小谷実可子さん(57歳)が30年のブランクを経てシンクロに復帰した理由|STORY
ソウルオリンピック銅メダリストであり、今年8月に行われた「世界マスターズ水泳選手権2023九州大会」でソロ・デュエット・チームすべて優勝という偉業を成し遂げた小谷実可子さん。更年期に世界を制したパワーとエネルギーの秘密は、やはり筋肉を鍛え続けるというアスリート魂にありました。
○ 小谷実可子さん(57歳・アーティスティックスイミング選手)
1966年8月30日、東京都生まれ。小学生の頃からシンクロナイズドスイミングを始め、1988年、ソウルオリンピックではソロ、デュエットともに銅メダルを獲得。一線を退いてからは日本オリンピック委員会常務理事、日本オリンピアンズ協会会長などをつとめる。約30年のブランクがありながら今年8月に行われた「世界マスターズ水泳選手権2023」ではアーティスティックスイミング部門で3個の金メダルを獲得。
更年期の不調を上書きする社会活動と筋トレで人生後半をポジティブに!
今年8月に九州で行われた「世界マスターズ水泳選手権2023」のアーティスティックスイミング部門に出場して、ソロ・デュエット・チームの3部門ですべて金メダルを獲得することができました。現役を退いてから約30年も経過していたので、準備を始めてから2年弱ほどという短さで結果を出せてホッとしています。 マスターズに挑戦しようと思ったのは53歳くらいの時で一般的には更年期と言われる時期。指導している子供たちの保護者の方々が「更年期で辛いけれど、送り迎えや発表会のお手伝いで外に出る時間があると症状が和らぐ」とおっしゃっているのを聞いていたので50歳前後というのはホルモンバランスの乱高下で体調が不安定になるんだなという認識だけはありましたが、自身の不調は軽く、疲れやすさ(*1)や五十肩、腰痛や偏頭痛、目の疲れや物忘れの進行などを多少感じていた程度。 でも新しい目標が定まったことでそれまで以上にトレーニングを頑張ることができたり、メンタル的にもより前向きになれたりしました。自分が更年期の真っ只中にいることを忘れて目の前のやるべきことに集中できて不調を悪化させずに済んだのではないかと思います。 【*1・疲れやすい】 だるさ・倦怠感や疲労感の原因は大きく分けて2つ。ひとつは、視床下部の乱れによるもの、もうひとつはその他の症状によって寝付けないことからおこる疲労です。そのうちの視床下部の乱れはエストロゲンの減少によって、自律神経など体の重要な働きをコントロールする役割を持つ視床下部が混乱し、体のバランスが崩れることからおこるもの。バランスの崩れを元に戻そうとするために、疲れやすくなると考えられます。ひどい場合は放置しないで医師の診断を受けるのがお勧め。 ◇ 理事を務めた 東京オリンピックが 終わって半ば燃え尽き症候群に。疲れや痛みなどを感じやすくなりました –小谷実可子さんは現役を引退してからは後進の指導やスポーツコメンテーター、また各種オリンピック委員会の役職など多彩な活動に奔走。そんな中、今年行われたマスターズで3冠を達成するという前人未到の快挙を成し遂げました。小谷さん曰く、30年のブランクがありつつ、競技再開を決めたのはある心境の変化があったそうです。 競技者としては2度めの五輪出場後、区切りをつけましたが、マスターズに出てみようかなと思ったのは、2022年に、自分のエネルギーを全部注いで全身全霊で取り組んできた東京オリンピック・パラリンピックが無事終わって、半ば燃え尽き症候群のようになったからです。 日本オリンピック委員会、国際オリンピック委員会、日本オリンピアンズ協会など10近くの役職に忙殺され、数年間にわたって1分1秒を捻出するのにも苦労していた日々でしたが、オリンピックが閉幕した時、目標を失ったような空虚感を感じました。終わった後、次の目標がないとボケちゃうというか(笑)。そう思っていたところに、もともと興味があった自国開催のマスターズがあることに気づいて、日本で行われるのだから参加して盛り上げようと考えました。 最初は楽しもうという気持ちで練習していたのですが、そんな私の様子を見た恩師が「小谷実可子が出るなら、楽しもうなんて気持ちじゃダメ。勝たなきゃ!」とハッパをかけてくれて、その言葉に奮起したことと、いざ目指し始めると仲間が集まって来てくれたり、協力してくださる方が出て来てくれたりして、あれよあれよという間に「チーム小谷」のようなものが出来上がりました。 私たちが競技に出ることが認知されだすと、特に同年代の方々からすごくエールをいただきました。いろいろなところで「人生は50歳から」と言っているせいか、「自分も頑張ろうと思えた」「触発されてトレーニングを始めた」など、前向きなフィードバックをいただくと私自身も背中を押される気分に。金メダルを取ったあとは、さらに多くの反響をいただいて、挑戦して目標を達成した喜び以外に、大きな副産物を得られた気がします。