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私は忘れていたが漱石は覚えていただろう 夏目漱石の句をどう読むか①

 次に芥川の、

冴返へる身に沁々とほつき貝

 この句をやろうかと思って、ふと漱石にも、

人に死し鶴に生れて冴返る

 という句があり、松根東洋城、小宮豊隆、寺田寅彦の三人がこの句についていろいろと解釈を示していたことを思いだした。その様子はこの記事にまとめた。

 そしてそういえば子規は「冴返る」で何と詠んでいるのかと確認しようとしたら、松山市の子規の俳句のCSVに出くわして、なんというか、「むっ」と思った。CSV、カンマ・セパレーテッド・ヴァリュー、カンマで区切られた値、子規の句は「文字列」という値と化している。

 文字列、そう思うと「むっ」っと思ったわけである。

君行かばわれとゞまらば冴返る
菎蒻の水さえ返る濁りかな
冴返るけふにはありけり何年忌
寝て聞けば外は冴返る風の音
野辺送りきのふもけふも冴え返る
馬の息市冴返るあした哉
小城下や辰の太鼓の冴え返る
冴え返る空に愛宕の雲寒し
今返す冬の発句ぞ冴えかへる
立たんとす腰のつがひの冴え返る
なにがしの忌日ぞけふは冴え返れ
忌日なり又冴え返る風の音
冴え返る音や霰の十粒程
御鏡に篝火映り冴え返る
御鏡に松明映り冴え返る
冴え返る春日颪や薪能
冴え返る三笠颪や薪能
鶴病みて梅散る頃や冴返る
鶴病んで梅散る頃や冴え返る

蝶ノ羽ニ霜置ク夜半ヤ冴エ返ル
三月をえらんで人の死なれける
三月を此能故に冴え返る

正岡子規

 すると早速、春の季語である蝶を殺して冬の句にした「蝶ノ羽ニ霜置ク夜半ヤ冴エ返ル」に出会い、鶴を読んだ「鶴病みて梅散る頃や冴返る」「鶴病んで梅散る頃や冴え返る」に出くわした。

 これで「季語としての蝶を殺す」と言う作法が奇抜でもなんでもなく、この解釈が出鱈目でないことが確信できた。

 さて、そこで「鶴」の件だが、鶴も冬の鳥なので「冴返る」と「鶴」がたまたま重なることがあり得るとして、やはり漱石は自分の死期が近いと悟った時、喀血した子規、血を吐いて死ぬ子規を思いだしはしなかっただろうか。

 人に死し鶴に生れて冴返る

 君か代や死て生返る日はのどか    子規

 女にも生れて見たし花菫       子規

 松根東洋城、小宮豊隆、寺田寅彦の三人がこの連想に気が付かなかったのは単にCSVデータを持っていなかったからで、持っていたら、「そういえば……こんな子規の句がありましたね」と誰かは言うのではなかろうか。

 私は忘れていたが先生なら覚えていたかもしれませんねと、誰かは頷くことだろう。


【余談】

 久保田万太郎か小島政二郎か、誰かの文章の中でたしかに読んだことがあるような気がするのだけれども、あるいは、これは私の思いちがいかも知れない。芥川龍之介が、論戦中によく「つまり?」という問を連発して論敵をなやましたものだ、という懐古談なのだ。久保万か、小島氏か、一切忘れてしまったけれども、とにかく、ひどくのんびり語っていた。これには、わたくしたち、ほとほと閉口いたしましたもので、というような口調であった。いずくんぞ知らん、芥川はこの「つまり」を掴みたくて血まなこになって追いかけ追いかけ、はては、看護婦、子守娘にさえ易々とできる毒薬自殺をしてしまった。かつての私もまた、この「つまり」を追及するに急であった。ふんぎりが欲しかった。路草を食う楽しさを知らなかった。循環小数の奇妙を知らなかった。動かざる、久遠の真理を、いますぐ、この手で掴みたかった。

(太宰治『もの思う葦――当りまえのことを当りまえに語る。』)

 余裕派の弟子ながら、確かに芥川には余裕がなかった。保吉ものには少し余裕がある。何妙法蓮華経にはまるで余裕がない。なんだかすごい。

はげそめてやゝ寒げ也冬紅葉
きぬぎぬの鴉見にけり嵯峨の冬
都にも冬ありされど酒もあり
青々と冬を根岸の一つ松
淋しさもぬくさも冬のはじめ哉
嶋原や笛も太鼓も冬の音
下總や冬あたゝかに麥畠
冬の野ら犬も喰はさる牛の骨
音もなし冬の小村の八九軒
大木のすつくと高し冬の門
冬や今年今年や冬となりにけり
冬や今年我病めり古書二百卷
戸を閉ぢた家の多さよ冬の村
冬に入りて柿猶澁し此心
冬を誰いさゝむら竹茶の煙
青山や弔砲鳴って冬の行く
筮竹に塵なき冬の机かな
伐株や紅盡きし冬の園
乏しからぬ冬の松魚や日本橋
繙いて冬の部に入る井華集
冬の朝鯉を求めて市に入る
冬の宿狼聞て温泉のぬるき
御幸待つ冬の小村の國旗哉
住みなれて冬の蜆や向島
のら猫の糞して居るや冬の庭
袷著て花さく冬を羨みぬ
髯のある雜兵ともや冬の陣
筆ちびてかすれし冬の日記哉
冬の季にやゝ暑してふ題あらん
朝な朝な粥くふ冬となりにけり
新しき錢湯出來つ冬の町
菓物に乏しくもあらず冬の庵
小百姓冬物買ひに出たりけり
物の寂猿簔冬にはじまりぬ
冬立つや背中合せの宮と寺
菊の香や月夜ながらに冬に入る
冬立つや立たずや留守の一つ家
初冬に何の句もなき一日かな
初冬の家ならびけり須磨の里
初冬の糺へ歸る禰宜一人
初冬の葉は枯れながら菊の花
初冬の鴉飛ぶなり二見潟
初冬の萩も芒もたばねけり
初冬の家成つて壁いまだつかず
初冬の新宅の壁はまだつかず
初冬の黒き皮剥くバナゝかな
鳥居より内の馬糞や神無月
神無月賽銭箱はなかりけり
銅像に魂入れん神無月
名物の蚊の長いきや神無月
神無月鳥居の内の馬糞哉
窗あけて見れば舟行く神無月
道はたや鳥居倒れて神無月
女乘る宮の渡しや神無月
大君の御留守を拜む神無月
霜月や内外の宮の行脚僧
霜月や山の境の茶の木原
霜月の軍艦ひそむ入江かな
霜月の小道にくさる紅葉かな
霜月の灯や氷らんと禰宜の袖
霜月や石の鳥居に鳴く鴉
霜月やすかれすかれの草の花
霜月や痩せたる菊の影法師
霜月の野の宮殘る嵯峨野哉
霜月や雲もかゝらぬ晝の富士
霜月や奈良の都のト師
霜月や奈良の都のト屋算
霜月や淀の夜舟の三四人
霜月や空也は骨に生きにける
霜月の梨を田町に求めけり
屋根船や白帆にまじる小六月
牛の子や賣られて遊ぶ小六月
新米に菊の香もあれ小六月
日影さす人形店や小六月
庭木高く囮の籠や小六月
のびのびし歸り詣や小六月
囮かけて人居らぬ野や小六月
十二月上野の北は靜かなり
いそがしい中に子を産む師走哉
いそがしく時計の動く師走哉
いそがしさつもつてひまな師走哉
いろいろをないふ一つの師走哉
魚棚に熊笹青き師走哉
Mの字の手紙に多き師走哉
大方はうち捨られつ師走不二
かちあたる馬車も銀坐の師走哉
門口に松葉こぼるゝ師走哉
乾鮭も熊も釣らるゝ師走哉
乾鮭も熊もつるして師走哉
この友と江戸の師走の出會哉
鮭さげて女のはしる師走哉
正月の支度にいそぐ師走哉
白足袋のよごれ盡せし師走哉
せはしさに寒さわするゝ師走哉
ちかづきに皆顏あはす師走哉
羽子板のうらに春來る師走哉
病人と靜かに語る師走哉
折々は狆のふまるゝ師走哉
悠然と大船かゝる師走哉
板橋へ荷馬のつゞく師走哉
一休の蛸さげて行く師走哉
風強し眞葛か原の師走哉
風吹て師走八日といふ日哉
風吹て白き師走の月夜哉
傾城の出しぬかれたる師走哉
小鼠の行列つゞく師走哉
婚禮の嶋臺通る師走哉
靜かさに寒し師走の白拍子
靜かさや師走の奥の智恩院
菅笠の古びも旅の師走哉
炭出しに行けば師走の月夜哉
雪隱にあるじものいふ師走哉
錢かつく人や師走の汗雫
竹藪に師走の月の青さ哉
近道に氷を渡る師走哉
鐵鉢に味噌もる寺の師走哉
板額の薙刀つかふ師走哉
鳳輦の靜かに過ぐる師走哉
松立てゝ師走の夕日しづか也
萬歳の妻に別るゝ師走哉
山里の空や師走の凧一つ
海広し師走の町を出はなれて
大聲にさわぐ師走の鴉かな
大寺の靜まりかへる師走かな
大筆にかする師走の日記かな
高麗船の寶積みわたる師走かな
淋しさをにらみあふたる師走かな
大幅の達磨かけたる師走かな
塵にまじる錢さへ京の師走かな
町中を行くや師走の大男
霙にもならで師走の大雨かな
やごとなき落人見たる師走かな
うしろから追はるゝやうな師走哉
馬糞も見えず師走の日本橋
馬の息見えて師走の夜明哉
風光る師走の空の月夜かな
艦隊の港出て行く師走哉
艦隊の港につどふ師走かな
氣樂さのまたや師走の草枕
草の根を鼠のかぢる師走かな
夕霧より伊左さま參る師走哉
元祿十五年極月十四日夜の事也
傾城を見たる師走の温泉かな
臨月の師走廿日も過ぎてけり
王孫を市にあはれむ師走哉
店先に師走見て居る佛かな
此部屋も坊主小し寒の内
赦にあふて衣手あらみ寒に泣く
隱居して芝居に行や寒の内
藥のむあとの蜜柑や寒の内
ありたけの日受を村の冬至哉
日一分一分ちゞまる冬至かな
卷烟草くゆり盡せし冬至哉
苫低く裏に日のさす冬至かな
佛壇に水仙活けし冬至哉
物干の影に測りし冬至哉
佛壇の菓子うつくしき冬至哉
ものさびし上野の山の小春哉
菊も菜の色に咲きたる小春哉
櫻にもまさる紅葉の小春かな
春よりも嬉し小春の歸り咲
小烏の鳶なぶりゐる小春哉
小春日や赤すじすらりすらり引く
小春日や淺間の煙ゆれ上る
椽に足のべて文書く小春哉
北風の南にかはる小春哉
凩をぬけ出て山の小春かな
小春日や又この背戸も爺と婆
さゝ波に一日見ゆる小春かな
白砂に犬の寐ころぶ小春哉
白砂に犬のゐねふる小春哉
大名の小聲にうたふ小春哉
鳶高く鴉を笑ふ小春かな
鳶一つ空に動かぬ小春哉
百姓の烟草輪にふく小春哉
不二を背に筑波見下す小春哉
ぶをとこも美人も出たる小春哉
屋の棟に鳩ならび居る小春かな
屋の棟に鳩のならびし小春哉
思ふことなげぶし歌ふ小春哉
枯枝に雀むらがる小春かな
姑の嫁につれだつ小春哉
鳩眠る屋根や小春の大師堂
もみ衣の小窓にうつる小春哉
飴賣に村の子たかる小春かな
幾重にも村かさなりて小春かな
魚見えて小春の水のぬるみかな
御社壇に小春の爺が腰かけて
砂濱や舟の底干す小春凪
谷間や小春の家の五六軒
摘みこんで杉垣低き小春かな
鳩のならぶ屋根に豆打つ小春かな
町はづれ小春の山の見ゆるかな
村は小春山は時雨と野の廣さ
痩村や小春を受くる家の向
えん豆の生える小春の日向かな
あけ放す窓は上野の小春哉
いたはしや花のなやみの小春迄
うるさしや小春の蠅の顏につく
うれしくば開け小春の櫻花
唐橋にむく犬眠る小春かな
雲に近く行くや小春の眞帆片帆
黒船に傳馬のたかる小春かな
廻廊に錢の落ちたる小春かな
山門に鹿干す奈良の小春かな
電信に雀の竝ぶ小春かな
蜻蛉に馴るゝ小春の端居哉
寐るやうつゝ小春の蝶の影許り
痩村に鳶舞ひ落つる小春哉
痩村に見ゆや小春の凧
山底に世と斷つ村も小春かな
病む人の病む人をとふ小春哉
賣り出しの旗や小春の廣小路
大寺の椽廣うして小春かな
思ひ出す殊に老いての小春好
小障子の穴に鳶舞ふ小春かな
小春野や草花痩せて晝の月
小春日の馬往來す王子道
小春日や南を追ふて蠅の飛ぶ
不忍も上野も小春日和哉
鳶空に舞ふや小春の日半日
日光の山に鳶舞ふ小春哉
野の茶屋に蜜柑竝べし小春哉
一車漬菜買ひけり小春凪
窓の影小春の蜻蜒稀に飛ぶ
娘など出るや小春の古著店
用水や小春の金魚一つ浮く
我庭の空に鳶舞ふ小春哉
蜻蛉の地藏なぶるや小春の野
戸をあけて愛する小春の小山哉
畑の木に鳥籠かけし小春哉
蜜柑を好む故に小春を好むかな
池の石に龜の居らざる小春哉
下總に一日遊ぶ小春哉
蜜柑買ふて里子見に行く小春哉
水草の花に小春の西日哉
鶏頭のあく迄赤き小春哉
鳶見えて冬あたゝかやガラス窓
繿縷を干す小春日和や鮫ヶ橋
色さめし造り花賣る小春かな
毛布著て毛布買ひ居る小春かな
梅の木に足袋をほす也年のくれ
白壁のふゑる町あり年のくれ
年のくれ命ばかりの名殘哉
年の暮財布の底を叩きけり
年の暮月の暮日のくれにけり
年の暮鎧も質に出る世哉
歳のくれ龍頭の時計くるひけり
年の尾や又くりかへすさかさ川
ぬす人のぬす人とるや年の暮
來年のいつの間にやら來りけり
龍の尾の蛇に細るやとしのくれ
あら笑止や又年の暮れかゝりて候
うかうかと鴨見て居れは年くるゝ
裏棚に二子も出來つ年のくれ
雲上のからくり見たり年の暮
老憎しつもる年波打ては返らず
老のくれくれぐれもいやと申しゝに
香煙の美人にもならず年暮れぬ
風吹て今年も暮れぬ土佐日記
金くさう都はなりて年のくれ
家隷から金をかりるや年の暮
君が代を静かに牛の年暮れぬ
去年よりも今年ぞをしき來年は
今年より來年近し花の春
さりともと撫し額に年の波
たらちねのあればぞ悲し年の暮
月冴て市の歳暮のあはれなり
つくつくと故郷萬里の年の暮
辻君になじみを持てり年の暮
手の底に玉は隱れて年くれぬ
天人に舞はせて見ばや年の空
年くれぬ風はやともの雨晴て
年のくれ日記の花見月見哉
年の阪追ひ立てられてこゆる哉
年の阪早くあちらの見たきもの
年の阪早くあなたの見たきもの
年の阪鬚は雪にぞなりけらし
年の波世渡りのかぢをたえてけり
中々にいそげば遲し年のくれ
花赤く雪白しこゝに年くれぬ
花をまつ心に似たり年のくれ
腫物の血を押し出すや年の暮
一ふりの名刀買ひぬ年の暮
ひまな身の涙こぼしつ年のくれ
福神の畫も賣られけり年の暮
ものたらぬ心やぬくきとしのくれ
王事蹇々蓑着て年の暮れにけり
我戀は物にまぎれず年の暮
居酒屋に今年も暮れて面白や
馬に乘る嫁入見たり年の暮
追風吹かば何處迄行くぞ年の船
草枕今年は伊勢に暮れにけり
塞翁の馬上に眠る年のくれ
白梅の黄色に咲くや年の内
年のくれ千里の馬のくさりけり
乘掛や箱根にかゝる年の暮
思ふこと今年も暮れてしまひけり
隱れ家の年行かんともせざりけり
蜘の巣のかくて今年も暮れにけり
山門や浮世詠むる年の暮
歳暮とも何ともなしに山の雲
だまされて遊女うらむや年の暮
年暮れぬ太平洋の船の中
あて人の年のくれには死なれける
おもしろい事にもあはす年暮るゝ
占ひのつひにあたらで歳暮れぬ
此歳暮易の面も覺束なし
つくつくと來年思ふ燈下哉
よらで過ぐる京の飛脚や年の暮
來年はよき句つくらんとぞ思ふ
離火坎水夫婦喧嘩に年くるゝ
金性の貧乏者よ年の暮
裁判の宣告のびて歳暮るゝ
裁判の宣告延びて歳暮れぬ
人間を笑ふが如し年の暮
掛取を責むる議案も歳の暮
寒梅の薫りおさめや大三十日
風凪て春の支度や大三十日
風凪て麥の支度や大三十日
君が代は大つごもりの月夜哉
君が代やめでたくすねて大三十日
あすあすと言ひつゝ人の寐入けり
あるきあるき年をとる也大三十日
あるきあるき年もとるなり大三十日
勝ち栗も餅もそろふてあすの春
きぬきぬの持たれて戀の大三十日
きぬきぬを樂みにして大三十日
元日の餝りながらに大三十日
けふをことしことしをけふのこよひ哉
はかなことしはしをけふのこよひ哉
又三百六十五度の夕日哉
宮樣の門靜かなり大三十日
來年の餅の匂ひや大三十日
大晦日馬に追はるゝ夢見たり
大晦日神馬の鬚の皆白し
師走晦日錢隕つること雨の如し
梅活けし青磁の瓶や大三十日
梅活けて君待つ菴の大三十日
梅活けて君待つ庵や大三十日
語りけりおおつごもりの來ぬところ
摺小木や大つごもりを掻き廻す
漱石が來て虚子が來て大三十日
咄しけり大つごもりの來ぬ處
掏られけり大つごもりの蕎麥の錢
行き逢ふてそ知らぬ顏や大三十日
年の夜や地震ゆり出すあすの春
年の夜やいり物くふて詩會あり
大極にものあり除夜の不二の山
追々に狐集まる除夜の鐘
吉原を通れば除夜の大皷哉
歌反古を焚き居る除夜の火桶哉
春立て鴉も知らず年の内
春立て花の氣もなし年の内
行年を鐵道馬車に追付ぬ
行年を故郷人と酌みかはす
若竹の煤竹になつて年ぞ行く
つもり行く年の外なる春もかな
行く年にのりあふ淀の夜舟哉
行年や鏡に向ふ姉いもと
行年や莊子を半讀さして
行年や丹波を出づる筏守
行年や奈良の都の青幣
行年や竝びが岡の歌法師
行年を追はへつめたる鼠哉
行年を紅粉白粉に京女
世の中やこんな事して年の行く
世の中や寐て居てさへ年は行く
行く年の大河たうたうと流れけり
行く年のたゞあてもなく船出かな
行く年の暖簾染むる小家かな
行年の暖簾そむる紺屋哉
行年の馬子のさげたる何魚ぞ
行く年の行きどまりなり袋町
行年や異國通ひの蒸氣船
行く年や石にくひつく牡蠣の殻
行年や鞍をおろせば鞍の跡
行年や先へまはりし三千騎
行年をたゞあてもなく船出哉
行く年の雪五六尺つもりけり
行く年の四つ橋に灯の徃來哉
行年や茶番に似たる人の顔
行く年や茶番に似たる人のさま
画の駒の馳せて年行く白髪哉
詩百篇君去つて歳行かんとす
年行くと故郷さして急ぎ足
行年の浅草あたり人つどふ
行く年の我いまだ老いず書を讀ん
行く年を母すこやかに我病めり
行く年や母健かに我れ病めり
行く年を人鈍にして子を得たり
行く年の人鈍にして子を得たり
行く年の警察種や三頁
年送る銀座の裏や鉢の梅
冬されの背戸に米とぐ女哉
常盤木や冬されまさる城の跡
冬されて火焔つめたき不動かな
冬されて立臼許り門の内
冬されて何の香もなし野雪隱
冬されや石燈籠の鳥の糞
冬されや稲荷の茶屋の油揚
冬されや立臼許り門の内
冬されを人住みかねて明屋敷
冬さるゝ小店や蜜柑薩摩芋
冬されや蜜柑に竝ふさつま芋
冬されや水なき河の橋長し
冬されや焼場をめぐる枳穀垣
冬されや石臼殘る井戸の端
冬されて淋しき顏や琵琶法師
冬されや狐もくはぬ小豆飯
冬されや一本痩せし磯馴松
冬されの厨に赤き蕪かな
冬されの厨に京の柚味噌あり
冬されの小村を行けば犬吠ゆる
冬さびぬ藏澤の竹明月の書
柿の實の火ともえいでて寒さ哉
寒の入と聞て俄の寒サ哉
ぬすまれて親の恩知る寒さ哉
馬の背にまづ月を見る寒さ哉
仰向けぬ入道畠の寒さ哉
馬糞のいきり立たる寒さ哉
馬痩せて鹿に似る頃の寒さ哉
きぬきぬにものいひ殘す寒哉
くび巻に咽引きしめる寒哉
くやみいふ口のどもりし寒さ哉
廓行きの車夫にぬかれる寒さ哉
この寒さ君に別るゝあしたより
新宅の其頃出來し寒さ哉
砂川の涸れて蛇籠の寒哉
爲朝のお宿と書し寒さ哉
箱根來てふじに竝びし寒さ哉
御格子に切髪かくる寒さ哉
洋服の足よりひゆる寒さ哉
夜著かたくからだにそはぬ寒さ哉
蝋燭の涙も氷る寒さかな
あら海のとりとめかたき寒さ哉
一年の梦さめかゝる寒さかな
うかれ女の小舟に歸る寒さ哉
うたゝねはさめて背筋の寒さ哉
追剥の出るてふ松の寒さ哉
大津画にほこりのたまる寒さ哉
思ひやる都のあとの寒さ哉
風吹て焚鐘冴る寒さ哉
鐘うてば不犯とひゞく寒さ哉
金なしにありけば臍の寒さ哉
きぬきぬに念佛申す寒さ哉
?然と牛解く音の寒さ哉
三年の洋服ぬぎし寒さ哉
宿直の夜更けて大鼓の寒さ哉
寢殿に蟇目の音の寒さ哉
旃檀の實ばかりになる寒さ哉
大海のとりとめ難き寒さ哉
大名は牡丹のお間の寒さ哉
媒にはしる鼬の寒さ哉
なきあとに妹が鏡の寒さ哉
一ツ目も三ツ目も光る寒さ哉
鰒さげて妹がりいそぐ寒さ哉
故郷の寒さを語り給へとよ
まだ立てぬ石の鳥居の寒さ哉
御格子に切髪さげる寒さ哉
むら雲の劍を拜む寒さ哉
若殿が狸寐入の寒さ哉
朝日さす材木河岸の寒さかな
大船の干潟にすわる寒さかな
狐火の湖水にうつる寒さ哉
傾城のひとり寐ねたる寒さかな
傾城はうしろ姿の寒さ哉
傾城を舟へ呼ぶ夜の寒さかな
此頃の富士大きなる寒さかな
紙燭消えて安房の灯見ゆる寒さかな
新田に家建ちかゝる寒さかな
神木とならで檜のさむさかな
大名をゆすりにかゝる寒さ哉
筑波嶺に顏そむけたる寒さかな
天暗うして大佛の眼の寒哉
電燈の木の間に光る寒さかな
名處は冬菜の肥ゆる寒さかな
野の中に一本杉の寒さかな
のら猫をかゝえて寐たる寒さ哉
剥かるゝ程に伸ぶ程に棕櫚の寒かな
花もなし柩ばかりの寒さかな
古城の石かけ崩す寒さ哉
古辻に郵便箱の寒さかな
星落ちて石となる夜の寒さ哉
星こぼす天の河原の寒さかな
星絶えず飛んであら野の寒さかな
佛でもなうて焚かれぬ寒さかな
薪舟の關宿下る寒さかな
むさゝびの石弓渡る寒さ哉
目の前に顏のちらつく寒さかな
森の上に富士見つけたる寒さかな
槍持の槍かつき行く寒さ哉
藁屋根に鮑のからの寒さかな
雨晴れて風々凪いで寒さ哉
雨やみて風風やみて寒さかな
薄暗き穴八幡の寒さかな
うねうねと赤土山の寒さ哉
肩を張り拳を握る寒さ哉
木のあひに星のきらつく寒さ哉
雲なくて空の寒さよ小山越
くらがりの人に逢ふたる寒さ哉
くら闇の人に逢ふたる寒哉
この寒さ北に向いたる別れ哉
この寒さ君何地へか去らんとす
この寒さ越後の人のなつかしき
この寒さ尾張の人のなつかしき
このたびは一人で通る寒さ哉
大名の通つてあとの寒さ哉
谷のぞく十綱の橋の寒さ哉
なまじひに人に逢ふ夜の寒さ哉
庭の月晝のやうなる寒さ哉
狼烟見る人の寒さや城の上
旅籠屋の我につれなき寒さ哉
はつきりと富士の見えたる寒さ哉
母病んで粥をたく子の寒さ哉
薔薇の花の此頃絶えし寒さ哉
舟ばたに海のぞきたる寒さ哉
塀越に狐火見ゆる寒さ哉
又例の羅漢の軸の寒さ哉
見上げたる高石かけの寒さ哉
水音の枕に落つる寒さ哉
めでたさに袴つけたる寒さ哉
山風にほうと立つたる寒さ哉
刀賣つて土手八町の寒さ哉
川上は川下はばつと寒さ哉
首切の刀磨き居る寒さかな
くらがりに大佛見ゆる寒さ哉
素人の平家を語る寒哉
大將の星になつたる寒さ哉
出女のへりて目黒の寒さ哉
畑荒れて墓原殘る寒さかな
鼻垂れの子が賣れ殘る寒哉
半燒の家に人住む寒さ哉
再びは歸らぬ道の寒さかな
古刀人の味知る寒さ哉
待つ宵を鏡に向ふ寒さかな
道ばたで財布を探る寒さ哉
水涸れて橋行く人の寒さ哉
山城に睨まれて居る寒さ哉
牢を出て人の顏見る寒さ哉
蝋燭の泪を流す寒さ哉
六十にして洗禮受くる寒さ哉
をさな子の泣く泣く歸る寒哉
この寒さ神だちも看とり參らせよ
四十にて子におくれたる寒さ哉
出家せんとして寺を思へば寒さ哉
新宅の柱卷きある寒さ哉
涙さへ盡きて餘りの寒さかな
燒跡の柱焦げて立つ寒さ哉
世の中のひつそりとなる寒さ哉
黒わくに知る人を見る寒哉
葬の灯の水田にうつる寒哉
知らぬ人に道譲りたる寒哉
新築の窓に墨つく寒哉
蕎麥屋出て永阪上る寒さ哉
月の雲ちぎれて飛びし寒哉
床の間に櫁の青き寒さ哉
十に足らぬ子を寺へ遣る寒哉
亡き犬に犬小屋覗く寒さ哉
燒跡に小屋かけて居る寒さ哉
靈廟にかしこまりたるさふさ哉
大船の中を漕ぎ出し寒哉
片側は海はつとして寒さ哉
からびたる蝋の鋳形の寒哉
甲板に出て星を見る寒哉
廓出て仕置場を行く寒哉
扣所に呼出しを待つ寒哉
深川は埋地の多き寒さ哉
松山の城を見おろす寒哉
みとりする人は皆寐て寒哉
顏包む襟卷解けて寒さ哉
此寒さ神經一人水の中
頬腫の鏡にうつる寒さ哉
寒さうに鳥のうきけり牛久沼
ふじ山の横顏寒き別れかな
月寒しことわられたる獨旅
月寒し宿とり外すひとり旅
朝つくる大砲寒き門邊哉
うねうねと兀山寒し三河道
風吹て禿寒がる屏風哉
風吹て雲寒々し海の上
から尻のうしろは寒き姿かな
枯れ殘る角寒げ也鉦の聲
寒き日を御製にたよる民の春
寒けれは木の葉衣を參らせん
ちらちらと明星寒し山の上
月寒し木葉衣を風わたる
通されて子牛の穴の鼻寒し
入棺の釘の響きや夜ぞ寒き
旭のうつる河岸裏寒し角田川
ほつちりと味噌皿寒し膳の上
足もとに寒し大きな月一つ
黒船の雪にもならで寒げなり
寒き日を土の達磨に向ひける
月落ちて入り江は寒し舟一つ
人一人二人寒しや大廣間
物もなき神殿寒し大々鼓
吉原の裏道寒し卵塔場
足柄はさぞ寒かつたでござんしよう
石垣や松這ひ出でゝ水寒し
掛けられて汝に浮世の風寒し
掛られて汝に此世の風寒し
寒き日を書もてはいる厠かな
寒き夜や妹がり行けば温飩賣
寒けれど不二見て居るや阪の上
寒さうに金魚の浮きし日向哉
囚人の頸筋寒し馬の上
藤原の出口に寒し牢屋敷
佛焚いて佛壇寒し味噌の皿
家寒く有磯の海に向ひけり
江に向いて一膳飯の店寒し
音寒き海より上る朝日哉
狼の糞見て寒し白根越
川上も川下もばつとして寒し
客稀に大丸寒し釜の湯氣
苦し寒し風を呑み込む阪の上
剣に舞へば蝋燭寒き焔哉
剣に舞へば蝋燭寒き酒宴かな
寒けれど酒もあり温泉もある處
寒けれど富士見る旅は羨まし
寒さうに語る夕日の木こり哉
寒さうに皆きぬきぬの顏許り
寒さうに夜伽の人の假寐哉
説教は寒いか里の嫁御達
堂寒し羅寒五百の眼の光
瀧涸れて日向に寒し山の不動尊
月近く覗いて寒し山の寺
何やらの足跡寒き廚かな
原荒れて明星寒し菎布の屋根
故里の入口寒し亂塔場
山寒し樵夫一人下りて行く
醉ざめの車に乘れば足寒し
我寒し君はた歸りきませとよ
いもくひながら四谷歸る夜の寒かりし
いも喰ひながら四谷戻る夜の寒かりし
追剥の出るか出るかと衿寒き
雲もなき不二見て寒し江戸の町
寒からう痒からう人に逢ひたからう
汐引いて棒杭寒き入江かな
堂寒し五百羅漢の眼の光
毒籠を靜めて淵の色寒し
人住まぬ別莊寒し樫木原
將門の都睨みし山寒し
御灯青く通夜の公卿衆の顏寒き
御船前に眞榊隱れ灯の寒き
御船前や眞榊隱れ灯の寒き
武藏野の明星寒し葱畑
召したまふ御聲もなくて寒き夜や
物部の手に劍寒し喪のしるし
雪の無き富士見て寒し江戸の町
赦されて囚人薄き衣寒し
犬吠えて夫呼び起す寒夜哉
寫し見る鏡中の人吾寒し
飼猿よこの頃木曾の月寒し
寒き夜を猶むつまじく契るべし
背戸寒く日本海に向ひけり
背戸の外は日本海の波寒し
亡き人のまほろし寒し化粧の間
松寒し樓門兀て矢大臣
牢を出て再び寒し娑婆の風
寒き日を穴八幡に上りけり
寒き夜の町の噂や箒星
寒き夜や妹か門邊の温飩賣
寒さうな外の草木やガラス窓
行き馴れし墓の小道や杉寒し
寒き夜の錢湯遠き場末哉
先生のお留守寒しや上根岸
泥舟の二つ竝んで川寒し
寒き夜や家に歸れば鮟鱇汁
清潭の居る山寒し獅子の声
籔ごしやはだか參りの鈴冴る
門付の三味遠き夜やかねさゆる
冴る夜や大星一つ流れ行く
裏山や月冴えて笹の音は何
鐘冴ゆる夜かゝげても灯の消んとす
琵琶冴えて星落來る臺哉
星冴えて篝火白き砦哉
借り家や冴ゆる夜近き汽車の音
冴ゆる夜や女ひそかに劍習ふ
女房泣く聲冴えて御所の夜更けたり
冴ゆる夜の北斗を焦す狼烟哉
諏訪の海不二の影より氷りけり
千足袋の其まゝ氷る株かな
夜嵐や網代に氷る星の影
蘆の根のしつかり氷る入江哉
染汁の紫こほる小川かな
染汁の紫氷る小溝かな
谷川の石も一つに氷りけり
ともし行く灯や凍らんと禰宜が袖
今年中氷りつきけり諏訪の舟
氷りけり諏訪の捨舟今年中
手凍えて筆動かず夜や更けぬらん
四辻や打水氷る朝日影
歌の濱も上野の嶋も氷りけり
靴凍てゝ墨塗るべくもあらぬ哉
凍る田や八郎稻荷本願寺
凍る手や栞の總の紅に
蒟蒻も舌も此夜を凍りけり
冷飯のこほりたるに茶をかけるべく
漏らさじと戀のしがらみ氷るらん
手凍えてしばしば筆の落んとす
袴著て手の凍えたる童哉
崩御遊ばさる其夜星落ち雲こほる
狼や睾丸凍る旅の人
凍え死ぬ人さへあるに猫の戀
土凍てゝ南天の實のこぼれけり
墨汁も筆も氷りぬ書を讀まん
枯菊や凍たる土に立ち盡す
凍えたる手をあぶりけり弟子大工
凍えたる指のしびれや凧の絲
精出せば氷る間も無し水車
土凍てし愛宕の山や吹さらし
星滿つる胡の空や角こほる
頬凍て子の歸り來る夕餉哉
道凍てはだし詣の通りけり
割下水きたなき水の氷りけり
凍てついて鼠に鳶の失敗す
凍筆をホヤにかざして焦しけり
日のあたる石にさはればつめたさよ
白石の墓もつめたき無縁哉
冬の夜や君が門べを幾もどり
冬の夜や星流れこむ海のはて
冬の夜の稻妻薄し星の中
冬の夜の更けてなゐふるともし哉
詩一章柿二顆冬の夜は更ぬ
冬の夜やいり物くふて詩會あり
人を噛む鼠出でけり夜半の冬
春待つや着物着たがる娘の子
春待つや小田の雁金首立てゝ
春を待つ雜煮をまつと人や思
春待つや只四五寸の梅の苗
春待つや椿の莟籠の鳥
春を待つ迄に我はや老いにけり
小説を草して獨り春を待つ
寒園に梅咲く春も待ちあへず
北窓に春まつ梅の老木哉
あかゞりや一寸われて春近し
ひもじさの餅にありつく睦月かな
ひもじさの餅にうれしき睦月哉
初霜や朝日を含む本願寺
初霜や兒の手柏のふたおもて
初霜や束ねよせたる菊の花
初霜に負けて倒れし菊の花
初霜や鏡にうつる鬢の上
明殘る月の光りかしものつや
幾霜に根をかため行小松哉
牛若の下駄の跡あり橋の霜
寒菊や霜の重みに倒れけん
緋の蕪にはかなき霜の命かな
繪のやうな紅葉ちる也霜の上
朝な朝な霜おく旅の紙衣哉
風吹てのら猫叫ぶ屋根の霜
風吹て蒲團に霜を置く夜哉
三條の霜に手をつく泪哉
霜ふんで鹿曉の山にたつ
雀とまる釣瓶の底や霜のあと
一むれの牛のあとあり橋の霜
故郷の霜の味見よ赤かぶら
古寺や百鬼夜行の霜のあと
いたいけに霜置く薔薇の莟哉
塩濱の霜かきならす朝日かな
霜の夜や赤子に似たる猫の声
南天をこぼさぬ霜の靜かさよ
旭のさすや紅うかぶ霜の富士
鵯の朝日に飛ぶや霜の原
兵營や霜に荒れたる國府の臺
ほつかりと日のあたりけり霜の塔
痩菊に霜置かぬ朝の曇りかな
蓬生や霜に崩るゝ古築地
猪のかき崩しけり霜の岨
曉や御庭の霜の捨篝
尼寺の錠かゝりけり門の霜
有明の霜まばらなり敷俵
薄赤う旭のあたりけり霜の不二
起せども腰が拔けたか霜の菊
きやべつ菜に横濱近し畑の霜
霜こほる焼刃を水の流れけり
鷄鳴くや月落ちかゝる橋の霜
鍋の霜日の短きも限りかな
橋の霜雀が下りても遊びけり
世の中を恨みつくして土の霜
赤い實の一つこぼれて霜の橋
赤き實の一つこぼれぬ霜の庭
兜脱げ酒ふるまはん鬢の箱
鴉鳴く四十九日や塚の霜
烏なく霜の野寺の明にけり
戀ひ死なばせめては塚の霜に訪へ
淋しげに霜の鳥居の立ち盡す
誰が家ぞ霜に折れたる萩芒
たが塚ぞ霜に伏したる八重葎
石蕗の葉の霜に尿する小僧哉
灯氷る杉の木立や路の霜
琵琶悲し一夜に寒き鬢の霜
夜嵐や吹き靜まつて蔦の霜
遼東の霜にちびたるひづめ哉
凱旋や天子見そなはす鬢の霜
酒さめて楓橋の夢霜の鐘
十萬の髑髏の夢や草の霜
霜に寐て案山子誰をか恨むらん
霜や深き大黒柱ひゞく音
住み荒れて雀來て寐る椽の霜
冬瓜や霜ふりかけし皮の色
渡し場や下駄はいてのる舟の霜
狼の糞あたゝかに寺の霜
狼の小便したり草の霜
法官や僻地に老いて髭の霜
藥草の花紫に霜白し
藥草の花紫に霜早し
亡き妻の四九日や墓の霜
加賀人が酢の塩梅や霜の蟹
加賀人が料りて見せつ霜の蟹
霜の蟹や玉壺の酒の底濁り
鳥にやる菜をむしりけり庭の霜
庭石や霜に鳥なく藪柑子
夜まわりの無情見えけり霜柱
隠れ家や未下りの霜柱
霜柱石燈籠は倒れけり
籾敷くや踏めば落ち込む霜柱
枯れ盡す菊の畠の霜柱
土ともに崩るゝ崕の霜柱
もろともに崩るゝ崖の霜柱
菊も刈り薄も刈りぬ霜柱
水仙は咲かでやみけり霜柱
人行かぬ北の家陰や霜柱
日のさゝぬ四角な庭や霜柱
梅龕の墓に花無し霜柱
蕾つく梅の苗木や霜柱
朝霜をおきあつめたる落葉哉
朝霜や藁家ばかりの村一つ
朝霜を洗ひ落せし冬菜哉
ほろほろと朝霜もゆる落葉哉
朝霜や青菜つみ出す三河嶋
朝霜の御茶の水河岸靜かなり
朝霜の帆綱に光る日の出かな
朝霜やいらかにつゞく安房の海
朝霜や江戸をはなれて空の不二
朝霜やかれかれ赤き蓼の花
朝霜や靜かに殘る竹の月
朝霜や雫したゝる塔の屋根
朝霜や雫流るゝぶりき屋根
朝霜や舟流したる橋の下
朝霜や屋根のつゞきの安房の海
熱帶の草しほれけり今朝の霜
帆まばらに富士高し朝の霜かすむ
饅頭の湯氣のいきりや霜の朝
麥の芽のほのかに青し朝の霜
麥の芽のほのかに青し霜の朝
朝霜に日の昇りたる城下かな
朝霜の藁屋の上や富士の雪
朝霜や鐘引き捨てし道の端
朝霜や猶青臭き莖菜桶
朝霜や不二を見に出る廊下口
きやべつ菜に横濱近し朝の霜
吾妹子が眉に置きけり朝の霜
咲かで枯れし薔薇の蕾や朝の霜
朝霜に青き物なき小庭哉
朝霜や大佛殿の鼻柱
親牛の子牛をねぶる霜夜哉
鐘つきの衣かたしく霜夜哉
ほんのりと茶の花くもる霜夜哉
牛小屋に牛のつぐなる霜夜哉
牛の子の鼻息白き霜夜哉
牛の子の鼻いき白し霜夜哉
肅々と馬に鞭うつ霜夜かな
橋渡る音や霜夜の御所車
辻堂に狐の寐たる霜夜かな
金岡の馬靜まりし霜夜哉
九つか霜夜の鐘に泣く女
犬の子を狸はぐゝむ霜夜かな
尿せしわらべを叱る霜夜哉
醉蟹の壺を伺ふ霜夜かな
不忍の鴨寐靜まる霜夜かな
家にまつ女房もなし冬の風
北風や芋屋の煙なびきあへず
北風に鍋燒温飩呼びかけたり
北風に鍋燒温泉呼びかけたり
北風に向いて堀端通りかな
北の窓日本海を塞ぎけり
凩に舞ひあがりたる落葉哉
凩や迷ひ子探す鉦の音
木枯に月も動くや波のかげ
木枯やあら緒くひこむ菅の笠
木枯や木はみな落ちて壁の骨
木枯や富士をめかけて舟一つ
凩に三味も枯木の一ツ哉
凩に尻をむけけり離れ鴛
凩にのつて虚空を行き給へ
木枯に鼻をとらるな京の人
凩にはひつくばるや土龜山
木枯に火影おそろしがらす窓
凩にもたれてはしる白帆哉
凩や岩につまづく波のおと
凩やいりあひくづす夕鴉
凩や追手も見えすはなれ馬
凩や枯色見する塔一つ
凩や京にそがひの家かまつ
凩や鐵となる吾妻橋
凩や虚空をかける氣車の音
凩や虚空をはしる氣車の音
木枯やさゝは餘計にゆれながら
木枯やしかみ付たるふしの雲
凩や自在に釜のきしる音
凩や船頭も見えずはしり船
凩やちぎつてすつるふじの雪
凩や刃物の疵のところどころ
凩や帽ひるがへる京の町
凩や夜着きて町を通る人
吹付てはては凩の雨もなし
凩に汽車かけり行く別れ哉
凩にのびる小松のきほひ哉
凩に吹き落されな馬の尻
凩にふとる莟や寒椿
凩の暮れかゝりけり鳰の海
凩の十日許りは休みけり
凩の吹けども吹けども柳かな
凩や淺間の煙吹ききつて
凩やいとまたまはる近衛兵
凩や入相ひゞく牛の角
凩や海を流るゝ隅田川
凩や木曾川落ちる夜の音
凩や木曾川落つる夜の音
凩や紅はげる妙義山
凩や十六七の尼の顏
凩や白菊痩せて庭の隅
凩や神馬の齒くきあらは也
凩や蝉も榮螺もから許り
凩や空ものすごき遠光り
凩や空よりかける十六騎
凩や血汐したゝる牛の股
凩や血にさびついた鼠罠
凩や新嶋守の立ち姿
凩や一かたまりの人の聲
凩や一むれさわぐわつはども
凩やほこり吹きゝる江戸の町
凩や星吹きこぼす海の上
凩や眞砂をふらす星月夜
凩や窓を開けば星の數
物は何凩の笠雪の簔
物は何凩の簔雪の笠
凩がいやとは餘り無分別
凩に大提灯の靜かさよ
凩に叫吽の獅子の搆へかな
凩に大佛暮るゝ上野かな
凩に吹かれて寒し鰒の面
凩に吹かれて來たか二人連
凩に吹かれに來たか二人連
凩によく聞けば千々の響き哉
凩の明家を猫のより處
凩の上野に近きいほりかな
凩の木の間木の間や二千場
凩の中より月の升りけり
凩ののぞくがらすや室の花
凩も負けて大鼓の木魂かな
凩も負て太鼓の會式かな
凩や海は虚空にひろがりて
凩や鐘撞く法師五六人
凩や木もなき山の堂一つ
凩や木立の奥の不二の山
凩や道哲の鉦打ちしきる
凩や波のほさきの走り舟
凩や晝は淋しき廓道
凩や葎を楯に家鴨二羽
凩や山突兀として松一木
凩や落書兀げる仁王門
すわ夜汽車凩山へ吹き返し
人去てあと凩の上野かな
から尻に凩あるゝ廣野哉
から尻に凩つよき廣野哉
凩に尖らぬ頭ぞなかりける
凩に向ふて登る峠かな
凩の馬吹き飛ばす廣野哉
凩の外は落葉の月夜哉
凩や犬吠え立つる外が濱
凩や海へ吹かるゝ人の聲
凩やがうがうとして瀧落つる
木枯やかちりついたる馬の鞍
凩や鐘引きすてし道の端
凩や君がまぼろし吹きちらす
凩や雲吹き落す海のはて
凩や鹿の餌賣れぬ豆腐殼
凩や十年賣れぬ古佛
凩や月の光りを吹き散らす
凩や胴の破れし太鼓橋
凩や鼠の腐る狐罠
凩や髯いかめしき騎馬の人
凩や船沈みたるあたりより
凩やものもうつらぬ窓の月
凩やよろよろ薄よろよろと
凩を空へ吹かせて谷の家
ひうひうと凩鳴るや庵の空
古御所や凩更けて笑ひ聲
うすものに吹く凩の風もなし
君が行くは凩吹かぬ處よな
君待つ夜また凩の雨になる
凩に笠押しむけていとま乞
凩の逆にまはるや水車
凩の草吹きわたる廣野哉
凩の草をふきゆく廣野哉
凩の淨林の釜恙なきや
凩の中に灯ともす都哉
凩の奈良に人なし鹿のむれ
凩や觀ずれば皆法の聲
凩やさかさに刎ねる水車
木枯やさめんとしては牛の夢
凩や禰宜歸り行く森の中
凩や野の宮荒れて犬くゞり
凩や燃えてころがる鉋屑
凩や我に向いて波立ちあがる
凩夜を荒れて虚空火を見る浅間山
四絃迫れば凩さつと燭を吹く
椎の木に凩強し十二月
琵琶迫れば凩さつと燭を吹く
凩に誤つて火を失す後陣哉
凩の北に國なし日本海
凩の寺は釣鐘一つなり
凩や芭蕉の緑吹き盡す
凩や松葉吹き散る能舞臺
凩に三河島菜の葉張りかな
凩の吹くや泡なき蟹の口
凩や鰯乏しき鰯網
凩や暖室の花紅に
凩や燈爐にいもを燒く夜半
凩や麓の方に鍛冶の音
凩や病の舌に梨の味
木枯の茶堂人無き埃かな
木枯や石引き入るゝ庭普請
木枯や落ちなんとする岩に堂
木枯や皆からびたる力餅
木枯や紫摧け紅敗れ
いろいろの時雨は過ぎて冬の雨
米つきの裸あはれや冬の雨
聲氷る庭の小鳥や寒の雨
冬の雨米つきの裸あはれなり
古濠やだらりだらりと冬の雨
古濠やぢやらりぢやらりと冬の雨
廢朝や馬も通らず寒の雨
空合や隅田の時雨不二の雪
アメリカも共にしぐれん海の音
海と山しくるゝ音や前うしろ
五百年の夢をさまして小夜しくれ
鴫も居らず鴫立つ澤の初時雨
時雨るゝや海と空とのあはひより
しぐれきてはては松風海の音
しぐれせぬ處はあらずはりま灘
四國路へわたる時雨や播磨灘
染返す時雨時雨のもみぢ哉
有明を小窓ひとつに時雨けり
だんだんに燈のほそりけりさよ時雨
あたらしき火のとほりけり初時雨
いつからを時雨といはん太陽暦
いつしかに桑の葉黒し初しくれ
色里や時雨きかぬも三年ごし
薄暗し不二の裏行初しくれ
内川や外川かけて夕しぐれ
馬糞のからびぬはなしむら時雨
面白やふじにとりつく幾時雨
買ふてくる釣瓶の底やはつしくれ
からかさを千鳥はしるや小夜時雨
時雨るゝや筧を傳ふ山の雲
しくるゝや弘法死して一千年
時雨るゝや灯火にはねる家根のもり
しぐるゝやともしにはねるやねのもり
時雨るゝや紅葉を持たぬ寺もなし
時雨るゝや横にならびし岨の松
時雨來る雲の上なりふしの雪
しぐれずに空行く風や神送
時雨より外の誠や乕の雨
四方より釣鐘なぶるしぐれ哉
浄林の釜にむかしを時雨けり
順禮の數珠もんで行く時雨哉
新宿に荷馬ならぶや夕時雨
新聞で見るや故郷の初しくれ
旅人の京に入る日や初時雨
旅人の京に入る夜や初時雨
旅人の京へ入る日や初時雨
爪琴の下手を上手にしぐれけり
ほろ醉の端唄なまるや小夜時雨
三日月を時雨てゐるや沖の隅
三日頃の月をしくるゝや沖の隅
三日月をしぐるゝ雲や沖の隅
湯のたぎる家のぐるりを時雨けり
世の中の誠を不二に時雨けり
浪人を一夜にふるす時雨哉
生憎に烏も見えす初しくれ
灯かすかに沖は時雨の波の音
あかるみの松にのぼるや小夜しくれ
穴熊の耳にしぐるゝ夕哉
逢阪の上に行きあふしくれ哉
あぶらやにふらずもがなのしくれ哉
有明の又しくれけり一くらみ
醫者が來て發句よむ也初しくれ
磯しくれ花も紅葉もなかりけり
一村は籾すりやんで夕しぐれ
路次口に油こほしぬ初しくれ
いろいろの戀をしくるゝ嵯峨野哉
鶯のお宿尋ねん初しくれ
鶯のかくれ家見えて初しくれ
牛車歸る大津のしくれ哉
牛つなぐ酒屋の門のしくれ哉
牛つんで渡る小船や夕しくれ
牛に乘て矢橋へこえん初しくれ
牛の尾に壁のやぶれをしくれけり
牛の尾もぬらす名所のしくれ哉
牛一つ見えてしぐるゝ尾上哉
牛むれて歸る小村のしくれ哉
薄墨にしくるゝ山の姿哉
うちまぎれ行くや松風小夜しくれ
運慶か仁王の腕にしくれけり
落付て眞直にふるしくれ哉
大江山鬼の角よりしくれける
面白や垣結ふ人に初時雨
蠣殼の屋根に泣く夜や初しくれ
かけ橋や笠の端めぐる時雨雲
傘提げてこゝにも一人時雨待つ
傘提げて只しぐれ待つ思ひあり
笠塚に笠のいはれをしくれけり
風吹て湖水をめぐる時雨哉
風渡る大竹藪の時雨哉
歸り花それも浮世のしくれ哉
枯蓮のいかに枯れよとしぐるらん
含滿や時雨の狸石地藏
きそひ打つ五山の鐘や夕しくれ
狐火は消えて野寺の朝しくれ
首立てゝ家鴨つれたつしくれ哉
恠談の蝋燭青し小夜しくれ
廻廊に燈籠の星や小夜しくれ
傾城のうそも上手にさよしくれ
御遷宮一月こえてしくれ哉
酒の荷のまつほと匂ふしくれ哉
小夜しくれ小鴨のさわぐ入江哉
小夜しくれとのゐ申の聲遠し
猿一つ蔦にすがりてしくれけり
しぐるゝと人はいるなり寐惚顔
しくるゝや藜の杖のそまる迄
しくるゝや東へ下る白拍子
しくるゝやいつこの御所の牛車
しくるゝやいつまで赤き烏瓜
しくるゝや石にこぼるゝ青松葉
しくるゝや妹がりはいる蛇の目傘
しくるゝや芋堀るあとの溜り水
しくるゝや刀引きぬく居合拔
しくるゝや祗園清水智恩院
しくるゝや熊の手のひら煮る音
しくるゝや胡弓もしらぬ坊か妻
しくるゝや雀のさわぐ八重葎
しくるゝや旅人細き大井川
しくるゝや局隣も草雙紙
しぐるゝや隣の家に運座あり
時雨るゝや灘の嵐の波かしら
しくるゝや奈良は千年二千年
しくるゝや檐より落つる枯あやめ
しくるゝや古き都の白牡丹
しぐるゝや平家にならぶ太平記
しくるゝや松原通る馬の鈴
しくるゝや昔の夢を花の下
しくるゝや空しくこゝに二百年
しくるゝや物書く筆の薄にじみ
しくるゝや山こす小鳥幾百羽
しくるゝや夕日の動く西の空
しくるゝや芳野の山の歸り花
しくれけり梢に夕日持ちながら
しくれけり菎蒻玉の一むしろ
しくれして鎧の袖の曇り哉
しくれすに歸る山路や馬の沓
しくれたる人の咄や四疊半
しくれては熊野を出る烏哉
しくれとも雪ともしらす走り雲
しぐれなとあれよ餘りに静かなり
七湯の軒に雲おくしくれ哉
十萬戸煙ののぼるしくれ哉
白砂の山もあるのにしくれ哉
水仙は垣根に青し初しくれ
杉なりの俵の山をしくれけり
杉の葉もしくれて立てり繩簾
背戸あけて家鴨よびこむしくれ哉
千軍萬馬ひつそりとして小夜しくれ
膳まはり物淋しさよ夕しくれ
宗鑑が粥煮るけさのしくれ哉
宗祇去り芭蕉歿して幾時雨
宗匠に善きはあらじ初しくれ
宗匠の四國へ渡るしくれ哉
空に飛ぶ山や時雨の來りけり
大夫にもならで此松しくれけり
蛸の手の切口見えて夕しくれ
縦横に絲瓜一つをしくれけり
塔高し時雨の空の天王寺
唾壺をたゝく隣や小夜しくれ
定に入僧のあるらん小夜しくれ
月花の愚をしくれけり二百年
月一つ忘れて湖のしくれ哉
月見えてうそや誠のしくれ哉
つくは山かのもこのものしくれ哉
寺あれば紅葉もありてむら時雨
出女の聲にふり出す時雨かな
遠巻の篝火消て小夜しくれ
遠山を二つに分けて日と時雨
名所は古人の歌にしくれけり
泪しぐるゝや色にいでにけり我戀は
奈良千年伽藍伽藍の時雨哉
主は駕籠家隷の袖にしぐれけり
ぬれながら人ものいはず横時雨
化物も淋しかるらん小夜しくれ
箱庭の寸馬豆人をしくれけり
初しぐれ都の友へ状を書く
初しくれ夜船にのりし女哉
花火して時雨の雲のうつり哉
花も昔月の昔としくれけり
比枝の雲夜はしぐるゝともし哉
比枝一つ京と近江のしくれ哉
一しくれ京をはつれて通りけり
人しのぶみこしの松のしくれ哉
琵琶の音にさそひ出しけり小夜しくれ
晝中のあからあからとしくれけり
伏勢の藪に顔出すしくれ哉
富士を出て箱根をつたふ時雨哉
舟つなぐ百本杭のしくれ哉
舟一つ遠州灘のしくれ哉
ふりかへて我身の上のしくれ哉
古池やしくるゝ音の夜もすから
古寺や鼬の顔にしくれけり
露店の大傘や夕しくれ
榾くべて法師もてなすしくれ哉
頬あてや横にしぐるゝ舟の中
蒔砂に箒の波や初しくれ
松風に筧の音もしくれけり
松か岡香の烟にしくれけり
待つにあらず待たぬでもなし初時雨
松葉しく茶の湯の庭の初しくれ
窓推すや時雨ながらの夕月夜
迷ひ出る時雨の雲や關か原
みぞれともならで越路のしくれ哉
湖に月をおとすやむらしくれ
湖や底にしくるゝ星の數
身にしれと紙衣の穴をしくれけり
簔笠に狂ひいでけり初しくれ
簑笠に狂ひ出でたり初時雨
身ぶるひやけふもをくらき時雨雲
木兎は淋しき晝のしくれ哉
武藏野や夕日の筑波しくれ不二
名木の紅梅老て初しくれ
目覺むれは猶降つてゐるしくれ哉
もの凄き鳥なく山のしくれ哉
谷中には新墓多し初しくれ
山城のしくれて明る彦根哉
山鳥の尾を垂れてゐるしくれ哉
夕月のおもて過行しくれ哉
義仲を梦見る木曾のしくれ哉
路次口に油こぼすや初しくれ
井戸堀の裸しくるゝ焚火哉
猪の岩鼻はしるしくれ哉
繪馬堂の彩色はげて初しくれ
繪馬堂や彩色兀て初しくれ
桶の蓋とればしくるゝ豆腐哉
寺もなき鐘つき堂の時雨かな
牛のせて渡る小舟や夕しくれ
しぐれうとうとして暮れにけり
曙をしくれて居るや安房の山
幾時雨石山の石に苔もなし
掛稻にしくるゝ山の小村かな
金杉や相合傘の初時雨
此頃はどこの時雨に泣いて居る
菎蒻にしぐれ初めけり笊の中
しくるゝや鶏頭黒く菊白し
しくるゝや何を湯出鱆色に出る
しくるゝや岬をめぐる船の笛
しくれけり豆腐買ひけり晴れにけり
しぐれしか裏の竹山旭さす
時雨にもあはず三度の酉の市
十月や十日も過ぎて初時雨
竹藪を出れば嵯峨なり夕時雨
手拭の妙法講をしくれけり
なき人のまことを今日にしくれけり
帆柱に月持ちながら時雨かな
山崎や時雨の月の朝朗
山里や嫁入しぐるゝ馬の上
山の端や月にしぐるゝ須磨の浦
夕日照る時雨の森の銀杏かな
いつの間に星なくなつて時雨哉
傾ける傘の裏行く時雨かな
汽車此夜不二足柄としぐれけり
京さして山の時雨の迷ひ雲
傾城の外はしくるゝとも知らず
傾城は知らじ三夜さのむら時雨
傾城やしくれふるとも知らで寐る
劍に舞へばさつとしぐるゝ砦かな
五六艘五平太船のしぐれけり
しぐるとも御笠參らすよしもなし
しくるるや上野谷中の杉木立
しくるゝや紅薄き薔薇の花
しくるゝや腰湯ぬるみて雁の声
しぐるゝや寫本の上に雨のしみ
しくるゝや隣の小松庵の菊
しぐるゝや右は龜山星か岡
しぐるれど御笠參らすよしもなし
しくれけり月代已に杉の上
しくれつゝも菊健在也我宿は
塩鯛の塩ほろほろと時雨かな
島守のあらめの衣しぐれけり
上人を戴する舟ありむら時雨
白菊の少しあからむ時雨哉
新發智の青き頭を初時雨
大佛の鐘が鳴るなり小夜時雨
大名の柩ぬれたる時雨哉
旅僧の牛に乘つたる時雨哉
旅人の牛にのつたる時雨哉
旅人や橋にしぐるゝ馬の上
提灯の見えつかくれつしぐれけり
月出るやしぐるゝ雲の裏手より
月やうそ嵐やまこと初時雨
土佐の海南もなしにしぐれけり
土佐の國南もなしにしぐれけり
鷄の子の草原あさる時雨哉
橋は夕日竹屋の渡ししぐれけり
初しぐれ君が病ひのまじなひに
花賣の片荷しぐれて歸りけり
盤渉にしぐるゝ須磨の板屋哉
盤渉にしぐるゝ須磨の夕哉
ひつじ田に三畝の緑をしぐれけり
火ともしの火ともしかねつむら時雨
三井寺に颯と湖水の時雨哉
大和路は時雨ふるらし氣車の覆
山本の里と申して初時雨
行きつかぬうちにしぐるゝ矢走哉
吉原や晝のやうなる小夜時雨
老いぼれしくひつき犬をしぐれけり
大牛の路に塞がる時雨哉
樫の木に時雨鳴くなり谷の坊
樫の木に時雨鳴るなり谷の坊
烏鳶をかへり見て曰くしぐれんか
枯枝に鳶と烏の時雨哉
きぬぎぬを引きとめられてしぐれけり
鷄頭を伐るにものうし初時雨
戀ともなしくれそめたる袂哉
西行も虎もしぐれておはしけり
さうさうとしぐるゝ音や四つの絲
小夜時雨上野を虚子の來つゝあらん
しぐるゝや蒟蒻冷えて臍の上
しぐるゝや殘燈かすかに詩仙臺
しくるゝや妻、子を負ふて車推す
しぐるゝや日暮るや塔は見せながら
しぐるゝやむれて押あふ桶の鮒
しくれしてねぢけぬ菊の枝もなし
杉の空しぐるゝ駕の見えて行
砂川の時雨吸こんで水もなし
砂原の時雨吸いこんて水もなし
禪寺のつくづく古き時雨哉
土山や小浪が笠にしぐれふる
吊柿の二筋三筋しぐれけり
ともし火の一つ殘りて小夜時雨
野の中やひとりしぐるゝ石地藏
掃溜に青菜の屑をしぐれけり
初時雨木もりのかぶす腐りけり
原中や夕日さしつゝむら時雨
夕烏一羽おくれてしぐれけり
世の中はしぐるゝに君も痩せつらん
時雨に遠く小春に近く秋晴れぬ
辨當提げて役所を出れば夕時雨
松にしぐれ杉に鳶鳴く夕日哉
門とざす狸横町の時雨哉
追立つるかたはの馬や夕時雨
返り咲く花何々ぞ初時雨
鷄頭の黒きにそゝぐ時雨かな
干柿の二筋三筋しくれけり
傘曲る喰物横町小夜時雨
旅衣不破の時雨にぬらしけり
歌詠んで又泣きたまふ時雨哉
鷄頭の狼藉として時雨哉
鷄頭やこたへこたへて幾時雨
山下りて雪は霙と變りけり
半分はみぞれて行くや唐子山
みぞるゝやふけて冬田の薄明り
みそるゝやふけて水田の薄明り
大船の階子をあげる霙かな
獺の橋杭つたふミぞれ哉
人もなし黒木の鳥居霙ふる
うつくしき霙ふる也電氣燈
涸れ沼の泥にみぞるゝ夕かな
みぞるゝや水道橋の薪舟
霙にもなりぬべらなり宵の雨
棕櫚の葉のばさりばさりとみぞれけり
棕梠の葉にばさりばさりとみぞれけり
さげて行く鍋へ打ち込む霰哉
板屋根に眠りをさます霰かな
順禮の笠を霰のはしりかな
青竹をつたふ霰のすべり哉
うらなひの鬚にうちこむ霰哉
門附の編笠しをるあられ哉
かるさうに提げゆく鍋の霰哉
呉竹の奥に音あるあられ哉
瀧壺の渦にはねこむ霰哉
夜廻りの木に打ちこみし霰哉
夜廻りの鐵棒はしる霰哉
有明の霰ふるなり本願寺
風吹て霰空虚にほどばしる
かたかたは霰ふるなり鳰の月
呉竹の名に音たてゝ霰哉
柴漬になぐりこんたる霰哉
大佛のからからと鳴る霰哉
竹垣の外へころげる霰かな
陣笠のそりや狂はん玉霰
燈心のたばにこぼさぬ霰かな
何段に杉の木陰のあられ哉
一しきり霰のふりてしくれ哉
藻汐草かきあつめたる霰哉
りきむ程猶はね返す霰かな
りきむ程猶はね返る霰哉
板塀によりもつかれぬ霰かな
賣れ殘る炭をおろせば霰かな
大粒の霰降るなり石疊
甲板に霰の音の暗さかな
呉竹の横町狹き霰かな
竹買ふて裏河岸戻る霰かな
八陣の石崩れたる霰哉
八陣の石は崩れてあられ哉
降る程の霰隱れて小石原
星暗く霰うつなり小野木笠
曉の霰のたまるおとし穴
逢阪や霰たばしる牛の角
石橋の上にたまらぬ霰哉
岩關の岩にけし飛ぶ霰哉
大粒な霰ふるなり薄氷
すさましや霰ふりこむ鳰の海
捨橋の中にたばしる霰哉
捨舟の中にたばしる霰かな
蕎麥の雪棉の霰はまばらなり
大佛のまじろきもせぬ霰哉
旅僧の笠破れたる霰哉
薙刀を車輪にまはす霰哉
炮烙に豆のはぢきや玉あられ
古塀の終に倒るゝ霰かな
ものすごき音や霰の雲ばなれ
猪の人をかけたる霰かな
霰笠を打つてすくはる小順禮
音のして霰も見えず藪の中
音のして藁火に消ゆる霰哉
四絃一齋霰たばしる疊かな
竹賣の通りかゝりし霰哉
竹藪に伏勢起る霰かな
時々に霰となつて風強し
鍋焼きの行燈を打つ霰かな
はらはらと音して月の霰哉
帆柱や大きな月にふる霰
湖の氷にはぢく霰哉
槍持の横つらを打つ霰哉
藁灰にまぶれてしまふ霰かな
霰やんで笠ぬげば月空に在り
から城に鵲さわぐ霰かな
口こはき馬に乘たる霰哉
城門の釘大いなる霰哉
鶴の巣を傾けてふる霰哉
筆に聲あり霰の竹を打つ如し
木兎の鳴きやむ杉の霰哉
鷲の子の兎をつかむ霰かな
犬吠ゆる白虎山下の霰かな
魚棚に鮫竝べたる霰かな
霜よけの俵破れし霰かな
初雪やかくれおほせぬ馬の糞
初雪や椽へもて出る置こたつ
初雪や窓あけてしめあけてしめ
誰かある初雪の深さ見て参れ
初雪の重さ加減やこもの上
初雪の瓦屋よりも藁屋哉
初雪や輕くふりまく茶の木原
初雪や奇麗に笹の五六枚
初雪や小鳥のつゝく石燈籠
初雪や我子に簔と笠きせて
初雪をふるへばみのゝ雫かな
初雪によしや女の雪丸げ
初雪のふるとは見えてつみもせず
初雪や靴門内に入るべからず
初雪や靴門内へ入るべからず
初雪や畑より歸る牛の角
初雪や半分氷る諏訪の海
初雪や百本杭の杭の杭のさき
初雪やふじの山よりたゞの山
初雪を獨り物にせん草の庵
灰すてゝ日に初雪の待たれけり
入船の初雪載せて來るかな
入舟や何處の初雪載せて來る
海の上に初雪白し大鳥居
海の中に初雪積みぬ大鳥居
紙漉や初雪ちらりちらり降る
錦帶橋長し初雪降り足らず
初雪に祇園清水あらはれぬ
初雪の藍にも染まであはれなり
初雪の奇麗になりぬ大江山
初雪の下に火を焚く小舟かな
初雪の中に光るや金の鯱
初雪の流れて青し朝日川
初雪の中を淀川流れけり
初雪や秋葉の山も千代川も
初雪やあちらこちらの寺の屋根
初雪や異人ばかりの靴の跡
初雪や伊豫のお鼻は十八里
初雪や海を隔てゝ何處の山
初雪や鴉の羽に消えて行く
初雪や唐人の歌女郎の歌
初雪や雀よろこぶ手水鉢
初雪や百萬石の城の跡
初雪や丸藥程にまろめける
見渡せば初雪つもる四里四方
見渡せば初雪ふりぬ四里四方
歸るさや初雪やんで十日月
初雪の大雪になるそ口をしき
初雪のはらりと降りし小不二哉
初雪や橋の擬玉珠に鳴く鴉
ちらちらと初雪ふりぬ波の上
初雪の年の内にはふらざりし
白猫の行衞わからず雪の朝
なつかしや雪の傘にてかくす顏
雪ふりや棟の白猫聲はかり
積みあまる富士の雪降る都かな
雪箱をこやしに生る小松かな
雪の跡さては酒屋か豆腐屋か
雪のある山も見えけり上り阪
折々は窓に聲あり夜の雪
大雪やあちらこちらに富士いくつ
大雪や玉のふしどに猪こゞへ
銀世界すんでそろそろ泥世界
白雪の中に音ある流れかな
白雪をつんで小舟の流れけり
竹の雪ふるひ落すやむら雀
ふんで行く東方朔の雪のあと
豐年のみつぎの雪か銀世界
雪の日や枯れ木も花の一盛り
雪ふりや源左衞門は大もうけ
鴛鴦ばかりあたゝかさうや雪の中
枯あしの雪をこほすやをしのはね
笹の葉のみだれ具合や雪模様
しばらくは笹も動かず雪模様
明石から雪にくれ行淡路嶋
赤煉瓦雪にならびし日比谷哉
曙や都うもれて雪の底
一里きて酒屋でふるふみのゝゆき
狂ひ來たきほひ殘るや木々の雪
くれ竹の力押えて雪重し
くれ竹の雪ひつかつき伏しにけり
此日哉雪にくれ行淡路嶋
小娘にさしかけやらん雪の傘
さらさらと竹に音あり夜の雪
靜かさや雪にくれ行く淡路嶋
白雪におされて月のぼやけ哉
白きもの又常盤なりふじの雪
炭賣の門くゞりけり雪の朝
せかせかとたゝけば崩る門の雪
關守の雪に火を焼く鈴鹿哉
第一ハ雪なり第二巨燵なり
高繩や雪ある山は教へよき
竹折れる音の深さやよるの雪
とんとんと叩けハ崩る門の雪
馬車かへるあと靜かなり御所の雪
母樣に見よとて晴れしふじの雪
一ツ葉の手柄見せけり雪の朝
灯の青うすいて家あり藪の雪
灯の青うすいて奧あり藪の雪
吹きつけたきほひのこるや木々の雪
鰒釣や沖はあやしき雪模様
ふらばふれ雪に鈴鹿の關こえん
むつかしき姿も見えず雪の松
雪空や藁火に竹のはしる音
雪に穴を失ふて熊の聲悲し
雪の脚寶永山へかゝりけり
雪の跡一筋長し若菜摘
雪の中うたひに似たる翁哉
雪の日や白帆きたなき淡路島
雪の山大海原をかこみけり
雪の夜や簔の人行く遠明り
猪の雪につまづく木の根かな
有明に雪つむ四絛五絛かな
青みけり八千八水雪の中
うき出るや一夜に雪の千松嶋
馬の尻雪吹きつけてあはれなり
裏窓の雪に顏出す女かな
面白や家はやかれて雪の旅
面白やかさなりあふて雪の傘
風少しそふて雪ふるさかり哉
風吹て雪なき空のもの凄し
黒々と雪に影あり松の月
傾城曰く歸らしやんすか此雪に
これにさへ雪はつもりぬさし柳
嶋の雪辨天堂の破風赤し
白雪の筆捨山に墨つけん
杉の雪一町奧に仁王門
炭賣や深山の雪もつけて來る
わびしさや圍爐裏に煮える榾の雪
あら笑止や又雪のふりかゝり舟
宇治川や雪の夜明の下り舟
炭竈の煙にそまの雪の袖
炭かまの雪にうもれぬ烟かな
製紙場の雪にうもれぬ烟かな
竹折れて雪は隣へこほしけり
ちろちろと夕餉たく火や苫の雪
苫舟に煙立ちけり雪の朝
寐ころんで牛も雪待つけしき哉
灯ちらちら木の間に雪の家一つ
火やほしき漁村の雪に鳴く千鳥
富士ひとりめづらしからず雪の中
筆買ひにとて雪ふんで十二町
松杉の上野は黒し雪の中
松の雪ほたりほたりとをしい事
松原の見こしに白し雪の山
簔笠に雪待ち顏の案山子哉
目をくばる雪のあしたや海の色
屋根の雪鴉の嘴のみじかさよ
雪の跡木履草鞋の別れかな
雪の中へ車推し出す御公家町
雪の野にところところの藁屋哉
雪の日や海の上行く鷺一羽
雪の門叩けば酒の匂ひけり
雪晴れて筑波我を去ること三尺
雪見るや金をまうける道すがら
雪やあらぬ海の上行く鷺一羽
我庵のものぞ上野の杉の雪
惜い事降る程消えて海の雪
富士ひとりめづらしからず雪の朝
むつかしき姿もなしに雪の松
有明の雪の清水灯殘れり
一村は雪にうもれて煙かな
鐘撞いて雪になりけり三井の雲
上州の山に雪見るあしたかな
新庭やほつちり高き雪の笹
千年の大寺一つ雪野かな
筑波嶺の雪にかゝやく朝日かな
寺一つむつくりとして雪の原
日あたりや雀の崩す檐の雪
引汐や薄雪つもる沖の石
雪の跡人別れしと見ゆるかな
雪の富士五重の塔のさはりけり
雪の山壁の崩れに見ゆる哉
雪や來ん衞士の篝火影さわぐ
夜の雪杉の木の間の伽藍哉
學寮へつゞくや雪の道一つ
金殿のともし火細し夜の雪
くるりくるり丸木の舟の雪もなし
白雪の下に灯ともす木曾路かな
杉垣の上に雪持つ小家哉
杉垣の上に雪もつ小寺かな
大佛の片肌雪に解けにけり
大佛の片肌雪の解けにけり
高繩と知られて雪の尾上哉
竹藪の梢に遠し雪の山
辻堂に火を焚く僧や夜の雪
つらなりていくつも丸し雪の岡
二三尺雪積む野邊の地藏哉
庭の雪見るや厠の行き戻り
兀山の雪にもならであはれなり
春は芽ばれ薪にきらん雪の梅
古關や雪にうもれて鹿の聲
古庭の雪間をはしる鼬かな
松の雪見るや厠の行き戻り
松の雪われて落ちけり水の中
武藏野やあちらこちらの雪の山
山里や雪積む下の水の音
雪雲の空にたゞよふ裾野哉
雪空の一隅赤き入日かな
雪積むや次第下りの屋根續き
雪ながら氷る小道や星月夜
雪ながら山紫の夕かな
雪の旅おもしろからんさりながら
夜の雪やしきりに叩く医者が門
夜の雪やせわしく叩く醫者の門
いくたびも雪の深さを尋ねけり
市中や雪ちらちらと晝嵐
うつむいて谷みる熊や雪の岩
湖青し雪の山々鴉飛ぶ
えいえいと攻め寄る雪の砦かな
大雪の上にぽっかり朝日かな
大雪や關所にかゝる五六人
合羽つゞく雪の夕の石部驛
刈り殘す薄の株の雪高し
勘當の子を思ひ出す夜の雪
五六人熊擔ひ來る雪の森
聲悲し鴉の腹に雪を吹く
障子明けよ上野の雪を一目見ん
杉垣の上から雪の上野哉
仲町や禿もまじり雪掻す
南天に雪吹きつけて雀鳴く
念入れて雪の積みたる伏籠哉
走り來る禿に聞けば夜の雪
一つ家のともし火低し雪の原
灯のともる東照宮や杉の雪
風雪を吹きつけて馬逡巡す
不盡の山雪盛り上げし姿哉
ふりやむや雪に灯ともる峰の寺
古園や桃も李も雪の花
古庭の雪に見出す葵哉
濠と共に曲がりて長し雪の松
水涸れて雪つもりたる筧哉
水汲むや雪の合羽の女とは
簔はあれど笠はあれど雪にわれ病めり
莚帆に雪積む利根の夜明哉
雪皚々王城の松美なる哉
雪三尺王城の松美なる哉
雪ながら竹垂れかゝる手水鉢
雪の家に寐て居ると思ふ許りにて
雪の夜や隅田の渡し舟はあれど
雪ふるよ障子の穴を見てあれば
雪女旅人雪に埋れけり
夜明からふれども雪の積まぬげな
吉原や眼にあまりたる雪の不盡
夜の雪やどこ迄小き足の跡
夜の雪辻堂に寐て美女を夢む
浪人の赤子かゝへて夜の雪
鴛鴦の羽に薄雪つもる靜さよ
狼のちらと見えけり雪の山
狼の見えて隱れぬ雪の山
狼の吾を見て居る雪の岨
大雪になるや夜討も遂に來ず
大雪や狼人に近く鳴く
黒き旗に雪ふりかゝり人稀也
靜かさに雪積りけり三四尺
ちらちらと障子の穴に見ゆる雪
ちらちらと雪になりしか又止みぬ
二三人火を焚く雪の木の間哉
舟呼べば答あり待てば雪ちらちら
水鉢や雀噛みあふ雪の竹
雪此夜積まんといひて寐ぬる哉
雪こよひ積まんといひて寐ぬる哉
雪となり雨となり旗半ばなり
雪に明けて星のあたりや君か馬
雪にくれて狼の聲近くなる
雪をささぐ蓮花一千四百丈
居つゞけに禿は雪の兎かな
井戸端や水汲む女雪をかこつ
案内乞ふ合羽の雪や知らぬ人
逢ふ人の皆大雪と申しけり
大雪の鴉も飛ばぬ野山哉
隱れ住む古主を訪ふや雪の村
瓦斯燈や柳につもる夜の雪
風そふて木の雪落る夜半の音
松明に雪のちらつく山路かな
亡き妻を夢に見る夜や雪五尺
蓑笠や小門を出づる雪の人
雪深し熊を誘ふおとしあな
遼東の雪に馴れたる軍馬哉
移徙やきのふ植ゑたる松の雪
藁頭巾の雪ふるふたる戸口哉
空城や篝もたかぬ夜の雪
足跡の盡きし戸口や雪の原
足跡の盡きし小家や雪の原
牛部屋に顔出す牛や雪の朝
梅探る吾妻の森や雪深き
大雪や石垣長き淀の城
背戸の雪水汲む道は絶にけり
掃溜や今物捨し雪の上
松島や小き島の松に雪
井戸端に雪語り居る朝日哉
井戸端の雪皆掻てしまひけり
井戸端や鍋も盥も雪の上
雁なくや小窓にやみの雪明り
我菴や上野をかざす雪明り
むく方へ風のもてくる吹雪かな
こしかたも行くへもわかぬ吹雪哉
寒からん不盡の隣の一吹雪
一叟の小舟にあまる吹雪哉
禪寺や吹雪くる夜を納豆打
興居嶋へ魚舟いそぐ吹雪哉
子をかばふ鶴たちまどふ吹雪哉
酒かひのあぜ道さがす吹雪哉
十一騎面もふらぬ吹雪かな
菅笠の裏にもつもる吹雪かな
すじかへに不二の山から雪吹哉
高城の石かけ畫がく吹雪哉
浪ぎははさらに横ふくふゞき哉
不盡山をひねもすめくる吹雪哉
吹雪來んとして鐘冴ゆる嵐哉
兩院へ車分れる吹雪哉
猪の岩ふみはづす吹雪哉
猪の牙ふりたてる吹雪哉
あら鷹の眼血ばしる吹雪かな
椽側になくや吹雪のむら雀
おし力もたれ力の吹雪かな
輿のひまに袖あて給ふ吹雪哉
通天の橋裏白きふゝき哉
ともし火を中にあら野の吹雪哉
平然と牛歸りくる吹雪哉
大船の空にまかるゝ吹雪哉
蛸隱す夜の吹雪の小簔かな
うしろ向て塔見あげたる吹雪哉
音もせずなりぬ吹雪の馬の鈴
阪道や吹雪に下る四手駕
峠より人の下り來る吹雪哉
吹き亂す吹雪の鷹の鈴暮れたり
むり向いて塔見あげたる吹雪哉
町近く來るや吹雪の鹿一つ
町近く來るよ吹雪の鹿一つ
惱み伏す主をはげます吹雪哉
町に入る吹雪の簔や旅の人
武藏野も空も一つに吹雪哉
病む人に戸あけて見する吹雪哉
うすうすとうつる朝日や初氷
馬渡るかたや湖水の初氷
田鼠のはしる音あり初氷
諏訪の神の狐と現じ初氷
もてなしハあつからすこの氷かな
もてなしは薄くてあつき氷かな
濁り井の氷に泥はなかりけり
角池の四隅に殘る氷かな
水鉢にしかみついたる氷かな
飯粒の板にひゝつく氷哉
浮くや金魚唐紅の薄氷
恐ろしき鴉の觜や厚氷
鴨あるく池一はいの氷かな
さびを聞け氷を叩く竹柄杓
白鷺の片足あげる氷哉
諏訪の海女もわたる氷哉
水鉢の氷をたゝく擂木哉
大船や動けばわれる薄氷
獺の橋杭つたふ氷哉
聞き送る君が下駄遠き氷かな
金魚死して涸れ殘る水の氷哉
さゆる夜の氷をはしる礫かな
不忍に朝日かゝやく氷かな
竹竿や妹が掛けたる氷面鏡
檐下や金魚の池の薄氷
果も見えず氷を走る礫かな
古沼の境もなしに氷かな
古沼の水田つゞきに氷かな
曉の氷すり碎く硯かな
崖道を氷室へはこぶ氷哉
獺の橋裏わたる氷かな
刈株に水をはなるゝ氷かな
漕川に竹垂れかゝる氷かな
小夜更けて氷を叩く隣かな
小夜更て氷を叩く月夜哉
しんとして榛名の池の氷哉
鶺鴒の刈株つたふ氷かな
兀山をめぐらす浦の氷哉
はりはりと白水落つる氷かな
人住まぬ屋敷の池の氷かな
ひゞわれる音や旭のさす田の氷
古濠の小鴨も居らぬ氷かな
溝川に竹垂れかゝる氷かな
水鳥の小舟に上る氷かな
上げ汐の氷にのぼる夜明哉
裏不二の小さく見ゆる氷哉
枯菰折れも盡さで氷哉
氷伐る人かしがまし朝嵐
汐落ちて氷の高き渚哉
汐落ちてみを杭高き氷哉
沼の隅に枯蘆殘る氷哉
日かゝやく諏訪の氷の人馬哉
水鳥の浮木に竝ぶ氷哉
森の中に池あり氷厚き哉
山陰に日のさゝぬ池の氷哉
透き通る氷の中の紅葉哉
潮流の北より來たる氷哉
東臺の松杉青き氷哉
水鉢の氷捨てたる葉蘭哉
水鉢の氷を碎く星月夜
明神の狐と現じ氷哉
旅人や諏訪の氷を踏で見る
禪堂に氷りついてあり僧一人
漫々たる江を流れ行く氷かな
夜着半分猿にかす夜や鐘氷る
たらちねの梦に泣く夜や鐘氷る
湖の靜かに三井の鐘氷る
鐘氷る夜床下にうなる金の精
鐘の聲嵐もこほる夜也けり
御停止や鳥啼いて晝の鐘こほる
猩々の三七日頃か鐘氷る
ふし見ゆる軒端をつゝる氷柱哉
板やねや氷柱吹き折る朝嵐
枯れ蔓の檐に動かぬつらゝ哉
水晶に朝日かゝやぐ氷柱哉
大佛の鼻水たらす氷柱哉
つらゝして轆轤の雫絶えにけり
佛立つ大磐石の氷柱哉
旭のさすや檐の氷柱の長短
枇杷の實の僅に青き氷柱哉
枯れてさがる檐の葱の氷柱哉
枯盡くす絲瓜の棚の氷柱哉
驛遠く月氷る野を急ぎけり
宿りそこね月氷る野を急ぎけり
劍さきの霜もこほるや冬の月
ぬぎすてた下駄に霜あり冬の月
ぬぎすてた木履の霜や冬の月
破れ障子まゝよ木枯冬の月
冬の月一夜はふしの失にけり
冬の月一夜はふじにうせにけり
牛糞の光て寒し冬の月
吹きすさむ凩白し冬の月
浪人のおこそ頭巾や冬の月
鶯の凍へ死ぬらん冬の月
うしろからひそかに出たり冬の月
水門に鼬死居る冬の月
辻番のともし火青し冬の月
初冬の月裏門にかゝりけり
門くづれて仁王裸に冬の月
木の影や我影動く冬の月
冬の月五重の塔の裸なり
赤子泣く眞宗寺や冬の月
きぬぎぬや冬の有明寒鴉
葬禮の提灯多し冬の月
しっぽくをくふて出づれば冬の月
辻君の白手拭や冬の月
不盡の山白くて冬の月夜哉
屋根の上に火事見る人や冬の月
厠出て雨戸あくれば冬の月
魚河岸や鮫に霜置く冬の月
門待の車夫の鼾や冬の月
玉山の髣髴として冬の月
なき魂も通ふか寒き月の冴
なき魂も通ふや寒き月の下
破れ障子まゝよ木枯寒の月
寒月に悲し過ぎたり善光寺
寒月に悲しすぎたり両大師
寒月や氷ふみわる靴の音
寒月や地藏の首のあり處
寒月や人去るあとの能舞臺
萬山の木のはの音や寒の月
眞黒な杉の林や寒の月
あはれさを裸にしたり寒の月
寒月や海にこぼるゝ玉霰
寒月や北風氷る諏訪の海
寒月や空をつんざく五劍山
寒月や立枯の芭蕉ものものし
寒月や何やら通る風の音
寒月や原渺々として寺一つ
寒月や一筋光る田舍道
寒月や藪道戻る武者ぶるひ
寒月や山を出る時猶寒し
薙刀に寒月高し法師武者
木兎や寒月落て塔高し
寒月や細殿荒れて猫の聲
寒月や雲盡きて猶風はげし
寒月や造船場の裸船
寒月や石塔の影杉の影
寒月や猫の眼光る庭の隅
寒月や吹き落されて岩の間
寒月や一本杉の一本
虎吼ゆる畫に寒月と題すべく
寒月や枯木の上の一つ星
稲刈りて力無き冬の朝日かな
稻かりて力無き冬の初日哉
玉川に短き冬の日脚哉
冬の日の二見に近く通りけり
牛部屋や冬の入日の壁の穴
冬の日の小藪の隅に落ちにけり
冬の日の筆の林に暮れて行く
冬の日の刈田のはてに暮れんとす
冬の日の暮れんとすなり八ツ下り
見下すや冬の日向の十箇村
冬の日の落ちて明るし城の松
冬の日の雀下りけり飯時分
冬の日のとゞかずなりし小村哉
冬の日や馬の背中に落ちかゝる
冬の日や馬の背中へ落かゝる
冬の日やわつかの雲のすきに入る
易をよむ冬の日あしや牢の中
易を讀む冬の日さしや牢の中
睾丸の垢取る冬の日向哉
石門を斜に冬の日影哉
煎餅の日影短し冬の町
煎餅干す日影短し冬の町
鳥飛んで冬の日落る林哉
梟の眼に冬の日午なり
冬の日の入りて明るし城の松
冬の日の短けれども石部迄
山中に冬の日昇ること遲し
ガラス越に冬の日あたる病間哉
冬の日のあたらずなりし乾飯かな
冬の日のよくあたる椽やおもちや箱
冬の日やよらで過ぎ行く餅の茶屋
雪雲の縁を色どる冬日かな
六疊の奧迄冬の日ざしかな
冬の山出る日入る日の力なき
あちら向く姿や冬の山一つ
冬山やごぼごぼと汽車の麓行く
狼に逢はで越えけり冬の山
冬山の底に温泉の烟哉
狼にも逢はで越えけり冬の山
こゝらにも人住みけるよ冬の山
馬糞も共に枯れたる冬野かな
馬糞も一つに枯れる冬野哉
門許り殘る冬野の伽藍かな
ゆらゆらと立つや冬野の女郎花
學校の旗竿高き冬野かな
貝塚に石器を拾ふ冬野哉
冬の野に一本杉のたかさかな
星絶えず飛んで冬野のひろさ哉
赤いこと冬野の西の富士の山
雉つけて歸る一騎や冬の原
素歸りの車をねぎる冬野哉
馬子一人夕日に歸る枯野哉
花もなき原も名に立つ枯野哉
秋ちらほら野菊にのこる枯野哉
僧一人横にしくるゝ枯野哉
三日月を相手にあるく枯野哉
夕日負ふ六部背高き枯野かな
馬糞のほゝけて白き枯野哉
馬糞も共にやかるゝ枯野哉
熊笹の緑にのこる枯の哉
白旗や枯野の末の幾流れ
薄とも蘆ともつかず枯れにけり
とりまいて人の火をたく枯野哉
松杉や枯野の中の不動堂
森こえて枯野に來るや旅鳥
一村は竹緑なる枯野哉
犬吠て枯野の伽藍月寒し
牛歸る枯野のはてや家一つ
牛車十程ならぶ枯野哉
風吹てうしろ見返る枯野哉
狐火や那須の枯野に小雨ふる
里の子の犬引て行枯野哉
旅人の蜜柑くひ行く枯野哉
何うらむさまか枯野の女郎花
野は枯れて殘りし牛と地藏哉
信長の榎淋しき枯野哉
信長の榎殘りて枯野哉
人妻のぬす人にあふ枯野哉
一つ家に日の入りかゝる枯野哉
一つ家に日の落ちかゝる枯野哉
ほそぼそと三日月光る枯野哉
道二つ牛分れ行く枯野哉
山遠く川流れたる枯野哉
商人の敵地にはいる枯野かな
蟻程に枯野の家の竝びかな
汽車道の此頃出來し枯野かな
その果に小松の竝ぶ枯野かな
大木の雲に聳ゆる枯野哉
旅人の咄しして行く枯野かな
野は枯れて杉二三本の社かな
野は枯れて隣の國の山遠し
伸び上れば海原見ゆる枯野かな
日のさすや枯野のはての本願寺
都出て枯野へ上る渡しかな
女狐の石になつたる枯野哉
馬見えて雉子の逃る枯野哉
氣車あらはに枯野を走る烟哉
五六人行くや枯野の一つ道
辻駕に狐乘せたる枯野かな
辻堂のあとになりたる枯野かな
鳶一羽はるかに落つる枯野哉
鳥飛て荷馬おどろく枯野かな
鳥飛んで荷馬驚く枯野哉
舩曳の斜めにそろふ枯野哉
滿月の半分出かゝる枯野かな
莚帆の白帆にまじる枯野哉
村人の都へ通ふ枯野哉
めづらしく女に逢ひし枯野哉
足もとに青草見ゆる枯野かな
馬消えて鳶舞上る枯野哉
馬に乘つて北門出れば枯野哉
鉦も打たで行くや枯野の小順禮
烏飛び牛去りて枯野たそかるゝ
枯野原團子の茶屋もなかりけり
汽車道に鳩の下り居る枯野哉
葬禮の旗ひるがへる枯野哉
四方八方枯野を人の通りける
提灯の一つ家に入る枯野哉
提灯の星にまじりて枯野哉
何もなし墓原ばかり枯野原
低き木に月上りたる枯埜哉
一つ家に鉦打ち鳴らす枯野哉
更くる夜の枯野に低し箒星
三日月や枯野を歸る人と犬
めいめいに松明を持つ枯野哉
草鞋薄し枯野の小道茨を踏む
わらんべの犬抱いて行く枯野哉
君と共に菫摘みし野は枯れにけり
葬禮の二組つゞく枯野哉
旅二人話盡きたる枯野哉
旅二人話盡きぬる枯野哉
旅二人話なくて越す枯野哉
たまたまに蝶見てうれし枯野道
人もなし夕日落ちこむ枯野原
道連の無口なりける枯野哉
金州の南門見ゆる枯野哉
生垣に外は枯野や球遊び
二つ三つ石ころげたる枯野哉
眞直にふじまでゆかん冬田哉
いなむらの崩れて黒き冬田哉
刈あとの株に海苔つく冬田哉
雁落ちて冬田に崩す一文字
つらつらと雁竝びたる冬田かな
長々と冬田に低し雁の列
稗蒔に案山子の残る冬田かな
蜜柑剥いて皮を投げ込む冬田かな
身を投げて螽死なんとす冬田かな
吉原の廓見えたる冬田かな
あぜ許り見えて重なる冬田哉
うね許り見えて重なる冬田哉
汽車道の一段高き冬田哉
氣車道の目標高き冬田かな
駒込の阪を下れば冬田かな
科頭に烏のとまる冬田かな
菜畑もまじりて廣き冬田哉
見下せば晩稲の殘る冬田哉
畦こえて鼬の見えぬ冬田哉
雁さわぐ冬の田面の月もなし
きぬぎぬの大門出れば冬田哉
其はてに海の見えたる冬田哉
吉原の冬田まばゆき朝日哉
水多き冬田の慈姑枯れて立つ
水きたなく水草見ゆる冬田哉
水深く水草見ゆる冬田哉
此邊も税の増したる冬田哉
道哲の寺を過ぐれば冬田哉
行き行きて本所はなるゝ冬田哉
家めぐる冬田の水の寒さかな
貧乏な村をとりまく冬田かな
冬田廣く遙かに見ゆる小城かな
緒の切れし下駄捨てゝある冬田かな
鮎死で瀬のほそりけり冬の川
冬川の涸れて蛇籠の寒さ哉
大石のころがる冬の河原かな
冬川に捨てたる犬の屍かな
冬川に塞がる程の芥船
冬川の菜屑啄む家鴨かな
冬川や砂にひつゝく水車
冬川や菜屑流るゝ村はづれ
よるべなき冬の野川の小魚かな
雲絶えて源涸れぬ冬の川
橋杭にかゝる藻屑や冬の川
橋杭に殘る藻屑や冬の川
冬川に鴨の毛かゝる芥かな
冬川の河原ばかりとなりにけり
水筋は涸れて芥や冬の川
冬川の向に見ゆる湯本かな
冬川や家鴨四五羽に足らぬ水
冬川や家鴨七羽に足らぬ水
冬川や魚の群れ居る水たまり
冬川や小魚むれ居る水たまり
物やあらん烏集まる冬の川
冬川の砂とる土手の普請哉
冬川や繩をくり行く渡し船
冬川や繩つたひ行く渡し船
冬の川石飛び渡り越えにけり
雲堕ちて泥靜まりぬ冬の水
我は京へ神は出雲へ道二つ
さそひあふ末社の神や旅でたち
先發や出雲へかゝるさゐの神
辨當の小豆の飯や神の旅
どの馬で神は歸らせたまふらん
遠ざかり行く松風や神送り
裏門はあけたまゝなり神送
風吹て鈴鹿は寒し神送
神送り出雲へ向ふ雲の脚
御旅立竈の神を見送らん
赤幟疱瘡の神を送りけり
神の留守うすうす後家の噂哉
うつせみの羽衣の宮や神の留守
ちゝめくや神のお留守の鳩雀
狛犬の片足折れぬ神の留守
野社はもとより神の留守にして
穴荒て狐も留守よ神の供
神の留守を風吹く宮の渡舟
遊びあるく病の神のお留守もり
此頃は發句の神の御留守哉
古禿倉もとより神の留守にして
結びおきて結ぶの神は旅立ちぬ
神集め神の結びし縁なれや
鷄もうたひ參らす神迎
乘掛の旅僧見たり神迎
お留守には何事もなし神迎
牛も念佛聞くや十夜の戻り道
鬼婆々の角を折たる十夜哉
慈悲も知らず殺生も知らず十夜哉
澁色の袈裟きた僧の十夜哉
澁染のけさきた僧の十夜かな
鄙人のかしこ過ぎたる十夜哉
薪わりも姪の僧もつ十夜哉
薪わりも甥の僧もつ十夜哉
旅僧のとまり合せて十夜哉
月影や外は十夜の人通り
野の道や十夜戻りの小提灯
誓ひには漏れぬ十夜の盲哉
達磨忌に海鼠つくつくなかめけり
達磨忌や混沌として時雨不二
達磨忌や戸棚探れは生海鼠哉
達磨忌や闇にもならず晴もせず
達磨忌は去年のけふの心哉
達磨忌や赤きもの皆吹落し
達磨忌やけふ煙草屋の店開き
達磨忌やにつとも笑まぬ寒椿
達磨忌や更けて熟柿の落つる音
達磨忌や枳穀寺に提唱す
畦道や月も上りて大熊手
世の中も淋しくなりぬ三の酉
傾城の顏見て過ぬ酉の市
縁喜取る早出の人や酉の市
お酉樣の熊手飾るや招き猫
お宮迄行かで歸りぬ酉の市
傾城に約束のあり酉の市
子をつれし裏店者や酉の市
雜鬧や熊手押あふ酉の市
酉の市小き熊手をねぎりけり
遙かに望めば熊手押あふ酉の市
夕餉すみて根岸を出るや酉の市
吉原てはくれし人や酉の市
吉原を始めて見るや酉の市
女つれし書生も出たり酉の市
竈から猫の見て居る亥子哉
雪空の雪にもならで亥子かな
故郷の大根うまき亥子哉
御玄猪や火燵もあけぬ長屋住
なき人のたましいうけん芭蕉庵
新暦で何をさゝげん芭蕉祭
芭蕉忌に芭蕉の像もなかりけり
芭蕉忌に參らずひとり柿を喰ふ
芭蕉忌の下駄多き庵や町はづれ
蒟蒻に發句書かばや翁の日
旅に病んで芭蕉忌と書く日記哉
芭蕉忌に何の儀式もなかりけり
芭蕉忌に坊主頭の披露哉
芭蕉忌や其角嵐雪右左
芭蕉忌や芭蕉に媚びる人いやし
芭蕉忌や吾に派もなく傳もなし
無落款の芭蕉の像を祭りけり
芭蕉忌や古池や蛙飛びこむ水の音
芭蕉忌や我俳諧の奈良茶飯
籾すりの新嘗祭を知らぬかな
何くうてかうもやせたか鉢敲
面白ふたゝかば泣かん鉢叩
此頃は聲もかれけり鉢たゝき
なき父に似た聲もあり鉢叩
鉢叩經しらぬわが罪深し
鉢叩頭巾をとれははげたりな
鉢叩雪のふる日はうかれけり
鉢叩雪のふる夜をうかれけり
花にのんだ春の瓢か鉢叩
本陣にめして聞かばや鉢叩
煩惱の犬も吠えけり鉢叩
ものくはでかうもやせたか鉢敲
宵やみに紛れて出たり鉢敲
面白う叩け時雨の鉢叩き
京の夜も此頃さびて鉢叩き
半椀の粥ふるまはん鉢叩き
ふれよ雪ふれよと叩く鉢叩き
飯くはぬ腹にひゞくや鉢叩き
夜嵐の千本通り鉢敲き
夜寒の千本通り鉢敲き
鉢叩き敲きわつたる音すなり
足音や待つ夜も更けて鉢叩
横町へ曲りぬ雪の鉢叩
うらなひの來ぬ夜となりぬ鉢叩
落柿舍の日記に句あり鉢叩
髪置や僧になるべき子は持たず
髪置めでたく古りし筒井筒
髪置や惣領の甚六にて候
三年にして歸ればわが子髪置す
袴着や一坐に直る惣領子
袴著や八幡宮の氏子だち
同じ名のあるじ手代や夷子講
大鍋に吹革祭の蜜柑かな
餅ぬくき蜜柑つめたき祭りかな
烏帽子著よふいこ祭のあるし振
臘八や俄かに見ゆる人のやせ
臘八や眠たがる目に雲白し
臘八や河豚と海鼠は從弟どし
臘八や彌勒の鼾雷の如し
旅僧のとまり合せて大師講
臘八のあとにかしましくりすます
八人の子供むつましクリスマス
クリスマスに小き會堂のあはれなる
子供がちにクリスマスの人集ひけり
會堂に國旗立てたりクリスマス
贈り物の數を盡してクリスマス
蕪引く頃となりけり春星忌
蕪村忌に會して終に年忘
蕪村忌や蕪よせたる浪花人
蕪村忌の風呂吹くふや鴨の側
蕪村忌の風呂吹盛るや臺所
蕪村忌におくれて蕪とゝきけり
蕪村忌に呉春が画きし蕪哉
蕪村忌の寫眞寫すや椎の陰
蕪村忌の寫眞をとるや椎の影
蕪村忌の人あつまりぬ上根岸
蕪村忌の日も近つきぬ蕪漬
蕪村忌の日も近よりぬ蕪漬
蕪村忌の風呂吹くふや四十人
蕪村忌の風呂吹足らぬ人數哉
あらたまる明治の御代や春星忌
蕪村忌に蕪村の軸もなかりけり
蕪村忌や奥のはたはた攝の蕪
蕪村忌や風呂吹の題蕪の題
風呂吹や蕪村百十八囘忌
風呂吹をくふや蕪村の像の前
里神樂夜は篝火に白みけり
常闇を破る神樂の大鼓哉
篝火に霜うつくしや里神樂
たふとさに寒し神樂の舞少女
ゆゝしさや内外の宮の神々樂
ゆゝしさや内外の宮の初かぐら
夜神樂の面の古びや火の映り
顏見せやぬす人になる顏はたれ
顏見せや朝霜匂ふ紅の花
顏見せや朔日の月ありやなし
顏見せや我子の梦をまたげ行く
顏見せのこゝも田之助贔屓哉
顏見せの樂屋覗けはお染哉
顏見せや鏡に見ゆる雛の數
顏見世や定九郎の傘お輕の鏡
君網買へわれ餅買はん年の市
凩の吹かでさわがし年の市
賣れ殘る奧山松に市の月
風吹て淺草さびし年の市
昆布さげて人波わくる年の市
年の市鮭ぬす人を追はへけり
年の市まけよといへばおこりけり
明神の鳥居へつゞく年の市
雷神の物買ひにくる年の市
馬に乘て和尚行くなり年の市
押さるゝや年の市人小夜嵐
徴發の馬つゞきけり年の市
雨雲の人にかゝるや年の市
いそがしや人押しわける年の市
馬の尻に行きあたりけり年の市
年の市十町許りつゞきけり
年の市橋へ出ぬけて月夜かな
齒朶を買ふついでに箸をねぎりけり
蓬莱をいろいろに餝り直しけり
暦賈侍町の靜かなり
捨てられて風にのつたる暦哉
初暦めでたくこゝに古暦
古暦雜用帳にまぎれけり
一年の風吹きわたる古暦
あつめ來て紙衣に縫はん古暦
何となう奈良なつかしや古暦
何となく奈良なつかしや古暦
古暦花も紅葉も枕紙
來年の暦もはりぬ古暦
白梅にうすもの着せん煤拂
煤はらひしてくる年のまたれけり
白梅に覆しておかんすゝ拂
古はくらしらんぷの煤拂
犬張子くづれて出たり煤拂
風吹て北の隣の煤拂
此ころはやとはれもしつ煤拂
塩燒くや煤はくといふ日もなうて
煤拂のほこりの中やふじの山
すとうぶや上からつゝく煤拂
牛はいよいよ黒かれとこそ煤拂
來あはした人も煤はく庵哉
梢から烏見て居る煤拂ひ
煤の日や婆々はつれ立つ寺參り
煤掃て香たけ我は岡見せん
煤拂て金魚の池の曇り哉
煤拂のほこりに曇る伽藍哉
煤拂のほこりを迯て松の鶴
煤拂や竹ふりかさす物狂ひ
煤拂ひ鏡かくされし女哉
南無阿彌陀佛の煤も拂ひけり
鼻水の黒きもあはれ煤拂
煤拂に馬引出す小家哉
煤掃のほこりかぶりし荷馬かな
別當の廏の煤を拂ひけり
沖中のほこりや船の煤拂
煤拂ひ又古下駄の流れ來る
煤拂て蕪村の幅のかゝりけり
煤拂のこゝだけ許せ四疊半
煤拂のこゝは許せよ四疊半
煤拂の此間は許せ四疊半
煤拂の門をおとなふ女かな
煤拂や神も佛も草の上
煤はくとおぼしき船の埃かな
千年の煤もはらはず佛だち
大佛の雲もついでに煤拂ひ
佛壇に風呂敷かけて煤拂
冠の煤掃くこともなかりけり
煤掃いて樓に上れば川廣し
寢て聞くやあちらこちらの煤拂
一年の心の煤を拂はゞや
枯菊に煤掃き落す小窓哉
煤掃いて柱隠しの跡白し
煤掃の音はたとやむ晝餉哉
煤拂の音ひたとやむ晝餉哉
煤掃の過ぎて會あり芭蕉菴
煤掃の箒けたゝまし成らぬ戀
煤掃の日をふれまはる差配哉
煤掃や長持をぬく女業
煤拂を申合せし長屋哉
長屋中申し合せて煤拂
長屋中申合せぬ煤掃ひ
ひそやかに煤掃く家や嵯峨の奥
病む人の佛間にこもる煤はらひ
煤掃や冠の箱雛の箱
煤拂の埃しづまる葉蘭哉
天井無き家中屋敷や煤拂
羅漢寺の佛の數や煤拂
年木樵重たくとても雪の枝
淺茅生の小野の奥より年木樵
むつかしや六十年の年木樵
齒朶賣と竝んで出たり大原女
月の夜を思ひ出しけり年忘
吾妹子と二人ならんで年わすれ
一日は耳や塞がん年わすれ
掛聲を何とすかさん年わすれ
風吹て酒さめやすし年わすれ
言の葉も枯れけり年の忘れ草
さらでだにましてや老の年忘
大臣の猶うとましや年忘れ
死にかけしこともありしか年忘れ
年忘れ折々猫の啼いて來る
我庭の年忘れ草枯れにけり
年忘橙剥いて酒酌まん
年忘酒泉の太守鼓打つ
大殿の笑ひ聞えつ年忘
耳遠く目うすし何を年忘
早稻田派の忘年會や神樂阪
年忘一斗の酒を盡しけり
眼鏡橋門松舟の着きにけり
寐て居れば松や松やと賣に來る
苧殻賣の門松賣に來りたり
竝べたる門松店や寺の前
はつかしや餅なき臼に音たてん
餅つきの隣へ遠し草の庵
餅つきや亭主のすきな赤襷
餅の音虚空にひゞく十萬戸
餅をつく日から立けり口の春
餅搗の烟にぎはふ城下かな
餅を搗く音やお城の山かつら
餅ついて春待顔の小猫かな
粟餅も搗き海苔餅も搗きにけり
四海波靜かに餅の音高し
病牀に聞くや夜明の餅の音
百歳の春も隣や餅の音
眼さますや日三竿に餅の音
餅搗にあはす鐵道唱歌かな
名物ノ餅ヲ搗キ居ルノドカサヨ
餅切ると指切りし妹に胸さわぐ
隣住む貧士に餅を分ちけり
節季候の札の辻にて分れけり
節季候や五條をわたる足拍子
節季候を追はへてありくめのと哉
耳遠し節季候何と申やら
節季候の馬につれだつ小道かな
節季候の節季候を呼ぶ明家かな
掛乞の大街道となりにけり
掛乞の竹椽叩く烟管哉
掛乞の帽子忘れし寒さ哉
掛乞の闇の眞中走りけり
掛乞に根岸の道を教へけり
掛乞の月を見ずしてはしりけり
掛乞を祈りかへすや小山伏
掛乞の馬に蹴られし都かな
大阪や掛乞だらけ橋だらけ
掛乞の留守を叩くや竹の門
また生きて借銭乞に叱らるゝ
掛乞の曰く主人の曰くかな
掛乞の乏しき掛や新世帶
掛乞の二度來る除夜となりにけり
掛乞や京の女の親子連
姥等とよ小町がはてをこれ見よや
傾城の紋は何紋衣配り
くそまりつ櫛けづりしつ年仕舞
西山へ年とりに行く一人かな
君か代のことたま探る岡見哉
我家はかくれて見えぬ岡見哉
妹か家の我家に續く岡見哉
妹が家の我家へつゞく岡見哉
斥候の故郷望む岡見かな
深川や木更津舟の年籠
節分や親子の年の近うなる
節分やよむたびちがふ豆の數
にくらしき客に豆うつねらひ哉
大津画の鬼に豆うつねらひ哉
風吹て鬼迯げて行くけはひあり
乾鮭の頭めでたし鬼退治
柊をさす頼朝の心かな
柊さゝん津々浦々の阜頭の先
君が代や柊もさゝす二十年
二軒家のあるじを問へば厄拂
四十二の古ふんどしや厄落し
割木さげし寒稽古の人むれて行く
寒聲やかへりてあとは風の音
寒聲や誰れ石投げる石手川
きぬぎぬに寒聲きけは哀れ也
寒聲や一むれさわぐ鴨の聲
寒聲や横頬寒き小夜嵐
寒聲は寶生流の謠かな
寒聲や歌ふて戻る裏の町
寒こりや思ひきつたる老の顔
寒垢離や兄におくれて母一人
寒垢離や兄皆逝いて母一人
寒垢離の水を浴ひ居る月下哉
寒垢離の我影はしる月夜かな
寒垢離や両國渡る鈴の音
寒垢離に逢ひける揚屋の戻りかな
寒垢離の黙って走る二人かな
寒垢離や信心堅き弟子大工
寒垢離や一人行き又一人行く
寒垢離や二人の童子目に見ゆる
寒垢離や不動の火焔氷る夜に
あの中に鬼やまじらん寒念佛
風吹てものすごき夜を寒念佛
寒念佛京は嵐の夜なりけり
鳥部野にかゝる聲なり寒念佛
寒念佛に行きあたりけり寒念佛
通るなり又寒念佛五六人
念佛に紛らして居る寒さ哉
移し植ゑて霜よけしたる芭蕉哉
おちぶれて霜も防がぬ牡丹哉
霜掩ひ蘇鐵は泣かずなりにけり
霜早き根岸の庭や霜掩ひ
霜よけの笹に風吹く畠哉
霜よけや牡丹の花の一つ咲く
神前の橘の木に霜よけす
たらちねの遺愛の蜜柑霜よけす
何の木そ霜よけしたる塀の内
牡丹ありし處なるべし霜掩ひ
丁寧に霜よけしたる蘇鐡かな
小松菜に霜よけしたる畠かな
舶來の大事の木なり霜掩ひ
庵破れて冬搆へすべくあらぬかな
藁垣の菜畑めぐるや冬搆
藁垣に菜畑かこふや冬搆
藁垣の菜畑めぐりぬ冬搆
藁掛けて風防ぐなり冬搆
藁掛けて冬搆へたり一つ家
内庭に割木つみたり冬搆
ガラス戸や暖爐や庵の冬搆
樫の木に取りまかれけり冬住居
日にうとき樫の木原や冬住居
本所區に編入されぬ冬住居
朝晴や雲こしらへる爐の煙
一つかみづゝ爐にくべるもみち哉
爐開きや蟇はいづこの椽の下
爐開きや越の古蓑木曾の笠
爐開きや猫の居所も一人前
爐開いて僧呼び入るゝ遊女かな
爐開きや炭も櫻の歸り花
爐開や叔父の法師の參られぬ
爐開や我に出家の心あり
爐開や赤松子われを待ち盡す
離れ家に爐開早し老一人
爐開て殘菊いけし一人哉
爐開の藁灰分つ隣かな
爐開や厠に近き四疊半
爐開や故人を會すふき膾
爐開や細君老いて針仕事
爐開に一日雇ふ大工哉
口切やあくびしに出る廊下口
何もかもすみて巨燵に年暮るゝ
雪の日や巨燵の上に眠る猫
撰集の沙汰にくれたる巨燵哉
兒の手を皺手に握る火燵哉
猫老て鼠もとらず置火燵
貧乏は掛乞も來ぬ火燵哉
妹なくて向ひ淋しき巨燵哉
首入れて巨燵に雪を聞く夜哉
首入れて巨燵をまぜる女哉
筆いれて掻き探したる巨燵哉
いくさから便とゞきし巨燵かな
巨燵して語れ眞田が冬の陣
人足らぬ巨燵を見ても涙かな
夜の雨晝の嵐や置巨燵
われは巨燵君は行脚の姿かな
老はものゝ戀にもうとし置火燵
かりそめの苦説にすねる巨燵哉
巨燵から見ゆるや橋の人通り
丁稚叱る身は無精さの巨燵哉
何はなくと巨燵一つを參らせん
縫物の背中にしたる巨燵哉
人もなし巨燵の上の草雙紙
晝中の傾城寐たるこたつ哉
風呂敷を掛けたる晝の巨燵かな
みちのくの旅籠屋さびて巨燵哉
子を抱いて巨燵に凧を揚げる人
忍ぶかと巨燵の猫に問はれけり
趙飛燕巨燵の上に舞はせばや
竝べけり火燵の上の小人形
婆々さまの話上手なこたつ哉
晩飯と治兵衞を起す巨燵哉
引きあふて火燵の上で泣かすなよ
人老いぬ巨燵を本の置處
我術の空中樓閣置巨燵
わびしさや巨燵にのばす足のたけ
繪草紙に身の上を泣く巨燵哉
男の童と女の童と遊ぶ巨燵哉
故郷の巨燵を思ふ峠かな
巨燵あけて蓋のしてある矢倉哉
置火燵雪の兎は解にけり
殘る鴨何番の花置火燵
荷しまひや火燵のそはの夏衣
佛壇も火燵もあるや四疊半
大佛の梺に寐たる湯婆哉
傾城のひとり寐ねたる湯婆哉
舟に寐る遊女の足の湯婆哉
ある時は手もとへよせる湯婆哉
冷え盡す湯婆に足をちゞめけり
永襄を載き足に湯婆を踏む
古湯婆形海鼠に似申すよ
古庭や月に湯婆の湯をこぼす
碧梧桐のわれをいたはる湯婆哉
目さむるや湯婆わつかに暖かき
胃痛やんで足のばしたる湯婆哉
ひとり言ぬるき湯婆をかゝえけり
遼東の夢見てさめる湯婆哉
祝宴に湯婆かゝへて參りけり
湯婆燈爐あたゝかき部屋の讀書哉
湯婆燈爐臥床暖かに読書かな
湯婆燈爐室あたゝかに読書哉
ある時は背中へ入れる懐爐哉
三十にして我老いし懐爐哉
爐のふちに懐爐の灰をはたきけり
懐爐冷えて上野の闇を戻りけり
芝居見や懐爐入れたる腹の冷
野の茶屋に懐爐の灰をかへにけり
びろうどの青きを好む懐爐かな
腹稿を暖めて居る懐爐かな
ストーヴに濡れたる靴の裏をあぶる
消燈の鐘鳴り渡る暖爐かな
つきづきしからぬもの日本の家に暖爐
暖爐据ゑて冬暖き日なりけり
暖爐焚くや玻璃窓外の風の松
病床の位置を變へたる暖爐かな
暖爐たく部屋暖にふく壽草
暖爐タクヤ雪粉々トシテガラス窓
俊成の撫でへらしたり桐火桶
穂薄になでへらされし火桶哉
いたいけに童の運ぶ火桶哉
今一つ背にもほしき火桶哉
俊成のなでへらしけり桐火桶
鳳凰の梦や見るらん桐火桶
拜領の錦張りたる火桶かな
繪屏風の倒れかゝりし火桶かな
化物に似てをかしさよ古火桶
火桶張る昔女の白髪かな
文机の向きや火桶の置き處
いもあらばいも燒かうもの古火桶
太平記火桶に袖をこがしけり
火桶張る嫗そ見ゆる岡の家
火桶張る嫗一人や岡の家
撫でゝ見て又なでゝ見る火鉢哉
雪院へ火鉢もて行く寒さ哉
手の皺を引きのばし見る火鉢哉
關守の睾丸あふる火鉢哉
番小屋に晝は人なき火鉢哉
我戀は火鉢の消えし恨みかな
傾城の足音更ける火鉢哉
とりまくや殿居する夜の大火鉢
古寺に火鉢大きし臺處
丁稚叱る身は無精さの火鉢哉
醫師の宅や火鉢に知らぬ人と對す
いもの皮のくすぶりて居る火鉢哉
小説の趣向つゞまらぬ火鉢哉
小説の趣向になやむ火鉢哉
道場の隅に火のなき火鉢哉
煙草盡きて酒さめぬ獨り火鉢に倚る
丈八のお駒をなぶる火鉢哉
丈八の才三をしかる火鉢哉
手習の手凍え火鉢の火消えたる
法律の議論はじまる火鉢哉
火鉢抱いて灰まぜて石を探り得たる
火鉢抱て灰まぜて石を探り得つ
火鉢の火消えて何やら思ふかな
火鉢二つ二つとも缺げて客來らず
寶生の觀世のゝしる火鉢哉
もの神の火鉢の上にあらはれし
わびしさは炭團いけたる火鉢哉
火消えて堅炭殘る火鉢哉
火鉢火なし手をひつこめる餘寒哉
菓子箱をさし出したる火鉢哉
煎餅かんで俳句を談す火鉢哉
鼠追ふて餅盜みくる火鉢哉
蒲團著て手をあぶり居る火鉢哉
關守の木の葉燃やすや猫火鉢
炭の香も茶の香もとむや四疊半
山を拔く手にて起せし炭火哉
奥山の木の葉もまじる粉炭哉
水仙にはたきかけたる粉炭かな
炭はねて更けゆく夜の靜か也
猿殿の小便くさしいぶり炭
鋸に炭切る妹の手ぞ黒き
やゝもすれば堅炭の火の消えんとす
炭はねて待人遲し鼠鳴く
來山は消し炭淡々はいぶり炭
油買ふて炭買ふことを忘れたり
炭積んで白河下る荷汽車哉
炭取の粉炭をはたく埃り哉
炭取の炭にまじりぬ齒朶の屑
炭はねて七堂伽藍灰となりぬ
炭はねて始まらんとする茶の湯哉
炭はねて眼をしばたゝく泪哉
其炭の火より炭屋の燒けにけり
いもの皮のいぶりて炭の冤に坐す
書の上に取り落したる炭團哉
玉賣りて炭團にわびる住居哉
眞黒な手鞠出てくる炭團哉
米盡きて炭團たくはふ俵かな
むつかしく炭團に炭をつぎかけし
炭竈に雀のならぶぬくみかな
炭竈に哀れ蚊遣の煙かな
火の絶えし小野の炭竈小夜嵐
松伐つて月炭竈に上りけり
炭賣のつりあひわろき片荷かな
湯の山や炭賣歸る宵月夜
炭賣の歸りは輕し二貫文
荷は置て炭賣見えず寺の門
炭賣の休むか粉炭石の上
炭賣の休むか石に粉炭かな
名處の炭賣黒く生れける
炭賣にかへてとらする小魚哉
一冬や簀の子の下の炭俵
木の葉やく寺のうしろや普請小屋
埋火や隣の咄聞てゐる
埋火の火入に黒きしくれ哉
埋火の夢やはかなき事許り
埋火や木曾に旅寐の相撲取
只一つ星か螢か埋み火か
おらが在所は埋火の名所哉
埋火や斗酒を藏して我を俟つ
面白う埋火更けぬ維摩経
埋火に恨みしそれも昔なり
埋火やほのかにうつる人の顔
埋火や澁茶出流れて猫睡る
埋火の側に老い行く獵男哉
埋火や青墓道の一軒家
埋火や掻きさがしたる後の夢
埋火や火を警むる秣小屋
とにかくにをかしき冬の扇哉
かり人のつゝを落とすや鳥の聲
盜人に似た獵師也夜興曳
夜興引や寺のうしろの葎道
有明やかけ橋戻る夜興引
夜興引や犬心得て山の道
夜興引の犬を吠えけり寺の犬
夜まわりのよろつく朝や川の岸
夜まわりのよろつくまへに夜の駕
雨の夜や動きもやらす網代守
曉や凍えも死なで網代守
ながらへて八十になりぬ網代守
ながらへて八十路になりぬ網代守
雪車引て笹原歸る月夜かな
引きすてた雪車に來て寐る小犬哉
貧しけれど雪車と雪沓と馬二匹
雪車歌の聞ゆる谷や雪車見ゆる
雪車下りてかじきをつける麓かな
雪車引いて入る町中や雪淺し
雪車引いて醫師を載せて戻りけり
雪車引いて立ちどまりたる話かな
雪車道や童の雪車も引き出でぬ
大木を載せたる雪車の辷りかな
雪沓も脱がで爐邊の話かな
雪沓や雪無き町に這入りけり
寒燈明滅小僧すよすよと寐入りけり
寒燈明滅小僧すよすよと眠りけり
火事の鐘に雨戸あくれば月夜哉
水に映る火事は堀端通り哉
森の上に江戸の火事見ゆ夜の曇り
火事の鐘雨戸あくれば月夜哉
會更けて遠火事を見る歸りかな
小説を書く夜も更けて火事の鐘
遠火事を見つゝ下りけり九段坂
水鼻にわひて山家のもみち哉
水鼻に旅順を語る老女かな
洟のせんかたもなく喪に籠る
おちぶれて人霜やけにわぶるかな
霜やけや娘の指のおそろしき
霜やけや武士の娘の水仕事
霜やけの手より熬豆こぼしけり
あかゞりを吹きうづめたる吹雪哉
あかゞりのわれる夜半や霜の鐘
あかゞりや京に生れて京の水
あかゝりや局住居は去年の梦
あかゞりやまだ新嫁のきのふけふ
あかきれやまた新嫁のきのふけふ
あかゞりや傾城老いて上根岸
姑やあかゞりの手の恐ろしき
あかゞりに油ぬりつゝ待つ夜哉
あかゞりの手をいたわりて泣く夜哉
皸や母の看護の二十年
皸や貧に育ちし姉娘
胼多き皸多き手足かな
勘當の胼なき足をいとしかる
ひゞの顏にリスリンを多くなすりたる
胼の手を引き隱したるはれ著哉
胼の手に團扇もつ日を數へけり
引拔た手に霜殘る大根哉
大根引く音聞きに出ん夕月夜
練馬道大根引くべき日和哉
大根引く歌こそあらめ三河嶋
蕪引く妻もあるらん大根引
捷報の來し朝なり大根曳
大根引て葱淋しき畠哉
大根引て葱畠は荒れにけり
大根引く畑にそふて吟行す
大根引く畑にそふて散歩哉
門前の大根引くなり村役場
大根引くあとや蕪引く拍子ぬけ
子を負ふて大根干し居る女かな
日暮や大根掛けたる格子窓
若き尼紅梅の枝に大根干す
椽側に切干切るや繪師か妻
大根干す檐の日向や鶸の籠
よつ引てひようとぞ放す大蕪
よつ引てひやうとぞはなす大蕪
此頃は蕪引くらん天王寺
女どもの赤き蕪を引いて居る
蕪引て緋の蕪ばかり殘りけり
故郷や蕪引く頃墓參
泥ともに堀出されたる蓮根かな
麥蒔た顏つきもせす二百人
麥蒔やたばねあげたる桑の枝
奈良阪や昔男の麥を蒔く
麥蒔くや男に似たる婆一人
麥を蒔く束髪娘京近し
名處の麥蒔くまでに古りにけり
麥まくやたばねあげたる桑の枝
麥蒔や色の黒キは娘なり
麥蒔や北砥部山の麓まで
麥蒔の赤ごしまきは娘かも
畑少し麥蒔いてある森の中
麥を蒔く畑に出でゝ吟行す
麥を蒔く畑に出でゝ散歩哉
麥を蒔く畑にそふて吟行す
麥を蒔く畑にそふて散歩哉
豆の如き人皆麥を蒔くならし
麥蒔の村を過ぎ行く寫生哉
麥を蒔く花咲爺の子孫哉
でんち著て貍の如き把栗かな
どてら著て長脇指の素足哉
外套の新しきズボンの穴を掩ひたる
外套の剥げて遼東より歸る
外套を着かねつ客のかゝへ去る
外套を着かねつ客のかゝへ走る
手と足に蒲團引きあふ宿屋哉
重ねても輕きが上の薄蒲團
傾城は痩せて小さき蒲團哉
こしらへて見るや蒲團の東山
寒さうに母の寐給ふ蒲團哉
毛蒲團の上を走るや大鼠
灯を消せば蒲團走るや大鼠
ものゝ香のゆかしや旅の薄蒲團
短さに蒲團を引けば猫の聲
薄蒲團十三錢の旅籠哉
寄宿舎の窓にきたなき蒲團哉
詩腸枯れて病骨を護す蒲團哉
縮緬の紫さめし蒲團かな
夢さめて木曾の宿屋よ薄蒲團
わびしさや蒲團にのばす足のたけ
兄弟の子が喧嘩する蒲團哉
木瓜の紋なつかしき蒲團哉
狼に引かぶりたる蒲團哉
襟寒き絹の蒲團や銀襖
著馴れたる蒲團や菊の古模様
人を噛む鼠出でけり薄蒲團
筆かりて旅の記を書く蒲團哉
縮緬の紫さめし衾かな
天竺の案内をせよ古衾
御姿は夢見たまへる衾かな
襟卷に顏包みたる車上かな
縮緬の衿卷臘虎の帽子かな
停車場の椅子に衿卷を忘れしよ
世の中を紙衣一つの輕さかな
嵐雪の其角におくる紙衣哉
うき人に見せじ紙衣の袖の皺
紙衣きて手製の納豆味甘し
傾城の泪にやれし紙衣かな
尻やふかん紙衣やぬはん夷紙
千早ふる紙衣久しき命かな
傳へ來て陶淵明の紙衣哉
俳諧のはらわた見せる紙衣かな
本を手に牛ひく人の紙衣哉
飼犬に袖ひかれたる紙衣哉
紙衣着て藪陰戻る月夜かな
鐘つきの雲に濡れたる紙子哉
子鼠の尿かけたる紙子哉
子鼠の尿して行く紙子哉
おもしろや紙衣著ずにすむ世也
紙衣著て出づれば我に星落る
紙衣著て河豚くふたる顏もせず
亡き親に我はづかしき紙衣かな
古紙衣源内殿でござらぬか
若君の紙衣姿ぞいたはしき
柴垣に紙衣干したる小家哉
隱居していけ花習ふ紙衣哉
弟に店を任せて紙衣哉
味噌汁を膝にこぼせし紙衣哉
世の中を厭ひもはてぬ紙衣哉
絹布著て上に紙衣の羽織かな
絲赤く手袋の破れつくろひし
汽車の切符買はんとして手袋脱げざる
手袋の左許りなりにける
手袋に銀貨を捜るかくしかな
手袋に手を引く兒の歩行かざる
手袋の編みさしてある病かな
身の上を足袋にやつれし女哉
菊枯て垣に足袋干す日和哉
律僧の紺足袋穿つ掃除かな
無精さや蒲團の中で足袋をぬぐ
あちら向き古足袋さして居る妻よ
君來まさんと思ひがけねば汚れ足袋
足袋ぬいであかゞり見るや夜半の鐘
足袋ぬいであかゞり見れば夜半の鐘
冬服の胸あひかぬる古着哉
四角なる冬帽に今や歸省かな
地震て冬帽動く柱かな
冬帽の十年にして猶屬吏なり
冬帽の我土耳其といふを愛す
買ふて來た冬帽の氣に入らぬ也
頭巾きて老とよばれん初しくれ
此度は嫁にぬはせじ角頭巾
月花にはげた頭や古頭巾
市中に落ちあふ妻の頭巾哉
風吹て惠方參りの頭巾哉
氣安さは頭巾を老の仇名にて
茶の花をかざゝばいかに丸頭巾
頭巾着て人大黒に似たる哉
頭巾着て飯くふ迄に老いにけり
頭巾ぬげば皆坊主でもなかりけり
赤頭巾人甘んじて老いけらし
兜着たことは昔に頭巾かな
すれ違ひ又ふりかへる頭巾かな
頭巾着て人と話すや橋の上
頭巾着て女に似たる男かな
薙刀に焚火のうつる頭巾かな
我親に似てをかしさよ古頭巾
ある人の頭巾姿を見そめたり
紙ぎれに小錢を包む頭巾かな
僧正の頭巾かぶりぬ市の月
頭巾著て人行かふや山の道
頭巾着て平家を語る法師哉
頭巾脱いで名のりかけたるかたき哉
いとし子に赤き頭巾を冠せたる
かたき討つて頭剃りたる頭巾哉
頭巾着て温飩くひ居る男哉
あしらへば善く笑ふ子や赤頭巾
言はんとして頭巾正しぬ卜師
打ちまじり同じ頭巾や村夫子
恰好な古き頭巾を買ひ得たり
かならずや頭巾めさるゝ祖翁の画
かぶりそめて人に見らるゝ頭巾哉
舊惡の形更へたる頭巾哉
舊惡の心洗ふて頭巾哉
着心の古き頭巾にしくはなし
戯作者のたぐひなるべし絹頭巾
こしらへて皆氣に入らぬ頭巾哉
御法度の坊主頭や丸頭巾
西行の頭巾もめさず雪の不盡
手爐さげて頭巾の人や寄席を出る
信心のはじめに著たる頭巾哉
旅僧の頭巾もめさず馬の上
頭巾著て浄土の近き思ひあり
頭巾著て俵に上る指圖哉
頭巾著て檜笠提けたり旅の僧
頭巾著て物は心にさからはず
頭巾著る忍ひ姿や落しさし
頭巾二人橋を渡りて別れけり
人老いて頭巾に色の好みあり
人老いて頭巾に物の好みあり
人丸は烏帽子芭蕉は頭巾にて
辨慶は其頭巾こそ兜なれ
間違へて笑ふ頭巾や客二人
見苦しき子をいとしむや赤頭巾
醉ふて吟す東坡の頭巾脱んとす
忘れ置し頭巾の裏を見られけり
笑ひかゝる兒にくれたる頭巾哉
寺古りて義士の頭巾を藏しけり
いつ見ても青き頭巾の酢賣哉
大黒の頭巾を笑ふ布袋かな
頭巾著て蕪村の墓に詣でけり
薄物の頭巾や老の笑ひ顏
一年の事今にある綿衣かな
頸あらはに薩摩飛白の綿子哉
綿衣黄也村醫者と見えて供一人
綿入の袂探りそなじみ金
爺と婆と江戸見に行くや綿帽子
穴多きケットー疵多き火鉢哉
ケットーの赤きを被り本願寺
書生富めりケットー美に盆栽など飾る
書生富めり毛布美に盆など飾る
毛布被りたるがまじりし寄席の歸り哉
毛布被る一むれ寄席の歸りかな
十年の苦學毛の無き毛布哉
眞中に碁盤すゑたる毛布哉
毛布著た四五人連や象を見る
毛布著て机の下の鼾哉
やき芋の皮をふるひし毛布哉
振返る二重まはしや人違ひ
紳士らしき掏摸らしき二重まはし哉
二重まはしを買ひ得ずして其俗を笑ふ
盆栽に梅の花あり冬こもり
神の代はかくやありけん冬籠
不自由なやうで氣まゝや冬籠
冬籠家は落葉にうもれけり
老が齒や海雲すゝりて冬籠
金杉や二間ならんで冬こもり
君にとてくはすものなし冬籠
君味噌くれ我豆やらん冬こもり
子をなぶり子になぶられて冬籠
新聞の反故の山や冬こもり
炭二俵壁にもたせて冬こもり
手をちゞめ足をちゝめて冬籠
ともかうもなくて病氣の冬籠
拔け穴もありて蛙の冬籠
鼻かげや只うつむいて冬籠
吹きならふ煙の龍や冬こもり
不二のぞくすきまの風や冬籠
不盡見ゆる北窓さして冬籠
冬こもり命うちこむ巨燵哉
冬籠り倉にもちこむ巨燵哉
冬こもり小ぜにをかりて笑はるゝ
冬籠隣もしらぬ味噌の味
冬籠なるれば廣し四疊半
冬こもり日記に夢をかきつくる
冬籠日記に梦を書きつける
冬籠りほつほつかぢる芋の皮
冬籠夜着の袖より窓の月
ふろしきに芋の皮あり冬籠
本の山硯の海や冬こもり
龍の繪をかいて捧げん冬籠
朝々の新聞も見ず冬籠
案を拍て鼠驚くや冬籠
鶯のなきいつる迄を冬籠り
運坐とさそひ出されぬ冬籠
風吹て行燈消えぬ冬籠
唐の書や大和の書や冬籠
此下に冬籠の蟇眠るらん
書燈夜更けて鶏鳴くや冬籠
なぞなぞを解て見せけり冬籠
笛一つ釘にかけたり冬籠
河豚くはぬ人や芳野の冬籠
冬籠り琴に鼠の足のあと
冬籠り三味線折て爐にくべん
薪をわるいもうと一人冬籠
簔笠の古びくらべん冬籠
一村は青菜つくりて冬籠
一村は冬こもりたるけしきかな
一村は留守のやうなり冬籠
裏藪の竹盜まれし冬籠り
かゆといふ名を覺えたか冬籠
かゆといふ物をすゝりて冬籠り
戀せじと冬籠り居れば蜘の絲
三味線や里ゆたかなる冬籠
砂村や狐も鳴かず冬籠り
豆腐屋も八百屋も遠し冬籠
箒さはる琴のそら音や冬籠り
冬籠り人富士石に向ひ坐す
冬ごもり男ばかりの庵かな
松すねて門鎖せり人冬籠る
商人の坐敷に僧の冬こもり
あぢきなや三重の病に冬こもり
音もせず親子二人の冬こもり
唐の春奈良の秋見て冬籠
蜘の巣の中につゝくり冬こもり
雲のそく障子の穴や冬こもり
五器皿を見れば味噌あり冬籠
琴の音の聞えてゆかし冬籠
なかなかに病むを力の冬こもり
一町は山のどん底に冬こもり
一町は山をにらんで冬こもり
人病んでせんかたなさの冬こもり
二夫婦二かたまりに冬こもり
冬こもり顏も洗はず書に對す
冬こもり金平本の二三册
冬こもり煙のもるゝ壁の穴
冬籠書齋の掃除無用なり
冬籠書籍に竝ぶ藥かな
冬こもり世間の音を聞いて居る
冬こもり達磨は我をにらむ哉
冬こもり晝の布團のすぢかひに
冬籠書掻き探す藥かな
冬籠物くはぬ日はよもあらじ
冬こもりをの子一人まうけゝる
冬こもり折ゝ猫の啼いて來る
冬や今年今年や冬とこもりけり
冬や今年われ古里にこもりけり
山も見ず海も見ず船に冬こもり
礎を起せば蟻の冬ごもり
椽側へ出て汽車見るや冬籠
看病の我をとりまく冬籠
十年の耳ご掻きけり冬籠
主持の小さくなりて冬籠
大木の中に草家の冬籠
湯治場や冬籠りたる人の聲
痰はきに痰のたまるや冬籠
妻なきを鼠笑ふか冬ごもり
何となく冬籠り居れば三味の聲
鼠にも猫にもなじむ冬籠
袴著てゆかしや人の冬籠
ひつそりと冬籠るなり一軒家
冬籠あるじ寐ながら人に逢ふ
冬こもり入相の鐘野から來る
冬籠壁に歌あり發句あり
冬籠四斗樽の底を叩きけり
冬籠茶釜の光る茶間哉
冬籠隣の夫婦いさかひす
冬籠り長生きせんと思ひけり
冬籠佛壇の花枯れにけり
冬籠本は黄表紙人は鬚
冬籠湯に入る我の垢を見よ
昔さるべき女ありけり冬籠
老僧の爪の長さよ冬籠
黒わくの手紙受け取る冬籠
小障子の隅に日あたる冬籠
新聞は停止せられぬ冬籠
爲朝を呼んで來て共に冬籠れ
戸を叩く女の聲や冬籠
人も來ぬ根岸の奥よ冬籠
冬籠柱にもたれ世を觀ず
冬籠る家や鰯を燒く匂ひ
もたれよる柱ぬくもる冬籠
もろもろの楽器音無く冬籠る
大磯によき人見たり冬籠
鎌倉の大根畠や冬籠
熊に似て熊の皮著る穴の冬
侃々も諤々も聞かず冬籠
聲高に書讀む人よ冬籠
咲き絶えし薔薇の心や冬籠
雜炊のきらひな妻や冬籠
野が見ゆるガラス障子や冬籠
日あたりのよき部屋一つ冬籠
一箱の林檎ゆゝしや冬籠
冬籠盥になるゝ小鴨哉
冬籠和尚は物をのたまはす
冬籠る今戸の家や色ガラス
冬こもる人の多さよ上根岸
冬こもる灯のかすかなり西の對
冬籠る部屋や盥の浮寐鳥
冬こもるゆかりの人や西の對
耳糞の蜂になるまで冬籠
宿替の蕎麥を貰ふや冬籠
山陰や暗きになれて冬籠
山に入る人便りなし冬籠
善く笑ふ夫婦ぐらしや冬籠
善く笑ふ男が來たり冬籠
青山の學校に在り冬籠
牛喰へと勸むる人や冬籠
大津畫の鬼に見あきぬ冬籠
思ひやるおのが前世や冬籠
ガラス窓に上野も見えて冬籠
ガラス窓に鳥籠見ゆる冬こもり
近眼の五度の目鏡や冬籠
釋迦に問て見たき事あり冬籠
何事もあきらめて居る冬籠
冬籠鑄形にたまる埃哉
冬こもりうちむらさきをもらひけり
蜜柑剥く爪先黄なり冬籠
繪襖の彩色兀ぬ冬籠
女神の裸体の像や冬籠
書きなれて書きよき筆や冬籠
唐紙の白雲形や冬籠
信州の人に訪はれぬ冬籠
先生の筆見飽きたり冬籠
鼠取の藥を買ひけり冬籠
肺を病んで讀書に耽る冬籠
蕪村の蕪太祗の炭や冬籠
筆多き硯の箱や冬籠
冬籠裸體晝をかく頼みなき
故郷に肺を養ふ冬こもり
驚かす霰の音や冬籠
泥深き小田や田螺の冬籠
新宅は神も祭らで冬籠
病床やおもちや併へて冬籠
屋根低き宿うれしさよ冬籠
命よりうまき味とや河豚汁
くふ時に成てすてけり河豚の汁
さむらいは腹さへきると河豚汁
鰒汁や髑髏をかざる醫者の家
ふぐ汁やきのふは何の藥喰
鰒汁や獣うそむく裏の山
ふぐ汁や傷寒論は燒きすてん
河豚汁高らかにこそ呼はつたり
我をにらむ達摩の顔や河豚汁
鰒汁一休去つて僧もなし
鰒汁心もとなき寐つき哉
鰒汁古白今いづくにかある
ゆきひらは猪か鯨か河豚汁か
あざ笑ふ花和尚の聲やふくと汁
信州の寒さを思ふ蕎麥湯哉
親鳥のぬくめ心地や玉子酒
ふるまはん深草殿に玉子酒
傾城の涙煮えけり玉子酒
猩々を巨燵へ呼ばん玉子酒
風引の若き主や卵酒
かせ引の妻よ夫よ玉子酒
煮凍につめたき腹や酒の燗
煮凍の出來るも嬉し新世帶
煮凍や北に向きたる臺所
燒芋をくひくひ千鳥きく夜哉
わびしさや燒いもの皮熊の皮
喰ひ盡して更に燒いもの皮をかぢる
燒いもと知るく風呂敷に烟立つ
燒いもの水氣多きを場末かな
鍋燒を待たんかいもを喰はんか
鍋燒を待ち居れば稻荷樣と呼ぶ
鍋燒をわれ待ち居れば稻荷鮓
盜人らしき人が鍋燒を喰ひ居たる
鍋焼や火事場に遠き坂の上
吹雪くる夜を禪寺に納豆打ツ
納豆の味を達磨に尋ねばや
やうやうに納豆くさし寺若衆
山僧や經讀みやめて納豆打つ
起よけさ叩け納豆小僧ども
納豆や飯焚一人僧一人
納豆の聲や座禪の腹の中
骨は土納豆は石となりけらし
豆腐屋の來ぬ日はあれと納豆賣
納豆喰ふ屋敷もふゑて根岸町
納豆喰ふて兒學問に愚なり
納豆賣る聲や阿呆の武太郎
歌ふて曰く納豆賣らんか詩賣らんか
子を負ふて孀と見ゆれ納豆賣
納豆賣新聞賣と話しけり
人も來ず時雨の宿の納豆汁
梅の花うかせて見はや納豆汁
傾城の噂を語れ納豆汁
摺小木に鶯來鳴け納豆汁
禪僧や佛を賣て納豆汁
納豆汁腹あたゝかに風寒し
納豆汁卜傳流の翁かな
納豆汁しばらく神に黙祷す
納豆汁女殺したこともあり
草庵の暖爐開きや納豆汁
白味噌や此頃飽きし納豆汁
我庵の煖爐開きや納豆汁
風呂吹や北山颪さめやすき
大きなるをこそ風呂吹と申すらめ
大なるをこそ風呂吹と申すらめ
風呂吹や板額の口恐ろしき
黒塚や赤子の腕の風呂吹を
風呂吹の口をやかぬぞ口をしき
風呂吹に集まる法師誰々ぞ
風呂吹に七變人を會しけり
風呂吹にすべく大根の大なる
風呂吹の味をこそわすれ給ふらめ
風呂吹のさめたるに發句題すべく
風呂吹の冷えたるに一句題すべく
風呂吹は熱く麥飯はつめたく
風呂吹は三百年の法會哉
風呂吹や狂歌讀むべき僧の顏
風呂吹や小窓を壓す雪曇
風呂吹や皆鷺流の狂言師
風呂吹を喰ひに浮世へ百年目
風呂吹をはさみきるこそ拙けれ
人多く風呂吹の味噌足らぬかな
風呂吹の一きれづゝや四十人
風呂吹やによろり名高きによろり寺
風呂吹やによろりに名あるによろり寺
庵の窓富士に開きて藥喰
富士山を箸にのせてや藥喰
骨のなき泥鰌を誰の藥喰
一休に何參らせん藥喰
鶯に鍋のぞかせじ藥喰
豚煮るや上野の嵐さわぐ夜に
藥喰す人の心の老いにけり
藥喰ひ人の心の老にけり
戸を叩く音は狸か藥喰
われ病んで筑波の雉の藥喰
藥喰の鍋氷りつく朝哉
血にかわく人の心やくすり喰
貧血の君にさそはれくすり喰
乾鮭にわびし日頃や藥喰
利目あらん利目なからん藥喰
蘭學の書生なりけり藥喰
風入れた代り雪見や破れ窓
松の木に裏表ある雪見かな
家買つて今年は庭の雪見かな
老僧の西行に似る雪見哉
世の中を知らねば人の雪見哉
古たびの又世にいでて雪丸げ
さゝやかな力や妹が雪まろげ
女房のかひがひしさよ雪丸げ
手袋の指破れたり雪まろげ
昨日見た處にはなし雪だるま
運慶が子供遊びや雪佛
太平の刀ためすや雪佛
かけ落と叫び給ふな雪佛
掛乞をにらむやうなり雪佛
雪佛眼二つは黒かりし
雪佛われからにらみ崩れけり
竹馬は子猿の藝や猿まはし
竹馬は小猿の藝や叱られし
留守狐お供狐を送りけり
こさふくや沖は鯨の汐曇り
日本一ほめる鯨のをはり哉
引きあげて一村くもる鯨哉
小嶋かと見れば汐吹く鯨哉
鯨よる大海原の靜かさよ
百艘の舟にとりまく鯨哉
大きさも知らず鯨の二三寸
聲かけて鯨に向ふ小舟哉
荒磯や鯨の舟を待つ妻子
お長屋の老人會や鯨汁
鯨突に通り合せし旅路哉
鯨突きに日本海へ行く舟か
鯨突く小舟は沖に見えずなりぬ
鯨突く日本海の舟小し
鯨逃げて北斗かゝやく海暗し
鯨逃げて空しく歸る小舟かな
鯨煮つゝ銛打ちし一伍一什を話す
鯨吼えて北斗靜かなり海の上
七尺の男なりけり鯨賣
房州の沖を過行く鯨哉
灯ともして鯨にさわぐ小村哉
二村の男女あつまる鯨哉
銛取て鯨に向ふ男かな
鯨汁しばらく勇を養はん
濱による鯨小き入江かな
氷山に氷りこんだる鯨かな
鯨汁鯨は盡きてしまひけり
鯨取る舟を見送る妻子かな
鯨つく漁父ともならで坊主哉
をし鳥や氷の劍ふんで行く
あはれ也死でも鴛の一つがひ
薄雪にふられて居るや鴛一つ
をし鳥や廣間に寒き銀屏風
積もりあへず思ひ羽振ふ雪の鴛
薄氷を踏むをし鳥の思ひかな
古池に亡き妻や思ふ鴛一羽
古池のをしに雪降る夕かな
をし鳥や嵐に吹かれ月に流れ
迷ひ出でし誰が別莊の鴛一羽
迷ひ出し誰が別莊の鴛一つ
をし鳥の小嶋に上る氷かな
釣殿の下へはいりぬ鴛二つ
人間のやもめを思へ鴛二つ
夜嵐や鴛鴦の思ひ羽散りもあへず
鴛鴦の向ひあふたり竝んだり
いつからのやもめぐらしぞをし一つ
飼ひなれしをしや汽車にも驚かず
靜かさやをしの來て居る山の池
鴛鴦の二つ竝んで浮寐かな
をしの中を邪魔する鳥もなかりけり
この家を鴨ものそくや仙波沼
鴨啼や火鉢の炭の消え易き
鴨ねるや舟に折れこむ枯尾花
鴨啼て小鍋を洗ふ入江哉
鴨啼て比枝山颪來る夜哉
鴨のなく雜木の中の小池哉
竹藪の裏は鴨鳴く入江哉
つるされて尾のなき鴨の尻淋し
ともし火の堅田は寒し鴨の聲
一つ家に鴨の毛むしる夕哉
湖を歩行で渡らん鴨の橋
灯ちらちら鴨鳴く家のうしろかな
夜更けたり何にさわだつ鴨の聲
内濠に小鴨のたまる日向哉
鴨啼くや上野は闇に横はる
鴨は見るばかり味噌汁酒の燗
搦手や晝凄うして濠の鴨
古池や凍りもつかで鴨の足
鴨一羽飛んで野川の暮にけり
鴨啼いてともし火消すや長だ亭
鴨の鳴く梁山泊の裏手かな
家二軒杉二本冬の鴉飛ぶ
貧をかこつ隣同士の寒鴉
さゝ啼やうすぬくもりの湯の煙
さゝ啼や小藪の隅にさす日影
さゝ啼や百草の奥の松蓮寺
さゝ鳴や張笠乾く竹の垣
さゝ鳴くや鳴かずや竹の根岸人
琴箱のうらは藪也さゝ鳴す
水鳥の負ふておりけり夕煙
水鳥ののせておりけり夕煙
水鳥や蘆うら枯れて夕日影
水鳥の四五羽は出たり枯尾花
水鳥のすこしひろがる日なみ哉
水鳥の中にうきけり天女堂
水鳥や中に一すぢ船の道
水鳥や菜屑につれて二間程
枯菰や水鳥浮て沼廣し
旅にして水鳥多き池を見つ
待合や水鳥鳴てぬるき燗
水鳥に松明照す夜の人
水鳥の晝眠る池の静さよ
水鳥や榮華の夢の五十年
水鳥や焚火に逃げて洲の向ふ
水鳥や礫とゞかぬ濠の隅
水鳥や盗人歸る夜明方
水鳥や麓の池に群れて居る
矢は水に入る水鳥の別哉
木からしにかたよつて飛ぶ千鳥哉
木からしに片よる沖の千鳥哉
さよ千鳥雪に燈ともすかゝり船
千鳥なく灘は百里の吹雪哉
突き細し波に碎けるむら千鳥
三日月もゆるあら波や浦千鳥
安房へ行き相模へ歸り小夜千鳥
いさり火の消えて音ありむら千鳥
いそがしく鳴門を渡る千鳥哉
磯濱や犬追ひ立てるむら千鳥
一村は皆船頭や磯千鳥
海原に星のふる夜やむら千鳥
さわさわと入江をのぼる千鳥哉
三羽立てあと靜なる千鳥哉
千鳥啼く揚荷のあとの月夜哉
千鳥なく三保の松原風白し
吹き流すしようるの風や川千鳥
富士へはつと散りかゝりけり磯千鳥
ほす船の底にのほるや磯千鳥
帆柱や二つにわれてむら千鳥
文覺をとりまいて鳴く千鳥哉
ゆきつきつ千鳥の聲や磯の松
我笠の上で鳴きけり友千鳥
蜑が家や行燈の裏に鳴く千鳥
牛のつらに崩るゝ闇の千鳥哉
傾城と千鳥聞く夜の寒さ哉
新田や牛に追はれて立つ千鳥
關守の厠へ通ふ千鳥哉
關守は妻も子もなし小夜千鳥
散ると見てあつまる風の千鳥哉
船に積む牛のさわぎや小夜千鳥
渺々と何もなき江の千鳥哉
上げ汐の千住を越ゆる千鳥かな
安房へ行き相摸へ戻り小夜千鳥
おゝ寒い寒いといへば鳴く千鳥
かたまつておろす千鳥や沖の石
軍艦の沈みしあとを群千鳥
難船のあとを吊ふ千鳥かな
浦風にまた舞ひ戻る千鳥哉
風に崩れ月に碎けて鳴く千鳥
千鳥飛んで雲うつくしき夕哉
猪牙借りて妹がり行けば川千鳥
灯も見えず闇の漁村のむら千鳥
川千鳥家も渡しもなかりけり
背戸へ來て崩れてしまふ千鳥哉
月暗し敵か千鳥か見分たず
雪洞に千鳥聞く須磨の内裏哉
滿汐や清盛の塚に千鳥鳴く
滿汐や千鳥鳴くなる橋の下
路ばたに温飩くふ人や川千鳥
艪の音や我背戸來べく千鳥鳴く
磯の松に千鳥鳴くべき月夜哉
光琳やうつくしき水に白千鳥
光琳や水紺青に白千鳥
三味線に千鳥鳴く夜や先斗町
須磨の宿の屏風に描く千鳥哉
須磨の宿の襖に描く千鳥哉
須磨の宿の欄間に彫れる千鳥哉
關守も居らず千鳥も鳴かずなりぬ
千鳥吹く日本海の嵐哉
千鳥吹く日本海の廣さ哉
二群に分れて返す千鳥哉
波荒るゝ入江の月の千鳥哉
夜食する船乘どもや浦千鳥
鷹狩や陣笠白き人五人
明の月白ふの鷹のふみ崩す
しづしづと塒出の鷹や下いさみ
しつしつと塒出の鷹やそこいさみ
わろひれす鷹のすわりし嵐哉
据て行く鷹の目すごし市の中
鷹それて夕日吹きちる嵐哉
渡りかけて鷹舞ふ阿波の鳴門哉
すさましや嵐に向ふ鷹の顏
はし鷹の拳はなれぬ嵐かな
ましらふの鷹据ゑて行くあら野哉
鷹匠の鷹はなしたる荒野哉
それ鷹の斜めに下りる嵐かな
それ鷹の斜めに下りる枯野哉
鷹狩や鶴の毛ちらす麥畑
鷹狩や鶴の毛を吹く麥畑
鷹鶴を押へて落ぬ麥畑
野路の人鷹はなしたるけしき哉
人一人鷹放したる野道哉
獻上の鷹据ゑて行く裾野哉
獻上の鷹通りけり箱根驛
獻上の鷹に逢ひけり原の驛
獻上や五十三次鷹の旅
鷹据て人憩ひ居る野茶屋哉
鷹据うる人に逢ひけり原の中
鷹狩や豫陽の太守武を好む
鷹の尾に隼の尾を繼ぎにけり
隼に日本海の朝日かな
聲かきりなきてはいかに都鳥
聲かきりなくねきゝたし都鳥
世の塵をうけすさすかは都鳥
世の塵をうけぬやさすか都鳥
我庵に飛てはいれよみやこ鳥
雪の日はふところかさん都鳥
雪の日の隅田は青し都鳥
Yukinohi no Sumida wa awashi Miyakodori
Yukinohi ya Sumida no Nagare Miyakodori
Yukinohi ya Sumida no Shiraho Miyakodori
都鳥囀つて曰く船頭どの
耳つくや下より上へさす夕日
耳つくのそれらでもなし信天翁
世の中は木兎の耳のなくも哉
親爺の眼木兎の眼の晝ならん
梟や聞耳立つる三千騎
梟や杉見あぐれば十日月
梟をなぶるや寺の晝狐
馬糞のそばから出たり鷦鷯
馬糞の中から出たり鷦鷯
煤拂のそばまで來たり鷦鷯
寐る牛をあなどつて來たり鷦鷯
澤庵の石に上るやみそさゝゐ
菜屑など散らかしておけば鷦鷯
味噌桶のうしろからどこへ鷦鷯
聖堂やひつそりとして鷦鷯
枯菊の色に出にけり鷦鷯
物あればすなはち隱るみそさゞい
かいつぶり思はぬ方に浮て出る
風吹て海靜かなりかいつふり
さゝ波や氷らぬ鳰の湖青し
薄氷を碎いて鳰の浮きにけり
釣舟やしぐれて歸る鳰の湖
橋ぎはへ流れて來たか鳰
湖や渺々として鳰一つ
かいつぶり浮寐のひまもなかりけり
初雪の梦や見るらん浮寐鳥
朝見れば吹きよせられて浮寐鳥
御社や庭火に遠き浮寐鳥
浮寐鳥平入道の天下かな
徳川の夢や見るらん浮寐鳥
水遠く渚曲りて浮寐鳥
声立てぬ別れやあはれ暖鳥
一夜妻ならであはれや暖鳥
おろおろと一夜に痩せる暖鳥
あちこちに鳴くや夜明の暖鳥
うつかりと放すまじきか暖鳥
うつかりと放つましきか暖鳥
啼き細る聲のあはれや暖鳥
思ひわびてはなす夜もあり暖鳥
かくまてに見透いて白し河豚の肉
飼寉のつくづくにらむ干鰒哉
年九十河豚を知らずと申けり
ものゝふの河豚にくはるゝ悲しさよ
風吹てふぐくふ夜のさわがしき
風吹て河豚を隱す袂かな
鰒くふと聞けどやさしや人の顏
鰒くふや獣うそむく裏の山
鰒提げて歸るや市の小夜嵐
鰒に似た顏と知らずや坊が妻
見るよりも獨りゑまるゝ河豚哉
大ふぐや思ひきつたる人の顔
釣りあげて河豚投げつける石の上
來年の事言へば鰒が笑ひけり
鰒くふて惡女を梦に見る夜哉
鰒くふて心もとなき寐つき哉
鰒も啼けこゝはきのふの船軍
戀故に鰒には捨てぬ命哉
鰒生きて腹の中にてあれる哉
河豚くふて死ともないか誠かな
河豚くふて其夜死んだる夢苦し
鰒で死んで蓮の臺に生ればや
占へは噬溘河豚に咎なし
河豚乾鮭を讒すれば海鼠黙々たり
河豚讒して鮭死す海鼠黙々たり
勝公事の海鼠を譏る河豚哉
河豚の顏の鏡に寫る醜女哉
河豚の面に亡父の仇を打たんとす
不折は河豚の如く爲山はいもの如く
冬の部に河豚の句多き句集哉
小鍋立借問す河豚か鮟鱇か
あんかうに一膳めしの行燈哉
鮟鱇ありと答へて鍋の仕度かな
鮟鱇鍋女房に酒をすゝめけり
鮟鱇鍋河豚の苦説もなかりけり
鮟鱇の口あけて居る霰かな
賣れ殘る鮟鱇買へと勸めけり
風邪引の夜著打ちかぶり鮟鱇汁
君を呼ぶ内證話や鮟鱇汁
傾城を買ひに往く夜や鮟鱇鍋
蓋取ツテ消息いかんにあんこ鍋
老妻の火を吹く顏や鮟鱇鍋
灯ともして鰤洗ふ人や星月夜
乾鮭の腹ひやひやと風の立つ
雪のくれ乾鮭さげて戻りけり
乾鮭に鶯を待つ裏家哉
乾鮭のつら竝べたる檐端哉
乾鮭と山鳥とつるす廚哉
里町や乾鮭の上に木葉散る
乾鮭北より柚味噌南より到る
から鮭の切口赤き厨哉
から鮭のさしみや鴨はもらひ物
から鮭の髑髏に風の起るかな
乾鮭は魚の枯木と申すべく
から鮭は成佛したる姿哉
から鮭や市に隱れて貧に處す
熊賣って乾鮭買ふて歸りけり
孟子乾鮭を好み荀子河豚を愛す
老僧は人にあらず乾鮭は魚に非ず
から鮭の阪東武士が最期哉
乾鮭や頭は剃らぬ世捨人
乾鮭をもらひて鱈を贈りけり
乾鮭をもらひ蜜柑を贈りけり
乾鮭に目鼻つけたる御姿
棒鱈を引ずつて行く内儀哉
氷魚もよらず風の田上月の宇治
氷魚痩せて月の雫と解けぬべし
寒鮒を尋ねて市に鯉を得つ
狼に寒鮒を獻す獺の衆
杜夫魚のまうけ少なきたつき哉
霜やけの手から海鼠のすへりけり
小石にも魚にもならず海鼠哉
逃げる氣もつかでとらるゝ海鼠哉
にげる氣もなくて取らるゝ海鼠哉
海老は鎧。海鼠の裸を笑つて曰く
瓦とも石とも扨は海鼠とも
空死と見えであはれな海鼠哉
渾沌をかりに名づけて海鼠哉
辷らして海鼠押える和尚哉
摺鉢を海鼠匍い出す寒さかな
禪寺の木魚にならぶ海鼠哉
大名のつくつく見たる海鼠哉
海鼠出る頃を隱れてむぐらもち
海鼠とも見えで中々あはれ也
のら猫の鼻つけて見る海鼠哉
平鉢に氷りついたる海鼠哉
世の中をかしこくくらす海鼠哉
天地を我が産み顔の海鼠かな
大海鼠覺束なさの姿かな
風もなし海鼠日和の薄曇り
貞女石に化す惡女海鼠に化すやらん
引汐の錨にかゝる海鼠かな
引汐に引き殘されし海鼠哉
海鼠喰ひ海鼠のやうな人ならし
念佛は海鼠眞言は鰒にこそ
晴れもせず雪にもならず海鼠哉
無爲にして海鼠一萬八千歳
一休の糞になつたる海鼠哉
庫裡腥くある夜海鼠の怪を見る
切に誡む海鼠に酒をのむ勿れ
海鼠黙し河豚嘲る浮世かな
海鼠黙し河豚ふくるゝ浮世かな
初五文字のすわらでやみぬ海鼠の句
海鼠眼なしふくとの面を憎みけり
菩提もと樹にあらず海鼠魚にあらず
剛の坐は鰤臆の坐は海鼠哉
凩にしつかりふさぐ蠣の蓋
肉さしに見事つきさす蠣の腹
妹がりや荒れし垣根の蠣の殻
大船の蠣すり落す干潟かな
引き汐や岩あらはれて蠣の殻
牡蠣汁や居續けしたる二日醉
膝かくす紙衣破れて冬の蠅
日あたりや障子に羽打つ冬の蠅
古筆や墨嘗めに來る冬の蠅
うとましやながらへて世に冬の蠅
うとましや世にながらへて冬の蠅
冬の蠅火鉢の縁をはひありく
我病みて冬の蠅にも劣りけり
日のあたる硯の箱や冬の蠅
人をさす劍はさびて冬の蜂
汽車道の一すぢ長し冬木立
鐵道の一筋長し冬木立
不二へ行く一筋道や冬木立
犬吠て里遠からず冬木立
産神や石の鳥居も冬木立
沖中や鳥居一つの冬木立
其杖も男鹿の角も冬木立
野の宮の鳥居も冬の木立哉
ひかひかと神の鏡や冬木立
村もあり酒屋もありて冬木立
山陰や村の境の冬木立
入る月や帆柱竝ぶ冬木立
大雨のざんざとふるや冬木立
大庭や落葉もなしに冬木立
小鳥さへ啼かず冬木立靜かなり
銃提げし士官に逢ひぬ冬木立
其奥に富士見ゆるなり冬木立
建石や道折り曲る冬木立
誰樣の御下屋敷ぞ冬木立
ところどころ烟突高し冬木立
鳥歸る冬の林の塔暮れたり
菜畑や小村をめぐる冬木立
菜を掛けし家こそ見ゆれ冬木立
日暮里や只植木屋の冬木立
冬木立隱士が家の見ゆる哉
冬木立五重の塔の聳えけり
冬木立千住の橋の見ゆるなり
冬木立道灌山の鳥居かな
冬木立道灌山の麓かな
棒杭や四ッ街道の冬木立
奉納の白き幟や冬木立
町中に聖天高し冬木立
見れば晝の月かゝりけり冬木立
昔寵愛の女住みけり冬木立
村もなし只冬木立まばらなり
煙突や千住あたりの冬木立
片側は杉の木立や冬木立
雲かくす山陰も無し冬木立
山門を出て八町の冬木立
白帆ばかり見ゆや漁村の冬木立
絶壁に月かゝりけり冬木立
田の畦も畠のへりも冬木立
冬木立瀧ごうごうと聞えけり
冬木立遙かに富士の見ゆる哉
門前のすぐに阪なり冬木立
夕榮や鴉しづまる冬木立
横須賀や只帆檣の冬木立
四辻や東芝山冬木立
岡ぞひや杉の木まじり冬木立
いくさやんで人無き村や冬木立
家二軒畑つくりけり冬木立
馬行くや道灌山の冬木立
千年の建物黒し冬木立
何もなし只冬木立古社
人叱る關所の聲や冬木立
冬木立骸骨月に吟じ行く
冬木立日の入見えて奧深き
冬木立不動の火焔燃えにけり
冬木立御座を設けて川に臨む
冬木立のうしろに赤き入日哉
古道の栞も朽ちぬ冬木立
湖にそふて驛あり冬木立
三芳野に櫻少し冬木立
めらめらと燃ゆる伽藍や冬木立
めらめらと燒ける伽藍や冬木立
一村は竹藪もなし冬木立
其中に柵の境や冬木立
寺ありて小料理屋もあり冬木立
冬木立鳥啼きやんで飛ぶ音す
砂村や稲荷を祭る冬木立
冬木立煙の立たぬ小村哉
橋越えて淋しき道や冬木立
拂ひ下げて民に伐らしむ冬木立
二三本杉もまじりて冬木立
盗人の金や隱せし冬木立
冬木立色ある者はなかりけり
冬木立からからと礫かすめ去る
汽車道に冬木の影の竝びけり
ことごとく藁を掛けたる冬木哉
片側は冬木になりぬ町はつれ
田の畝のあちらこちらに冬木哉
二三本冬木とりまく泉哉
はつきりと冬木の末や晝の月
古道に馬も通らぬ冬木哉
ぼくぼくと冬の木竝ぶ社哉
痩村に行列とまる冬木かな
枯れてから何千年ぞ扶桑木
一もとの枯木を闇や花ざかり
木立枯れて夜半の庭火のあらは也
無花果の鈍な枯れ樣したりけり
梟の思ひかけずよ枯木立
水落ちて橋高し枯木二三本
五六軒雪つむ家や枯木立
眞間寺や枯木の中の仁王門
聳えたる枯木の中や星一つ
筑波嶺やかのもこのものめつた枯
四五尺の枯木にとまる鴉かな
制札を掛けたる宮の枯木かな
何鳥か五六羽來たる枯木かな
風情無き枯木の庭となりにけり
祇園清水冬枯もなし東山
冬枯の中に家居や村一つ
冬枯の今をはれとやふしの山
冬かれや田舎娘のうつくしき
冬枯に枯葉も見えぬ小笹哉
冬枯のうしろに高し不二の山
冬枯のうしろに立つや不二の山
冬枯の草の家つゝく烏哉
冬枯の野に學校のふらふ哉
冬枯やいよいよ松の高うなる
冬枯や蛸ぶら下る煮賣茶屋
辻君の衾枯れたる木陰哉
冬枯に犬の追ひ出す烏哉
冬枯にうら紫の萬年青哉
冬枯のうしろに遠し赤煉瓦
冬枯の垣根に咲くや薔薇の花
冬枯の木間に青し電氣燈
冬枯や柿をくはへてとぶ烏
冬枯の一隅青し三河嶋
冬枯や酒藏赤き村はづれ
冬枯や雜木の奧の松林
冬枯や賤が檐端の烏瓜
冬枯や巡査に吠える里の犬
冬枯や牡丹花が乘る牛の綱
冬枯やまだ頼みある青筑波
冬枯や都をめぐる隅田川
冬枯や目黒の奧の二王門
冬枯や王子に多き赤楝瓦
冬枯や繪の嶋山の貝屏風
冬枯をのがれぬ庵の小庭哉
戀にうとき身は冬枯るゝ許りなり
道灌の山吹の里も冬枯れぬ
冬枯に飯粒ひろふ雀かな
冬枯の荒れて菊未だ衰へず
冬枯の樫の木りんと聳えけり
冬枯のたぐひにもあらず眼の光り
冬枯の築山淋し石燈籠
冬枯の中に小松の山一つ
冬枯の根岸淋しや日の御旗
冬枯の野末につゞく白帆かな
冬枯の山はうつくしき者許り
冬枯や礎見えて犬の糞
冬枯や大きな鳥の飛んで行く
冬枯や手拭動く堀の内
冬枯や隣へつゞく庵の庭
冬枯や鳥に石打つ童あり
冬枯や何山彼山富士の山
冬枯や張物見ゆる裏田圃
冬枯や遙かに見ゆる眞間の寺
冬枯や王子の道の稻荷鮓
唐辛子妹が垣根も冬枯るゝ
冬枯るゝ土橋の縁の小草かな
冬枯れて森の堺の柵長し
冬枯の中に小菊の赤さかな
冬枯や石臼殘る井戸の端
冬枯や馬の尿する草の中
冬枯や馬の尿する原の中
冬枯や鏡にうつる雲の影
冬枯や烏のとまる刎釣瓶
冬枯や木もなき堤馬歸る
冬枯や子とものくゞる枳穀垣
冬枯や三の臺場の高燈籠
冬枯やともし火通ふ桑畑
冬枯や奈良の小店の鹿の角
冬枯や鳩驚いて屋根の上
冬枯や童のくゞる枳穀垣
古堀や水草少し冬枯るゝ
裾山や根笹まじりに冬枯るゝ
はらわたの冬枯れてたゞ發句哉
冬枯るゝ筆の穂とこそさては花
冬枯れて鳥居一つや土手の上
冬枯に二見が浦の朝日かな
冬枯の湖水に島もなかりけり
冬枯の地藏の辻に追剥す
冬枯の中に猗々として竹青し
冬枯の八百屋に赤し何の瓜
冬枯や曰く庭前の松樹子
冬枯や庚申堂の小豆飯
冬枯や神住むべくもなき小宮
冬枯や車の通る道一つ
冬枯や小笹の中の藪柑子
冬枯や粲爛として阿房宮
冬枯や提灯走る一の谷
冬枯や塵のやうなる虫が飛ぶ
冬枯や鼠すてたる町はづれ
冬枯や百穴見ゆる雜木山
冬枯や物ほしさうに鳴く烏
冬枯や八百屋の店の赤冬瓜
冬枯や草鞋くはへて飛ぶ鴉
松生けて冬枯時の酒宴哉
冬枯に漏れたまはぬぞ是非もなき
冬枯の北を限りて城長し
冬枯の樣や芭蕉も義仲も
冬枯や郵便箱のなき小村
冬枯や郵便箱もなき小村
冬枯やともし火通る桑畑
冬枯の根岸を訪ふや繪師が家
冬枯や熊祭る子の蝦夷錦
冬かれの紅緑も京をさらんとす
冬枯れやはごにかゝりし鵙の聲
冬枯の中に錦を織る處
山茶花の椽にこほるゝ日和哉
山茶花や石燈籠の鳥の糞
山茶花に犬の子眠る日和かな
山茶花に鉦鳴らす庵の尼か僧か
山茶花に戀ならで病める女あり
山茶花に猶なまめくや頽れ門
山茶花や墓をとりまくかなめ垣
板塀に山茶花見ゆる梢哉
板塀や山茶花見ゆる末ばかり
山茶花のこゝを書齋と定めたり
山茶花の散る裏門や館舩
山茶花や窓に影さす飯時分
山茶花を雀のこぼす日和哉
植木屋の垣の山茶花咲きにけり
植木屋の山茶花早く咲にけり
山茶花のこぼれかゝるやかなめ垣
山茶花や病みて琴ひく思ひ者
山茶花に花に鉋屑吹く柱立
杉垣に山茶花散るや野の小家
山茶花に新聞遲き場末哉
山茶花に南受ける書齋哉
山茶花の垣に銀杏の落葉哉
山茶花や爐を開きたる南受
山茶花の垣根に人を尋ねけり
山茶花や子供遊ばす芝の上
山茶花や鳥居小き胞衣の神
山茶花やまでやはらかき墓の土
山茶花の垣の内にも山茶花や
北窓の破れにすくや寒椿
冬椿猪首にさくぞ面白き
寒椿落て氷るや手水鉢
寒椿力を入れて赤を咲く
其まゝに巴の尼や寒椿
名もかへで巴の尼や寒椿
年中の明家なりけり冬椿
花活に一輪赤し冬椿
灰すてる小庭の隅や寒椿
新らしき家のふゑけり寒椿
寒椿今年は咲かぬやうすなり
寒椿黒き佛に手向けばや
寒梅や小窓とびこす走り炭
賈島やせ孟郊寒し梅の花
賈島やせ孟郊寒し梅の雪
賈島痩せ孟郊寒し雪の梅
寒梅のかをりはひくし鰻めし
寒梅やある夜の梦に星落ちて
寒梅やかすかに星の二つ三つ
寒梅や的場あたりは田舍めく
天地の氣かすかに通ふて寒の梅
天地の氣かすかに通ふ寒の梅
天の息かすかに屆く寒の梅
二三輪咲く骨折や冬の梅
一枝に四輪は多し冬のうめ
冬の梅裏手の方を咲きにけり
骨折て四五輪さきぬ冬のうめ
横笛冴けりな寒梅開く二三輪
市中や賣られて通る冬の梅
寒梅や焚き物盡きて琴一つ
春またず年もをしまず寒の梅
日の筋の一つ二つは寒の梅
眞丸な氷釣りけり冬の梅
寒梅や欄干低く筑波山
春は芽ばれ薪にきらん冬の梅
苦辛こゝに成功を見る冬の梅
千駄木に隱れおほせぬ冬の梅
金杉や早梅一枝垣の外
咲いたとてそれがどうした室の梅
ことごとく紅莟む室の梅
おちぶれし殿上人や冬牡丹
雪よりも時雨にもろし冬牡丹
いぶかしや賤が伏家の冬牡丹
雪ふるや折角さいた冬牡丹
馬糞のぬくもりにさく冬牡丹
誰がすんで京のはづれの冬牡丹
中々に小さくもあらず冬牡丹
花いけに一輪赤し冬牡丹
吹きつけた雪も氷るや冬牡丹
冬牡丹江口の君の姿かな
尼寺に冬の牡丹もなかりけり
冬牡丹尼になりたくは思へども
朝下る寒暖計や冬牡丹
寒牡丹枝兀として花一つ
君がために冬牡丹かく祝哉
日暮の里の舊家や冬牡丹
一つ散りて後に花なし冬牡丹
病牀に寫生の料や冬牡丹
火を焚かぬ煖爐の側や冬牡丹
冬牡丹咲かで腐りし蕾かな
冬牡丹頼み少く咲にけり
冬牡丹若葉乏しみ寒げ也
古株の枝槎牙として冬牡丹
フランスの一輪ざしや冬の薔薇
築地行けば垣根の薔薇や冬の花
はきだめの臭き中より枇杷の花
さはるべき雲さへ持たず枇杷の花
山門や妙な處に枇杷の花
枇杷咲くや寺は鐘うつ飯時分
咲いて散りし北の家陰の枇杷の花
咲て散りし家のうしろの枇杷の花
北庭や日影乏しき枇杷の花
植込のうしろの方や枇杷の花
職業の分らぬ家や枇杷の花
八手咲いて茶坐敷としも見ゆるかな
手水鉢八手の花に位置をとる
公達の御成の小家や歸り花
白壁に見失ひけり歸り花
蝉のから碎けたあとや歸り花
はかなしや不二をかさして歸り花
入相の鐘に開くか歸り花
歸り花比丘の比丘尼をとふ日哉
藏陰に雀鳴くなり歸り花
盃にちるや櫻の歸り花
川崎や畠は梨の歸り花
歸り咲く八重の櫻や法隆寺
なかなかに咲くあはれさよ歸り花
木老いて歸り花さへ咲かざりき
木老いて歸り花だに咲かざりき
腐り盡す老木と見れば返り花
復の卦や昔の妻の返り花
徳川の靈屋の側や歸花
筆禿びて返り咲くべき花もなし
しほらしやつまれたる茶も花盛
茶の花や利休の像を床の上
茶の花や霜に明行ふしの山
茶の花の茶の葉あるこそ恨みなれ
茶の花や霜にさびたる銀閣寺
庭下駄に茶の花摘まん霜日和
からたちの中に茶の花あはれなり
茶の花や庭にもあらず野にもあらず
茶の花や坊主頭の五つ六つ
茶の花や坊主の頭五つ六つ
藪陰に茶の花白し晝の月
茶の花に梅の枯木を愛す哉
茶の花に鰈乾したり門徒寺
茶の花に烟絶えたる香爐哉
茶の花の中にまじりて茶實哉
茶の花の中行く旅や左富士
茶の花の二十日あまりを我病めり
茶の花や客をもてなす乾鰈
茶の花や詩僧を會す黄檗寺
茶の花や詩僧を會す萬福寺
茶の花や花を以てすれば梅の兄
茶の花や祠小暗き庭の隅
茶の花や横に見て行朝の不二
茶の花や藁屋の烟朝の月
茶の花を花生けに生けて爐をおこす
野はづれに茶の花は誰が別莊ぞ
藪陰に茶の花咲きぬ寺の道
活けて久しき茶の花散りぬ土達磨
茶の花やうしろ上りに東山
茶の花や庭のうしろの東山
菓子赤く茶の花白き忌日哉
茶の花や雨にぬれたる庭の石
一もとの榎枯れたり六地藏
小幟や狸を祭る枯榎
名物の饅頭店や枯榎
枯柳相如が題字古りにけり
井戸のぞく小供も居らず枯柳
嶋原の入口淋し枯柳
古池や柳枯れて鴨石に在り
柳枯れぬ菜畠めぐる藁の垣
王城やいくさのあとの枯柳
枯柳棧橋朽ちて舟もなし
枯柳三味線の音更けにけり
辻々のともし火赤し枯柳
橋もとや厠のそばの枯柳
古橋やいぶしこぶしの枯柳
まつち賣るともし火暗し枯柳
燐寸賣るともし火細し枯柳
枯柳朝妻舟もなかりけり
枯柳八卦を画く行燈あり
からみつく枯蔦長し牛の角
枯蔦のしがみついたる巖かな
枯蔦や石につまづく宇都の山
蔦枯れて戀のかな橋中絶えぬ
枯蔦や賣家覗く破れ門
藤枯れて晝の日弱る石の牛
枯萩や日和定まる伊良古崎
萩も菊も芒も枯れて松三本
榾の火に石版摺のすゝけかな
榾焚くや伊吹を背負ふ一軒家
榾の火や宿かる家の種が嶋
榾火焚て武庫山颪來る夜哉
榾の火や伊吹を背負ふ一軒家
落武者に驚かされぬ榾の梦
榾たくや檜の嵐杉の風
榾の火や雲にも埋もる木曾の家
君か代は冬の筍親五十
母人へ冬の筍もて歸る
かいまみる寒竹長屋冬の婆
枯荻や日和定まる伊良古崎
枯れあしやおとなしからぬ風の聲
枯あしの折れこむ舟や石たゝき
枯あしや名もなき川の面白き
折れ折れて枯あし川をうつめけり
枯蘆の中に火を焚く小船哉
枯蘆やこえ船歸る夕月夜
枯蘆や沼地つゞきの薄氷
片岸の蘆ことごとく枯れにけり
枯蘆につゞく千住の木立かな
枯蘆の折れも盡さす捨小舟
枯蘆や同じ處に捨小舟
枯蘆に春風吹くや鳰の海
枯蘆や鶺鴒ありく水の隈
蘆枯れて烏ものくふ中洲哉
枯蘆を刈りて洲崎の廓哉
芭蕉枯れんとして其音かしましき
音のしてある夜倒れぬ枯芭蕉
なかなかに画師の庵の枯芭蕉
此頃は音なくなりぬ枯芭蕉
芭蕉枯れて緑乏しき小庭哉
六尺の緑枯れたる芭蕉哉
苫の霜夜の間にちりし紅葉哉
石壇や一つ一つに散もみち
裏表きらりきらりとちる紅葉
落ちてきてもみちひつゝく團子哉
神橋は人も通らす散紅葉
衣洗ふ脛にひつゝくもみち哉
雜炊にはつとちりこむもみち哉
すさましや紅葉まきこむ水車
ちりかゝるむしろ屏風のもみち哉
ちる紅葉ちらぬ紅葉はまだ青し
二三枚もみち汲み出す釣瓶哉
はきよせた箒に殘るもみち哉
東野の紅葉ちりこむ藁火哉
紅葉ちる和尚の留守のいろり哉
もみち葉のちる時悲し鹿の聲
藁屋根にくさりついたるもみち哉
遊女つれて京に入る日や紅葉散る
かけ橋や今日の日和を散る紅葉
散る紅葉女戒を犯す法師あり
紅葉散る京は女のよいところ
杉暗く紅葉散るなり御幸橋
蓮枯れて泥に散りこむ紅葉かな
一葉二葉紅葉散り殘る梢かな
目もあやに紅葉ちりかゝる舞の袖
門前の小溝にくさる紅葉哉
山深し樫の葉の落ちる紅葉散る
新聞報ず瀧の川の紅葉散ると
ちる紅葉綿入を来て瀧見哉
紅葉散りて夕日少し苔の道
紅葉散る山の日和や杉の露
紅葉散るや夕日少なき杉の森
神の子のあちこちと追ふや散る紅葉
紅葉散る岡の日和や除幕式
いやさうに首ふる風の落葉哉
かきよせて落葉にしるや庭のあき
巡禮一人風の落葉に追はれけり
辻君や落葉ひつつく石地蔵
わらんべの酒買ひに行く落葉哉
かこハれた五尺の庭の落葉哉
四五枚の木の葉掃き出す廓哉
茶坐敷の五尺の庭を落葉哉
茶屋敷の五尺の庭の落葉哉
散る木の葉風は縦横十文字
散ればたき散れば焚きして木の葉哉
とかくして不二かき出すや落は掻
はき出せぬ五尺の庭の落葉哉
一籠の紅葉いくらぞ落葉掻
吹き入れし石燈籠の落葉哉
椽に干す蒲團の上の落葉哉
落葉掃く腰掛茶屋の女哉
落葉はく上野の茶屋の女哉
大寺の屋根にしづまる落葉哉
風吹て山又山の落葉哉
三尺の庭に上野の落葉かな
鼓うてば木の葉散る也能舞臺
徳利提げて巫女歸り行く落葉哉
干網に吹きためられし落葉哉
湖の上に舞ひ行く落葉哉
弓杖に人の彳む落葉哉
夜嵐やどこの落葉を鳰の海
尼寺の佛壇淺き落葉かな
裏口や落葉掃き込む大竈
延寶の立石見ゆる落葉かな
落葉してむつかしげなる枳殻かな
落葉焚いて人無き寺の日和かな
落葉焚く烟の細し卵塔場
大村の鎮守淋しき落葉かな
街道の馬糞にまじる落葉かな
木の葉散る奥は日和の天王寺
木の葉はらはら幼子に逢ふ小阪かな
首入れて落葉をかぶる家鴨かな
蛛の圍に落ちて久しき木の葉かな
今日もまた一斗許りの落葉かな
捨てゝ置く箒埋めて落葉かな
捨舟の落葉掃き出す日和かな
谷川やいつの落葉の木の葉石
散るを掃き掃くを燃やして木葉哉
飛ぶが中に蔦の落葉の大きさよ
鶏の垣を出て來る落葉かな
晝中の小村淋しき落葉かな
吹きたまる落葉や町の行き止まり
細き道のしきりに曲る落葉かな
ほそほそと烟立つ茶屋の落葉かな
御手の上に落葉たまりぬ立佛
山の井の魚淺く落葉沈みけり
山行けば御堂御堂の落葉かな
夕風や木の葉吹き寄する石疊
庵寂びぬ落葉掃く音風の音
落付きの知れぬ木の葉や風の空
落葉して礎もなし關の跡
落葉して北に傾く銀杏かな
落葉して鳥啼く里の老木哉
狼の墓堀り探す落葉哉
泉水に落葉のたまる小舟哉
谷底にとゞきかねたる落葉哉
月の出やはらりはらりと木の葉散る
二三枚落葉沈みぬ手水鉢
二三枚木葉しづみぬ手水鉢
はらはらと身に舞かゝる木葉哉
吹き下す風の木の葉や壇かつら
古池に落葉つもりぬ水の上
古家や狸石打つ落葉の夜
堀割の道じくじくと落葉哉
窓の影夕日の落葉頻り也
舞ひながら渦に吸はるゝ木葉哉
舞ひながら渦にまかるゝ落葉哉
猪の夜たゞがさつく落葉哉
妹が垣根古下駄朽ちて落葉哉
落葉して塔より低き銀杏哉
落葉してやどり木青き梢哉
落葉して老木怒る姿あり
風の音日の入る森の落葉哉
木の葉をりをり病の窓をうつて去る
境内は賑やかなれど落葉哉
紙燭して落葉の中を通りけり
地車や石を積み行く落葉道
庖刀に身搆へしたる落葉哉
庖刀に身をかまへたる落葉哉
久しぶりに妹がり行けば落葉哉
ひらひらと吾に落たる木葉哉
吹き下す風の落葉や背戸の山
更くる夜を落葉音せずなりにけり
道端や落葉ちらばる古著店
森淋し小娘一人落葉掻く
温泉の宿の旗はらはらと木葉ちる
榎とは知れる榎の落葉哉
枯葉朽葉中に銀杏の落葉哉
三代の嵐九代の落葉かな
團栗の共に掃かるゝ落葉哉
庭の木に尾長鳥來て居る落葉哉
吹きおろす木葉の中を旅の人
ほろほろとゐろりの木葉もえてなし
宮守の賽錢ひろふ落葉かな
椋の木に尾長鳥來て居る落葉哉
林間や落葉掻く子に夕日さす
岡ぞひの家低く子に夕日さす
岡ぞひの蕎麦まだ刈らぬ落葉哉
大木の二本竝んで落葉哉
御手洗の水かれかれに落葉哉
門を入りて飛石遠き落葉哉
落葉せし槻の枝の囮かな
錠かけし門の落葉や旅の留守
庭の木にはごかけて置く落葉哉
はご掛けに大工をやとふ落葉哉
樫の落葉椎の落葉や庭の隅
落葉掻き小枝ひろふて親子哉
落葉かき小枝ひろひて親子かな
枯葉鳴るくぬ木林の月夜哉
色かへぬ末をあはれむ枯葉哉
石原に根強き冬の野菊哉
としとしに根も枯れはてず寒の菊
寒菊の日和待ちける莟哉
寒菊や昔女は老いにける
寒菊に爪剪る椽の日さしかな
寒菊や大工は左甚五郎
寒菊や村あたゝかき南受
寒菊の上にもの置く家陰哉
寒菊や修復しかゝる比丘尼寺
寒菊や修覆半ばなる比丘尼寺
上人のたよりまれ也寒の菊
上人のたよりまれなり冬の菊
冬菊や厠の道の往返り
冬菊や下雪隱へ行く小道
冬菊を見るや厠の往返り
古沓や人おちぶれて冬の菊
葱にそふて寒菊咲ぬ鷦鷯
薔薇赤く菊猶存す冬の庵
冬に入りて菊存す庵や岡の北
冬の庵に菊存す岡の北
濕気多き根岸の庭や冬の菊
寒菊やいも屋の裏の吹透し
明家や廁のかげの石蕗の花
石蕗さくや厠の陰の石蕗の花
日あたらぬ厠の陰の石蕗の花
日あたらぬ厠の陰や石蕗の花
日のあたる鍋の氷や石蕗の花
枇杷の花散りて石蕗今を盛なり
狗の子の小便するや石蕗の花
金藏の壁に日あたる石蕗の花
金藏の南おもてや石蕗の花
庭に干す土人形や石蕗の花
日の照らぬ枇杷の木陰や石蕗の花
桐落ちて淋しき庭や石蕗の花
庭石や草皆枯れて石蕗の花
石蕗の花盛りに咲きて寺臭き
山吹の室咲見せよ卜師
日あたりや馬場のあとなる水仙花
枯れはてしおどろが下や水仙花
古書幾巻水仙もなし床の上
水仙の黄にさく頃や御見拭
水仙や紙につゝんで馬の鞍
水仙や根から花さく鉢の中
水仙や貧乏徳利缺茶碗
水仙や紫袱紗黒茶碗
水仙やゆかしがらるゝ白拍子
水仙や老母庭はく朝まだき
芋の跡水仙植ゑてまばらなり
水仙に今樣の男住めりけり
水仙や朝日のあたる庭の隅
宗匠が床の水仙咲きにけり
蛸壺に水仙を活けおほせたり
薄氷の中に水仙咲きにけり
百両の石は小さし水仙花
水仙にさはらぬ雲の高さ哉
水仙に蒔繪はいやし硯箱
水仙に黄檗の僧老いにけり
水仙にわびて味噌燒く火桶哉
水仙のいつまでかくて莟かな
水仙は只竹藪に老いぬべし
古寺や大日如來水仙花
有明の水仙剪るや庭の霜
水仙と炭取と竝ぶ夜市哉
水仙の莟に星の露を孕む
水仙の露に眼の塵を洗はんか
水仙の花咲くことを忘れたり
水仙は畑三反の主かな
水仙や土塀に見こす雪の山
水仙や土塀の上に雪の山
月落ちたり水仙白き庭の隅
何も彼も水仙の水も新しき
禿倉暗く水仙咲きぬ藪の中
禿倉暗く水仙白し庭の隅
御儉徳を水仙にたとへ申さんか
水仙に鼬隱るゝ明家かな
水仙の日向に坐して寫眞哉
水仙の僅に咲て年くれぬ
水仙も處を得たり庭の隅
水仙や晉山の僧黄衣なり
水仙の莟は雪にうもれけり
水仙やものもあげさる藪の神
唐筆の安きを賣るや水仙花
筆洗の水こほしけり水仙花
枯菊を折りて捨てけり水仙花
水仙に取りあはすべきものもなし
水仙の花釵や洛の神
軸の前支那水仙の鉢もなし
紙燭とつて大根洗ふ小川哉
夕月に大根洗ふ流れかな
兩側に大根洗ふ流れ哉
両岸に大根洗ふ流れ哉
大根の刀蕪の矢の根かな
大根の鶴蕪の龜や酒九獻
首途の太刀にはかばや干大根
一つ家やどちらを見ても干大根
切干の大根の中の唐辛子
年々や婆々が手痩せて干大根
石筆のころがる椽や干大根
背戸へ出て蕪洗ふ人や川向ひ
緋の蕪の三河嶋菜に誇つて日く
蕪肥えたり蕪村生れし村の土
画室成る蕪を贈って祝ひけり
雀迯げぬ吹矢はそれて干蕪
牛鍋につゝき崩せし根深哉
白葱の一皿寒し牛の肉
葱洗ふ浪人の娘痩せにけり
霜月のうら枯れんとす葱畠
山里や木立を負ふて葱畠
指五本葱の雫落るべう
滄浪の水清めらば葱を洗ふへし
葱賣の兩國わたる夕かな
古里に根深畠は荒れにけり
ある夜葱筑波颪に折れ盡せり
市に住んで葱買ひに行く隣哉
江戸の市に白根の長き根深哉
背戸廣し根深の果の遠筑波
二三本葱買ふて行く人貧し
野と隔つ垣破れたり葱畑
普化宗の寺の跡なり葱畑
豚盡きて葱を貪る主かな
王孫を市にあはれむ葱哉
木を伐て根深畠に倒しけり
葱洗ふや野川の町に入る處
葱汁や京の寄宿の老書生
葱汁や京の下宿の老書生
棒入れて冬菜を洗ふ男かな
桶踏んで冬菜を洗ふ女かな
竹立てゝ冬菜をかこふ畠かな
水引くや冬菜を洗ふ一卜搆
村近く冬菜植ゑたる畠哉
道ばたの冬菜の屑に霜白し
旅籠屋や山見る窓の釣干菜
したゝかに干菜つりたり一軒家
霜かれに立すくみたる蘇鐵かな
霜枯の佐倉見上ぐる野道かな
霜枯や誰がおくつきの姫小松
霜枯や階子懸けたる明屋敷
霜枯や僅かに高き誰の塚
明寺の霜枯に無く鼬哉
草枯れて鼬のにげる寒さかな
いさゝかの草枯れ盡す土橋かな
草枯れて池の家鴨の寒げ也
草枯れて礎殘るあら野哉
草枯や寺の名殘の井戸一つ
なかなかに枯れも盡さず畦の草
草枯れて南大門いまだ建たず
草枯や雲にもうとき三笠山
草枯や鷹に隱れて飛ぶ雀
草枯や堀割崩える二三間
草山の奇麗に枯れてしまひけり
草枯や土鍋を洗ふ化粧井
草枯や一もと殘る何の花
草枯れて武藏野低きながめ哉
草枯や埋井の底に夕日さす
草枯や囚徒飯くふ道普請
草枯るゝ賤が垣根や枸杞赤し
草枯るゝ賤の垣根や枸杞赤し
草枯るゝ庭の日向や洗濯す
草枯や狼の糞熊の糞
水草の枯れみ枯れずみ水の中
野菊殘り露草枯れぬ石の橋
枯るゝ草枯れぬ小草の日陰哉
枯葛の草鞋にかゝる日は暮ぬ
とげの木に蔓草枯れて茶色の實
花ながら下葉枯行く小草哉
水草や水あるかたに枯れ殘る
物踏で枯草になする雪踏哉
鶏頭のとうとう枯てしまひけり
龍膽や芒の中に刈れ殘る
北庭の枯草もなく凍し哉
枯鶏頭此頃空氣乾燥す
此頃の空氣乾くや枯鶏頭
菊枯て筆塚淋し寺の庭
傘さして菊の枯れたる日和かな
幽靈に似て枯菊の影法師
垣朽ちて小菊枯れたり妹が家
枯菊に着綿程の雲もなし
菊枯るゝ南の窓ぞあたゝかき
白菊の黄菊の何の彼の枯れぬ
植木屋に賣殘りの菊皆枯るゝ
大方の菊枯れ盡きて黄菊哉
枯菊に笊干す背戸の日南哉
枯菊や惠心の作の釋迦如來
菊枯れて上野の山は靜かなり
菊枯れて胴骨痛む主人哉
菊枯れて松の緑の寒げなり
背戸の菊枯れて道灌山近し
西うくる背戸に夕日の菊枯るゝ
鶏や枯菊の花ふりちぎる
古庭の菊も芒も枯れにけり
百菊の同じ色にぞ枯れにける
枯菊に庭一ぱいの日南かな
黄菊白菊皆枯草の姿かな
きのふけふ枯菊がちになりにけり
枯菊に氷捨てたる朝日哉
枯菊の記を書きに來よふき膾
自來也も蝦蟇も枯れけり團子坂
萩伐られ菊枯れ梅の落葉哉
萩伐られ菊枯れ鶏頭倒れけり
枯菊に飛び來る蟲もなかりけり
枯菊の壇とりのけてしまひけり
菊枯れて冬薔薇蕾む小庭かな
丈高く枯菊立てる時雨かな
枯芝に松緑なり丸の内
兩側の枯芝高き小道かな
枯芝にこぼるゝ冬の薔薇哉
招く手はなけれど淋し枯薄
馬の尾に折られ折られて枯尾花
川よりも山路につよし枯尾花
むきくせのついて其まゝ枯尾花
行秋の立徃生や枯尾花
鷺谷に一本淋し枯尾花
ふじのせた添水動かす枯尾花
鮒つりやさはれば折れる枯尾花
うしろから吹く風多し枯薄
狼のふみゆく音や枯尾花
枯尾花姥のやうにて恐ろしき
戀塚や薄は枯れて牛の糞
菅笠をかぶせて見ばや枯尾花
芭蕉忌に笠きせて見はや枯尾花
世の中を悟つて枯れる薄哉
尾花枯て石あらはるゝ箱根山
尾花枯て砂利ほる丘に鴉鳴く
川狹く板橋高し枯尾花
枯尾花燒場へ曲がる小道かな
芒枯れて千年の野狐石に化す
砂村や茶屋のかたへの枯尾花
花薄百萬石を枯れにけり
枯薄こゝらよ昔不破の關
枯尾花風吹暮て月もなし
枯尾花風吹き絶えて月もなし
枯尾花こゝらよ昔不破の關
枯尾花水なき川の廣さかな
古塚に行きあたりけり枯薄
尾花枯れて石あらはれぬ墓か否か
風も動かず芒を見れば枯れにけり
枯芒思ひ死ニの墓と記すべし
枯薄胡人五十騎ばかり行く
枯芒障子開くれば吾を招く
枯薄人呼ぶ茶屋の婆もなし
此道や只枯芒馬の糞
七湯の烟淋しや枯芒
居風呂を焚くや古下駄枯芒
誰が夢の骸骨こゝに枯芒
とかくして枯れた芒に油斷すな
野狐死して尾花枯れたり石一つ
枯芒さすが女に髯はなし
古道や馬糞日の照る枯芒
からけたる繩のゆるみや枯芒
鐵砲に兎かけたり枯薄
萩刈りし庭のかなたや枯芒
枯蓬柩見え來る野道かな
道の邊や枸杞の實赤き枯葎
枯れ盡す葎か底の小笹かな
枯れ盡す葎の底の小笹かな
枯れ盡す葎の底の小松かな
葎枯れて雲わき起る石のあたり
ものゝ實の蔓もゆかしや枯葎
雉を打つ人ひそみけり枯葎
生殘る蛙あはれや枯蓮
太液の枯蓮未央の枯柳
蓮かれて小鴨のしぐれ哀なり
蓮枯て辨天堂の破風赤し
蓮枯て夕榮えうつる湖水哉
蓮枯れて氷に眠る小鴨哉
蓮の實の飛ばずに枯れしものもあらん
蓮十里盡く枯れてしまひけり
蓮枯て蓼猶赤き水淺み
枯荵床屋が檐に枯れにけり
枯荵床屋の檐に枯にけり
大事がる金魚死にたり枯しのぶ
蓼枯れて隱れあへず魚迯げて行

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