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印象深かった、風間杜夫さんが演じた松平容保

4月29日の日本経済新聞朝刊の44面は「春の叙勲 喜びの声」でした。この中に、旭日小綬章を受章された俳優の風間杜夫さんがいらっしゃいました。私は長年風間さんのファンのため、この受章はとても嬉しいものでした。
 
私が初めて風間さんを意識したのは、1986年年末に日本テレビで放映されたドラマ「白虎隊」でした。「白虎隊」は、幕末において福島・会津を舞台とした戦争の中で、会津若松城の落城を悲しんだ(実際にはその時は落城していなかったのですが)16人の若者が自刃した物語です。
風間さんはこのドラマの中で、会津藩の殿様である松平容保を演じていました。
 
余談ですが、260年間の江戸時代の中でもこの松平容保ほど悲運な殿様はいませんでした。容保は、美濃(岐阜県)の高須藩から親藩(徳川家の親族)の中でも名門であった会津藩に養子に来た人です。それだけに、よい養子となり、よい会津藩の殿様になろうという気持ちが強かったと思います。
 
会津藩には初代の保科正之より残された家訓(かきん)という憲法がありました。その冒頭には「江戸の将軍様に忠誠を誓いなさい。もし忠誠を尽くさないなら、自分の子孫ではないので、家臣は従う必要はない」とあります。容保は、この家訓を忠実に守り、江戸幕府より命じられた京都を守る役目に励みました。その役目を通して、時の孝明天皇からも感謝の書状をもらっています。
 
しかし、時代の急激な変化の中で、江戸幕府は滅亡し、京都に新政府が立てられました。会津藩が京都を守る中で多くの反幕府勢力を弾圧し、殺してきた為、新政府は会津を攻め、白虎隊の悲劇が生まれたのです。
 
容保は生真面目な人柄だったと思います。その人柄から真面目に職務遂行したことが、皮肉にも新政府をつくった人たちの恨みを買っていたのです。結果的に多くの家臣や領民の苦しみとなり、会津藩の滅亡と繋がったのです。真面目な人柄があだとなり国が滅亡する。これほど悲運な殿様はいません。
 
風間杜夫さんが演じられた松平容保は、見事にその生真面目さ、また悲運さを表現したものでした。後にも先にも、こんなに見事な容保を観たことがありません。
 
この「白虎隊」以降、風間さんが出演される多くのドラマ、映画を拝見し、一度舞台も観に行ったことがあります。ドラマ、映画も印象的ですが、舞台での迫力さは10年以上経った今でも記憶に残っています。
 
現在74歳の風間さん。今年も6つの舞台に上がられるとのことで、今後もお元気なご活躍をお祈りしたいと思います。

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