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とにかく明るい安村、軸足を海外へ 日本お笑い世界進出の壁とそれを超える2つの視点

武井保之ライター, 編集者
(C)Britain’s Got Talent Fremantle/Simco

 英人気オーディション番組『ブリテンズ・ゴット・タレント』で決勝進出。イギリスで爆笑をさらい、一躍現地の有名人になったことが日本でも話題になり、再ブレイクを迎えている芸人・とにかく明るい安村。

 吉本興業は、安村がいま日本での稼ぎどきであるにもかかわらず、この先1年を海外活動に振り切ることを決めると同時に、世界進出プロジェクトチームを立ち上げた。

 渡辺直美をはじめ、これまでにも多くの所属芸人たちが個々に海外で活動していた同社だが、これからはチームとしても芸人の海外進出をバックアップしていく。その狙いを同社マネジメント&プロデュース本部 本部長の神夏磯秀氏に聞いた。

消極的だった思考が一転した現地の大ウケ体験

ーー『ブリテンズ・ゴット・タレント』で再ブレイク後に『ワイドナショー』(フジテレビ系)に出演した安村さんは、海外オファーを断ったエピソードを披露するなど、あまり海外での活動に積極的ではない印象を受けました。

 もともと安村は、YouTubeの企画で自主的にあのネタを海外に向けて英語や韓国語でやっていました。ただ、『ブリテンズ・ゴット・タレント』は、我々のほうからチャレンジさせたいと思って、安村に番組への挑戦を持ちかけています。もしかしたら最初のうちは『ワイドナショー』で話していたような意識だったのかもしれません。

 でも、番組予選に出たらめちゃくちゃウケて、本人がいちばん驚いていました。やはり芸人魂だと思いますが、大変喜んでいました。我々の想像以上でしたし、過去に海外オーディションに出演した芸人のなかでもいちばんウケたと感じています。

 そのあとに本人と話して、このチャンスに思い切って海外へ向けた活動に振り切ることで意思が一致しました。すでにいまは海外の仕事を中心に取り組んでいます。

ーーどういう手法で海外に出ていくのでしょうか。

 すでに各国から多くのオファーをいただいていますので、まずはそこに全力でチャレンジしていきます。国としては、下地ができたイギリスから。アメリカにも行くべきですし、もちろんアジアも視野に入れています。

 社内に発足したTONIKAKUプロジェクトチームには、マネジメントのほか海外営業や企業タイアップ、SNS戦略など各部門の専門スタッフが集まっています。どう効果的に進出していくかを検討し、メディア出演やステージを含めて同時並行で幅広くチャレンジしていきます。

お笑い界への安村効果はこれから

東京・新宿の歌舞伎町タワー2階・フードコートに設けられた特設ステージで行われた『Yoshimoto Comedy Night OWARAI』に登場したとにかく明るい安村(提供:FANYマガジン)
東京・新宿の歌舞伎町タワー2階・フードコートに設けられた特設ステージで行われた『Yoshimoto Comedy Night OWARAI』に登場したとにかく明るい安村(提供:FANYマガジン)

ーー安村さんまたはほかの芸人さんが海外定着に成功した場合、国内と海外の仕事のバランスなどその先の活動のイメージは?

 しっかりとした地盤ができれば移住してその国で本格的に活動をするかもしれませんし、日本を拠点にしつついろいろな国をまわりながら仕事をするかもしれません。先のことはまだ明確ではありませんが、やりながらベストな方向性を探っていくしかないと考えています。

ーー1年間の海外へ向けた活動のKPIは設定していますか?

 先発隊になりますので、いまから1年間は海外に振り切って、全力であらゆることに挑戦していこうという姿勢です。数字的な目標設定は敢えて設けていません。具体的な数字目標が立てられるほど海外は甘い世界ではありません。

ーー安村さんの成功で、海外に意識が向く芸人さんも増えていますか?

 これからどんどん増えてくると思います。弊社所属タレントさんたちのYouTubeチャンネル数は、いま2500チャンネル以上まで増えていますが、たとえばインドネシアで再生数が上がれば、そこで試しにライブをやってみようとなる。個人のSNSで海外からのDMが増えれば、その国の人たちに向けて発信をしよう、となる。日々のなかで海外を意識する機会は急激に増えているはずです。そうなれば、自ずとグローバルなエンタメ発信にチャレンジするようになります。

お笑い世界進出に必要な2つの視点

外国人特派員協会での会見で日本のお笑いを語るとにかく明るい安村(提供:FANYマガジン)
外国人特派員協会での会見で日本のお笑いを語るとにかく明るい安村(提供:FANYマガジン)

ーーいまの世界進出はノンバーバル系の芸人さんが中心です。漫才などの話芸はやはり難しいでしょうか。

 言語と文化の違いを超えるのは至難の業。漫才は普通に考えると難しい。ただ、世界進出には「芸人のパフォーマンスの輸出」と「芸人が生み出すコンテンツの輸出」の2種類があると思っています。

 たとえば、明石家さんまさんの天才的な話芸をそのまま輸出することは不可能です。でも、さんまさんが企画・プロデュースされた映画『漁港の肉子ちゃん』は海外でいくつも賞を取り、海外のファンからも高く評価されています。

 ダウンタウンの松本人志さんの天才的なトークや発想そのままの輸出は不可能ですが、松本さんが企画・プロデュースされたAmazonプライムの『ドキュメンタル』は世界23ヵ国に輸出され、現地版が制作されています。

 つまり、芸人さんが生み出されたコンテンツはしっかり輸出することができています。お笑いのパフォーマンスの輸出にはそれなりの制限があるかもしれません。しかし、芸人さんが生み出し、プロデュースするコンテンツという視点では、誰にでも世界進出の可能性があると強く思っています。

ーーパフォーマンスで世界に出るためには何が必要ですか?

 いちばんは「何百回、何千回の失敗に挫けない、強い志」だと思います。そして、スポーツでも競技人口が増えないとレベルが上がらない。お笑いもいまはまだまだ海外に出て仕事をする芸人さん、チャレンジする芸人さんが少なすぎる。つまり海外チャレンジの競技人口が少なすぎて、実績やレベルがなかなか上がらない。その数が1000人、1万人、と増えてくれば、とんでもないスターが生まれてくるはず。まずは挑戦する人口を増やすこと。海外にチャレンジする意志を持っているだけでも、その時点で才能があると思います。

ーー日本エンターテインメントの世界進出は、映画や音楽などあらゆるジャンルで唱えられていますが、簡単ではありません。

 その通りだと思います。しかし、欧米や韓国のコンテンツが世界を席巻するなかで、ドラマや音楽ももちろんですが、日本がとくに優れたお笑いのコンテンツを世界に輸出する使命が我々にはあると考えています。

 日本のお笑いが世界一であることは間違いない。それをどう伝えていき、いかに「世界の人々に日本に振り向いてもらうか」。そこに向けてタレントさんとスタッフが一丸となって動いていきたいと思います。

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ライター, 編集者

音楽ビジネス週刊誌、芸能ニュースWEBメディア、米映画専門紙日本版WEBメディア、通信ネットワーク専門誌などの編集者を経てフリーランスの編集者、ライターとして活動中。映画、テレビ、音楽、お笑い、エンタメビジネスを中心にエンタテインメントシーンのトレンドを取材、分析、執筆する。takeiy@ymail.ne.jp

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