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「好き」の因数分解 ピンポン

*「好き」の因数分解、は最果タヒさんの詩集の名前です。とっても素敵なので気になった方は是非。
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784898155165


卓球の漫画というかヒューマンドラマだ。誤解を恐れながら言うと、題材は卓球でもバドミントンでもボーリングでもクリケットでも良かった気がする。クリケットは部活があまりなさそうだからきついか。
主人公のペコはコテコテの主人公タイプ。傍若無人、天性の才能、ダメ人間なのに周りを魅了するカリスマ性。に対してもう一人の主人公スマイルは努力型人間。いやインターハイで上位に食い込む事を考えると才能もあり溢れてるだが、あくまで努力型として描かれている。凡人が類稀なる努力で上達する。
正直みんな才能が欲しいと思う。あんまり頑張らなくても人よりも出来る事があったらそれは嬉しい。もしそんなものがあったら僕も天狗になっていただろうし、今とは違った生き方をしていた事は間違いないだろう。でもそんなペコは才能に怠けている間に、凡人の幼馴染アクマに負ける。あー現実ってこうだよな。このシーンは努力している人間にとっては痛快だし、才能だけで食ってるような人、たぶん居ないけど、居たとしたら胸が痛いシーンだろう。僕はどっちでもないのでシンプルに描写の問題でペコに感情移入した。この敗戦を気にグレにグレ倒した後、結局一念発起しペコは復活する。
僕が一番好きなシーンはペコとの決戦前の日本チャンプ風間が、トイレの個室の前に来たアクマと話すシーンだ。いや厳密に言うとこの後なんだが。まずトイレの個室の扉を介して、大の男が二人で会話するというシーンはまず生きててそうない。しかも和式だ。そこでの話は男の強がりと弱さの塊みたいなものなんだが是非見てほしい。問題はこのあとだ。トイレから戻ったアクマの、彼女に向けた「少し泣く」。かっこいい。なんだこのセリフは。もったいぶって溜めず、流れるような「少し泣く」。まず人前で泣きたくないなら黙っていなくなればいい。慰めてほしいならぎゃんぎゃん泣けばいい。どっちでもない「少し泣く」。この再び現れる強がりと弱さのハーモニーが信じられないほど脆く美しい。古今東西いろんな人が泣いてきたと思うがここまで胸がぐっとなる泣きへの前フリは見た事がない。一生の中で一番言いたいセリフかも知れない。泣きたくはないけど。たぶんペコでもスマイルでもなくアクマに感情移入する人は多いと思う。「俺らはアクマなんすよ」そう熱く語った後輩のセリフを忘れられない。凡人だからアクマに自分を重ねてしまうんだろう。太陽でも月でもない、その他大勢の何か。凡人であることを受け入れて生きていく事を選んだアクマは、きっと今頃居酒屋でハイボールを飲んでいる。

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