2022/2/17

マーケティングを強化する、オンラインイベントの効果と可能性

NewsPicks Brand Design chief editor
コロナ禍でリアルイベントが開催不能となり、オンラインイベント市場は爆発的な伸びを記録した。今後の年平均成長率も23%程度と推測され、2019年時点で779億ドル(約8兆円)だった市場は、27年には4044億ドル(約42兆円)まで膨れ上がる見込みだ(Grand View Research調べ)。設立1年ほどでユニコーンになる企業も現れている。
しかし、新しい試みだからこそ、オンラインイベントを扱いきれていない企業は少なくない。結果を出せないのはなぜか、どんな罠に陥りやすいのか。アフターコロナのイベントは、オンラインイベント市場はどうなるのか。
日本のオンラインイベントを牽引するEventHub創業者の山本理恵氏に話を聞いた。

世界中で急成長するオンラインイベントプラットフォーマー

コロナ禍で初めてオンラインイベントを実施した企業は、みな驚いたはずだ。「イベントがこんなに低コストで開催できるのか」 と。
そもそもコロナ禍以前、セミナーやイベントは主催者や出展者にとって、かなりのコストがかかるマーケティング施策だった。
たとえば1000〜2000人規模のカンファレンスを行うなら、会場は少なくとも前日から押さえ、リハーサルを行う必要がある。
会場費だけで3000〜4000万円かかることも珍しくないが、さらに人件費、施工費、装飾やケータリングなどを含めると、主催者の金銭的な負担だけでも5000万は超えることも。
単純に比較できるものではないが、同規模のイベントをオンラインで開催した際の費用は、プラットフォーム代や動画費用等も含め、1/10程度の300-400万円になる。
これまでは出展者・参加者も、前乗りしたり、交通機関の混雑を考慮して早く出発したり。規模が大きくなるほど会場は都心から離れることも多く 、交通費や時間的コストを負担してきた。
実施や参加のハードルが大きく下がることを身をもって体験した人からすれば、オンラインイベントのプラットフォームを提供する企業が急成長するのも納得だろう。
Grand View Research調べ
たとえば、オンラインイベンプラットフォーマーの「Hopin」は、「欧州最速でユニコーン企業に成長したスタートアップ」と言われている。2019年にロンドンで設立し、それから1年ほどで企業価値は56億5000万ドルに達した。
急成長を遂げているのは海外企業ばかりではない。オンラインイベントプラットフォームを提供する日本発のスタートアップ「EventHub」も、2020年4月から約半年で売り上げは約20倍に。その後も売り上げ、ユーザー数共に好調な伸びを見せている。
「世界的に見て、オンラインイベント市場の成長率が最も高いとされるのがアジアです。裏を返せばアジアではオンラインイベントの普及率が低かったということで、日本も例外ではありません」
こう話すのはEventHub創業者の山本理恵氏だ。
「日本で普及が進まなかった要因のひとつに、非常に巨大な東京経済圏に多くの企業が集まっていたことが挙げられるでしょう。
一方、アメリカなどは国土が広大で、西海岸にも東海岸にも大企業が点在しています。実際、私がアメリカで働いていた当時からWeb商談やWeb会議は盛んに行われていました」(山本氏)
山本氏は幼少期をイギリスで、その後、20代後半までをアメリカで過ごした。新卒でマッキンゼー・アンド・カンパニー サンフランシスコ支社に入社し、出向制度を利用して2013年に来日。
そして日本でとある採用イベントに参加した際、カルチャーショックを受けたという。
「参加者の名刺を手動で入力しないとデータとして活用できないなど、紙を中心とするオペレーションが目立ちました。複写式のカーボンペーパーが配られ、個人情報を手書きで記入したのも日本で参加したイベントがはじめてで、驚きました。
デジタル化の進んだアメリカと比べてテクノロジーが介入する余地が大いにあり、DXの波が必ず来ると感じました」(山本氏)
その後、山本氏は2016年に起業、前身となるサービスの開発を経て、2019年に「EventHub」をリリースしたのだ。

コロナ禍、2週間でオンライン配信機能をリリース

リリース当初のEventHubは、現在のようなプロダクトではなかった。チケット販売機能、主催者からの告知機能、セッションのスケジュール管理機能、あるいは参加者同士のネットワーキング機能などを備えた、あくまで「リアルのイベントありき」のものだった。
「コロナ禍以前にも、アメリカで開催されているオンラインカンファレンスに日本から参加した経験があります。
日本にいながら最前線の情報に触れられる点に魅力を感じ、『この波は必ず日本にも来る』と感じましたが、その潮流が日本にくるのに4〜5年はかかるだろうとも思っていました」(山本氏)
しかし、誰にも想定できなかったコロナ禍という緊急事態が、情勢を急変させる。
日本でもコロナ本格流行の兆しが見えはじめ、リアルのイベントは軒並み中止。そこで日本でも、にわかにオンラインイベントに注目が集まったのだ。
EventHub調べ
折しもEventHubには、リアルイベントを管理するSaaS開発の計画があり、コロナ禍直前の2020年2月、Salesforce VenturesとSansanから累計2.3億円の資金調達をしていた。しかしこの急変により、山本氏は決断した。
「いずれはオンライン配信機能を、と思っていましたが、『今やらないでどうする』と、即座に全てのリソースを割いて開発に取り掛かりました。
2週間の突貫でベータ版リリースにこぎつけ、ベータテスターを募り、検証を重ね、3月に正式リリース。早い段階から『1年以上コロナの影響が続く』という最悪のシナリオを想定することで開発スピードを高め、他社に先駆けてサービスをリリースできました」(山本氏)
リリース直後に、3000人規模のオンラインイベントでも利用され、そこから徐々に問い合わせが増えていったという。ただ、この頃は「長くても半年も経てば元通りだ」と想像していた人も少なくなかった。
新生EventHubリリース直後の3月25日に、3000人規模のオンラインイベントで利用された。
企業が「耐え抜こう」から「適応していこう」と姿勢を改め、オンラインへの移行に本腰を入れはじめたのは、小康状態を経て、秋以降に再度感染が拡大した頃からだ。
EventHubが配信機能を実装した当初、イベント配信に特化した専門的なツールはあったものの、オンラインイベントをはじめて運営する担当者が簡単に使いこなせるようなイベントツールは少なかった。選択肢が限られていたために、EventHubが選ばれるのは当然ともいえた。
しかし、さまざまな企業やサービスがイベントツールを提供している今でも、EventHubはオンラインイベント管理ツールシェアNo.1を保ったままだ。
「主催者は、裏側の管理システムの使いやすさ、本番での音声トラブルや急なシステムダウンなどのない安定した配信パフォーマンス、参加者にとってのわかりやすさなど、さまざまな観点でイベントプラットフォームを比較・選定します。
サービス開始初期から、サポート体制の充実や配信パフォーマンスの安定性、実績を積み上げてきたことが、継続利用や評判を聞いた企業からのお声がけにつながっています。
EventHubを利用したイベントに参加された方から、『自分たちのイベントでも使ってみたい』と言っていただくケースもあります 」(山本氏)

リアルとオンラインで「別物」の体験を提供したい

EventHubは参加者目線でも使いやすい。
イベント担当者からは「日頃からITツールに触れる機会が少ない方やシニア層でも使いやすい」「参加者からの問い合わせが減った」という評価を得ている。
ユーザーフレンドリーな理由は、EventHubが「ビジネスイベントの一番の目的は何か」を常に考えているからだ。
ビジネスイベントの主な目的は、マーケティングやブランディングだ。そのため主催者は効率的に実施すること だけでなく、「世界観に共感してほしい」「新しい体験を提供したい」という狙いももっている。
「 すると、『ボタンの色を企業のイメージカラーにしたい』という要望が主催者から出てくるケースもあります。
ですが、カスタマイズを最優先にして、導線や設計の考慮を無視すれば、参加者の快適性が損なわれることも。それでは本末転倒ですよね」(山本氏)
企業のやりたいことを詰め込むこと以上に、参加者がストレスなくイベントに参加できる環境を整え、リードを獲得したり、商談につなげたり、といった結果こそが企業にとっては重要だ。
それを知っているからこそ、EventHubは企業の要望を鵜呑みにすることはしない。ニーズの本質を捉えた上で、ユーザーフレンドリーを徹底するのだ。
「特にコロナ禍の初期には、オンラインイベントはリアルイベントの代替と捉えられていましたが、両者は別のものだと私たちは考えます。
世界観を作り込んだブースを用意して、足を止めてもらって、名刺交換をして、その場で話したときの手応えで優先順位をつけて、メールを送る。 リアルイベントをそのままオンライン空間で実現するには、現状の技術では不十分です。
オンラインイベントには、参加ハードルの低さだけでなく、アンケートを回収しやすい、視聴履歴や行動データから関心の強さに濃淡を付けられるなど、デジタルならではの強みがあります」(山本氏)
企業がその特性や強みを理解することが、オンラインイベントの効果最大化には必要なのだ。

オンラインイベントが日本企業の活路になる

今後、オンラインの選択肢を「あえて」提供しないのは、企業内研修や、プレミア感の演出が欠かせないイベントに限られる、と山本氏は考える。
「リアルでのイベントを渇望している企業もありますから、何の憂いもなくなれば、リバウンドが起こることは想定しています。
とはいえ、新型コロナウイルス感染症の拡大から 、すでに2年。行動変容には十分な時間がありました。多くの企業はリアルオンリーではなく、リアルとオンラインのハイブリッドを含め、ベストミックスを探るようになるでしょう」(山本氏)
各種調査でも、その傾向は明らかだ。
EventHubが今年2月に実施した調査では、「今後、リードを獲得していく上で、オンライン・オフラインの両方を上手く活用してイベント開催していくことが重要だと思うか」という問いに対し、48.6%の人が「かなりそう思う」と回答。
EventHub調べ
「ややそう思う」の45.9%を加えれば、9割以上の人が「オンラインかリアルか」ではなく、両方を活用することの重要性を感じているとわかる。
一方のイベント参加者はどうか。
同じ調査で参加者に、「今後BtoBイベントに参加するとしたら、どのような開催形態がよいか」と質問したところ、42.1%が「ハイブリッド型のイベント」と回答。次に多かったのは「オンラインのイベント」の32.1%。
合わせると約8割の人がオンラインイベントを求めていた。
EventHub自体、現在、月に2回ウェビナーを行っているが、参加者の反応は良好だ。
EventHubが2月に開催したウェビナーの様子。
「そもそも、月2回の対面セミナーはよほど体力がある企業でない限り難しい。かと言ってホワイトペーパーや事例集といったコンテンツを2週に一度更新するのも現実的ではありません。
それに比べて、月2回のウェビナー開催は挑戦しやすく、頻度が高ければ、それだけ最新の情勢や事例を伝えられる。頻繁に顧客と接点をもつきっかけになるのです。
回数をこなせるということは、それだけPDCAサイクルを回せるということでもあります。コロナ禍でオンライン化に適応した企業とそうでない企業では 、大きな差がつくはずです」(山本氏)
オンライン化の重要性は、山本氏がEventHub起業前、日本の宇宙ベンチャーで海外マーケティングを担当していた頃に感じたことでもある。
ランディングページの英訳、ラスベガスやシンガポールのカンファレンスへの出展など。山本氏の取り組みによって、国内以上に海外からの引き合いが強くなったのだ。
「デジタル化によって言語の壁や物理的な距離がなくなり、飛躍するチャンスを手に入れられる企業はあるはずです」(山本氏)
パソコンを介することでテキストでのコミュニケーションが取りやすくなり、セッション視聴のための同時通訳の技術も徐々に実用に耐えられるレベルに進化している。アーカイブ動画を残せば、時差の壁も突破できる。
既存の顧客だけでなく、従来リーチできなかった層と、時には海を超えてつながる。オンラインイベントを使いこなすことは、日本企業にとって活路となるに違いない。