見出し画像

セイヨウカボチャがヨーロッパ初上陸

日本で作出された栗カボチャがドイツでHokkaidoカボチャとして人気である、という話がツイッター上でされていた。ドイツのシュツットガルト在住の古嵜さんという方が、ドイツへの導入時にそうブランディングしたようだ

Hokkaido Kürbisはそれまで欧州で主流だったカボチャ品種と異なり、

核家族向けサイズ ← 5 kgほどもある
皮まで食べられる ← 皮を剥く必要がある
甘くてホクホク  ← 水っぽくウリの特性が強い

と、現代人向けの特性を持っており、不人気だったカボチャのイメージを刷新し、カボチャ自体の消費量を増やしつつ僅か20年でドイツで主流の品種に躍り出たとのことである。この過程はかなり急激で、少し前は特別な店でしか手に入らない知る人ぞ知る新品種といった記述が見られるのに対し、最近のレシピはもうこれを使うのが当たり前といったものが散見されるほどである。

なお、品種自体は赤皮甘栗という日本では若干古い品種のようで、ホクホク感を強めた日本の現行品種に比べるとやや水っぽいと感じられるようだ。栗カボチャは戦前に作出固定されたものだが、日本でも栗カボチャが主流に躍り出たのは核家族化が進み味の嗜好も濃厚好みになった戦後(1960年代以降)とのことなので、そこを起点と考えればドイツへの伝播は早いくらいと言えるかもしれない。

セイヨウカボチャがヨーロッパ初上陸

カボチャの原産地は中南米である。カボチャ属にはいくつかの種(品種ではなく、種)があるが、このうちCucurbita moschataがコロンブスとそれ以降の欧州人によって欧州に持ち帰られた。これは後に戦国時代にポルトガルやスペイン商人や宣教師によって日本にも持ち込まれ、彼らは東南アジア経由で来日したこともあり、カンボジアがなまって「かぼちゃ」と呼ばれるようになる。

この後日本はいったん鎖国し、開国後にさかんに欧米の文物を導入するようになる。寒冷地向けのカボチャとしてアメリカから導入されたCucurbita maximaの一品種buttercup squashもその中の一つであった。

この際、戦国時代にヨーロッパ経由で持ち込まれ定着していたC. moschataにはニホンカボチャという和名が付けられ、原産地の南米から北米を経由して持ち込まれたC. maximaにセイヨウカボチャという和名が与えられた。この「セイヨウ」が罠で、アメリカから来たのだから欧米、西洋だという大雑把な括りで付けられたのだろうが、セイヨウカボチャは(観賞用品種と寒冷地のわずかな例を除けば)ヨーロッパに(もカンボジアにも)持ち込まれていない。むしろ後代日本の栗カボチャが欧州に上陸しHokkaidoの名で市場を席巻することになる。

この過程を一言でまとめれば、「南米原産の西洋カンボジアが北米から日本を経由し、加賀野菜の品種がHokkaidoの名でヨーロッパ初上陸!」という珍妙な事態になっている。

画像3

農産物や畜産物は伝播時に伝言ゲーム的に名前が付くことがあり、例えば甘藷は唐芋→琉球芋→薩摩芋などと伝播元の名を順に与えられているし、中国でも中央アジアを経由して渡ってきたゴマは「胡(中央アジア)麻」と呼ばれている。欧州でもアフリカのホロホロチョウが経由地のトルコの名で呼ばれていた。カボチャもその伝ではあるのだが、新大陸産の植物は伝播が早いためか名前の混乱が多く、「日本で西洋カボチャと呼ばれていた種がヨーロッパ初上陸」といったことになるのもその一例となるだろう。

フランスの栗カボチャ

ドイツでHokkaidoが普及していたのと同時期、フランスでは同じく赤皮甘栗カボチャがpotimarron(ポティマロン)の名で急速に普及していた。この名前はpotiron(かぼちゃ)とmarron(栗)のカバン語で、栗カボチャを直訳した名前である。

カボチャのうち風味の濃厚なものはナッツのようと例えられることがあり、既存のbutternut squashなどはそうなのだが、potimarronでmarronの語が選ばれたのは、品種が日本作出の品種であることを考えても、日本語の「栗カボチャ」という語を知っている人が訳したものだろう。

北海道新聞の記事ではHokkaidoと言うブランド名を使った古嵜氏は緑皮のえびす系を導入したらしく、赤皮が主流になったのを「自然交配した」としているが、欧州で主流の種はC. moschataであったということを考えると、C. maximaとの種間雑種が出来たよりは、日本のカボチャが並行輸入されており赤皮甘栗カボチャが主流になったというルートのほうが考えやすい(古い品種であれば種苗関係の法律にも引っかからないだろう)。「栗カボチャ」の逐語訳的なpotimarronという語があることもその傍証となる。

すぐ変わるカボチャ類の特徴

フランスではpotimarronは既存のpotiron, citrouille(かぼちゃ)とはあまりにも性質が違うので「いとこ」の関係にある別種という印象を持たれているようで、まあ実際植物学的にも別種なので間違ってはいないのだが、カボチャ属は品種により特性が大きく変わり、種の特徴よりそちらのほうが強いと思える面もあるので、半分は間違いだろうと思う。

例えば形状については、C. moschataもC. maximaも形はウリ型、ヒョウタン型、カボチャ型と様々で、小ぶりで人気なHokkaido Kürbisの学名がCucurbita maxima(大きなカボチャ)である、ということも時たま話題になっていたほどには変わる。

色も白、緑、橙となんでもござれである。そもそもカボチャを栽培した方はご存じだろうが、熟し具合や日光への当たり方で緑、白、橙の間で色が変わり、商品価値を落とさないために変色しない工夫をするくらいである。色や形は消費者の好みや思い込みに合わせて微調整されていると言ってよい。

スクリーンショット 2020-11-24 101737

wikipediaよりC. moschataの品種

スクリーンショット 2020-11-24 101710

wikipediaよりC. maximaの品種

味にしても種による特徴はあるがかなりのところまでは種に関わらず品種改良でき、例えばC. moschataのうちでもbutternut squashはホクホクしないところを除けば栗カボチャに近い特性を持っており、筆者もオーストラリアではよく食べていた。韓国のエホバクはC. moschataだがズッキーニ(C. pepo)と同様の用途で使われる。

ちなみにフランス在住の方でpotimarronを「フランス伝統の品種で、日本のカボチャに似ている」と思っているブログ記事をたまに見るのだが、日本から輸出されたものである。もっとも、Hokkaidoの名を付けた古嵜氏自身も赤皮は欧州のものと思っているようなので、詳しくなければ「日本にはない品種」と思うのもやむ無しだろう。

なお、フランスのほうでは緑皮系の品種も導入されておりpotimarron bleu kuriなどと呼ばれているようだ。筆者の最近のお気に入り品種は「ブラックのジョー®」である。単純にソテーやグリルしたものが好きなのだが、それに向いていると思う。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?