楠ハル

Twitter @haru_kusunoki_

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最近の記事

掌編 この人との未来

旅行へ行っても、コンビニやお馴染みのファミレスで食事を済ませてしまう食に興味のない人だった。「これでいいんだよ」こういう時は決まって、冒険はしない、いつでも変わらずそこにある安心が1番だよとでも言いたげな表情をしている。せっかくだから、どこか探して行ってみようっていう発想も、遊び心も、冒険心もない。食を諦めることは、どこかで生きる事自体も諦めているのと同じだと思う。この人は、新しい文化が自分の中に入る事を恐れている。 いつも行列に並ぶ人たちを横目に見ては、鼻で笑っているので、

    • 掌編 埋もれた

      何十年も開けることがなかった玄関の扉は、あの頃と同じではなかった。体の向きを変えてもう一度、両手で引き戸をぐっぐっと左へ力いっぱい押してみても、びくともしなかった。どこかが歪んで滑らかに動かない。苛立ち任せに、力を込めると、体を滑り込めればどうにか入れそうなくらいの隙間が出来た。軟体動物にでもなったような気持ちだった。足の踏み場がないって、こういうことを言うんだね。加奈美は冷静に思った。目の前に広がっているのは、澄んだ雪山のような綺麗な山じゃなくて、これはゴミの山。先にお邪魔

      • 20字小説

        あなたにあんなこと言わなきゃ良かったのに 錆びついた心で見た景色は全部が灰色だった #新生活20字小説

        • 掌編 黒い夢

          薄暗い教室前の廊下を、黒い汚れを目で追いながら1人で歩いていた。急に視界の隅に2人分の脚が現れて、驚いて顔を上げると、私と同じ紺色の制服を着た中学生くらいの男女が立っていた。女の子は「吹奏楽部に入りませんか?」と言った。三日月を引き延ばしたような笑顔だった。どうやら部活動の勧誘を受けたらしい。 纏った温度の低さに顔を引き攣らせながら、喉から声を絞り出した。「音楽は好きだけど、母が精神的に調子が良くなくて、それと、体力もないので、入部は難しいです」刺激しないように丁寧さを心掛け

        掌編 この人との未来

          掌編 桜をあなたへ

          夕飯を食べ終えて、勉強机へ向かう。明日提出する算数の宿題に取り組むためだ。私は、小学一年生になったばかりで、目が覚めた瞬間から、毎日不安と緊張で頭も心もいっぱいになる。心が重たくなってきて、側にある窓をほんの少し開ける。柔らかい風が私の頬を優しく撫でた。大丈夫だよって言ってくれているような気がした。宿題をしないと。 「咲ー!ちょっとおいでー!」 1階から私を呼ぶお母さんの声がした。 「はーい!今行くー!」 手を止めて、椅子から立ち上がる。 目がチカチカするピンクと白のストライ

          掌編 桜をあなたへ