見出し画像

『攻殻機動隊』誤訳検討[2巻 5章前半]

本記事は『攻殻機動隊』漫画原作の2巻『Manmachine Interface』を英語版誤訳チェックのパート3です。パート1はこちらパート2はこちらです。併せて御覧ください。では早速見ていきましょう。

※講談社のDeluxe Edition Complete Boxed Setを使用し、ページ数の表記はそちらに準拠します。
※画像はスマホ撮りかつ縮小で見づらいかと存じますが、ご了承ください。


05章

p.187

日:たとえ中枢役員であっても社内で一番疑わしい人物を最深部に入れる訳にはいかんよ

英:中枢役員でさえ 君のような社内で一番疑わしい人物に システム中核部にアクセスさせるわけにはいかないよ

ここでリーが"中枢役員"と言っているのは素子のことです。


p.188

日:人事部スけど 記録上ヘンな金の流れ無し 羽振り関係の噂も特に無し

英:人事部をチェックしましたが 金の流れは健全なようです 縁故の様子もありません

"羽振り関係の噂"をわざと省いたのか、理解しかねたのかは不明です。素子が人事部員を買収したかどうかチェックしてるわけですね。


p.188

日:例の電賊は荒巻部長がデカトンケイルに接触するための狂言かもしれん

英:荒巻部長がデカトンケイルに接触するための電賊によるフェイントかもしれん

そもそも電賊など存在せず、素子が全てデッチ上げたのではないかと、リー部長は推測しているわけです。


p.189

日:
(ヨシュ)非常事態?分かった 責任とれよ 公式記録しておくぞ 数秒で完了だ

英:
(ヨシュ)非常事態?分かった だが何が起こっても責任とれよ
(リー)公式要請を出しているところだ ヨシュ 数秒で完了する

どちらもヨシュのセリフです。「非常事態ということであれば、お前(リー)の要請通りにするが、あくまでお前の責任で実行するからな。証拠として、責任の所在に関する公式記録は残しておくぞ。要請の実行自体は数秒で終わる。」という意味です。


p.194

日:CV系列の義体はノーマルでも走り出したらかなり速いぞ

英:CV型の義体が動くと 通常速度でもかなり速いぞ

おそらく"ノーマルモデルでも"の意味かと思います。


p.195

日:
(リー)ジム!対電賊班を中央区画に展開しとけ
(ハブ)みんな彼女の私物検査の方に行きたがると思いますよ
(リー)不鮮明な要素が多すぎて迂闊に動けないうちは安全対策を取るしかないだろ しっかり守れ!

英:
(リー)ジム!対電賊班を中央区画に展開しとけ
(ハブ)彼女の私物検査の許可申請を出しましょうか?
(リー)やれ!不確定要素が多すぎる なるべく多くの防御策をとるしかない

私物検査の指示は、既にリー部長から出されています。この場面でリーが言っているのは、私物検査に人員を集中させずにバラけさせろということです。

要注意人物である素子がいるのですから、確かに彼女の検査に集中したほうが手っ取り早くデカトンケイルを守れるように思えます。ですが、リーはそのように考えず、なるべく様々なケースを想定して分散配置させているわけです。

p.195

日:考査部に相談したくなる様な状況ですね

英:内部査察をしたくなるんじゃないですか?

オチのセリフなのでしっかり訳してほしいところです。警戒対象である素子は、"考査部の"部長です。そして、その素子が疑われる中で、会社の備品のロボットが消えていたと判明します。その混乱の中でハブが「(素子のいる)考査部に相談したい」というジョークをつぶやいたわけです。


p.196

日:さっきの脂オヤジの守護霊と縁解しといてあげようか

英:エレベーターの脂ぎったブタとそいつの守護霊を霊的に分離してあげようか?

脂オヤジの守護霊と素子の縁を解くのであって、守護霊と脂オヤジの縁を解くのではないと思います。


p.199

日:
(主任)あの女がデカトンケイルに?!
(リー)足留めはどうした?!!

英:
(主任)あの女がデカトンケイルに!
(リー)どんな対応をした?

"どうした?"とは"どのようにしたか"という意味ではなく、"何をしてたんだ?"という意味でしょう。検査にかこつけて素子を足留めしていたはずが、デカトンケイルに突然現れたので驚いているわけです。


p.206

日:
(素子)警察通報ルートを追跡開始
(AI)公衆端末LP2568からの通報です

英:
(素子)警察通報ルートを追跡開始
(AI)奴らは公衆端末LP2569を使用中です

ここで追跡しているのは、素子の操る女性警官のところに武装警察が現れた際の通報でしょう。現在進行系の通信を追跡しているわけではないと思われます。


p.211

日:有線か…物理的に中央の奴に近付けば断線する 安全対策ね

英:有線に違いないわね 中央の奴に物理的に近付いたら切断するわよ… 安全のためにね

素子が断線しようと思っているのではありません。このスターバトマーテルの物理的な設計において、駒となっている者達のケーブルが中央に座するミレニアムに届かないようになっているという事です。駒たちがハッキングで操られても、操られた状態ではミレニアムに近付けないわけです。


p.212

日:うわ このレイアウト 大阪冬の陣 真田丸って状態ね…

英:うわ このレイアウト 中世の大阪城における鉄壁の守りとして有名な真田丸のようね

真田丸は"囮"として設けられた出城です。よく見ると、素子がキリーのデータを見ているのが分かります。4章の最後で、ミレニアムはキリーを"ゲート"とするように命じていました。つまり、素子を誘き寄せるゲート=囮=真田丸がキリーなのです。


p.214

日:
(ミレニアム)キリーは狼に専用の領域を設け私の客間へ
(素子)おーそうくるか

英:
(ミレニアム)キリーは狼のために専用放出スペースを設ける ようこそ私の客間へ
(素子)ふむ…そういう戦略?

これは少し分かりにくい場面です。ここでミレニアムが言っているのはおそらく、「キリーは自分の脳の中に侵入者のための計算領域を設けて、私の電脳空間に接続し、バトルの準備をしろ」という事でしょう。つまり、素子とミレニアムが戦うために、素子側の操り人形になれと言っているのだと思われます。だからこそキリーは冷や汗を垂らしているのでしょう。そして、相手が直接対決を望むと思っていなかった素子は「おーそうくるか」と反応したわけです。


p.219

日:仲間ごと焼き捨てるつもり?!

英:このマシン 仲間ごと焼き捨てるつもり?

焼き捨てる主語はミレニアムなので"she"でいいと思います。


p.219

日:キリールートはここまでだな…一気におとすか

英:キリールートはここまでだな もうやめておこう

"一気におとす"とは「 一気にミレニアムを制圧してしまおう」という意味でしょう。


p.220

日:敵 防壁の変動パターン 判明しました

英:敵が我々の防壁の変動パターンをクラックしました

「私が敵の防壁の変動パターンを見つけました」という意味でしょう。


p.223

日:襲撃関連と対立相手の情報を収集 大至急解析 記録終了後 完全解体よ!

英:今は 襲撃と対立に関する情報を収集 即座に分析 そしたら記録終了後に解散!

後のAIとの会話内容から考えると、"完全解体"とは「自分たちへの攻撃に繋がるミレニアムの記憶や動機を破壊しろ」という意味だと思われます。「取り急ぎ尋問したら半殺しにしとけ」というような感じでしょうか。


p.225

日:本体に到達した!

英:敵の本体に到達した!

絵を見ればお分かりのように、「敵の攻撃が私の本体に到達した」の意味かと思われます。


p.227

日:衛星高度から上下一直線か

英:衛星高度から上または下に直通か

"上下"を素直に訳した結果こうなったのだと思いますが、地上にて衛星からの攻撃の話をしているのですから"上から下に"でしょう。


p.228

日:停止コードや自爆コードに罠を張られたか?

英:停止コードや自爆コードに引っかかったか?

「衛星の停止コードや自爆コードによって起動する罠を敵がはり、コード実行のかわりにこちらを攻撃する体制に移るようになっていたのか?」の意味かと思われます。



p.229

日:進化抗体を衛星に注入 姿勢制御に新規暗号設定 迷路で撹乱!

英:進化抗体を衛星に注入中 姿勢制御に新規暗号設定中 迷路で撹乱を受けています!

AIによる状況説明ではありません。素子からAIに対しての指示伝達です。敵と素子は、同じ攻撃衛星のコントロールを巡って電脳戦を繰り広げています。素子は、これ以上敵が衛星を操作できないように、敵のウイルスに対する抗体を入れた上で衛星の暗号を変更し、敵に対する迷路も置いたわけです。


p.229

日:ウイルスアレイBセット中和されました!敵は迷路解体中

英:ウイルスアレイBセット中和されました…

なぜか「敵は迷路解体中」が省略されています。


p.231

日:アンテナらしきシルエットに座標アンカー!

英:アンテナらしきシルエットに座標を取得しました…

「敵の衛星にハッキングするために、その衛星に取り付けられた通信アンテナらしきシルエットの位置を常に追いかける」の意味でしょう。


p.232

日:ウイルスアレイEセット 8秒で対応してきます!

英:ウイルスアレイEセットは8秒で反応します!

「敵が、こちらの送り込んだウイルスアレイEセットに、たった8秒で対応しています」の意味でしょう。


p.232

日:地雷も初めての物ばかりだし…

英:この地雷も全て初めて使うものだ…

「敵の使ってくる地雷は初めて見たものばかりだ。これだけ様々な電脳戦を経験してそんな事があるのはおかしい」という意味でしょう。


p.233

日:先日打ち上げたハッブル望遠鏡の交換用第一反射板を敵施設近空へ移動!

英:古い第一反射板がハッブル望遠鏡3号機から外されたばかりだ それを敵施設射程までデルタV推進

色々な言葉が変えたり足されているのですが、あまりSF的な想像力に貢献する追加でもありません。素直に訳してほしいところです。


p.233

日:ウイルスアレイDセット4秒で中和されます!

英:ウイルスアレイDセット40秒で中和されます!

制限時間が妙に短いですが、誤植ではなく「思考やコミュニケーションが加速されているんだな」と想像することが求められます。


p.234

日:敵が社長個人を襲撃した事と関係あるのでは?

英:でも襲撃されたのが社長のみであったことを忘れないでください!

AIがここで言っているのは、「大規模な施設を秘密裏に作るためにポセイドンの役員レベルの権限が必要であるならば、社長が以前に襲撃された件も衛星施設と関係しているのではないか」という事です。社長を襲撃させたのがミレニアムであることは既に分かっています。なので、実質的には「社長すら衛星施設の建造に関わっており、この衛星施設を理由にミレニアムの襲撃を受けたのではないか」という事でしょう。


他の『攻殻機動隊』誤訳チェック記事

1巻

2巻 1章~3章前半

2巻 3章後半~4章

2巻 5章前半:本記事

2巻 5章後半~6章

1.5巻

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?