樋口一葉(ひぐちいちよう)は、5,000円札の肖像画に採用されている女性ということは多くの人が知っていると思います。しかし、同じく紙幣に描かれている福沢諭吉野口英世に比べると、何をした人物なのかわからないという人も多いのではないでしょうか。

この記事では、樋口一葉がなぜ紙幣の肖像画に選ばれたのか、彼女の功績を解説します。

  • 樋口一葉とは?

    樋口一葉(ひぐちいちよう)について解説します

樋口一葉(ひぐちいちよう)は何をした人?

樋口一葉(ひぐちいちよう)は、何をした人物だったのでしょうか。

明治時代に生きた女性小説家

樋口一葉は明治時代に活躍した小説家・歌人であり、1872年(明治5年)に生まれました。父親が東京府(現在の東京都)の官吏をしていただけでなく、不動産や金融業に携わっていたこともあり、樋口一葉は裕福な家庭で過ごしていたそうです。

少女時代

樋口一葉は11歳の頃に首席で小学高等科を卒業しますが、その後は母の意向で学校教育を受けることはしませんでした。のちに「一葉に学問を学ばせてあげたい」という父の思いから、14歳で「萩の舎」という歌人の中島歌子が設けた塾に入門することになります。

そこで樋口一葉は才能と人柄を評価され、先生の助手を務めるまでに成長しました。

小説家の道へ

樋口一葉が萩の舎で学んでいる間に、家族の訃報や父親の事業失敗が相次いだこともあり、一家の家計を彼女が背負わなければならなくなってしまいます。そこで樋口一葉が目をつけたのが「小説の執筆による家計収入」でした。

しかし、家族を養うほどの原稿料を稼ぐことができず、借金や質屋通いなど苦難を強いられます。樋口一葉は苦しい生活を続けながらも、今も多くの人に知られる『たけくらべ』や『大つごもり』『十三夜』といった名作を発表。1年余りで一気に名声を高めていきました。

樋口一葉はその頃から肺結核をわずらい、1896年(明治29年)に24歳という若さでこの世を去ります。彼女は苦しい家族を救うために筆をとった勇ましく聡明な女性だったのです。

樋口一葉がお札になったのはいつから?

多くの人が樋口一葉を知ったきっかけに、5,000円札に描かれている肖像画があるのではないでしょうか。

樋口一葉が描かれている5,000円札は、2004年(平成16年)11月1日より発行されています。表面に樋口一葉の肖像画、そして裏面には女性である樋口一葉のイメージに合わせた、花をモチーフにしている尾形光琳の作品「燕子花図」が描かれています。

この5,000円札は、紙幣全体が紫がかった色合いをしているのも特徴です。

なお、2024年の上半期を目処に、5,000円札の肖像画は樋口一葉から津田梅子に刷新されることが決まっています。津田梅子も、樋口一葉と同じく明治時代に活躍した女性のひとりとして知られている存在です。

  • 樋口一葉とは?

    樋口一葉は24年という短い人生を文学とともに歩みました

樋口一葉の代表作は?

わずか24歳という若さで亡くなった樋口一葉ですが、晩年には高い評価を得た作品を数多く出版しました。ここでは、樋口一葉の代表作の中から厳選した3つの作品概要と簡単なあらすじを紹介します。

『たけくらべ』

『たけくらべ』は、1895年(明治28年)に「文学界」文学界雑誌社にて公表された樋口一葉の小説です。現代でも単行本として発刊されています。

<あらすじ>
14歳のおてんば娘・美登利は、いずれ遊女になる運命にありました。そんな彼女とよく遊んでいた少年・正太郎と、美登利へ密かに思いを馳せる寺の息子・信如(のぶゆき)、この3人の登場人物が織りなす恋愛物語です。

この作品では、大人になることへの葛藤が描かれています。美登里の人生の先に何が待ち受けているのかも気になる一冊です。

『大つごもり』

『大つごもり』は、1894年(明治27年)に雑誌『文學界』に掲載された短編小説です。現代では単行本として発刊されているだけでなく、NHKのオーディオドラマとしても放送されました。

ちなみに「おおつごもり」とは、「大晦日」という意味を持っており、大晦日に起きた出来事が描かれています。

<あらすじ>
裕福だが人使いが荒い山村家で働く18歳の少女・お峯が主人公の物語。ある日、彼女の育ての親である叔父が倒れたことを聞きつけ、叔父の元へ向かったお峯は、叔父が借金を抱えているという事実を告げられます。
叔父の借金返済のため、お峯は山村家とお金を借りる約束を取り付けますが、山村家の総領である息子が現れ、約束をなかったことにされてしまいます。困ったお峯は、あろうことか山村家のお金を盗んでしまい……。

樋口一葉自身もお金に悩まされた人生を送っていたことから、『大つごもり』ではどこか樋口一葉の人生も重なる作品になっています。

『十三夜』

『十三夜』は、1895年(明治28年)に「文藝倶樂部 閨秀小説號」博文館にて公表された短編小説です。こちらの作品も書籍化されています。

<あらすじ>
原田家に嫁いで7年になるお関が主人公の物語。
冷酷無情な夫・勇に耐えかねたお関は、十三夜の夜遅くに実家の父母のもとへ訪ねます。両親は愛娘に深夜の来訪の理由を尋ね、お関は涙ながらに「勇と離婚させてほしい」と口にします。
勇から精神的な虐待も受けていたお関でしたが、最終的には父親に説得され、苦しみながらも離婚をせずに生きることを決意します。実家からの帰路で利用した人力車を運転していたのが、かつてお関が思いを寄せていた幼馴染で……と展開していくストーリーです。

この作品からは、明治時代の女性の置かれていた立場が垣間見えると同時に、恋と夫婦生活に悩むひとりの女性の葛藤も描かれています。

  • 樋口一葉の代表作は?

    樋口一葉の小説はどの作品も読みやすいテーマで描かれているのが特徴です

樋口一葉の豆知識

若くして生涯を閉じた樋口一葉ですが、執筆作品以外に知っておきたい豆知識があります。

樋口一葉の本名と名前の由来

樋口一葉は、彼女が20歳の時に初めて名乗った名前であり、本名は「なつ」です。「一葉」とは一枚の葉っぱのことですが、「達磨大師」という足のない大師が川を渡る際に乗っていたアシの葉のことを指しています。

また、当時は「御足」がお金を表す言葉であったことから、「達磨大師も私(樋口一葉)も御足がない」と意味を掛け合わせて、「一葉」という名前を名乗ったとされています。

樋口一葉と同じ学舎(萩の舎)に通っていた人物

樋口一葉は10代の頃に萩の舎に通っていましたが、ほかにも以下のような人物が同じ学舎に通っていました。

  • 鍋島侯爵夫人栄子
  • 梨本宮妃伊都子
  • 前田侯爵夫人朗子
  • 綾小路子爵姉妹
  • 旧老中小笠原長行の娘 艶子
  • 旧沼津城主水野忠教の娘 栓子

彼女たちの名前からも推測できるように、萩の舎に通う生徒のほとんどは経済的に裕福な家庭の生まれといった特徴がありました。

樋口一葉の師・半井桃水

一家の家計を背負うことになった樋口一葉が「小説の執筆による家計収入」を得るために師事したのが半井桃水(なからいとうすい)です。

半井桃水は樋口一葉の師匠としてだけでなく、思慕の対象であったと言われています。しかし、半井桃水との関係が萩の舎でも噂になり、歌の師匠である中島歌子からの忠告もあり、樋口一葉は半井桃水と絶交を決意し、疎遠になりました。

樋口一葉が眠る場所

樋口一葉の亡骸は現在「築地本願寺和田堀廟所」にある樋口家の墓地で眠っています。

東京都杉並区にある築地本願寺和田堀廟所は、ソメイヨシノが咲き乱れる自然に囲まれた安らぎの場所としても知られています。恒例行事として誰でも参加できる法要がほぼ毎月開催されていますので、気になった人足を運んでみてはいかがでしょうか。

樋口一葉の死因

樋口一葉は1896年(明治29年)に24歳という若さで亡くなりましたが、その死因は「肺結核」でした。肺結核は、世界三大感染症のひとつといわれており、1950年以前の日本においては、日本人の死因に最も多い「国民病」とされていました。

「亡国病」とも呼ばれるほど恐ろしい病として猛威を振るっていた肺結核ですが、現在では有効な治療薬が開発され、ほとんどの場合、薬で治る病として患者数は激減しています。

一葉記念館で樋口一葉について学ぼう

一葉記念館は、1961年(昭和36年)に東京都台東区に創立された資料館です。当時、女流作家の単独資料館が開設されたのは日本で初めてのことでした。

その後、建物の老朽化や樋口一葉の肖像画が5,000円札に採用されたのを機に、2006年(平成18年)にリニューアルオープンをしています。

  • 樋口一葉の豆知識

    樋口一葉の死因は当時、亡国病と恐れられていた肺結核でした

樋口一葉は若くして女性の地位向上に貢献した文化人

樋口一葉は、当時の男尊女卑であった時代背景を考えると、20代の若い女性であるにも関わらず、その功績が認められたのは異例であったといえるでしょう。

そうした彼女の姿が、男女の機会均等化を目指す現代に必要だと捉えられ、紙幣の肖像画として選ばれたと考えられます。

短い人生にも関わらず、小説家として多くの名作を生み出した樋口一葉。ぜひ一度、彼女の作品を読んでみてはいかがでしょうか。