川崎フロンターレの育成システムを掘り下げる03(全4回)

 近年、川崎フロンターレのアカデミーで育ち、トップチームを経由して世界へと羽ばたいていった選手たちの飛躍が際立っている。三笘薫や田中碧は今や日本代表でも存在感を示し、カタールW杯での活躍も期待されている。

 アカデミーが成果をあげている背景には、さまざまな施策がある。そのひとつがアカデミー専任のスカウトだ。2018年からアカデミースカウトとして未来のフロンターレ戦士たちに声をかけている大田和直哉に、選手を見る視点とその効果を聞いた。

◆第1回はこちら>>板倉滉、三好康児、三笘薫、田中碧...4人はフロンターレでどう育ったのか。幼少時代のコーチに聞いたそれぞれの特長と共通点
◆第2回はこちら>>「選手たちの意識がこんなにも違うのか」。フロンターレU―18がトップチームと対戦、その後にどんなことが起こったのか

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U−18では10番を背負っていた当時17歳の田中碧

 U−19日本代表に名を連ねるDF高井幸大は、高校3年生への進級を控えた2022年2月、川崎フロンターレU−18に在籍しながら、プロ契約を締結した。さらに来季は、U−18からDF松長根悠仁とMF大関友翔のふたりが、トップチームに加入することが発表されている。

 今季もFW五十嵐太陽がU−18からトップチームに昇格したように、川崎フロンターレは育成組織出身の選手が増えている。アカデミーを強化してきた継続性が結実した結果と見ていいだろう。

 U−18の監督を務める長橋康弘は、来シーズン、トップチームに昇格する大関について、次のように語ってくれた。

「彼はU−18からうちに加入した選手なのですが、来た時にはすでに人とは違うところが見えている選手でした。過去に指導をした三好康児や三笘薫も含め、そうした選手はこちらがあれこれと指導しすぎてはいけないとも感じました。すでに持っている個性をさらに伸ばして、確実にトップチームへと導かなければならないと考えると、ひとりの指導者としてはプレッシャーもありました」

 というのも、大関の成長はフロンターレアカデミーが取り組んできた施策の成果でもあった。彼はユース年代になるタイミングでFC多摩ジュニアユースから川崎フロンターレU−18に加入した。川崎フロンターレはユース年代ではセレクションを行なわない年もあり、大関はクラブが動き、スカウトしてきた選手になる。

 すなわち、大関のトップチーム昇格は、2018年からアカデミー専任のスカウトを登用したことによる、ひとつの形だったのである。

 そのアカデミースカウトとして活動する大田和直哉に、選手を見る視点について聞いた。

「アカデミーを統括する育成部長の山岸繁からは、いい料理人がいい素材を用いなければ最高の料理はできない、という話をされました。選手の育成に当てはめると、プロになる選手を育てるためには、いい指導者に加えて、能力のある選手がいなければならない。

 うちにはすばらしい料理人=指導者がいるので、そのためにはいい素材=能力のある選手を探してきてほしいと言われました。そこはアカデミー専任のスカウトとして活動するにあたって、自分自身も共感したところでした。また当初は、走るスピードが速かったり、身長が高かったりと、今までのアカデミーにはいなかったようなタイプの選手を見つけてきてほしい、というオーダーがありました」

「当初」とつけ加えたところに意味がある。

 大田和が活動をはじめた2018年時点で、アカデミー専任のスカウトを設置しているJリーグのクラブは、すでに珍しくなかった。川崎フロンターレはいわば後発だったわけだが、それから5年間で、さらに環境は様変わりした。今では複数名のアカデミースカウトを登用しているクラブもあるという。

 同時に5年間で、大田和の選手を見る視点にも変化が生じている。

「ジュニア世代の環境に目を向けると、特徴のある、もしくは特徴の異なるスクールが各地域で展開されていて、なかには週7日でサッカーをやっている選手もいます。そうした環境でサッカーをしている子どもならば、やはり人よりもプレーは抜きん出ています。そのため、一般的にサッカーがうまいと言われる選手は、ジュニアに限っていえば、作り出せる、育てられると感じるようになりました」

 では、今は何を重要視しているのか。

「もちろん、まずはその選手に他よりも目立つところ、秀でたところがあるかどうかはポイントです。一方で、フロンターレの代名詞である技術についてですが、ここは年齢が下がれば下がるほど、あまり意識していません。うちにはいい料理人=すばらしい指導者たちがいるので、いわゆるフロンターレらしさは、練習することで身についていくと考えています。加えて、スピードや高さといった特徴の前に、その子がサッカーを本当に好きかどうかを見るようにしています」

 重視しているのは、サッカーをやらされているのか、それとも自ら率先してやっているのかどうかだ。

「最近はいわゆる、保護者にサッカーをやらされていると感じてしまう子どもも多く見受けられます。というのも、小学生の試合を視察に行くと、ゴールが決まってもあまり喜ばない選手もいるからです。

 プロの選手ですらゴールを決めたら、ビックリするくらい喜びを爆発させるのに、まだ無邪気なはずの子どもがゴールを決めても喜ばずに、淡々と自陣に戻っていく。チームメイトもすぐに戻ってプレーを再開させている光景を見ると、誰が何のためにサッカーをしているのかという原点に気づかされました。

 そのため、その選手がゴールを決めてめちゃくちゃに喜んでいる姿や、苦しいときにチームメイトに対してポジティブな声をかけているかなど、選手がどのようにサッカーに向き合っているかを見るようになりました。その時点では、身体的な特徴としてスピードや高さがなかったとしても、サッカーが好きなのであれば、選手として伸びるという可能性は大いにあるな、と」

 教育や経験の観点から、昨今は子どもに早いうちから多くの習い事をさせるケースも増えている。団体競技であるサッカーは協調性を育まれるため、そのうちのひとつとして選ばれることもある。また、保護者自身はサッカーが好きだが、子どもは......という状況も、往々にしてある。それだけに大田和の視点は核心をついていた。

「以前はスピードや高さ、さらには技術といった目立つところに自分自身も飛びついてしまっている傾向がありました。でも今は、その子が本当に楽しそうにプレーしているのか、サッカーに対して自主性があるのかどうかを注意して見るようにしています」

 町クラブでプレーしている選手を、ジュニア世代のうちにU−10やU−12に引き抜くことはなく、ジュニアユースになるタイミングで、チームに加入してもらうように働きかけている。そのため、スクールにエリートクラスを設立し、そこでの練習参加や活動を促している。ジュニア世代ではセレクションも開催しているが、大田和が活動して5年目となり、スカウトの効果は着実に表れている。

「来シーズンからジュニアユース年代のU−15が2チーム体制になるのですが、半数以上がスカウトしてきた選手になります。自分がスカウトを担当する以前は、セレクションだけだったので、受けに来てくれた選手のなかから優秀な選手を選ぶしか方法がありませんでした。でも今は、それ以外の選手たちについても把握することで、相対的に見ることができるようになりました。いい素材がいい指導を受けていけば、必然的に全体のレベルも上がっていくように感じています」

 そのU−15を指導する玉置晴一監督も言う。

「今まではセレクションだけだったので、U−12からうちで育ってきた選手と、中学生になり外部から加入した選手とで、ボールを止めて蹴るという技術や、うちの選手が持っているマインドの部分で、必然的にバラツキがありました。

 今はスカウトが技術的なベースがあり、サッカーに対する強いマインドを持っている力のある選手たちに声をかけてくれているので、その差を感じなくなりました。思春期を迎える子どもたちなので、最初は当然、外と内というライバル意識はありますが、それも含めてお互いに刺激し合いながら成長していってくれているように感じています」

 セレクションでU−15に加入する選手が年々減少していることからも、スカウトの重要性は顕著といえる。

 一方でユース世代になると、クラブからのオーダーはまた変化する。大田和が言う。

「クラブから求められているのは即戦力になります。うちでプレーする同学年の選手と比較した時、試合に出られるレベルにあるかどうかが基準になります。そのうえで、何か特徴に秀でたものがあるのかどうか。また、秀でた特徴があったとしても、そこに技術が伴っていなければ、うちでは試合に出ることはできないので、特徴を活かせる技術が備わっているかどうかも見ています」

 ちなみに冒頭で紹介した大関は、どうだったのだろうか。

「最初に彼を見たのは中学2年生の夏でした。その後、ほかの選手も含めて練習参加してもらったのですが、当時は何か秀でた特徴があるかと言われたら、決してそこまでではなく、当時U−18の監督だった今野章さんの求めることを忠実に表現する選手という印象でした。

 その今野さんが、『彼はセンスがあるよ』と太鼓判を押してくれたこともあって、フロンターレでプレーする技術のある選手という認識をしていました。それから中学3年生になり、再び彼のプレーを見ると、驚くほど成長していた。中村憲剛さんのように、中盤で自らがゲームを作ってラストパスを出し、ペナルティーエリア付近から自らミドルシュートを決めるような、怖い存在の選手になっていました」

「それに」と言って大田和が言葉を続ける。ここも川崎フロンターレのアカデミーに加入する選手としては、重要なポイントだった。

「最終的にはほかのクラブからも声はかかっていたようですが、小さいころからご両親と一緒にフロンターレの練習場に足を運んだり、等々力で試合を見ていたりして、彼自身がフロンターレを好きだったことも大きかったと思います。彼からはフロンターレでプロになりたいという野心を感じましたから」

 プロになる選手を輩出することを目標とするアカデミーとしては、やはりひとつの成果であり、結果だった。

 大田和は「僕は彼を連れてきただけで、努力したのは彼自身です」と前置きしつつ、「任された役割が5年目でひとつ形になったのかなとは感じました」と話す。

 各クラブともに育成年代におけるスカウト活動が活発化するなか、大田和はモットーを聞かせてくれた。

「うちに来ればプロになれる、という言葉は絶対に言わないようにしています。プロになるかどうかは僕らではなく、選手自身が努力してつかむものなので」

 トップチームがJ1で優勝し、アカデミー出身選手がそこで活躍、さらには世界にも飛び出していることで、大田和の活動も優位に働いているという。今では、彼の目にとまった選手の多くが、川崎フロンターレでプレーする選択をしてくれるようになった。

「理想は、誰もが川崎フロンターレでプレーしたいと思うクラブになることだと思います。スカウトが多ければ多いほど、選手を見る目は増えるかもしれませんが、大切なのはクラブ自体の価値を上げていくことです。そうすれば大関のように、フロンターレのことが好きで、フロンターレに入りたかった選手が増えていく。そんな選手がU−15からでも、U−18からでも経験を重ねていくことのできるルートを作れたらいいなと思っています」

◆第4回につづく>>小林悠や大島僚太に衝撃を受け、中村憲剛に教えを請う。フロンターレの若手有望株はこうやって次々と育つ