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【PED】衝撃、球界トッププロスペクトの出場停止

日本時間3月9日の午前6時頃、球界の損失とも取れるニュースが舞い込んできました。シンシナティ・レッズのトッププロスペクトであるNoelvi Marté内野手がPED(身体強化薬)を使用したとのことで、80試合の出場停止処分が下されたとのことです。

2022年8月にFernando Tatis Jr.が禁止薬物陽性となって以降、久しくPED規定違反者のニュースは耳にしていなかっただけに非常にショッキングでしたよね。
既出のニュース以上に掘り下げることは難しいですが、簡潔にまとめていきます。


(1)球界を背負うはずであったMarteの失策

Noelvi Marteといえはドミニカ共和国出身で2018年に国際フリーエージェントにてシアトル・マリナーズに入団。めきめきと頭角を現したMarteでしたが、2022年夏にコンテンドを画策したチームがエース級投手Luis Castilloの獲得に動いたことでシンシナティ・レッズへ移籍。その後も活躍を続け昨季8月にMLBデビューを果たすと、内野をポリバレントに守りながらも、35試合で打率.316 3HR OPS.822を記録しました。もちろん、今シーズンにおけるナ・リーグ新人王バロットにおいては山本由伸の対抗として期待されていた存在。開幕前のMLB.com、Baseball America、Baseball Prospectusといった媒体では全体20位程度に位置するほど将来を嘱望されていただけに、今回の反動はひとしおですよね。

Marteが陽性となった物質は「ボルデノン(Boldenone)」という筋肉増強剤であり、明らかな禁止薬物。近年の野球界で言えばDomingo Leybaやガーディアンズの守護神・Emmanuel Claseらが代表的でしょうか。そして史上初となる3度目のPED違反を果たし、一時は永久追放処分を受けたJenrry Mejíaなんかもボルデノンで陽性となっています。

https://www.deadiversion.usdoj.gov/schedules/orangebook/e_cs_sched.pdf

上記はアメリカ合衆国の連邦法である「CSA(規制物質法)」のスケジュールになりますが、同薬物は「Schedules ⅲ」に該当。処方箋なしには手にすることができない物質とされています。さらに下記記事はUSADA(全米アンチドーピング機構)の解説記事になりますが、「athletes cannot get TUEs for boldenone because it is not a legitimate therapeutic agent for any human illnesses or diseases.(ボルデノンは合法的な治療薬ではないので、TUE申請も認められない薬品)」とまで言及されているため、医療目的での過誤摂取という線はあり得ないようです。
【TUE申請は、病気の治療などでやむを得ず禁止物質の含まれた薬を使用する場合に申告するもの。昨季MLBにおいては65件が該当。】

ただボルデノンはデザイナーステロイドや合成アンドロゲンの類いではなく、自然界に元々存在する「天然アンドロゲン」に属します。(例えばTatis Jr.から検出されたクロステボルは自然界に存在しない人工の合成アンドロゲンでありました。)
日本スポーツ界においては、サプリメント製造を行う株式会社梅丹本舗 めいたんほんぽが、スポンサー先の競輪選手に梅肉由来の食品を提供していたところ、煮詰められた青梅の中から極微量のボルジオン(ボルデノンの前駆物質)が検出された事件なんかも起こっています。

Marteが故意であったか知ることはできませんが、事故であったとしても帰責事由は当然Marte本人にあります。これは個人的見解になりますが、Tatis Jr.同様に3月に陽性が発覚(Tatisは発表が8月であったが陽性は3月)したことを踏まえると、今オフにCSAの管理下から離れるドミニカ共和国内で入手・使用した線が濃厚と思います。

(2)検査数と処分のあり方

実は昨シーズン、薬物検査がMLBで導入されて以降では最多となる11,783名分の検体を採取したそうで、スポーツ界全般で検査の目が緩みがちなオフシーズンにおいても2021-22年の935名から2022-23年には1,698名まで増加。これは前者がロックアウトを挟んだために薬物検査そのものができなかった影響もありますが、今オフ(2023-24年)においても同数以上の検査が行われたとみて間違いないでしょう。
そんな昨年の厳重な検査において、MLB選手における禁止薬物陽性はJ.C. Mejía 1名のみ。Marteの件はショッキングでありましたが、ステロイド時代以降、着実にPEDがMLBから根絶され始めています。これに関しては2000年代前半から薬物問題の最前線に立ち続けていたRob Manfredだからこそ成せたごく僅かな功績といって差し支えありません。

一方で、1度目のPED違反において80試合の出場停止という処分はここ10年ほど変わっておらず、一部ファンからは「やったもん勝ちなのでは」との声も。たしかにMarteだってAS明けには戻ってくることができるわけで、その間にPEDによって培われた筋肉量がそぎ落とされることもありません。
1994年、Bud Seligが提案した薬物検査プログラムを猛反対し、ステロイド時代を招いた選手会の過去に鑑みると、「80試合」という数字が増えることは少なからず火種になり得るように思います。ただ、次回の労使協定で「90~100試合出場停止」というのはあるかもしれません。理由は後述。

(3)ドミニカンと国際FAの闇

2023年MLBにおいてプレーした選手の出身地内訳は以下のとおり。
・第1位 アメリカ合衆国 999人(71.97%)
・第2位 ドミニカ共和国 145人(10.45%)
・第3位 ベネズエラ 90人(6.48%)

続いて、2014~2023年の10年間において、禁止薬物使用で処分の受けた38名の出身地内訳が以下のとおり。
・第1位 ドミニカ共和国 22人(57.89%)
・第2位 アメリカ合衆国 16人(42.11%)
さらに2017年以降に絞れば、延べ21名中17名がドミニカ共和国出身という数字となり、その闇が浮き彫りとなってきます。

今回のMarteも同じくドミニカ共和国のコトゥイという街の出身であり、皮肉にもPEDで2度違反となったFrancis Martesと同郷
一体ここで何が起こっているのでしょうか。

ちょうど2年前の3月11日にESPNが投稿した「'Something needs to be done': Why an MLB international draft is such a big deal(何とかしなければいけない:国際ドラフト導入が重要な理由)」という記事を何度かご紹介していますが、ドミニカを始めとする中南米での現状が切実に記されています。

"I saw what was happening in Venezuela with my own eyes," a Venezuelan minor league coach said. "These young kids, being drugged with steroids, and no one does anything. I actually asked about a kid's age, and the answer was, 'He's 2026.' They answered when he was eligible to be signed. We have to find a solution, and I think we have to institute a draft. Something needs to be done."【原文】

「ベネズエラで起きていることをこの目で見た」とベネズエラ人のマイナーリーグコーチは言った。「この若い子たちはステロイドを盛られているのに,誰も何もしないんだ。実際にある子の年齢をトレーナーに尋ねたら,『彼は2026年だ』という答えが返ってきた。契約できるのはいつかという答えだった。解決策を見つけなければならないし,国際ドラフトを導入しなければならないと思う。何か手を打たなければならないのです。」(筆者翻訳)

'Something needs to be done': Why an MLB international draft is such a big dealより

現行の国際FAでは13-14歳の有望株とMLB球団が口頭合意を果たし、16-17歳で本契約を果たすというのが慣例化。当然若くて才能のある選手は莫大な金額を手にするわけですが、アカデミーによっては禁止薬物を使用させることで年齢超の身体能力を与え、同時に一方的な代理人契約を結んでサイニング時の報酬を奪い去るなんてやり方すら横行しています。

最近であれば同じくドミニカ共和国出身で、メッツの有望株であったRonny Mauricioがウィンターリーグ出場中に右膝全十字靱帯を損傷。メッツ側はMauricioに出場自粛を要請していたこともあって波紋を呼びましたよね。

ただこれも、2017年のメッツ契約時に手にした契約金2.1Mの大半が代理人や自称親戚たちからの無心によって底を尽き、ウィンターリーグでの収入が頼みの綱になっていた現状も明らかとなりました。

これを踏まえると、一部の中南米選手にとってPEDは「かつて周りの仲間がやっていたように、ひとたび使用すれば競争に勝つことができるもの」「代理人によって奪い去られたサラリーを得るための手段」となっているのかもしれません。

このような代理人による搾取や禁止薬物の横行に歯止めをかけるため、先の2021年オフの労使交渉においては「国際FAの撤廃と国際ドラフトの導入」が活発に議論。ロックアウト後のCBA策定時においても国際ドラフトの導入は暫定合意となっていたものの、7月までに選手会と意見がまとまらず破棄。次回の労使協定でPED違反のサスペンションを厳格化するのであれば国際ドラフトの導入も必ず足並みを揃えてほしいですよね。

最後に

「書く出す」詐欺を1年半続けている「ステロイド時代のまとめ」noteをもう少しで出せそうな矢先、残念なニュースとなりました。皮肉なことにこれでレッズの内野問題が解決するという…。

これも1年くらい前でしたが、「ドミニカ共和国出身のRobinson Canoが、実はNYY時代からドーピングしていたのでは」という陰謀論をnoteにしています。興味のある方は是非。


<以下、参考資料>


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