿を山路哉旬ねたり今年廿五ノ翁改栗みな し栗富を知ル日の轉士哉みなし栗正集此道今人棄如土紛々俳句何須數凩よ世に拾はれぬみなし栗世不見宗鑑貧時交嚙古人貧交行之詩吐而〓序翻手作雲覆手ヘ雨や門の松信杉麋殘玉三幻千春友文翠之澄靜德風排塒紅詞尺峯吁花申せ吉野三味線國栖鼓初なぎやしらけの島の空セ榧民の戶や松も餅さく百代代ヲ樣ス銀池に鴻の觜鈍し初禮や富士をかさねて扇狩餅の島ごまめの白蛇眠りけり朝明のはつねの關や竈守屠蘇ふらば傘すてん若時雨海老臥龍餅をうかつに玉あらん餅の室根深を蘭の薰リ哉春ヲ何と凩のごまめ時雨の海老春得たり人たり殊に男たり春ごとに松は食くふて年ふるや六尺袴着て塵見歸らじ松の門烟の中に年の昏けるを晋其三角敬才嗒柳仙枳洗李楓北嵐嵐揚ト千丸山興花風口下興鯤竹蘭水尺春
ケ梟朽て釘の角くむ芦べ哉袖つばめ舞たり蓮の小盞傘にねぐらかさうやぬれ燕柳にはふかでおのれあらしのタ燕川風に夕日やすかすつばめ網むらつばめ柳におつる柱かな柳たれてあらしに猫ヲ釣ル夜哉照君の柳をさん屋塘かな假に風女視かさうか雨柳うくひすを魂にねむるか嬌柳美男村の柳はむかしを泣せけり芦のあやしく蝸牛を角のかきほ哉しら魚の昔汀の鷺の消かへり白魚は朧にて海雲を晴ルヽ〓哉花に行秋はさびしき男にて鶴さもあれ顏淵生て千々の春人キ霞むらん火々出見の世の朝渚芹炊く盞三線の及第蝶の冠して女イ杖こゝろむる梅のかけはし今朝春の奥孫もあり彥もあり榾ヲ富鹽鯛ハ死ヲもつて祝はれ浦島をあやまるや世の若戎身の正月を屈原が醉在原寺にて其其試天和三年みなし栗三二筆みなし栗ハ夢の器曉其嵐藤四木才杉芭鼓忘黃心翠其藤同嵐其同藤嵐其似雲角雪匂友因丸風蕉角水吻棘紅角匂雪角匂雪角春俤か貴妃のなやめる朧月寒食や竈下に猫の目を怪しむ/v寒食の日旅人たばこに飢つらん木食も香爐に烟なき日なり莖立ヲ折てさとるに早し涅槃粥海棠の鼾を悟れねはん像戀守や猫こさじとは箱根山愛あまる猫ハ傾婦の媚ヲ假己なれも戀猫に伽羅燒てうかれけり友嘶ふ駒の勞やすらん雲雀笛1.行雁や見のこす麥の花盛聲北におもかげのみか白鶩雪を染て白うを流せ冬菜川浪ヲ燒かと白魚星の遠津潟漁消てしらぬひの佃魚白し川烏白うを浴せずして白しうくひすのよぶかあやしの〓賣追鳥や梅枝に息をたすけたる小袖着せて俤匂へ梅がつま髪あらふ鷺芹とかす澤邊哉情うるや都は雪のはつよめ菜玉うどのうつくし苣の早苗の薄綠芋室の雪見を寒き下若菜とゝハはやす女は聲若しなつみ歌寒不生不滅の心を女にかはりて鵠日不浴白烏日不黔黑〃ク元憂頭上亦垂糸何故溪邊双白鷺食五四い勝せ杉四キ藤鼓言其東才野野在羊嵐麋全楓翠千同其言嵐友角匂角水角順丸雪笛惹角朝塒琴興紅春角延風籬雪
烏賊のぼり反て野守の鏡かなシ春の餅かひて嵯峨のゝ秋と誰醴に桃裏の詩人髭白 しけふぞ背子土圭の舟に花かつら榮泉の蛙小判に身をよせて化しのゝ棺を出て草の月傾城の鏡を捨し神代ヨリ雷鳥のはつねは觜ヲ鳴ルならん汐てる海に鰹孕Sateる散さくら同じ宗旨を誓ひける藤ハ退之が肝魃キ七ヲ奪ご浪人の戀するを詰おぼしめす琵琶洗ふ雨よし朝の時雨よし月を濁す汁の蓼ヲ芦刈て鶴啼て靑鷺夏を隣るらん春雨を三とせ敵に囚はれて僧の謂シうどは盧山の桃の時風心扇つばめやくるふらん薪に匂ふ山吹の粥朝にえぼしをふるふ紙衣キ大蕨は筆を握ルつれ〓〓さゞ波うたふ蝶の釣竿羽をりに角ヲをかくす風流雄やぶの一夜に入ルかひぞなき浪のさゞれにたなご釣影童子礫を手折ル唐梅其其三春雨偶興三二陽みなし栗みなし栗嵐其一嵐芭一其嵐嵐芭一嵐其嵐其柳同季其同柳季其工其蘭角晶雪蕉晶角蘭雪蕉晶筆蘭角雪角興下角興下角廸流見ぐるしき艶書をやくや柴絶盜ミ井の月に伯夷が足あらふきたなしや陣中に似せ鼾かく人の怪異穗長の霄の熨子黑ク櫛入レぬ影は六十の荊にてめづら見るあけや〓〓の萱庇朝鮮に西瓜を贈る遙ナリ眼ヲ盡ス陽炎の瘦花にうき世我酒白く食黑し夕はしや金をなげて蜆蜑漁夫出て三ヶ月ひろふ汐干哉汐干くれて蟹が裾引なごり哉汐干瀉海鹿の野馬見て行ん雛丸が夫婦や桃の露不老國龍田姫そめけん雛のから錦雛若は桃壺の腹にやどりてかひなに戀て胡葱のうら亂しな桃圓の猫かひさらせひな車",霄月の花のかゞりや夜遊雛雛ヲ抱てうたゝね桃に契りけり御所に胡座かく世を夷也蛋は私の盞をのむ笑ひさんやに歸ル魂松田くびなき雪の曙とくさは武士の憤草山ン野に飢て餅を貪る七十つくししらぬひの松浦片撥破蕉誤ツテ詩の上を次グ憂方知酒聖貧始覺錢神シテハテル六七赤以土立一嵐其芭嵐其嵐一芭其嵐嵐一芭嵐一芭嵐ト羊子擧松露藤其晶蘭角蕉蘭角雪晶蕉角蘭雪晶蕉雪晶蕉貞志雪尺角堂白濤章匂流
海棠やうき世美人の空ねいり梨花さらに柿のはに蝶すだくらんうき世木をふもとに咲ぬ山櫻遊人去て晝のさくらを舞狐マ橙のときはにしくや山ざくら晝の君うつゝと咲リ夢櫻殿は狩ツ妾餅うる櫻茶屋匂ふらんけふ去人と山ざくらいはゞ云べく問人に須磨の櫻賤就中女に戀そゝのかすさくら哉美をにくむ心のさくら若衆哉おことこそ風狂亂の姥ざくら彫笛縫箕花に晴せんうき世哉コo狂といへ花人が合羽日照傘あみ笠刀うき世つたふか花見猿餘所に男薄暮に花を見る男にくしとて瑟を筏の峰の花花醉鳥故山にねくら忘けり伽羅は鈍し浴堂の花に干鬘雨花ヲ咲て枳売の怒ル心あり身は里に麥待花の日數かな我杖に秣かふべし花の山花に今賴政が哥を知ル身哉花に栖盧山の列をはねたらん曉の寢言を母にさまされて柳にすねて瀑布ヲ酒呑つゐに發心ならず也けり詠目黑松隣堂にな小町の像讃懷みなし栗みなし栗樵嵐其子利杉嵐枳露藤文其千嵐杉四云露麋似幻露嵐其芭嵐花蘭角堂久風雪風章匂排因角春蘭風友笑章塒春吁沾蘭角蕉雪簑着たる樵リ子いつの花の虹於屍花と流るゝかばね哉マ花と世を竹にそげたる翁かな花は楚地雨のなごりや腐足袋落花雨美人の化粧流し也山はえむ上野東の美人ならん廬川の夜上野は花の晝ならん片足は花の塵いとひ給ひけり蝶ちりて菜の花や入あひの鐘菜の花の盛や水司が袖のかはく程麥食に野守庵かせ田にし狩角田川哀は田にしつむ野かな詩を加賀にやはらぐ蛙かな我カ僕落花に朝寢ゆるしけり仙家にはわさび摺らんそてつ原下仕して夜をおぼろげの豆腐召田にしふむ影生憎ややもめ鳥あさつきよ香を懷しみ妹が里小雨けり蕗をしとゞのかくれ傘さすかかりきみがきもやらで夕月夜たんぽゝや春とはぬ宿の忘れ菊たんぽゝよ口おしの花の和物やI雨吉野藏王堂にて代樵惜花不拂地軀不花死不休矣七賢の自畫に御局の春興さん屋吟行八九小紫寺露鳳翠柳四雪拾千其露嵐樵洗一才楊千文楓山九尾荀章紅興友叢螢鯨排興店十角宿蘭花口束丸水之
半日の下戶閑居にたえず子規ほとゝぎす敷寢や淀の寳舟忍び音や連歌ぬす人子規ほとゝぎす春朴の葉に隱しや山彥と啼ク子規夜ヲ切ル斧待わびて古今夏之部みる夜哉ほとゝぎす正月は梅の花咲り蝶居士が花の衾に夢ちりて烟らせて男の立テ茶水くさし蜩の虚勞すゞしく成にけり佛にけがす莖立入あひ迄を借ス座敷かな雨母親の留主を蕣の朝粧ひ髪ゆふてやる改みヨなし栗夏の慰む露夕關て宮女の相撲めし給ふあさましき文字の賊衣魚と成ひだるさは高野と聞しかねの聲金減す我世の外にうかれてや花鮎の鮨のさかりを惜む哉子路が廟夕べや秋とかすむらん山吹や先言禪師のすて衣腕其きさらぎの十六日の文心鼠は晝の灯を褞袍さむく伯母夢にみゆ樽伐なりとひゞく杣川大盞七ツ星をちかひし小袖をさらす凉店の風ヘを薪の飢の早のむン蕨みなし栗千千翠嵐素四芭其藤匂子角匂同角同匂子同角子角同匂同角同匂同角同匂同春之紅蘭堂友蕉子子子花めでたく柳はかしこ郭公子規木がくれなりぬうどの杜雨ヲ聞夜月化けらんほとゝぎす郭公羅紗の毛衣かへしけん夏桃や伏見ときけば郭公冥土には秋や待らん郭公曉の釣瓶やすめよほとゝぎすほとゝぎす瓜くはぬ里に習ひけん錦その淚に洗ふべし郭公郭公はるかに蜀の新茶哉子規芋まだ靑き月夜かな身は筏月杓杞莚幾日干たんほとゝぎす誰か謂し南天の花の時郭公錦帳の鶉世を草の戶や郭公ワ郭公忘二レ竿獵師をいざなふ女あとふかく曉の関伽の若水おとかへて米の禮暮待文にいはせけり里がくれおのれ紙子のかゝしにて日分月分西瓜に劍ヲ曲ケルぬれ具足芦刈や殘る月戶にきぬ〓〓の哥ヲ書鳥葬にけふある明日の身ぞつらき崛も餅はかひけりの春初木がらしを餝ルしだ寺なじみは離ぬ雪の吉原弓張角豆野に芋を射ル寐ざめ語りをきらふ上薦婆靼にわたる島おろし舟.5.なみださがしや首なしの池つに剝れけん一〇中調四勝松東如村濁一才才季杉藤信嵐同匂同角同匂同角同匂同角同匂同子子子子絶友延綠順庵子蜂滴丸下風匂德雪子
我句人しらず我ヲ啼クものは子規點滴ヲ硯に奇也ほとゝぎす〓く聞ン耳に香燒て郭公鼻毛刈人にきけとや子規蟾ヲふんで夜ル角の花ヲ憎けり晝ばかり卯花さかぬかきね哉姿旦夕て卯花に文ヲよむ女みなし栗花に粮空囊に錢をはたくらん劍術を虛谷に習年と日と賤のつま薪よみ盡ス盜人をとがむる鎗の音ふけてキ·ヒ蛤處有秬の葉に淚をあまる夷衣經よはる御魂屋のきり〓〓す木からしに浪士の市のイ々朋うさきを荷ふ越の山業胴の間寒き波のまゝ子烏の寢に迷ふ月夕べは秋の後鳥羽さびしき回火消の霜さや毛吹崑山に名を晒スラン1,みなのやまふきヲ燒自し、栗遠マ十方ふ時ヨリ〓夜く來レハ〓ハウ嵐松藤庇菊を南に見え晴てこの比の裸をにくむ秋の風僞レル卯花に樽を畫きけり葉越はあらぬ蘇鐵一かぶさゝ立波に鹿梁もる露鰹をのぞむ樓の上の月四月十八日即興工カ其千其才言同キ芭其同角同之角同之角之角之角之角之角同之同角之角丸水角蕉流妻鰹の卵の中のめぢか哉こひしきや蓼をむぐらの鹽鰹消し雪の河〓を弔ひけり鰹亦や鰹命あらば我も魴水あり驛にとへばしのにすが池贈鐵一一一麥にかなし薄に月ヲ見んまでの秋ゆふかけて靑麥白し氷雨祭麥莚なびきていつか賤のつま靑ざしや草餅の穗に出つらん忘るなよ麥の穗風の初うづら若麥やむぐらのために亂けん麥刈娘に物いひて年咄し今霄廬山の夜に似タリ百千鳥轡が仕着せ綺羅やかに花日々に老は娘の手を引て尺八に棹さす露の丸本舟住ム人も志賀の古城やよむかし寢語の小杉音なく宵過て水精西施が影をこぼすらん吳の旅衣酒をかたしく佗々て笠に詩ヲ着ル朝時雨雨なかだちて燕ヲ假ル松ある隣り羽かひに行遊子おどりの國ヲ尋ヌル石山の秋ノ月三井の晩鐘さみだれ座敷蛙這來ル蘭にふれたる紫心の三汗其嵐雷素嵐藤芭ト自角竹虫堂角朝匂蕉尺悅角之同角之角之角之角之角之角之
瀟湘の夜や夜鰹の五月雨五月雨けりな小田に鯉とるむら童五月雨の端居古き平家ヲうなりけりうき桶や行〓〓て波の晒臼綜かはん驛にとめて鈴のぼり世のあやめ見すや菰の髑體ちりめんを簑のけしきか菖妻しら雲や富士の峽より江戶幟軒ばふく鷭の床草鎌ふかし菖刈鵺のうき巢や鈴虫をのぼりに付て寢ぬ夜哉時鳥の二聲三聲、片田のうらのやすさらし、臼のならびたるを見てみなし栗おとづれければ八代十坐雨忘れ松娘がうはさ云出て露をへて船舊都に歎きけり葛錦干ス木の間の月のすて胃龍ヲよぶ白雨乞ヒの跡荒て粽菖把に競曲中を乘ルならん조99御歩み馴ぬふくさを敷て旅寢し漁笛はあれど瑟しらぬ蜑ユ重ヲの菌しばる伍かろき雲の山橋に廿五句猿疵鬼の吸주戶誰世にか治郞身投しかきつばた香ヲ折ルの坐頭や牡若あやめ菖ナル左我その去年の鰣やらんみなし栗藤柳嵐松其擧露擧一自其嵐才長云樵藤與匂雪悅角雪紫吁笑花匂白濤角白濤角白濤角白沾白晶藤柄の鉦木をとても重からぬ情ある不破の關屋の小歌哉PBD春ヲ盜ム梅は破戒の其一ツ祖母はせく樵は流石哀あり三線ヲ十市の里に聞明ス夜や骨牌世は蝶と遁心思ひ定めけるなびくか否か柳もどかし花ヲ啼美女盞を江に投て詩人の餌の鱸魚ヲ憎シト蟹ひとり月ヲ穿ツの淋しけに破蕉老たる化ものゝ寺むかしを江戶にかへす道心德利ヲ殺す是雪あらしな裂そ夫尋ね笠を飛鳥川に流しつ1チサ十の 咎四瑟ヲ燒て水鶏ヲ煮ル夜酒淋し葺かへて不破のたびねの紙帳哉夏の夜はせはしなき秋の旅ね哉蚊のふるはいとゞ小雨の夕べ哉蚊をやくや褒似が閨の私語夜やつれけり草葉の舍り蚊遣馬蚊すまふに番の團亦おかし蚊のごとし竹枝のやとり晋の七蚊の帳をさゝ波疊む四ツ手哉蚤むしろ音なしの里にくはれげり左月音に我簑虫や母戀しいちご折娘いつ山吹の香に馴し覆盆子折田歌のかさし五月簑和ニ古亡母ヲ夢ミル詩一五其鼓杉才其藤翠子洗露嵐言露罔角角風若角匂紅堂口章雪弓草兩濤角白濤角白濤角白濤角白濤角
雪の純左勝水無月の鯉酒の瀑布冷麥の九天ヨリ落ルナランうば玉の凉みや髮干女後にてたが告し夕蝙蝠に凉み風眞瓜火や螢にたえて橋凉女恥けり螢をもゆる毛虫かとあさちふや地藏の闇を問螢岩卷柏を宿あり顏の螢哉·うすものゝ羽織網うつほたる哉草の戶に我は蔘くふほたる哉みな人は螢を火じやと云れけり谷木の鬼なおそれそともし笛優婆塞が不動白しや夕顏の花夕顏はすゝけぬ富士の枝折哉藏立て夕顏は世にあかれけり夕顏の雨もりさせぬ荒屋かな扇團いづれを法師俗の風唐扇はすねたり和扇ハ艶也澁〓扇こそ賤がふせ屋の夏碪乞食かな天地を着たる夏衣日蓮よ梢に蟬の鳴時は夜の蟬蕣のさく日向かな木さらしや蟬のもぬけの薄衣水枯て蟬ヲ不斷の瀧の聲うはゞみに鼾やかはすともし山富の御嶽のあかつきをさめて醉登二階破屋なれども傘を用ひず我みなし栗身一晶の宿坊にてみなし栗長藤一東嵐鼓羽同其鯨殘幻芭其才子季藤鼓言曉其春露同吁匂晶順朝魚白角足詞吁蕉角丸英下匂角籬雲角澄宿東路や足路かすなる夕立の雨夕風がむすめとよばん添寢籠汗に朽ば風すゝぐべし竹襦半なでしこの翅を蝶の娘かな武さし野を我屋也けり凉ミ笛或は唐茶ニ醉坐して舟ゆく蓮の板蓮世界翠の不二を沉むらく荷ヲうつて霰ちる君みずや村雨花芙蓉美女湯あがりて立りけりおのれつぼみ己レ畫てはちすらん云南十靑蜻花のはちすの胡蝶かな荷たれて母にそふ鴨の枕蚊屋そよがさす蓮雨に魚の兒躍鳥うたがふ風蓮露を礫けり浮葉卷葉此蓮風情過たらん椹や花なき蝶の世すて酒13むら雨の木陰なりせばところてん棚はしや瓜くゞらせて月〓水蛛の巢にうき世濁すな山し水堀かねはかつをに濁すし水哉芋の葉に命を包むし水哉山茱萸のかさしや重きふじ颪禪定や珠數ヲ薪の雪の床切麥さらすさら〓〓の里荷興十唱や妬まん凉しくてひとりねんには竹婦はなれて抱よけれ共、こと人田家納涼一むら薄まれ人をまれいて一七一六翠松杉嵐一芭拾露才長キ嵐文才素丸紅堂濤風雪晶蕉螢章丸吁角雪排
年の輪の半をくゞる名越哉灯前の夜咄酒を奴ニス花は世に伊達せぬ山の淺黃陰あらしに歸る四の罔兩心に寸ンの劒なき廬1ホ鏡花の比都ヘ連歌買にやる亂住昔古首つるべより上る荒しや胡蘇の風呂臺に入金谷ノ泪をかたらひにそゝぐ雁の來ルいて揚弓を競ふらん生姜葉をかさしにさせる市女笠月出て日の牛遲き夕歩み皂莢に草鞋ヲいたく徑アリテ冶主人の瑞を〓し初鷄關守浮ス三五夜八十萬箕の靈とあらふるえぼしを餝る御所やうの松つばめをつかむ雨の汚レ子'刻郞時にくだす盞の論みなしの斧取申ける栗サの曲みなし栗翠罔罔其一紅晶角丸角紅丸角晶兩紅丸角晶丸紅兩角晶早桶の行に哀はとゝめずて水飮に起て竈下に月をふむ早稻は實が入晩稻ハ身稻つはり犬わなにかゝるは醉の翁にて藁焦て番屋は雷に霹らん御手洗や兩國橋の生れぬ世地女の袂みじかき染の帶もるに書ヲ葺閑窓の夜櫻まだみぬ島原につよし台垂我身をてかけ草のいつ迄聞しる聲の踊う袖そよ寒しスバル滿ン時婿等に恥よ名を反す戀小六に祈る郞よかれと樹渡江松九本ありき八立一九罔紅角晶紅丸晶紅角兩丸角晶丸紅晶
初秋に瓜守が庵もあれにけり初秋の風かたへは白し靑西瓜顏しらぬ契は草のしのぶにて我や來ぬひと夜よし原天の川寢を獨リ乞食うき巢をゆられけん坐月にはぜつる舟の遠恨み名とりの衣のおもて見よ葛しきみ一把を戀の捨草河ぞひ泪檜木つ冶郞打かたふける夕露梶の葉に小うたかくとて改秋男む聲み簑を燒てみぞれくむ君哀しれ二星私憾となりの女年十五花の宴に御密夫の聞えあり紅の脚布哲姿むこかりし若衆と、ああかしのほとゝぎす蟇姫月にならんとすらん露は袖衣桁に蔦のかゝる迄松虫またず住あれの宮萱金かくしうへけん背に身は孤舟女房定はだへは酒に凋む水仙ソ五十の內侍恥しらぬかもつれなき枕蚊屋越ヲ切ルや〓白氏之隣女題ふ入ル空の雨を懶クみなし栗めぬなしし栗栗下其嵐濁東其角雪角同雪同角雪子順角同角同雪角同雪角雪角雪角雪誰手向して蜻やとる捨つるべ夕かも星あひそめぬ色帋妻妹寢こいかも窓更て銀漢白シ世々の阿房こよひの空や汚レ川後家恥ぬ嫁星に寢衣かさん事露くだる星の朝寢や角豆原空彥もねよけん糸と竹との諸調あさかほに我は食くふおとこ哉風秋の荷葉二扇をくゝる也貧せこか初露寒し葛羽織玉祭ル里や樒刈男香爐たく女おくり火や定家の烟十文字鼠尾艸や稻妻をやく世ノ手向和角蓼螢句臨素堂秋池二狂哥堂古き枕をおかれける山城の吉彌むすびに松もこそ叫はぬ戀をいのる〓水鸚鵡能歸りをほむる辻霞美山ンの笑ひ茶旗の風流ねたしとて花によせくる小袖武者家々の月見あねに琴借ル野分とふ朝な〓〓の文くばり色このむ京に初萩の奏いはで思ふ陸の怒と聞えしは敵にほれて籠のかひま見こち〓〓と閨啄鳥の匂よけに蝶女うかれて地目さめけり人待や人うれふるや赤椿菱川ヨやうの二示吾妻二〇俤ツ芭其露松其藤拾雨松揚鼓藤嵐雪角雪角同角雪角雪角雪角雪角雪蕉角章濤角匂螢椿濤水角匂朝
象瀉の月や流人のたすけ舟萩な刈そ西瓜に枕かす男露萩や野中に立る捨美人芭蕉の女ねたしそてつに釘打猫狩やうらみをかくす眞葛原風妖て薄に夜の雨すごしあさかほは仙洞樣を命かな荻の香は變化咄しのとたえ哉蕣をなげん友とうつら好あさがほに傘干ていく程ぞ朝顏の曉花もる犬の聲憎しあさかほの露と身をやく蚓かな月に親く天帝の壻に成たしなム故寺月なし狼客をおくりける富土の月戎には見せじ遠眼鏡何配所こゝも罪なき閨の月弓力ラ西によはるや秋の月月を都征人首を酒錢ならん牛吼て山路が鼾月高したらひ迄日比の月の寢衣哉月を語レ越路の小者木曾の下女晝の月ぬるさ尋ん三輪の森月ひとり家婦が情のちろり哉月に飢て旅人古〓の尋を腹三ケ月や朝顏のタベつぼむらん破身を庭前の朴の木によせてとある御哥を感じて朝な〓〓に咲かへて、さかり久き謫茅みなし栗居みなし栗小玄山 東池玄原明才北踈山柳四其東杉鼓琢芭其其季其暮黃曉樵藤丸鯤言齋治店興友角順風角菴蕉角流甫順下角角吻雪花匂猫にくはれしを巷の妻はすたくらん我立リ螽飛野の犬かくれ田婦子を負て螽のうかれ心哉舟炙るとま屋の秋の夕哉蓬生のうづらは蚊屋の中に鳴興そげて西瓜に着スル烏角巾土船ニ諷棹月はすめ身は濁とや誰カ家の思ふぞ月に諷ふて粉引は芋を抱て酒に身なげんけふの淵四ツ手舟はせ買よらん月見川やき米を臼ツク里の桂かな芋付て衰鞭月もやせつらんさらしなの月は四角にもなかりけり芋くへば尻にこさふく今霄哉月見女舟や木の間を棹ぬらんいなごとる〓〓いつ袖の時雨たりけ人は寢て心ぞ夜ルを秋の昏さひしさは秋向ふから來ル我姿和歌の骨槇たつ山の夕哉秋は此法師すがたの夕哉渠何を人目にうらみ朴ぞ浮生ははぜを放セす盡萩すり團風みだるらん三舟中吟寂定西タ蓮家行二二三三長柳其楓雪桐藤翠云友三杉其子杉ト粟自其嵐宗嵐角吁興角興叢橋匂紅笑吉峯風角英風尺塒悅角雪因蘭
胡芋干宿よ夕顏の夕べさもあらばぁ簑うち着てますほの胡芋刈男哉傳に曰稻負鳥はふくべなり鰌化してそよ飛ブ鴫の夕べ哉うつらふんで艸刈鎌を迯しけん石菖をいつの薄にうづら籠物數奇の世捨きぬたや葎菴亦此里賤が夜寒の火打かな墨染を鉦鼓に隣る砧かな松風の里は籾するしぐれ哉1末稼磨歌妹乎鷄塒多多幾晨奴良牟芭蕉廬ノ夜みなし栗別乃毛羽れうき雲の聟をたづねて問嵐柴荷ふ妙の僕となりにけり笠輕く鞋に壹分をはきしめて發句彫ル櫻は枝を痛むらん名をかへて緣か了鬟長シク泪とも直衣のつまを切ル褐ぬす人を矢に待嵐窓ヲ射る乞食の筋をいのる野社老母ヲ牛にのせて吟ふ關もる所佐渡の中山かへり見霞む落城の月うきを盛の酒中花の時むかし雨夜の文枕とく下女が鏡にしら鼬のたゝく門ほそめ也みなし栗ノ女ぬ俤毛虫は峰のねぐら爭ふ永嵐子四瓠藤愚原黃其其嵐秋蘭堂友落匂心吻流角雪風吁吁柳角楓柳吁楓角吁柳角楓柳柳楓行くれて山賊すごし案山子影○○○菊うりや菊に詩人の質を賣ル傾薗のひとりねゆかし床の菊菊は山路みかんの霜を契りけん籬外の硯菊もあるじや芳しき賀をつぐの春や引らん小菊原こや汐木賤か柚味噌の夕烟小上戶熟柿の林かくれきや座敷守松茸見付たるうれし松の香は花とふく也さくら茸俳有蘭風重陽三句句菊千家の騒人、門菊と 三毛む草盞、ン有百菊の餘情カウバシキタハコ芳菊菊宜冠笠止止止二五○舊〓三七日は亂壞の相を啼ク烏地藏に粧進めする錦木供養立ながら穗に出て業平かくす薄陰朽坊に化物がたり申すなりげに杜子美湯治山中一夜ノ雨つれ〓〓の螢を髭にすだくらん水へだつ傾里は垣のひとへにて食腥く出る野 の夕べを契る蜻蛉の木偶夫をためす獨リ野の月肴なき爐に三線を煮ル羇行のなみだ下官哥よむ心を伽羅に染ぬゆふがほ惡の都は花の色苦しナマグサケふ霜のロは白二四ら粉冠止拾一信同其枳暮翠擧嵐芭嵐子螢蜂德角風角紅白雪蕉朝英柳楓角柳吁楓角吁柳朽楓柳吁楓角
哀且市たつ鮎の暮のさびはぜの地をいかにおしまん佛の日傘合羽はぜつり時雨顏なるやはぜつるや水村山郭酒旗風粟のから藻の中のハゼがぞへつべし樽虫の身を栗に啼こよひかな落椎か雨かましら答えよ木葉菴燒栗や居蔡月夢ヲ吹て肝埋む夜の木葉哉霜白し枯野のそばの花月夜落葉をくだくや納豆打ツ寒夜落葉見にたか啼せし霜馬峯氷るらん日陰の胡蝶日なた魚螽枯て寒徑霜をいだく哉きり〓〓す鼠の巢にて鳴終ヌ冬枯の道のしるべや牛の屎冬野見よ刈とはなきに霜の鎌端山木の凩からんかへり茸夕からすらん虹の假橋つくば山波道黑し夕日や埋む水小舟葉柏や風と時雨し數奇屋道哀しる霜に石を粧ふ蔦の視그カジカ此夕べ愁人ハ彌の聲を釣ルさび鮎やいつを榮の蓼の花こがれきや澪木の枝折はぜ小舟釣人歸ルあらしをはぜの命哉栗柿は塵壺を秋の行衞かな遊心寺ノ高雄カ廟十月蟋赴泊船堂塗中感みなし栗みなし栗の雨長寛柄蒼才其杉露露鼓嵐ト其幻仙蒼烏翠才擧藤子嵐ト露其同楊露丸角風滿席宿章角雪尺角吁風席巾紅丸白匂堂雪尺草流水章花を心地狸に醉る雪のくれ夜着は重し吳天に雪を見るあらん佛たく夜はさぞあらんそば湯哉老尼か筬の〓やすし夜ルの榾斧朽て七世の榾に逢りけり世に若く行人うとし榾住ひ宗干富るならん山里冬のさび馴す犬引てとうふ狩得たり里夜興眞炭刻ル火箸を斧の幽か也松風や爐に富士をやく西屋形貧山の釜霜に啼聲寒し笹窓の更り短繁の下に釜睡ル茶の花や上戶の弟梅の兄枯榎おのが實ならで鳥瓜紫の暮山に紅のしぐれ哉君火燵うき身時雨の小袖かな夢よりか見はてぬ芝居村時雨しぐれするかけ菜を軒の僧都哉世にふるもさらに宗祇のやどり哉儈うかれけり松はひとりに里時雨上冬ねぬ夢松風身のうき秋を師走哉九月盡髭風ヲ吹て暮秋歎ズルハ誰ガ子ゾ緋のふとん綻白し瀑布の水榎ふりて蔦を鯤の龍紅井憶老杜手づから雨のわび笠をはりて雪夜二六二七子枳其藤芭杉其芭四羊麋芭幻露露露柳同同其芭杉藤靑堂風角匂蕉風角蕉友角塒蕉吁宿章宿興角蕉風匂扇
くだかけや霄寐をいそぐ雪の下女白雪に五位鷺濁るあした哉荊折て雪の女の角にせし幽戶推て雪を花壇の艶、哉部たれて雪を有明と寐過にし富士うつす麥田の雪の早苗かな僕か雪夜犬を枕のはし寐哉世はさぞな香煎雪にそゝく也ふしは富士木綿か原のけしき哉大回り磁石おさめんふじの雪不二に目鼻混沌の王死シテより駒やむに藥もとめん千重の雪雪ヲ吐て鏡投けり化粧姫はなわに埋む儒)チの戸永き日も狹布の上下胸あはず菫をさして和歌の撰聟花に染ム愚は磨賢はぼつとりと즌吉原の郡よしはらの里住ばすむ紙工ばかり〓水かな蓼も藜も露ふかき庭顏淵が麥食愛のひとつにて茶僧の首烏豆ヲ啼山彥と碁をうつ風の古寺に稻妻の如き刄に夢の身をやどす膈人出家露夕べ也秋風ヲ名殘ルか待乳山凉みてんかくに寄ス狂句の法師雪の兒鰌すくひが濁す日の陰魔境の月を睨かへして富峰みなし栗みなし栗狩空野鼓利蘭紅言擧九凰其千鼓季杉堂丸角堂丸角堂丸角堂丸角堂丸角久山友色白十尾角鬼角之角下風花さかば〓よ尾上のふごおろしカルの子に感あり柿の花盛遊の代の小歌を琴に閣思君てワ〃月ヲ見て東坡は書に身投けん雪の薪牛追物に暮つらむ松原は飛脚ちひさし雪の昏城見えて合羽は重し雪の昏雪の奥炭負こぼすたつき哉春惜ム神ずゞしめか氣違か誠より時雨もちくなぶんぬきそ絕かねて鳩の肩ぬくト正にとくさ刈なり平山にほれつらん金堂むかしの夕べさやかにも葉嵐や狐離して覺えけるハ雪の犬箒になくや姨捨山會者定離笹にあられや松の雪皂莢の實は音さびし雪の窓雪ヲ織てびろうど白し太山姫やすらひ鼓後の葉ざくら吹雪を見する炭負せ馬さつ男の女たをや若衆文幣うけよ穗屋の花垣伶女すがれて玉虫を舞今哉角天地を樽とのみ破る早苗車を喜雨臺に引河魨に貴妃の俤を戀名城松に荒をな す月鼾に駕して睡洞に入憶李白旅行二九二八其子才四文一信ゆ才露峽堂丸角堂丸角堂丸角堂丸角堂丸角堂丸角堂丸友排晶德き滴宿水
三十日引芋恨み也雪の駒行年や火燵に髭の白キをやく神樂舟澪の灯の御火白くたけ鷹反て俄神樂やシ里の森人相のかねにしだ刈る命かな敵ある泪の色をいはす草百ヲふる狐と秋を慰めし月雪を芋のあみ戶や枯つらん飽やことし心と臼の轟と妻ならぬふぐな憎みそ小夜衣世は白波に大根こぐ舟鴛啼て淺漬氷の丸屋かな鰤ばかり霙にそばへたる重し人何ヲカ土肉の無爲ナル貌捨られてふぐを湯婆の恨み哉腰ぬけや三とせに成ぬ鉤の純ふぐ干や枯なん葱のうらみ顏賊心や河魨に迷ひの代ごろもシ 〓を煮てふぐに賣世の辛き哉然れば天下一番の顏傾婦を蘭の肆にう るかうろぎは書ヲよみ明ス聲俳諧童友く るふ里邪一年三百六十五日開ノ口笑無三日純是破戒殺生飮酒はもとよりの事邪妄淫みなし栗盜語みなし栗其季角柳嵐云瓠雷擧楊全野子其季角下角同下同角下止興雪笑落虫白水琴笛英角下晶角墨染に女房ふたりを賴む哉都近き島原小野をおもひ出る朝顏は道歌の種をうへたらん薄も白くたぶさ刈る鎌月に鳴ク生憎のうかれ上戶や春霄君とはりあひのなき髭あらの花みる男內ゆかし名にたつかさし黑木串柿杣めして國に千曳の鏡刻士峯の雲を望む加賀殿其池を忍はずといふかび屋敷にわとり豚はつち養ふ文盲な金持は金を以て鳴ル雪に和して水仙の勇恥しき馬屎より水仙の香は己れかな軒の柊梅を探るにおぼつかなし閑ン春ルをぬす人くさし雪の梅舜にありしまがきの氷柱哉酒氷ル寒菊よ我一命鴛氷ル夜ヤ蜉蝣灯盞に羽を閉て院の後家のあるかなき宿寒苦鳥孤婦がね覺を鳴音哉冬かれは白髪過女の閨の月氷苦く偃鼠か咽をうるほせり仕組をくだす八重のとぢ文貧苦鳥明日餅つこうとぞ鳴ケルねさせぬ夜身ヲ鳴鳥の寒苦僧師走の月を茅舍買水夜學感三三〇其才季嵐四藤嵐其虎芭樵其角下角下同角下角下角下角下角下角丸下朝友匂雪流吟蕉花角
俤の多門を見せよ花の雲寸ン法師切レの衣のみじかさに葉生姜を世捨ぬやつにたとへけん名月の前は泪にくもりつゝ醉はらふ冷茶は秋のむかしにて笛による骸骨何をその情摺鉢金橙徑に粕かみを思ふ風そよ夕べ切籠灯の記昔を力ム卒都婆こぬ夜の格子鴫を憐レムねみだれかもじ地と成夢几夫三百人のはる風占ウかぶる艸堂み栗大の小霜聟入の近づくまゝに初砧腐レたる俳諧犬もくらはずや嘲鐵の弓取猛き世に出よ枯藻髮榮螺の角を卷折らん下司后朝をねたみ月を閉山寒く四睡の床をふくあらし鰥々として寐ぬ夜ねぬ月芭蕉あるじの蝶丁見よ虎懷魔神を使トス荒海の崎黑鯛くろしおとく女が乳たゝかひやんで葛うらみなし西瓜を綾に包ムあやにくうづみ火消て指の灯り そに姙るあかみT+黄金は鑄小なし栗つき紫酒債尋常往處有人生七十古來稀芭同角下蕉角同下角下角下角下同角蕉角蕉角蕉角同角蕉同角蕉角笹竹のどてらを藍に染なして月は袖かうろぎ睡る膝のうへに干鈍き夷に關をゆるすらん詩あきんど年を貪ル酒債哉沓は花貧重し芝はさん俵ほとゝぎす怨の靈と啼かへり一の姫里の庄家に養はれ恥しらぬ僧を笑ふか草薄冬射名にたつと云題を責けり狩場の雲に若殿しぐ鴫の羽しばる夜深き也三線人の鬼を泣うき世に沉む寒食の瘦湖れ山日暮け崎て傘力駕馬ををしむ三二戀舞鯉詩あぎんど花を貪ル酒債哉武士の鎧の丸寐まくらかす哀いかに宮城野のほた吹凋るらん八聲の駒の雪を〓つゝみちのくの夷しらぬ石臼春湖日暮て駕シ興吟三三芭其蕉同角蕉角蕉蕉角蕉角蕉角蕉角同蕉同角同蕉角
みなし栗三四栗とよぶ一書、其味四あり。季杜が心酒を甞て、寒山が法粥を啜る。これに仍て其句、見るに遙にして聞に遠し。佗と風雅のその生にあらぬは、西行の山家をたつねて、人の拾はぬ蝕栗也。シ七戀の情つくし得たり。昔は西施がふり袖の顏、黃金鑄小紫、上陽人の閨の中には、衣桁に蔦のかゝるまで也。下ヨの品には眉こもり親ぞひの娘。要、姑のたけき爭ひをあつかふ。寺の兒、歌舞の若衆の情をも捨ず。白氏が歌を假名にやつして、初心を救ふたよりならんとす。安定其話震動虚實をわかたず。寳の鼎に句を煉て、龍の泉に文字を冶ふ。是必他のたからにあらず。汝が寳にして後の盜人ヲ待。天和三癸亥年仲夏日三四見るに遙にして聞に遠し。佗と風雅のその生にあらぬ是必他のたからにあらず。汝が寳にして後芭蕉洞桃靑鼓舞書馬蹄二百句全一名新二百韵其角撰
雨の天美山に城を粧ひして自他に背かす愛扇風を煩けり(ロ)繫ゆふ練のかづきの女來て概分て笹龍膽の花尋ぬ酒のみに日の隣朝の星と朝月を鼓に宵の烏わらはす松は曲よく夏櫨緣のさまたげ謎ぬすむらん碑のあと連の紹巴答へよけふ湘沓ぬいてやるぞまる士巓白露の底黑鯛賓の舟に人チ·ン各のケ、の照馬蹄二百句小蚫の名ありふくだみの事しれず遁世の櫻ハ下戶と凋れ居る能ク人を殺ス小判ハ美人にて月に退伯母長刀を杖につき(二ウ)頭をはたき膳ヲ香の爲に拔湯上りの后を見とれぞんしける雲ふかき江に紅のはぜつりて先な子どけふむな後なる子雨かまくらの苣といふ草なかだつ心おそろしく憂たとへば男の馬鹿なるに打込薄にくき戸の具足汗かく隨分の我世の戀入日のかすり虹のいつろひ'の寒さ神羽をり馬蹄二百句Tトを斷タ,借馬蹄二百句一松才擧晶濤丸白濤晶白丸晶濤丸白丸白濤晶白丸晶濤丸白濤晶白丸晶三達尊の膓からき酢に洗へ怒やつには忍いのふく氣ヲ煉て彌山の崩タルに足ス果報ある狐ふたりの子ヲ持て雛の代の女院樣とめでたかり花の好キ生玉の松はらすかすつがもなき牧溪いはずして思ふ此たぐひ時雨も冬に雪も冬にうら淺みとり戀ばしやれ笠只のあしたのけいせいの顏江湖に林檎うかむるの氣味生死の粹は鈍に沉むか月星に碁を置つれ〓〓の闇武さしの下々の白與吉鳴ルな夕なの葩さらす市1,ばは思たはお三六俤おしき島の千歲が舌甘し凩のどみたる笑ひ雲に去ル花しらぬ髭王八幡舟まねく(三)ハルカゼ銀杏葉にしる寺有テ契寄ル陽風は肝の氷をとくならん一像の觀音月にやどるらん臣朽て天鼠黃ナル音を憤る寸中の三才泥にかへる世歟羽樂にあそぶ鮑の婚妖シ,白檀流れよする垣衣は土の囚なりける霞妾となみだの傘やどりして蚊雷玉の御はしら をうは氣を麥の暗に吟音をくだ七磯く 弩)三七裂カ飄ロ三十濤丸白濤晶白丸晶濤丸白濤晶白丸白濤晶白丸晶濤丸白濤晶白丸晶濤
胸さはぐ風は蚊帳をひやす也海棠の仙婦は乳をかくすらん大黑の袴かふむる春の夢(三ウ)霜露を何心なく牛老て初月のなみだもいたく津守哉麻視を洗ひくもらすやとり池餅くひに行んとすらん陸奥にほれては百合の花投オ七虛谷をはらむ夜の日の影面屋をわけし元日の榾朝かほつよし牡丹花の骨そはれぬものに七夕をせく獺神つきて姪破顏なり;物わすれ草阿房生マル新日は、カっ、かぶき花を名代 に君打のこる琵琶には葎絃ヲはふ渺茫と罪この山にくらみける(,)ゆるされを背ひて猶し島ヲ願奇妙池の螢はつくえ明すらんやつでにこもる不受不施の庵雪の日は寒くあれの實ヲ喰フ瑠璃若鳳の羽に育つる驢ヲ放ツ徐花は葉になりて墓の樹杣が斧をなまらす眼に苦きむらさきの詩を別れんと松は鳴げに身の上おしゆ白頭の龜彌生をすゝぐ水淨し瀧門さゝしな凉み更行夜鰺うり馬蹄二百句馬蹄二百句松濤晶濤丸白濤晶濤丸晶濤丸白濤濤晶白濤晶濤丸白濤晶白丸晶濤丸酒を蝕盜虫舞をほえつらん梅かざす百首の和歌を嘲るに亂れたる髪に於胡をとる女(名)亭たゝむ反照風を卑う吹紅葉迄死ズはいくち小松茸月の身を愚より苦にあきなひて金魚水くされて九百十餘年むら雨の双六崩す下おもひ猛は雨をきそふ安房ものくるひ朧〓〓月治の郞鰈の腹眞瓜漸ク水くさし弟めみとり太秦尺步ヲつくす蟻の一日樓公のぬしの影禿ク1リに一サ逆 心葬の消れ比秋一ノゆ三八北溪の豆腐に星をしぼるらん秋の鬢野分の髭にうつろひて試みに蓼艸のかしとくさうへん(〓)老案山子麥の二葉に子日して陣中に盞家出する人は鳥のうかれ聲つれなきを咀の連歌ひそやかに晡眞折れ瓶の水紅邪僧の里をかたふくる媚友驛啼てつら洗雪の露てる鍬おろすらんいびきに凋む蕣千代くさまくら野への正月塒州月の二千里に有桶むすぶ隣り井の水ならすみ甲にふの三九舞成己雪花才擧其白丸濤角丸白角濤白丸濤角丸白角晶白丸晶濤丸白濤晶白丸晶濤丸白
泣山に詩ヲ病ム隱をあはれみて寺の鈴坐に花を懷て聞(三)惠死シテ女房に口を閉つらん春永き心は熊の武に效へ小船こぐ伊勢新九郞汐なれて疱送る御靈は幣にうごく也郭公のよし島はらを音に鳴て第一番いさめてそむく黑染の袖罔兩つらし夢のぬけがら主君をえらむ時埋れ草古巢わかれし鷲の母鳥洞庭雨をてりかへす月八丈草をかさす波の一島付たひリ越ノ寢問答深草の馬蹄二百句茫蠡が雨事傍婢子アリ言つのる恨水子に咎はなき淀遠に小倉づゝみのおもひ風羅漢寺の夕へは明ケの月を乞芳シク〓蚓戒名よきのふの馴染飛鳥野に巳の己待は尉をはしめにて寒食の里よ眞赤の鎌やすめ戀にうかれて鶉狩ル公家轡茶の木か霜を各殘る曙鵑魚を祝ふ江南盆の十六日のわかれか荒レ煤に階子さ すあはれ引るゝ後ヘか馬歯二百句ら す淺茅產のを祀るなり小萩女と書リ石剃のの髪灯春花角丸白角濤白丸濤角丸白角濤白丸丸濤角丸白角濤白丸濤角丸白角濤穀なりて新に通寳を鑄サセケリ月のせる最期の車はやタへ塔高く八幡は雪の端越にて常かつら乞食の壽命榮えせよ枝折戶を夜半に忍ぶ貌暗ク下部夫上下つきをあらそひてト〓士の威を笑ふ花の衰賤か樽世捨納言を慰めに秋地をか芥子はむすめをかざる寛濶朝日をとなふ穢多が大黑やぶし木かくれ子を捨に行長者をゆつる帶引の緣やゝ樣おどり聲よしを召スしぐれ山へ て崎傘韃入明を四へ舞斧といふ文字を都の落書にて釣に來て竹ヲ別門守もしらす世に染て貧を見るめの悲私笛きぬたは邪魔をしらべける(ニウ)殺属の責を豹に交ましめぬく〓〓と虚太郞が閨の中こひしさの俤しばる術あれや閣思佛五兩酒にひたしてそのかめ周防殿の聟公事晝されと凡夫の心示さん美女のなみだに傾し月名をよぶ藥門の坐禪をのぞく閑窓の風狄をなぶる大御食ほどく薄たた陰旦調四〇猿タ島丸士角濤白丸濤角丸白角濤白丸濤濤角丸白角濤白丸濤角丸白角濤白
朝晨の月に御臺をかしづきて古ル殿の廟になみだの卯月雨(名)ものうきにうき波枕ふしみ舟日に神垣に疊あらそふ夜をこめて星霜の白髪くやしき年の昏泪くらべよさんやのねほれ顏に逢朧月夜を町人の妻さため鎧に餅をかゆる落武者ね鉢大師に祈るきさらきのト1ケ樫の茂りに山まよひ鷹生鮭荷一二の皇子に世繼幣とるぬ木猛る梢の床の赤鳥每尺八におしむ曉馬蹄二百句のふ我すぐせかな保生を啼蠧集白角濤白丸濤角丸白角濤白丸濤角(D)くすめたる金持花の世に伊達三浦なる和泉が後の若さかり淨肉を紙魚は空にやどるなり樹鬼のあそぶ黑霧眼に埋むらん蘭藤さく掛暮いそぐなり長き恨をのへし四の宮身の怪異しらす戀をとぼくる神園汚止觀の魂を蹴ルす牛の生四二剝其天和三癸亥夷則上旬江戶新革屋町西村半角撰兵衛刊丸白角濤白丸濤角丸
四戶の亭末そぐ竹を片たれて霜八たび月を宿の羽にこぼし睨に京のをんなの顏はゆく凉중순燧かすかにあけぼのゝ舟かけ菜のそよぎ賊を誤る迂さず水の終日視彼蟬貧者に衣をぬぐ事を중순迂さず水の終七六日觴を萩のたはゝに羽せたらん伶老て賀にひるがへす袖やなき物をこそ浮名の杉と世にかれて繪なる櫛笥に飢を拾ひしじ 月なき夜尼ぜの髮を僞りし忍び居すかす帳のいなづま文章に博士のむすめありける三十三所に戀しあばゞや蠹雕文。而必歸規倣。蓋做日香山諷諭體也。百八十句斷爲五歌仙。法崇通活而字避杜撰。擧其大意標之篇首。止乎言志不要乎蠹貞享甲子中元日蠹憫, v二戒和耐疾集集序集標亡懈社閨貧秦,首學樹怨人,千虚信只其其丸德春角德中角丸筆春中德丸角蛤をよむに五十年をかしましく武藏野や半場留兵にこひしげきさびしさは諷に作る太山寺日のタベ眼ノ界におぼろなる遊窠散人峯に乘じて.一二花の香を樂屋饗にあふがれて各か遙あるきの子を制したる·トラン美男經またや哀の起る月〓ン驢車長吏泪をきしらせて賤山柴に孝をはこびぬ牡丹の執に身を死すらん命狂士をやつす雪の三ツ種彥註、半場留兵衛町人好色者也股晋望櫟伊僧かし鹿子の表具俤千千虚信只其春中德丸角彌生倉閭蘇鐵林一四五時四四千春述中角丸中春丸德春角德中角丸中
湖の上東坡が墓にくれなんとす邦の醉辛苦の樽にあらた也行露女百合の朝ゐぎたなし牛凉す夜ルの河岸に月生てたはれは風をゆする夏垣五敗鼓螽を驅さそふらん樓千百十臺雨の階花羽ぶく鶴の乳母の木隱に忘れては助太刀打んとぞ思ふこの頃の朝をにくむ灯籠狩馬道をつたふ壁人や誰レ佛を留守に世をそしりけん色はたそがれ門院の秋聖像分カ祭る禮あらた也蠹集、+)弱杖に人きらぬ手のうづき鳧歌茶碗よし原燒ともてあそぶ碑を寫し得て暮色懷に重かりし流言母は笑にたゞすめるきびはなる弟を葡萄に責たらん柳暗ク花明ナリ十萬戶あだ好み詰もよしやなぶられて黃櫛とる山の松に淋しく虛勞をとふにうれしさを起良夜に錢を斷て鏡鈴年あらたなる貞享の市あらしの外を錄に見破るよ虫が貧ねをつなく片原に痩ぬ男交はる蠹集其千虚信只德毫角春中德丸中春丸德春角德中角德中角丸中春丸德春角德中啞となりて浮世の事をのこす哉倚窓半身水に畫をなして駒饗花の梢の秋なるにうき雲の姿は簑に袈裟かけて笹きせて小鰺の露の雫なる寂を兼るひつとき髪に立うかれさらしなは月ぞ女のなき所鵜山雀をさみせんによぶ霽はら〓〓として一時風た川ぞひ屋敷日を西にさす柿搗戀の色にいやしきネ侫坊さりて徑さかしきしらす非心の我佛とは空れ江文宿をたゝく曙ヤに竈冷ん有る四六艇水求む鎧に粮を負つれて村樗いく世の狐女をなかだちけん凩さぬ地を平安と諷ふらんBey能衣裳秋ふきかへす一嵐たが世ぞや我が甲子を算ふ日に庭蝮を打驚かずとり捨たる赤髪に白髪交り至耆ド夕雨の悲しき。妾。閨いそぎせよウ右。深こ小番匠の雪をくるしく東日は茅はらに氏直の陣杖に持經を荷御湯殿まゐり綾を襷て諏訪の猪麿戀しれば也雀こ山みち若柴の月西?の枝かふに山죽雜四七竹九十住リ只其千虚信角丸中春丸德春角德中角丸中春丸丸中春丸德春角德中毫丸角春中德
閣とざす荷葉田田水寒し各は凡夫姿は乞食生は花えらばれて才春秋に至るの日しばしだに妻持蝶の恪氣して猫盜む幾黃昏を行かへり手になれて文かはしけん萩の宿遊士と我は和泉の堺なる月の名に行貞室がかしこきめぐみ千貫を敷烟のみどりたき物を煉すがぐつすぼくいまやうもあらずそゞろ櫻の內親王を追フしぐるゝ霧にやどる三門そ睡りに沈む將を管れ履蠹が橫顏簇とる露マ時集世欺了琶く琶槇樹閑カに呵々の笑を見るあらん湘村の網にひかるゝ郭公雪ながら鹽鱈勾ひ餅かびて今は昔住けん儈の恪民の息淚耕す野に飢て玉きはる胎內さがし華凋れいづれの秋か小扈從禿さふらひたまひ脉に戀ある深閨筆に力の文角觝風波を感シテハ義に矛を折馬の子遊ぶ片日淋しきかすみおろしに母の家あり春籔が根ふかく錢瓶を得る尾雨や蠹陰安可標百櫻鬼集晝第のと十に行月る二丸德角中春丸德角中春丸德角中春春角德中角丸中春丸德春角德中角賜美人虹花一なびき彩霏て朗詠に浮世の耳をたゝずませケー丼嬉市のむかし風哀れ也藜に見ゆる加茂の佗垣、シ暮山をさらすかげろふの池に相者の時を語はずロ食ノ四八沖休む漁家のいさよひ影ぬらん白萩の衣あられ夜や時雨ル雪の雪霙上野や足代代々の判ふりて名をわかつ十哲老の斐アリて物恥ぬ屁の長とさかえけん牽舟に松原明て日を近く空也の足をおかぬ世間鄙テ風守神の御萱くるゝキリコに幻を待ツ貧交見よと竿に·柚ヲかつ世を私に房を家田つらに鸛の時を恐れず種彥註、に老たる女夫酒のむ, シッカを鬘印本かつと見ゆれどうつかふのマ垢摺てヽかに入りヨ四九女一セイあかつきことの神の月浮葉卷葉此蓮風情過たらん灯に傍て蚊魔睡りを喰ヒけり凉姑山沈んで氣を秋になす菊めさへ候へ東籬の菊シ種彥註、雨心を浴してより是ハ素堂ガ發句ナルヲ第三句ニカリモチヒタリ。只信其素千虚德角中春丸德角中春丸德角中春丸德角堂春中角丸中春丸德
白貍柴盧に八百の歲へたるそぎ尼の物さびしがる秋の雨太山鍋梢に月をけぶらせて何事を癡猿の境に狂ふらん傾あつて姫爪をさく刀なしセキヒト庵崎や行とわかれのいさみ舟イホサキ關人の閑なる御代に碁を守りて狹サ藁おつつ鏡カヾミ文者にたよる泪とゞめてセイセツ晴雪夜ルの展をたゝきしは山かきハ木城北の松(ザ)オト霧の莚博奕トヒテサイマイ〇五五千せいチ汗てもか七十こい尺ヤくクッホ峰キヤウナミタリッゴにジヤウホクトソ國コシクた魚のゐ釣顏國就花堯の矩不曲舜の準直ク佗しらと離館に角をねとるらんツイオ己が凡に窓皎たる東雲や刑の奴に籠物たうびてウかざしの濁にさかやきを剃山はその山川はその流レこ のキカホ御風百里程に和らでリ館シヨクマドシラケ一七〇コクワン及カツモノ延スさ引ナホ候ツル只是這木犀花散る花ちりて句を干て世間の蠢を拂ひけりク星登る斗米三酒也けらし島シャ聲彼ユエヨシシレカ,ホノ須附シバラクカツラ蟬と一ツ樹七七トベイセ蠹叟にカン尾サン四シミせい集ノキハラ季トキの生ナル蟬七七芳カットし蠹き唐集門の梅虚信只其千千信春其友丸中春丸德春角筆中德丸角春丸春德澄角靜德中角丸中春丸德老柴の松風。夕闇の月。誰か知ル盃裏に鮎を汲思ヒカン艶つくす內女房のあたなるが龍を醫ス風雲時を補ひてエン月好に朧の傘をわきばさみ哀。ふく、風を爐に夕され てゼツテウまかきに臼の笠着たル露たが橋鼓若衆か絕頂の折に膝をふるはずやよつく〓〓しうどの香を堀ル花のかすかなる櫻かはゆき戶灘瀨のおくに文の名をさくト妖狐を覺す岳のひかりをゆづる幻の舍利レエウヨキナシコセイコガラシアッパ!犬きらぬたとりなりシウチサマリ錺りがほならんツヽミロヒテフミト十マボロシカケホナナクム片カズの五〇笑15シヤリ秋翼ある越空にはなれ去ル廊くらく碪のかすかなる所ウノサ雲と住近臣時にうつもれて山人の毒艸取ル日をまれにオホシジウアハレ地に禮し天に拱ならはしや大待哀なる軒の月ふりてつく〓〓と男にほるゝ男かな鏡のおくの我に抱キつく歌の早尊を耳にとがむる椶櫚よりたかく釜の玉水雨月夜馳の淫にほこりてカナ步分し露の傾城を見に癡は七夕の念佛かすらん毳の女の袵に太りてウ氤ホノグモリ조タマシヒソラ〓四風けはしサリクスリシノキエリフッコマヌク五一き千虚只春角德中角丸中春丸德春角德中角德靜角之中丸春德澄角靜筆子中丸
襁より產の言ハのあざやかにすめ初絶時ある美目に疵なして慈にくだる阿閣梨の衣篠吹て夏火關山里ながら冷しく起よとの皷樓に登ル曉や平生と汁かけ食のかうばしき思ひ盡ずよ姑ヲ大悟に狂ふ月白シ風〓し猫も氣たつて梁りを貫く彌生猶胡鰹をおもふ海近しあやにくや新都に花の靦テル五溫山名赤松茶にまうけたり富士晴けりと驛祝ふらん帝泉三若ワ蠹皇く是醍キ大集何を衞ル秋者大正宗ぞと く晋風曰。ノ寫本二書ヲ謹藏スルコトヽナリヌ吾嚮ニ此書ノ寫本ヲモトム。此書は柳亭子ノ藏ナリシガ、柳家此書ノ印本ヲ得タレバトテ、コノ一本ヲ吾ニ與フ。此書柳亭種彥自筆の寫本によりて校訂す。サレド柳子ノ藏ナリシユエニ又吾珍藏トシテ、此書右寫本に左の奥書あれば序にかゝぐ。月獲諸而藏辟險危齋。年廢產藏書悉散出干世上矣。今玆丁卯夏四山峰門人照山者。山峰沒後襲藏之。然照山後蠹集靜角之中丸春德澄角靜中之春丸澄坂いさめ此先キの宿に能イ女郞ひかた舟蜊蜆をふみ捨て止々齋。花。益氣湯丸にし散にして用ふ連若衆簑着ル春の烏の西に堤かすみけり御番の公家の夜をつれ〓〓一代藏經くり返しくる和うたふ時し隣雲亭。雨。洗詩臺寺田與平治重德板行松淡五二風3チョ雪養天々舍原乙琴五三山彦記峰識澄角靜中之春丸澄德
新山家其角撰
新去年病て、ことし木賀山の溫泉に癒ユ、枳風もとより予が志を得、われまたかれが性にさはらず、さ月はじめのりて、しばしやすき事になりぬ。一たび溫泉に口すゝぎして、此山の閑素をとへば、たりけるぞ、風雲のためにはまぎるゝ事おほかり。かくて道すがら何の事をもいはず、文鱗の旅亭にたづねまか三日我野を出るに、春よりも猶おぼつかなく、あはれふかき曙なり。さるにひとりの奴の十ばかりなる子をつれては、またまれならんなと云て、のつれ〓〓にたえで、傍に藥師堂あり。いちご枝をれて水のむ猿に伴はん朝々暮々アサナ〓〓ユフベ〓〓古人の前句に祇、長、基佐の作をふるはれたり三崎と三式 三等此僧を訪て、廬山恥かしからぬ笑歟。上チ世に大原むかし大原の十如院にして雪かきくもる三日枳風溫泉ならずしこれらの句に先達せられて、す世波忘れたり。鞋クに鰒身口意の三業、法報應の三如來、この道に歸すとなればと、醫王堂前に奉掛月干時貞享二年日岩雲かとよ麥の穗み翁新しばしとや早苗より見る寺の門凉み寢は木の間宗菅菖蒲あはれに今朝新さだみれや湯の樋外山に煙けり五月雨は比の字見ゆる日數哉櫻柴人にことゝふ宗祗何やらん山水しのぶあらそふ鳴尾下の葺驛山井札長根山其其の其びの家が家家の蚊二名覆枕三一す羽を遣を盆音吐に子我杉を鰒尋峰に菜の星ぬら山す水旅寢しのありえる賣の月て山路哉る螢の光哉晴走鮎紙幟て聲哉て其文其枳文文其枳枳文其枳其同文五六五七角鱗角風鱗鱗角風風鱗角風角鱗
浴、新長谷寺に詣で、片瀨、りて。あした江の島に詣侍る。漁家にやすらひ、酒などのみて、かたはらの壁にものかきちらしたるをみるにも、むかし鴨の長明、鶴が岡を拜し、腰越を通り侍るとて、日をつんでなごりなき宿なれば、所がら木香がよければ酒樽の黴墨篠すシ,眞帆片帆とまりに寺は嵐に凉みけり蠅しとろなる芦新な雨染山が五山そこ〓〓のすからをたづねて、くば一津の國こやといふ所にて、底しらぬまでなりにけるかなのにき家慰崛津斗海士にかはりて、坐の所思はのまねすを頭鰹な折らん敷一とく鎌倉にいそぐ。の寢曲蜑なにはさしたるあまのすまゐぞと、るの聞夏葉五え憎先建長寺にいたる。の蓼月給ま哉ん枳風は猶日數なしとて、菊哉へ或曰無詩俗了人トハ、文其其文よみしを人のかたりければ、旅のあはれはもよほされける。其文芦の湯にあり。五九と角鱗鱗角角鱗其夜藤澤に泊宗祇ならではと聞へ侍る。る卯の花の夕、此の山につゞきてわづかの野あり。千月るじのものがたり待るに哀ありて、秋の野に妻とふ鹿をきかせばや山賤の身は情なくとも。いづくにて風をも世をもうらみまし、口あの空をり〓にたつはぶり入まれなりとそらにしるかな。これに〓載集集奧新蛇菴山照名路射所住三や山秋を啼猿、おくられけるをあそびて、木賀入湯の比、みはんツ來瀧家に海で蚊て雲我が芭蕉翁の斧遣何かつこうの鳥すべてあはれおほし。念をに佛見にをやある人のもとより、凉其句ひろはんといふに、みやぎ野と申ならはし待る。のずもしら ゆしよしのゝ奧もはなはちりけり。上しれらき手てたぬか誘鰹る太し谷九献けか樗山堇の鎌倉の隱士末琢、り哉哉草聲古き短冊を得させたり。な山中に客あり、奇石怪松心とまらずしもあらず。いかなる故にかとこれにたどるに、此山に來て身まかりけるよしを、枳其枳文五八此歌をもてなす。風角風鱗片瀨、の五月給ま哉んへ其其文芦の湯にあり。角角鱗其夜藤澤に泊霧より見ゆあ
勝におぼゆ。り、圓覺寺に入。無心の境に遊て、彼和尙のいまぞかりける世をおもへば、かたはらに梵千大巓和尙の尊牌を禮し、レ白龍袈裟に現ずと傳へしが、湯にはしかじと、萬たふとき御事を耳にふれ侍る。て柴屋の雪の中に消かくれたまふ。香常法谷虚にして山おのづからこたへ、名爰新に盤の開山佛光禪師を拜するに、を山木詩は甘慮感の就厚人心ヒ見記述に見のめを傳になるを達したまよりも爐愚集みなし栗に、聲得な家はのぬし空ち落我鳥す葉見よと在世のありさまをうつし、のに貧は原子也、御名世に勝れ給へれば、に幻吁ととゞめたる御句をしたへば、き凉俗錢人無心にして物よく感ずと、所がら常ならず、開山より百六十三世となり、蠶しなをやさし多病杜子にひとし。の包鐘を夏崛木けのなり銘哉倚子に白き鳩二つとまり、慈顏うるはしく生る人にむかふがごとし。く立葬喪し奉る事眼に富り。ことし貞享二年正月三日、澤庵和尙の相山順禮にかゝせたまひける、淚いくそばくぞや。十三にして業德の名あめが下に擅に、其文其文其しかれども生前一盃の蕎麥袈裟に白龍をきざみそへた鱗角角鱗角いそざ七とせにし野鳥肩に馴一個殊かへして、尙、草枕月をかさねて露命恙もなく、にありて、花洛に濱川自悅といふあり。る。旅といひ無常といひ、ことし睦月のはじめ、淚三ともに寒山が笑をとげぬ。花日に月なのに命かなしさいふかぎりなく、月まだほのくらきほど、東行の比、黃あ今ほど歸庵に趣き、泉や和尙の迂化を告たりけるに、の彼和尙にまみへて、な秣しな闇梅のにほひに和して遷化したまふよし、折節のたよりにまかせ、尾陽熱田に足を休むる間、らの海かりそめながら法のはしくれを得たり。予、んおもひしのべとて、先一翰投机右而已。其ある人我に〓て、自角社のむかしの御句をとりは悅上こまやかにきこえ侍せを圓覺寺大巓和去年京けふは文鱗亡父の日なれば、と申てしざりぬ。新樒梅山な四戀其月わづかなる旅寢といへども故〓いそがれて、が家角五卯花雅日地道のほとりの草堂に拜をなして、生拜藏むにな蓼みをだ奉かるな名に聞所あらましに過ぬ、文六一金澤つゐでよければと鱗梅四戀拜むなみやのだ鐘崛のか銘哉な文其六〇鱗角を
まるべくもあらず。秀はさらにもいはず、て、うちわかざしに日を負て、海岸孤絕黃金をつむぐべく覺えたれど、ゆく〓〓東奥の風月には猶こゝろをやらず。草堂に湯をたすくる茶さへなければ、我むさしのゝ眼せばからぬ富峯の奇一時心のと新引やけ子等無心和尙雨舞、(三)身一延夜やいづこの母のねがしひてに手とり鍋終ウ干の乞食とうかれけん露は月出にて秋も蛙のねざめがほ星我貧は其代の曾我鷺津國芦大將春、(9)雨の揚屋にレめる思ひなり月や經る花な瓶きに松さして舟精んで野渡鴉にを殘すらん晝顏は駒千代が留守をさかり哉鳴〓〓や鵜のゐる岩にやどからん能新なみだ あまたに文の名 ちがへ笹なこ山の一に一がとが化山家夜麥刈たもや江も折堂麥家林つれ和土卒もし雛持娘つ附時かさぬ下着色らふ葺にの泉つ雨かす枇杷折比にのる尾くの宿か宮諸間く同じ雪がる僧を司矢埋のとかはゆの夏灯むにの影法師手淡路島日の陽炎氣色土車ゆしをあ狹肩の炭くて繼ウりみ衝命哉き籠丁亥郞虚無齊狂雷堂蚊其文李文其六三川蚊足筆鳥文鱗校晋其角述六二鱗足角鱗下角足下角足角鱗下角足下鱗足角鱗下鱗角
男鹿忍草木賀の涌デ泉にみだれずば鍜治の槌片肌ぬぎに烏帽子き新くれはとり後藤屋敷と云ふれて新これ虚瓢花のこずゑに身をかけ て觀音君世山宗笠に凉みあら そふひや水齡う山三人のくわれぬ樫をひろふたもとよかを山音家祇太へれし表八のり見家を道の酒屋聞に程ぞ寢宗麻僧そるに來る鵠句長のくのめ今柳夜半城を身にののを會山さにこく霜なきの哀のなりのもと杖し語稽城書らつけりるののゐく月聟て京林京堀川通錦小路上ル町六五西村市郞右衛門藏板六四足角鱗下角足下鱗足角鱗下角足下
續みなし栗其角撰
續みなし栗六八風月の吟たえずして、しかももとの趣向にあらず。たれかいふ、風とるべく影ひらふべくば道に入べしと。此詞いたり過て心わきがたし。ある時人來りて、今やうの狂句をかたり出しに、風雲の物のかたちあるがごとく、水月の又のかげをなすににたり。あるは上代めきてやすく、すなほなるもあれど、たゞにけしきををのみいひなして情なきをや。古人いへる事あり。景の中に情をふくむと、から歌にてはいはゞ穿花峡蝶深深見。點水蜻蛉欵飛これこてふと、かげろふは所を得たれども老杜は他の國にありて、やすからぬ心とや。まことに景の中に情をふくむものかな。やまとうたかくぞ有べき。又きゝし事あり。詩や哥やこゝろの繪なりと、野渡無人船自橫、月落かゝるあはら島山などのたぐひ成べし。猶心をゑがくものは、もろこしの地を縮め、よし野をこしのしらねにうつして、方寸を千々にくだくものなり。あるはかたちなき美女を笑はしめ、いろなき花をにほはしむ。はなに時の花あり。つゐの花あり。時の花は一夜妻にたはふるゝに同じ。終の花は我宿の妻となさむの心ならし。人みな時のはなにはうつりやすく、終のはなはなをざりに成やすし。人の師たるものも此心わきまへながら、他のこのむ所にしたがひて、色をよくし、ことをよくするならん。來る人のいへるは、われも又さる翁のかたりける事あり。鳰の浮巢の時にしづみて、風波にもまれざるがごとく、內にこゝろざしをたつべしとなり。余、笑ひてこれをうけがふ。いひつゞくればものさだめに似たれど、屈原、楚國をわすれずとかや。われわかゝりしころ、狂句をこのみて、今猶折にふれてわすれぬものゆへ、そゞろに辯をつゐやす。君みずや、漆園の書、いふものはしらずと、我しらざるによりいふならし。こゝに其角、見なし栗の續をえらびて、序あらむことをもとむ。そもみなしぐりとは、いかにひろひのこせる秋やへぬらんのこゝろばへなりとや。おふのうらなしならば、なりもならずもいひもこそせめと、いなびつれど、こまの瓜のとなりかくなりと猶いひやまず。よつてはのそゞろごとを、序と成とも何となりとも名づくべしと、あたへければうなづきてさりぬ。江上隱士素堂書續みなし栗六九
·つゆ〓〓と燒野にはやき蕨かな拜む間は花をまたする朝日哉蓬萊に兒這かゝる目出たさよ先〓〓の餝みて行春日かなしら梅にかくす名もなし古男元日や家にゆづりの太刀帶ン年の花富士はつぼめるすがたかな桑さして榮行畑や老の春續虛栗集上村の鶴つくばに見知るかすみ哉玉ほこの鍬にあれたる杉菜哉路〓〓は束ねてもちる杉菜かな春ふれて川邊花さく根芹哉うばそくが隣をきかん四方拜めでださに嫌ひも譽る雜煮哉誰やらが形に伺たりけさの春新年の御慶とは申けり八十年晝の鐘箒木きゆる霞哉海雲よる筈屋に近き朝日哉松陰や旭見に行春の海寒食の烟まぎれぬかすみかなの波を離出るに、同遊とかしまに詣ける比、武藏野の月とい海の日卷付て筧をつたふかすみかな白鷺の翅に霞む片帆かなしら〓〓と霞はなるゝ出城哉春づれか、さきにせんといびて改春之部續みなし栗町正續みなし栗釋峽不靑野巴絞沾仙由全沽冬魚山沾擧去文麋杉自芭任水ト亞馬風水蓬化之峰德市兒店蓬白來鱗塒風悅蕉口夕日影町半に飛こてふ哉雀子やあかり障子の笹の影すゞめ子に肌なつかしき娘哉巢立より笹ふみたゆむ雀かなのどけしや觀の飛込鬢かゞみ旅行、こゝろよきし水に髪を撫て宿からん眞晝をおろす諸ひばり廣き野の塔みよとてや舞ひばり朧月いたこも捨ぬ情かな板久の一夜、うき名にもあらねば巢のためか幣くはへ行村雀かとりにて浦おしや鵜の羽に曇る春日影よく見れば薺花さく垣ねかな古草や新草まじり土筆蕗のとうほうけて人の詠かな蠣よりは海苔をば老の賣もせで梅の花義經なりし姿かな峰の梅松をけ落す詠かな梅が香や乞食の家ものぞかるゝ總角が手に〓〓手籠や薺つみ松とりて七種はやすあらし哉草まくら薺うつ人時とはん日の春をさすがに鶴の步哉物と我みな去年ながら初日哉おもしろの春有がたき日和哉鶯や雜煮過たる里つゞき結廬在人境中山の塔を見やりて〓大音寺七一七〇同其三舟半琴不同峽扇芭文嵐芭曲文其野如山其觀千尙角園竹殘風ト水雪蕉鱗雪蕉水鱗角馬泥川角水春白
花見にと母につれだつめくら兒花にあかぬ憂世男の憎き哉あらおそや爪あがりなる花の山御靈屋はさぞ入あひの花盛花を得て人に懷るゝ產子哉我年の花にはこりぬ小袖かな妻にもと幾人おもふ花見哉花に來て人のなきこそタなれ花うへていつ庭の瘦なをすべき何事に人走るらん花ざかり花盛古ルもろこしを尋けり朶ふむも花の日影はこそばゆしさそはれて某打かけたる花見哉嵯峨の花みけるに詠唯一心續みなし栗不產女の雛かしづくぞ哀なる海づらの虹をけしたる燕かな妻もやと燕見かへる野猫かな柳には鼓もうたず歌もなし曲れるをまげてまがらぬ柳哉手をあげて兒立習ふ柳かな行ずりに目をつまれたる柳哉肩絹をやすむる蝶のねぶり哉くりかへし麥のうねぬふ小蝶哉ゆ哺を分る孤燕のねぐら哉靑柳にいよ〓〓睡るこてふ哉春重れたる猫あり世につかはるゝ身の閑ならぬに三晴おもはずつくばらに、續みなし栗つらを蹴ら亡其千〓 嵐風ト蚊破觀萩人魚巴由安嵐其觀魚同其魚衛嵐巴曾角子雪笛千足笠水露兒風之重雪角水兒角兒門蘭風良鼓うつ田中の月夜悲しくて葢齒落て小哥ふるへけりキリ〓〓ス傾城の淋しがる顏あはれ也月冴て砧の槌のつめたしや(カ)春を問童衣冠をしらずして花持て市の礫にあづからん川盡て佗てはすがる僧の振袖初秋半戀はてぬ樓おりかぬる曉人は風ひくね覺ならまし壁なき間屋に殘る白雪黃精ある峽の日春日々醉如泥〓流るゝさくら哉興々一身のの 雁七三を影鶴の巢もみらるゝ花の葉越哉花の雲鐘は上野か淺草か世忘れに我酒かはん姪が雛所〓〓の顏こそかはれ桃の宴小式部が其世を雛の小袖かな雛たてぬ家も女は住れけり花折レと君が意あらばいかにせん木の間より花のものいふいんこ哉もどかしや雛に對して小盞いつ〓〓より花には沈む胸の中獨もゆくふたりも行候花の山草小うた見出てふるきをしたふ中に、いもうとのもとにて庵りうたつが隆達七二虚嵐露沾其露同仙擧文風同芭其其擧紋孤雪谷德荷沾角谷雪荷德角沾花白鱗虎蕉角角白水屋
西行の水にめしたくさくら哉抱付て梢をのぞくさくら哉さま〓〓の人にもあかぬ櫻かな實誠人にもまるゝさくらかな石竈にさくら散しく夕哉禁札の名ばかり寺のさくらかな筏士の笠うつくしき櫻かなふたりしてさくら尋る春邊哉ちるは〓〓醉のさめたる夕ざくらあれよ〓〓といふものひとり山櫻炭うりもひとへ櫻のあるじかな一すじに芝ふみからすさくら哉濃墨に蝶もはかなき羽を染て(+)小の彌生の光みじかき思ひ得ず揚弓くるゝ閨深し葺かけて月見の磯屋荒にけり松並ぶ石の鳥居の陰くらし常陸なる板久にあそぶ友衞うれしさよ若衆に紙子きせたれば燭とりて花すかしみる須磨の浦我鞍に蟬のとゞまる道すがら氷を涌す蓬生の窓砂吹上る垣の松風勢田春望剃二荒の山ぶみして凩夜〓〓に寒ン笛をふく笑に懼て沉む江の鮒東に來てもまた戀の奥三たび浴みて夏を忘ル、續みなし栗髪續みなし栗野弧松嵐旦自枳野全荷魚〓分兒馬屋江水藁悅風水峰德角沾雪谷德荷沾角谷雪荷德角沾咲までは待人もたぬつゝじ哉築山を翫すのみぞ岩つゝじあと先に身を木がくれやつゝじ賣やはらかに女松生そふつゝじ哉岩つゝじ手さし出せば舟早シ山吹をいさむる蝶のその羽哉山吹の鮠に餌まく端居哉工舟牽ん洲濱の藤の夕日哉誰卒都婆たれたる藤の重からん電のやどり木なりしさくらかなやまざくら身を泣哥の捨子哉(9)山おろし笈を並べてふせぐ覽鉢に食たく篁の陰雨はれて地息ふむらんさくら狩日ざかりやおとなしく見ゆ山櫻朝滴襟につめたきさくら哉風なくてかげろひ落る櫻哉萬葉によまれし花の名所哉笘買によする湊は人なくて角切て裾野に效す鹿の聲御廟の衛士が袂露けし雪の正月を休む鹽燒聞に驚く毒の水音釣仁和寺霞こめなと又岩城山の花見けるに田舍わたらひして、名もなき寺々日當午臺七五七四破宇沽尙羽濁冬沾枳同其由文湖蚊笠齊荷白笠子市蓬風角之鱗風足雪谷德荷沾角谷雪荷
〔名ウ)せきだにて鎌倉ありく彌生山月夜の雉子のほろ〓〓と鳴たそがれの端居はじむるつゝじ哉午の時おぼつかなしや茶摘歌部あげてくゝたち買ン朝まだき春もはや山吹しろく苣苦し戀よらんひじき干たる蜑の門木蓮華始め終りや岨のはた物くはぬ藥にもなれわすれ草啼〓〓も風に流るふひばり哉原中や物にもつかず鳴雲雀永き日も囀たらぬひばりかな(+)被敷その夜を犬のとがむらんあき乘物のたて所か る珠數引のあたり淋しく寺見えて葉すくなに成際目の松うち殘す波の浮洲の雪白し四手漕入ル水門の中唐租の起さぬ家に吹なびき折かけはらん月の文月親は鬼子は口おしき蓑蟲よ手習そまず角入てより昨は遠きよしはらの空鳥帽子を直す櫻一むらうきふしさはる藪の切そぎ春春艸庵を訪ける比春續みなし栗と聞えけるに次で申侍る夜晝朝續みなし栗野孤同芭其蚊嵐素三文角屋馬角屋馬角屋馬角屋馬角屋角馬屋蕉角足雪堂園鱗(〓)禪僧の赤裸なる凉みして梢活たるゆふだちの松李1+白に募ツ,る盞數の(夜錦集)本尊に油かけたかほとゝぎす伏見西岸寺の地藏にまうで侍りて思ふほど物笑はまし花の隅五月雨塗さす藏に笘きせて樫原や猪渡る道まげて俳諧の誠かたらん草まくら水鳥や碇のうけの安からぬ山を燒有明寒く御簾卷て蜀魂星に背をする高根哉降くもる花にあられの音ス也郭公なき〓〓飛ぞ閙はし杜鵑鳩は腹立聞やらん淀舟や犬もこがるゝほとゝぎす血の淚石の灯籠の朱をさしてきぬ〓〓を盗入ルと立さはぎ時鳥一聲まじる鶴の聲馬の間妹よびかへせほとゝきす光けうとく網に入魚雪の力に竹折音ルつくし摘なる麥食の友海の夕も大津さびしき奥の枝折を植る苗槇今はたぶさにがゝる髻男に見えぬ女かなしき妻を供にして、旅たちける人に夏の部七七七六杉其枳其芭暮意其風角風角蕉角朔馬角屋馬馬屋角馬屋角馬屋角馬屋角馬屋角
川風や衣干ス揖にそよぐらん郭公麥つく臼にこしかけてほとゝぎす麥搗臼に腰かけて夜こそきけ穢多が太鼓子規舟場までうつゝ來ぬるよほとゝぎす(金)瓦工おりよといそぐ入相に僧と刷して沓靜萩のねに所の土を包み行扇の日記を捨る關の戶初秋の潤はわきて月なれや樽をつくして皆童なりたそがれ渡る靑鷺の空神鳴つべき雲を蚊足にすゝめられて待乳山三句續みなし栗詠なてる螢消よと帳の裾眉掃の露うつ罌子の匂哉妾在續みなし栗閨十八句と く寺より寺にあそぶ寺の日世中の花に駝のよろぼひて豆くふ數も人に笑はれ顏あたま都の友のなつかしく反故そろゆる閑な偷みそ釜かりに松の扉をたゝかれて降かゝりたる雪の玉味噂通りなき冬の驛の夕あらし隣ならべて機の糊ひく蜻蛉の一かたまりに流るなり晩稻花さく湖の隅仙巴蚊キ蚊其如化風足同角同足角足角足角足角足角足角同足角角足角泥花盛泉ならべたる首を見て忍啼キふるきふとんに跡さして折ふすの狂惑つらき命哉(+)高灯籠杉の梢にありあけて町くだり二聲うらぬ茶筌賣或はして住吉須磨に遣され美女の酌日長けれども暮安し江は露に亭の蠟蠋白くなり島契めでたき奧の繪を書勇士の土產此梅馬に信する瀨田の秋風前髪惜む月もこよひぞ夜は乞食に馴て安き世を知原飛田の狐也け り近き吾草ツノ、をの七八折庵道心にかく志ざす戀もしれ殊更に薄雪かゝる門かざり花の跡獨行身ぞいかめしき瀧見して亂るゝ鬢のあでやかに隱家や杉垣はさむ秋深し旅人の錢よむ音も夕月夜相とのゐ二つの棊笥に枕して一泊熨斗目上下きならしの春傘持しばし君が名を問山鳥うつすかぢかを生ん石鉢の水袖口寒く爐に炭鞭に數行牛の月の影別いざよ出口のせんじ茶の音るゝ小佛1ケおろの盞七九のを關次キ化風角化風角化風角化風角化風角角足角足角足同角足角足角足角足
合羽着て友となるべき田植かな菅笠に娶を見せたる田植かな物あればもの淋しゝや夏木立眉ひらく爲に手向よかきつばた蛟のあとをみれば悲しき別哉卯花に目の腫恥ぬ日數かな色〓〓の雲を見にけり月澄て卯花も母なき宿ぞ冷しき夢に來る母をかへすな郭公身にとりて衣がへうき卯月哉點滴を闇のつぼみか白丁花さみだれに我から曇る目鏡哉さみだれや隣にわかる水の徑たま〓〓に三日月拜む五月哉髪はえて容顏靑し五月雨笋やかり寐の床の隅よりも筍よ竹より奧に犬あらん花芥子や蕀二重の垣の中馬にのる侍〓し花菖幟みぬ妹がり寒き外面かな白芥子に引もどさるゝ夕かな香消のこるみじか夜の夢五七の日追善會初七ノ夜いれかれたりしに四月八日母のみまかりけるに薄とりまく違山の腰各自禾續みなし栗悼續みなし栗詠村其吼巴巖沽去芭嵐其沽魚仙彫擧沽枳露嵐キ芭同其角雲風翁德來蕉雪角蓬兒化棠白德風沽雪角蕓角角姦しや菖さす日の風の音急ぎ起て菖かぞふる日向哉何古〓こゝも菖のやどりかな我歎かぶとうらやむわらべかな下部等に鰹くはする日や佛うたゝねのゆめにみへたる鰹かなひとへものしぼるにやすき袂哉芥子の花ともにうつむく泊かな生顏や夏草そよぎ風の音蛟遣にはなさで香たく悔み哉夏草に活たるものはなみだ哉啼入て音もなしそれは時鳥世をとへば安く茂れる榎かな古寺や僧なまめかす機欄の花山賤のおとがい閉るむぐらかな月は入我等は出る鵜舟哉續松もむすぼゝれ行鵜繩かな夜をのこす水鷄に老を敲キけり都見ん小桶に魴はなかつみものすごく男ばかりの田植哉入相に田哥のひゞく里とはん雨の日の早苗に休む燧かな夕景や拐に着する早苗笠母の影ふみて田植の女かなその夢に戯ルたのみなき夢のみ見けるにむらきみのもとにて甲斐山中端午三七日にあへりければ暑き日のやどりを乞て八八〇自三芭風玖濁高不觀由冬野枳魚紋其嵐其魚全重去蚊嵐準園蕓虎也子政ト水之市馬風兒水角雪角兒峰馬來足雪
山鳥もけうとき闇の木立かな洗濯の袖に蟬鳴夕日かな啞蟬の鳴ぬ梢もあはれ也消かねて芦にうたるゝ螢かな何かいはん六月桐を植る人夜あらしや吹おとしたる蟬の聲旅寢して香わろき草の蚊遣哉おちの人添寢ぞゆかし枕蚊帳かやり來て雨の道とふ夕かな山里の蚊は晝中に喰ひけり曉の衣に殘る蚊遣哉君起よ人しづまりて螢みんかやり火に煤けて迯るほたる哉むれ〓〓て螢うるさし夏の月橋くゞる櫓音にすゞむ夕かな人の子をほめて端シ借るすゞみ哉世を見れば辻に法きく凉み哉たが爲ぞ朝起晝寢夕凉時分はよし土用初の舟遊山蠅を打てともに生死を輕くせん佗しらに貝ふく儈よかんこ鳥つかまれてまた放さるゝほたる哉田隣家に樹をすく人有、その四時先納落得閑心法其精口耳粗後を愛ずる事をしらず九折のぼりける時木津へまかりて續みなし栗續みなし栗凉家冬李文其幻同其千杜杉ト去綾千春妻黃去觀孤野溪魚枳市下鱗角吁角春國風千來戶吻來水屋馬石兒風(夜錦集)つかの間や鬼こもるとも夕すゞみ奥州黑塚にて凉む夜や愛宕にともす火の行衞虫はむと朽木の小町ほされけり陰になけ小野の小町も蟬の空さゞれ蟹足はひのぼる〓水哉カ合歡木の睡りてぬるき〓水哉踏越えて亦たちもどる〓水哉なつの日に袂まづほす汐場哉夏の日の入あひつらき雀かな瓜喰に松陰せばき日なた哉かく成ぬ我山里の瓜の味蠅追に妹忘れめや瓜作り闇の夜やすゞむ團の音ばかり凉しさや先武藏野のよばひ星あぶずりの石もふんばれ夕すゞみ暮またで祭の留守を凉みかな鹽竈やおのが扉のうら凉み凉しさや雷遠き夕間昏更る夜を隣に効ふすゞみかなけ一文の錢いたゞけや夏の水誦錢神論逐宿二尊院のやどりもとめけるに市原寺にてくらまの竹きりにまかりて、山林土さへさけててる日にも雨摺の石と申とかや源義經、平家追討の時、上洛に鐙にさはりける石とて、その所を鐙後凉二句八三八二文其同維虚由冬去觀其千芭仙嵐蚊好欺李翠其鱗角舟谷之柏來水角春蕉化水足柳心下紅角
夕立に鶯あつく嗚音かな夕立や鉢卷したるわたし守夕立に家流したる乞食哉一花にふたつ筋あるさゝげ哉つばくらや日陰にすがる角豆垣干瓢を太刀の〓にして都へは山吹やおしむ胡瓜の花の露ひるがほや猫の糸目になるおもひひるがほの花しぼみたるあつさ哉晝顏にことたる蟻の日陰哉見がくれに麻刈笠のくろみかな蓮うけて師の関伽包む〓水哉つゝまれて水ものびたる蓮かな續舜に曲ル念ひの一ツかな星合や女の手にて歌は見ん七夕にかされぬ旅のね卷哉旅星合や折にふれつゝ鍋かさん大內のかざり拜まん星まつり懸針や船引とめん天の川槿を星にわがぬるわかれかな星合や瞽女も願ひの糸とらん天川あらしも蚊屋も明にけり日もくれぬはや舟にのれ男七夕草庵の急雨江州にまかりて回〓贈權花堂秋之部虚續みなし栗續みなし栗思栗下露其由壽千女綾女槿嵐自風其仙巴虚釣自濁其破且全ト野角花風谷雪悅子角笠只峰千馬沾角之閑子戶花雪悅虎たが魂の家に粟くふ鼠かななき人の數を苧がらに折レたり父母の影灯籠ふまぬ光哉露烟此世の外の身うけ哉いなづまに目をとられたる闇路哉いなづまやおり〓〓藪のひまうれしいなづまや案山子のあゆむ川向ヒいなづまを手にとる闇の紙燭哉ことに晴て蕣雷に潔し舜は二人ながめてあしき哉舜や壁の日影の今すこし何もなし我頭陀袋夏祓我人所特のたんざくにうたゝねや揚屋に似たる土用干鎧着てつかれためさん土用干病ム人をおもひやらるゝ土用哉夕立に座敷見らるゝ主哉夕立や箕に干ス粮のしばしだに午寄李下驚夜雷申侍るみて、遊女ときは、久しくあひしれりける人に身まかりけるをいた熱八五八四澤其去蚊沾宗儈文全由去魚湖岩芭其杉蚊庵角來足蓬派桃峯之來兒風泉蕉角風足
伊勢迄のよき道づれよ今朝の雁山めぐる鰹に秋のしぐれ哉鵯啼て雲に露ある山路哉むしのねよ手にとる草の一つかね何も音もなし稻うちくいて螽哉簑虫の音を聞に來よ草の庵聽かげろふの雨をよこ切羽風哉柴草の露もちかぬるそだち哉すがら、初旅のこゝろを兄去來に供して、伊勢へ詣ける道秋よ猶すくなき家を敲ク雨木賀山中夕萩のつゆに見かへる湯顏哉盲目も舷たゝく玉火かな躍子よあすは畠の艸ぬかんはなぞのは中〓〓踊に顯れたり鯛つらん浦島が子の生身玉送り火の山はきのふのともし哉たまゝつり門の乞食の親とはんきのふ見し人や隣の玉祭魂やこん祭らぬ宿ぞ恥しき盆迄は秋なき門の灯籠哉女餓鬼すら盆曾に逢や法の道聞にゆきて貧おって、對觀音堂にて、びんずるに衣着する志賀の花園にて續みなし栗閑愁續みなし栗沾嵐芭沾同千女紋同擧紋春去自苔觀同其蚊嵐文蓬雪蕉荷子水白水雷來悅翠水角足雪鱗寺にねて誠がほなる月見哉雲折〓〓人を休むる月見哉名月や池をめぐりて夜もすがら草庵の月見世中やわたりくらべて四十から秋の野や見かへる小鳥行く小鳥笠とりて富士見る岨のかゞし哉暮の山遠きを鹿のすがた哉さびしさは鳩吹習ふひとり哉早稻酒やほこらにかけし竹の筒かけ出の貝にもてなす新酒哉峯入は宮もわらぢの旅路哉しを拜み侍りて聖護院の宮覺寬法親王、みれ入有木槿垣花見ながらに寢入けり旅萩原や一夜はやどせ山の犬花の秋草にくひあく野馬哉牽舟のあとに起たる穗芦哉下闇もまばむき比の一葉かな女郞花戀より後の花なるかいざや禿待乳のかたの萩からんおきわかれとむるものなし女郞花はぜ釣て千尋もとめぬ小舟哉吹よせて江の一隅や水と霧鹿鳥に詣ける比、宿根本寺入湯の比宿常陸へまかりて遊女の酒もりけるに禪師にまみゆ八七八六同同芭風虚紋其野虚其宗觀芭曾全冬景同文春苔蕉虎谷水角水谷角因水蕉子峰柏道鱗雷翠
秋の夜はなが夢ばかり寐覺哉ふるさとの火燵をおもふ〓かな子の泣てしばし音やむ砧哉山里や磁にかはる夫婦して(五九五旅人に村とことはるきぬた哉寐かゝりて遠く成行砧哉長き夜も旅くたびれにねられけり秋の夜に寢ならぶ旅のやどり哉いふ心によりておもひねとこそ人もしりけれ。旅なれてまどろむほどになる霄をと一しきりねられぬ夜の長さ哉終夜玉しゐつかれける比名月やわが名月はいつあらん釣のうけにながるゝ月見哉名月は汐にながるゝ小舟哉月のこよひ我里人の藁うたん嵯峨に小屋作りて、折ふしの休息古袴月に舞フ我を今霄哉橋の人月見る是や木曾の猿月見船雲に乘込ム橋のした我人とあらそひなくて月見哉たれ〓〓も東むくらん月の昏月露の萩切ほどく今霄哉月見ばや紫式部妻にして月下獨酌舟人と成ても見たしけふの月月見して蚊の聲よはるはじめ哉名月よ戶明て又も寢ん名殘仕候なれば衛門のむかし影に對して三人の曲宗鑑が彌三郞のとき、貞室が彥右續みなし栗續みなし栗蚊山枳全破去千女李幻如一吼野巴蚊觀李枳去文破孤去足川風峯笠來子下吁泥林雲來鱗笠屋馬來風足水下風新敷鳴子をならす瓜作り山寺の鼎をならす朝もよひちら〓〓と霙ふりこむ襟寒し榧を簸ル嵐の窓の月澄て面白く物うきものは砧かなひとり寐て砧を笑ふ鼠かな砧うちてわれに聞せよや坊が妻尋常の三日月見えよ今日の雨名月や御堂の鼓かねて聞ク盲より啞のかはゆき月見哉月滿て欄干うごく今霄哉日比より富士はちいさし今日の月中に出て月一筋や霄の雲物かげもこよひの月の曇り哉名月を寢るなと鳥の亂けり名月や鶴のびあがる土手の陰商人も見るものとてや舟の月我顏の黑くなるまで月は見ん關守をうけたまはらん風破の月いざよひも心つくしや十四日火かしらを包ム鷹居て行즈松に笠ぬぐ暮露の起臥秋四句目原本塗抹しあり、其角七部集獨には「此間一句不足ノマヽ」とありよしのゝ奧に夜あかして月撰人といふ題を身夜雨意遠き興世間床構の八九八八雨露酉芭似蚊濁且文魚虚彫同其去由冬荷角荷角同同角荷比蕉兮足子只鱗兒谷棠角來之市
かつちりて御簾に掃るゝ絶哉片腕はみやこに殘す紅葉哉松茸や一日〓〓の雨の露松葺や松より奧の鷹の聲柞落は松茸みえぬ匂かな童さへ捨し徑のいくち哉茸分る夕日ふもとの花表哉ふみながらとらぬや椎の九折むら雨に甲斐ある陰や椎の音落栗に萱ふきかゆる嵐かな落栗のいがありとても祝かな雨數日市はかくあれ菊の花雨重し地に這菊を先打んさすなると傘に諷はん朧月御盞初め手のなき初櫻夜寒さに妹が夜着きてあたゝまる夕月に怠タる所作をくりうめん水ゆるゝ橋の上より網打て先獨り花ぬす人をからめ置キ夕闇の道しる馬は支離にて車あげたる淀の落水兵やとふ三石の粟游習ひにあそぶ鴨の子牛あらふべき賤がなはしろ四方の連歌は春の大和路召シの車に粧ひする程酒買に行草庵の春旅たゝぬ戶立る電の窓京出る日續みなし栗行續みなし栗同キ三孤魚同觀三岩透觀文其角翁屋兒水翁泉雲水鱗角荷角荷角荷角荷角荷同角荷角荷角甲斐がねも見直す秋の夕哉我袖の蔦や浮世の村時雨樂書や稍のこりて松の蔦谷ひとつ里餉にくもる紅葉哉峯の松鯖あらしの夕哉こまりけりうらのとまやの秋のくれ僧の入ル繩のすだれよ秋の昏おのれさく菊鷄頭よ垣の中秋寒く日土圭くもる扉かな上少私山や駒もゆるがぬ鞍の上瘦ながらわりなき菊のつぼみ哉起あがる菊ほのか也水のあといかで我七百の師走菊に經ん菊植て我と水くむ朝かな籠鳥のゆるすにうとし菌の菊年〓〓の花の香くやし夜の菊御薗生に男なぶらん菊あはせ菊の情春にあかるゝ秋もがな年旣に菊おもしろく成にけり若き名のなごりを神へ菊の丈秋秋旅六閉門貢句艸菴雨重四三十九客歌仙盡山二句行十九九九〇一不舟三其露冬薄遊巴女冬同芭其岩其衞巴露同蚊鐵炊竹園角沾市雲風市蕉角翁角門風沾足
(神祇)乞聟に度曾ゆづる家の風かつ色を軍の神に花折てさ月待加茂の祭の馬からん春をさかへん大宮司が畑瘧落よと榊いた名乘うれしき幣鬮をとるゞき旅鍋わりて筑摩の市にうらむらん(述懷)川舟に火燵して行波まくら戀秋風や笠に宿かる天が下人しれず戀する戀の上手さよ此方も年よりかぬる暮の雪よもぎふの砧に憎む音を打て乞食にもかうはなられぬかゝし哉聞捨がたき鳥羽の稻磨色酒の世にはふれ婀めく名はうき名鎧をかざり馬たてゝ別れば見よと床に金おくしうとめつらく妹に逢ぬか心たふれぬ歌のみなし子月にはゆるせうき柴の數をのれを責る虫も蟷螂續みなし栗族人と我名よばれん初霽鷦鴒の心ほど世のたのしきにかけありく芝生の露の淺綠粮を分たる山陰亦さゞん花を宿々にして十月十一日餞別會冬續みなし栗之部の鶴文枳其由芭其破鱗風角之蕉笠同角同笠角同角同笠同角同笠同角同笠同角笠神垣や次第にひくき波のひま(ク)酒のみにさをとめ連の並ヒ居て鰥つる袖つくばかり早瀨川中の秋畫工一つれかへるなり+ナナ道しらぬ里に砧をかりに行途中にたてる車の簾を卷て葛籠とく匂ひも都なつかしく鱸てうしておくる漢舟卯月の雪を握るつくばね齡とをしれ君が新シ舞臺月にまはゞやツ月にや啼ん泊瀨の籠人蘿沖こぐ舟にめされしは誰おもはぬ事を諷ふ傀儡一面にのこる橋若九三ク杭松夢の春かるかや堂もよそに見し(無常) (釋〓)米買に明ば起べき花の雲舜は躍みるらんはかなしと癩のものうき富の世を悟り定めなき美濃の谷組打納め哀しれ闇の捨子の啼ねいり月澄て僧と鄰に咄す聲柴の戶深く維摩聞らん雪消を出る甲斐の馬工郞松を產ン所にたそがれし月鐘鑄にあはん猶はつせ山佛木どりて曉を我もとゞりはきらぬ髪結露よりきゆるかけほしの影死出の烏の蠟蠋を喰十十ま九二つ由翁全仙文枳其由翁執嵐全觀魚仙之峰化鱗風角之筆雪峰水兒化尙同笠同角同笠同角同笠同角同笠
薰のしめり面白き夕涼み草の戶の馬を酒債におさへられ蕣や石ふむ坂の日にしほれ起出て手水つかはん海のはた明暮は干瀉の松をかぞへつゝ老の身の繩なふ程にほそりける(名)順の峰しばしうき世の外に入別るゝ雁をかへす琴の手詩歌文章はもらし侍る冬がれを君が首途や花の雲冬の日を猶したはるゝほまれ哉宿はづれ霜消る間ば朝茶めせ萩枯ぬむつの紙絹みやこまで蒲團借ス女もあらじ旅の宿箱根山しぐれなき日を願ひけり時雨〓〓に鎰かり置ん草の庵ぬきん出て送り申さん時雨哉葉下のすきものをの〓〓句あり朝每の紙にやおもき霜の松旅寢さぞ紙に二つはなからまし橋までは供してふまん今朝の霜比しもや大井の嵐佐夜の霜鳴千鳥富士を見かへれ鹽見坂つねみる星を妹におしゆる小畑さびしき案山子作らんしらぬ御寺を賴む有明命をおもへ船を這''蟹君流されし跡の關守萱のぬけめの雪を燒家花ゆへに名の付ク波ぞめづらしき續めなし栗續みなし栗仙擧翁枳全觀嵐キ擧翁由仙觀擧嵐其溪如沾露由擧文李枳仙蚊杉化白風峰水雪角白之化水白雪角石泥蓬荷之白鱗下風化足風木がらしの吹行うしろすがた哉留主の中猶痩ぬべし冬の菊もろこしのよしのゝ奧の頭巾哉時ぞ冬芳野をこめし旅のつと聲しだれたる春の山鳥谷深き日うらは花の木目のみ隱家や寄虫の友に交りなん見ぐるしと文字の子〓ヲ嘲て冬枯の人目にあまる瓢かな枳に木がらしいたき心かな木がらしや夜の木魚に吹やらぬ筏に出て海苔すくふ比堺の錦蜀をあらへる御牧野の笛吹習ふ童聲幟かざして氏の天王萱屋の便なげなり冬木立松苗も枯野に目たつ嵐哉牛岨に蹄をかくす木葉かな蟬のからつれて舞行木葉哉蛛のゐの破れにとまる朽葉哉眠り來る駕籠にもてなす時雨哉しぐれづく雲にわれたる入日哉儈くるはしく腰にさす杖心しる僧とかたらんふゆ木立深川夜泊さま〓〓の木葉集る山路哉よくきけば北にかぎらぬ時雨哉雲よりも先にこぼるゝしぐれ哉烏巾を送る芭蕉庵主回〓九四九五嵐不素露由擧翁觀嵐其枳全其ト琴枳同巴李好枳爲冬蚊去沾杉雪ト堂沾之白水雪角風峰角千風風風下柳風睦市足來蓬風
猿引や市に叫ばん雪のくれ雪に猶こゝつの雪の小松原君火をたけよきもの見せむ雪まるげ初雪や幸ヒ菴ンに罷有ル鈴ふるふ鷹に晴見る尾上哉あの男筏に寢るか夕ちどり水鳥の朝日蹴たつるうねり哉敷浪に浮桶かぶる千鳥かな星ひとつ五位一聲のさむさ哉曉のつくばにたつや寒念佛川風やわたし船待寒念佛駒形に往來うれしや寒念佛何となく冬夜隣をきかれけり夜鹽風に羽かく鳶の松たれてをのが酒債をのこす〓賣人をみん冬のはしゐも夕凉み我店の霜迄見たし月の色芭蕉いづれ根笹に霜の花盛古寺の霜にいたまぬ檍かな霜下りてせきたす寒き寢覺哉はつ霜や衾にこもる鐘の聲刀さげてあやしき霜の地藏哉和好柳子、對對友人りぬべきかたもなくて甲斐山中にさまよひける夜、宿か山莊の夕雪十二月九日はつ雪降のよろこび續みなし栗坐一句客續みなし栗沾露同芭冬山由冬湖其湖三其由好其好素吼永野破荷沾蕉市タ之柏春角水園角之柳角柳堂雲中馬笠あられなし関伽の折敷に冬菜かな髮おきや門通る子もみられけり沉者世樂無有慧心つとめよと親もあたらぬ火燵哉法華を聞侍りて憎まれてながらふる人冬の蠅行烏寢所見たし雪の昏比良の雪赤鰯より詠めけり黃昏も過るか雪のたまる音窓明て間半雪降ルタかな茶の花に炭やく實を見によらん炭竈としらで經よむ法師哉爐を繞る命つれなし榾の蟻灯の影に顏すゝびたる火燒哉炭はさむ音さへ氷る寢耳哉門さして世間は寒しむづかしゝ後朝のうづみ火おとす泪かなうづみ火に芋やく人は薰モノス繪絹張ル籬の竹を心にて漸ふたつみつ爐にほこる炭日比きく鼓も雪のあした哉はつ雪は盆にもるべき詠哉初雪に目をはじかるゝ篦竹哉うす雪の破風より出る煙かなをの〓〓は小野へもゆかで雪を見る宿僧房寒狹居その朝雪見に出て露沾公にて初雪友靜亭にて物くふて蠅九七九六其露露其由自濁文自孤魚其景嵐其巴不似魚嵐蚊紋同角荷沾角之棄子鱗悅屋兒角道雪角風炊兮兒蘭足水
おもへばや泣れ笑はれとしのくれむしりあふ市の笑やとしのくれ恙なく大晦日の寢酒かな年の夜や人に手足の十ばがり行舟やいづれの海に年とらん淋しさは船にあかとるとしの暮歌をよむ身のたうとさよ年のくれ羽子板にはま矢を願ふ師走哉室の津に足袋さす女師走哉碓に影ふむ月のしはすかなよき夢を風にさまされしはす哉市に入てしばし心を師走哉豆とりて我も心の鬼うたん雪深し科頭匂ふそのゝ梅1チら)門の外傘たゝくみぞれ哉波のうへに雪あり蜆とる人か雪の日や柴か日比の道近し門の雪樒ありやと訪れけり草白川や關に關ある雪のくれ初雪の風呂によばるゝ夕かな夜あらしや衣桁を拂ふ窓の雪慶運が髑體や寒き雪の芦闇の夜や顏先ツ雪をしり初るはかなしや汐の干瀉の石の雪辛崎に好過し雪の詠かなぐれ〓〓とむなしき雪の浮木かな二すじとけさはまたがん道の雪心よき年子を祝す庵續みなし栗續みなし栗嵐擧蚊去孤枳文露如紋魚素野鉤斧枳全其東仙孤紋魚蚊觀安沾雪白足來屋風鱗沾泥水兒堂馬雪鉞風峰角順化舟水兒足水重德我家のとし忘れせんさびえぼし純汁や憎きよめには猶くれじ年の市線香買に出ばやな貞亭丁卯歲霜月仲三日子をもたばいくつなるべきとしの昏月雪とのさばりけらしとしの昏晦日〓〓や御念の入て大晦日年の一夜王子の狐見にゆかん閑節君と我爐に手を返スゑかなかれ袴着は娘の子にもはかまかな鉢たゝきおと出ぬも哀也實の子等けふや忘るなとしわすれ鎌倉の僧ことゝはん冬籠梅を折に笠もどかしや雪霙皇都書林年々の悔分朋友有信長幼有序夫婦有別父子有親君臣有義漫成五倫九九西村市郞右衞門藏板京堀川通錦小路上ル町九八其芭蚊素芭沾其露コ角蕉足堂蕉荷角沾齋
其角十七條
其發句、發句といふは、て、にも體格といふあり。規矩とするものならし。付句ともに一體とわかちたれども、歌の句にして、十七句法之序歌にも五義三體と云ふものあるがごとし。しかも一首のこゝろを兼備する故に、いまだ句讀の法なきを、されば連俳の先達、今や詩歌の古格を正し、句中に法なければ句ならず。歌の十體三十體に習ひて、十七の句法をさだめ此ゆへに詩文角十其角十七條觀花音の〇池○の古其角十七條卯の花やくらき物鹽鯛い○寂○響○匂のへ齒ばぐ頓夕がほや秋はいろ〓〓のかたつぶり角ふりわけよ須磨菊てに○雙○ 換○影○決出死ぬて畧前奈互生氣良關色骨顯後とも見難波えはふずく蟬菊鹽七ーーい雲やら聯字鐘蛙か見は二と褒句貶や上び條ぬ齒ばぐ氣唇き柳さりつ野か花淺ぐもの難込む寒お波えむししよはふず水秋魚び薄く蟬草もの明ののご月べのりか音風店し夜哉石聲晋子一〇二一〇三判
其角十七條凩枯梅が香にのつと日の初しぐれ猿も小簑をほ八和歌三體を本として、萬世不易、古代の姿ならば、枝中古の姿ならば、○蕉門興起之事○發句三體の事尤表裏の變化と新古の差別あり○不易流行の事九正風體は、間二烏日々の流行を知るべし空日からすは哀といふべし只ありの場にて作るべしで烏の枝といふべし蕉門三集のすがたあるべし。雨月まりけり秋降出る山路し吹柳げ散かかなるのなな道道景其角十七條まづ祝へ梅をこ此あたり目に見田象いざゝらば〓○宛瀉○○ 行○草○ 撓一○模○無眞べ枚や轉植寫心雨花木折變雪見所見槿旋た景田象雨花木變雪見所た態着西に見槿ゆはち施馬座るの去ろがも冬るぶね喰はごもり柳所ぶれ七皆るのかまのけ兵凉衛か暮なで花一〇五一〇四
句の餘情に殘して、木の規矩につくは、四撰朝誠と成事をしるべし。人に、自在にして、趣向といふは、詩には文質をわかち、六合にわたり、題の事にはあらず。△貫旨自得妙○顏曾二子之論○趣向とりやうの事○歌には花實相應を本とす。萬物にとゞまる。雪月花、郭公にひとつの趣向をあはせて、このたゝずまひを思慮して、俳も尙ひとしかるべし。唯花月に耽るべからず、風雅の二字をわするべからず。發句一章とは成るなり。人情〓此ゆそれ心はに付る事を知るべし。前句にとくと付る事を習ふべし。○附一、二、合三△貫旨自得妙其角十七條各口決有之其角十七條盞きんみつに仕切敵初、中、終、二階○〇千眼一到の場によ能へ母せのる口と傳つ淚か場をてをと跡つけの小口 を雪〇隱前句に足をふみこむ場に居てか返ゝる答捨無分別の場にて作るべし。番工の攻るあり。タ句作りの事目てにに毛手手入句の成就も全くおなじかるべし。入入れれぬしし菊菊菊ややや名名一古取の曾關山川先一物を生じて、のるつくる事を知らば、口の事傳淚か場をとわあたがすほ村菊やや折越しの輪廻、し松や名名一古いそがしさをうつ肥るかの取の曾前行ねを關山川船燈てと三句のわたりを心得て、一〇六一〇七是を切瑳し、一句〓〓はたしか匂ひ、響を
其角十七條○發句切字の事和歌には上下の句ありて、天地をわかちたるなり。連誹の發句はすなはち、中に切字入るゝ事を知るべし。是萬物に陰陽備る理と思ふべし。切字ト云口傳千結反妻結反○切字を定たる事先達十九の切字を定めたるは、問答の詞と治定の詞となり。此故に治定の手爾葉、○脇の事脇は字留めにせよいふは、是も歌一首のごとく、一句詮立んがためなり。のごとくになるを、脇のすがたと云なり。此さかひを知るべし。○第三の事第三は發句にあらず、平句にあらず、一句の仕立にならいある故、て、らん、もなし、だめたるなり。尤もらんの押へ字、もなしの二義、に留のあつかひ等を習ふべし。○附應對付句といふは惣名にして、迯る場あり、かゝる場あり、一〇八歌一首の姿を心にこめたるゆへ、句押へ字、抱へ字の習有之也。しかれども發句によくつかひて、一首に、此四つのてにはをさ付句といふは惣名にして、此ふだつの物は前句の濃薄より出て、しかも自由の始にたつ物なり。されば蕉門の〓に、心、景、氣のふたつ、皮、肉、骨の三つより七情をわかち、三十六の姿をあらはし、付句の本情をのべたるあり。是付合の肉にして、此場をしらざる作者、變化の一步危かるべし。普子曰、付句はつける所はつけても、又、我句に人の付けよからんやうに句を作るべし。宿札に假名づけしたる醫者なれやといふ句は醫者のみに限る。故に付句なまり、付ざれば飛過に成也。是をいはゞ、宿札に假名づけしたるとはれ顏とせば何者にもわたるゆへに、付よかるべし。また醫者にて付たる句ならば其句作有べし。他准之。◇八體の附方○寄大八のきりくきしる藥研坂女子の供につきし年寄是をいはゞ、きのり供くにきつしる藥研し年坂寄き○志朝茶臺所に其角十七條を百す兩ゝづる疊屋みちらのぼ弟ふ子てゝ一〇九
其角十七條あなたうと春日のみがく玉津○ 大廻し一圓相口傳惣して附句といふは付はなして後、かくのごとく附れば、かくのごとく宿札に假名つけしたる醫者なれや。味しかるべし。七さ五出替つツつ噌〇百句もそむかず、と過過は意に目を降れ煮七ツ五ツといふにて、れてばばる醫者のみにかぎりたる句、兩句混じて附合のきら〓〓と見ゆるなり。はああかやるま氣一句に據なし。あららとら大れれでれわ何となく醫者に寄るなり。の止降やめ是をよく差別すべし。いとまむむるき又前のひし〓〓と付にる時、なななすりりりる乞かくのごとく門雁其角十七條何事もこゝろ に女房さへさつ露今なるやう大三尺娘見に行く日は乳母が鴨〇○ 打○欺○ 前句の情を押出す句○詞るとる句を小もぐは觀のにのむあさみま返しにれたつくおたるしてて成ゐ相る刀除持てうちるるをた杖身中顏のにさき突袋のう鷺あ○ 習る切家のにたるたるしててる刀除事口松を顏さた杖傳のにせき突の世てう鷺四さしし赤こののこへもし五出さな中來部ろの居ま本てよしにる屋び秋て一一五是をよしといふべし。是中より行句と云なり。一一〇
其角十七條元祿巳己閏五月藁其角十七條春過てねいも は靑くてもあるべきものをとうがらし久かたのひかりのどけきはるの日に今目に鴨たちぬはて朝にしづこゝろなく花のちる〇三○ を靑葉山ほとさ引自問自答の口傳の三世不可得三段三名差別有之雪ヘ段の福廻三歌口は庭の名し傳烏ゝの賣名や三才口傳ぎ木切をあかすにほるを花1初とるが岩ゝ門らつにぎのらす松ん書林江戶本石丁十軒店京都寺町二條下ル丁山橘崎屋金治花初1るが岩らつにんほ花一一三兵兵一一二衞衞
新三百韻江戶其京宗匠會角
幾夜るをぬがぬ鎧に面痩て日をふくむ根芋に夏を忘れたり大川に落るか鴨の連立て一葉とゞめよ峰の 十ッ月時雨きく顏な替らぬ心かな(◇)一誰重なる梅待あへず賣山ぞレか錯に折らむ枝松秋しらぬ男はもるゝ無常講はにふ借す情に送る四日五日千守(りつまで文屆べき人のなき桂さへきる影 の蚊柱朝となりては市のせはしき綱引〓を習ふ漣の春暮露の下着の目にかゝる宮處の爲の相撲はじめし新三新三百韻新三百韻江戶其百韻京如仙素和信我湖言菴雲及德黑春水泉角作者次第不同執野仙言湖信我如如其黑德春角琴筆水庵水春德黑泉琴角名古屋野(c)獅子舞の我さと出る春の友年のやよひの閏一月寒き夜は藥のために肉燒んニ榮へたる鎌倉成し山井ケ濱むらさきの樗も黑く見る夕べ花鳥を啼せよ蝶を眠らせよ尼ひとり女房二人火燒て枕を乞ハば口惜き月瀨川行水に砧の音かくす花野よ公家の知行なるらん身を暮すれば彎なりけり雨に宿とる追はぎの家物おもひては物忘れけり唐土より來て法を初る'リ石の夷の釣しづかなり良鳥如周貞爲如佺玉秋也道文琴水一一六一一七泉琴德春角水琴泉春角野德泉庵水
武者押の昨日は兄は意趣ありし苦しむに爪さへつめたからずして袖詰て知人に逢は恥かしき(ニウ)半空を餘所の的矢の流レ來て憂人を廣き座敷に夏木立琴長かりしさかやき剃て髮結ハせ物喰て月見て泊る春の海べか犬のとらせぬ菓子を守りける初夢已が鎌に果しなき棊を崩さずに置上りすませば上廣き山香は一里まで櫻ふくかぜ綱誰レ待暮の棚時分なるとくまでは晝寐するよきに合す新狐三ぞ鳴なる百韻率人(三ウ)被見る練我たけに短かくて月の影伊勢に木像なかりけり武の道にをくぬを我も秋よたゞ凩に澁つく音の幽かなる三つの時親見て親を見しらざる內山の花は折たきくせありて永き日も夫見る迄櫛とらず山ざとや黑木の便りしらせ來てはるかに隔つ御秡子の母今朝肌寒し血胯の垢離賤しく尻を居ゆる牛の背內待せめて鷄冠井に所化勤らむ本ト住む廓月のかすめる去年の師子の布子こそ着れを新畫活三萩百原韻の庵春野角庵黑琴德春庵黑泉庵琴泉野德船春角庵野泉德黑庵野春德黑角三ずか〓〓と雪踏で下る寺の坂未見ねど舅の顏の推をして秋を得て近江の海へ行鱸月に積宮木の數のまぎれざる柴の戶は繩さへしめずのどかなり〓燒あとにも雪のつもれかし入日まで獺の眠りのよだるけに床御機嫌〓る長稿漆黴の穴の今に埋甲陽軍の我乘駒のちんば隱さん產落すよりやすき雉の子けふも接木の花せゝる人にヲ沈みて霧すご景ある石拾ふらん七十情しりきやみのき一一八ず文淵作る句は老を結ばぬよはひにて招かねば川ごしの來ぬ恨哉(24)曉は座頭の杖をたづねたる狐ふをかへて宿りに鷹の美しき此寺は御影供もせぬ其音鳴出すは柳の鳥鳴つらむ我酒ある內は雪を忘れず女ながらも凉しき水を上 る東のかぎり筑波まつしまそろ〓〓白し長峰の花合羽破れて身はこゞえたる螢に暮の戀をたゝかふ傘釣田中の庵に五六の干片〃脇を鰌踏一一九か御し厠日なれ野琴角庵泉春琴野庵黑春泉德琴泉德春琴泉角黑野庵春角泉春庵野黑
三凉川餘處は瀑の臼ふせて関作る聲より東風の先立し山賤の艶しや馬に梅つけて二の丸の奥の木玉の的の音更〓〓て轍やの雪の埋むらむ人めくはゆゝしく雛の酒吟て舟曇り小倉に花の山見えず十十枕くされと辰に神乘せて筏に犬盜袂に拾ふ親のしら骨院の御築地月朧待や宗祇橋杭當る田螺につかる童かはゆきガ主を新隔水三の句前一つ百の淋しさ雲韻みなの成行る時羅月屆ずに文見て笑ふ暮の月(名ウ)石垣に軒の泉をとりたてゝ九十まで二人の親のとしおぼえ奥しれぬ山の外側埒結せとらた氣をいかに隣の柿ゆする祭仕立て出す伏切籠に隱す婆ちいさきク雀に茂る千枝の松かぜ上洛おがむ後を〓むる熊の謄をとる國大なる中新三百韻見口北は海南に嶽に迷ひ來て山茶花は扨湯貝恥ぬ片屋哉勇士主從二十日指霰に契る鳥のねどころ安ケ折和信如仙烏良水秋庵琴德也春及黑玉道泉也水秋德琴庵玉佺野角琴春黑泉庵黑庵(二ウ)寂塔の軒端あらはに散紅葉知行所の花有里のあはれなる桐の葉の沓にかゝりて破れたる聟去て雉子ほろ〓〓と聲す也名月の佛まばらに寒からん命取ルはげみはかなき弓捨て躍にて契りあだしく成にけりほの〓〓と空は門松若ゑびす蜜鍋に鳥のむごく毛を引牡丹根分て薗生秋なり寐耳に捨る御齒黑の水意趣には踏ね夜の苗代簑着て立る乞食成けり社日に〓〓惜む八朔の雨+kを廻る雪汁一二一の道津輕山霧の底なる谷ふかき宮ならせたまはむ夕べ月まちて(ウ)折〓〓の太夫に秋を慰て油器雨曉くけ込て文猶殘す古衣牛飼はぬ村の芝草肥たらん六月の羽黑に頭巾なつかしき徑恨棺に肌難波堀江の歌舞伎語らん切籠艶しき日の朝請し右かはる主に飯を苞ませおとこのうたぬ砧をとある一とせ蒔しほたる咲けりゆくト·(十簀にに 躍の音盜人の家さめざるるはテ割一二〇生1キ花麻鰹ル執我言湖如貞爲周素如也庵水春道秋庵德泉琴黑玉春泉德琴德玉庵筆黑水春泉道文也雲秋
(三)ヒバリしら〓〓と水口過る雪颪世に落て情の絹を賣かねし風呂よりも又行水の快きこそはきは枕の上の蟋蟀霧の端に嫁乘て來て舟見えて畫の茶の薰ゆかしき山風や雲雀追ふ小僧十五に足まじき妬しや萩に伽羅の吹こす稻荷にまうで元政を問フ柳の瘦し水のく本向死を淺ましや狼の輪繩夢よ覺なば齒朶に餅見む繪を張襖月のうつらぶのふのさとに鱸釣あげ妾は新岡三百崎韻のえ者口〓には似合ぬ花の垣越て(名ウ)人いつ寐處の先まで小舟着させてすゑの秋はや成相に雪見えて猿樂の長持運ぶ花表あり雷に靑女房のおそれたる蜩世の中に同じ面ての多かりし柄屋あやうき屋の棟の川文あら〓〓し逢夜恨みむ笛の音聞ゆ修學寺の暮簾百旅魚花のあゐだはまだ十日程の屏歲朝賣のから持薄重寒市を風たゝむかなモ)新ヲ七賀きの三を大近百月かヲ內きリガラ韻にの夜らず嘯尼篝庵及水秋琴玉道泉也春黑德泉琴及泉道黑也庵玉德秋春泉琴水道德也(三ウ) (名ウ)幕うたで石碑は花の春淋し殿樣砂越て水取筧朽ながら飼鳥のかけりし猫に喰はれて憂旅よ錦商ふ身なれども神〓て不思議に鹽湯湧出しかへす田の伏樋は水のさびにけりおもひ草日向葵に暮を見る吉野にうつる法皇の御所洞は八十の師を痛はりて野女あづかるいましめの番蛙細の の分へ蔓若しとて待る道妹やりて閨の 月行に消る夢ぼる馬子の捨笠は剃髮ワ十の宮の一二二膓山堂川風に紙鳶のかゝらぬ栖哉塗籠は夏なき畫の月殘る麥靑く櫻我宿の蠶日に〓〓すがたして公家に待つらん里の役馬津浪のがれし北の山松雉子追ふ殿の何おもふらん凉み所いまだ春の淡雪は白き一二三曙に湖の端は植たす苗多き前垂に小瓶を包む妹おかし北國の燕氷柱に巢をよけてきのふもけふもたゝぬ黑鶴目をかく菊に妬む夏の日春さへつらく鍛治の淋しき烏貞爲素周如信如及水庵泉春及琴德水秋道玉也春黑玉道文雲也秋德琴及春庵德也水
(9)鼓草の己が時咲かはゆさよ千早振旅の唐櫃に注連引て世間は母さへ尼になりはてし邪を口說に夢の驚かれ難波人中の島こそ霞けれ(三)思ひ文書間隱るゝたけたはや花紅葉時雨の富士は目に寒き梁に見越せる池の月黑き賣斗る牛の我を見しらず年鞠なげかへす春のたそがれ角とるからに小性やつれし綿着て菊の賤からざる妬しや狐氣をためすらむ忌のかゝりて二十日淋しき取夜なり豆を新マ三百韻打音(三)島原も折にふれては秋寒き篠竹に人見えねども簑干て月の今朝燕は御簾を出入し上代の疫に花もかしけたる去々年のきれとを浪の關守て黑燒の小草〓〓を〓へつる我知りて鳩の餌を乞鹽らしや如意輪を祈る契の末かけて一夜零陵子の蔓に鳴蟲池にさらすや宮木なるらん伽羅のむなしき春の夜の風儒に捨られし佛哀れし常を裸にふせる曾祖父松にのがれし夕立の空曉木戶の橋板を新三百韻ふむ和執湖言我如仙雲水及黑春雲德水黑德水玉琴黑德及道水春玉琴德雲泉筆春水黑泉庵(三ウ)增シ水に蛇のまとふも恨なき血刀は明日百石になりつらん能キ力御座船磯へ引あげて寐所に蚊帳釣事もなかり梟橋立の魚荷都に通ひなれによき〓〓と榾には打ぬ松ならん袖の露老たる後家の恥かしく後苗打付し尻目わすれず肌の痛しとゑびらとくらん天狗の捨し子を拾ひぬる谷より下をくゞる埋み樋二夜契りし里の 出姿名月とても嵯峨に隱るゝたはれ躍の朝に成までの西〓寺一二五ま女で(二ウ)朝まだき念珠懈たるばかり也室の津や國主の舟を入させてうらみ猶時計背て出る月村〓〓と人は葛葉の相撲見に隣なる確足のすゝむらん蟲はみて續ぬ絹のさかしさよ假名美しき和歌の八代此彌宜の狂ぬ時のすなをなる土のあぢしる芍藥の蟇目にむかふ雲の稻妻荻より奥の娘負ひゆく送り火うつす暮の川よけ聲はみじかき寺のにわとり唐に思ひ六十あまりて我に主ありを送る傾一三四域籠德道玉水雲春及泉琴及玉水黑德及道泉春玉及道泉黑水琴德春庵雲黑
よめねども詩や掛物に送るらん分限になりし庭の明ぼの(名)江戶にてはめじらしかりし屋敷哉十かいの榎の木空なりしか片足はかゐなく馬のたふれけれり平〓の太刀の主のしれたるとや〓〓と富つく夜は朧にて春はとめ置座頭舞まひ花の後鍋燒柴は買ねども先祖の山に鹿の音きく伊勢熟田霧に隔る道分てまれに古錢の月を撰める〓盛の奢は國に榮へけり穢多ともしらず茶をもらもひ呑とろ〓〓と又雨のみか神鳴て寐覺て撫る孫の一年にはや此松の長をこゆる新三百韻黑髪元祿三龍集庚午春孟霞中旬書林京三條油小路東ヘ入江戶神田新革屋町西村市郞右衛門梓行西村半兵衞店新三百韻衞店玉道水德雲黑泉琴雲黑德道玉及雲水琴(名ウ)散花を熊の子を產莚なる諸鳥の鰤のかしらの香をしたひ聟をしらて親せがむこそかなしけれ露にさへ色葉地藏の重げなるつもりまで行舟磯につながせて縣召小人の國に內裏あり大磐若ひとりして讀僧ありて朝かねのみたけとかつらぎのあいやさしあいふに鶉とひたつ羽織の袂月や包めなれぬ姫のいと形よき矢にはく蕨まだ若くして庇つらぬく椴のすく枝けふも氷をくだく墓桶けタけの三合の飯ま一二六む·レ三一七黑水雲琴德及道泉及琴水德黑雲及
いつを昔俳番匠其角
あの雲は稻妻を待たより哉殘れとも薰り分たるあらし哉霄闇や霧のけしきに鳴海潟武士の聞なぐさまんあられ哉春の雪雨がちに見ゆる哀也天地の咄とぎるゝ時雨かな凩に二日の月の吹ちるか春も來ぬ南の譽レ星の道十月やいづくへ雲のくろみゆくあか〓〓と日は難面も秋の風旅風聲は天地の語なりとあるを行つを昔十題一大一百つ俳番匠このかたの反故ども、一俳諧に力なき輩、此集のうちへ、かたく入べからざるもの月定也。日句い象後慈鎭和尙京極殿つをを昔昔伏翁由其好見幽加州湖さらへてみだりに書ス。翁荷露之角春也笑春兮沾わせの香や分入n右はありそうみ馬入や川瀨にあふの櫻麻富士の山師走ともなきすがた哉水札鳴て遠近くるゝ流哉朝櫻よし野深しや夕ざくら面白く汐干の舟を捨にけり肌のよき石にねむらん花の山殘ル雪比良の谷〓〓おぼえけり松原やたま〓〓あるが山さくら山陰や二地加州にて初美濃に入て下身を養はん瓜畠かまくらにあそびて向儀一二二山陰去來校一三〇京僧膳去八路正所翁全湖翁景枳峯春道風來橋通秀
菅笠や吹上らるゝ諸日ばり子の顏に燕泥む餌はみ哉六鳥からびたる三井の二王や冬木立しばらくもやさし枯木の夕附日やどり木や秋にもかれず瓦葺袖の花のその中の其匂哉詠行名主いくたり村樗水音の野中さびしき柳哉其枝かこれかといへばちる椿うつの山折かけてある櫻哉旅つく〓〓しけふ此比の日なた哉四草馬士に貧しきはなしゆきの昏一木づゝとはれぬ馬場の櫻哉名月を驛にみばや酒ばやし十月や草まだ見ゆる庭の隅鷄のめおと寒しや雪のくれ朝ゐする障子のひまや秋の風垣根破るその若竹をかきね哉殿つくり慰みにうつ砧哉松かざり伊勢が家買人はたれ朝ざくら御門ほのかに明る音三居重遊園城寺芭蕪翁の舊草楊子に題す牧方の宿にして思いつを告三部部所いつ を昔大ゼ正珍李津'"美芦のゼ裸"加一其賀伊柴勢擧山同其東普其春全尙文巴素白川角順船義タ下タ虫角雷峰白鱗風堂笑角雫山里の砧やさむく啼狐春雨や庭に鼬の子をはこぶ猫の戀鼠もとらずあはれ也蝶しるや獅子はけものゝ君也と冬の日にほしてはぬらす鵜羽哉子と臥て尾をかられたる雉子哉腹のたつ人にみせばや池の鴛木兎の獨わらひや秋の昏ツおもだかに鷺の來ぬ日ぞなかりけり龍の背に漂ふ鳩の浮巢哉若鳥やあやなきねにもホトヽギス曙やことに桃花の鷄の聲梅に來て各んめの匂かな就中やしほのもゆる木芽哉枯芦に氷をのこす夜汐哉いらごには戎こそすめ水仙花前髪も後の花なし年の菊蕣は下手のかくさへ哀也河骨や終にひらはぬ花盛おもだかや弓矢たてたる水の花川船の筈にはふかぬ菖かなけしちりてさゞらけのなき匂哉いつの時人に落けん白牡丹七獸五木元服してみければ、嵐雪がゑがきしに、さんのぞ獅子舞を見て感あり部けうかる我が旅すがた部一三三一三二尾野陽其櫻西塚肅平李田是友琴其友山同其路露苔友山翁同素溪千吉五風角五川水角吟山角通沾翠五川堂石那由
老僧の笋をかむなみだかな同じ年の人も有けり玉祭禪門の田歌諷はぬ山田哉灌佛によめのくれたる袷かな疊迄古寺やさし軒のんめ尼の子の尼に成たるねはん哉我目には師走八日の空寒し十釋大工達の久しき顏や神の秋元日は法師目なれぬ神代哉水札鳴て神杉すごき流哉寒山の讃寄幻吁長老明星悟心辻宮の良材ども拜みてい〓つを昔草の葉を落るより飛螢哉烏ゆく蚊はいづくより昏の聲賴みてや竹に生るゝかたつぶり我戀は花ちるあとの毛虫哉蝌子も命を游ゲ二三月八蟲鼠にもやがてなじまん冬籠常住をふるまひ給へ鹿の聲山ざくら猿を放して梢かな人うとし雉をとがむる犬の聲爪髪も旅夕立やはなれて牛の門ちがへ居をうつして草部山家へ申つかはし侍る庵の君いつを姿や昔駒迎つを昔京翁同其う觀其雲千景巴彫杉其溪尙其彫同其荷季角口那道風棠風角石白角齋水角棠角兮下山陰や〓水だる音あはれ也小僧ども庭に出けり罌栗坊主扇とつて九郞が暮の仕舞哉うりたさにつかふて見する團哉我子なら供にはやらじ夜の雪尼になりて太秦にすみけるころ寺前の興もとりあへず一三五交題百句大虚凉し禪師の指のゆく所人の世やのどかなる日の寺林寐る恩に門の雪はく乞食哉布袋の讃遊〓水寺十月もいなぬや是の山の神野社をつみかくしたる刈穗哉涼しさや海すこしある戎堂老つゝも早乙女狂ふ御田哉暑日の影もいとはぬ祭哉餅の粉や花雪うつる神の咲うたがふな潮の花も浦の春九神うつみ火の南をきけや蛬力なき蝶にかさなる落葉哉百とせの後なき人や冬の蠅蟷螂の尋常に死ヌ枯野哉須叟は淋しからまし蟬の聲女子の疱瘡しけるきげんとりて二見の圖を拜み侍りて祗一三四感心つまの夜咄に行次郞といふをつれて柴栗奴少二角年其角奴加生つま幽是と伊其巴肅豫其松同同同德山肅景龜其翁七上也吉め元川山道翁角角風山角風
一まはり待人おそき躍かな旅人に早乙女くるふ尻目かなかくせとの文かあやしや扇折扇折子に恥しきけはひかな早乙女に足あらはするうれしさよ靑柳に妻もたぬ人のてぶり哉朝ざくらうつくし過てすさまじや朝ざくら寢髪にかゝる匂かな四戀はつゆきに人ものぼるかふしみ船行ぬけて家珍しやさくら麻馬の陰おりても寒き野原哉霧はれて柿は目も塞がれずかつしかの眞間にて伏見西蓮寺興行つを昔花の雨鯛に鹽するゆふべ哉水むすぶ影飛こゆるうぐゐ哉貫之の鮎のすしくふ別レ哉行水やそのあとつかむ柳鮠純の子や何をふくれて流レ行二魚草臥のやまん二日ぞ花のはる秋の暮肥たるおとこ通りけりもえやすく又消やすき螢哉蛙のからに身を人る聲月花を兩の袂の色香哉花をやるさくらや夢のうき世者辭松島行脚の餞別湖舟はなむけにさけたうべて部世いつた昔加尾一珍越賀陽仙化奴尙白奴去來妹吼與千か、捨はらの尙コ枳尙其ト雨山其仙普其遠八翁露白齋風白角女等川角笑タ人化船角水橋雲三子沾火桶抱てをとがい臍をかくしけるあつぶすま夏の酒債と諷ひけりつぎはきて山陵の壹步をまはす師走哉古足袋の四十に足をふみ込ぬあそぶ事三十迄ぞ夜半の秋此月に無藝を恥ん友もがな二星や獨法師は寢もあかず散花にたぶさ恥けり奧の院すゝ拂の夜は猶白しよめの顏星合や殿の御入の鈴の音五述とにかくにもてあつかふはこゝろなりけりと翁に供して高野にまふでけるころ懷トカ·彌寒し厚光俊一三七〓鈴虫や松明さきへ荷はせて俤や姨ひとり泣月の友左迂に鯖備へける文月哉鰹賣いかなる人を醉すらん入相の船の殘るやはぜ鱠若竹の葉にあたらしき鱸哉ひく汐につれておかしき海鼠哉夏草の我長かくす脚かな日にやけて古き袷も似合けり高燈籠消て迷はん泊舟いざよひもまだ更科の郡哉三旅夜過山たくて、さらしなには翁の句のみ、木曾の月見し比越人を供して沖津にて二三六吟か釋行氷路千尙其嵐八露路杜路湖柴其同翁肅翁友百莫通那白角雪橋沾通國舟花通水雫角山五里陵
池のつら雲の氷るやあたご山さが山やみやこは酒の夷講大年やあすのむ樽の口あけん酒やよき雪ふみたてし門の前絶にはたが〓へける酒のかん名月や居酒のきんと頰かぶりかたつぶり酒の肴に這せけり忘れては獵師に酒を凉み哉九嵯峨遊吟十月廿日草庵薄酒の興、のゝみやひろさばしがれば荷分が奴、〓賓の地をしめて觀瀾亭と名付らるい何となくたんざくほつ友五に對すた昔春の夜の人家に語るしはす哉七賞年はまだ晩田の稼のあつさ哉扇折いかに持たる汗ぬぐひなぐさみも扇くらぶる斗也水飯にかはかぬ瓜のしづく哉暑き日も樅の木間の夕日かな親心子のふすかたやあつぶすまかぶり着てあたまもしれじあつ衾雪は來てから風きほふ空凄し凩やめおとしてつる窓の菰梅探る手は霜やけも薰しゝ六寒かた炭の崩れ哉身のなる行衞番匠の中に七字をかれこれとして心暑東坡文集つを昔즈つた昔義荊濃坂溪千杉其素露本野曾比山去其峻苔同同其彫湖口石那風角堂意水良竹川春來角水翠角棠草は皆女いじけぬさがの町凩の地迄落さぬしぐれかな〓瀧木がらしに入相の鐘をすゞしめよ縫かゝる紙子にいはん嵯峨の冬みやこ路や初夜に過たる絶狩冬枯の木間のぞかん賣屋敷鍬鍛冶に隱士尋ねん畑の霜大臨や音しけるを野の宮のやぶ陰にわびしき槌の同うつりに加生のつまのぬはれけるなり井川澁寺里柿さはす我意酒うけて枝ゆすらするさくら哉花に風かろくきてふけ酒の泡その花にあるきながらや小盞いざ汲ん年の酒屋のうはだまり雪の中に兎の皮の髭作れ初雪や人よりさきに物云んはぜ釣を笑はぬものは鷗かな名月や山も思はず海も見ず欄の琵琶に撥なし蟬の聲船かけて水茶たてたる夕べかな居並びて土に畫をなす凉哉彌生三日枕負子のすがた哉大福は年と友なるあそび哉一三八八酒山中子供とあそびてと有一三九淀八嵐同其翁三由去薰巴三尙枳加去其加橋雪角ケ之來風風翁白風角生來角生來角生
うつばりかくす關札の數荒神に繩馬かけたる年の棚若餅つくり家子に〓こす花鳥に夫婦出たつ花ざかり元よし原のなさけ語らんいきて世に取後れたる老相撲船かけてとまり〓〓の玉祭誰が子ぞ幟立置雨の中振衣まてども馬の出かたきうれしくも顏見あはする簾の間畠やた手枕を入かへて寢る平留守おほかりし里の麥刈盞付ケて鶴はなちやるの中にすめる月影家の陣を笑ふ浦人いつ左昔茶師の藏梢〓〓にかさなりて橋下寒きともし火の筋闇にとて雪待得たる小舟哉蜑のかるかぶ菜おかしやみるめなきよき日和に月のけしきや村千鳥湖を屋根から見せんむらしぐれ婆に逢にかゝる命な勢田の霜晝中やしぐれ似合ぬ鳰のうみ此月の時雨を見せよにほの海帆かけぶねあれやかた田の冬げしき霜月下の七日尙白亭寺へとぶらひけるとて千那に供して父の古〓、醉支枕堅田の十湖上い吟つ十月二日膳所水樓にてを昔ゼ素曲其加尙向其角同雪角雪角雪角來角角生白同角白角葉水角花のもとに各當座つかまつり顏なをし賑はふ方のめでたきに手形かく戀の限りと成にけり今こんと云しばかりに床とりて狩倉にもよほされたる秋の空八景の月と鴈とを見盡して味噌さます草のさむしろ敷忍びよめ娘見分る戀のいちはやき長をくらべてむすぶ水引火燵を蹴出す思ひあまりか贈りものには酒ぞたうとき越のきぬたのいとあはれ也雪あそびてん寺の入あひ小原黑木ぞ身をふすべけるにくまれつゝも宮仕へする一七(四四、きり〓〓す螽も游ぐ山水に影くるはする龍骨車の月はら〓〓と栗やく柴の圓居して鴨啼や弓矢を捨て十餘年鈴の聲片原町鴨こす峯を入かたひとつ松この所より浦の雪さゞれふむ石に踵の洗はれて高根のあらし炒かたまるゆきの日や船頭どのゝ顏の色刄バ亦次しに、續みなしぐりの撰びにもれ侍り足にくはゝり侍るほそらぬ霜の小刀首尾年ありて、に馬此集の人次ので月一四〇其嵐去角雪同來同角雪來角雪角雪雪來角雪來白角生生白同
いつを昔柳にうかむ絃管の舟去來士島町嵐雪十一句其角十一句兩吟おもひたちける人の、いとまなくてやみにければ、心ざしゆるしがたくて、獨酌の興になしぬ。下臥につかみ分ばや糸櫻犬もこてふも一日の友橋造る小屋のかまへの長閑にて藪のこなたへ廻る駕籠かき菊は黄に只しめりたる月の色鼻かうだ手を亦秋の水小坊主に名を案ずればきり〓〓す火打あつめて紙子うれしくいず嵯峠へずうり一足もらひける一四三何を目あてに此比 の蟬なぐさみに喧嘩をするか渡し守杜秤にかゝりて重き身をしる衰へも關寺ゆるす年なれや安養界を鼾ふるしむ板疊階子の下のすゞしきに蚊やり火たてゝ姑いぶせき泣程にからき花さくたうがらし月の露なる白黑の胡麻吹からに一遍どをり秋の風物すさまじき峯入の供漸と米とゝのゆるくれの鐘又たべ醉て寐忙たる顏ほとゝぎす點せがまるゝ片心鑓もたせたる今のまろうど柳舟雪巴其風角同風同角粧はすに娘か常をみせにけりうつり香せむる袖の蛇惠心佛法の力を賴む哉カネ道なる屍ありがたやそもこえこしの越の白山山いくつ物あきなふゐ水からの聲或お寺にねう比丘とて、こしのぬけたるおはしけり。住持の深くいとをしみ申されしに、五の德をかんず。能睡あたゝかな所嗅出す眠哉能忘おもへ春七年養た夜の雨能捕鶉かと鼠の味を問てまし能狂かげろふと頻にくるふ心哉能耽髭のあるめをと珍し花心舍利講拜み侍りしに、十如是のいつを昔心におもひよせて、この心に叶ふべきを捨ひ出侍る。相稼妻や思ふもいふもまぎるゝも性朝櫻つとめぬとても佛哉體鬼灯のからをみつゝや蟬のから力すべらずに筏さす見よ雪の水作秋の田やはかり盡して稗二俵因弓になる笋は別のそだち哉緣山臥の鳩ふく方に入にけり果二子山二子ひろはん栗のから報去年の蔓に朝顏かゝるかきね哉本末究竟等うたゝねにはかなき炭のくづれ哉內秘菩薩行夕立にふみなかへしそ渡舟一四三相性體力作因緣果報其由其同尙去肅其素角之角白來山角堂能睡能忘能捕能狂能耽戰竹千那
家の紋緣の調度に耻しく注連の內比丘山伏もゆるす也宜しきは唯秋ノ月暮ノ雪物がたりしてゆめを圓するあるじも君にかなふ献立足を空なる淺草の市假枕南無と狂ふてからき世に坐禪の影をうつすから絹浦風にくろむ柏檀の夏木立船輪にみえて鰹くひたつ一筋に東とたのむ日の光贄にかはれてのこし置文とかくして女を肩に負て行露霜やげにあかゞねの大佛二一穴井の渦いつを覗く左昔葉藁箒こせまねてめみせん鉢扣新月や十二三あらそふ雁の數見えて節〓〓紋に御簾のはつ月星合の影やにせるの先戰ぎこと〓〓くね覺はやらじ鉢扣世中はこれより寒しはちたゝきそのふるき〓簞みせよ鉢たゝき長嘯の墓もめぐるかはち敲ければ、鉢たゝき聞にとて、を得たるに、草庵の蕪子をうへ分たれば、明けてまいりたればされしに、同講の心をい つはちたゝきまいらざりいを心の月をあらはしてつ鷲の御山の跡を尋ん翁のやどり申昔の男山を昔当秋風同講の心をい李其普其尙去翁去其下角船下角船下角船下角船下角船下角船角白來來角犀川の渡りもよほす莚張り蔦紅葉魔所にも遊ぶ我意水や空取はなれたる月の影白つゝじはづれぬ雪の散消て角なうて男也けり鹿の友上戶は得たる酒の盛やう木葉こぼれて何たきし釜四しばし帆おろせ島の岩組さくらあきなふ岡のト垣の鈴ふく檐の秋風兩吟すゝめられて(十一四五年寄はなぐさめやすき花の陰片枝は棚にもるゝ白藤さも思ひしよ憎き鄙ぶり鎧着て月みたる袖の朝朗駒とめていつもの酒屋面白し殊更にけはひ出たる薄被影向の松のひまなき岩綠中〓〓に幼事せむ春の雨蛇のおそろしげなき八重葎川沖や舟に出ぬ日の風の音舌胸の秋すむ其身僧正山〓〓晴よ比良の浮狐だまして物おもかなしけれども子を捨る歌花もかすみもシテ柱よりいつしか野らに我猫の墓こゝらは魚の油とる家起ては倒れ下戶をうつ雪ふ一四四雲體其溪角同石同角同石同角石下角船下角船下角船下角船下角船下角船
ひとり居やしがみ火鉢も夜半の伽初露に風さへしめる扇哉蜆とり早苗にならぶ女哉申習ひに生身玉かたい座敷にかしこまりすかせば笑ふ枕蚊屋とれ糸花や心も染ぬ水あふひかいらぎさした年も悔らん三世たのむ信者といはれ名に立て美人なれども寢顏まみえず汲よせていと冴かへる六の水何山吹に地下の歌能キ馬を花に引せて口惜き雲霧の八百町坂にさしかゝD帳ゐ簾も假葺の耻かくし髮は兒法師と老て見ぐるしき鏡とぼしき鉢のあら籾を嚙のゆめにもかよふ物の怪の汗田鶴か和歌の夕月いつ座昔よみつを昔女同同秋色角同石同角同石同角石同角同石同花主もお酌に立て花を折郭公五壇あさけは過ぬ鯛の燒物ありがたき太太打てかへる也あれ〓〓と龍の尾まとふ雲早み村薄鴻の瀨ぶみにうち入て幟こてふに似たり眠るくせもの合羽そろひて足かろき雨漕行其溪の感狀わたす月のかゞやき音舟を安房の檀方角石十八句十八句長屋ののいさむ幾茂り增一四六六綱一四七角同石同角石石角同石同
いを昔一四八其角撰集して誹番匠と名づく。是に予が跋を乞。予おもふにその名たること誠に故有。史記の滑稽は誹諧也と註せしを基にて、貫之の古今集に誹の字となせり。是を造作の初として、世々此道の好士、匠をめぐらしてより、旣〓誠の規矩備はれり。近くは山崎の宗鑑、いせの守武、飛彈、竹田の高名をふるひしに、又花崎の翁といふ人ありけり。誹諧に妙なる人にて、かの宗鑑が犬つくばに根次して、淀河、油糟と名付、世に道をたてひろげて、歌林に材を求め、詩海に桴をうかめし程に、心詞削るに新しく、磨くに光あり。すべて今、我やまとの國に、道の工と名を得たるものあまたあるは、皆その弟子、孫弟子、かつは彥弟子にて、其かね正しく直なりけらし。さるを中比、守武が干句のあら削なる風にならつて、一句木に竹をつぎて、物數奇とするたぐひありけるを、今めかしきに目うつりて、悅ぶ人多くものせしかば、此道かたへは破損に及びしなり。是大匠の斧をとれば、必足きるものゝたぐひ成べし。しかはあれど今の代の人、もとより安くして以テたのしむ人の心をたねとし侍れば、終に作り出せる詞も正しく成て、亦正風體の骨髓あらはられて侍るならしかど、筆にまかせてかく所に、其角云、今、予が俳番匠は、其道といひ風體といふ沙汰にあらず。一句は詞を以て作りたつるに、其同じ詞のあらぬ姿にかはる所、これ番匠たるものゝ器量のいたす所にあらずや。よりて五字を梁とし、七字を桷として、人々にあらんに、これが上を作り添、下をつぎ合せ、中を切くはせなど、をの〓〓其はたらき有て一句となす手ぎは、彼構櫨侏儒その宜きを得て、宮室なると似たり。あれば此集にをのがさま〓〓の細工を顯はし、今もみそなはし後の世にも傳はれとて撰しといへば、予曰、喜哉、古人の心に通ず。基俊朝臣歌をよまんと思はゞ此道を深くすべし。詮ずる所詞によりて其心を作るべし。いはゞよき詞もなく、わろき詞もなし、只つゞけがらにて、善惡は有べきなりとの給へり。爲家卿は歌の姿のこと、詞たしかに云下しきよげなるは、姿のよき也。同風情なれど、わろくつゝけつれば、あはれよかりぬべき材木を、あたら事とありしとかや。是歌はんさうならずや、匠氏の功に比して誹諧を導びくこと、韓氏が學をすゝめ、管子が道をとく、まことにためしなきにあらずといひて止ぬ。誹諧堂湖春書元祿三歲南星和日京寺町二條上ル町井筒屋庄兵衞板いつを昔一四九
華摘集其角著
華摘集一五二·花つみ上卷元祿三年の事にや。母の寺に詣まかりしに、四年過つる春秋も、悲しびをもよほすかた多かりければ、思を是によせて、心ざしを手向侍りしより、彼祇公の一とせの日次を、發句つかうまつれりし海山の情、雲水のあはれをも、轉法輪讃佛乘の道に入とのみおもひなし給ひけん。いざ我心、朝夕の人のすくなき折〓〓、聊ものにかきつく一夏百句にみちたれば、花摘と名付侍る也。その日其夜の見聞の句々、結緣となして予が句の下にこれをとりなしつゝ、見ん人々のにきはひと成ぬ。高位高德、師弟親疎をわかつ事なきは日記なればなり。燈禮其角述うすゝめけるに、くんしゆ一向のこゝろをとりて、山吹の色より外の廻向哉非情を悟る春の松風ゆくも來も二つにかぎる蝶見えて十二日東叡山院僧正の靑きひとへや若楓十三日けしの花朝精進の凋れかな十四日淺草川遙游富士行や網代に火なき夜の小屋十五日雨紙合羽かろしやうき世夏念佛十六日丹羽左京のかうのとのゝ、ゆゝしかりける參勤を黑牡丹ねるやねりその大鳥毛一五三八日上行寺灌佛や墓にむかへる獨言歸寺とふらひける三吟に身にとらばあな卯花や母の寺九日むら雨や驪山を名にしふかみ草僧釣雪かかりけるに此里に后ますべし桐の花十日宗竹のもとへ、はかたより文まいりたり。送りものやさしかりければ、ぬしにかはりて申侍る。1キ生の松いかに忘れん汗拭十一日明がたに啼すてし一聲を聞て郭公中入までの芭蕉哉三月十一日より萬日の念佛えか華摘集〓水寺行僧幽舟水彫棠角角羽露黑同丸角角同同同
廿十九日十八日十七日身にからむ單羽織もうき世哉夢なれや花は昨日けふの風下帶や蚊屋取出ス朝より夜あるきを母寐ざりけるくるな哉白露を石菖に持つ價かな山櫻實をもてはやす鳥もなし底白に紅粉はきのこすつゝじ哉郭公幟そめよとすゝめけり日辭自つゝじの名をある人の愛子にれだり申されて雨自世棄華愧摘集廿五日廿四日から衣御影やかけて杜若牡丹芳水につゝめる匂哉橘の一ツ二ツは蚊もせゝれ曇る日を詠る梅の盛哉桃の花折てやはなす犬の聲心よくあられやくゞる冬木立山燒て峯の松見る 曇我やどは何をしのぶの摺燧奉はに入て送られしに、花すきける人の一ふさを、宗長の句をとりて華納摘集うつ哉りけりうちつけにおもひやいづとふるさとの忍ぶ草にてすれるな敦忠のうたにや僧蕋同同同同伊知野同魚賀ト由土玄田女正良彫秋角芰角津狐口宅角春素同角棠色同廿八日廿四日廿六日內川や鳰のうき巢に鳴蛙獺の祭見て來よ瀨田のおく短夜や朝日待間の納屋の聲交のさめて亦よし夏料理城傾や傾城を見る夕凉きうくつに鰹をたゝむ主かな蚊屋は此庵のうちの庵哉一時も今この卯月價なし草庵畫臥庖丁が牛何とさく、此日閑に飽て翁行脚の折ふし、膳所へゆく人に、會ある人の別墅にて、盟一五五廿三日廿二日廿一日繩さばく心も常かうがひぶね我妻の汗に成たるもめんかな夜早ねん紙帳に風を入る音しばらくは蠅を打けりかんたいし蕣や盛久しき種おろし妻戀は人やとがめん寺の猫廣庭にゆたかにひらく牡丹哉蠅打よ何れにあたる點心閑物かける扇は見たし渡舟ゝれたり伊勢よりもたれたるみやげにか射者中奕者勝佛申の日とて蚊屋まいりたり居骨表一五四久全楊柴居女尼さ同智翁同百琴由角同角里風水峯水雫同角の月同
廿九日盜につれそふ妹が身が泣て古御所を寺になしたる檜はた葺歌よみの跡したひ行家なくて山つくす心に城の記を書ん眠ては晝の陰に笠ぬきて澄水に天をうかべる秋の昏川舟の綱に螢を引立て有難や雪をめくらす風の音盃の肴に流す花の波鶯の聲賤しさよ夏の雪雲の峯いくつ崩れて月の山語られぬゆどのにぬるゝ袂哉幕うちあぐる燕 の舞祈も盡ぬ關〓〓の神鳴子おどろく片藪の窓さるかひの梧に見付しこゝろふと鍛冶が火のこす電の影月山の嵐ぞ骨にしむ豆うたぬ夜は何と啼ク鬼斧持すくむ神木の森百里の旅を木曾の牛追北も南もきぬた打けり鵜の飛あとに見ゆる三日月住ほど人のむすぶ夏草らく、元祿二年六月にや。月湯羽黑山於本坊興行の歌仙をひ同じ山行華華山殿摘摘集集釣觀修坊同翁梨會曾翁釣露梨曾翁露釣曾露翁釣梨殊釣曾露翁丸雪良丸雪水妙雪良丸雪水覽良雪丸水良五月朔日壬二集(+)春を經し七ツの年の力石的場の末に咲る山吹雉の尾もやさしくさはる堇哉鷄のおかしがるらん雉のひな蛇くふときけはおそろし雉の聲松原に勢の揃はぬ螢かな鶯よ獨ばみなるほとゝぎすさみだれの名も心せよ節句前うすものゝ風情日に張ル團哉篠かけしぼる夜すがらの法ス廳の音を狩宿に矢をはぎてうす雪は橡の枯葉の上寒くかき消る夢は野中の地藏にて足引のこしかた迄もひねり蓑まつはるゝ犬のかざしに花折て月見よと引起されて恥しき妻こひするか山犬の聲敵の門に二夜ねにけり髮あふがする羅ウスモノの露鼠湯の香にくもる旭淋しき汲でいたゞく醒が井の水糸に立枝にさま〓〓の萩け爪かな、と申たれば、うつくしきかほかく雉のへていかにひまなき雨ととへばさみだれてさ月きぬれば名をか說卯月十八日の洛下文の中に聞ゆ落柿舍去來稿一五六一五七女秋去翁溪彫圓釣露梨翁露そ圓露翁釣露翁曾梨色來石棠角角入雪丸水丸ら入丸雪丸良水
華摘集鼠〓〓暮ニ出テ朝カクル。家ニ居テ人ヲ恐ルヽハ、足ノウラニ疵持ケラシ。山椒ノ眼、小豆ノ鼻、齒ハ糸ヲ付テ小袖ヲ縫ベク耳ハ木葉ノ芽ニ似タリ。地黄ヲ喰ヘバモ白ク、大乗ヲ嚙バロ毒アリ。尾ヲ切テ錐ノ鞘ト爲ハナシテシ。背腹ノ色ニ目出テ、薄モ濃クモ染出セリ。被カブリタル姿ノ若ナルハ、娶入ノ繪虛言ナラン。筆ノ用ニ髭カンバセヲ拔ルヽハ、老テノ後ノ悔カ。顏ノ烏魯ツキタルハ、畫鼠ナレバナルベシ。つく〓〓御身が徒を思へば、油を呑事世の酒にひとしけれ共終に醉ふりを見せず。栗を盡し器を破るは、殊更にくるしからじ。貧僧の笋につくぞ猶憐なる。恥かしき文を散して、おとこ、女の中をも妨げ、あやしき巢を作りて、源平の亂と成ぬ。何を語ひてか侫人の例に引れ、いかに諫てか書を燒世の宰相となしけん。神佛の貴も尿かゝり、糞に汚れ給ふ。地獄おとしの苦み會て知らざる一五八にや。日月の鼠と聞ゆるぞ、わやくものゝかしらならん。ツク〓〓御身ガ貴ヲ思ヘバ、牛ハ形フトク、虎ハ心猛ケレド下坐ニ立リ。百敷ノ賢キモ甲子ヲ迎ヘテ、年ノ號ヲ改玉フ。春立カヘル遊ニ子日ノ御賀アリ。子祭ト申スイツノ時ヨリハヤリケン。漢ノ倭ノ歌ニモ洩レズ、海原や藻鹽ノ陰に住ム海鼠秋風の尾花が末に鳴うづら、我朝ノ人ハ野鼠トツタヘ侍ル。麝香鼠ハシラヌヒノ筑紫ヨリ外ニユカズ。天井鼠ハ雷ヲ鳴リ、トコノ乙若ヲ七郞トハ申シ、新左衞門ト名乘ハ、月代剃テノ事ナルベシ。大子等、子々鼠、月々十二ノ子ヲ產ム。颯々ザノ扇骨バカリ、誰ガ家ニ取盡シ得ン。モシ白鼠參リテ、福ノ神ノ使センモシレズ。つく〓〓御身が危を思へば、嶮しき城を賴つて籠るとも、鼬をふせぐ謀なからん。鳶を見て瘻小烏にくれんとて中空にうちあげられ、いとあさましき姿ぞや。か番木を甜、吹矢に當るとも、いたはる者はあらじかし。トリモチ吹鼠、ぬれ鼠、黐にまつはり、或は鈴を頸にかけ、辛うじてふるさとにかへるとも、父母にさへ見捨られん。西寺の老ぬづみ、をんもつんずつそつんづ、法師に申さん、ッ師に申せ、友達迄にはやされて、つらよごし成べし。空ニ死して仕合と、東坡が袋逃たれど、生捕れでなまじいに張湯か文を聞、我さへ悲しきを、狐狸の命とらんとて燒ケタハシリ鼠と成たる、いと淺ましき姿ぞや。桁走障子のぼりてサス早業得たりとも思はず。升にかゝりて長き別れと成ぬ。その妻といひ子といひ、いかばかりの思ひをかすらん。御身ガ隱レ里何レノホトリゾ武藏ニ鼠穴、大比叡の禿倉ナルカ、ナドカ歸ラザル。賴豪ガ勢モ本意トゲガタシ。지.猫ヲハムノ醫モ不善ナラバ成得シ彼ヲソロシキ睡士ト世ニ相住センハ、面白カラヌ浮世ゾ。面扶持をへつるか粟の鼠共華摘集いつをむかしのれうびく、つく〓〓承りて、法師ばらに、申つル にたへたれば、相鼠おしえありがたく侍るほどに、一夏百句のけちゑんにとて、此集にかき次侍るなり。二日かぶと取出すをみてものゝふの幟甲や庫の內三日信濃へまいらるゝ人、暇乞せらる餞に、ウツバリ梁の蠅を送らん馬の上日午の年午の月、うまの日、午の時うけに入。競馬埒に入身のいさみ哉同じく有卦に入笑の皺ぞ酒による雨ふりて人の來たりける日書す角同四日同百里一五九
草の戶に念佛の內もかやりかな鳴ずゆけ親なき門ぞほとゝぎすみどり子や此頃步む夏衣大佛うしろに花の盛哉木下に汁も膾も櫻かな松風にうれしき花の高み哉花に來て袷羽織のさかりかな羽にうけて幾重の雲を啼ひばり名のつかぬ所かはゆし山ざくら春風やげに迂宮の明る朝小蝦喰て正月するかかいつぶり元日や珍重すべき梅の花芋ひけやあとに月すむたまり水ぬしは誰〓本綿なだるゝ秋の雨菊の日と月いづくの泊せん一昨はあの山越つ花盛り雪の今朝柚子見付たる梢かな鉢たゝきたゝきおさめの夜を聞ん雪の夜やとりわけ佐野の新買んいざさらば雪見にころぶ所迄物くさき身に恥かしや庭の霜水鳥のくゞるやいづこ浮所雪かなしいつ大佛の瓦葺たうとさに皆おしあひぬ御迂宮心束叡山行雨九月朔日發足去來にてならにて喪華華後摘摘集集大尙津去僧路盲渭人湖近角江素几路僧宗僧翁全楊同翁山尙同三幽翁巴曉枳翁也白來通風雲橋春風上見鵬通派峯水川白八尾御門主たが笛ぞ竹にはじまる秋の聲六條は蕣をそき所かなあらそばの信濃の武士はまぶしかな畑打音やあらしのさくら麻蹻もなき向ひ近江の畠かなキ、供御の瀨を流レ渡リの螢哉初瓜と妹にいはせん親獨雇人のあいさつうたふ田うへ哉あそこ爰心ならずや宿の月秋の風伊勢の墓原猶すごしうなひ等は鬼灯ふくや猿の顏秋風に卷葉折るゝ芭蕉哉御調より我子に一ツまくは瓜六日止波浦にて五日左右左に橫雲ろたるのぼり哉杜若足もとにあり馬峯地引すと蜑のまに〓〓暮の潮梳る甲の髭の齡かな年古き人の咄や印地打樗佩てわざとめかしや芝肴花あやめ幟もかほるあらし哉何に此師走の市にゆくからす師走さへ一條殿の衣配名ばかりは旦那也けり年の暮仍駈入競馬之埒畢。右四十句俳番匠之墨糟也、十三日と心得ていせの國中村といふ所にて甲陽軍鑑をよむ一六〇一六、加一賀百溪柴溪嵐翁野桃枳翁去沾風由翁尙珍加文巴風來荷喬之白タ生鱗風笑里石角雫石雪角徑固
十一日あの蟬やもぬけと成て落所しべばかり散殘ても櫻かな五月雨や富士の煙の其後はねころべは咄すに遠き火燵哉一しきり庇ばかりのあられ哉その實とる爲も忘れぬけしの花旅人に鮮ほめらるゝ屑屋哉炭燒は中〓〓恥ぬ都かな名木を乞食に習ふ櫻かなうけ給て、にほひ有けるにや。梅が香や乞食の家もと聞へつる、あまさがる非人貴し麻蓬書に申つかはしける。れるはてにか有けん、絕景華摘かゝる功德を集かの卷の奥九八七蕣におもてうらなき隣かなてり曇る空はつれなき鷦哉燕もかはく色なし五月雨日枝柿や佛ふるし初いちご名は佛只身のための夏花哉手に蓮膠にしまぬ匂ひ哉日蚊屋釣て寐肌や見する蚊のおもひ折を得て古着ぬぐらん蟬のふり土のけて古葉を染る竹若し霄の蚊も枕をわたる八聲かな日けふはけに淀にも見えず眞菰舟五月雨に降參するか帋幟雨得正觀音像醉て忘る二カツ華摘集かの卷の奥沾沾同松春横崔山同沾同重同同巴山是荷荷角翁魚几雨川角荷角則角山角川吉春在原寺十三日十二日多武峯大五〓寺墨染に獨ことたる茶摘哉ならびても先だつ船や初鰹野草には長のすぐるゝ葵哉御坐摺て吹風かろし蚊屋の足みじか夜や隣へはこぶ蟹の足さみだれにやがて吉野を出ぬべし芽出しより龍田は外の楓哉おそろしき角になつきし鹿子哉日回〓の比おもひ立て、靑柳も我肩過ぬ水鏡朝〓め花におこたる聖哉和らぐや杉の林も日の光岩翁亭題送蟹大和めぐりせしに、一六三十茂る木の中にかはゆし桐の花山菅のゆひめおかしや粽籠日いさむ氣や童につるゝ里神樂雛立てその名しらるゝ女哉ぬすみてもころばして行西瓜哉うつり香や虫干もせし單物入齒して心安しや瓜畑贈芦好屋物日める有と書り。き土の車の林の陰に、三藏といひけるかたいのもの、ぬゞれたる袋より俳諧の歌仙取出して、其卷の前書に、點願はしきよしを申てしざりいかなるものゝな身をかなしこゝにいやしつ一六二妓少同同龜年同同同同岩柵童三泉同角雪翁翁
華摘集目覺るは笋ねすむ木玉かな十四日枇杷の葉やとれば角なき蝸牛形よりすげなき枇杷の黄葉哉女さへひとへ肩ぬぐ春野かな言種も小籠の內ぞ初茄子十五日紅粉買や朝見し花を夕日影軒の菖二十若くば飛つかん仁品寺にて門迄はあとずさり也花もどりしなびたる法師の、十六日梅干けるをみて、梅いくつ閼伽の折敷に玉霓十五日芦屋が餞螢なら夜道〓ん我思一六四同じく住家かたつくるとて蚊の聲も今朝よはるべし明長屋十七日遠水同角翁泉岩同妓童松いらこの杜國例ならで、うせけるよしを越人より申きこへける。翁にもむつまくして、鷹ひとつ見つけてうれしと迄に、たづれ逢ける昔をおもひあはれみ〓羽ぬけ鳥鳴音ばかりぞいらこ崎十八日少年を舟に供して、をとゝのへたる、不死の命此舟に老たるはなし夕凉十九日日待醉しらけて、みな逃ちりたるあとに、ひとり灯をかゝげたる有がたさよ。いつの間にお行ひとりぞ夏の月嵐角ケ淀三角同同角思同廿五日茂叔讃傘に蝶蓮の立葉に蛙かな廿六日山田昌悅亭にて汗濃さよ衣の背ぬひのゆがみなり夜舟興ゾ笘すゞし橋より覗く茶の匂ひ父の寢ぐるしきを夏衣いつかほそらん老の腹廿七日入湯の人木賀をかりたりしに蟬の聲ましらもあつき梢哉木曾川の材に待得たり五月雨廿八日井にかみあらふ賤の女は、おもひもかけぬつやなりけり。顏あげよ〓水を流す髪の長廿九日舟興あはれなる哉や、親の子をお廿日同凉しいか寐て髣剃る夢心廿一日京の假屋のいぶせきに、沓作り藁打霄の蚊遣哉旅人や曉がたの蚊の行衞蚊遣火や結分たる繩簾みじか夜や憎さもにくし鼠狩おしげなく雪の庭ふむ坐頭哉廿二日夜讀書蚊を打や枕にしたる本の重廿三日露沾のみの能奧行日にやけで酒呑けるぞ〓水鬼廿四日旅立人をあはれみて舞坂や闇のさ月のめくら馬華摘集角同同荷里花水沾百氷妓童梨巴山同角川角山同角同一六五
華三二六月朔日夏ひとへ冬は恨んゆかた哉中間の手に握らるゝ螢かな奪あふて踏ころされし螢哉藏か家か星か川邊の凉哉あるものか鴨といふ舟の人の汗有がたや家に冷水氷餅白雪に黑き若衆や富士詣日藻や魂ながす川すゞみ日所遊齋海寺巳華風亭見摘集更る程四手のいなの光哉ス手に摘て片枝葉のなき樒かな一夏牛盡華摘集摘華摘下卷摘集一燈禮其ゼ萬柴曲"已沾溪角山述四雫水百角德石角川同五四河簀垣德利もひたす流哉日西行と目は二つなりふじの雪白雨は天狗笑の梢かな髮ほすに草のゆるがぬ凉哉凉しくも海を染たる入日哉藻の花や繪に書わけてさぞふ水日白川の風にふかれにゆく螢うす〓〓と底に丸みや三日の月三ケ月に凉みたらざる端居哉打水や蚊の聲わかる竹の隈水うてや蟬も雀もぬるゝ程きしに、此秋の行脚は、讃このまれしに遊女小むらさきをかゝせて、一六七祇公日次の題をとりあはせていづくにかと聞一六六幽鐵鐵金同己溪巴角也蕉蕉鳳角百石風角
華摘集夏山や庵を見かけて二曲りおもふ事だまつて居るか蟇石山にな男なら一夜寢て見す春の山六日祗園どのゝかり屋しつらふを杉の葉も靑水無月のお旅哉京なつかしく、祗園會かたり七日出て鉾にのる人のきほひも都哉風暑し茶の殻くさき縫枕鵬もかはゆき鳥屋の暑さ哉八日母の日や又泣出すまくわ瓜花つみの中へその母に逆緣ながら蟬の聲憶子一六八オ)梨の花しばるも己が實の爲ぞ二月やまだ柿の木はその通り九日翁よりの際に、都の准み過て、又どち風になりともまかせてなどゝ、聞へけるをとゞめて、丈山の渡らぬあとを凉み哉日の陰や葉にのる瓜の二面我ものとよき島着たり木平賣妻もあり子もある家の暑さ哉夕凉み似合ぬ僧の丸はだか毛を替て靑葉ともなし池の鴛十日曲水の旅宿に訪て、湖水をおもひ出しに漣やあふみ表をたかむしろゼゝ草庵を人々とひけるにあられせば網伐の氷魚を煮て出さん妓童梨越曲同水水人近江女とよ角角山巴同氷竹13同宅雫花井ト柴角角僧己百翁妙延寺道法華本門の心を雨露は有漏の惠ぞもとの花の雨麻よもきといふ句を結緣に申つかはしたれば、我母の追善とて此句を送りける也。翁當歲旦に「こもを着て誰人います花の春」と聞へしも末來記なるべし。堀かねの各は晝顏の雫かな十五日娶入せし時の枕か土用干十六日怖夢を見て切られたる夢は誠か蚤の跡衣食住の三つは、何れかろんじ侍らん、然共草衣茅舍は、安身のみ、食誤つて天命を斷といへるにや。酸殘る齒も梅賣る老が泪かな苦藪根堀るうき世の味や蕗の臺甘井の底の蛇を忘るべし蔓いちご辛百、草に蓼の實ばへは著鹹散りかひて櫻まじるや須摩の鹽十七日炙すへて夕立雨のあゆみ哉一六九可車輪下非人角同十一日水の粉に風の垣なる扇かな十二日夕藥師すゞしき風の誓かな十三日拜天王之御旅所里の子の宿宮にいさむ鼓哉十四日蒲の穗や蟹を雇て打もせん引汐に動かぬ舟の暑かな華摘集角山川同同同里百角
十八日仁あれば春も若やぐ木目哉蠅をうつその手枕の眠かな犬蓼の柳原こそ五條なれ抱籠み妾かゝえてきのふけふ次の夜は結句不拍子の躍かな盡の巢や干ス〓〓ぬるゝ妹が文ぬれ石に猫の晝寢の暑さ哉々、なり。此狐つき日比の田夫にてぞ有ける、て云出ける句、伊勢の國にて、狐の人につき京にいなか嬛狐いにて後は無筆なりしと爰にあやしく、其筆跡正しう狐にて侍れ寡華摘たえなるた集廿二日廿三日廿六日廿五日廿四日魚の降白雨すゞし町屋川ゆふ立や炊ぐ煙をつれて行夕立や洗ひ分けたる土の色燒鎌を背に暑し田佛めきて心おかるゝ蓮かな憫煙誰どのゝ後室にや。雨農村寺までの草取百姓のしぼる油や一夜酒紅に團のふさのにほひ哉不奪白姓膏腹とは、文選のことば也。有さまを、誰どのゝ後室にや。華摘集寺までの摘集草取三女己舟笑井寒達遠百秋百竹種角蟬曙角角水里角角色廿一日廿十九日秋鳴スさゝら太鼓や夏神樂床しさはいくつ角出ス濱の芦剃立のつむり哀や秋の風リ夕顏や白き鷄垣根何云て聲のかれたるすゞみ舟紗の切れに螢つゝまん鳥部山月出て座頭かたぶく凉み哉日難波江にて別に、路通、そがはしきを、市中の光陰は、つるがへおもひ立ける餞ことさらにいより晦廿九日廿八日廿七日蟬をきけ一日啼て夜の露夏秡御師の宿札たづねけり日海松ふさや貝とる出刄を蜑にかる夕立に獨沾の葉廣き匂哉白雨の空さへ晴る黃菊かなぬか味噌に年を語らん瓜茄子帶袴とらせられけり夏の亭つまねども勤て通る樒哉炭釜に蚊の聲こもる夕かな蚊の聲を惡も時の信哉雨豐木戶番をあはれむかまくらの濱出を中吟年デ一七七七月の事にや、めしにもと書付侍る。元祿元年一七〇路曲枳筍友仙賤童由角通水角風深角同同角五角化水次之同
七六時ならぬ水かけ草や七夕や暮露よび入て笛をきく日星あひや物たばひける胸の中日秋風樂を所望してためし侍れば、もろこしにも、華摘集ひかことせし星の聟五四日日草の露こぼれぬうちぞ千々の月深さしれ水のよどみの白蓮花庭籠よりきゞす追出す心哉はつあらし兎の毛並ほそりけり讀大智度論不斷畜樊中離婁之明一「ネカハ念·ハ七月朔日秋といふ風は身にしむ藥哉水音も暮に淋しや崩れ築のる人も其駕籠かきも涼哉よしあしをいはで譽よき若葉哉七夕の重ねてめすやかり衣木の下の庵ものうし夏の月物〓〓よ花火おそれぬ凉み舟其一順をあらはし侍る。可然、たれば、父の煩はしきを、によびたてられて、もりゐたるに、心非心是いふを告たり。妙感のあまりに、松原にて華一折過る程に心よしと摘いなみがたき會此句を申出心もとなくま集日ひかことせし三素同同同筍防鋤定松莫笑井見同角深角風立良風陵種八金銀花氣をしる夜の伶子哉文月や產るゝ文字も母の恩何〓〓を七色あげん星祭星合や人のかしたる衣幾つゆふかつら星合の濱にかけて有星あひや露は一ツの葱畑蝙蝠の虱おとすなほし祭名のたゝぬ夫婦世に有天の川日題張氏隱居めたれば、れがはしかるべき事やあるとせ當年も予が竈ふすべける身の、りけるを、になりける姪を寺へのほせたれば、三遷のおしへに慣ひて、一月ありて七夕に歌奉言下にいとほしみて、己一七三七つ赤の三西側に灯籠ながれやみかの月日卯花に乳母なつかしき垣根哉兀山もことさらぞよき岩つゝじそのかぎり夕日を挑むつゝじ哉寢かるゝも心拍子のおどり哉秋來ても色きのふ也桶の百合手拭の筐よりもる一葉哉顏つきのよきはまれなる渡守燕の巢を立日より稻刈て相摸習ひにくるゝ岡越日右左ある替てよく澄內井戶の月市僧を問て草庵に水つきて、隅1磯住わびけるの一七二足跡二日少匏年長白崎全旦遠龜藤軒峰水水翁角是溪靑里曲仙溪松幽定瓜角吉石女東水化角角石風也良
十四日門並や箱挑灯は盆の玉まつりかたよせて釣る紙張哉玉川を我聖靈の手向哉北露の虫のそれ〓〓の穴秋風や肉さへつかぬ草村に飯吹とるや秋の風みそ萩や分限に見ゆる髑山寺や人這かゝる蔦かつら出羽の國山寺といふ所にて落葉はく賤は色なき手業哉熊峰の花の露吸ふ情かな濁る井を名になかたりそ秋の雨の玉川には、分ありと語りしに、郊華原摘西行上人の堀井集中髑若木より〓水に馴るゝ柳かないざ書て暑さ忘れんふじの雪自舞の手の扇にあまる暑さ哉鵜もつかれ鵜飼も眠る夜明哉蟬の音に爭ふ雨やザンザ降物種よ小松にまじるけしの花山下にて木啄の柱をつゝく住居かな幻住庵山上いつたきて蕗の葉盛の御佛餉ぞもらすとて、祥せし所也。石山幻住菴は、ふじ垢離や女の上の物笑夕顏や羊開し八ツの鐘畫讃華ひと日佛餉をまい芭蕉翁かりに尙摘集ゼ千龜溪琴童溪琴仙同柵石氷全曲曲里訓同石風次角石風角化雪角破足鼓花峰水水東女十六日十五百其時は螽おさへし墓の前木がらしに軒の瓦も哀也白妙に夜の牡丹の風輕し葛の葉の赤い色紙を恨哉秋風に俤見えぬ玉まつり銀白雲やちらり〓〓と山櫻を亡親之日三十三年の回愁陀羅尼品揚子之語簡而奥孟子之文直而顯苟子其辭富而麗惑さを、たんざく、罪の秤かかゝせらるゝ迷や墓參九十一日十星合の夕べ淋しや比丘尼御所親も子も〓き心や稻妻や朝暾したる空に又人の子にいよ〓〓親し秋の昏生靈酒のさがらぬ祖父哉朝顏や命とらるゝ 土日日ひ分て、海邊曉雲いふ。花はかために入、誠切なるあらそひを、けその勞にかけらんと葉は枴に荷Tショヲホヂ蓮龍賣十三日十二日負ぬるを咄にはせぬ相撲哉美女美男燈籠にてらす迷哉南部の其詞たづれ來りて、野田や一七五墓一七四參仙同同楊裴遠童楊半水戶山口化角水角淵水角次水同角夢角
佛菩薩緣覺聲聞天道人道修羅畜生餓鬼地獄十七日紅葉狩賴高十九日老三井寺三東三重蟬の聲諸虫手向の千部哉我も又もらひ泣せん秋の蟬有明の月に成けり母の影松輪北政砂松梅や夫婦通夜する神の庭くるふ程狂ふて後夜の月み哉泊瀨女を夜な〓〓送る蚊遣哉切込て太刀に火を見ん岩の霜東屋の母屋に經よむ時雨哉いさぎよく末摘れたる茶木哉松の葉やはかぜ目出度門の雪さもこそは頤ゆるめ華の酒滿番百組輪ふえて菊にみじかしませの竹西瓜くふ奴の髭の流れけり髭がちなる男の推つみたるは、にげなかるべし。稼妻のわづかに笑ふ契かな受がたき身を悅べや生身魂辻々に切ちらしたる西瓜哉馬士も倒れ臥野の末の露子を捨る長者の門や高燈籠落鮎や火振ひまなき水の色躍子は母のかざれる菩薩哉蓮の實や風にものらずとゞまらず秋風や梢はなれぬ蟬の空孝養施餓鬼華摘樂追加四日五日のおこたりにつきて申侍る、華華樂集百東筍肅探里順深角山泉角十八日賤が身も名乘を恥ぬ相摸哉散花の錢箱守る雀かな誰ためぞ莖立ふとる明屋敷寺々の掃除はもとり柳かなはま衞友くるはしゃ犬のつら夏の日や濁りし水も時の味いろはをもかゝぬは我と猿ばかり老僧をまてば涼しや辻せがき牢人の肩とがりけり秋の暮すまひとて力くらぶる童かな賴朝もせはしき回り燈籠かなつぼみとも見えず露あり庭の萩晝寢して夜をあてごとの鵜飼かな算木餅を文字にかさぬる灯籠哉一七六閑興六歌仙さす月も輝く四間の靑疊檢人遠しをのらが國の長閑にてゆく水や何にとゞまる海苔の味蜈をすつる扇露けき校籾の芽立の堀江棚橋成の一七七此比の顏舜やよし見ん人は竹格子三とせはや燈籠一ツもなかりけり三人の聲に答よ秋京中閑居同淺草誓願寺念佛堂智海師をともなひて、七月廿一日コ齋三回忌なれば、じ くの墓誌、聲の聲近小岩同野同半龜東戰そ江文僧里琴溪其枳同東風石角風石角角風角翁徑夢翁順竹め松東角順
(+)御墓への道こしらへて悲しまれ髭鷄の田舍相撲をもよほして我は來て金拾ひにる花の陰駕の番におかるゝ霧の中たゞ世には龍田の禰宜のしぐれ降數珠や獨鈷念じ居たるに秋の雨狐かくし題おもふ方にも讀まさん二日の夜に成し雛町頓寫の琵琶の折からの秋又その枝に冬借錢乞は酒にやはらぐ長土器添る檜破子の數其血したふ一筋の着哀に狂ふ月の女使の御返華摘集の甘柿事芝影待四月晦日おもふ事二ツのけたる其跡は鑓持の草臥たるぞ哀なる鴨まじる鳥羽田に鴈のはみ入て月よしと隔をとりし相借屋狩人のさぐりにかけて飛聲に郭公背中見てやる麓かな花の都も田舍なりけり年は此秋七ツ撞出す菩提所のかね子の臼とりに母の餅づく急にから味をしぼる冷飯體なき山をつゝむ夏草石山幻住庵をかたり出て馬華摘大甞集會也其曲角水角水角水角同水同角水風石角風石角風石角風石角風石角(+)何者のひりさらしたる道の屎くめやくめ海より樽をひろひ上げ居士號に衣は染て袖の色此戀は兄が合點を待斗長き夜に藝しぶりたる咳ばらひまれ人に酒買ふりをかくしける春風の馬より下る番代り町汁につれだちゆくや櫻鯛其立る額のはえぬ氣の毒藥をはこぶ簾中の秋さてよい月とほめて居る也舅の紋と見ゆるきさらぎ六日 の浦いかなる用にいそぐ燕の祭具足かす也邊の曙の空七十一七九すり針や近江の海を見おろして冬の偈の灯の花しら〓〓と老功をあざむく程に軍してよむ內に泣るゝ文は天津鴈秋の渦まく上薦の衣磯の月何勸進に來る船ぞ老樂の本卦かへりを祝ふらん風に吹れてかるい疱瘡垢離場より導者告くる人の緣妹そねむあねや貧しき着やぶる迄は木曾の麻衣せばき莚をうつす熨斗餅霜のへ霜にいたむ尻窺まづは心にゆるす勘當いで其比とうたふ勝修羅一七八ハ角水角水角水角水同角水角水角水風石角風石角風石角風石角風石角
月影も鼻の先にや成りぬらん扇をもたば蝶の心よ分別にわたるか花の八重一重前巾着に小判へし折景〓が道の早さは夢もしれほれた子細を關る明神振袖の羽織捨たる露の上弦の別れに落る龍膽のぼり〓〓て富士の白雪華摘集(+)うき目やむ洗藥もなみだ也出家になして珍しく寐ん横川まで文の音する菜の物孝ある嫁にたのむ古〓双六の石と塞との三十餘り東寺の塔も成就して猶金箱に包れながら霜寒し梶とる足の憎き河舟二人してかたみがはりの頰かぶり若殿原に小弓まいらん萬歲に身は下る共春の月肴手折て瓶にさす花袖に來て物語せよ雀の子くま〓〓さがす尼の針箱死ざまは人なつかしき泪にて華摘集とくるし。晝顏の憎き樣なる旅の日數ぞい別後を問ばいまだ必草取のはれに染なす柿苧哉千那亭に休らひける即興。翁に供して辛崎へまいりけるに、珍タ角同水同角水水角水角同棠同山同角同棠同山同棠同棠名月の海見て思へ西の海安房の海奉りけり汗拭今切れとことはる道に行暮てはし鷹の口すゝぐなる溜り水遠侍に問乘物をつらせながらや花の雲山里の春を過さぬ京の禮疊紙におしむ夜こそみじか夜空おそろしや白き食米氷によどむ蝮のから母てふ筋をまねく初蝶つゝみ分たる椿早梅首呈途餞ん 草の名早歌よまぬ心きたなき水もらふ姿を跡に思ひ出し紋見知たる君が傘やなどあらそふ程に村時雨聞うる甲斐もあらぬ法談盜人と吾名よばれん里の馬まだ栽ながら榎値をする行末は鍛冶がきぬたにいぶかしく重なる霧に罟を着て臥いたく醉ほど只顏に月を見て蟬にまかする聲の乏しさ筆をさす御笠やかろき下凉ずしも、忘れかたき事のみぞ多かる。菊とにあらん、かはかりならず、と、我翁のいづれか、今朝に殘る秋香一夜におとろへずVa一八〇提灯一人一彫肅其肅彫同山同角同棠同山角棠山角棠山棠棠角山角同棠同山同
七月十九日半時七月十三日六月十一日投られて坊主也けり辻相撲夕月に湯手のへちまの漂ひてをのがきほひ夜更てうすし花火船甲斐歌やさやかにうたふ春の月又けふもきのふの群の花盛灯をよせて夫をさらす頰の皮下紐の結び目高き忘レ草夜の雨燒食二ツにぎらせて貧ゆへに祐乘か猿はさけぶらん遠餘所に窓つき上るひとよぎり茅薄牛見えぬ程引ずらせ野路の月走こぐらに息切れて1キ笑ふなよ水の粉くれて車儈夕立けぶる風の勢ひ袺袋せ泣てしまふたあとはねられず變化とりに參ヘる率人何うろたえし雪の關守爪ツ十分にひたす盞しめる羽織を裾にまく露橋神さびかすむ總一の宮遠巢島巢に小鮎くはせてうき戀語る所〓〓の高札人くひ犬の吼ぬこの犬小便赤きあきのあら海上華華ま吟摘摘き集平集茸其龜浮旦柴其ト角翁萍木雫角宅雫角宅雫角宅雫角宅雫角宅雫角宅雫角宅(+)蜂の巢はうるさきものゝエミ也桃にあやしくこぼれたる堂白き手に流す背をかこつらん我方に古き佛を守申草の戶を氷柱に閉て輾る音·トン湯次にて廻す新酒も物侘て齋の料ゆゝしき門にさし入て色外に命あらそふ古郡四ツ五ツ若う成たる玉手箱宮川にすべるやうなる月の影醉顏をまぎらかしたる作リ髭かぐや姫かへせと空に花ふりて朝霧に千鳥釣らんとさはぐ也我年にあはねど娘ぬすみ出し鰹切る小磯にむれて秋の風こよひ又月にはもやふ船の數人に買せてあそぶ傾城稻妻よりもきいた剃刀リぬるでかざしに折漆斑名月日よし酒むかへ人ウ力柄うちたゝく扇そよ風水施俄鬼ある松の片濱盲哀に見ゆる前髮家子化ぬもたのもしき妻市を圍ふて錢うらぬ町下手に燒火は曇る月影秋を凉しう疊臺敷一ツ時責の御馬出さる賃おしからず三里乘る馬戀にかならず戀の友達一八二一八三岩違角翁水角翁水角翁水角翁水角翁水角宅雫角宅雫角宅雫角宅雫角宅雫
(+)新しい鰹なりしかうす紅葉旅すがた直に揚屋の月を見て能の太夫に眤かさなる釘かくし建立したる人も有燒筆あてゝ霞む山 〓〓十分の盛を見せん花の朝鶯しばし足履ふんぬくvyいつとげて井の輪の氷柱つらかりし靑屋が泪爪に藍しむッうちつけにくどく男を恥しめてたしなむ墨を惜む史むざ〓〓とくるしき齋をくらひけるいくらの豸冬にたつ市秤さへ關の東とかはる也あばら屋の狸の穴をふさがせてをのづから氣の寐入ぬる雪の聲精連の椀は禁ずる村の賤此度は長崎迄の浦傳ひ目くばせに亦こまらする菊の酒暖簾を卷上ながら座敷掃風には高く飛ぬ初蝶うなひより乳母が慰む毬にて稻荷の茶屋もあかぬ春の日王城に付てまはれる八重の花肌〓〓をさする秋風華麥の種さへもらふ安キ世一藝得たる人を感應鯛も鱸も汐分る瀨戶月に美僧のもとの名を問きかぬ藥をのむおもひ草華摘摘集集化里角化里角化里角化里角化里角角翁水角翁水角翁水角翁水角翁水十坊のさしたる門は鈴の聲地祭の竹の嵐も常ならず片かなに聖の文字を紐つけ月雪も丸太の切れを枕にてつく〓〓と我おもふ事を屯者あふよしも割た茶碗のつぐがごと村肝の喧嘩は時のはやりにてしもといふ手近き梨を所望して亦一重菰敷までの夜寒かな蕣はぬすむ間もなき盛哉送火に經しらぬ身は念佛哉秋風や我と板戶の開く音花の時汲あふ井戶は坂の下雨氣つく日には團炭もたまらじ鞠をわたして沓しづか也年輩よくて奉行かうむる針立習ふ末のいとなみ夜の火桶に髭こがしたり片手打なる戀のあつかひ黑いわつはのしく〓〓と泣水は潮にわかる駒形尺しめて蠢くやどり木の虫物うりゆるす寺の門前殘らず變せ十の鳥の子松武士に成たる旅のふるまひ月はあれより鹿の來る筋偶の宗祇の夜寒おもひやりて林を興鷄の床一八五一八四百三仙遠龜岩化里角化里角化里角化里角化里角化里角化水翁翁水翁角翁水
乳乳鷄唇。恩之結緣起泣血橫斜。孝者德之基也。其角有花摘之集。烏有反哺。楓林敲鹿膓。元祿庚午歲上秋下旬集一夏百吟。名曰花摘也。捻香摘英。况亦於人。儒家有孝經。佛氏有恩重矣。和漢雖易地。遠追祇公之薰業。挑一灯咏一唫。干玆武陵晋其角、其機亦一也。予閱其集。近汲芭蕉翁之支流矣。記其傍者皆是助餘哀者也。以供聖需之追福。元祿萬年之三。母子之有親也。ハイ十感其情。四月佛生日。九年十積日涉月。懷老牛舐犢之愛。沉〓〓叫」子之恩。猶羔有跪闇國許之成世之棟梁。噫夫叔子有墮淚之碑。而採毫於東武之旅寓。嗚呼角子寄思風月。遇母公之諱日。向莫換百葉也。游心滑稽。花中囀偶詣石廟。今幸慣摩耶報嘆戚頻樂せんとおもひし旅の花散て笑ふにこそや山はさながら華摘集孝者德之基也。華花摘摘集集里角書林山西田村筍一八六載一八七文深跋堂
たれが家其角撰
うら盆は哀に着たる片袴石燒の鮎に飽する山のおく落あへど辛サは同じ海の汐鐵炮の玉堀に行く夏木立あふ期まて力る付る草枕米節ふ人目に戀の恥やなき(〓)山里の砧搗茶花むすめに見せて聟にせん鵂かもめの霄とあかつき月は町屋の右の家妻に木茅の間はみな佛達むれ〓〓道者秋の朝風甲斐の根方は雪の裝束見る恐ろしき靑池の底おもひ古ル筆摺リ曲ゲし墨多栗禮聲が家まザーム榛名なる大夫の御師に一夜ねて珍し麥に買フ肴は何か朝もよひけふことに雪車さし習ふ北の子等名月を岡の水木も待とりて馬蹄今秋は誘はばたれが家山の祝ひに小柴投やる海の蟜なく日に稻むかふ彼鹿を追て、竹の烟のわかる里村杖にかけ行く賤の馬の鞭影をみて走るにひとし。千佛の一數といへり。キ、第靈山の會に弓を投し人は、一今誰が家といふ馬蹄は、席共嵐才擧四人只類あふのみみづから駿多禮が多禮家が家共嵐才擧角白丸角雪丸白雪丸白丸角雪丸白白雪角白丸角雪磨白御祝に撰もらさるゝ伊勢の貝月影の滿る莚に賽うちて大濱の獵雄が舟を打おろし夜るめぐるいたかの袖に春の霜壽ある松こそ繩になはれけれ(三)祈りする祭の中をおされ出藏よりもまだ若味噌の口明けて嵐も酒ばやし賣るうきわれもかうみづから果はしらぬ朝比奈やゝ鼎して水給はりしとく人むすぶ帶睦月みそかの忌ヒする家高野のうへの小田原の花鰯のかしら住よしの神風も陰陽のう へ1マ一九一の後目長閑なる空聾に身をなして種ツ物上手に作る花の年富士見ずばふじの月見にあくがれん今は戀腹にあてたる錆刀此女けはひわすれぬむかし草(三)酒の鬼ひとり〓〓に名乘り出毛を被る巳が友とや鳴く狐代のゆるがせにわかる訟へ五幾七道の春の行かひかゝる有馬をたつ霄の秋負ひ物なしてやらん遊君紙もくろめと染る手の風僧に嗅がする茄子でんがく我寺建て鹿は淋しきあんどんとれば雨しきる空一九〇白丸角雪丸白雪角白丸角雪丸白雪雪角白丸角雪丸白雪角白丸角雪丸
執筆する禿のそばの散遊(三ウ)流とて酒田の柄抄名もおかし十人の鹽くみ又まぐさ刈新子共つゐたち此の月の顏門の犬赤は白よりゆたかにて遲き櫓に白雨くらむわたし舟当東頭まじり色さりに〓〓さりに寒きに尻あぶり和竹の雀折りとる和やかに菖愛敬あれど荒神の御明方愧る厨子の古茂りみしはや石原の椎心ひとつをたてし浪人雪の布袋をはやし事するのハ前に多狹カ禮少ワのがキ麻ル家時造買君船頭もひとつにをどる踊り船寂莫のわらぢ作りに宿かりてジヤクマク〓中の嫁リふるゝは狢にて花ヲ得テ山也石ヲ得テ流也降はれて星澄わたる雪兀わりなくも乳探らする關の婆脇指をさしてわかれの小盞いやまたし遲椎の木むら時雨おもひまさると啼とのゐ猿向ひ川緣とをる 大峠寢なれぬうつゝ妖ものゝ影つらしとしらば來まいものとてふわ〓〓くへとくだかけの鳴たが來てつくぞいなのめの鐘は雲につゝむヨ多禮が家權現名丸角雪丸白雪角白丸角雪丸白雪角角白丸角雪丸白雪角白丸角雪丸白秋風のたつ田につゞく郡山哀聞く餌乞の鷹の夜の聲(名)小山伏新山臥の霧かすみ蝶花にありたきまゝも四ツの恩身に入て自我喝よむ聲惆左迂の晝は座敷にかへり居て下闇にごろ引ありく川柳素波に出て朝かへる月屋花尻籠に霜や置くらんほくちがらたく火かとこそみれ九十九なれや久かたの春小田の秋しれ食こぼす人壁日をくれゆけば鴻崎の月天狗さびしく物かくすらん虎に蠅をとらするシ一九二草の葉を遊びありけよ露の玉ゆり入てゆるがぬ國の橋柱〓たく牛の御前の森の中曇なき鏡匠の受領見に出る唐の頭の朝日影やらん〓〓戶渡る聲に鴈立て人も定まる月の眞夜中松古き代をしる塗籠瀨々の胡鯉も浮てきぬらん第一の棧敷のかゝる風二いさむ討ゴの行列一九三の田に て樂書つゝじの漿まれに吸べく才其擧嵐雪角白丸雪角丸白角雪角白雪角白角白雪角丸雪白麿角白雪雪
下女が桶片心にはゆかしくて早追ヒにまどろみやらぬ春の夢井戶端にふみあらはるゝ花衣夏月夜元の旦那へ見舞ばや洛中の人靜なる午神鳩や白ゆふ鷺の飛ちりて散〓〓に名をもらしたる袋蜘滿つ汐浪に〓ぬく舟千うき世哉とて甜瓜うり候亦我歌の坐を人によまれじせめて彼岸は立よ死跡人は住なく瓦つくろふはゝき木こけば泪ほろ〓〓こ歲丁各カと男灯け多と 棟禮(ク)が上家すのの時虫槌浮鴨の頭からげの水櫛ぞ手や足や樹を放れたる風の音望月や眞田に似たる若衆ぶり水鳥の酒の攝待たちとまり貫之の心もしらず人はいさ大判の名も珍らしや金衣鳥伊勢使素袍を竹に狹ませて笑筋ヘ斗城の御門を前渡り來る相撲中間に祈る自己佛一ツには時二ツには體花の彌生の初瀨の觀音具足開にまゐりあはゞや濃茶をのぞむ水の水上ば晴るゝ雷のを胡のたはぶれお多禮が家評角丸雪白丸角白雪角丸雪白丸角白白雪角丸雪白丸角白雪角丸雪白丸桃梨は隣のための寳にて寢すがらも白氏文集を讀せたり上下に行義正しきお兄弟なげの情侫白侫黑にたらされて晨明や晝もまみえし窮靈徘廻四條の附も冷じく利神やはれたる海の舟休め酢や鹽や池の蓴菜を取そへてき、香をもる手もなき淚かな花子を語るきぬ〓〓の袖一期添ふか獺のたはれを新諸白のかはる後家の代數にもならぬ八朔の鞠年にさかしき室の小衆·一、集歸る岸の지나一九五姫童松蓬生に鼠の鈴の古配當のとがり聲するとが〓〓し身に瘡の秋風たちていと暑し月させと壁に明たる穴う世や朝霞夜さり〓〓のにひ枕有時はありたけに散る櫻平魚我ならで亂の笛を誰吹ん相伴も給仕もそこに夕間昏紫のれんゆかりのこせる言あられ降りしく彌陀の盛物相見し懺悔涕ぞ居にける春のいろはにぼをかけし舟醫者に問はるゝけふの腹持堺の家は家に成けり語1じとむ十六る毒ルの一九凹衾ZA露丸雪白丸角白雪角丸雪白丸角白雪雪角丸雪白丸角白雪角丸雪白丸角
女房共食しかけよや八ツ日影た。爰淀のわたりと申せ蜀魂駕輿丁先に松ともす道忘れずに取傳へたる弓はなしかく捨し身を馳走御無用宮城野に宮のなきこそ畑なれ秋はつる蚊の母鳥のちゝと鳴黑髮は衣より長く疊のんとりと古き駿河の町續キうきは紛れぬ細工貧乏夜ひとりおるに山におれ月花の前なる糸櫻やな電のこぼれや殘るはつ尾花川添の窓は四角に向ひあひ靑空をつく夜になぞへ晝寢せんひとりでに引板の水音ひたふりて(分)我せこはいづち行けん眞梶泣風そよ秋に時雨タだ雲鳥の小嶽大嶽跡晴れて一、宮に十二の臣下祝ひとめ木綿ほすうへにあがる鷄藥を篩手舟にきゆる浪の泡雪西萬葉集に戀をふおとこ淋しき頭に多禮當が浦の人〓〓家のち鯨つゆしふらずは蓑虫は雜光りやはらく日 の陽炎一夏をありく其空假坊第三多禮が家其李氷白普渭靑湖擧嵐才其李雪白丸角白雪角丸雪白丸角白雪角角下花燕船橋井水白雪麿角下花もしが是當人を產の綱1テ餘所のくゞりを敲くうどん屋ころびても蓑はよごれぬ雪の上關東の人のこゝろの底〓水紙入の文ともよめり天津鴈君が手の痒き所へ月の雲つら〓〓とみれどもあかず椿餅住殘るよしやよしのゝかけ作リ吭かく哀みよや道芝伶のさゝら籟色々の傘さしつれてかげを取秋風に暇の狀を書ちらし莖漬の石の重さに冴かへり樽結が花のとぶさの彌生山後鬼の家とへば前鬼が隣なり愚なる己は錨のたぐり綱龜月は濁すな四ツ橋の聖靈棚にそむく世 の顏見しばかりあはで明る夜階子なをして闇はあやなし귿枝もめ合ふて燃ゆる松柏波に流れて墨削る釜胝のいた音も妙む久一春一九七風音中に長き契りをせん壽萬歲空寢を起すちわの長き夜口こはき世を渡る馬買ヒわすれんと思ふ灸のあつさよ名さへ數寄ある千の興四郞往來を止ル法の鐘引一九六湖擧嵐才其李氷白普渭靑湖擧嵐才角丸雪白丸角白雪丸角白雪角丸水白雪丸角下花燕船橋井水白雪丸
帷子を干忘れたる靑檜垣世なをしと殊に聞ゆる夫の聲沉着那蘇も随斯もころぶ也テ の波風も大隅薩摩治りける(三ウ)此石は我も目馴し山の雲茶碗にやかん住江の土繁昌を都かはりぞおもしろき人日に首くゝる身は有佗て線香の結びそめたよ春の庵醬油かきに起し曙歩くるしげに恥るはら帶人質かへす命うたかた行脚わかれて行あひの森腥に侍達は小とのはら海魂もおしやる浪の車舟遲ければ入れじと立る片折戶(ニウ)あさはなに張箱はらで置扇松とるあとの月は汚れず方雉鳴く方に樵やる弟子雜煮して賣る上ミ下の關拜みつけたる姥が分舍利などてかた見に頰をくはされ小名月長月をしももてあそぶ餝してほの〓〓狹き間の町TC雪を見て笑ふもことし二ツ子よ山井の井筒に切し玉がしは娶にはきせじ菊の綿三日の日になる講釋の寄り乞丐にもにほふはつ梅いづく定むる遊行上人多禮が家多禮が家靑湖擧嵐才其李氷白普渭靑湖擧嵐白普渭靑湖擧嵐才其李氷白普渭靑井水白雪丸角下花蕪船橋井水白雪燕船橋井水白雪丸角下花燕船橋井神岡の草刈等に身をかへて腹立やさのみは鳴きそ川衞うば玉の名殘は口を吸ばかり晝途飯をたべよと人の招くらん(分)雨晴るゝつばくら燕所得て春も泪の流れかんぢやう貞任せめにきみが來まさん關まで遠く鐚遣ひ切寢ぬを思ひに片あぐる床衣は包む俗と見ましや通る綱手に早苗打あふ漕つるゝ花に月夜の女舟うとまれし三の病に存命ル護摩堂出ぬ匹如身の袖元ナガ ヲフ大男凉みの棒をつかひけり道直に庄屋の無理も免し置(三)夕灯女嬬の足音うれしくて紙のかさある折かへし文みなと川にて皆の評判櫻の渦をすくふ落合一さんに驛のり込ム波の岩梵天たてし澪のしがらみ八の戶九の戶紅の花摘心中をいはしや胸に花楓半天の二百十日も入あひも但馬屋と浮名にうたふ門はあれ袂に盜む節分の豆津輕の海の猶豫サ己の色米の廻しの秋豐うら葉の柳聟の紋所一九九一九八氷白普滑靑湖擧嵐才李氷白普渭才李氷白普渭靑湖擧嵐才其李氷花燕船橋井水白雪丸角下花燕船橋丸角下花燕船橋井水白雪丸角下花
幣に鉈もち添へて山ふかみチ月の宿あかすうらにうらゝ共其分相心得候へと觸流スウラ一順になる花の時玄關ヨリ書院を高く見はらして信濃路を水漬くうて通りける枇把楊梅の驛〓〓朝起の門は凉しく掃除して疫男のはしり出ゆくほうかぶりしてざゞんざの春畫絹にむかふ曙の山伯父のくれたる刀 一本多禮が家雜談執氷白普渭靑湖擧嵐才李集筆花燕船橋井水白雪丸角下誰首其が尾角家終著三〇一
二〇二雜談集集上卷雜談一伏見にて一夜、誹諧もよほされけるに、かたはらより芭蕉翁の名句、いづれにてや侍る、ふしの機嫌にては、大津尙白亭にて、辛崎の松は花より朧にてあふみの人もいまだ見のこしたる成べし。其けしきここにも、と申されけるこそ、一句の首尾、言外の意味、きら〓〓とうつろひ侍るにやと申たれば、又かたはらより、中古の頑作にふけりて、是非の境に本意をおほはれし人さし出て、其句、誠に誹諧の骨髓得たれども、慥なる切字なし。すべて名人の格的には、さやうの姿をにてどまりの第三を、嫌へるによりてしも、發句とゆるし申にやと不審しける。答へに、哉とまりの發句に、ス、らるべきか。おぼろ哉と申句なるべきを、句に句なしとて、かくは云下し申されたる成べし。朧にてと居られて、哉よりも猶徹たるひゞきの侍る。是、句中の句、他に的當なかるべしと。此論を再ビ翁に申述侍れば、句の問答に於ては然るべし。但シ、予が方寸の上に分別なし。いはば、さゞ波やまのゝ入江に駒とめてひらの高根のはなをみる哉。只、眼前なるはと申されけり。しかも車馬の喧なし。ひとひ近衞殿、宇一支那彌三郞入道宗鑑は、生涯をかろんじて隱德高く、山崎の桑の門、そのほ痩勞たる老法師ひとり、庭草取などして、治へ逍遙の比、去法師しれるもの也、と尋入せ親ひけるに、かたはらより芭蕉翁の名句、いづれにてや侍る、と尋出られけり。折どの池のたゝえに、水かゞみ見けるさまを、宗鑑がすがたをみよやかきつばたと仰下されたれば、則のまんとすれば夏の澤水とつかうまつりける。當意興ありけるにや。元政上人の隱逸傳には、宗鑑が傳も入らるべきを、此ワキ凡俗にかへりたる本心ありとて、のぞかれ侍ると也。一句一生の德を無しけるは、あさましき有樣なれど、晝寢のせめにおもひ合せては、いかにそも思ヒゆるすべき事ども也。後は山崎の草庵はそのまま、古沓と法衣をのこしてさらに行ク所をしらず。俗にやはた山の天狗に成て、廿餘年の後も、月のあかき夜など、八幡、山崎のあたりをさまよひける。jpg人に逢ても、ものいふことなし。涼しまなと角ありて、人をあやしとのみ見かはしたるをおそれて、それかともとがめず、正に見たりしといふ人まれ〓〓多し。一貞亨乙丑年十月十四日の曉の夢に、鶴岡へまうで侍るとおぼえて、その身ひら包首にかげ、菅笠手に持て、段かづらの下道、ならびの松を見あげ行まゝ、沖のかた、分)しきりに時雨來て、はやく拜殿に走つきたれば、社人立さはぎて部さしおろす。その部にむさう屏風といふものを、疊みたるやうに有けるか、はら〓〓とさしおろすその蔭によりて、雨しのぎたるさまを社人見とがめて、とく出よとせめながら、時にとりてのけしき、一向つかうまつらは、ゆるし侍らめとつぶやく。あはれ爰にてこそと、ゆめそゞろ面白く、海みやらるゝ松の葉末雜談集二〇三よやかきつばた
一荷分集、一先年上京の時、に、一五十匂、り。明れば十五日の朝、と申出たれば、一西岸寺任口上人のたんざく二枚、はかゝる口きよき姿は、彼集のあやまりか。か。なんどいふ、由井の濱風吹わたり、散松草目あら野に辭世とあり。原雜百匂とわかるゝ事、花ばをよみくせを通音の句也。社人しばめる顏にて吟じ返し、をの談挨拶に、しう 〓〓す神職の辭世として、南や集深川の八幡宮に詣て侍る次で、き及まじきをと申されたり。無れ刈阿ま波と空とのわかるゝやうに、北野梵灯より始ム。よ花しほれたる庭などをぬ彌も陀見何ぞ此地をにらむべきやる只鳴呼ど歎美とくちちおどろさたる蒸花佛す荷當意よろしく神もさこそはと、るとふタ魂の遊ぶ所、時花おもひなして、芭蕉庵をとひてありし夢に申し侍りと語けれは、雨べ野哉哉哉まことに虛靈不味なる事を知ル。守うなづきぬとおぼえて夢さめた季武吟現に一翁北國行脚のころ、る瞽者のたぐひ成べし。と云へる、云ひ所といひ、此はしの名、得ぬべし。思ひて、伏見にて乞取侍る。からずと難ぜしよし。かひありけりと、とて、俤湖蓼さみだれにかくれぬも駕籠かく男はしりかへらせけるに、內を見ずして、雜まことに湖鏡一面にくもりて、やの醋大かたの名所にかよひて、談一句に得たる景物のうごかざる場を、と姨水かさねて袖に包ける。さらしなの三句を書とめ、その朝京へ出るとて、集もひ京大津より聞え侍るに、まやぶね垣にははさみて捨つらん。只シ神名のかろ〓〓しからぬにや、とさ靑海りり泣原矢矧のはしとも申べきにや。長橋の天にかかる、けかの短尺の疊紙の上に、水接天とみえぬ。のを誰人のひろひてか。稻荷山にて、くや勢田のはしり去來がいづれかと申されしに、み月さるいかで及ぬべきや。ふところさがしたれば、の月め友八景を亡せし折から、雨左の方の藪根垣にはさみてあり。哉男山正八幡大菩薩と仇書せしを、文章のみものにあづからず、翁道すがら落したるを、二〇五此一橋を見付たる。勢多一橋にかぎるべと云へ旅すべき人は心おそろしと海にひろへるあはや時とに、も荷ふ花野哉季二〇四二〇五勢多一橋にかぎるべ吟
比にかはる事、せ給へば、一あすは桃のけじめに、一かりそめの旅に、ふべきや。といふ句は、人のしる事少なり、といふ句を可然に定たり、て、入相と聞えしほどに、の方に鐘かけたり。雲の私ッにひかれ、大師の御座、かくは世をさとしめ給ふことよ。と、鐘出さらしなの月マ雜山の氣色いと閑ヵなるに、花もうれふるにやと心うごかす。か女武さし野の月、け談いたづらになせそ、立出ても先おもひ合らる、やと悅び申されけり。て片枝はさながら、集門主薨御のよしをふれて、人心うつろひ安からんも覺つかなしと、一しは四角にもなかりけりと申ければ誠しか也。疋須麿、か〓水の糸ざくらなど、もなと、あかし、盛鐘をきくばかりに、けされば友吉が、亦とがむる人をも心づかひせしかば、佛身非情草木にいたる迄、のば川風寒く千鳥なく也。繪島にかけても影同じ。さ鳴り物とゞめさせ給へば、蟬一句人目にはたゝず待れとも、く只おほかたに詠けるに、らのほころびたれば聲上野の櫻みにまかりしに、哉此歌炎暑にも寒しとは、さてのみこそは侍りけれ、霞の底もしめやかに、さみだれにかくれぬ橋、悲き哉やかゝる日、角彼さくらの木に添て、興なくかへりぬべきに成て、自其夜の月の天心にいたる所、悅鳥の聲定ざりし日門主例ならず聞えさ俊成卿の雜談也。いかでふみたがと、かゝる時あり愁眉沙汰舞臺の右風一和州金澤の一笑は、死雜なば談爰ことに誹諧にふけりし者也。集秕海テ穗に出る小翁行脚の程、田の懷舊一嵐蘭が母は、一其去年にかはりて、する事をおもひて、田の畦にて死スべしと、じめ仲間より、一ビ花く香小其物さの見そも煎坊彌田中宗夫と云し人の孫にて、後、雨よはるふ主生や山のにぎはひ又更なり。小りれ日るそ松倉豐後守の家老となり侍る。これを家訓として志ざしをかゝず。袖素松はの二日さて惜く花一湯にらにかう てに日投嬉花櫻くぞかこしにのれやかの宗夫武功をよく知て語り申されけり。てへめ照一山 ざ山ざくらされば子供に傳へて語りけるに、る遊親れ重か山のけかくや幕供りなら氷龜浮擧普て照一山 ざくらお宿申さんとて、霜其夜の月の天心にいたる所、二〇六嵐二〇〇遠く心ざしをはこびけるに、蘭士は疊の上にてむまれ、和州譽田の田夫にて、日本花翁萍白船角は角いかでふみたがと、かゝる時あり愁眉沙汰
一山川といふ通稱、といへは、も、反故も捨ず、かせけるも、今は十とせにも成ぬべし。の森なる、傀傘凩いへる同じく志シあり。いかゞなと問かはせば、と馬在火勤めて閑"ならず。それがやどより我宿迄も、かたはらの池に身を投侍る。そのほとりに、雜儡をよめ讃佛乘の因なるべし。はしりがき物しけり。燵に談の所とい七年に及ぬれども、の肩ヘ集もりつかにぐ心ざしをとげたる一句のさま、せてたしか近す古詩、茶ザて返ヽけ彼はくさとけ古歌の緣に叶へるも、酌いまだ顏だに見合せぬに、た花つみといふ集は、狐る薺ぬ起どのうお雪も雫らぼうは臥君雪つれのが心遙かにこそと、の茶酌にたんざくを付て、ろ筆まめに引出ける。いやしき人果には生れなから、やとひて〓書なさしむ。跡く月也て樂門志〓他なく、予か一癖をうつしければ、折ふしの文緒はたえず、其力を强て、鳥同山溪山二〇九又假初に思ひよりし句ど跡たふとき道に身をお川石角川此集にはげめかしししと尋常の一正木堂鳥跡は、孝養にとて思ひ立けるを、とひ行けれど、れども、臨終正念と聞えけり。さがりて、猶やまず。氣づかひけるに、死スとも悔なかるべしとて、年有て重勞の床にうち臥ければ、命のきはもおもひとりたるに、つ月我常塚心なまじゐに高尊の席をたゝれ、雜八卷ことなく滿シ足して、これを我肌にかけてこそ、れすもば住か啼うごけ我たのもしからずものしければ、むかし遊女あまた持て榮えけり。かゝるいとなみ、〓かのら談にき蓮我もり翌年の秋、雪集も七十う人々とゞめて、はし啼あ魂泣つく翁も越の白根をはるかにへて、泣せすありク遊人もしゐて交をゆるさずなりにければ、てや聲しやら息もさだまらず、五歌仙出來ぬれば、秋有わづらへる世中を、蟬ばあはやの此あのき秋西かた石のののり佛風雲此願のみちぬべき程には、さらに思ひ殘せることなしと、ら風早筆とるもかなはず成にけるを、父の十三回にあたりて、あるべきことにもおもはずとて、ノ松が家に其餘哀をとぶらひ申されけるよしとかくもてあつかへる心にや成けん。凩雲牧乙何翁一後、二八するがの國にしれる人童州處笑其身いかゞあらんなど歌仙の俳諧を十三卷口悅びの眉重くふユ呼に成ても所を去けぐたてか近すて返ヽけはくさとけたさとけ狐る薺ぬ起どうお雪もう臥君らぼはつれのがろの茶酌にたんざくを付て、いやしき人果には生れなから、跡鳥く月也て樂門同二〇九山溪山跡たふとき道に身をお川石角川
兩見一鏡を形見といへる重高の歌にや。憐み見かはしけり。と辭世して腹切ける。白炭と聞えし忠知が、一家を賣たるふち瀨にとは、境未來記也。双六な世のさいたんやあふ目出たな。正木のかつらなどたとへ置れし、と、かくいへば名利の境に落侍ればも、自暴自棄の見におちて、皆歲元霜親人旦日月に雜はをやや似談あぬ五十年來の俳諧の正風をしれるもの獨也。螢我何集いかにせまりたる浮世には成けん哀也。姿るをにも盛衰の至誠をままれたり。負物いたく成ぬれば、はなた と云べき句も放散し、火じやと〓〓なが裝束つくろひて、聖作にそむける俳諧の罪人これら成べし。たゞともが名のとゞまるにつけても、ときら もと聞もうとましき堀句する世には、へいん身いた朝のこ人の句も心にいらで朽廢れにけるは、鏡の間にむかへるに、はれけりしぼ影+じてけら法ふりけ師哉クチスダかの佐木をさへ、俳諧の信をこたるべからず。今はその春澄ともいはず成けり。何にたとへんと思ひ定めし、風雅也とて主人ゆるさず。寳沾同春忠生忠知が子也といへば、二一〇いかに松のはのちり、澄知蓬死活の人もされば其夜を思ひ合侍るにも、し侍るも本意なし。空名三雜舟月井や寺談の草のみたる體が、光廣卿はるの月の、よふべきか。難問、花影乘月上欄干。おぼ答ヲ、よき也と仰られけり。ろ嵐に霞まぬ心をよませ給ひて、春の月なるゆへ、花、とは此句に思ひ合する時は、松の黑さ欄干に上rとは云り。に疊の上の松影、かうもよみごとはよめども、月夜哉空名名月雜舟月月於大津義仲菴更る夜の人をしづめてみる月におもふくまなる松風のこゑや草集河疊門た名月に對して、〓か月をみるおもひ出もなく、ばやけふの月のよいりほの〓上ありとまのにるあ松月たの見ま哉數影我〓〓の口質に切字を入て、翁春秋分明ならず。何にたとへんと思ひ定めし、忠知風雅也とて主人ゆるさず。寳沾生蓬仙路二一一春月の本意は、角忠知が子也といへば、二一〇化通夏の夜の涼しき體にもか角澄參會を紛らか朧〓〓とかす死活の人もされば
一鐵炮と云名のおかしければ、少年にはみすまじき事共也。富士、一智者仁者の山水の樂も、人間辜負悲猿境。したる短尺を買とりて、いかなる折ふしにか有けんいと興あり。先サ十け名海月借角田川、い極月廿七日錢ざのふ月はの雜雲船此二句をたしなみ、のの月のに談野辛苦管中多少淚と作られたり。ぼみけ淵月足集中ふ心のうつるところにとゞまれる也。れ末期の煙とせしも、よは椽: の嵯しにい句作にも成がたくて、う峨野にうひざ琵琶を負、づ出ら出ののく合花たみし鮎くひに都ま風雅身とともに終るならんかし。やぬ枕をかゝえて、るるけへ是は伊豆の山にて獵師の猿をみつけて、館氷ふじの執平ふ鴈前句にも付分ずして案ずるに。か筆沙のの鳥雪是は〓〓と斗花の芳野山と云て哉哉月聲身を風雲につかはれしも實深し。な貴高山糜時所持のかけものに、同貞遠未普龜十コト二一二太巓和尙の百題詩に、室室水陌船翁鐵炮を取上たるに、一生かきちら一いせの蜑の貝とるには、哀猿斷膓の聲を出して叫びたるを、アイヱンダンチヤウものはなし。と、にゆるめて、諧にてはかゝる自由には、を承りければ、しきをうかゞひぬべし。と付たれども、てはごくみける。の子の乳を乞て、泣シ聲の底に聞ゆるに、これほどには句作ぬれども、宮う餅雜蜑き作守定家卿のうす花櫻など云るためしも、いかにとて初懷帋、のる草露沽公にて、三才圖彙の繪などみるやうにて、談が子此有樣まことに、をなな集油ら西尾張にて、つをのが子を舟にのせて、手のとゞくべからず思はれ侍る也。れさばか廣のね鐵炮と云て、即興の詩なるよし仰られけり。辛苦管といへば則鐵炮ときこゆるにや。俳げ仁心の發動せる所なれども、舟て葉やがてうかみてからき息をも吹あへず、行に枕を小さだめけりと云によき句作には及まじくや。乳うさのみ一句の感賞にも及ばず成にけり。おとこにこがせて出る也。夜をありがたくこそ侍れ。ち更の合又かしは餅と云名の面白からねば、てむ1キせ一句に云とることのかたき也。さてかづきに入て程へぬれば、されば句ほど作りよくて、二一三舷に手をかけて、付句は殊更、と、乳房さし入中大阪是を十七字翁の雜談そ捌にくき雲船に談にいうひざ出く合し行小るけへ夜更て二一三中大阪捌にくき時の宜
句に、り也。人にはくずの松原とよばるゝ名さえうれし、とよまれし誠にゆかし。き句は、俳諧に新古のさかひ分がたし。詞も心も古けれども、作者の誠より思ひ合ぬるゆへ、いはゞ情のうすき句は、をのづから見あきもし、時に新しく、不易の功あらはれ侍る。干干聞ふるさるゝにや。高位の人又情の厚次のとし宮うつしに、伊勢にまふでける年、遷宮の良材ども拜みて、皆誹諧の眼を付がへしは、と云句を付合せられければ、冬の日といふ五歌仙にてひひらき侍り。熱田の宮のまだ造營なかりし年にて、人々の心も、神さびたる折ふしにかなひて一發句と付句との分別は、きはめて物數寄有べし。去比、品かはる戀といふ句に、へる故、等類ある句も聞ゆるされ侍り。なまじゐに點者で候といはるゝ心うしと、嵐雪が身を恨ミしもことはの取あへず思ひ出給へる句、少年、少女、遊女、禪門、などの折にふれたる事云出しは、必と心とのむかひあと云句を付て、忍の字の心を、ふかく取たるよと自讃申けるに、猿蓑の歌仙に品かはりたる戀をして、といふも翁の衰病につかれし境界にかなへる所、りもさかしく聞之侍るにや、此口癖いかに愈しぬべき。1v誠をろそかならず。少將と云る句は、予が血氣に合ぬれば、句のふと、翁の句聞えければ、此句の站やう、作の外をはなれて、日々の變にかけ、ヘ時の間の人情にうつりて、しかた大力な錦年寄もまぎれぬもの四十はや朝顏の葉のいそがしやなんにも早や揚梅、モ、の實むかし口百紙子着てくゝり頭巾老の身の凉み所や蚊屋蔭鼻雜工戒在色といふ所をよみ覺えて、ムル〓リう雜紙き夜惜木と達談談を世きややさがの集麻刈集扇の師色久しに皆押あひぬ御迂宮中は走のににさつてのをき顏やと菊はは雪かのふ皆のありやのも神女小三の齡目 心かきの年少のか町十ジその老の秋哉ばな風男暮な也將岩露越是東嵐梅翁信二一四二一五角順蘭翁德角翁沾人吉
暮晝旦夜一發句、ゆへ也。と申ける折ふし、よみし朝鳥、物おもへとは誰をしへけんと、を立ざれば、り。梯の水音个も耳に殘りて覺へぬるどいはれて、すべてありてい成句にて、ヘ、情をこらして扨、や白鳩小日大付句ともに、雜か男はり雨吹其名しかと定がたし。心の動靜にかけて、の日に談た鹿沒N羽や百里の旅より歸りしに、ど子句の主に成事得がたき也。のや景を尋ぬるが此道の手成べし。集月くにす太秀逸なるは妙を得し上手也。ほれ長か山をそよまれし夕べ〓〓の思〓、ぬばさ る句ごとの起點をはたらきぬべし。此比の當座に、もは只持扇のやうに、めきはかゝ暗聲梅りで木曾路の秋を語けるにも、くき萬歲扇に名をはるやうにて、よののしも晝世につながるゝ事を歎きぬ。七り木日り名を張付ずして、富士を見ては、此せめて哀ふかし。曲暮下十か二流哉哉なり發句のちいさく成ぬるは、疊の上にては面白からぬけしきを云出け慥成句の主といはれん樣に心得べし。起て今朝また何事をいとなまん、西岸寺作者の名句ごとにあれども、龜楊肅すべて景に合せては情負るゆ任柏二一七水山口角舟翁心の及ばざる一體と方などは例の發句下手にて、て響たしか也。是は盃ほしかぬるか、を怒と訓せしも、て、德が老の誠なるべし。これは水邊に付合の句なるを、いざよひの空や人の世中といへる觀念か。心もたがひあるやうに覺へぬるは、名河月舟雜や趣向にかゝはる人は、よ談一氣のはこび成へし。今みなど云句に付句也。集寢られぬ夜、宵よ生し一句もえ申さずと卑下ながらに、一句に優ありとて、か思出せし句を書とめて、くすべて發句成がたし。〓1陰氣陽氣の間か。るもと付合の道具なるを、子是は今年就中膓先斷と、も發句になをせし也、蘆のはなあら句の浮沉おぼつかなし。風景をしる人、朝に成て吟じ返してみれば、ん白氏の年を悲しみける心にもかなひて、芦間がくれに乘越す舟、珍しとおもへるは未練なるべし。思出多し。龜二一六莊子に陽の字を喜、此比、德翁句のふりも聊かはり信德が文に、工夫に落ずし陰の字信此や白鳩ほ九起き〓〓の心うごかし七くさやあとにうとたゝびぎす起我やも鼠月かにかきひのるとたゝびぎす起我やも鼠月にりくきひののも晝日りるかれけん七哉つ朝ば十二烏た西岸寺任二一七翁仙口角化角と
一正月三日の曉、一なには人福の神を祈りて、申に及まじくや。姿の心にふれて、悲しと云る句なれば、或僧賴じて云、一自性といふ題にてゝおもばゞ、よぎを、竹に鶯を取合せてと案たらば、手がはり成句作にて、引年安う鶯かとも氣を付たる所、つ神心ぐ雜己レ合點したりと、人の聞しるまじき句成べし。ひ安心の上に悲みなし、れての巴山が夢に衆鼠懷に入と語る。に談僧閉口。下知すべき句の體あり。僧す樽主に成んと工みたらば、物我のへだてなく、集松もや七人が句を奉ル中に、のか竹をくは古歌、口なのわづかに作意あり。それも又氣色をさがし出て、ぬ枯かなしめ秋のくれ、連歌まぎらはしく成て、しゆくや棄天地一己の自性を云ル句也。花、お僧の心と誹諧の見、伊丹の歲旦帳みるやうにて、る小秋を大黑殿をいさめ申せと樽ひとつ送られたり。鼠槌のふみ落しかかくといはゞ可叶と。定家卿の歌は間得る事稀也など申すは恐れ多し。發句には云とられまじくや。ななれいさゝかたがひある事ながらも、紅葉、おもふに、枳何をのづから興さめぬべし。月雪ならばまのあたり成、夏に是を求めて、二一八やは休め字にて、同角風兮まだ初春の藪のそ迷悟の理はたゞ新しなどれも全體の形容うごく事なし。鷄を家鳩となをして持に成ぬ。予おもふに、一此比、と觀念のうへに、これらは、かの紀行の中に、一露と云、いへる句がら宜き也。落穗の題にて當座句合、し朝鵙茶眞庭草自然に云おほせたる成べし。又題は案じては成まじき也。向雜なら露の鳥枕くなかけてはいろへがたし。談や花の疊つ指귿やる句がらと趣向との、ゆに卵集の木は つ〓にう畫やは兎ッうみ沾德判無眉か見さへ分秋の句の付合には、一すあえまも狂へる所は予が未練にや。て題に合せて穿義すれば、別ツるかぬおらをしなう山るつむ詠路落ち柚置かる〓〓敷思寄待れ共、めか穗ぼのの 頭所山哉な哉哉一此比、え別るるなう鼠るつか置のな所山岨のたつ木にゐる鳩、家鳩よく叶へり。角龜一句の體は云時は、翁鴫たつ澤の鴫、州イ野柴子心を付てはそれも成がたし。尾セ水雫英梅肅二一九同翁翁山いづ鷄と
藤戶程河品稻塚のとつかにつゞく田守哉ほどがやの夕日や渡るからす瓜駕籠早し瘦を取得に秋の道初茸やまぼらにつなぐ宿續キ品川も連レにめづらし雁の聲入船も出船も寢る秋の海氣晴けり品川海の霧の月澤塚谷崎川一岩翁父子かねて大山、榎島へまふでぬべき心ざし有。今風はゑ申されず、一今や俳諧の正風おこなはれて、露と云、あだなる句はなし。とり法問也。と、さま〓〓に作り分たる、んとて、すし。るぞかし。はいと兀やすき事也。手に取て覺えたる人はなくて、雫石今何の用にたゝず。白趣向をぬすみ、字もあそばね共、鷄と菖雜それいかにと云に、のはの談似時代蒔繪の堅地にて、と卑下せらるゝにて知るべし。集金銀にて彩りたる筆を以て、碁て露二五菊の中に飼れて、てにをは人にうち任せ、體には成まじき也。當時の作者、石似も心の上に功をかさね、ぬ古風のまつたゞ中に生れて、今は六十にもあまりし人の、昔風は申けれども、に枯只句作をあやかり、も成葉此心を得て隨分念を入て工案せよ。尤秘藏せらるる文、のぬややさし合ははなひ草にて見合セ、菊水心の色を分ち侍る覺束なし。其昔風といへる時の正章、草ともなふ人も大かたの秋の氣色にもよほされて、雁の友、何事も一句に云とらずと云事なし。行形をまね、ののの露霜昔とて下地麁相に、露それかこれかと紛,千歲の後も至寳也。重賴、角幸角方寸の器もの、點に長をさへとらば、念の入ざるは兀やすく破や立圃、二二〇然れども是をこれぞ宗因、はしきばかり成、水手置キ大事な時の用にたて一句とてもと思ふシ聞澤塚谷崎川ども、ぬべきやと寢ず、つばくらの親子、數寄ものどもの、うかれたる旅支度に、をのが一つれ行かへるこそ、風景にひかれて歩も、其龜尺旦其旦キはら〓〓とたつ鳥の聲、道の賑ひいと興ありなん。角翁艸水角水翁はだしも、伊市田遊宿とりて東をとふや暮の月晩稻田の繩はるかたや本通り勢立枯の箒や秋の夕まぐれ駕籠かきも道をよけたる落穗哉追落す鮎のよどみや石の音道近し二渡シある秋の水村有難や常世の絶相蓮華秋のくれ烏に宿かす林哉行馬にのるも、原宮川寺鈴森にて夜明にけり。心〓〓の吟行也。しばしのるすもいかに寂しさを、二二一日數はつかに六日なれ遠岩キ横岩尺キ同翁侘雜談集其龜尺旦其旦キやや角翁艸水角水翁菊水草ともなふ人も大かたの秋の氣色にもよほされて、雁の友、ののの露霜露角幸角二二〇水遠岩キ横岩尺キ同水翁翁儿翁艸翁
松けしき定めぬ小家にて大二軒茶屋にて御向松離山みかへる程石樂人やいつまでのこす春の禮あさつきもそだつに〓き白根かな海ばたや歩ミもゆるき春がすみ正月やしまつのならぬ臺所稻塚に高汐ちかき河原哉行道も刈田の跡の干割哉賤の子よ柘榴こぼるゝ膝の上比丘尼所の殊勝ぞ增る秋の雨茸狩に鎌倉山の日次哉其幹や銀杏かはらぬ千枝の秋こ花ばかり取も旅路や木槿垣露しぐれ川しづか也寺の腰手にさげし茶瓶やさめて苔の露呑〓水も手水も秋の澤邊哉石くらや霧より下る僧の形藏門遶、山藏、鈴川、玉石、一帶流、千歲潤、腰押やかゝる岩根の下もみぢ鹿やせて餅くふ犬の毛並哉生栗を握りつめたる山路哉柿賣やおむかひ松の下やどり色かへね御ねかひ松の日影哉橫雲やはなれ〓〓の蕎麥畑岡奉納山月次臨時會文通見聞見也雜雜談談集集遠同岩枳橫同岩キ尺龜龜遠キ旦龜キ遠其龜岩キ水翁風几翁翁艸翁翁水角水翁角水角翁翁角鶴由井濱雪の下やどりにて七里濱えのしまかげろふや障子かげろふ金屏風木面は風ふくかたの柳かな賤の子の手ぎは束ぬる藝かなうぐひすに罷出だよ蟇うぐひすや辨の啞をせかせける鶯や藪に捨たるあつ氷出かはりに通り名付る女かなしだるべき姿ともなし指柳靑海苔やうしほにさらす磯馴松白角や漁翁が齒にはあひながら身ぶるひに雪間の雉のみどり哉梅が香にせめては割む莨菪哉亦みるや一重の後のんめのはな摘よりもえるにひまどる根芹哉旅の秋何れも聞や鐘の聲二里の場に咄や多き秋の雨砧うつ宿の庭子や茶の給仕良寒し風呂を燒する里の蜑朝霧に一の華表や波の音名月や海迄つゞく段葛新酒くむ小屋しどろ也砂の上磯による月を濁すな砂鱠相撲とるあとに波こす砂場哉白馬の尾髮吹とるすゝき哉尋岡奉納花二句二二三二二二ゼ曲鐵"普遠キ其岩春尺東轍如荷龜橫岩キ龜キ岩龜未龜キ船水翁角水枝翁水艸順士春兮翁儿翁角翁角翁翁陌翁角
雜石垢に猶くひ入や淵の鮎澤潟や道付替し雨あがりたばねては無下に葉のなき角豆哉番付をうるも祭のきほひ哉猶遲し祭もどりの牛の足我舟とすゞむさま也渡シ守惟子の相身やおもふ女むきゆふだちの日に透さるゝ曇哉白雨やその黑かりし駒のつや半日は朝寢にしらぬ暑さ哉此松にかへす風あり庭凉みくるゝより二心なし涼み床其人は廿貫目のあつさ哉箱根峠をてりにてられて五月雨や色紙へぎたる壁の跡出かはりの間やあそふ華の時我目にはあつたら山の櫻哉手習の師を車座や花の兒車にて花見を見ばや東山紙屑や所〓〓におそざくら遲きものゝ中にゆるしつ遲櫻心得ぬ花見のつらや相撲とり若犬や花くひちぎる糸ざくらたが山ぞちいさき門に山ざくら山ざくら行つく迄の匂ひかな星出て明日の花見のきほひ哉一朝に一露だけや麥の色程〓〓や苗代艸にあたる風よき犬や此植木屋の花守り植木屋の亭主るす也花いまだ雜談談集集い蓬せキい翠せ嵐い柴せ山さ春の仙去野龜キ幽岩楊普露柴翁浮キ嵐尺枳仙橫楊其來童翁角也翁水船仙角沾雫萍袖雪角雫川蘭艸風化儿水花水角名月や草もゆるがぬ虫の聲名月や誰吹起す森の鳩はつ雁やうしろに雲の筑波山蟷螂のほむらは胸の赤み哉砧うつ相手にわろし左利馬道も下りて引する花野かなキ十唐租の聲の中なる小松哉キ鬼灯やうつくしき子の口の中蕣や人に凋るゝ盆まつり靈棚のすゝけぬ色に蓮かないなづまや閨の鏡に物かけん內井戶の水にあひける秋鰹星合にふるき硯の目利哉橋となる烏はいづれ夕がらすさみだれにむすび分けり繩簾さみだれや是にも刄を通る人五月雨は烏のなかぬ夜明哉靑梅やをのが空に落るまで靑麥の奥ぞ晝なる鷄の聲上り場を若葉次第や角田川六阿彌陀かけて鳴らむ時鳥櫻花こけるから也ほとゝぎす此雨はどこからふるぞほとゝぎす引さげて思へば重しころもがへ不斷着は無紋もよしや衣更身をなでゝ輕さぞおもふ衣かへいつしりて袷にかはる人の成秋の部洒落堂頽破なつの部二二五二二四ぜ珍靑京さ史幸の探二靑洲其い翠せ橫巴浮氷普是キキキ普岩沾キキ仙キ旦露3山碩楓邦水泉萍楓由花船吉角翁角船泉德翁角化袖儿翁水沾
目ばかりを氣まゝ頭巾の浮世哉はづれたる頭巾やさます夜の夢噺して火燵に寢入ル童かな思ふ中脇顏したる火燵哉霜の氣を鼻に引こむ夜明哉葛の葉のおもて也けりけさの霜凩や襟にかけたる珠數の音翁す、義中菴を出て東行鍋のすみ洗ひかけたり村時雨凩に偃ぬ日の秣かな川筋の遠くも曲る枯野かなとり分て殿の威を見る鷹野哉鴨飛ば一筋長きしづく哉冬川や筏のすはる草の原冬ごもりいざりて事のすみぬべし鼠壁いよ〓〓ねぶし秋の暮氣をつけて見る程秋の夕かなさはらずに置てふえけり庭のきくしら菊の四ツ身に直す小袖哉愛はつ茸のうらより朽る日蔭かな茸狩やつなげる馬の長たづな澁柿にすべりて染し袂哉赤貝にとらるな庭のきり〓〓す落穗とるはらけて今の白髮哉そのさまは後田もらぬ案山子哉めづらしや山を離れて里の秋駒むかへ逢坂よりは行義なり雜子貝づくしの題さぐりて木曾路よりなごやに出て雜談談集集同さ一春の翁ゼ牝三蘭州三僧松幽い兎せ楊ぜ正ゞキ如岩岩龜氷キ彫普溪沾全樂全百角春翁澄水玄風翁泉翁花角棠船下霄石蓬峰株水宇峰里秀しれた年をこそぐられけり年の友眞顏なる神樂男の神樂哉雪か今朝炭の起らぬその內はわざとさへ見に行旅を不二の雪千鳥はなれて沖中の釣我雪とおもへばかろし笠の上笠ハ重シ吳天雪竹靑く日赤し雪に墨のくま竹日の畫人顏や霜月比の富士の山つまあれば猶あはれ也冬の蝶袴着や子の草履とる親心炭燒のひとりぞあらん釜の際朝夕の座具にもしたる頭巾哉小夜しぐれ隣へはいる傘の音一時雨かねてや家の中くゞり此社相鎰ほしやむらしぐれかよふこゝろのをかしといひけり。せて、爰、浪花津とへだたりしに、首尾とゝのひけるに、かの文開合と過去の心をつぶやきて、一部の時雨くる醉やのこりて村時雨時雨もつ雲の間にあへ酒のかん冬の部はらゝ子を千〓にくだくや後の月鉢の木を後にするや後の月うら枯の中にさら也茄子がら飼鳩やよそへもゆかず秋の昏染出シを人にはみせぬ紅葉哉乙州東行の文にと云來の句文通せらる折ふし二二七三三ゼ野"柴母智さい一の水せ 九其同子キ遠嵐探詞枳其素翠其轍其仙徑雫山月風角堂由堂角水蘭泉袖角土角化山刀十
雜やどれとは御身いか成人時雨句、もあり。目にたつ詞、の格意として、諷は誹諧の源氏なりと、躰のうつりかはるにまかせて、しかば、此かた誰となくいひやみけるを、づらしからず。所爲て十とせあまり、の里にてほかたに思ひくれける折ふし、大津にてび取附べき詞もなかりし所に、所、肌骨に人て侍れども、と云句と承りて、いつその程に自他ともにめ他句のわきまいもなく、かやうに言を工みにし、雜ヲモヒナシ耳近き雲に起ふす頭巾談凡百番のうちにて、集其實を捨ざるふたゝこれを一向江口只お風あのエ自よ、元祿辛未歲內立春日筆納狂而堂燈下小傾城行てなぶらん年の暮けふも早節季候かへる夕日かな世中をいとふまでこそかたからめ雜談集談集談下卷集梅其孚翁角先國あとに成先へかたまる雲の脚末に幾瀨の水の上田はあらくうへても苗のつやこしらへやうに蟹の味ひ鳥の巢も次韻の興にほころびて彌生半とみゆる月華や洛陽の寺社殘なく憶芭蕉翁の筋をおつ裝二二九る宗傘〓シ川束花の陰うたひに似たる旅寐哉雪の日や船頭どのゝ顏の色立て、諧の諷はれぬべきことを、と申ける次の年の春と聞えけり。然らば草なくと誹と思二二八仙普楊溪其芭其氷石角花船水石角蕉角
御神興に衆徒の鎧を輝かしかはらけにかぞへ分たる切芥部する北の家陰のつゆしぐれ逢みてぞ二度びつくりの殺しぶり斬なとは花に言葉の情也いそがしく蕎麥うつ所化の襷がけ俗名を崇むる神も所がら春の水三十川の安き瀨に涌口とめてかゆる湯の膚かつぎも顏もむかし女房五ツか四ツかほとゝぎす鐘色づく秋をしらぬ紫蘚の實身を壁錢に忍ぶ夜の月必ズく醉てほゆるか梅の下臥も雜る談庚申集の霄よし野山佛法僧の今年啼"草ふかき乞食の玄關人まれに拜領の香をいたづらに薰捨てむらしぐれ十夜のうちを案じけりうちひらく酒屋の庭に凉むらん小坊主の藝の數なき月の友糸竪にからげてあまる菊の長玉敷の御堂は瓦下地なり晝苔に下まで改め甲斐〓〓敷ぞ旅で子を產ム髭籠の外をくふて見る柿烏鳥ゐさせじと斷種を干ス町衆もよほす祭禮の鬮時分なる戀のに出家雜ッ三談條女十集し着の墓物多音水石角化船水石角化船水石角化船水石角化船水石角化船水石角化船釣さして鰻はひ出る苞の內しけ地ふむひつぢまじりの芹の花銅蓮の水に翡翠の影下りて世間氣に白髪つぶりを結立て夕月に茶入をせゝる鼻膩日盛はいとゞ雪蹈のそりかへる板子はづして酒ひやす舟野にうかれては鼠とる犬碑になをしたる鳥羽の戀塚組同じ文シかく伊勢の祐筆襟から膝にかゝ古き精麩を持し表具屋木の葉の莚柚べし干らん面に御所の疊の敷替り天井七十の天人の二三一る盡數朝まだき局の丸をうちこぼし亭夫婦やどりし跡はがんがりと目の玉の出るばかりに貝ふきて麻ふせてこの山水の靜なる楊貴妃の顏をつゝめる山かつら御迎ひの船ともいつか巳の秡空死したる狐飛らん足入て洗ふも白き餅の米瘭疽いたがる下女が泪はにくまれ口を姥が名にたつおくは枝折の僧正が谷馬やかましく馬船ふむ音しわ〓〓寒く雪に成雨など龍神の朝東風は吹膚の百首に春の夜の 月ワ二三〇水石角化船水石角化船水石角船化水石角化船水石角化船水石角化船
すまふだに古き男は馳走して桐の葉は東に成ぬ三日の月上中と酒とゝのふる月待て目にのこる桐の葉分のなごり哉衣うつ身をうたゝねにぬくもりてかけて待伊豫簾もかろし桐の花大汁の鳥をうち込煮出し籠鳳輦をさゝいで渡る大和川卿名つく法師なまめく藤の暮我〓〓が盆にのせたる旅籠錢佛にて禪としれたる庵の體霧はれて富士のながれの右左高く語るも追分の秋たなばたつめに君が宿とりつはるをみれば文月の瓜宿もざゝめく本陣の幕手療治に心一ツをわづらひて尾花につれて招かれし鶴名月に彼朗詠のふし所道祖の神のみゆる陽炎花のさかりに通る 小娘一二三寐は景のよい時目をあきてしづかに漕ゲや夕汐のふね七日朔日於觀瀾享呈錢寐られぬまゝに食を尋ぬる土佐が歌仙もうづもるゝ壁次なる武者の年を問るゝ三二雜雜談談集集肅彫其角山業業角同山棠角化船水石角化船水石角化船水石角化船あふ夜半は袋に入りて參けりつれなき鐘は指もほどかず급捨がてに腰よはく成團にて照月に灯立て出むかひ入川に通らぬ舟の棹はりて桐のはや土用の中も今幾日番匠の裝束とりし酒の時立て形よき幣の神風端シ舟を藥もらひに引をろし目張をしたる二階いぶせき腹を冷さぬ一二三寐の秋橋越たまふ君のありさま簾を空におほふ夕立老が手に春はゆるまる數珠の糸白き反故はおしむ凧の尾分時人の雜談集も花ごゝろ薄疱のかくれぬ程に打裝ひ出あへと千人切をよばふらん心をつむとてきえし桃灯辛崎へ今すこし也よるの雨當日の位牌くり出す月の朝唇で鼻紙とるは遊女めく萱の鼓樓の苔に聞え てたれにもらへる紅の目ぬぐひくさめをはやす元朝の聲〓少納言枕さびしきしらけてのくも假初の戀おもひ分たる梨の切口殘とひかはして、一夜吟六月晦日のゆふべ、觀瀾亭の名二三三二三二其彫業角業角棠角棠角同棠同角棠水石角化船水石角化船水石角化船
雜談集四方の秋見に蒐上る山齒のたゝぬ書をよむ程の窓の月蘭につきたる鼠やさしきまろうどに瓶はかざりし花の時儈もつとむる涅槃會の拜小住居に又建直す春の庵連哥所の定まり し國杖竹も光るばかりに突古ルす石切ツたてゝ門の雨落今少奧もあらばや〓見寺弟子繪とみゆる松の拙さ粧るほど身代しるゝ人の風揚屋をかへてもどる曉新しい草履はかるき戀の闇狐の風呂に入かたの月三四如茂川に今朝は流るゝ瓜茄子誰が足ふきて小草臥る色緣とりをおさゆる石の初あらし本堂にてはひくき念佛き、尼公と同じさまなる女房達箸も手つかず物おもふころ散"迄と夜氣にあたりし花盛之一個によぶこどり啼角棠角棠角同棠角棠角棠角棠角業角棠棠角棠同角同彼寺をみれば、虫はらふとて、紫黑の衣かけ渡したり。晋好が句おもひ合侍りて、虫ぼしやせめて奥ある〓見寺何か手向んと、旅の不足をおもひて、肅山七夕や願ひもたらぬ小袖會我山曉の霧立こめて、雪井の雁かすかなれば、ぬらすなよ濱野に落る雁の文古〓のゆかしさはさぞと聞に、猶よかれおもふ人ある國の稻夜日とこがれて二十一日櫓拍子や沖はそはへて波のつゆ宿の梢の近づくまゝに、桐の木は妹がかぞえし落葉哉ヤ見舞てやなくてほこえし宿の萩これは彫棠をともなはれける道草也oみる所おもふ所、をのづからにして、作りものならぬをとリ所とし、雜談のつゐでとし侍り。此外にも所々の句侍れども、等閑にもらしつ。七月十五日例の信德關むかへしぬ。路通もあり合せて、か二三五雪井の雁かす茶店によりて、升の隅より一息にのむを、秋の蚊や血にふくれたる醉ごゝろ殘暑をさくる馬上の人、その樣平懷也、秋の日や笠に着せたるひとへ物桑名にてゆかり尋て、いざさらば肴所のいきみたま駕籠かきやどこの相撲の取後神崎近き程に、さらしの里もしらみわたり、川舟をとめて江口の踊かな目ざめてみれば、須磨、明石をはしる。あれがそか須磨の小家の木槿垣寐たうちに國のかはるや舟の月雜談集同棠山同山彫棠山同同山同同
(金)政所のかたい疊にかしこまり白雪に大きな笠をかぶりきてうち明て留守になしたる相局浮霧をとふさにこぼす川烏關迄は鞍をやすむる駒むかへ(24)春日影いざりながらに蠅うちて珍敷道具出シたり華の宿とはれて猫の尾をふとくするもみぢにかはく絹張りの紅鯉のごみ吐月のうたかた賭に勝た宗匠達をわたらへの秋うたひのやうになりし淨瑠璃チ紙子の古さいとまとらせん苣の畑を地子の佗ごと雜る談集當年の月1キ利酒に猶面白き月の夜や湖の端それほどの秋の風灯火はをのれと消し戀ごろも米俵力ほどある片手わざ生てあふ人や旅路の玉まつり居所の山もわするゝ月ふけてき、一時雨傘の後のはるか也別れし時はほそき鹿のね駒むかへ來てつなぐ壁際聲は女に似つこらしさよ捨たる舟のいつ橋に成おせあらたなる凉風の宿よ所にしゆんたる踊ゆかしきけると也。れこれ赤心の交をあらはし申され七十雜談集談集彫路信肅角棠山角棠山角棠山角棠山角同棠德棠通德山通棠山德棠通德山折節は鐘をもつくか寺若衆ゆるされてさかやきしたる良寒く養を孝とはいはじ月の道酒宴にさかなのなきも比興なるきぬ〓〓の夜着に負てぞ倒ける今や旅高觀音に湖を見てよぶ時は門の乞食もみえぬなり(ウ)梅柳いづれの木屋か枝折垣きのふの髪のそゝけたる風此坂ひとつ車をせさあモ)わざと素顏の花の道中ぬかぬ刀はよごれてもさずきのこに毒のありとこそきけ迷惑ながら馬になる袖たゞも楊枝をもちし傾城三三七北に臥ス枯野の松の朝日影うつぶいて走ればぬれずかたしぐれ入海をそこら浮たるみやこ鳥あと先に今宵の泊り二かしら屋根葺かけてあたらしき宿フ鴨のみだれに鷹落る池面合するに似タり。と付侍るは、是他〓にあれどもあの虹の立はじめみん花の山乘物のうしろの窓のちいさくて夜も早鳥にみだれて、風ののどかに送る關ふねさはる心に成しいとゆふ問かへさるゝ見しりごし也ると有。關舟といふ句に、人々かへ三三六彫其肅角棠山角棠山角棠山角業山角棠山角山棠角山角德山通棠山
朧なる月に座頭を送らする秋迄と年玉扇のけておく川つらに楫こふ聲の夜寒哉犬箱はさびしき床の物なれやゐさゝ川蕪の枯葉をかき流し利竿の旌にしらるゝけふの風花も柳もわかる宗論袴たゞむもくるふこしもと寢せし子の何に襲てすゝり泣神鳴のならざる年ははしゐして冬は猶絹上下の似合しき朝の魚都は月に用ゆらんやぶれても露の葉數のばせを哉雨八月十八日楊枝をさして持ふるす文煤はくおんな近おとる顏山鳩いとゞくもる日の聲いく春人のほむる醫者がら勝手近さに屏風ふすぼる行水の後くるにゆふ髮番によりそふ柱定まる長みにしるゝ一順の箱木槿の外も垣の間引菜小弓もたせし射手の有樣一葉巴而一葉焦故爲蕉一葉出而一策巴故爲芭中雜雜唫談談集集仙其岩遠花角翁水角翁水角翁水角翁水角翁水角翁水角翁水山文躰はあひ見て後のうらみ也人がらをゑらみて賴む乳付"親初雪を師走に成てふらせばや銚子とる花も紅葉もなかりけり忍ぶこひ身につまされて肝いらん十七藁たゝく石さえ滑を撰みぬる+チ心よき詞に駕籃を次でやる世のなみに寺の男も出かはりて卓散に花うへらるゝ奧の庭月にしる利屋鞘師の頭つきト十丁目中秋のくれ王子へいそぐ五香とり雉の簇はづれて飛あがり澁柿つくに柿の前垂分レそれかと聲の菴の立聞殊に日比の七夜信心まことは年の免シ乘物ひゞきをのこす棟上の槌月しろみえてこぼれやむ雨ころぶも耻にならぬ雪ふり馬くふゆへに芝肥る原親子くらすも百姓とよぶ鼠ら道をふさぐつばくらまろめし雪にくぼむ指跡こ懸とりの大脇差も犬おどしあすの草鞋をすげて置旅月影に板本尊をおがむ也こま〓〓に割みて見よき栗薑けなげ入にする四五文が菊神田祭に出す兄第所帶もへたる裏門の番二三八二三九普其化船角化船角化船角化船角化船角水角翁水角翁水角翁水角翁水角翁
羽織着て年のさかしき後紐庭堺なみよく見えし薄木立帆柱の入津につどふ秋晴て賑かにまがきの菊の朝日哉(金)傾城の通るに耻る町女房廣き出會は幾宵幕京扇とて風ならとまり雀の聲も渦まくきる時は樂屋定まる日待法樂、雜燭寸、談巖翁亭、シウ集すの音月闇の夜は路次のせばきに咳拂消る身の三味線ひくも我に成てきぬ〓〓やどう寢忘れて朝日影草枕御坊の色にしられたりいざけふは麥飯くひに初茄子子は杖になる老の小便いくたり顏をはらす懸乞あまりおもひに酒ばかり吐〃命の恩にとま る邂逅山は八幡よりこそサ雜談集盜人一芭蕉菴の月みんとて、丁卯のとしすゝめて船にさそひ出しに、名月や池舟催して乘りたれば、をめ〓影をあらそふ客の舟、ぐつて夜もすがら大橋に圻れてさはぎければ、翁淋しき方に漕廻して、心をとり、翁をはじめ、作をうかゞひけるに、名連衆みな半四郞とは云ざりけり。その後も秀句多し。月我々もかつ感ジ、は汐仙化が從者、にかつ耻て、な舳のかたに酒あたゝめて有ながら、が九ツを聞て歸にけり。るゝ小舟哉羽化登仙の二字仙作に有とて、吼雲雲に吼けんの尺芒探未横其岩旦龜艸風泉陌几角翁水翁角化船角化船角化船角初華にふまれて氷る道の雪貫ながら幾秋つみし蠣のから名月の竹を定むるむら雀ひとり猶方部の升に入かはり1千烏にもちいさき猫はすくみけり萱柳にしまる疣ゆひの垣きらづの煙氣のさめぬ朝霜かいづもはぜも大汐の時五ツ過よりくもる松風がおもしに置碇二四〇綱手とり鍋洗ひて返す今朝の月明松は消てふり出す秋の雨所から六浦の牛に汐を汲ム物わかぬ賤とて瓜の丸かぶり祈ぬる神の御垣の引キ掃除聲のほそきは若き 木隣あるきにつたふ稻塚根繼をしたる寺の外繋木陰へ抱てはこぶ腰掛おとすかもじを包む鼻紙二四一兎芒探未橫キ岩旦龜遠岩風泉陌几角翁水翁水泉各句船角化船角化船角化船
付添も其若殿風呂敷の同じ模樣は紛れよき+ウ物かけば手にめふ筆を結覺え土堤へあがつて拍鏑流馬子をもてど幼名をよぶ妻ならし竹の根の朽てはいとゝ雨ざれし山雀の尾に流れたる春日影切透す陣子を花につくろひて睨走ッもそろふ柄鮫目を忍びてもたある糸屑菴半分は池へ建出す局の草履ぬぎ揃へけり車おとある道の貝がら我瘦たりと師兄笑へると二をのれも飛か虻の小心(三)春風に衣張むすぶ杭ゆりてキ大帶はれし子にいたゞかす神の幣ホ水と湯とわかれて流る山の秋豐年も粒はちいさき岡穗にて何代の出入屋敷を最屓する國の判書は外に專なしカ十庖丁にうすらひかゝる小半臺ふる雪に茶臼のたまりはつか也蹴合に强き黑鷄の聲鹿料のり込ムの入汐月見る感は寺へ來る鹿人足しげき顏見せの朝おもふほどにはへらぬ竹杖鏡の餅にのこる莚目今度の住持人愛のよき雜雜談談集年位集其旦探龜遠横芒探岩岩旦龜遠岩尺芒探橫岩未旦遠岩尺芒其岩橫角水泉翁水几風泉泉翁水翁水泉艸風角泉几翁陌水水泉草風翁角翁几指入て酒の間する鄙びたり此宿の脇本陣の花ざかり錦核の錦にのこるも秋寒き平示築楯にかゝる浴衣やおもはゆき籠ぎりに相合て取秋茄子(ニウ)かつちる絶かはる葉の形輪の多ければ碎けぬる米月は屏風にかくす身の惡人跡にのればいたはる渡守紙緣の疊は塵のたまらざるん)火鉢の蚊やり家の隈〓〓名月の一夜はすませ濁川女使はこはぬ物申蜜柑ひとつを搜す懷椿は重き柱杖也けり世間を君にだかれて義は重き糸尻のなきもおかしき坊主椀さほ姫の曝をたくる雲なれや奥口と花の榮耀をよしの山竹釘を壁に打ても刀かけ橋づめに小屋むすびたる繪馬書(2)振袖はすこし粧へる戀のあや四條の榎道覆ふ也醉まぎれほむる月夜の郭公湖を見はらす二階瞬左右さもあれ掛物の丈なれも火燵に因む老犬浦の夷に上る三穗鹽雉の光をみやる岡越わりなくいそぐ狀の觸レ次二四二二四三遠探芒尺岩其未旦尺岩芒未尺横未遠芒岩未遠探旦横岩岩尺水泉風艸泉角陌水艸翁角翁風陌艸几陌水風泉角陌水泉翁水几翁泉艸
笠寺に十八日の月を見る蓬生に若葉延たる茗荷筍まいら簀に商ひ斗ル魚の數ゐざら井は崩ても水の澄返り初の子は下〓〓迄もきほひ有蔾力初茸の名もかはる靑初人のひかへて渡る板橋白げて足のみゆ胸露も際づく新錢を紐き、直け)付く作る雜假談るの集の東る文塔堂多チ爼筥ふるべたる色紙の泥のかはるらん庭程の梅にもほむる月の影立"年の願をそれは酒付"て薄氷折目のまゝの茶巾哉ちいさき鏝をやとふ丸窓包み錢やる湯屋の三方ことさら今朝は耳ぞつめたき龜屋の夜着も人の代昌雜談集苦すの一或師の云、欠摺鉢なりとも時によろしく、をはりてほめあひければ、利休の茶の湯にあひて事を好むともがら、利休散々不興にて、茶の湯に用ゆると、新古の目利はあき人にこそあれ。用ひられざるとのさかひを辨まへて、今の折ふしの道具どもを、ワ十道を好むともがらは、是は古シ是は新シなどゝ、物數奇をほむべき也たとへ目ぶりたる時に、是は長、ざしを高く守らば、工みをめぐらし、とありしとかや。誹諧もさのごとし。ゝの茶巾なれば、是は丸、時に宜しく付流したるは、作を用ひざるも、人の前句をばひあひなどせんは、珍重などゝ點にあてゝ、自然の風流あらはれて、時のよろしきにやあらん。句は道具也、幽玄の一句もいかで思はづしぬべきや。たとへ無點の句也とも是用也。目利せらるべきは本意なるまじくや。無下に口惜きはたらき也。點はあき人也。點者の心をかねて、誹諧過ての點なれば、用、打越の六かしき所か、無用の境、されば此茶巾、其席にまじはりて、新古の分別、句ごとにあらぬ折目のま心席のし雜岩キ探未旦遠橫芒岩尺キ其普泉角泉陌水水几風翁艸翁角船角船船同角船(コ)兩がわの花を見通す大鳥居明立も庫の裏白土厚日待よりけふ其儘の神まふで落ちりし木屑はどこの殿作り地の內を畠にしたる割余し道者いさむる春の昆布賣雫にしるゝ墨塗の戶樋果報のつくを老の身の幸湯屋の休みをしらす友達道よりつゞく高の輪の山二四四き身にも似ぬ女なりけり能太夫御供の人なとがめそ口なぶり柄糸に手垢もいとふ春なれや潮煮も辛く成たる鯛の味いとゞしはすの市烏啼北野の繪馬花見がてらにカ年玉なくて禮のこりけんあさづま舟に幾日逗留二五五松尺遠橫未岩芒探キ旦角船角船角船角船翁艸水儿陌翁風泉翁水
(+)山の井の心をしれや旅の汁日病とも門に立たる朝日影安持佛くやうじ給ふはちす花此比は文かく事のむづかしき月雪に近江のうみの悠と顏の白きにふくめんの跡子にしぼらるゝ痩犬の乳常二日すかねばうとむ髪の香旅をはなれて仕たる第三住ム所桐雜七セの談か集ら紙(〓)鉦のねもけふめづらしや夏念佛山一ツ皆つゝじ也夕月夜暖かに京は羽織を長く着て黑塚の誠こもれり雪小米櫻はしほらしく散ル繪にかく鍔に障女霞める蹴あげ目にたつ白革の足袋雜ッ談カ、集女一鬼女の面は般若、箕山のひさごよりも猶かろくて、物數寄になしぬ。と云にはあらず。ての工夫ならんやと申されしに、炭ハンニヤとりたゞ匿兩のたぐひ成べしとて、あたち女とて、に是についして鏡の殊にかしがましき罪なし。いふはまことかといへる兼盛のうたも、古來より角あるおもて也。ぬけし源助に申て、手樽黑塚の能の位におもひ合侍れば、いよ〓〓捨べきものにあちず。哉あたらしく角なき面をうたせけるは、思ひやりたる也と雜談して、同全く一念の鬼女兩吟の時にとり一片手打落したる煮鳥鍋を、名もたゞのりと云べし。代々の鼎の德はさらなり。忠度と灰に幸の物哉とて、か〓れしわれ鍋にとぢ蓋ぞ、火鉢哉ンタ火鉢の記沾其角蓬同角同蓬角船角船角船角船同角船息次に小宮の立し曲り坂1キ古君のやりてになりておそろしき出す迄は獨物思ふ上總舟戒名しらで祭る引るゝ猿の山を見まはす雨夫起してあきなひにやる寒き夜の疊〓桃三四七戀人灯咲花のほとろ〓〓に鹽煙市人の肩に棒置"ふところ手稻刈て初尾にかくる岡の松波の月波戶の泊もしらみ行振袖を刀のそりに打かけて南まだ色さきぬ鷄冠靑のり家とていくつ武藏の國府葭と鳥井の穗に出る哉ヨ是をくすりとおもふ盞風なる横雲三四六の海いよ〓〓捨べきものにあちず。我に似合しき寳なれとて撫さすれば、角蓬角蓬角蓬角蓬角同船同角同船角船角
澄月のうらやましげにかゝり人文車やくひ物もある土用干子を詞る人は昔の生レにて松風は夢のさめたる片相手振袖の駕籠よりあまる摺ちがひ冶郞の繪馬其紋にしる數〓〓を釘にかけたる紙鳶煎餅簀に干す雪の春草六條の鹽屋詠ん花ぐもり蜩の鳴あたりにて日をくらし壹ひろき座敷に戀のかくれ家心鯰いかなる經を尺八にふくに貫に濁酒あれす雜をば水雜女都の禁迄月集制行影書とめぬ際は、り0むかし隆國大納言、がごどくにいひけたれ給ふ。聞、も草、あだごと、づきたるをひろひて、たゞちに聞、其後それかれ輕口のもの語とて、かく思ひよれる心ざし、二度手にとるべくもなし。世のすゑにかたりも傳へざらめと、たよりあるくま〓〓、聞え古さゞらん國々まで尋いで、みづから申つることを猶はゞからぬは、平等院の南泉坊にこもり居て、編集となしぬ。あはれそふし〓〓に淚ながし、師德をあげて、此雜談は、かの操有許之其託於無窮之間といへるあらましの空なれば、とり傳へたるは、〓誠を備へたれば、いにしへの好士、住來の人を集め、世をうみ、み雜談なればなるべし。興ある筋をかまへて、また風雅のなさけならずや。今の世の人の誹諧における、人の上をそしり、むかし物語りさせて、肅風雅の挑いとまなき身にしかく笑はせなどするは、はては神佛の道すら、山大なる双紙に書れた跋一口の噺、傳へて我にもゆへ一四、〇なき雜談集蓬角蓬角蓬角蓬角蓬角蓬蓬角蓬角江都書坊通(9)覺範が豆をうつ聲のうちなる笑かな打ッ豆も戶のある方の響哉其像にためて置たる爪白髪春のひかりも日中の鍾小反の太刀の霜にみがける小便所習ふも遠しきり〓〓す秋のみえぬ隈をも忍ぶ明盲·ハ節ショ.調の革を炮庵の跡も花のウ分ッず二四八奧る芭蕉翁回國歸庵時宜相應故被校合畢元祿辛未歲內立春日於狂而堂燈下書室町須三原丁屋目二四九市兵衞梓跋其龜角翁同蓬同角蓬同角
萩の露其角撰
萩の露二五二萩の露みづのとのとり仲秋の月、此月はまつ夜、いざよひとゆび折して、ひとよは深川の芭蕉庵にかはらぬちなみをあつめ、一夜は露沾公の芳苑に、とり〓〓ひかりを分て、年〓〓歲々たのしみめづること夜あかし也。さればこれかれに引さそはれて、船河野、山さま〓〓として、幾重の心をかさねつらん。そもとゞまる句々、集ごとにめいぼくをあらはしぬ。哀、ことしこそといひあへる秋の初めより、老父いたく惱つきて、けふしらず、明日またたよりなし。一家合信のおもひ、我身ひとつにせまりて、萬事たゞゆめうつゝ成なぐさめ也。醫術、藥力ともにつきて、ねぶれるやうに、かのむかへをこそまてと、此世におもひ殘せるさま露なし。こゝにいもうとの醫王善逝へいのり申ける願旨あり。此ついでに、萩のつゆはまぐり貝にくすり哉其角といふ句をかいて、父のふしける蚊屋の中にはりて、目ざまし草にと慰めける。此日より不可思議の感應ありて、一滴のくすりをうけ得て、しばしたもてるやうにおぼえける。いさゝかの食事も、十が一つは胸膈にかよひて、天々とながらへて憂命ともに、三五の月を枕上にてらしぬ。かの藥を竊で、人間を出ヅといひし詩のたより、げにけだ本土もの、雲に吼けん、一家ともによろこびの聲うるほひぬ。また、いもうとにかはりてなぐさむる弟あり。物の哀をしれとてぞ、信濃なる片田舍につかはして、うき世のうさをならはせけるに、三とせ過て此秋、朽たる老のたよりを案じ、毛ぶかきむまに沓しめて、いさゝかの家づとしてきたる。ものいひもさらにかど〓〓しう成ぬるぞ世のあはれには馴つらんと、やさしうおかしかりき。文月の初より葉月のはじめ迄、看病むつまじく、枕のちりを掃けるが、聊の古〓ながら、信濃のたより人かさなり、いざとすゝむる名殘にも、あまりわりなく聞えける方寸に、病父、待期のさかづきを取て、愛別の情欲なを後の世のまよひなれば、我息のかよはん所を厭離せよ、と、おもひ切たる暇乞、是受持法華の正眼なるべし。其座空や秋蚊屋をあぐれば七多羅樹其角月にかゞやく五色の雲東順と、病手ふるへてとゝのへけるに、此息のかよはんうちに、とすゝむる筆の數々に、七十三歲の老醫、みづから何の藥をかたのまんやと杜子美がもとむる所をも求めず。死症には千ぐさの霧の驗もなし東順かくいさぎよき明らめなれば、死生在命富貴ねがひなし、良夜千金の期也。こゝに一樽をかまへて、逸興に月見してたのしむ聲を聞んにはと、朽父のぞめるにまかせて、親知後帶の友をまねき、對酌の句々をのづから即興となりぬ。さればかたはらに老木をかまへては、つれなき秋の光を歎き、はゝ木々の七とせさきに、榎の陰の露ときえしも、さらぬ佛おもひ出ては、なぐさめかねしこゝろ也。萩の露二五三みづから二五三
と、と、くまなき月の前に、庭嗜の幾度かはるたゝずまゐその暑サ石に殘りし河原市誹諧の色紙を萱が軒に見て名月は十步に錢を握りけり形も羽織もげに秋の暮犬黑茶をながす染殿の水なれてとまりに歸る蜻蜓にかく書つゞけて、百里に糧を裏み、をの〓〓賀に燕す。んの。齅カ子と姨とたが信濃にも萩されば父病て遠く遊ばれず、れて狢のみだりに書ず。十里に三喰すとい病床をうかゞひ侍るに、老露退"い穴か子へて見んけは幸桃枳介神嵐仙其ありけふ返し、隣隣風我叔雪化角有松の手拭ひとつ貰けり大酒は粧ひし顏に未練かな見渡せば壹岐ばかり也對馬沖(三)いつ人に赤子の匂ひおもふらん曉の影を乘せたる白牡丹江はぬるむ四方屋鋪の藏造り髪ゆはぬ虫齒もつらし花曇踏鼻紅金鶯たおなじ睨にすは息塗雲こそかはれ富士は探幽お乳がとり持つ文の賄ひを迯テ掛てるあとを長袴熨にちる空燒の灰費て通る關の戶て猫きらひなる萩の中露臣るをツ豹讀人幸桃枳介神嵐仙其介素神萬介神桃仙介其平素萬介我角テ叔卷我叔隣化我角砂彳卷我隣隣風我叔雪化角ふ(〓)瓢簞の毳のうちは葉がくれて門立の浮世は盆の十三日手の筋を問フ人しばし入かはり息次に倚る駕籠をゆり直し杣が臥足をあらそふ燒火影溫飩踏諸肌脫の祖なり降らずに雲の通る白雨繪を見る迄の淨瑠璃の本米さしさいてよし原へ行小つ倉なZ舌堤を吹れゆく月げる糸に蜩の啼ハ羽衣の嚴を祝へ月の雲苧島にても諷を作る世の鏡只爰にこそ熊の住なすいそのかみ(二ウ)梯の下に明るし木曾つゝじ双六棟梁の槌をかざしに朝日影さては夢座敷なくなる草枕海氣料狩の笹矢は射捨なりけり紡貴へを佛人理のし折枝まく窓の灯霜寒てに春を仇なるをさきへ廻す宿坊忘るゝ海士の煩はぬ三月の花名の前を耻ぬ戀人をの盲辛二五禪肉勢聲未其十宴門桂のの月月東其三四順角萬素介其平神仙桃素平其萬桃仙平仙桃神其東萬可平素芝鐵卷彳C〓角砂叔化隣彳砂角卷隣化砂化隣叙角潮卷聞砂イ莚松
腹あしく田舍座頭と見えにナり雨には下す店の半部ラ反リかへる沙魚は餌番を形にしてコ聲や詮なき花の中にあり蟬丸は目明キ也げり花の色札賣の寒げに並ぶ床の上此先はしらぬ在〓よ隅田川荷ふみ魚馬を烏啼なり倒戶に蚊遣火もゆるおもひ哉買針を袖にさしたる春の風月露に紐幾かはり笠經て蕣の井の輪組なり醬油樽橋の火の光は河へ流れたり帆先サ十廻れば背照る月七十四臺に菌の生る水鉢老の氣折や庭の若草後T前呼バル八シ立秋ふかし高野を下る展の音けしからぬ影三絃に殘る月やるといふ櫻は欲に折にけり老父の咲を此萩の 露夕日に當る籠のてりうそ手本ひとつを酒に書する後を撫る帶の仕習ひ鼠ぬぐらの鳥をうかゞふ煎藥腹につよき菊の香からき忘八の折檻を見るク七ツ三年目には萩垣の虫八月十日かされて三吟病家の伽とて、萩萩のの露露の聲介其神神其介仙仙我凉しさは足撥の水に牛濡て角叔我角叔角叔化我叔角我化化叔下母おり物なつかしき粧にてフ角我六月の暑さにおもふ能衣裳化角貧ヲのあれが虱といはれけり叔化門守の顏からさきへ年よりて我叔鰐口ニ口の音羽の瀧は長閑也角我捨るとてすてぬは醉ぞ花の陰化化昔見し世の風袋や左り前月夜には覆面はづす花の外、シス·主なくて大振袖の伊勢參り小腕にもまかする船や風の跡爼にむかひあひたる料理方奥からのかよひ道也違ひ棚ツ夫なくて生平はもとの男紋糠をねぶる犬はやせたり何年か賣ずにすたる石の塔餘寒をいとふ女鍼立ハ串柿買ツて村の案內白鷄頭の冬がれの山鉢扣さへ川心の連あかれし人の指を喰切금ゆふべはなるゝ人やりの鳥此海ばかり芝海老は飛經の達者はみな法華宗細工にほれて忍ばしき人埋れ井よりも立ちし蚊柱いづれの代より家老分"寺醒る日なくてしかも煩ふ寐てもどる子を母のうけとるかすめる月や縮緬に雨三六、二五七我角叔我角叔我角此我角叔我角叔角叔化我叔角我化角叔化我叔角我
二百文非人にたらぬ春の道假屋形千部過れば麥畑ゆかしさは煉茶の色を湯にたてゝ放人先ヅ蛇にこまりけり西衆のかたいすがたや革袴燃殘も閑所を見する遠明り曝ども晝食くふやまきの島棒花その類込て〓に入ル島親子してかく駕籠を憫鷹俵かつぎてのぼる大船印京順禮のつるゝ腰もとサ筆のの笹のかるゝ若竹のそめて霞む言種時分に一日の目澄で星殘る月萩T:の露〓と二十ながら古さ卵は化おもひ蠟蠋の心をはさむも上手下手宮作リ故殿を爰に祝ひ月花の蔭婆の居やうは小町也日がくれて大津を出る膳所の月いぶすなと勝手を覗く亭主ぶり拔事の耻しく成さび刀伏屋に似たる藪の雪隱ね均武者繪の屏風人を員る此段ごとに仇野のつゆ寳といふて名をば呼ぬ子先とりあへず酒に白瓜さ湯一ぱいにうそ寒キ風ぢてPKバ萩て袂に傾域の紙かすむ春の鹽濱の'露カナ人屋牛角丈牛屋丈角屋牛角丈牛屋丈我角叔我角叔我角叔我角叔我角叔寢ずに汲ム水みな月の夜もすがら若旦那彷ない顏のしたはれて鷹の名を鷹商にならひけり朝霧に虎越のきぬを染かけて寺乞食のかへる戀の一道柞化粧をしたる封つきの鮫もやひことはる川口の番の月葡萄膾は葉にもらん柏病父、しければ、誘引の人々、いとまたまはりて、淺草寺に詣ける。八月十八日の菜心よしと聞えけるに、即興。畠泉陵院に立よりて月見へち るぎのめ名月や俗も拱く橋の上夏かけて名月あつきすゞみ哉桐島はいきうつしなる龍田越はふれつゝ物申乞へば犬吼て燒置はいつか木葉にからび鮎皆歌よ四季の田業の賤が月痙の戀泪こぼして見せにけり牧原の霜の中より虹立て一十射場の鎭守は片陰の春江戶の花見の夜歸る也隱者に賣"は酒屋やさしき1シ秋孝な娘と人のしのべる口の紅身夜吟、名殘の爰が杖突すごき石佛の顏무引付二五九大、ツ十三六八岩芭利孤固其翁蕉牛屋丈角屋牛角丈牛屋丈角角屋牛角丈牛屋丈角
髪持の寐姿かたしけふの月風雅あらば眞の月見誰と誰レ名月や燒火に竹を設ける名月や煙はひ行水の上名月や尾上の兎みゆるほどけふの月聖も宿をよばぬ也名月に蜑の業なさ晝寢哉名月に鷺もすゝまね飜かな즈수夜半過は樽に水さす月見哉名月や宿にくらすも口おしき名月や置所なき枕筥名月や師とする坊の昔節漸と石船かりてつきみ哉名月に咄ひかゆる一座かな我月見猶子が跡や老の秋こよひ猶月は滿美の女見ん城鳩の影やむらがるけふの月名月や櫻は伐〓と氣もつかず曲舞は五十己上の月見哉名月や綻ぬひし下女がひま秋の蚊やしかとはらはで老の伽月みつと和泉式部もうらみ哉名月や立よる人に松の透月落てこよひの名也馬寛草スベリヒユ父が目を閉がぬ中よけふの月フうるはしき聲よ若手の月見船よそに聞月見の夜弓靜也かしに、おもひあはせて、く聞えける。こまうといひし人のむ小萩のつゆのいたはりも、むつまし憶晋子病父萩萩のの露露萬枳仙嵐千殘正鐵冬楓池鹿夏雨林子山拙堤探同秋松沾彫龜遠珊蜂侯夷島も月の最中や人のさま亭名月や一昨日つくる酒の味泉色名月や栗鼠の尾さばく葡萄棚住なれぬ宿の月見や五ツ過吟圃棠みか月と成べきものをけふの月翁名月や童はうつゝ夜半過水卷箍ゆひのてらるゝ門やけふの月分風名月や蟻わくやうに船つどひ化雪崎鳥春松鶯名月に後生の鉦も打やめよ橋名月や惜き襖のたてあはせ石名月のはしゐに猫のかゝはゆし山明烏月見いづくの人通り林名月やたら〓〓下のはだか山タ新月や聲けたゝまし岡の鵙也名月や雪みんための庭の松七十の毒やのがるゝけふの月名月やかざす扇の骨ばかり殊に寢ぬ油しぼりの月見哉酒論もこよひぞ許す月の德그ル名月や畠の中の靑だゝみ名月や男ずまゐの箱屋形旅人も時をちがゆる月み哉月のけふ手に待得たり藥酒名月やとねりも醉て歸りぬる客も來ずさすがねもせぬ月見哉れのひとつところに、萬葉に、磯のさき〓〓こぎはつるふ近きころ住家かはりて、千ぐさの露といへる句を短尺にかきて、年ごろの形見に給はりぬ。二六一三二〇和節水是白吼酉桂可巨靑至一需固介神コ幸平芝可東素桃水水谷吉之雲花花明山山曉習笑丈我叔齊隣砂莚聞潮テ隣
を崇ムるに斯集有。是醒て歸するの地ならずや。又大寶とせざらむや。貞喬がこれを廣むるも亦僥倖と謂フべし。角之吟や大抵醉〓に在て出。後生其臭に觸て如夢。謾興輕氣得て寳とすれども五典の作久し。母を慕に花摘有。父書重刻萩露集之後名月や隱者の門に魚の膓蛤を手して剝けりけふの月安永二年癸已秋八月吉日再刻露七元年祿の萩歲旦孤利肆書屋牛帳江戶本町三丁目京堀川錦小路上ル町其西村市郞右衞門西村角源皐二六二六月梓平砂
松晴て年の暇をかぐや姫霞む月饗かたより醉出て乘初や千里の外に馬の聲綠たつ鬘の末を引捨てさきしあれ口に磅ける筆始門松や出仕初の腰をのす去年ことし判ジ持也朝日影年ごとの先今日を拜みけり賀に副や奧迄通る年男成長の恩いくばくぞ門の松年の端の山位あり松檜若やかにいざ蓬萊の熨斗配リ有明もすくなき鯖のきざみ物ひとりたゞ身を遊ばせて鳴子引ギ春も雪茶通の手前ゆたかにて年たつや家中の禮は星月夜元祿七甲戌歳且帳鶯の音をやとふ笛竹鳥追來つゝ花の世心縣はえしたる梅の薰帆を八合に船頭の聲筆紅梅をたゝむ國紙蚊屋り草干す秋になりけり山より見たる夕ぐれの町其出勤を賀して正元祿七年歲旦帳二一元元祿七年歲旦帳黃同皤肅同哉皤肅八幸平龜浮岩岩仙芭橫彫枳岩介其山春や君重ね疊に影の膳羅願はくばいつ墨衣きそ初山山羅山橋猿曳の猿をみぬ日や年忘隣砂眞金吹魚袋の光春なれや翁神詠を殊更年の日の出哉萍初禮にたが袖ふれし年の梅泉はつ空や沖に帆をみぬ舟の數翁初手水きのふの秋を忘れけり化蕉とその香に向ふ初や孫孫几棠長板に年を迎ふる客座哉風昔見ぬ帳屋也けり江戶の春翁藥子や作らぬ顏の眉こもり我門松や網代の杭に朝霞角鏡山きのふはしらぬ男哉大廣間星の位や日 の初乘初や貝のぬけたる鞍鐙門松や蜑の鹽屋はうしろむき勵む名や射初聞る藪屋敷數にせん大黑舞も玄關帳白無垢をゆづる妻もや年の昏雪も梅も廿日の後の師走哉毬打ん氣は去年よりすゝみけり動き初左り展より夜は明ぬ門松のやどり木みれば深山哉四方の春武藏鐙をかけしこと春たつやいづくを利根の水堺いつむすぶ葉虫が家ぞ餝竹元歲元日尾三句日三六五二六四杜銀湖皷龜磨千行皤黃肅肅秋松湖山闇神全橫探楊彫介仙枳若杏風角仙山崎露羅山山山色吟月蜂指叔峯几泉水棠我化風
明行や霧に殘る打老兒丸タジ一終夷顏鏡にむかふ朝かな織ぬふや其花鳥をきそ初元祿七年歲旦帳句兄龜秋江弟羊香楓其角判二六六
句兄弟二六八句兄弟上卷序點ハ轉ナリ、轉ハ反なり。っき、と註せしによりて、案ズルに句ごとの類作、新古混雜して、ひとりこと〓〓くには諳じがたし。然るを一句のはしりにて聞なし、作者深厚の吟慮を放狂して、一點の付墨をあやまる事自他の悔、旦暮にあり。さればむかし今の高芳の秀逸なる句品、三十九人を手あひにして、おかしくつくりやはらげ、おほやけの歌のさま、才ある詩の式にまかせて、私に反轉の一體をたてゝ、物めかしく註解を加へ侍る也。此後俳諧の轉換、その流俗に隨ひ侍らば、一向壁に馬なる句體なりとも、聊の迯道を工夫して、等類の難をのがれぬべし、尤、古式のゆるしのごとくに、貴人、少人、女子、邊鄙の作に於ては、切字ひとつの違にして、當座の逸興ならしめんは、祝鮀が侫なかるべし。此道の譬喩方便なれば、諸作一智也。諸句佛兄弟也とちなめるまゝ、遠慮なく書の名とし侍る。元祿七甲戌稔壽星初五晋其角一番いふ事、雜談集に論ぜるごとく也。近くいはゞ、先年明星やさくら定めぬ山かつらと云し句、當座にはさのみ興感せざりしを、芭蕉翁、吉野山にあそべる時、山中の美景にけをされ、古き歌どもの信を感ぜし叙ズッチ明星の山かつらに明殘るけしき、此句のうらやましく覺えたるよし、文通に申されける。是をみづからの面目になしておもふ時は、滿山の花にかよひぬべき一句の含はたしか也。尤花の前後を云時は、聊も句心あやまるべからず。沈佺期か句を盜む癖とは、等類をのがるゝ違有。二番兄これは〓〓とばかり花のよし野山弟これは〓〓とばかりちるも櫻かな花滿山の景を、上五文字に云とりて、芳野山と決定したる所、作者の自然ノ地を得たるにこそ、誹諧の須彌山なるべLo花のよし野と云に對句して、ちるもさくらといへる和句也。是は是はとばかりの云下しを、反轉せしもCoo難云、吉野山一句の本躰として、上五字、七字までは、只ありの詞なるべし。ちるもと櫻のうへにうつしたる本意迯句なるべし。答云、句に其與を聞得べき也。景情のはなるゝと句兄弟貞室晋子兄ヂ地主からは木の間の花の都かな二六九拾穗軒
句兄第弟京中へ地主のさくらや飛胡蝶老師名高き句也、反轉して市中の蝶を、〓水の落花と見なしたる也。木の問と云字にたてふさがりて侍るを、漸こてふに成似、花の間を飛出たるやうに覺ゆ。先後の句立たしかなり。飛花の蝶に似たる、蛺蝶飛來過塩去、却疑春色在隣家作例外く聞ゆれども、予、京の一字を心がけたれば尤難有まじ。三番兄又是より靑葉一見となりけり弟亦是より木屋一見のつゝじかな遊子行殘月とかや。花におぼれし兄第二七〇人の、春の名殘を惜みけん、心をうたひける也。予が句うたひにたよらずして、靑葉一見といふ花のかへるさをとゞめしゆへ、全く等類ならず。となりけりとは、素堂が平生口癖なれば、是を格には取がたし。つゝじと云題にて、夏にうつらふ花の名殘も有べし。此句意味はかはる事なし。下五字の云がへにて、强弱の躰をわわかつもの也。四番兄祐成か袖引のばせむら千鳥弟中トむらちどり其夜は寒し虎が許袖引のばせとは、一衣洗濯の時なるべし。さすがに高名の士なりければ、肅山素堂破タル褞袍を着て、狐貉に耻ざる勇を思ひ合たるにや。村千鳥その友として、かの志をしのばれし一句に感懈あり。よりて其夜は、虎がもとに、しほたれし袖を引のばしつらん、とおもひよりて、冬の夜の川風寒みのうたにて、追反せし也。是は各句合意の躰也。兄の句に寒しといふ字のふくみて聞え侍れば、こなたの句、弟なるべし。五番梅花をかざし、闇夜につゝじを折ル、流俗の句中にはらまれて、一句の外に作うすし。されば向上の句に於ては、題と定めずして、其心明らかなるたぐわ多かる中に、杜若景物の一品なれば、異花よりも興を取ぬべくや。雨の牡若とおもひ寄たらんは、句作のこなしにて、手ぎは有べき所ン也U老功の作者を議りていふにはあ5.50門さげてゆく、と見送りし花の我宿に入來る心に反工して。花の雫もそのまゝに、色をも香をも厭ヒけるさまを、すだれまけと下知したるなり。往と來との二字にして、力をわかちたると判談せん人本意なかるべし。問答の句なるゆへ、つのりて枳棘の愚意を申侍る。六番兄雨の日や門提て行かきつばた弟簾まけ雨に提來る杜若杜若雨潤の一躰、時節いさぎよく云立たれども、難じていはゞ、雪中の句兄弟信德簾二七一
句兄弟兄三絃やよし野の山をさ月雨弟三味線や寢衣にくるむ五月雨さみだれの長閑にくらすとも讀けるに、きのふもけふも降こめて、同じ空なるもどかしさよ。殊に引習と聞ゆるか、同じしらべのほち〓〓と、軒の玉水にかよひたらば、物うからましと思ひよせたる也、それを寢卷にといふに品かはりて、閨怨の音にかよはせ侍るゆへ、とへかし人の五月雨の比と思ひなして、何となく淋しき程を、つくつくと思ふ心もこもり侍り。倦ムと忍ッとのたがひ決せり。七番兄兄弟三十二禪寺の華に心や浮藏主弟客數奇や心を花にやき藏主ざれ句にたてし詞ながら、古來は下へしたしむ五字を、今さら只ありに云流したれば、花見る座の亂舞をよせたり。毛吹時代の老僧など、當座所望ならば、花やかに耳立たらん句よりは、得興の專をとるべき也。八番兄陰惜き師走の菊の齡かな弟秋にあへ師走の菊も麥畠中七文字珍重すべし。歲の昏の惜まるる詠より、分て霜雪の凋むに後るゝ對をいはゞ、はつかに萠出し麥の禪寺曲水露沾秋、後の菊をよそになしけん姿と句とたゞちに立り。愛菊の〓かはらずして、光陰を惜むと待とにわかれたる也。九番ほし瓜やうつぶけてほす蜑小船此舟は古來掉頭の秀作にして、とにかくに云なすほど、等類の難非のがれがたく覺え侍れども、干潟の舟と詠たる緣にすがりておもふに、うつぶけて干たるもまゝあり。兄の句をたてゝ、ともにならべし舟の形容、汐と云一字のはたらきと反轉せり。みる人も弟弟として懷古吊古、本意をとるべし。十一番兄屋形舟上野の櫻散にけり弟屋形舟花見ぬ女中出にけり暮春の至情とまらぬは、櫻ばかりを色に出てと云しによりて、風光いた二二三番兄達摩忌や朝日に僧の影法師弟達摩忌や白剃にさぐる水鏡조사論俳句一論論禪日の影と水影差別なし。空房獨了の似ぬ、影二句一物なし。十番岩翁杉風番兄干瓜や汐のひがたの捨小舟弟句兄第兄第
句句兄弟づらに、うつり行人のあらましなるべし。淺草、上野と向對して渭北春天ノ樹、江東日暮ノ雲、といふ句をかりて花見ぬ女中、ちりなん後ぞ悔しからましとおもひやれば、此舟にうつして、くれ行春をなぐさめけん、山水逍遙の人、興趣句外にあり。十二番兄馬はぬれ牛は夕日の北しぐれ弟柴はぬれて牛はさながら時雨哉此二句はからびを云とりし迄にて、案類多く聞え侍れども、馬とく進ミ牛緩ク步みて、斜陽のこれりと見し風景と、柴のしづくのおもく成て、牛はさながら時雨をしらせたるあゆ兄二四みぞと、けしきつき侍る也。句の面にて兄弟たしか成べし。十三番兄うづみ火に土器ませし匂かな弟埋火やかはらけかけていぢりやき兄は爐邊の閑を添て、佗年の友をもなしたる、冬ごもりのありさま言外、弟ていてるいぢり燒、いりものしてと書けん古人の興を、今の俗言に取なして、匂哉といふ句のにほひをわかちぬ。柴火三盃のたのしみ、うらやむ所に品かはれり。冬夜即事の反轉也。十四番兄神叔杜國番この村のあはう隙なき鳴子哉弟あはうとは鹿もみるらんなるこ曳窮民をあはれむ田家の躰、殊さらに下愚のうつらざる心を用ひて、ひまなきなるこの音きくに哀ふかし。秋はてしよりとふ人もなしと悲しまれけん。憫農の至誠なれば、予そのかなしびを起して、島獸にさえ性を一ツに、うつしけるものぞと憐みたる也。列子に鷗ノ心をしると書たる事實をとり、一句の先後をわかちぬべし。十五番兄人先に醫師の袷や衣更弟法體も島の下着や衣がえ句兄弟古梵二句ともに目だつべきものに思ひよせたる也。自句、節小袖などゝも云るべくやと勘辨せしかども、發句のつりあひ、衣がへといはでは花なし。法躰と醫師とのはれがましさは、意なれども興ことにかはりあるゆヘわざと一列にたてたり。十六番兄淺茅生やまくり手下すむしの聲弟まくり手に松虫さがす淺茅哉野邊までも尋て聞し虫のねのあさちが庭にうらめしきかな近く虫のれを聞て、秋情をそふる心を一句の上に云流してまくり手したる人、凋颯の氣にこたへたる躰、二五去來寂蓮許六
句兄弟遠近わかてり。折にふれたるけしきながらも、各句各意なるべし。十七番兄海棠のはなは滿たり夜の月弟海棠の花のうつゝやおぼろ月睡れると云字を滿ると云字に通はして、滿月のたらぬ事なき春興なり。然共一句のこは〓〓しき所あれば、自句にとがめて優艷に句のふりを分なら。趣向もふりも一ツなれども、みちたる夜のと云る所を、うつゝや朧と返して吟ずる時は、「霞や煙」花や雪、と立のびたる境に分別すべし。先達のはつかなる詞に、吟心をいたましめ給ふも會精さのごとくや。二·五十八番兄花ひとつたもとにすがる童かな弟花ひとつ袂に御乳の手出し哉至愛の心より作者の功をあらはし、一ツたもとといふ詞のやすらかなる所、又なき妙句なれは、都鄙にわたりて句意曇なし。されば當時云かけの發句を珍賞せずして、いたづらに古版の書に埋もれ侍るを、予歎美して、古人の深察を再轉せり。おいし人の手出しは、まだ物いはぬ童なれば、袂にすがる童子とは、年をわかちて類句の難を迯れぬべし。たかうなをにぎりもちて、雫もよゝと喰ぬらしぬと書けんあと、塵見つけたる番立圃介我うなひのさまに思ひやりせは、成長をうらやむお乳の心もはかりしらせましや。同"惜ム少年春、千載不易の句を手本にして轉換すなれば、評品つまびらか也。十九番兄寢た人を跡から起す衾かな弟ギ酒くさき蒲團剝けり霜の聲冬解、百日を二百句に兩吟せし時、夜々對酌の即興也。耐寒のこゝろわかち侍るゆへ、あるじと客と旨趣かはり侍る。廿番兄啼にさへ笑はゞいかにほとゝぎす句兄弟弟さもこそは本兎笑へほとゝぎす人情を假て笑へといへる作意、女の質なり。此句は、をのがれ、待宵の名高き程にひゞきて、人口にあるゆヘ、さらに類作の聞えもなく、一人一句にとゞまり侍るは、うらやまーく覺ながら心のとゞきかねしに、近曾務穴といふ所に止宿して、まぁpみのおぼつかなきに、鵺鳥の鳴を聞ぬねられずしてぬえなくや此曉のほとゝぎすと云て、明がたに鳴つる梢を見に出たれば、朝しめり肌にとをりて霧雨ほのくらき樫の木のそらに、みゝづくのとまりて、日影をにくむさま成を色〓〓の鳥の笑ひ寄に、時烏のまじりて飛ちりけるをおかしく思はれ二七七龜翁番赤右衛門妻
句兄弟て、笑はゞいかにと云るを、あゝ·むもひ出侍りて、かたの一ツにもと取合たり。蜀の魂といへば、誠にすご勝血とつくりしことはりにそむけて、郭公笑ふといへるは私なるべきか。されど和歌の道のたすけとして、鶯の花ふみちらす細脛を大長刀にかけてともよめりければ、是等は雜躰の一ツにたてゝ、かの妻に笑へるを見しと答しを興也。たけたかき句に對して、兄弟の論には及まじ。廿一番兄つたなさや牛といはれて相撲取第上手ほど名も優美なりすまひ取句の裏へかけたり、これも句ずまふ二·八の一手なるべし。牛といふ字にかけて、上手き立ならぶべくや。廿二番兄人さらにげにや六[月ほととぎす弟舜に鳴や六月ほとゝぎす社甫に一字血脉の格あり、尤意味ある字より句をたてゝ、その字詩中をめぐるゆへに名付たる也。その格よりして一句血脉の格をたて、人さらにといふ懷感の老衰を古聲に指あてたる也。あさがほのはかなき折にふれて、卯花、橘の香めづらしき初聲のいつしかに、聞ふるされて老となりぬるを取合て、老愁の深思をとぷらひぬれば、新古の差別なく、一問宗因彫棠に俳諧の血脉躰と申すべくや。「若き事なしといふ一意の、句中をめぐりぬるにて聞なすべし。「はかなき音を一意にたてゝ、血脉流連すべくや。廿三番兄夏しらぬ雪やしろりと不二の山弟雪に入月やしろりとふじの山亡父三十年前の句也。風俗うつらざれども、古德をしたふ心よりして、あながち句論に及ばず。死期迄もすきけん道、反古より見出せしまゝ、此書のかたみにかき入て佛の山にむかへる心地し侍る。竹とりの翁は、子をなけきて藥をやく。予は親にわ句兄弟かれて、藥箱より此句の出すべしとはしらざりしに、思ひの外の追善也。廿四番兄つく〓〓と畫圖の兎や冬の月弟つく〓〓と壁のうさぎや冬籠ことはらずして決斷せり。冬ごもりはいひ過たれど、畫圖の兎を壁と云字にへだてたれば、閑居のたよりも宜しくて對句す。又兎の鼻や冬ごもり、と云たらば、うづくまりたる人のさまにも成べけれども、かけり過たる作意ゆへ、本意をうしなふ。興をとらんとて、曲流に落る句の出くるものなれば、作者よく〓〓沈吟すべし。仙化番東順二七九
句兄弟廿五番兄大佛うしろに花の盛かな弟大佛膝うづむらん花の雪東叡山の遊吟也。池を左に見て、致景詞なき所を、後と心付たる花の莚の敷場宜しくや。山守のちりしく花を暫時もためず、掃あつめたるに、梢の外にちりくるぞ、入相のひゞきも名殘多かるべしと、前後にたてり。廿六番兄彌兵衞とはしれど哀や鉢敲弟伊勢島を似せぬぞ誠鉢たゝき一とせ都にて、冬夜を咄し明しつる兄番弟二八〇に、曉と聞えし瓢簞の音からびて面白く諷ひけるを、酒の肴にもと、口つきける當座に、去水分箒にてまねてもみせん鉢たゝきと即興しける。そのゝち此句聞え侍る也。しれど哀や、と云とりしこそ、れぬ曉の思ひふかし。自句寒夜行の信を起して、かれが一流の音聲のみにて、物に似よらずむかしめきたれは、今めきたる句作りに心うつりすなど、俳諧のひさごを鳴ラして邪路をしめし、句を求る人の感を分たり。廿七番兄ちる時の心安さよ罌子の花弟ちり際は風もたのまずけしの花僧路通蟻道越人尋常の詞によりて、中七字に風俗を立たるは、荷兮、越人等が好む所の手癖也。是は別僧といふ前書有ゆヘ、一句のたより手くせながらも面白し。風もたのまずといへば、花のもろきすがた自然ならんか、三八、て兄を難ズルにはあらず。此花の念なくちりぬるをうらやむと、見る所のあまりもろく覺ゆるとのわかち也。廿八番兄泥坊の中を出るや蓮葉者弟泥坊の影さへ水の蓮かなはすはもの、蓮葉笠をかつぎたる姿のみぐるしく、目立たるより云るか、古來より蓮の字をかけり。淤泥の濁句兄弟れる中に、花こそはそまずと力を入て、一句の詮を云立たり。古代の作者は句のおもてをかざらず、近代は句のふりをたしなむかはりあれど、心の取やうは一ツなれば、泥坊といふ五文字の今とても用らるべきにこそ、古人の息を捨べからず。また龍田山にかけて、白波の紅葉を折しなどゝ云ん方には口づきやすし。平懷躰は尤道の麁抹に聞え侍れば、いはれまじき物を、自由に句作せんと、工案はげむべし。泥坊や花の陰にてふまれたり當時の句肌はかくあらまほし。廿九番兄舟梁の露はもろねのなみだ哉弟玄札女秋色二八一
句兄弟船はりを枕の露や閨の外牛島といふわたりに捨人あり。そのかたを問て、日くれて歸る時、ちさき舟にのる。川くまのさびしきに、月すみのぼり水の面のくもりなきに、おぼつかなくこがれ行まゝ、しばしもまどろみてといふに、船頭の枕にとおしへぬるかたによりて、打臥たれば、うきふれのかたしく袖を、おもひやる心地しつるを云る也。それを閨の外と云かへぬるは、ひとりは臥シ、獨はふさで、枕のつゆもさしむかひたる泪ぞかしとこたへし也。迄しとある歌の筋なるべし。三十番兄草刈や牛より落ておみなへし弟二八二ゴヨ牛にのる要御落すな女郞花遍昭の馬を引かえて、さが野の草の名にたてしも、京流布の一作ながら、女といふ字の所着はなれずや。新古に論を立ていはゞ、なにとなく京、田舍の躰になして、花の名はかりそめによせぬれば、落るといふ字もかスモトこつけなるべし。是等は俳諧の推原也し三十一番兄早乙女やよごれぬものは聲ばかり弟さをとめや汚れぬ顏は朝ばかりうぐひすは田舍のたにのすなれども兄だみたる聲はなかぬなりけり今朝だにも夜をこめてとれ芹川や弟竹田の早苗ふしだちにけり來山兄春澄弟三十二番兄傘持は大根ねらふ子日哉弟傘持はつくばひ馴し菜摘哉屏風の繪をよまれし姿にも、春の野の子日の躰は、興うるはしく聞えぬヨハロるに、傘持たる丁のさまは、今更俳諧より氣付て、おかしくおもひ合たるもの哉と、是を都近き〆野になして大根、蕪も所得たり。ねらふといふ字にて、面白く立のび侍る。「若菜つむ大宮人のかりごろもひもゆふぐれの色やみゆらん君が野遊の酒たうべけるに、つくばひ馴ていと興あり。下部のさかなには、大根など宜し。句兄弟三十三番兄須磨の山句に力なしかんこ鳥弟須まの山うしろに何を諫鼓鳥都難波の春秋を遊びて、須磨、明石と吟ひける日記より見出し侍る也。無伴獨相求伐木丁々の幽景をそなへて、さらにかすかなる鳥の聲、其所に遊ぶに似たり。浦と云べきを山といへる、其場ならずしては得がたき字也。これらの字心をつけば、發句の馴熟はしらるべき也。心所不盡盡有餘趣とすとは申せども、句にさへ力なしと、及がたき風情を起し、浦よりは半道ばかりも行つらんうしろに、何をととがめたれば、耳に聞、目にうつすの境自然をしるべし。二八三柴雫尺艸弟
句兄弟二八三十四番兄鯛は花は見ぬ里もありけふの月弟鯛は花は江戶に生れてけふの月花なき里に心よりて、二千里の外の心にかよひ、一句の首尾殊ニ類なし。中七字力をかえて、啓榮期が樂に寄むら。されば難波江に生れて、住よしのくまなき月をめで、前の魚のあざらけきを釣せて、寫レ景嘆し時のおもひ、感〓〓懷〓古。末二年浮世の月を見過たりと云置けん、折折にふれては顔なつかし。今は故人の心に成ぬ。三十五番兄ほとゝぎす一番鶏のうたひけり弟それよりして夜明烏や蜀魂短夜の程なきを恨みて、なく一聲に明るしのゝめといふ帶にすがりしなUo此形は郭公の手をはなれねども題一色の賞物なれば、縱橫をわかち侍るには、俳諧より案じ入事は得がたし。折ふしの物にふれたる心ばかりも、やさしきかたに見ゆるすべくpo郭公啼〓〓飛ぞいそがはし若鳥やあやなき音にも時鳥此躰は俳諧よりおもひ入たる也。もし是等の格法を得道せん人は、縱橫と混雜したりとも、句法にそむくべ宇白西鶴蕉角鶴からず。縱は「花「時鳥「月「雪「柳「櫻の折にふれて、詩歌連俳ともに通用の本題也。橫は、「萬歲「やぶ入、の春めく事より初めて、「火燒「餅つき「煤拂「鬼うつ豆、の數〓〓なる俳諧題をさしていふなれば、縱の題には古詩、古歌の本意をとり連歌の式例を守りて、文章の力をかり、私の詞なく、一句の風流を專一にすべし。橫の題にては、洒落にもいかにも、我思ふ事を自由に云とるべし。ひとつ〓〓には論じがたし。縱ぞと心得て本歌を作なくとり、時鳥の發句せしなどゝあて仕舞なる案じやうは無念也O句意に縱横を〓んため、はづかにおもひよりたる迄也。みづから人の師にならんとにはあらず。古人を師として鏡に向ふ。句兄弟三十六番兄風まつはきのふをきりの一葉哉弟井の柳きのふを桐の一葉哉風一聲の秋にかよひて、きのふを限といへる空の色、目にみぬ望一が作意にて驚かし侍るに、そのあたりの柳までもさそひてちれる、風の力は昨日とけふのかはりあり。中七字の云かけを、結句幽玄におもひて、取合たる五文字也(こゝに連俳をわかちていはゞ、風まちしきのふの桐の一葉哉といはゞ、正に連歌也。自句其心を杆格して、句面にかゝはらず。二八五望-弟
句兄弟井の柳きのふは桐の一は哉とすれば、句の筋もまがらねど、をの字を目あてにして、兄弟の句立を分たり。一字の妙は趣の微を含むもの也とかや。灯火の影なとるがごとLoてにはの取やう、すべて同じ。二八六兄風かほれはしりの下の石疊弟冷酒やはしりの下の右たゝみ一句の涼味をたづぬるに、人皆苦ニ炎〓我我ニ夏日長一薰風自南來殿閣生ニ微凉一東坡を百世の師として云る也。空にあふぎ、地にはらばひ、半時も絕がたき炎暑のさま、大正貳らに思ひ合て、ともに起臥せし事迄、なつかしく覺るに、とひかはせし入西ノイ集の願も賴もしく、甕を撫て、辛吟をなぐさむる返書に及びぬ。蓼も根ながら、靑柚もあり、小室をはなれぬ俳觀の人、石上に詩を題して、綠苔を拂ふといふたのしみをわすれず。三十九番兄轍士三十七番兄丸合羽はらはぬ雪や不二の山弟靑漆を雪の裾野や丸合羽古代に、丸合羽雪打はらふ袖もなし。といふ形によりて、中七字にはたらき見えたり。手をつめたる句形なれども、續腰の格ともいふべくや。三十八番僧吟市聲かれて猿の齒白し峰の月弟鹽鯛の齒莖も寒し魚の店是こそ冬の月といふべきに、猿叫山月落と作りなせる、物すごき巴峽の猿によせて、岑の月とは申たるなホ人り沾衣聲と作りし詩の余情ともいふべくや。此句感心のよしにて、鹽鯛の齒のむき出たるも、冷しくやおもひよせられけん。衰零の形にたとへなして、「老の果、「年のくれ、とも置きぬべき五文字を、魚の店と置れたるに、活語の妙をしれり。其幽深玄遠に達せる所、餘はなぞらへてしるべし。此句は猿の齒と申せしに、合せられたるにはあらず。只かたはらに侍る人、海士の齒の白きはいかに、猫の齒の冷しくてなどゝ、似て句兄弟晋子似ぬ思ひよりの發句にはなるまじき事どもに作意をかすめ侍るゆへ、予が句先にして、師の句弟と分ケ、其換骨をさとし侍る。師說もさのごとく聞え侍るゆへ、自評を用ひずして句法をのぶ。この後反轉して「猫の齒白し、「猫の齒いやし、などゝ侍るとも、發句の一躰備へたらん人には、等類の難ゆめ〓〓あるべからず。句の骨を得て甘き味を好まず。意味風雅ともに皆をのれが煉磨なれば、發句一つのぬしにならん人は、尤、兄弟のわかちをしるべし。芭蕉句兄弟上卷終二八七
句北野での扨なぐさみは大祭(ク) (名)月の宿さらばと云て客僧はさす袖も手忘れ多き舞の杖數珠切ツて三惡道はのがるべし子規わが詫觸かふりたる烏帽子引かつぎうち見には恐ろしけれど角螺捨る身までも有馬への日記心づかひぞたのもしき伯母父その母や子に公事の若やぐ木數奇も無用紅葉より萩ふり分髪も肩の縫あげ醉て廬山の雪の明ぼの野くれ山くれ麥の世の中大臣も節十句聲も兄の弟案聲ぞ內掛造リ所は志賀の浦なれや淋しくも人や見るらん刀持酒債すむ旦暮月もはや入りて飛螢我も休むは苦しいか(カ)秋の花みかだみて魚は夜川凉しき後るゝ徒士はかつぐ袖笠その句の功なるべし。しき望也。章なくて誹諧のうたはれぬべき、るごとくに、鐘も只鳴レ老の謠されば諷の詞のみにかぎらず、な切溜文句にかゝはらずして、物三十六番たとへば一丁の皷に、稱の名桶と、彫晋肅一句にたつこと本意なるべくや。古詩、物數奇せし雜談集によりて、晋山棠晋山棠子山つゞみより諷をはなれ、古歌、經釋ともに、花の床三寳加持の行ひに四ツの鼓は月のおぼろ夜佐屋廻ッふりさけみればいせの海打身に酒をこれ藥也と煤掃に笠も薪もかたづけて立くる音や屋根山の神妻戶をキリヽとをし開クうき時しもに戀のやめしほ夜ルの人見ばや此野に隱れ住うたひより皷によらずして、此の一局をみたし、緣になるべきつゞきをたやすく云とる事、の作意より句を自由せまほ鷄自然に合意す兄句兄弟弟中卷彫晋肅晋山棠晋山棠晋山棠晋山棠晋山棠晋山棠晋山棠子山乘初もきたなく見ゆる駄賃馬禮者の踏皮にかゝる雪汁錢金と思はぬ氣より涌出て迯すましたる有明の酒世の砧笑ふてうつや宵ならん一鍬に蟬も木葉大名今そふ母も片袖持の畑の二八九も脫哉若の草露やぶ入の別れこそあれ待ヲしばし花によるべの魚上る舟木賊の身をたゞおもへ所化の時あこぎ〓〓と春の酒盛起別をしる。場にて、癸酉八月二一九日の畫、崩心の悲を懷きて、1女亡父葬送の四生の二八八晋子棠晋山業晋山棠晋山棠晋山棠
二九〇國を覺えぬ傾城もあり此鏡はらひもの也たが思ひ世をそむくには邪魔な脇差立込シで僧房多き中に小柴垣何に追れて井へ落る鷄物すごきとのゐ所の男ぎれ31なみだに汚す平仲が顏あつさりと書たる文はなまめかし四度との仕着セ恨みてや着ル鄙人を舅で候といひかねて齋のうへにはみぐるしき醉風呂箒うしろにさして月を待紋のある蚊もいつまでの秋(p)芋の根にちいさき蛇の卷付て殺生石のけぶるむら雨句兄弟(◇)幾世ふる樫の木立の雜司谷茶豌がよくば〓水ならまし山家では遊行も醫師をなされけり今產體體見見し猿の子曉の聲嵐まで古戰場石地にふれば雪程な霜草鎌に麩をこしらゆる谷の水鮎の問屋の井關して置きほひ來る神輿洗の人に人露ふく風や公家の編笠七夕に楊枝をかると云そめて仕似せぬ戀をたそがれの月花の後萬日まいりすみだ川海苔を力に蕎麥切を嚙(三)目から死耳から死シでくれの春當分の關と見えたり菰びさし旅寢さだめぬ麥飯を買フあさましき命の人や百の上こゝは僧都の足ずりの濱秋かけて鰺の干物に鳥驚シ牛のほこりをたゝく夕月淋しさや二所權現の藪の色むしろ着せ置餅つきの臼佛壇は所化に任する花の時二本榎かすむ入あひはらから、うから、のがれえぬ老見、幼見、朋友のことゝひかはしぬる哀愁のあまり、紛らかしなんと申捨たる也。四十こゝのかに當ぬる日五十匂にみちたれば是を誦經の後、追善に備へ侍る也。尤も眞行の躰と申へLoあひ東順傳芭蕉稿老人東順は、榎氏にして、その祖父、江州堅田の農夫、竹氏と稱ス、榎氏といふものは、晋子が母かたによるものならし。ことし七十歲ふたとせの秋の月を、病る枕のうへに詠めて、花鳥の情、露を悲しめる思ひ、限りの床のほとりまで、神みだれず。終にさらしなの句をかたみとして、大乘妙典のうてなに隱る。若かりし時、醫を學んで常の產とし、本多何某のかうより俸錢を得て、釜魚、甑塵の愁すくなし。されども世路をいとひて、名聞の句兄弟二九二
我戀は人の內儀をほめそやし氣につれて小便濁る秋の昏乞食めと世間をしかるけふの月春荷とはどの旅人がいひつらん(ウ)卅日か來るぞ家主の顏ゆかたにかくす蕣のはなおなじ肴を汁と並ばぬ鸛の猶のどか也ちんばひく蝦にそふる淚かな行悲草悲體鳴三十四句燒物花を見て鳥居に面を打ぬらん水たまる車の跡に牛の沓市女がとゝは出茶屋なりけり在所でもよそに聞なす泊瀨の鐘琴の下樋に何を入けん病中を乳母の尼に逢たがりいとひやゝかに銀陶の酒吹出シは鹿もうたがふ笛の聲松のはなしを有明の月東國は一夜泊りもなさけあり孫はひはずに息災な祖母年のくれ手桶に餅を入て置〓を突れて鼬飛傘ふつて疊む1春付ク雨朝市の人なるべし。衣をやぶり、をさらぬ事十とせあまり、入句杖を折て業を捨ツ。既に六十年のはじめなり。月兄の跡弟は其筆のすさみ車にこほるゝがごとし。机の四隅湖上に生れて、市店を山居にかへて、哉東野に終りをとる。樂むところ筆をはなたず。二六二是必大隱、机句兄の跡弟は机晋の子四(七)春の日を十里はありく醫こき花の宿ひよつと調市を抱へたり引度に引板と一度に叫ぶ猿幾昔たらぬ風土記のなつかしき草枕冬の寢やうを習ひけり壹步が薪にせばき 草薹にたちたるからし菜の味溫泉入の通る山間の月伏見の醫師の勞〓〓湯豆腐の湯のさめてつれなき芋まで作る城中としての庵畑寄付に刀の多き月の宿荷の後にひとりづゝ負ふ遠干潟ゆふだちや螽ちいさき草の原(9)今朝も籠に百が若菜はつまざりし炭賣のさしたる劒は劒にて野につれて狐佛事を乞請しけふの菊手本ほしがる娘の子五月廿八日毛をむしるにぞ活カヘル雉和田恩智等が知行なりけん包みをとけば饅頭の箔夜長さによぶ旅の舞〓〓二ツあはせて蚫たばぬる松の間をぬけて凉しき淺茅が原にあそびて、晴間うれしく、露をみるに、1キ二六三隅哉介柴晋晋我雫晋我雫晋我雫晋我雫子
(2)川の氣をはなれて悲し佐夜の山行水をうめよ〓〓と水にして日のさせば蠅の入來る冬座敷面瘡の秋にもなればうらめしき(名)春からは通ひ手習さそはれん濱燒の目を所望する花の庭一節を加賀商人の聲おかし碁會の勝を書付親の我子にはやさるゝ顏あられの音の豆に聞ゆる御膳水とて外に汲句明るを待し半井費な日なりきさらぎの雨すまふの刀帶でたばぬるやりての下戶や霄の間の月兄弟のてせ門置ず藥箱初にもたせて耻かしき(名)白無垢の裾をまくらぬ下谷道結願の鉦うちならし明渡る黄鷹の鳥にあまりて松に行我かたへ泣イて歸りし小船頭此比の鶉聞せて茶の湯せん袖の月十年あとのもやう也シ車をぬいて啣す頭巾燃して醉さますらん藪より水のわかる島貫店衆の尼のまめにはたらく片器に鯣を紅葉見せ女房にたてし唐紙別れてはいる花の海道占ひかせばや神子の宿札句ヲ兄材を弟木折ず蜂指蜂晋指蜂晋指蜂晋指蜂晋指蜂晋我雫晋我雫晋我雫晋我雫晋我雫町せばく階子をかけて踊見ル煤掃やかもじをさがす袖の間送られて送り見かへす下凉み孝行を乞食の中にしられたり大枝は花盜人もあぐみけり靜なる猪の〓のやさしくて爰うてやかしこさすれと老の骨梨蒲萄跡のきたなき水肴醫ほしたる月白小屏風たつる樽の四月の腹といはぬつれなさ小鰺を砂に斗る脫で間にあふ蓑の松明假屋のつまる白山の溫泉扇の下へまはる鹽二五五蚰の鑿13蜑雲口時暮の月厩の額のおぼろ也蝶のゆく衛を醉て押ユル糸櫻邪魔に成までそよぐらん散〓〓に居て遠く灯を置觜數に早瀨と見ゆる鵜かげ哉六月八日饗燕針鐵に花を殺すは花ならず結構な五器に單をかけて置(3)あれを馳走に月世間の景になりし我山ものくふて酒のむ腹は飛鳥川匕はふるへて藥味こぼさず勾當の疊かぞゆるさぐり足おほとあふらのしめる吹雨の鶯二色山晋闇蜂指晋蜂指晋蜂指晋蜂指晋蜂指晋晋指蜂子指年我晋雫我晋我雫
足もとに菜種は臥て芥の花肩でやしなふ駕籠かきが親罔に成きぬはひかゆる槌の音viv夕月の道ふさげ也かんな屑目にたゝぬつまり肴を引かへて打よりて花入探れんめつばき百草の屑や花野にほこるらん柳をさして川を飛蟬舟人の裸に笠や雲の峯結盧河邊六月二十四日興行こてふの影の跨ぐ三絃付さしを中てばはるゝ桃の色花の名にくしどこが楊貴妃老たるは御簾より外にかしこまりそくさいな子は下〓〓に有松茸を近江路からは澤山に渡はじめの聲ひくき雁珍らしき星は皎けてよるの月すがた半分かくす傘つめたい猫の身をひそめ來ル下張の反故見えすくまくらして茶を煮て廻す泊瀨の學寮出代過て秋ぞせはしき羽織のよさに行を繕ふ降こむまゝのはつ雪の宿壬申十二月廿日即興巢にからまりて落る鳶の子句句兄兄弟弟沾晋專銀桃黃晋彫芭德子吟隣山棠蕉杏晋山棠蕉隣山蕉杏晋棠杏隣山子棠蕉晋夜の雨窓のかたにてなぐさまん(名)愚なる和尙も友を秋の庵春日をかする芝の水影食のなき志賀の山越月も雪しやむろを外へ夜着の疊目下に取馬のみならず我老て神は相撲にこほ〓〓と鳴ル打こしに肴をはさむ川簀垣見て投かへす用の切紙着せらるゝきぬの襟かぐ別れ哉星おもしろき闇の靄冬枯も圻の愛宕靑松寺匂を明る二の汁の蓋物いはぬ手代もならぶ家の風金具は土をてらす濱緣躍子の肩をそろへて〓へけり柄を大事に月の夜すがら見ぬふりの主人に戀をしられけり焦す疊にいたく手を燒氣色まで曹洞宗の寒がりに思はぬ舟に晝の 汐待かけむかひ機へる床のいとまなしねぶりかゝるか合歡の下闇山鳥のわかるゝ比はしづか也高みに水を揚る箱戶樋らんときくとに遠ザカル疫ま一ッと嚏をはやす朝の月三寸の殘をしたむ唇硯法度とこひやせかるゝむづかしや襟にさし込む娶の顏二九七二六六德晋吟德晋吟德晋吟德晋吟德晋吟晋棠隣杏山晋蕉山杏棠晋隣蕉晋業
秋の夜も枕はづれて人を踏中橋といひし別れを鈴の森一時は揚屋の勝手しづまりて(名)さあ〓〓と追待舟ら乘いそぎ半切の文の長さを飛〓でよむ春雨や渡り碁石のうるはしき鯉殘る禦の跡霧の匂ひや茶にはいる酒股立とるに紙をくひさく押だまるにも戀のある顏たま〓〓醒下着をとへは百兩の脫芝生はすみれ小坊主の沓鴫の目くらき岡の月影向宗の南無阿彌陀佛句て兄弟た誤花の面柳初鰹一兩までは買っ氣帷子にやゝとこらゆる秋の暮あひみんと階子拭也月の影慢かちに印の目利笑ふらん僧は皆耳を寒がる山颪燒〃た木の垣の便に茂りそひ近づきは乳母ばかりなる傀儡師雉ねらふ箭先の楯に鳴鳥粉河の鞴荷を上られて鼠出る舟將棊にくらす夏の拜殿鞍箱ひとつ見込わびしき來る餞もみな同じもの消てきりこの出來ばえもなし醉へば力のつよき傾城句霜けぶフ,兄今る弟也也晋紅彳月晋紅月彳紅晋月テ晋紅テ晋德吟德吟晋德吟晋德吟晋德吟晋百姓の泣ごといはぬ年の秋十八がすまふに色をふくむ也切〓鍛冶と時に聞ゆる郭公借素袍我におかしき姿にて木曾木つかゆる月の川音樣子をみれば妻帶の衆徒諸役御免の樗さ く 門お行次第の人の世雨はれたれば、ともいはず、卅二句にして退座。宿いそぎして、の中再會此錢を捨た心がおそろしき籾摺も早乙女ならし月の庭最椿に八重の木槿をうつろひて印籠の藥はげしく涌かへり雨の脚日半なれや夏座敷槹燒ヶ山越へは身をし白雲の石の落る霜秋よりしめる京昆布の色手桶の蓋に一枚のの夜荷あのやうな女に成て花の陰山世にはかくるゝ木置場の家吹折て三人の二六八戀つくり本の糸をゆるすや秋の風二九九七月廿五日於深川榮壽院雨に、三子草庵をとはれける日、枕とり出て、おもはぬ嵐晋紫素湖雪紅晋彳月紅晋月テ月紅晋月彳子紅テ月晋德吟
手をあてゝ外から見たる酒の間笹の葉の眠がるやうに雨深し四ツ迄と月に手船を呼よせて初鮭は隱居も客といはれけり功者な碁ほど咄なき友鵜のとまり木をかげに算ユル猿戶明れば夕庭句兄弟の菊下市のとまり蹴立る花盛心敬の夜話しら〓〓と明にけり駒の祈禱の鈴の赤葉の芹に寒さ覺ゆる田に寢た鹿はぬれてうつくし春風花の友聖天町やしのぶらんはる風に明衣は氷る袖の角卷藁の拳さだまる闇の音つら〓〓と女中ばかりもさりげなしどこやらが墨ぞめならぬ、忘れ水捨て蘇鐵の鹽を出す月に舟あり船頭はなし初鮭やかねて荷前の宿ならん隣淨瑠璃よくて幕を通さす緣づく後家のこゝに靑柳は遺精おどろく曉のゆめ盞かへてはづす場をしる辷つたあとを又すべる也雨におはれて野から來る虫男猫句此方兄弟はヤ妻即事二十二句。八月一日、とみのまふけごとして、晋秋紫桂寒晋介神花玉子色紅花玉駄我叔雪我我晋雪叔晋我叔雪我晋雪叔子我叔米搗の古〓遠くこひもなし娶に笑のたえ〓(〇〇ぬ宴彼岸中ふるは泪かふられたり折花をかはくたばこに包み添山柿の門にあそばんけふの月舟積を狀にしらする油樽こり〓〓と氷柱は舌に消にけり四十より髮のつやなき玉櫛笥四條で買た此春霧にきはつく一對の無垢冬偈をとへばあたゝかな躰まぎらはしきは爵と戀やみ猶裁にくし日うつりの尾張も伊勢も十分の作の杖紅露の音瓢簞の展からひたり恥しや湯女に泣れてあはれ也そつくりと爲替ととのふ大晦日しとやかさ手ざはりからか綸子にて此景をようは見たてゝ深山寺大音の川幅こゆる向ふ風二三俵引拔蕎麥のたのもしき月雪に寸切"はやす寮住居狂とめばをしらぬこひもする哉柴垣うつも老 のめのと用意の骨をとり出す一小屋焚て仕まふ柚方馬に聞れて迯ル團栗かれて遊山絕たり詩の體か捨人のカ、醉盜月狂人え三〇〇色紅晋色花玉色晋玉花晋紅色晋晋雪叔晋我叔雪我晋雪叔晋我叔雪
澁紙ふまん文をほしがる句兄弟句九月六日、是かれ送り申され縮柳の吟あり。とかくして江戶をたつ。俳連句兄弟木母寺に歌の會ありけふの月風雨に、心定めかれ、遙をうらやみ侍るなり。三春の花、に身をやるかたなく、出たつ日をいそぎけるに、にとまりて、廣澤をなどゝ、とり〓〓〓に詣で湖水を見ん、けども友かはらず。隨甲戍仲秋緣旅行をさえられて、紀一夜の月、遠きおもひをつくして行人々一夜の逍いや嵯峨の法輪ことしは石山寺風光うつりゆ今さら思の外の句兄兄弟中國緣弟下卷晋花子朝霧や空飛ブ夢を富士颪原間鍋に所のきくや旅屋形きく酒や畠の中の小家まで朝影や駕籠で禮するきくの酒門酒や馬屋のわきの菊を折回三島にて旅行の重陽を頭2:01杉の上に馬ぞみえ來る村絶草まくら稻干繩のしづく哉幾人の送りていさむ初紅葉首途をみよ千秋の秋のかぜ箱根峠にて六〓のわたりにてふ吟こゝにもかなふべし。秋の空尾上の杉をはなれたり。とい三〇二晋龜尺岩晋晋横龜岩子翁草翁子子几翁翁
のちの月魚屋尋ねん宿はづれ內玄關家老の客や十三夜十三夜、我笠や膝にきせたる露時雨淵や瀨やつら打波に凄立打擢に鱸はねたり淵の色かじま舟にうづくまりて句濱松にて兄弟しかのねや耳にも入らぬ七ッ釜二俣川、鳥不集、大イニ切所といふ、推河脇の御社ハ尤切所也、水〓魚不レ住まことに山高水鏡渦卷かたやむら紅葉山風や露打はらふうんな川雲名川より天龍へ下るに草鞋に椎はさまりて後れけりうらがれや馬も餅くふうつの山御所柿をしらで過けりうつの山小手袖の襦半うつ也つたの宿袖にたく香爐や消ん蔦の道紙子屋に冬はと問し山路哉ほと鴫の渡るも淋しきよみがたあかつきの鹽やき遠し荻の色不盡や笠赤蜻蜓のわたる空富士川渡航富士は常雪半面や秋の色〓しづはた佐夜中山うつの山見句兄弟松尺キ晋松橫岩尺晋尺橫キ尺尺岩橫翁翁草翁子翁八翁草子草八翁草草翁几翁宮守が前帶おかし後夜の月鳥のねやあつたにいさむ今朝の月更〓〓と禰宜の鼾や杉の月三〇五造營あらたに又めでたし。ぞ、よもぎ、し、爰に石をすへてその神と名乘ル。かしこに繩をはりて小社の跡をしるれ、芭蕉翁甲子の紀行には、熱ゝれたり。目出たきよりも心とまりてとか築地はたふれ、草むらにかくる。田しのぶ、奉興廢時あり、幣心のまゝに生たる申戌の今は社大イニ破後の月松やさながら江戶の庭後の月味方が原を一目かな十三夜出馬の鈴やなみの音いづれも古〓をかたるにかし鳥に杖を投たるふもと哉木々の露いとへ御影の上包みせきれいや垢離場へ下る岩傳瀨の數やあの谷此谷の露時雨秋葉禪定下山の時合羽着て鹿にすがるや秋葉道蛛の巢に吳柿かゝる山路かなあさげしき鹿追ふ小屋に煙哉袖ずりや息杖できる松の蔦森ヨリ、十二日、道役に紅葉はく也小夜の山赤松はことにつれなし山の色ばかぞへてといふに、四十八瀨といふは名のみ也。三くら、かけ河より秋葉山へ入。犬居、八十余瀨也。秋葉、三〇四わたら岩キ晋晋尺岩晋キ橫尺橫尺キ松晋キ翁翁子子草翁子翁几草几草翁翁子翁
色かえぬ松に柳のわたし哉風サ切に紅葉つむ也あさま山橫奧しれぬ坂の便や落葉の色紅葉して朝熊の柘と云れけり濱荻に足ふみこまん醉心蜑の子に游まけたり霧の海秋風や波を浴たる一拜み汐ごりや蜑の身を干す芋畠岩の上に神風寒し花薄ひやゝかに汐こす道や石と岩幾秋をへん汐垢離は齒の藥太々や小判ならべて菊の花宮河の上に酒造りせらる御師の家子あないにつく二十一日、句百ビ二見、兄朝熊弟新藁の番〓めたり御白石日は晴て古殿は霧の鏡哉花すゝき祭主の輿を送りけりいせ路哉秋の日しらぬ氣を童世の秋や女の旅も伊せごゝろ伊勢道や往來の恩賤が秋身にしむや蛤うりの朝の酒大魚のこして流るゝ穗芦哉此魚はけふの御齎かいせのうみ十六日、緣の稻彌五郞どのを守りかな津島牛頭天王外宮。雲津川にて津の泊を出近く拜まれ給へばくはなにて句兄弟岩橫晋岩尺松橫晋岩晋岩同晋尺松尺横翁几翁子翁草翁几子翁翁子翁子草翁翁翁草几翁川芎の香に流るゝや谷の水霜はれて糠やく畑のけぶり哉かけわたす小屋別也新たばここなし屋に子供等寒し稻莚燒栗や灰吹たつる山 風澁柿のいつ迄枝の住ゐかな山畑の芋ほるあとに伏猪哉三〇七角、石を拾ひのこせし野菊哉重箱に花なき時の野菊哉根を石に是は河原の野菊哉丸ヨリ檜ノ牧迄、廿三日、の地也。風景時としてうつりかはる。重山嶮岨を越ス、伊勢ヨリ長谷路へ出候。尤奇絕田烏帽子ふる秋の調や小手つゝみ榊葉の露にかゝるや山廻り秋ふかしみこの足どり鶴の聲四手の露油氣はなしみこの髪神の秋七十若しいもと神子また參る露の枝折や杉の札身の秋や赤子もまいる神路山神樂、廿日、謹上再拜於福井藤兵衛大夫御師家、內含0能〓時や御供いたゞくことし米唇の色うそ寒し宮がらすわたらへの秋や穗をつむ子等館す。ちたる五十鈴川より、浮屠の屬にたぐへて、三〇六遙かに拜心へだ此花を肴にめでゝと云れて御晋岩橫尺晋尺晋龜松橫尺龜岩橫晋松龜尺子翁翁儿草翁子草子翁翁八草翁翁八予翁翁草
御供所に猿も菓を運びけり日は山に數千の灯籠秋の色今幾日秋の夜詰を春日山僧ワキのしづかに向ふ薄かなかたばかり月や井筒の松丸太神深き鳥居の袖や苔の色秋の日の殘るも深し三わの榮下馬札をみわの印や杉の月むらしぐれ三輪の近道尋けり案內は女なりけり三輪の月長月や楔とめたる水車下坂も秋を峠の木葉多て、戌の刻を限りとし侍る也。春日四所の宮人達、、夜毎にとのゐし武句峰兄弟哉紅葉から初瀨の下モやそばの花泊瀨女に柿のしぶさを忍びけり此紅葉書殘しけり長谷の繪圖ほせ籠り夜の錦やわかし酒二もとの杉や根ばかり葛の色絶みる公家の子達ぞはつせ山山つゞき日の出の虹や引板の綱馬夫の手に火を抓ミけり秋の霜足あぶる亭主にきけば新酒哉一ツをはあぐらかゝするかゝし哉時にふれて興多し大和柿とて主よりもてなす。初瀨、莢肥と、分け莫レ嗔野店無看核一。イカル〓三輪、周南峰が句ヲ感ず。句在原寺兄薄酒堪レ沾豆弟キ岩晋晋橫キ尺松晋岩尺同松晋尺橫キ晋龜尺晋キ翁翁子子几翁草翁子翁草翁子草几翁子翁草子翁日ざかりやせめても冬のよしの山高取の城の寒さよよしの山音、づぶぬれに捨ぬ身をさえしれ横ぐ哉句におもひよせて、心の底にこたふ。の家所々にちいさく、岑に重り、二十九目、東にひゞき、煙雨谷をうづんで、よしのゝ山ぶみす。三〇八寒雲繡磐石といふ院々のかねの聲、西に木を伐ル山賤白雲木の根卷竹や小鹿の角の除拜み石道やをのれとしの薄心して陰ふむ道や御繩棟增賀聖の古跡にて引廻して無ニ人聲一。伊勢大神宮へ向ふ所と申すを二月堂に七日斷〓の行者あり、屏風二上やしきみからげの薦の露松陰の硯に息をしぐれ哉小夜しぐれ人を身にする山居哉當摩寺奧院にとまりて行秋を十三鐘にわかれけり大佛の御肌の霜や日のめぐり虫のねや茅だにからす風呂の釜二十八日、光明皇后の大ゆや釜南都を出るに日の目みぬ紙帳もてらす絶哉貢似たるゆへ成べし。松陰の硯あり。小松殿、て、當院に靈賓什物、さま〓〓有中にも、野馬を畫けり。箱の上に、法然上人へまいらせられし硯の形ひづめに馬啼と書キ晋松キ橫キ晋晋岩尺キ晋翁子几翁翁儿翁子子翁草翁子
冬がれや何を目當に瀧廻り賴政三尺の身をにじかうのしぐれ哉の月見所や九月盡也西河のたきにて十月二日、高野山上、世を忘たる閑賴政分水はよし野の奧に時雨哉太山路や苔さ冬がれや梢〓〓を日ぐれまで卅尊寺、まれたる所といふに、おもひやられ、句こよひたれすゝふく風とよへ白き冬櫻兄月なばらなど弟網形にふけゐの浦や磯時雨網よせて體に落葉をはませけりふとにろに小鯛つめたし網子の聲鮑ひとつとらへかねたる網引哉一對の鴛ぞより來る浦の波拜殿の雛をあらすなはま衞和歌はみつふけゐの月を夜道哉御留守居に申置也わかのうらりつきて、粟島奉納玉津島にまいりてあまの子共の魚ぬすむを歸馬夫、駕籠のもの、ふけゐのうもに出たれば、句望力を添てどよみけるに、兄從者まじりに走弟大綱引、院々を着たりぬいだり旅頭巾あきんどの獨ね寒し高野山小六月高野の池やうす氷龜尺岩キ同晋尺岩横橫松龜晋横キ同晋几翁翁子几翁子翁草翁翁子草翁几船頭の顏もさだめぬ時雨哉かいつぶりつれてすげなし片男波浦の波紀三井寺より時雨けり伽羅岩にしめりを添て幾霽座敷迄千鳥の雫たつか弓矢をつく船やみかの月和歌のうら、吹上磯屋哉戶をたてゝ楮うつ聲霜夜哉卵塔の鳥居やけにも神無月廿年此山ふみや紙子うり冬ぞ猶樂書うすき女人堂糺の川學文路の宿にてつねにも、かるゝを、いく瀨もあり、まいりうとき所也三一〇三か月のな故重交子之信。合朋友之親。共祝願神社。等敬禮佛此一帖者。龜翁旅泊之日記也。三一一初而有遠遊之志。芦の葉を手より流すや冬の海相殿や水すむ影を冬木形木がらしや繪馬にみゆる帆かけ舟乙女子の火鉢を廻る神樂哉昆布うりの手を拭松の落葉哉住吉奉納網を見て僧何とたつ磯衞かたよるも寒しふけ井の鷺の聲糺の川む旅宅へ尋まいるゆへ、よし聞へければ、十月十一日、芭蕉翁、人々にもれて、吟行半バに止難波に逗留の彼キ尺橫岩キ晋尺晋橫同晋尺橫龜岩尺岩子草几翁翁草翁翁草几翁翁子草子几
あきんどの手に渡りけり二番瓜除ものに成ても嬉し盆しらずケ薄雪に塵を出たる若菜哉飛迄の姿みせぬやせみの聲鳶の巢にひるまぬ藤や木の間よりあつらへて琵琶の來る日と初雪とらぐひすや頭もうたぬ檜垣雨雲のいきれて通る夕べ哉後より圓居てみえぬ火鉢哉ほとゝぎす大津の車闇にさえ墨染の水しらけたり五月雨名月やたがふところに釣の糸淋しさやゐろりの足の只も居ず初鱈や沖の釣場は二百尋此句夏也、越の海より献る也。緣記行。以負句兄弟集後。洛歡遊之間。冬夜對酌之暇。令校合吟了。則號隨閣。而名境勝〓。所住所至之幽懷。頗不巧言。京句句兄兄弟弟晋湖朝素嵐桃山專釋拙岸介野杜山闇子月三彳水隣子吟候口我梅若蜂指垣ひとへあなたは紅花の雨夜哉木を立て木にうつる間ぞ郭公朝鍛冶もまて祇園會のはやしものあまだれに袖もあやめの匂哉あぶ夜半や顏もみぬまに火とり虫たなばたの忍びながらも光かな惣門や鑓たてかけし山ざくら寒菊の內をうかゞふ雉子哉さめて蝶乞食に下戶はなかりけり夕立やさもなき人の肱まくり藥くふか匂をすくか花に鳥さみだれに兩月ぬるゝ靑田哉閏月を西ひがし六條どのの牡丹哉精進はわれひとり也山ざくら傘かして跡から打や雪礫寢て凉めさそな川邊の人通ッゐのしゝの牙にもたげたる茄哉一ツ町幾聲よばるはつ鰹髭ほどに心はよまやすまひ取地ひゞきや淺漬出す壁隣下〓〓のふるひつきけり春の雨五月雨石部の山は兀にけり朔日は猶あはれ也鉢たゝき誰肩に牡丹の旅や初しぐれ○健句兄弟追考六格○新句句三一三三一二老松尼さが爲農夫有皤安思秋翠琴湖芝專介芳許巴彌思黃山機薯枳柴曲羅之演色袖吟風風莚吟我山六水子演山蜂一子風雫翠
飛石の間やほたんの花に影夕がほや賤が湯どのは石瓦縮から何にうつらん夏ごろも檜香や木曾の堺の冬ごもりいたゞくや音羽の瀧のうす氷肩衣にいかなる花を藤袴おもふ事紺にそめたる躍かな早乙女や子らなくかたへ植てゆく灌佛やつゝじ並ぶる井戶の屋根達磨忌にたま〓〓菊の籬哉交を紫蘇のそめたる小梅哉ますかゞみうつるや紅粉の筆初やぶ入の扇や花の三重かさね雨蛙芭蕉にのりてそよぎけり○〓寒聲おあかぬ別れを隣より帶程に川も流れて汐干哉舟着に小松うへたりけさの春此次は次はとおもふ玉火哉御所と成ル汀はこゝか郭公須磨にて高砂とうたふていざや衣單たびだつ日掛物や紙燭とばして夜の繩かれ枝やひとり時雨るゝてりましこ鶯のんめに來てなけ小野の宿水色のうつり凉しやことし竹みのる迄嗅でもゆかめそばの花道ばたに蠶ほす薰のあつさ哉ユ七度の花のはじめや早稻の花句句句兄兄弟弟角許湖山尙棄曲梅秋此皤晋薯沾一神野拙梅彫轍路紫許智足介含我上棘六月川白捨翠藥色君羅子子德雀叔梅候藥棠士草紅六月早乙女の手でせくものよ川の支歌塚を尋ねてとぼすほたる哉幟にてしらばや醫師の紋所笋やかゝりの竹の數もうし空と竹色をくらべん星祀リ泥つかぬ落葉なりけり袖のうへ水仙や一夜を安房の舟便ほとゝぎす鮎は鱠の和加減あふ人に押やられけり置火燵石山を樽の仕舞やにごり酒名月や桑名は二里も遠くなれうぐひすのりゝしさ見する楚哉蓮の香や田は仕付たる水の後ちる花や尙〓〓書も明日迄と鳥の毛を間もなくむしる寒れ哉かさゝぎの橋は誠か鵜繩舟灯のしまらぬ色や窓の雪たが顏も氣に隈はなしけふの月肩裙に壹步が錢や山櫻行灯に爐をふさぎたる住居哉星あひや離別の中を佗てみん人心いばらさしたり瓜畑新酒のしるしも靑き月見哉ほしあひや獨つぶれし夜の酒せはる子も親の顏見よ年の昏晋子は、月のなかばに、旅のさかり○偉幻住庵のかへりにと聞えければ申送りぬ。鈴鹿山句三一五三一四薯山闇酉木思穹彫銀行氷酉沾專肅百曲闇神沾東柳百氷桂子蜂指花奴演風棠杏露花花德吟山里翠指叔德水玉里花花
日比しる門を行衞か夏念佛富士のねに鰹あがらで道者哉寐た家の灯籠哀に月夜哉蓮の香や衣裳にふるゝたぐひにに詠入我顏かゆし白牡丹名月に得たりや柿の刻はさみ跡に來て身すほに入ぬ辻踊ゆする木を放すや猿に蔦かつら網引の鷺を蜑かと秋の雨蕣は人まかせなり蔓くばり石竹の種やうるほふけふの月薄氷や星のこぼるゝたまり水白魚や文にかゝるゝ佃島〇麗鯉鮒も靑葉につくか城の陰膳所望駒牽の木曾や出らんみかの月ゆふがほのはゝせ所にこまりけり追たてゝ囀らせけり夕ひばりはつ雪や波に伊吹の風外レ人近き樗の花や村のものか山寺は山椒くさき火燵哉葉の下に落たもあらん眞桑瓜鮮切レや世話も暑さも此夕べ幾とせもかはらぬものや皺の髮一たばね蛭の血ぬぐふ早苗かないつ迄もけふの氣になれ更衣身を耻よくねるとあれば女郞花でいへるなり。鰹もあがれ沖の雲、といひし句に次句句句兄兄弟弟正去堤翠千介角タ蔦松彌思秋介松未虎柳角思彫一山野素拙秀來亭袖那我上秋雫吟子演色我吟陌答玉上演棠雀川風彳候みるうちに畔道ふさぐ刈穗哉舟綱に先小屋つなぐ野分哉蚊屋ありと聲をはねたる女哉覊あぢさゐや三島を道る山つゞき姫瓜や物おもひなき粧ひ顏かつぐ日を襟にたけたる團哉角卷て牛のきほひやあやめ草涼み所我にまかせぬ子守哉川越や蚤にわかるゝ横田川名月や客の顏見る西瓜うり海苔房やかぞへる魚の中に有靑木立海一ぱいやや鈴の森長髮やまみひくるしき魂迎病中吟凉み床咄の末ぞ戀に成石川や簗うつ時の薄濁り茶の花や老は二重に立隱レ春の野や木瓜は莚の敷合せ植あまる早苗と藺田の黑み哉なでしこに櫂の雫や笠の內山ざくら小野へ歸るか若模樣引汐や千鳥かたまる舟の跡蓼貰ふ使にやがてつませけり曉を引板屋にかはる妻もがな散花や根へよせてをけなからへは里をどり火打袋をかざり哉彼岸にてひがん櫻のちりにけり我宿の娶の顏見るつばめ哉文もなく口上もなし粽五把中三一七三一六紫桃彫沾一拙野皤黃秋晨安彫彌嵐杉廬拙野節思一野彫一野拙山紅隣棠德雀候風羅山色鍾之棠子雪風牧候梅水演境風業江梅候川
句兄弟三一八三十の前のおとこや鰹舟氣をとるは先ひとへ也山ざくらわたし舟賃船ほどは凉みけり寢所の水はなれうし旅の霜老人の膝のうすさや競凉み門過る聲を迯すなはつ鰹ふくろうの目やこそはゆき三かの月氷る迄水すみかへるあらしかな貝がらを風のふくらん冬木立應〓〓といへど敲くや雪の門轍寒白彫神泥專介彫去士玉盆棠叔足吟我棠來○豪句六月や峰に雲置あらし山むらしぐれ千川の鮎の命かな卯の花に芦毛の馬の夜明かな山鳥の尾に見かくすや夜るの霜ふかみどりうつほかくるゝ柳かなすゞしさは笋鮓のにほひ哉芭湖許曲野湖蕉タ六翠梅風母の墓にまふでゝ我影やそれかと覗く荷の水初夜後夜の鐘つさや見し別れ霜一筋の乳の毛や命夕すゞみ明ぼのや井筒の雪に袖のあと蚊屋越に蘭の伽する匂かなひるがほや暑い盛も花の役秋松湖其口含色吟風詞遊棘人をの〓〓得たる所有。あるひは雲を凌ぎ、水にのぞみ、あるひは眼前に遊び、幽妙を探る。志シの等しからざるを、句の上にて是を見るに、あらぬエミなるものは、足下にはしる玉を拾はずして、山を穿ち海に入る。又其中にひろはんとおもふものは、安く目に見えず、猶求めんとのみ俯して拾ひたる人に行當るがごとし。是に原詩本歌の要を見せて、背を敲いていはゞ彷彿千聲一度飛といふを、彷彿千聲一葉飛といひ、靈徹が林下何曾見三一人といへるに、王右亟が尋ノ幽得、此地、誰有一人會。何中の閑居おなじ場にして心の變おもふべし。又、さよ更るまゝに汀やこほるらむ遠ざかり行志賀の浦舟。とよめるに、志賀のうらや遠ざかり行波間より氷て出る有明の月。と、家隆卿のよめるも、皆是全體詞を外に求めずして、風體たぐひなき物か。又在原友干は、時雨には立田の山も染にけりから紅に木の葉くゞれば、と讀り。是は叔父業平の歌とおなじ事にてその曲なし。かゝる境を分べき事、句の縱橫、〓倒、自得のうへならでは、得がたき物なるべし。思ふに其筋かはれ共、友ゆきは中將の猶子、晋子は三十九人の連枝也。兄をもとめず、句をむさぼらず、道の一理成事を見て遊ぶは手から也とほめて、沾德記。京寺町二條上ル町井箇屋庄兵衞板句兄弟三一九
枯尾芭蕉翁終焉記花其角撰
三二二枯尾花枯尾花上卷芭蕉翁終焉記はなやかなる春は、かしら重く、まなこ濁りて心うし。泉石冷えたる納涼の地は、ことに濕氣をうけて夜もねられず、朝むつけたり。秋は、たゞかなしびを添る膓をつかむばかり也。ともかくもならでや雪のかれ尾花。と、無常閉關の折〓〓は、とぶらふ人も便なく立歸て。今年就中老衰なりと歎あへり。抑此翁、孤獨貧窮にして、德業にとめること無量なり。二千餘人の門葉、邊遠ひとつに合信する因と緣との不思議、いかにとも勘破しがたし。天和三年の冬、海川の草庵急火にかこまれ、潮にひたり、笘をかつきて、煙のうちに生のびけん。是ぞ玉の〓のはかなき初め也。爰に猶如火宅の變を悟り、無所住の心を發して、其次の年、夏の半に甲斐が根にくらして、富士の雪のみつれなければと、それより三更月下入無我といひけん、昔の跡に立歸りおはしければ、人々うれしくて、燒原の舊艸に庵をむすび、しばしも心とゞまる詠にもとて、一かぶの芭蕉を植たり。雨中吟、芭蕉野分して盟に雨を聞夜哉。と佗られしに堪閑の友しげくかよひて、おのづから芭蕉翁とよぶことになん成ぬ。その比、圓覺寺大巓和尙と申が、易にくはしくおはしけるによりて、うかゞひ侍るに、或時、翁が本卦のやうみんとて、年月時日を古曆に合せて、筮考せられけるに、萃といふ卦にあたる也。是は一もとの薄の風に吹れ、雨にしほれて、うき事の數々しげく成ぬれども、命つれなく、からうじて世にあるさまに譬たり。さればあつまるとよみて、その身は潜ならんとすれども、かなた、こなたより事つどひて、心ざしをやすんずる事なしとかや。信に聖典の瑞を感じけるさのごとく、艸庵に入來る人々の道をしたへるあまり、とにもかくにも慰むれば、所得たる哉。橋あり、舟有、林アリ、塔アリ、花の雲鐘は上野か淺草か。と、眼前の奇景も捨がたく、をの〓〓がせめておもふも、むつましく侍れど、古〓に聊忍ばるゝ事ありとて、貞享初のとしの秋、知利をともなひ、大和路やよし野の奧も心のこさず、露とく〓〓こゝろみにうき世すゝがばや。是より人の見ふれたる茶の羽織、ひの木笠になん、いかめしき音やあられと風狂して、こなた、かなたのしるべ多く、鄙の長路をいたはる人々、名を乞、句を忍ぶこと安からず聞えしかば、隱れかねたる身を竹齊に似たる哉、と凩の吟行に、猶々德化して正風の師と仰ぎ侍る也。近在隣〓より馬をはせて、來りむかふるもせんかたなし。心をのどめてと思ふ一日もなかりければ、心氣いつしかに衰減して、病"鴈のかた田におりて施ね哉。とくるしみけん其年より、大津膳所の人々いたはり深く、幻猿簑に住庵、記あり義仲寺、ゆく所、至る所の風景を心の物にして、遊べること年あり。元來、混本寺佛頂和尙に嗣法して、ひとり開禪の法師といはれ、一氣鐵鑄生いきほひなりけれども、老身くづほるゝまゝに、句每のからびたる姿までも、自然に山家集の骨髓を得られたる有がたくや。さればこそ此道の杜子美也ともてはやして、貧交人に厚く、喫茶の會盟に於ては、宗鑑が酒落も〓のひとかたに成て、自由躰、放狂躰、世擧ツて口うつしせしも現力也。凡、篤實のちなみ、風雅の妙、花に匂ひ月にかゞやき、柳に流れ、雪にひるかへる。須磨、明石の夜泊、淡路島の明ぼの、杖を引はてしもなく、きさがたに能因、木曾路に兼好、二見に西行、高野に寂蓮、越後の緣は枯尾花三二三
宗祇、は、はれけん、かへ侍りける。にたふれ、り、られし返事に、旅にくらしてはつ、たびの世にまた旅寢してくさ枕ゆめの中にもゆめをみる哉、きをつぶやき侍る。より馳くるに、にも冬籠する便ありとて、三日月の記有人も泣るゝわかれなりしが、れないのお願にはな也是とむふじげんは例のないでありなかとして又こそ我胸の中を、宗長、泄痢、行衞の空もたのもしくや。枯爰にてしばしの閑素をうかゞひ給ふに、白川に兼載の草庵、旅膳所より正秀、此道を行人なしに秋の昏。たゞ壁をへだてゝ、度しげくて、尾もとよりも心神の散亂なりければ、と聞得し生涯をかろんじ、に道祖神のさはがし給ふ也と語られしなり。病花思ひ立給ふも道祖神のすゝめ成べし。心待するかた〓〓とにかくかしがましとて、て大津より木節、物いふ力もなく、夢いづれも〓〓故人ながら、命運を祈る聲の耳に入けるにや、はいふ記あり奥のほそ道と枯と聞えけるも、野乙州、四たびむすびつる深川の庵を、を手足氷りぬれば、十餘年がうち、丈艸、心あらん人にみせばや、か不淨をはゞかりて、終のしをりをしられたる也。芭蕉翁についてまぼろしにみえ、とよませ給ひしに思ひ合せて侍る也。平田の李由つき添て、け廻九月廿五日、るあはやとてあつまる人々の中にも、住つかぬ旅の心や置火燵。杖と笠とをはなさず、心弱きゆめのさめたるはとて、人々近くも招かれず、膳所の曲翠子より、と津の國なる人にまねかれて、ふたゝび伊賀の古〓に庵をかまへ、又立出るとて、鶯や笋籔に老を鳴。支考、三四四惟然と共に、伊賀山の嵐、十日とも止まる所にて折々の詞につかゝる歎京去來、紙帳にしめいたはり迎へ爰遊子が一生を是は慈鎭和尙の、いさや〓〓とさそ悔まれし八日の夜の吟なり。また枯野を廻るゆめ心。ともせばやと申されしが、各はかなく覺えて、是ぞ生前の笑納め也。日峠水起居神初足凩落枯仙にこさ上の雪がのつますやるるろ空き尾てに賀會祈禱の句るてろ空きに鴨木節が藥を死迄もと、使すや見し てゝいにや花に聲賴竹なのさがか見さもみみのらてつをまな嬉力手林手つれすすりしきや引や水すや見いにやみみのてをらてや顏けたのみ申されけるも實也。やき松んみして神集め諸床湯り佐鶴也霜の菊のそき鷹太さ離婆かのほののゞ宮ひれ哉顏聲いぜ人々にかゝる汚レを耻給へば、乙丈呑支伽之正惟去木三三五州艸舟考番道秀然來節是さえ妄執ながら、風雅の上に死ん身の道を切に思ふ也、坐臥のたと
枯尾花三二六すけとなるもの呑舟と舍羅也。これは之道か貧しくて有ながら、切に心ざしをはこべるにめでて、彼が門人ならば他ならずとて、めして介抱の便とし給亦。そもかれらも緣にふれて、師につかふまつるとは悅びながらも、今はのきはのたすけとなれば、心よはきもことはりにや。各がはからひに、麻の衣の垢つきたるを恨みて、よききぬに脫かはし、夜の衣の薄ければとて、錦繡のめでたきをとゝのへたるぞ、門葉のものどもが面目なり。九日、十日はことにくるしげ成に、其角、和泉の府淡の輪といふわたりへ、まいりたるたよりを乙州に尋られけるに、なつかしと思ひ出られたるにこそとて、やがて文したゝめてむかひ參りし道たがひぬ。予は、岩翁、龜翁ひとつ船に、ふけゐの浦心よく詠めて、堺にとまり、十一日の夕べ大阪に着て、何心なくおきなの行衞、覺束なしとばかりに尋ければ、かくなやみおはすといふに胸さはぎ、とくかけつけて病床にうかゞひより、いはんかたなき懷をのべ、力なき聲の詞をかはしたり。是年ごろの深志に通じて、住吉の神の引立給ふにやと歡喜す。わかのうらにて祈つる事は、かく有べしとも思ひよらず、蟻通の明神の物とがめなきも有がたく覺侍るに、いとゞ泪せきあげてうづくまり居るを、去來、支考がかたはらにまねくゆへに、退いて妄昧の心をやすめけり。膝をゆるめて病顏をみるに、いよ〓〓たのみなくて、知死期も定めなくしぐるゝに吹井より鶴を招かん時雨かな晋子と祈誓してなぐさめ申けり。先賴む椎の木もあり、と聞へし幻住庵はうき世に遠し。木曾殿と塚をならべて、と有したはふれも、後のかたり句に成ぬるぞ。其きさらきの望月のころ、と願へるにたがはず、常にはかなき句どものあるを前表と思へば、今さらに臨終の聞えもなしとしられ侍り。露しるしなき藥をあたゝむるに、伽のものども寢もやらで、灰書にうづくまる 藥の下の寒さ哉丈艸病中のあまりすゝるや冬ごもり去來引張てふとんに寒き笑ひ聲惟然しかられて次の間へ出る寒さ哉支考おもひ寄夜伽もしたし冬ごもリ正秀鬮とりて菜飯たかする夜伽哉木節皆子なりみのむ し寒く鳴盡す乙州十二日の申の刻ばかりに、死顏うるはしく睡れるを期として、物打かけ、夜ひそかに長櫃に入て、あき人の用意のやうにこしらへ、川舟にかきのせ、去來、乙州、丈艸、支考、惟然、正秀、木節、呑舟、壽貞が子次郞兵衞、予ともに十人、笘もる雫、袖寒き旅ねこそあれ、たびねこそあれとためしきなき奇緣をつぶやき、坐禪、稱名ひとり〓〓に、年ごろ日比のたのもしき詞、むつましき〓をかたみにして、誹諧の光をうしなひつるに、思ひしのべる人の名のみ慕へる昔語りを今さらにしつ。東南西北に招かれて、つゐの栖を定めざる身の、もしや奧松島、越の白山、しらぬはてしにてかくもあらば、聞て驚くばかりの歎ならんに、一夜もそひてかばねの風をいとふこ枯尾花三·七七今さらに臨終の聞えもなしとしられ侍り。露しるしなき藥をあたゝむるに、伽のもの
枯尾花三二八と本意也。此期にあはぬ門人の思いくばくぞや、と鳥にさめ鐘をかぞへて、伏見につく。ふしみより義仲寺にうつして、葬禮、義信を盡し、京、大阪、大津、膳所の連衆、披官從者迄も、此翁の情を慕へるにこそ、まねかざるに馳來るもの三百餘人也。淨衣その外智月と乙州が妻ぬひたてゝ着せまいらす。則義仲寺の直愚上人をみちびきにして、門前の少、引入たる所に、かたのごとく木會塚の右にならべて、土かいおさめたり。をのづからふりたる柳もあり、かねての墓のちぎりならんと、そのまゝに卵塔をまねび、あら垣をしめ、冬枯のばせをを植て名のかたみとす。常に風景をこのめる癖あり。げにも所は、ながら山、田上山をかまへて、さゞ波も寺前によせ、漕出る舟も觀念の跡をのこし、樵路の鹿、田家の雁、遺骨を湖上の月にてらすこと、かりそめならぬ翁なり。人人七日が程こもりて、かくまでに追善の興行、幸ヒにあへるは予也けりと、人々のなげきを合感して、愚かに終焉の記を殘し侍る也。程もはるけき風のつてに、我翁をしのばん輩は、是をもて回向のたよりとすべし。於粟津義仲寺牌位下晋子書元祿七年十月十八日、追善之誹諧なきがらを笠に隱すや枯尾花溫石さめて皆氷る聲行灯の外よりしらむ海山にやとはぬ馬士の緣に來て居るつみ捨し市の古木の長短洗ふたやうな夕立の顏森の名をほのめかしたる月の影野かげの茶の湯鶉待也(つ)水の霧田中の舟をすべり行旅から旅へ片便宜して暖簾にさし出ぬ眉の物思ひ風のくすりを惣〓〓がのむこがすなと齊の豆腐を世話にする枯花於義仲寺、木戶迄人を添るあやつり葺わたす菖蒲に匂ふ天氣合車の供はゝだし也けり澄月の横に流れぬよこた川負〓〓下て鴈安堵する庵の客寒いめに逢秋の雨ぬす人ふたり相談の聲世の花に集の發句の惜まるゝ多羅の芽立をとりて育つる(三)此春も折〓〓みゆる筑紫僧打出したる刀荷作る四十迄前髪置も〓ならひ苦になる娘たれしのぶらん一夜とて末つむ花を寐せにけり祭の留守に殘したる酒三二九芝昌探胡牝游蘇智呑土卓靈野素万柏房芝故玄刀葉月舟芳袋椿童顰里晋支丈惟木李之去曲正臥泥乙子考艸然節由道來翠秀高足州
(三ウ)打鎰に水上帳を引かけて所がらとて代官を殿此牛を三步にうれば月見して內に居る弟むす子のかしこげに社さえ五郞十郞立ならび(ニウ)ねんごろに草鞋すげてくるゝ也四ツになる迄起さねば寢る三重かさねむかつく斗匂はせて鳥さしの仕合わろき昏の空在所から醫師の普請を取持て獅子舞の柏子ぬけする晝下り乳母と隣へ送る啼兒すまふの地取かねて名を付うしろ山迄刈寄る萱呑かゝるきせる明よとせがまるゝ椀そろへたる藏のくらがりあれ是と逢夜の小袖目利してひだるさも侍氣にはおもしろく女人堂にて泣もことはり小屏風の內より筆を取亂しくされた込に立し鷄頭秋も此彼岸過せば草臥て月の明りにかけしまふ紺鹽賣のことづかりぬる油筒藪にあまりて雀よる家河風の思の外に吹しめり片町出かす畠新田木像かとて倚子をゆるがす雨氣の雲に瓦やく也ふるか〓〓と雪またれけり枯枯尾尾花花尙泥去之臥昌丈正支風晋魚楚游探芝土去之角晋木風野楚荒回許這識白足來道高房艸秀考國子光江刀芝柏芳來道上子枝國明江雀鳧六萃々淵は瀨に薩埵の上を通る也漣や我ものにして秋の天(名)暖になれば小鮓のなれ加減村よりおろす伊勢講の種顏赤うするみりん酒の醉ばら〓〓と恨之助をとりさがし味噌つきは沙彌に力をあらせばやわすれて替ぬ大小の額幾人の着汚シつらん夜着寒し朝日にむきて念珠押もむ軍はなしを祖父が手の物かろ〓〓と花見る人に負れ來て經よむうちもしのぶ聖靈座敷のもやうかふる名月二季ばらひにて國〓〓の掛七ツからのれども出さぬ舟手形聞やみやこに爪刻む音里迄はやとひ人遠き峯の寺袋の猫のもらはれて鳴日によりて柴の直段もちがふ也洗濯に出る川べりの石小機嫌につばめ近よる塀の上煮た粥くはぬ春の引馬花にとて手廻し早き旅道具野分の朝しまりなき空軒の露莚敷たるかたたがへ月さしかゝる門の井の垢離弟子にとて狩人の子をまいらするふとんを卷て出す乘物かな聾の何か可笑き三三一三三〇之風游楚魚支正晋臥這芝土牝角卓芝卓尙泥角朴回正靈惟丈丹昌尙臥道國刀江光考秀子高萃柏芳玄芳袋柏袋白足上吹鳧秀椿然艸野房白高
飯しゐに內儀も出るけふの月白鳥の鎗を葛屋に持せかけ(コ)靑天にちりうく花のかうばしく寮にゐる外より鎖をかけさせて海へも近き武庫川の水浮雲も晴て五月の日の長さうそ寒き堺格子の窓明り功者に機をみてもらふ秋巢思はぬ狀の奥に文に庫三河なまりは天下一番京、各感愁眉而不求巧言也。右四十三人滿座興行。嵯峨、生たちて千里鶯をおろす獨山伏枯攝津、尾伊賀之連衆大津、花戒膳所、名也入月や日比の數奇の朝朗鹿のねも入て悲しき野山哉石たてゝ墓も落つく霜夜哉我眞似を泣か小春の雉の聲悲しさも云ちらしたる時雨哉耳にある聲のはづれや夕時雨一夜來て泣友にせん鳰の床澁張の笠かけてみん墓の霜はせをはの寒しと答ふ聲もなしきさかたを問ず語や草の霜しけ絹に紙子取あふ御影哉りたるに、まり、道すがらをもかたりてとおもひわたりて、人々よりの呈書をことづかり、一とせ翁の踏分られし奥羽塞をめぐ枯むなしき塚をうごかして泣。尾古人に成給ふ。花遺懷のあ京同同同同京僧京大つ京同同大坂同伊賀同京僧京春支芝之卓土風野角轍尙正去支牝丈惟土芝回尙去探澄考柏道袋芳國童上士白秀來考玄艸然芳柏鳧白來芝悔まれて夜着かぶりけり冬ごもり立かねて袖もしるや墓の前冬芭蕉衣にさけて泪かな初めての千鳥も啼や磯の塚線香の煙覆ふや枯芭蕉取つかん便もかなし枯柳まぼろしも住ぬ嵐の木葉哉見送りし庵の姿や袖の霜ねぢてみる別の岩よ冬木立うろ〓〓とひざまつきたる木葉哉腰折て木葉をつかむ別れ哉木がらしや何を力にふく事ぞ十六日晋子を幻住庵にともなひて、吟0翁のかくれ所といへる椎の木をみせて、いますごとくに翁をしたへる愁三三三月雪に長き休みや笈の脚日影さす塚にしぐれや湖水迄木曾柿や木葉かつぎし塚の上かさね着の老の姿や苔の霜拜席に溜るなみだや朝の霜墓もどり十方なき世のしぐれ哉凩よやみたる跡の舟よばひ一たびの醫師ものとはん歸花曉の墓もゆるぐや千鳥數奇いふ事も泪に成や塚の霜つゐに行宗祇も寸白夜の霜無跡や鼠も寒きともちから啼うちの狂氣をさませ濱衞忘れ得ぬ空も十夜の泪かな傷亡師終焉作句シ初七日迄三三二僧大つ大津同僧膳所同大津僧京同堅田彥根ぜ同同大坂同嵯峨游回魚呑荒野晋靈泥臥正曲千露識成楚探汝許丈昌乙木李去刀鳧光舟雀明子椿足高秀翠那玉々秀江芝村六艸房州節由來
なき跡や時雨てたつる古障子火燵から床のかげ繪を泪かな塵塚や泪の紙に霜の華六疊に見殘されたり冬の月夢みたか啼て飛ゆく浮ね鴨寒菊やすゝぐ佛の膳の端聞て泣聲もとゞかぬ枯野哉鶯の子鳴にくゝる樒かな時雨るやおくへもゆかず筆なやみ大根引あとはうづまぬ名殘哉意俤になん。主もなき時雨の庵に讃ばかり朝霜や夜着にちゞみしそれもみず(古三七日伊賀連衆追悼句くらつぽに小坊のるや、尾花と聞えし作此かた見行來に見せん丸頭巾松の霜見ぬ世の形やひの木笠間違ふてあはぬ命や村時雨今はゝや悲しさかるゝ柳哉冬の日や師に奉公の間もなくて小野炭やあとに匂ひの殘りけり雪はれて德の光やかゞみ山待うけて泪みあはす時雨哉むかし人といひて見廻る塚の霜ちり際はもろき櫻の紅葉哉さゞ波の時雨を聞か土の窓今朝獨泪をこぼす火鉢哉木曾寺のゆめになしたる時雨哉霜消て此道廣し西の山二七日廟參之悼句枯尾花所々文通京同同同大坂ゼ、同大津大津同ゼンゼン堅田みの佐治洞木京や一鷺神部や祐甫岡本苔蘇杉野配力山田雪芝淺井風睡山岸車來いか玄虎夏小如朔松吾牝如尺岩か伴遲土這木朴や木作行巫泉我玄柿草翁女左望龍萃枝吹笠を泣時雨なつかし北南枯草に顏入て鳴男鹿かなたよりなや風もかく迄枯柳菊かれて側に小松も凋れけり何事もなみだに成ぬ冬の庵茶のからの霜や泪のその一ツ生を旅の仕舞の時雨哉紙衣の小しぼに浮むなみだ哉芭蕉〓〓枯葉に袖のしぐれ哉かろき身の果や木葉の吹とまり借シ着つる夜半もありけり丸頭巾山茶花の散煩はぬうき世哉冬桃のなき人しらぬ歎哉俤や足もさゝれぬ置火燵手向には何をかれたる菊畠三三五力なき獅のあがきや冬牡丹幻にみるは枯野の樒哉國〓へつたへてけふのしぐれ哉枝折て烏の歎きや竹の霜冬柳かれて名ばかり殘りけり力なく墓にかけよる時雨哉木兎の目にも淚のしぐれ哉手をつけば霜も湯と成泪哉冬の月襟にうけたる泪哉花桶の鳴音悲し夜半の霜花鳥よせがまれ盡す冬木立なぐさめし琴も名殘や冬の月打こけて指ぬき氷る泪かな朝日うけて霜もまばゆし塚の前菊樒曉起の馳走かな三三四彦根さが小倉さが同同同女女桑門女同ゼ堅田井筒や望翠原田乍木津子荻子小童長中尾槐市濱井筒屋爲醉猿植田示蜂小川風麥大坂や万乎木や我峯山岸陽和明覺寺尾頭西澤魚日式年之雖木爲閑來向蚤砂麻徹可惟万素重狢導有タ几震軒鳥上三房南然里顰氏睡
枯便なう霜にきえ行月夜哉待〓〓ておもはぬ文に時雨哉夢のあとたが疊みしぞ夜着ふとん猿みのゝ袖のしぐれや行嵐はら〓〓と泪かれ野の薄かな限あるうわさばかりや散紅葉手向せん茶の木花咲袖の下夢なれや活たる文字の村衞水鳥の遠きわかれや海の果歎く手の香もふるふや水仙花聞とりて鳥も嘆くか山寒しそのまゝに降を手向るしぐれ哉四七日をかけて普音文通之句亡師の遺書まいれり。なにはへの飛脚、粟津よりかへりて、枯尾花此道におゐてみづからを利し、仲寺の家上にひざまつく。都に心ざしを盡せるたれかれ、る契ありてや、いつの冬か凩のうしろむきそめ、ねて、つゐの浮世をなにはになして、往"に歩みを忘れ、此十月二十五日、下に生前のたいめ、か く富士もみず、共桃隣出武江而曁義仲寺望芭蕉翁之墓歎唱空華散じ水月うちこばす時、心鏡一塵をひかされば、他を利して終に其神不竭、後の事迄とりおさめつかへけり。枯野にあそぶと聞え給ひし一句を、ねところ〓〓に席をかまへて、葛のはのおもてみし秋より春にわたり、む大井もしらぬ寒〓ぞらかけて、るらん雪佛今も見給へ、追善興業のくさ〓〓、嵐今も聞給へとて、萬象よくうつる。霜月七日のゆふづくよの程に、遠き境の人はいまだしり及さずや。今さらのうつゝになしぬ。杖にさめ笠に眠り、小蓑に病、雪袖に袂にひろひかさ拜其角はさ此師、義江尾枯尾花花下同同同伊セ卷溝來川烏栗西島百歲いか半水殘宇內神九節松本氷固大久保仙杖多都宗空團路比芽友艸文臺に去ぬ影なり古頭巾鵜飼見し川邊も氷る泪哉明て啼冬の日影やかし座敷手づからに木葉はく也塚の脇霜にちりて光身にしむ牡丹哉枝川や一羽はなれて鳴千鳥耳の底に水鷄鳴也冬の雨せめてその笠みて行んあられ笠語り合てともに悲しき霜夜哉玉しゐを世に分置て木葉哉みて泣や蓑笠の像に雪〓三三六六三三七拜尾州同同同同同いせ伊豫大坂みの黃低伽冬左素露廬拔芦斗山耳香鶯次覽川牧不本從
蜀黍の實をばそがれて畑中(ウ)眞鶏さそひて豆まはし鳴尋行てかれ野の草の根に語レ凩の外にあそぶや墓の月芳しき人の香もあれ塚の雪身をつめる悲しさをしれ冬の月悔前非見おさめの顏はいつ比雪の比なき人の詠めも四季の終哉無常の鐘のかすむさゞ波此たびはまいりあはづの墓の花さる代もありと語る老一升を米の價のとうがらし中山道は加賀で持けり來春を今から工む大工寄せ先度の雪に師走落つく赤い菊より黃な菊を嗅約束の茶の湯延してさびしがり膳にばらりと明る干鰕存在に物をおしゆる田植どもHE雨のふる見て照〓〓といふ新川にまだ名もつかぬ橋のうへ木舞あらはに手で土をぬる有明のはつかに白き山の裾立居は見ゆる沖の船頭鎰の手の二間は五疊〓〓にてしぐれの中に一筋の香十月をゆめかとばかりさくら花滿座追善各燒香十月廿二日夜興行枯枯尾尾花花咸舟浮神氷百綠專氷百嵐神百牧咸楸風月桐舟ト浮東神百氷嵐宇竹生叔花里子迹花里雪叔里人宇下洗下雨竹宅生潮叔里花雪名月は夕飯早く過しけりよごれし馬を引出す也一面に起ふす小松風やみて淡くかげろふ冬の日の影俤やなにはを霜のふみおさめ霜の芭蕉のあはれ世の中秋風にたへてしばしは殘りしも時雨にもさめぬ別れや夢咄シかれ芦や名をかき寄る潮頭俤や二度三度よむ月時雨あたゝかに風呂吹煮ユル冬の月夜半夜あるき母の氣遣。ナ傘の外にまぎるゝ傘はなき城の近くに旅ごもりする眞實に蕎麥切打て送る也位牌の前の火影靜まるくたびれて勝手の〓聞えけり水享いとて夏冬もなし只あそぶ四十の內の樂坊主氣相のわろき時は文見る春雨に咄のやうな戀をして山吹もらふ顏ぞわすれねちる花も翁について廻るらん客とならべて床をとる月上氣して吹れに出る秋の風故人も多く旅にはつと、逆旅過客のて、たびだつ人にことつて待ける。芭蕉翁みまかりぬるに、跡をだにとことはりをおもひよせて、十月廿二日興行三三九三三八嵐妻雪東潮曾岱杉子桃安素東專東氷嵐神百東神嵐氷百浮銀當良水風珊隣適彳潮迹潮花雪叔里潮叔雪花里生鈎歌
そろ〓〓と子をあゆませて春の空眞白な陰は流るゝ岸の花(ラ)皂莢に枝を分たる鵙の聲どこやら輕き秋の帷子是非わかぬ枯野に草の種もなし枯芝や聲も力もなきあらしうらむべき便もなしや神無月晝にさがりて葺のこす屋根やす〓〓と平泉より木曾の月背戶傳。來ては常〓〓長咄此寒さあられか雪のふる曇心よき今の住持を憎みたて丈幅せばき布の薄綿悲しひを包みかねたる木葉哉霜消て蓬を庵のちなみ哉骨肉にこたゆるけふのしぐれ哉見送りも夢に成けり今朝の霜茶の花は匂ひ手向んばかり也うき便望絕たり霜ばしら山茶花を塚の賴みに植もせん菊かれて匂を惜む居士衣哉聲たてぬ歎きや霜のきり〓〓す見るやうに頭巾をかけん庵の松香をむすんで朝かすみたつ俵のうへに燕あつまる折角とれば蜩のから木綿の重み手にのせて見る三里がうちは景の鹽濱細工に入ル古桶の底歌仙滿座普音之の吟枯枯尾尾花花野利桃八太野李蚊白利子孤龜太序桃風楚李龜序太子湖太子八杉滄々合川桑洛坡里足之牛祐屋水夫志川弦舟里水志洛祐松大珊桑風波袖時雨無あみだ佛趣向哉ならべたる蠅床さびし冬籠むせぶとも芦の枯葉の燃しさりその骸もかくやは雪の水仙花かたみ哉粟津がはらの枯柳初雪を思ひよらずの手向哉はかなしや火燵咄も苔の下寺の花直にたむけん冬牡丹見開ヶばをのづからなる花微笑髯に白髮のほのかなる年居間ながら六疊敷に爐を構、流れに添て雨あがる也よは〓〓と葉ばかり多き菊の露行脚かへりに更る秋風あかまへていふ程奢る月の宿臼に手杵のせはしなき音樋の口に苦鮒ばかりかたまりて風なき雪の柳地につく丁寧に又桃灯で送らるゝ家のふるきを小利口に住ム鳴ぬ問人をうかゞふほとゝぎす風呂敷といて鉦皷取出す酒道具干ならべたる笠置川紅葉ちり樒は靑し塚の前泣ケ〓〓と目に吹當る木のは哉錫杖にふみたがはざる木葉哉花紅葉夢と小春に成にけり告て來て死顏ゆかし冬の山氷るらん足もぬらさで渡川義仲寺へ送る悼三〇〇三四一濁川杏角楚千素此嵐ち石嵐桐湖支濁琴直山露季法眼角滄曾石杏用愚野子鷗村蕉舟川龍筋竹り菊戎奚松梁子風方タ沾吟蕉波良人村陽好々
行人の德や十夜の道ひろき雪や霜尋ぬん笠の有所約束の皆ちがふたる後の月長々の籾借り返す力得て成あいにありけば旅も苦にならず聞カば見ばお下屋敷の奧坐敷花紅葉老かゞまりて押炙膳所の月片隅もなく照り渡リ山陰にもらひあつめし竹植て帆をもの舟は疊也けり雲水の身はいづちをか死所五十二年ゆめ一時のしぐれ哉何のかの便りの風や枯薄こや形見菴の爐蓋に指の跡哀しれ菊は戶口にかれて居る寒菊の咲後れたる名殘哉枯蔦の哀や殘る壁の系力艸引切られたるなみだ哉立されば心に消る塚の霜繪をみるや袖の雫の初氷小莚や火にはなれたる身の凍へ野ざらしの句や十餘年年の霜時雨ふる白い卒都婆よ夕嵐手向たる水もや朝氷面鏡盆を待ずに急な法躰子供の勢のたらぬ柿園立くづれたる雨の蚊柱酒といはれて少やはらぐ二年つゞいてあたゝかな秋露霜ふかき大名の寺枯枯尾尾花花利杉野利桃岱孤利杉桃岱野利筆素ち蓬海其遊ト支淵千此左大凉山壺牛風坡合隣水屋牛風隣子坡合堂り山動井糸子老泉川筋柳舟葉蓬蛙今はくも雪のはせをの光哉袖に今師の好れたる花の枝二三人伊勢上るりの物もらひ高い木の並びし下が猶凉し山〓〓を信濃の者に語らせてのし餅の上にかさぬる配り餅財布でぬぐふ泪わりなき竈の火けして庵たて寄セその形に紙で卷たる百合の花內かたは物やはらかな人づかひ秋中に殘らずつけし藏の壁碇綱縮なる月に浪ゆりてワ亦たぞやあゝ此道の木葉搔凩の聲に檜原もむせびけり心澄て頰に凝つく泪かなその塚はさそな枯野の土の色頭陀袋重きも袖のしぐれ哉旦那が出れば賑やかになるほろ〓〓雨の末は四五町野分の音のかはる兀山か本の通りに鼠算用雲優美なる春のタ昏節句の禮におそなはり來る小あげをかけてゆらぬ駕籠かき靑苧の長を引上にけり一羽さびしき霜の朝鳥かへらぬ水に寢て並ぶ鴨晋子亭にて興行十月廿三日十月廿三日追善三四三三四三、是仙利桃岱野利孤野杉桃岱孤杉利孤野岱桃萍露素湖素馬艶虚吉化合隣水坡牛屋坡風隣·水屋風牛屋坡水隣水沾龍春龍莧子谷
初しぐれ笠より外のかたみなし凩のなにはや夢のさめどころ檜笠いづれ冬野の面かくれ月雪の近江の土や三世の緣凩におもひ泣かせよ猿の面爐開になき人來ませ影ぼうし落葉見し人や落葉の底の人旅の旅つゐに宗祇の時雨哉常にえむ連衆拈花の花に寄はしりながらに牛除る聲肩癖の外に跡なきうしろ見よ扇から湯錢さし出す月の昏供人を近く召るゝ駕籠の內その向も世々の隣の日をうけて冬の月黑き衣類は影鈍て垣せぬ桃を人の敬まひ花の雲德行迄と舟よばひ側のたばこの匂ひ望まれ小僧になりていさみつく顏合羽なき馬より歎く雨曇むかしもこゝが橋本の宿日に添て宮木の屑は泥に朽雀の枝を鷺のあらそふ力もよはく鉦しめる音晝の鼠の穴をわするゝ一もとの柏檀廻れは二十足17拭ひのこせる階のくまはずや、深草のおきな、友風月家旅泊と、당宗祇居士を讃してい二八芭蕉翁のおもむきに似たり枯枯尾尾花花薯柴湖專介枳沾素湖沾介仙楊仙柴楊神李沾全山枳楊神湖柴介子雫月吟我風德堂月德我化水化雫水叔下德峯之風水叔月雫我雪の夜をおもひ忍ぶや名付親殘る名の手向にむせぶしぐれ哉驚きて霜の蜜柑を手向哉さゞんくはや難波へ向てつかみざし句の神や此十月の世のくやみ霜ふかき庵ぬしなきうつゝ哉十德の袖はなみだの氷かな果は霜夢に逢にし芭蕉哉力艸とりはなしたり朝嵐歸花菊をむかしの翁かなかみな月根ざしは殘るはせを哉又も來ぬ跡に立けり霜柱終の野に捨すましけり霜の杖靑石の陰もあはれや木葉搔窓の雪はらひ果たる拂子哉(+)靑貝の卓もふるびて春の色ちいさき松のかすむ洲の入聲もなく朝の鹿の小草喰ム午の月に烏帽子の影の直ヲ也かねことの所〓〓を聞はつり墓のごと雪を並べて惜みけり唐物と見すえし茶入袋して手紙のおくは名やら判やらかしこまる事を忘れし年の程日光椀に似あふ芳飯二行に持て並ぶ虫籠生たる身をぞ戀の入レ物馬を土戶にはさむ口取あらき踵に羽二重の裾つかみて鍋にはかり込ム米三四五三四女秋寒萍景橫龜李林是一芝和山闇拙由神全李楊仙沾介湖枳神介柴湖李水桃几翁下也吉雀莚水色玉蜂指候之叔峰下水化德我月風叔我雫月下
泣中に寒菊ひとり耐へたり月雪に 假の庵や七所弓はりのひかゆる雲を窺はれ蜻蜓の衣紋つくろふやどりやう目のさきにまだちら〓〓と木葉哉深川にとりわけ鳴や友千鳥泣籠る冬や今年の廻り合すがりつく枝も枯たる柳哉油火の消て悔むや冬籠(二)うらゝ成和爾や堅田の浦傳ひ杖に用なき我老の春風の香もいとゞ扇のきしる音かけ乞の金をかへすも至極成のり物は音羽の瀧の下に置〃雨の日は大工もあそびたがる也獅子の座にみつる心や花の陰山家の世帶氣散じな事湯あがりの身の冷かに成竹の繪を掛て悲しき時雨哉ちからなや膝をかゝえて冬籠鹽辛桶になれし鈎上座の聟を覗く透合。あたゝめさせよその藥鍋さてはちんばと見ゆる後。目十一月十二日初月忌丸山量阿彌亭興行の下に、むなしき名のみ聞へけるを、め、今更に遠里を隔て、かく所の苔かへ、一たびは笈のたすけともなり來を語らんとす。そも隱逸の志につ義仲寺に參り、亡師の塚のもとに舊枯枯尾尾花花嵐尺去荷横嵐桃轍遲重晋集風野荷嵐挑利石岱疎利孤野雪艸來兮几雪隣士望勝子加國童兮雪隣合菊水雨牛屋坡吹たをす屏風を膝に押直し白粉の鏡にかゝる秋の霜(3)折かへすほど廣き桐の葉かしこまる受戒の兒の白素絹のまぬかと盃みする人遠し長谷越の山にあいたる昨日けふ名月に持參の一種おもひ付簾賣聲に〓たるほとゝぎす(〇)秋風や看坊持のまゝならぬ櫺子明れば朝がほの蔓たねや乞れて殘す鷄頭よごれても禿たる柱杖哀也夜の寂覺やぬす人もなし+じたじろかぬ松を都に見直して長旅に持あぐみたるつるべ鮓たのまぬ神はほめも詈りも生かはる齒をゆるがして物おもひ衣桁の小袖落る音するあた腹の起り出たる夜の月能はじめよと使かさなる水もすめたる飛彈曲の目〃岸をすらせて舟や行らん皷かゝへし大がゝりなり榧の木の間の海をたまさか火燒ふとんの引たらぬ中かし傘としれて大文字車にはこぶ藪の疊ナリ澁〓壁のひの間を遲く扇かせて向上躰を雪の明ぼの一日鍬をふり上る數三四五三四六巨橫岩桃心暮尺晋風巨桃集普轍岩巨暮心轍筆曲正去松尺橫龜晋岩桃海八翁隣圭四艸子國海隣加子士翁海四圭士翠秀來翁艸几翁子翁隣
米かすもかまはで通る蜆舟(+)うら門付る垣の山吹手分して赤飯くばる大井殿打れたる瘤は付屬の證據なリ錢形の竹つるしたる軒の月あつさは殘る馬の腹掛秋の蚊のばら〓〓出し八ッ下,天井をけはなして置座敷鞠笋の制札うすき冬枯て愛せずも花に若やぐ老だうな湖を築にみたる山の景Hz此あたり此家ばかりこけら葺三里四里機嫌まかせの旅の空白粥のさむる間しばし思ひ侘灯も閏を添て光るらん肥肉なものは春からじゆつながり折ためて荷ひながらにちらす花牛祭晝からしての女子客地藏を建し夢の浮橋みな刈込や里の夏物ようはづれずに寐たる木枕身なげて醉のさむる月影梵天寒く立し川小屋さながら風を薄墨の竹きるもの着よと母のせわやくをのが法華を燈たうとき燒ながら干すぬれ木也けり書そこなひももろふ短尺不思議に娵をちそうせらるゝ年越すます坂の櫛挽枯枯尾尾花花集風岩野嵐心橫荷尺轍岩晋集去荷尺集風轍野晋岩去嵐暮集荷轍遲尺加國翁童雪圭儿兮艸士翁子加來兮艸加國士童子翁來雪四加兮士望艸(3)日の色に心さだまる鐘樓守おかしくあたる百姓の弓外しらぬ琴を悲しむ花の前なつかしや切干下す尾張宿河風にしろき諷をはりあげて(三ウ)かし鳥の樫はくはずに梅もどき鬼が手に明さして置月の洞形よりこびたる佐渡の人心節季候の年ほどありて拍子ぬけ產るゝや聲もたしかに男の子おもはゆき乘蠟燭の立かねて宵の月脚半もとかず膳待て行脚の笠に袋して置むしろに書た賤の手質新大橋の富士もよく成艸芳しき信の交りどこともなしに蜜柑焦るゝ夢といふ字を夢の世の額薄の中に得たる著うは着に君をかこふ露霜憐み四方に施藥合するとりちらしたる朝夕の酒遊行の前にならぶ十念こしもとが尻たゝく飼猿此一站者於落柿舍書校合決寺町二條重井づゝや三角丸三六八勝判橫桃重荷去心尺轍晋嵐心暮桃尺橫風晋集轍岩暮巨桃嵐ル隣勝兮來圭艸士子雪圭四隣艸儿國子加士翁四海隣雪
立ならぶ蛤ふみのものおもひ相合の鑓を持せる道奉行きのふの事を三味線にひく奇麗にはるゝ雨の卯の花惠心佛守て出たつ秋の旅老ぬるねこの瘦はてゝなくもや柴てひつしと構ふ雪さくみ角鍔は今にかゝさぬ家中風庄屋の觸にたのむ代判茸狩りはこそり〓〓と道かへてかしらにつれて揃ふむしの音月影に綿抱へこむ柿ふくろ隅〓〓に火鉢の炭をかた寄せて花鳥にせがまれ盡す冬木立なまり詞に國の名物追簑むしも木に離れたる落葉哉燭消て闇に成けり冬ごもり寒牡丹樒に添るなげき哉冬の蝶存〓きられぬわかれかな此悔〓や臍の〓切てけさの霜肩うちし手ごゝろに泣こたつ哉むく〓〓あくる芝のかげろふこつそりと散て仕廻し花の跡なじまぬうちはつなぐ庭鳥いり口のめつたに多き門徒でら明日の天氣を亭主請とる藥の紙の霜にしほるゝ於義仲寺六七日加歐仙滿座計音之吟枯枯尾尾花花尼智直愚上人月丈探正惟胡執游昌臥正惟殘怒文斜〓竹美濃大垣戶昌曲朴這惟胡關牝秀然月故筆艸刀房芝高秀然香風鳥嶺口房翠吹萃然故阿玄霜月十六日芭蕉翁三十五日於義仲寺分朝はゝや霜や置そふ頭陀袋月代をそらでも寒し塚の前十方なき泪や枯るゝ柳かげ切石をなでゝ泣けり今朝の雪木がらしに便りも遠き手むけ哉請る手に俤見へよ墓の霜蓮の葉の枯れて甲斐なき泪哉雪〓いつをなみだのとめどころ泣入て加減の逢ふ寒さかな文あけて氷る淚や人の透冬ごもり飯にうへたるたうとさよ草鞋の跡なつかしや勢田の霜あら土の墓もはかなや霜ばしら砂鉢の鮹は双六のかげうれしがる階子の下のにごり酒秋の小草にましる隈ざゝ照月を海老名の陣に參る也若衆の髮に氣を付てやる塀うらに波のよせくる家づたひ物見あつめてはいる寐どころむづかしき思案を無理に書破り芝居太皷の拍子ぬけする鍬打に隣つれ立はるの風つゝじの株にひかる山どりとつくりと花に夕日の入すまし茶を情出してはこぶ弟朝霧に繪の具の箱の蓋あけて前に當たは鹿兒島の月興行三五〇三五一蘇臥曲乙丈川徵探丈游臥鳩及柯〓尼裾竹支蘇野里朱黃胡魚直愚上人胡昌葉高翠洲艸支房芝光故艸刀房高枝肩山〓道官幽葉徑東迪逸風
書跡先に寐に來る鳩の待つれてたてゝはあくる冬の柴の戶墓近く蓮の香を持ッ氷かな四句目より略之枯尾花林橘井信屋治屋庄兵衞六衞發行所昭和十年九月二十日發行昭和十年九月十五日印刷印發編刷行纂東京市本〓區金助町六十番地彰振替東京五八〇四六番電話小石川五三三〇番考館者者者板行正智桃東京市四谷區本村町四番地鈴木芳太東京市本〓區金助町六十番地遠藤秀月隣勝俳人其角全集頒價峯晋二第一卷圓郞滿風三五二

10年10月2日3 ~

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