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無花粉スギに未来はあるか? 

田中淳夫森林ジャーナリスト
スギ花粉は極小なので風に乗って数十kmも舞い飛ぶ(ペイレスイメージズ/アフロ)

 花粉症の季節がやってきた。まずはスギ、そしてヒノキも近く押し寄せてくるだろう。

 花粉症は、ざっと50種類はあるそうだ。なかにはトマトとかピーマンの花粉症まである。一般には樹木でシラカバ、ハンノキ、ヤシャブシ、ケヤキ、コナラ、クヌギなど。草本ではカモガヤ、ブタクサ、ヨモギなどが知られる。

 ただスギとヒノキ(ヒノキの花粉もスギ花粉と抗原が共通するため、スギ花粉症の原因となる)は、あまりにも広範囲に発症することで有名になった。

 それはなぜかと考えてみた。まずはスギ・ヒノキの植林面積が多いためだろう。しかし里山のコナラやクヌギも相当な面積を占めるし、町に近い。そして街路樹にはケヤキも多い。ブタクサやヨモギなど、どこでも生えていそうな雑草だ。なぜこれらの花粉症は話題に上がらないのか。

 そこで気付いた。たいていの花粉は数十メートルから数百メートルしか飛散しないのに、スギ花粉の飛散距離は数十kmにもなることに。なぜならスギの花粉の粒径は15~50μm(平均約30μm)と極小だからだ。しかも風媒花だから、風に乗って飛び散りやすくできている。ヒノキ花粉も似たような大きさだ。おかげでスギやヒノキが周辺にない都会でも花粉症が発生する。また一度落下しても、再び風が吹くと舞い上がりやすいともいう。

(この点に関しては、昨年『花粉症対策には、道路の舗装を剥がすべし!』という記事を書いたら、批判が殺到した(笑)。マジに捉えないでほしい。)

 私は「スギは全部伐ってしまえ!」という暴論に対抗しただけである。ま、お気持ちはわからぬでもない……こともないこともない(笑)が、全部伐って山を丸裸にしてどうするの? というしかない。跡地に再びスギを植えるのかな?

 そこで林野庁が進めている対策が、花粉を出さない無花粉スギ、もしくは通常のスギの1%以下の花粉しか飛散させない少花粉スギの開発である。無花粉スギは現在3品種、少花粉スギが142品種生み出されている。両者を合わせて「花粉症対策スギ」と呼ぶ。

 開発担当者のご苦労はわかるが、 これが現実的な対策に思えない。

 いくら新たなスギを開発しても、それを植えなくては意味がないわけだが、近年の植林面積は年間たった6400ヘクタールだそうで、そのうち花粉症対策スギは何%を占めるか考えてほしい。ちなみに全国のスギ林面積は447万5000ヘクタール 、ヒノキが259万9000ヘクタールである。単純計算すると、全部植え替えるのに700年はかかるとか。

 かろうじて首都圏のスギ植林の場合は、たいていこの品種が使われるようになったというが……。

 そもそも林業家が、そうした花粉の出ないスギ苗を使おうという意識は低い。スギの苗は何でもOKとはいかないからだ。各地の地質や気候、そして育ち方に用途まで考えないといけない。花粉を出さなくても、病害虫に強いか、成長速度はどれぐらいか、幹がまっすぐ伸びるか、さらに材の色艶などの質まで考えれば、おいそれと新品種に手を出せない。

 戦後の大造林時代に苗の大増産が行われたが、結果的にひどい形質のスギやヒノキの苗が出回ったことがある。とくに九州で大量に使われた品種が、育つにつれて地上すぐの幹が曲がって育つことがわかった。おかげでもっとも太い部分が製材に向いていないことになったから、今となっては大損害だろう。だから心ある林業家は、苗にこだわる。

 最近では、スギ雄花とヒノキ雄花だけに感染して枯死させるカビの一種(スギ黒点病菌)を散布して、花粉の飛散を抑える実験も行われている。2~3ヵ月で80%以上の雄花が枯死したという。

 実験では10 月から翌 3 月までハンドスプレーを用いて菌の入った処理剤を枝からしたたるほど1ヶ月に1度散布したというが、実用的にするのにはヘリコプターから農薬のように散布でもするのだろうか。それも毎年……。それに安全性を考えると怖くなる。スギの生育には影響がなかったというが、広範囲に散布した場合、生態系にどんな影響をもたらすか確認するまで時間がかかるだろう。

 

 もっと原点にもどって考えよう。そもそも日本にスギ林はどれほどいるのか。

 日本の木材需要は年々下がっている。人口が減り、さまざまな非木材建材が出回る中、必ずしもスギやヒノキが大量に必要なわけではない。すでに現在でもスギ材は持て余し気味。現在約1000万ヘクタールの人工林(うちスギ・ヒノキは約7割)だが、需要から逆算すると、500万ヘクタールあれば十分である。つまり半減させてもよいわけだ。これは戦前の日本の水準である。そして戦前にスギ花粉症はほとんどなかったと思われる。

 

 そう考えると、無花粉スギをつくるより、スギやヒノキ以外の植林木を伐採跡地に植える方が有益なのではあるまいか? と言っても木なら何でもよいわけではない。早く成長して環境にも適し、木材としても使える樹種を選ぶべきだ。できるだけ土地に馴染んだ在来種。また世界的に資源が枯渇していて高値の広葉樹種は狙い目だろう。

 ともあれ将来を見据えて総合的な森林政策を立てないと、花粉症対策と木材供給計画がバラバラでは森林の未来が浮かばれない。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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