日本人拉致問題とは?/飯島内閣官房参与の電撃訪朝で注目
北朝鮮を電撃訪問した飯島勲内閣官房参与が、5月16日に北朝鮮の要人と会談し、日本人拉致問題についても話し合った可能性があると報じられています。それと関連して安倍晋三首相の訪朝可能性もとりざたされています。 日本人拉致問題とは、どのような問題なのでしょうか。
17人を拉致被害者と認定
拉致事件は1970年代から80年代にかけて起こりました。多くの日本人が不自然な形で行方不明となり、日本側の捜査や、亡命北朝鮮工作員(スパイ)の証言から、事件の多くは北朝鮮による拉致の疑いが濃厚になりました。北朝鮮はかたくなに否定し続けていましたが、2002年9月に行われた小泉純一郎首相(当時)との首脳会談で、金正日総書記(同)がようやく拉致を認めました。 北朝鮮が拉致を行った背景には、「同国の工作員の身分を日本人に偽装させる」「工作員を日本人にしたてるための教育係とする」「北朝鮮にかくまわれている『よど号』ハイジャック犯のグループによる人材獲得」といった理由があったとみられています。 日本政府はこれまでに17名を北朝鮮当局による拉致被害者として認めています。その中には、1977年、新潟で中学校から帰宅する途中、北朝鮮に拉致された横田めぐみさんの名前もあります。 北朝鮮は、拉致被害者のうち横田さんを含む8人はすでに死亡したと伝えています。しかし死亡理由などに不自然な説明や矛盾が多いことから、日本政府は被害者が全員生存していることを前提として、すべての拉致被害者の安全確保と速やかな帰国、そして真相究明を要求してきました。
5人の帰国は実現したが
2002年10月15日には、5人の拉致被害の帰国が実現しました。その後の日朝間の協議で北朝鮮は、これら5人の帰国を理由に「拉致問題は解決した」との姿勢をとります。 2006年、北朝鮮によるミサイル発射が行われ、その後も核実験の実施など、国際的にも非難を浴びる行動をとり続けました。そのため日本政府はそれらに対抗する措置として北朝鮮への経済制裁を行いましたが、その後、北朝鮮は「拉致問題は解決した」との姿勢を翻し、拉致問題の再調査を実施する旨を表明しています。 1997年、拉致被害者の家族により「北朝鮮による拉致被害者家族連絡会(家族会)」が結成されるなど、被害者の救出を求める運動が展開され、今年4月には、1000万人分の署名の目録が安倍首相に手渡されました。 安倍首相は「拉致問題が解決しない限り北朝鮮との国交正常化はしないという姿勢は堅持していく」(安倍氏の公式サイト)との方針です。