見出し画像

【シンポジウム採録・後半】「 ハラスメント実態、労働環境適正化、日本映画のこれからを考える3

2023年3月14日、シンポジウム「 ハラスメント実態、労働環境適正化、日本映画のこれからを考える3」を実施しました。
・小西美穂氏(司会 / 関西学院大学特別客員教授)
・齋藤梓氏(臨床心理士 / 上智大学総合人間科学部准教授)
・仲修平氏( 社会統計学 / 明治学院大学社会学部 准教授)
・新村響子氏(弁護士 / 日本労働弁護団常任幹事)
・坪井ひろ子氏(ユネスコ文化的表現の多様性の保護及び促進に関する条約エキスパートファシリティメンバー)
・歌川達人(JFP)
※アーカイブ視聴は下記より

本当に深刻な被害の記述が・・・

小西:ここからは、弁護士の視点・法的な観点による分析結果の報告です。新村先生、分析を通じてどんな御感想をお持ちになりましたか。

新村:私どもは、このアンケートのうち、自由記載欄の分析を担当しました。自由記載欄も、ハラスメント、適正化機関に対しての意見など4つあるんですが、まず私が驚いたのはその自由記載の多さですね。こういったアンケートでは自由記載は書かなくてもいいわけですが、多数の方が、たくさんのご意見を寄せられた。「みんな言いたいことがすごくあるんだな」と感じました。

もう一つは先ほどから話題にも出ているように、ハラスメントと性被害に関しての自由記述が多いという印象を受けました。ハラスメントが「ありすぎて書ききれない」「たくさんありすぎます」などと書いてくださってる方もたくさんいましたし、特にセクハラに関しては、本当に生々しい自分の具体的な体験談を書いている方がたくさんいるのがすごく印象的でした。

記載のあったハラスメントの内容を具体的に紹介します。セクハラについては、その内容の深刻にも注目すべきです。体を触るような強制わいせつや、強姦とも言えるような、本当に深刻な被害の記述がたくさん見られました。

例えば、「レッスンの時に胸を触られた」、「飲み会の席で年配のスタッフの人から隣に座らされ、ずっと体を触られた」など。映画界ならではのエピソードとしては、「君を主演として輝かせるためには、君のことを知らなきゃいけないんだ。そのためには、裸を見ないといけないんだ。さらには自分と性交渉することで君を理解したいんだ」と監督から言われ、洗脳されるようにして最後結局性交渉するまで追い詰められていってしまった、という事案もありました。あるいは、これも業界特有ですが、いわゆる枕営業を強いられて、それを断ると冷遇される。また、事務所に相談しても、「そういうことをして、のし上がるというのもチャンスを掴むことで否定しないよ」と暗にそれを勧められ、事務所が助けてくれなかった、といった事案もありました。

撮影においても、フルヌードや性行為シーンの撮影をどれぐらいやるのか、自分が思ってる以上のものを強要された、というアンケート結果も沢山ありました。

小西:犯罪行為、告訴対象になるようなことも散見されたということですか。

新村:そうですね。強制わいせつ、刑事犯罪にもあたり得るような深刻なセクハラが蔓延しているというのは、深刻な状況だと感じました。

性被害に関するコメント抜粋

賃金として反映してほしい

小西:自由記述欄を見ているだけでも胸が苦しくなりますが、たくさんの記述をどのように抽出、分析したか解説いただけますか。

新村:ハラスメントだけではなく、様々なテーマに関してご意見をいただきましたので、その中から幾つかのテーマを分類し、まとめる形で分析しました。

  • ハラスメント

  • 労働時間

  • 報酬関係

  • 社会保障

  • ユニオンや第三者機関、相談機関

  • 人材育成、業界全体の未来

を意見ごとにまとめ、コメントをつけています。ハラスメント以外にも、沢山の重要な課題が、このグルーピングから見えてきていると思います。

小西:ハラスメント以外で、他に深刻な点はありましたか?

新村長時間労働と、それとセットの低賃金・報酬が少ないという二点でしょうか。まず、労働時間に関しては「予算がないから無給で働かされる」という意見と、「不眠不休でとにかく働かされるのが、この業界の常識になっている」という意見が多数ありました。「だから労働時間の規制が必要だ」との意見に繋がっていて、適正化の報告書の中で「13時間以下にしてはどうか」と提言が出ているんですが、アンケートの自由記載の中には「13時間は長過ぎる」と「規制して、ルールが13時間でいいんですか」という意見もありました。
確かに普通の労働者は8時間ですので、13時間でいいのかどうか、もっと議論が必要だなと感じました。

労働条件を望む回答の抜粋

報酬に関しては、低い・タダ働きが多いという意見が多かったです。特に、フリーランスとしては、仕事が欲しいので、過酷なスケジュールで低賃金であっても、仕事は断れない、受けざるを得なくて、低賃金で長時間働くサイクルに入ってしまう。また、好きでこの仕事をされている方が多いので、「好きだから、低賃金でも頑張って自分の経験の為になると思ってやる」という意見も多く、それがいわゆる「やりがい搾取」に繋がっているのではという指摘もありました。やる気や、好きだから頑張っているのを賃金として反映してほしいという、切実な意見が多数あったのが印象的でしたね。

小西:そういった状況の中で映画が作られているということ……、映画ファンとしては残念ですね。

各国で議論される"フリーランスの社会保障"

小西:仲先生、海外との比較では、どういう状況だと感じますか。

:私は今、フリーランスの方々に関する社会保障の問題に取り組み始めているところで、断定的なことは言えないのですが、やはり映画フリーランスに限った話じゃないのかなという気がしています。EUでは、労働者と自営業者の社会保障に対するアクセス勧告が2019年に出ていて、各国で自営・フリーランスの人にどういう社会保障を提供していくかが議論になっている。その流れの一つとして、今の日本の動きがあるのかなと思っています。

例えば失業保障は、自営業者に対して全面適用されている国や部分的に適用されてる国がある一方、日本のフリーランスは労働法で守られていない前提になっている。今は新たに自営業者を守る法律ができたり、既存の法律の中で適用範囲を拡大したり、日本でも動き始めていますが、映画業界は、よりそうした対策が必要とされることが表れているという気がしています。

新村:仲先生のおっしゃる通りだと思います。日本は労働者(使用者に雇用されている人)は労働法で、社会保障制度や様々な権利が保障されているのですが、フリーランスの人に関しての制度はほとんどありません。例えば、労災補償制度がありませんし、育児で休む時に労働者は育児休業給付金が雇用保険から支払われますが、フリーランスは雇用保険にそもそも入れないので、そうした給付金ももらえません。そうすると、今、育児の両立支援に力を入れていくと言われていますが、「フリーランスや雇用によらない働き方の人の育児はどうなるんだ」ということになる。
フリーランスや雇用によらない働き方を増やそうとなっている一方で、社会保障が全くないというのが、法制度としてかなり問題なんじゃないかと思っています。

小西:やはり、女性が映画業界で出産や育児という女性特有のライフイベントを経て働き続けられず、結局途中で辞めてしまい、どんどん中高年の男性が偉くなっていく、力を持っていくという、いびつな構造が続いていると思うんですが。

歌川:JFPでジェンダーギャップ調査も実施しているのですが、労働環境と関係してると私は考えてます。これまで議論したような労働環境の問題が改善していけば、ジェンダー格差であったり、業界の意思決定を持っている人たちも変わっていって、業界全体が変わっていくんじゃないかなと。それから、このアンケートに685名の方が回答してくださった方々に、本当に感謝申し上げたいと思うんです。結構回答に時間のかかるアンケートで、自由記述もあり、かなり体力がいる回答だったと思うんです。フリーランスの人達の実態を可視化して伝えることで、例えば立法のことも改善に向かって進んでいくんじゃないかな、と思ってます。今後も調査に協力よろしくお願いします。

自分たちのことをもっとわかってほしい

設問「JFPの今後の調査に協力したいと思いますか?」への回答

:この調査は自由記述が多い調査なので、最後は「回答に疲れたからもういい」と思うかと思ったら、わりと多くの人が「今後も協力したい」ということに驚きました。一般的な調査は、回答率が低くなっていくってことが知られていますし、私は対象者本人を何年も追跡していくタイプの調査にも関わらせてもらっているんですが、だんだん回答される方が減っていくというのが一般的なんです。ですが、今後も協力したいという方が6割を超えている。

10年以上の方でも78%になっている。しかも、男性や女性関わらず、調査に協力したいというのは、やはりそれだけ伝えたいことがある、自分たちのことをもっとわかってほしいということが示されているのかなと思います。そうした方が回答してくださった、すごく大切なデータだと思いますので、これからも継続していく必要があると思います。

小西:実施してほしい調査や活動についての回答はどのようなものでしたか。

:こちらも自由回答ですが、いろんなテーマが寄せられています。調査に関しては、例えば「海外の制作現場と比較するために事例を見たい」ですとか、「賃金の低さとか昇給が一体どうなっているのか」、あとは「家族の形成に関する調査」の要望もあります。

アンケート末尾の、今後JFPにしてほしい調査等の自由記述回答

先ほど、途中でキャリアを辞めていってしまう人がいるという話もありましたが、「どういう人たちが辞めていくのか」「辞めた後、どうなってるのか」というセカンドキャリアに関する調査も期待されている。

この一覧を見ていると、映画業界を経験した方が、一体どういう人たちなのか、その後、どんなキャリアに繋がっているのかということが興味深い点になるんじゃないかなという気がしています。いずれにしても今後求められる調査は多岐にわたっているという特徴がありますね。

小西:自分が感じていた問題がこの調査の全体像で理解できて、実はこれは私だけのことではなくて、みんなのことで、構造の問題なんだということを浮かび上がらせている、非常に貴重な調査だと思います。ぜひ今後もこのアンケートを通じて主体的に業界の改善に向けて動いていただきたいと思います。

ここまでは現状を丁寧に見てきましたけれども、未来に向けて、今後どうやっていけば改善につながるのか。最後は文化創造産業の法規制についてです。

法規制があるから

歌川:労働実態が劣悪だという話は出てきていて、構造を何かしらの形で改善していこうとはなっていると思うんです。労働時間を今までより短くすると、撮影日数が増えていく、人数が増えるといった予算の問題と必ず結びついてしまう。そうした時、諸外国ではどのようにその問題をクリアしているのか、興味を持って調べてみました。

ストリーミング事業者の財政的な貢献の事例

この資料にある"多国籍ストリーミング配信事業者"というのはNetflixやAmazonプライム、ディズニープラスなど、皆さんストリーミングで映画を観ていらっしゃると思うんです。そうした事業者に対して、主にヨーロッパでは、支払ったお金が国外の会社に行ってしまうということで、「自国の映画産業を守るために、法規制で何パーセントかを自国の映画産業にバックしてください」といった法律があります。

よくフランスと韓国の事例を比較して、映画業界の話をすると思います。希望が持てるなと思ったのは、この法規制をヨーロッパの国々はほとんど採用してるんですね。今検討している国もあり、国によってパーセンテージや還元する方法は違いますが、世界的にそういったところに注目しているのかと思います。

具体的にどういう仕組みかというと、国によって何パーセントかを売り上げに課税したお金で、製作側を支援されたり、業界団体にバックされ、労働環境改善や調査も含め様々なところへ分配されています。上映支援に回している国もあります。例えばミニシアターや映画祭も運営的にどんどん苦しくなってきていると思うんですが、そういったところもしっかり守って、映画業界全体の仕組みとして保護していくという取り組みもある。すごく良い仕組みだなと思いました。

なぜそういったことがなされているのかというと、法規制があるからだと思うんです。EUで規制があり、それにより各国でその仕組みを作らなければいけないと法律で決まっているので、民間の企業も支払いに応じ、その国の映画産業が衰退しないよう、お金を拠出している。そういう仕組みを検討する時代なのかもしれないと思いました。詳細はJFPのnoteにまとめていますので、ぜひご覧ください。

そこに社会の目が行くということ

小西:ここでユネスコの文化多様性条約というのがありまして、そのエキスパートファシリティのメンバーでいらっしゃる、坪井ひろ子さんに加わっていただき、この条約について解説していただきます。

UNESCO「Investing in Creativity (創造性への投資)」(2018年)日本語版

坪井:坪井ひろ子と申します。ユネスコの文化的表現の多様性の保護及び促進に関する条約のエキスパートファシリティは世界中で40名ほどのエキスパートたちがこの条約の実施と推進に携わっていますが、その中の1人として従事しています。
日本では、「文化多様性条約」と短い呼び方ですが、これはもともと「文化的表現の多様性」に関する条約で、その辺の理解の整理が必要かと思います。先ほどから議論している労働環境の改善、それからジェンダー格差の改善、文化的表現自体や文化の多様性等々について、それをどういう形で持続可能な開発や発展につなげていくか。国境を越えた文化・芸術に関する活動の交流・協力が推進できるかにも焦点を当てています。

UNESCO「Investing in Creativity (創造性への投資)」(2018年)日本語版

こちらは、2018年に発刊されたパンフレットで、日本語でユネスコのホームページからご覧になれます。本当に世界の多くの国々が、この文化多様性条約というものを自国の文化政策のテコ入れに、また軸として展開を進めています。現在、151カ国と欧州連合、全部で152の国と機関がすでに批准しています。

▼UNESCO「Investing in Creativity (創造性への投資)」(2018年)日本語版
https://en.unesco.org/creativity/sites/creativity/files/infokit-ja.pdf

▼批准国による条約実施状況定期報告をまとめたUNESCOの最新グローバル報告書「RE/SHAPING POLICIES FOR CREATIVITY Addressing culture as a global public good」(2022年)英語版https://www.unesco.org/reports/reshaping-creativity/2022/en

小西日本は批准してないということなんですね。

坪井:はい。当初、日本もこの条約の構築段階では賛成ということで、条約ができ、発効しましたが、もともとこの条約ができた背景として、かいつまんで申し上げますと、自国の文化を守る、「保護主義につながるのではないか」という懸念があったそうです。自由な貿易を促進する自由貿易主義がある中で、保護主義的なものはどうなるのかという懸念もあり、ほかの国の状況も見ていこうというスタンスがあったとも聞いております。

もともと、文化をどういう形で商品として、文化的な産品として扱えるか、通商の問題として扱えるかが議論の発端になっていることもあり、実は映画産業も深く関与しています。1920年代以降、欧米諸国カナダやフランスが主ですが、アメリカのハリウッド映画産業が非常に強力になりつつある中、どのような形で自国の文化を守れるか、また促進していけるかという危機感が生まれ、自国の映画産業と関わる人々を保護するにはどうしたらいいか、ということがもともとこの条約の筋道のきっかけとしてあります。

小西:今ずっと議論している労働環境の改善、ジェンダー格差の改善や表現多様性に向かって152の国と機関が動いている。日本は入っていないけれど、韓国は入っていますし、アジアで批准している国も増えてる中で、日本にも批准してほしいと直感的に思うんですが。

坪井:アジア太平洋の地域において、近年批准する国が増えてきています。去年はパキスタンが入りましたし、その前もトルクメニスタン、それからニウエ。これで今152という数字が出てきています。もちろん、中国と韓国も随分前に批准しています。
批准のメリットは、条約を実施するにあたり努力をするのですが、努力の形の一つとして定期報告の作成が各国に課せられます。定期報告とは、調査を実施するということです。調査の実施項目として、先ほどから問題になっている、文化従事者や芸術家・アーティストの方々の労働環境の改善、ジェンダーの格差改善等が調査の項目の中に入っていることから、その調査を実行していくことは、すなわち、そこに社会の目が行くということになります

それから、調査をすると、データが蓄積される。4年に一度、定期報告を出すのですが、ユネスコで回収し、グローバルレポートという世界的な報告書、批准国全体の状況を調査分析した報告書を作成します。そちらを見ていただくと、横並びにどういうことが問題になっているか課題の提起もできますし、各国の状況の比較もできる、データとして活用できるものができる。この調査の実施が非常に重要と思っています。

小西:報告義務があり実態を調査しないといけないから、可視化され、声を上げやすくなる。国も後ろ盾がついた上で実態を明るみにしていこうという機運につながりそうですよね。今、日本でクールジャパン戦略、コンテンツをどんどん世界に出そうと言ってるのに、こうした土台の部分がないんだなと改めて思いました。

歌川:お話を僕が最初に聞いた時、先程説明させていただいたストリーミング事業者の法案にも、このユネスコの文化多様性条約の批准が結構影響している、概念的に影響していると聞いて、すごく興味深いなと思ったんですね。労働環境の改善やジェンダーギャップの解決も、こうした条例に批准して、国際レベルで比較しながら改善に向けて動くという流れができると、映画業界の中の小さいところでなかなか進まないことも、大きいフレーム、条約や立法があると改善されるんじゃないかと、坪井さんとお話してすごく感じました。

アクティブ・バイスタンダーが必要


小西
:質問や感想が来ています。

「グレーゾーンのセクハラような、わりと軽く見られるセクハラ。加害者の中には、周りが注意をしても直らない直さない人もいて、そもそも加害者になる行動であると認識を持ってもらうこと自体が難しかったりします。その場合、被害者は法的処置以外、加害者に意識を持ってもらうためにどんな行動が可能なのか教えていただきたいです。」

視聴者より寄せられた質問

齋藤:被害者に何ができるかは、とても難しい質問です。なぜかというと、加害をする人は被害者を下に見ているということがあるので、下の人から何かを言われても態度を変えられないということがあります。しかし、例えば大学の授業で、何が暴力で何がハラスメントなのかをイチから、海外で小さな子供が学ぶようなことから、イチから授業で話すんですが、そうすると大学生もちゃんと、「何が暴力なのか、してはいけないことなのか、何がハラスメントなのか、何が相手の人権を侵害するのか」がちゃんと分かります。そして、授業終わりの感想に「自分はあの時、ハラスメントをしていたのかもしれない」ということまで書いてくれるようになる。ですから、ちゃんと知ること、系統立てて知ることはすごく大事です。その場合、被害者が何かするというより、組織の中でそうした教育や研修が義務づけられ、一度参加者の知識がアップデートされるというのはとても大事で、共通認識があると周りの人ももっといいやすくなると思います。

新村:被害者一人で、「ハラスメントですよ」とその場で言うのはなかなかできないですよね。自分レベルでできることとして私がお勧めしているのは、被害を受けてしまった女性たちで、自分ではなく、他の人が下ネタとか言われた時に「それちょっとアウトですよ」とか、「それセクハラですよ」みたいな感じで、あまり深刻な告発ではなく、その場で注意することをみんなでやり合おうということです。ちょっと何か言うごとに「ちょっとやめてください、やめた方がいいんじゃないですか」と、お互い助け合うような関係を作ると良いと思います。

実際、そういうことが言いやすい職場ですと、「今のアウトかな」と言われ、また言われると思うとだんだんやらなくなっていくので、それでちょっとずつ減った職場を聞いたことがあります。また、齋藤先生がおっしゃったように、一番有効なのは研修と言われていますが、民間企業に対しては法律でセクハラ防止措置として研修・啓発をしなくてはいけないことが義務化されていても、フリーランスに関してはそうした法律はありません。ILOのハラスメント撤廃条約はフリーランスに対しても研修などをして防止措置を義務付けるべきだと言っていますから、それをやっていくことが大事だと思います。

小西:例えばその時はグレーゾーンでも、加害者がどんどんこの子は大丈夫だと思ってエスカレートすることも、あると思うんですね。そういう時に何か大事なことってありますか。自衛策ですとか。

新村:被害を受けないのが一番です。でも、もしそんなことになった時には、秘密録音でも証拠としては十分なので、その場で録音する。あとは日記や何か、そういうのに書いておいてもいいですし、あったことをすぐに信頼できる友達などに報告しておくと、その報告したメールなどが後で証拠になったりします。裏アカウントでTwitterに、愚痴アカを作っておいて、今日もこんな事があった、とつぶやいておくのもいいかもしれないです。とにかくそういう形で何かしらの記録を残しておくことをオススメしますね。

齋藤:記録をつけておくのは、すごく大事で、日記でも本当にメモでもいいと思うんですが、メモをよくとる人は何かあった時、証拠として使われることが多いなと思います。
新村先生がお互いに声を掛け合うとおっしゃっていましたけれども、アクティブ・バイスタンダー。最近日本でもよく知られてきましたが、加害をする人の気をそらすような声掛けをすることや、直接的に話すこと、周りの人が記録を取っておくこともすごく後々大事になるので、自分だけで記録を取るってこともですが、周りに協力者の方がいるのであれば、周りの人も逐一記録を取っておくことも大事ですね。

小西:アクティブ・バイスタンダー、誰かが言い寄られていたり、しつこくされていたりする時に、ちょっとさりげなく間に入って助けるようなことなど、具体的に知識を得ておくと、サポートの一助になったりするということを非常によく感じますね。「変わりたい変えたいと思っている方がほとんどだと思います」との感想もいただきました。こういう方々の声を大切にして前進していかねばならないと思います。

最低限、人権が守られた上での自由

調査から見えてきたこと

齋藤:ハラスメントや性暴力に関する自由記述欄を分析して、本当に皆さん今まさに苦しんでいる、今、まさに変えたいと思っていて、でも変え方がわからなくて変わらなくて、すごく苦しい思いをされてるんだなということがアンケートに反映されていたので、中の人たちと外の人たちで、アンケートに書かれた声をきちんとキャッチして変化させていく方法を取れるといいなということを切実に思いました。

:本当に貴重なデータを扱わせていただいたなと改めて思っています。映画の制作現場で働いてる人がどのように働いておられるのか、というのは、業界以外の人にとっては未知のことが多いと思います。やはり継続的な調査が必要だなと思います。
一方で、労働の実態に関するいろんな調査が動き始めていると思いますので、映画業界の労働環境に関心のある人々が2次分析のような形で取り組めるような環境になるとより良いのではと思います。自分が調査はしてないんだけれども、別の違った視点から分析する、そういうふうにデータ自体が多くの人々に開かれていくと、より深みのある分析が現れてくるんじゃないかなと思います。

新村:法律家の視点から、深刻な実態を見ていると、やはりもっと法的な規制が必要ではないかと強く思っています。弱者を守るためには、ある程度の規制がないとなかなか変わらないんですね。そういう意味で、ハラスメント研修の義務化もそうですが、契約関係でも、例えば労働時間の条件を決める。あるいは契約書も「こういう書式でつくらなければならないですよ」と決まりを用意するなど、労働者同様に規制するとか。「報酬もこれぐらい払わなきゃいけないですよ」と最低賃金的なものを決めるとか、そうした最低限の保障の法律をもっと作っていかないといけないと思います。私ももっと勉強して、いろいろ提言をしていきたいなと思いました。

*本シンポジウム後の4月、フリーランスの取引適正化の法律案(フリーランス新法)が国会にて可決され、1年半以内に施行される見通し。

坪井:文化を語るときに、条約というものというのは非常に大きな効力を持つのではないか。その可能性に期待したいと思います。日本も国際的に文化を語る場、その条約を巡り語る場において、一緒に議論を戦わせ、お互いの意識醸成につなげていくことは非常に大事だと思います。ユネスコでも、文化に関し、この文化多様性条約が一番直近で文化を包括的に扱うという意味で、非常に大切な条約になっています。この条約ともう一つの柱として、1980年に出されている芸術家の地位に関する勧告というものがあり、これも非常に大きく映画の産業にかかわっているところです。

この芸術家の地位に関する勧告については、各国の実施状況の調査が昨年2022年7月から今年2023年1月頃まで実施され、今後、収集された調査の情報をまとめ公表に向け作業が進められているところです。
政府だけではなく、NGO・NPOなどの市民社会団体が関与するので、この調査に関しても、条約やこの勧告を意識していかなければいけないと考えています。デジタル分野もターゲットの一つになっているのが、この条約と芸術家の地位に関する勧告です。ぜひ一緒に考えて行動できればと考えております。

歌川:今日、規制とか裁くとかルール、そういう話がたくさん出てきたと思うんですが、僕も制作する人間として、そういう言葉自体にアレルギーがあったりして、自由に制作をしたいと思うと、ちょっとこう抵抗がある、制作の自由度がなくなってしまうんじゃないかと思うんです。しかし、映画にまつわる労働の環境が芳しくないことは見えてきてると思うんですね。なので、働いてるの人権が最低限守られる規制があった上で、どうやって自由に多様な作品を作っていけるのかを議論していくべきでは。まずは最低限人権が守られる規制やルールはマストで必要なんじゃないかなと思っています。

最後に、先日馬奈木弁護士の件がありました。今回の労働実態調査の自由回答欄を見ていると、そうしたことは本当に氷山の一角なんじゃないかというのは、個人的に思います。加害をしている人がハラスメント対策をしていたり、前に出ているのもあって、なかなか被害者が声を上げづらかったり、苦しい思いをしていたんじゃないか。加害者と一緒に活動していた方々も、知らなかったと言えばしょうがない部分があるとは思うんですが、知ってしまった段階で申し訳なかったというステートメントを出すとか、謝罪をするとか、そういったことも必要なんじゃないかなと、思ったりします。

お世話にになっているからとか、一緒に仕事していたから、だからちょっとそういう問題にはタッチしません、じゃなくて、問題があった人は誰であったとしても、言及され、何かしらペナルティーを受けてから戻ってくるということがないと、なかなか安心できないのではと個人的に思ったりしてですね。世代間の議論とかはよくないかもしれないんですけど、上の世代の方にも考えていただけたら、下の世代からするとうれしいなと思っています。

最後に映像制作適正化機関、調査している段階では、そういう名称だったんですが、「日本映画制作適正化機構」という名前で、今年の春から映画制作現場の新しいルールがスタートすると伺ってます(本シンポジウム後の2023年4月1日よりスタート)。今日提示したいろいろな意見やデータを活用して、ぜひ良い映画業界の現場を作っていただきたいなと思っております。

小西:今日のお話を聞いていて、メディアの力も非常に必要だなと感じました。現に、今困ってらっしゃる人もいて、構造の問題もあって、法の足りない部分もある。これにメディアも巻き込んで、より良くしていければと思いました。ではこれにて「日本映画のこれからを考える」を終了致します。どうもありがとうございました。

※JFPが実施する本プロジェクトは、トヨタ財団 2021年度研究助成プログラム「日本映画業界におけるジェンダーギャップ・労働環境の実態調査」(代表:歌川達人)の助成を受け開催されました

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?