2022/3/16

サステナブルを目指す北ハノイ。50年先を見据えた街づくりとは

NewsPicks Brand Design / Senior Editor
 AIやIoT、VRやAR……さまざまなスマートソリューションの実装が進む変化の激しい現代の都市は、時代に合わせたインフラやサービスを搭載し、アップデートを続けるハードウェアのようなものだ。

 その時代に住友商事は、日本企業コンソーシアムを立ち上げ、民間の力で50年続く街づくりを始めている。舞台はベトナム・ハノイ市北部。東京ドーム約60個分にもなるという広大なエリアを開発し、現地の社会課題や住民のニーズを取り込んで運営される。

「住友商事の新たな事業創出へのチャレンジでもある」という巨大プロジェクトについて、タウンマネジメント事業開発に携わる北ハノイ開発部のふたりに聞いた。
INDEX
  • これから50年続く「街づくり」
  • ハノイの社会課題の解決に向けて
  • 北ハノイは、新たな仕組みを生み出す場
ハノイ市中心部から約10キロ。ノイバイ国際空港から中心市街地に入る玄関口に東京ドーム約60個分のスケールで新しい街を開発。第1期は高層マンション16棟6,600戸と戸建て400戸、学校や病院などの公共施設をつくり、3万人の居住を想定。以降、住宅・オフィス・商業施設・交通ハブなど、段階的に街づくりを行う。ライフスタイルやテクノロジーの変化を取り入れながらASEANの新時代を牽引する国際新都心を目指す。

これから50年続く「街づくり」

── 開発エリアは東京ドーム60個分。首都・ハノイの中心部から10kmのところに、これだけ広大な土地があったんですね。
松本 拓 ええ。ベトナム・ハノイ市の北部エリアは日本のODA(政府開発援助)によって、空港国際線新ターミナルやニャッタン橋、空港と市内を結ぶ高速道路が整備され、今後は市内で整備中の地下鉄を空港まで延伸する計画もあります。
2011年入社。産業インフラ事業部からキャリアをスタートし、再エネ事業や水事業などの社会インフラ案件に携わる。2019年11月より北ハノイ開発部に異動し、コンソーシアム運営、新規事業開発やタウンマネジメント会社の設立準備、現地での実証企画運営を担当。
 住友商事が開発するのは、空港から市内中心部への玄関口にあたる約300ヘクタールのエリア。私たちはベトナム政府より投資許可を得て、このエリアでの街づくりに携わることになりました。街の運営は、今後50年間にわたります。
兵頭宣俊 この一大プロジェクトを進めるために、住友商事が旗振り役となって日本企業各社とコンソーシアムを立ち上げました。
 現地に設立予定のタウンマネジメント会社の設立準備や、ベトナム政府やハノイ市、現地企業や大学とも協力し、街の仕組みや、提供サービスを企画・具現化していく業務を行っています。
2017年入社。インフラ経理部で北ハノイ案件を含む社会インフラ事業全般に対する会計・税務面からの支援を担当したのち、自ら志願して北ハノイ開発部へ。2021年6月より現職。コンソーシアム運営、新規事業開発やタウンマネジメント会社の設立準備、事業収支計画の策定を担当。
── そもそもなぜコンソーシアムを組成したのですか?
松本 この北ハノイのプロジェクトほど大規模な街をゼロからつくって、かつ持続的に運営していくのは住友商事としても初めてです。
 当社グループにはインフラから生活・不動産、メディア・デジタル関連まで多くの事業部門がありますが、この北ハノイ開発プロジェクトはこれから50年かけて住民の暮らし全般にかかわる事業やサービスをつくりあげていく場です。まずは街の運営を考えたときに必要なパートナーを検討した結果、各社にお声がけしました。
 これから街の開発を進めて実際に数万人が暮らし始めると、さまざまなニーズが生まれ、足りない機能もわかってきます。そこで現地企業を含む多くのパートナーに参加していただくことを念頭に、オープンプラットフォームのようなかたちで開発を進めています。
── 50年先を見据えた街づくりということですが、開発初期段階の現在、もっとも重要なことは?
兵頭 まず、電気や道路、水道といった生活に不可欠なインフラを盤石に整備すること。そのうえで、サステナブルな街づくりのために物流、教育、医療、福祉、防災などの多種多様な住民サービスを構想し、アップデートし続けるための仕組みづくり。その仕組みに拡張性を持たせておくことですね。
 このエリアはもともと、住人もほとんどいない湿地帯です。まずはそこで安心して暮らし、安定した生活やビジネスを展開できる環境をつくることが重要です。
松本 こうした都市開発は 「スマートシティ」と呼ばれることが多いのですが、住友商事では「サステナブルシティ」としています。
 テクノロジーはやがて陳腐化していきます。また、スマート化自体は目的ではなくてあくまで手段です。ベトナムやハノイ市が抱えるその時々の社会課題を踏まえたうえで、生活者や企業にとって豊かで快適な街となるよう進化し続けることが、私たちの「サステナブルな街づくり」の構想です。

ハノイの社会課題の解決に向けて

── 現在、北ハノイはどのような社会課題を抱えているのでしょうか。
松本 盤石なインフラ整備という観点では、洪水などの災害やパンデミックに備え、安定したエネルギー供給や、バイク社会から公共交通インフラへの転換を実現しなければなりません。ベトナムの停電の発生頻度は、日本の約100倍。都市部では交通渋滞や大気汚染も深刻な社会課題になっています。
Photo: istock/vinhdav
 また、住民の生活という観点では、ベトナムでは共働き世帯が多いのですが、特にハノイなどの都市部では近所に子どもたちを安心して遊ばせる場所が少なく、経済発展に伴い核家族化が進んでいるため、身近に面倒を見てくれる人がいるとも限りません。
── 急激な経済成長の過程に見られる課題ですね。
兵頭 そうですね。日本もそれらの課題を乗り越えてきましたが、そのノウハウに現在のテクノロジーを組み合わせるとどんなソリューションをつくれるかを考えています。
 たとえば排ガス抑制については、EVによるオンデマンドのモビリティサービスで市内中心部と近郊をつなぎ、住民の交通手段を提供する計画をしています。
 また、太陽光発電を駆使したクリーンエネルギーの供給や、各戸にスマートメーターを配置して電力消費・需要を見える化し、需給に応じたエリア全体でのエネルギーマネジメントなども考えています。
 渋滞解消や電力需要の分散化などについては、住友商事QXプロジェクトと連携し、量子コンピューティング活用に向けた議論も行っています。
 QXプロジェクト代表の寺部雅能は過去に、タイで量子技術を取り入れた渋滞解消の実証実験も行っており、その技術は北ハノイのプロジェクトでモビリティのルート最適化や配車のオンデマンドサービスなどに盛り込めるかもしれません。
松本 子育てについては、日常生活にあったらいいと思える準必需品の住民同士のシェアリングや、英語・プログラミングなどのスキルを持つ住民が近所の子どもたちに教えられるようなコミュニティ形成の仕組みを検討しています。
 一方、昔と比べて生活が豊かになるにつれて、子どもの肥満や運動不足などが問題になっています。その対策として、住民が日常的に健康測定をできる場を設け、さらには健診結果やアドバイスとともに、その人に合ったヘルシーフードやドリンクを提供できるカフェを併設する。
 これら住民同士のコミュニティスペースをインフラサービスとして提供することで、住民への啓発だけでなく行動変容につなげ、安全な子育て環境を実現できないかと考えています。
── 人々の生活起点で具体的な対策を検討しているんですね。
兵頭 そうですね。不動産管理業務のマニュアル化など、実際に街を運営していくうえでの細かい議論も多いんです。
 これらのアイデアを1カ所に集約して住民向けにサービス提供するコミュニティハブ構想を取りまとめ、3月から5月までハノイで実証実験を行うことが決まりました。JICAが途上国の課題解決に貢献しうる民間企業と連携する「中小企業・SDGsビジネス支援」という事業を行っていて、そこで採択されたんです
※「コミュニティ型生活サービスインフラに係る普及・実証・ビジネス化事業」(2021年12月~2022年8月)
松本 こういったアイデアや取り組みは、日本側のコンソーシアムで話し合うだけでなく、ハノイ在住のベトナム人の共働き世帯にヒアリングを行い、課題の洗い出しと解決に向けた検討を行ったうえで、具体化するようにしています。
 新しい仕組みやテクノロジーを生活に取り入れるには、こうしたトライ&エラーを繰り返してブラッシュアップしていくような、地道な取り組みが欠かせません。

北ハノイは、新たな仕組みを生み出す場

── 「50年継続する街づくり」とは、具体的にどのようなイメージでしょうか?
兵頭 さまざまなステークホルダーと意見を交換し、課題を洗い出し、解決策をディスカッションしてつくりあげる。現地で実証・実装してその成果を確認し、住民の皆さんやパートナー企業からのフィードバックを得ながらよりよい形に練り上げていく。
 そういうPDCAサイクルを回せる場所を持つことは、我々のような事業開発を行う総合商社にとって、とても意味のあることです。
 ベトナムの社会課題には、日本や他国にも共通する部分があります。そこから生まれるソリューションを別の地域に展開し、ローカライズすることで、より普遍的な形に洗練させることもできるでしょう。
松本 行政主導ではなく、我々民間企業が主体となってゼロから街づくりを行い、住民と行政、大学などとも協力し、産官学民が一体となって街の運営を行うのが、この街のユニークなところです。
 私たちは民間企業ですから、公共的な機能とあわせてマネタイズも図っていかなければならない。そこに難しさもありますが、地域社会がサステナブルな豊かさを追い求めていくことで、その両立が実現できるのではないかと考えています。
 10年後、30年後、50年後に、この街でどんな人々が暮らし、企業にはどんなサービスが求められているのか。魅力的なパートナー企業に集まっていただくには、私たちが将来のメガトレンドを先取りし、ビジネスやテクノロジーを実装する具体的なイメージを持っておくことがとても重要です。
 サステナブルな街は、住民やそこで働く人たちにとって快適で暮らしやすいのはもちろん、事業者視点では、つねに変化し続け、新しいサービスを導入しやすい環境であることが魅力になります。
兵頭 私たちは「ASEANを牽引する新国際都市」というテーマを掲げています。ベトナムは今、経済成長が著しく、人口も1億人を超えようという勢いです。
 ちょうど日本の高度経済成長のような雰囲気で、日本が歩んできた経済成長をこれから経験するフェーズに入っていくと予想されます。そうした経済成長に、私たちが少しでも寄与していきたい。
松本 日々生まれる課題やニーズを解決し続けていくエコサイクルが機能して、結果的に最先端で住み心地がよく、皆が憧れる街になる。
 ここに暮らす皆さんが「私たちは北ハノイに住んでいる」と誇れるようなサステナブルな街をつくり、ひいてはこのエリアだけでなく、ハノイやベトナム全体の発展につなげていきたい。
 私は、企業にとっても住民にとっても、こうした新しい街の仕組みそのものに価値があると考えています。
── それが、住友商事としてこのプロジェクトに取り組む意義でもあるんですね。
松本 そうなんです。住友商事では、2020年に「重要社会課題と長期目標」を設定し、個々の事業戦略の策定やビジネスにおける意思決定の基準としています。
※住友商事グループが取り組むべき6つの重要社会課題として、「気候変動緩和」「循環経済」「人権尊重」「地域社会・経済の発展」「生活水準の向上」「良質な教育」を定め、それぞれの課題に対して長期目標・中期目標を設定している。
 北ハノイの街づくりは「重要社会課題」の解決に貢献するだけでなく、この先50年……さらに100年先に向けて、コーポレートメッセージである「Enriching lives and the world」を実現できる場になるのではないかと期待しながら取り組んでいます。
 モビリティやヘルスケア、先端テクノロジーから通信にいたるまで、パートナー企業と住友商事グループは、さまざまな事業分野で貢献できます。
 街ができ、生活や地域社会が形づくられていく過程で、社内外を含めた共創が起こり、社会とともに持続的に成長する新しい事業モデルが生まれていくはずです。