ドラマ「わたナギ」の出演で話題の夏子。「女優として生きる覚悟を決めた」初主演映画が公開に
野田秀樹作・演出の舞台「赤鬼」のヒロイン役、大きな話題を集めたテレビドラマ「私の家政夫ナギサさん」への出演などで注目を集める女優の夏子。現在24歳、女優として大きな飛躍を予感させる彼女から今度は初主演映画が届いた。
遠藤監督との初対面は、少し怖くなりました(苦笑)
今月10日から渋谷シアター・イメージフォーラムで公開が始まった彼女の初主演映画「TOKYO TELEPATH 2020」。はじまりは遠藤麻衣子監督との出会いだったという。
「今回の(『TOKYO TELEPATH 2020』の公開館であるシアター・)イメージフォーラムで、知り合いの監督さんと遠藤さんの作品『TECHNOLOGY』を観て、上映終了後にご挨拶をさせていただく機会があったんです。その時、初めて遠藤監督とお会いしました。
初対面は、緊張したというか。『あとでお会いするので、なにか作品の感想を伝えないといけない』と思って、映画を観ていたんです。でも、観てすぐに自分の考えをまとめて、感想を伝えられるような作品ではなかった。もうほとんど言語化不可能な作品で。『こんな作品を作るのはどんな人なんだろう』と、すごく興味を抱いた一方で、遠藤さんの人物像がまったく想像できなくて、少し怖くなったことを覚えています(苦笑)」
後日、遠藤監督から直接、映画出演の話が来たそうだ。
「初めてお会いした時は、たいしたことは話せなかったと思います。ただ、なにか遠藤監督の心の中に自分の印象が少し残ってくれたみたいで。それでお声をかけてくれたと思うので、オファーはすごくうれしかったです。あの映画の世界に自分も入れるのかなと思って」
この仕事を続けていくのか、別の道か、悩んでいる時期でした
出演の話が来て作品の撮影に入ったのは、今から2年ぐらい前のこと。ちょうどこの時期、夏子自身は岐路を迎えていたと明かす。
「ほんとうにこの仕事を続けていくのか、それとも別の道に進むべきなのか、ものすごく悩んでいる時期でした。
雑誌の編集者の方に専属モデルをやってみないかとお誘いいただき、この世界に入って。気づけば、女優の仕事も始めていました。
自分は、『この世界でやっていきたい』という強い意志を持って、この仕事を始めたわけではない。当時、『この世界でやっていこう』と自分が覚悟を決めているわけでもなかった。なんとなく宙ぶらりというか。中途半端なところにいるような気がして、『このままでいいのかな』と。この先、女優の仕事を続けるのかどうか、きちんと自分で答えを出さないといけないと思っていた頃でした」
そうした岐路に差し掛かっていた当時の気持ちが『TOKYO TELEPATH 2020』の出演へと向かわせたところもあるという。
「遠藤監督の作品に触れ、衝撃を受けたというか。自分がこれまで知らないできた別次元の世界を見せられた気がしたんです。作品同様に、遠藤監督もいい意味で別世界で生きている印象で。すごく感化されるところがありました。なので、この遠藤監督の世界に、自分も入ってみたいと思ったんです。そうすれば、なにかが見えるんじゃないかと思いました」
最後まで作品の全体像は教えてもらえませんでした(笑)
作品は、2020年開催の東京オリンピック・パラリンピックに向け、建設工事ラッシュの続く2018年の東京が舞台。様変わりする都市にキョンちゃんというひとりの女の子が降り立つ。実は、彼女は謎の管制本部からミッションを受けた使者。富士山より東京に流れる龍脈について調べ、東京の結界を見張る任務を負う。
一方で、テレパシーの才能を持つ、よ8888が登場。実体のない全能の神からのお告げによって彼女は、テレパシーを使いキョンちゃんを仲間に引き入れようとする。
こんな異彩を放つ設定で、キョンちゃんと、よ8888がサイバーシティと化した東京でスピリチュアルな戦いを繰り広げる。
ここで夏子はキョンちゃんを演じることになる。
「実は、最後まで監督から作品の全体像はまったく教えてもらえなかったんです。だから、作品が完成して観るまで、どういう物語なのかもわかりませんでした」
演じるキョンちゃんについてもどういうキャラクターか撮影直前に初めて知ったそうだ。
「いざ、クランクインという時に、ようやく遠藤監督から、細かく人物像と人物設計図を教えていただきました。
それから物語の背景にある結界や龍脈、東京の鬼門とか裏鬼門といった陰陽道のことをひとつの講義を受けるように詳しく教えていただきました。こういったことはほとんど知らなかったので、お話を聞いただけで住み慣れた東京の街がいつもとは違った風景に見えました。
こういうことを知ると、ほかの人物とか物語の全体図を知りたくなるんですけど、そこは教えていただけませんでした(笑)」
ほとんどがゲリラ撮影!どこから撮られているかもわからない!
撮影はほとんどがゲリラ撮影。東京の街を最小限のスタッフで周り、撮影した。時にはカメラが回っているかもわからないこともあったとか。決まり事やセリフがあって、その範囲で動いてお芝居をするような通常の映画撮影とはかけはなれていた。
「私があれこれと考えるよりも、まずは遠藤監督にすべてを委ねようと。
その中で、特に指示されたことではないのですが、キョンちゃんを演じるというより、その場所にきちんと存在する。それが大事なのではないかと思いました。
あとは、浅草の雷門とか、東京スカイツリーとか、異邦人のようになって遠藤監督と、撮影のショーン(・プライス・ウィリアムズさん)やスタッフさんと旅していけばいいんじゃないかと。気づくと、純粋に楽しんでいる自分がいました」
本気でこの仕事で生きていきたいと思ったひとつの経験になりました
とはいえ、ゲリラ撮影は未経験。戸惑いや不安はなかったのだろうか?
「アクシデントもあって大変なことは大変でした。東京高円寺阿波おどりのシーンは、とにかく人出が半端じゃない。あの中で、駆け回ってほんとうにシーンが成立するのかと思いました。
映画の冒頭で船に乗るシーンがありますけど、私がひとりで乗って。スタッフさんははるか離れた対岸からカメラを構えているというんです。私としてはほんとうに撮られているのかわからない。こんな、どこから撮っているかもわからない時が幾度もありました。
不安にならないことはなかったですけど、私としては、そこにいることが重要で。そのシーンに溶け込めればいい。それだけでした。
だから、自分の感覚としては『演じた』と言い切れないんです。普段のお芝居をする感覚とはかなり違う。これを『演じた』と言っていいのかなと。
もちろんキョンちゃんとしては立っているんです。ですから、よく知っている場所にいくつも行きましたけど、その時は初めて見るような気持ちになっている。ただ、なにかお芝居を積み上げて作りこんだような演技ではない。自分がキョンちゃんとして初めて立ったその場所で、感じたことや考えたことがそのまま出ている。
言い表す言葉が浮かばないんですけど、感覚としては『非日常体験』というのが近いかもしれません。今までにない体験をしたことは間違いないです」
この体験は、今の自分にとって大きかったという。
「自分の狭くなっていた視界を一気に広げてくれたというか。撮影手法にしても、演じるということにしても、これまでとはまったく違う。でも、こういうやり方もあるし、こういう映画作りもあることを知ることができて、そこに自分の身を置くことができた。
実際に身を置くことで、お芝居のおもしろさややりがいに気づいたところもある。今は本気でこの仕事で生きていきたいと思っているんですけど、そう思えるひとつの経験がこの現場だったと思います。それぐらい今、女優としての私の血肉となってくれた体験だった気がします」
冷静にみると、向いていないことをしているなと思うんです
数年前に悩んでいたのは過去。今、この女優という仕事に意欲的に取り組めているという。
「この仕事を続けていきたいと思ったのは、『TOKYO TELEPATH 2020』の現場と、もうひとつ、昨年の初舞台『BACKBEAT』の経験が大きいです。幕が閉じて、しばらくした時、悔しい気持ちが出てきた。舞台をやっている間は、その時点でのベストを尽くしていたと思うんですけど、振り返ると反省点ばかりが出てくるというか。『もうちょっとできたんじゃないか』とか、『ほんとうにあれが自分の精一杯で限界点だったのか』とか、納得できていない自分がいる。
それで、もう一度チャレンジしたい。やりたいという気持ちがわいたんです。それと、演出家の方の愛のムチというか。あれだけ厳しく指導してくれたのは、大きな愛情で私に期待をかけてくれてのことだったんだなと思うと、ひとつ恩返しがしたい気持ちも生まれました。
このことで、女優のお仕事をしていく覚悟が決まったと思います。
ただ、冷静にみると、向いていないことをしているなと思うんです。実は、人前に出るのが苦手で、変な話ですけど、みんなで集合写真に収まるのもちょっと気後れして気が進まないタイプ。自分でも、よくやっているよと思うんです。ほんとうに実際の自分の性格とは対極のことをやっている。でも、今はだからこそできるのかなと言う気もしています。
演技は、自分が普段は出せない部分を出せるというか。そこがたまらなく楽しい。
普段、私は喜怒哀楽を激しく出すことはほとんどない。ほんとうは怒りたくても、人目をはばかったり、性格的なところで抑えてしまう。でも、舞台では泣いたり叫んだり、普段は絶対爆発させない感情を吐露できたりする。真逆の性格だから、対極に振り切ることができるのかなと思っています」
舞台にテレビドラマに映画と活躍の場を広げ、注目を集めつつあるが、今はあえて目標を掲げないでいる。
「今は目標というか、先のことをあまり考えないでいいかなと思っています。それよりも、目の前にあること、巡ってきたチャンスにチャレンジしていきたいです」
最後に初主演映画にこう言葉を寄せる。
「コロナ禍で公開が当初より延期になってしまいましたが、それが偶然ではなく必然だったんじゃないかというか。東京オリンピック・パラリンピックのことや、コロナ禍による今の社会情勢であるとか、どこか暗示めいて重なるところが『TOKYO TELEPATH 2020』にはあります。既視感を覚える内容になっていることにびっくりします。ですから、このタイミングでスクリーンでみなさんにみていただけることがうれしいです。一人でも多くの方に足を運んでいただけたらと思っています」
『TOKYO TELEPATH 2020』
10月30日(金)までシアター・イメージフォーラムにて限定上映
製作・監督・脚本・編集:遠藤麻衣子
出演:夏子、琉花ほか
場面写真およびポスタービジュアルはすべて(C)A FOOL
詳しい上映情報は、こちら