取材場所のカフェの階段を夏らしいワンピース姿の菜乃花が上ってくると、自然に店内の目線が集中する。

さすが人気グラドル。そう話すと、笑顔を浮かべる。

「いやいや、全然ですよ。写真集を出し続けられていること、ファンをずっと大事にしている。それだけ。あとノースキャンダル。おじさんを転がしそうに見えるかもしれないですけど、くそまじめなんですよ」

真面目との言葉に偽りはなかった。2015年に日テレジェニックにも輝いたトップグラドルは真剣に、今のグラビア業界の問題点、そして後輩たちへの思いについて赤裸々に語り始めた。

○DVDで精神的につらくなることも

菜乃花


菜乃花は今春、9年間在籍した事務所を退社した。現在は友人の事務所に籍はあるが、実質はフリーランス。仕事上の雑務を自らこなし、以前の倍は忙しい日々を送る。

これまで16枚のイメージDVDを出しているが、あるメーカーのDVDが精神的につらくなった。擬似セックスを想像させるシーンがあまりに露骨だったからだ。

「でもDVDを出したくないというと怒られるだろうし、嫌って言えなくて。監督も苦手な人だけど、最初から決まっていて変えられない。私のわがままでDVDをやめたいとはいえなかった」

菜乃花の気持ちとは裏腹に過激な露出を見せたDVDの売り上げは伸び、当時のマネージャーも喜んだ。けれど菜乃花を長く見てきたファンの反応は違った。

秋葉原で開催されたDVD発売記念イベント。ファンから渡された手紙には「もう、これ以上がんばらなくていいよ」「これからもファンだからイベントには来るけれど、DVDはつらい」と心配する言葉が書かれていた。つらくなった。

ある時親しい後輩グラドルの言葉にがく然とした。

「そのDVDをマネージャーに見せられて『菜乃花もここまでやっているのだから頑張れ』と言われたらしいんです。そんなことの引き合いに出される負の前例を作ってしまったと思うと、すごくつらかった」

○露出を頑張るのは本当に自分のため?



普段はあまり自分からは後輩に話しかけないタイプ。でも、グラビアの先輩として伝えたいことがずっとあった。一つは年々過激化するグラドルの露出。雑誌の表紙を飾るグラドルたちが、撮影会やSNSで露出を前面に押し出したことで、露出こそ正解と見られるようになった。

「あんなにスタイルが良くて、雑誌の表紙を飾る子たちが大きな撮影会で際どい衣装を着てくる。プロ意識だしすごいと思うけれど、衣装にラインを引いてもらわないと、新人の子たちが『雑誌の表紙の子があんなに頑張って露出しているのに、なんでお前はできないんだ』と言われてしまう」

実際に菜乃花が撮影会にゲストとして参加すると、登場するグラドルがみな信じられないほど過激な水着で青ざめた。

「もちろん露出することが快感な子もいるし、それは否定しないです。でも今やっている子はみんな本当に納得してるのかなって。撮影会で人に来てほしいから、SNSで『いいね』を増やしたいから露出する。それでいいのかな。グラビア業界自体が安っぽく見られてしまわないかな」。

グラドルたちがSNSで過激な水着写真の投稿をするようになったのも気になっている。

「先輩のグラドルたちがSNSの写真投稿を『私がやってきたことは間違っていなかった。グラドルはこうやるべき』と大々的に出していくと、ただエロい自撮りを出すことがイコール頑張っているという勘違いにつながっちゃう。実際は露出だけじゃフォロワーは増えないんです。一見そう見える人も工夫をして投稿している」

グラビアという仕事が好きで、誇りを持っている。だからこそグラビアを本気でやりたい子には不幸になってほしくない。

「女の子が使い捨てになるのは嫌だし、夢を追いかけてるからお金をやらなくていいと思っている大人の思惑にみんな気付いてほしい」



一方でバイト感覚のグラドルが増えていて驚いた。

「OLやるより週3回撮影会をやる方が儲かるからという感覚の子もいて、どれだけの子がこの仕事で食べていこうと思っているのか。グラビアの仕事をしていると小金持ちの社長くらいは寄ってくる。だからどこか良いところで結婚しようって思ってるのかも」

以前とは違い、撮影会やSNSで水着になるだけで誰でもグラビアアイドルと名乗れてしまう。グラビアに誇りをもっている菜乃花だけに、現在の状況には納得いってない様子だった。菜乃花自身は日テレジェニックに選ばれたときも、ワインバーのアルバイトをしながら芸能の仕事を続けた。派手な生活を想像されがちだが、普通と変わらない感覚の持ち主だ。

「正直いうとモテないわけない。寄ってくる人にお金持ちもいますけど、人に家賃を払ってもらうのも、人のお金で旅行に行くのも性格的に嫌なんです」

「芸能界の女の子って、デビュー当初は夜に飲みに行って人脈を作ろうと思うことが多いんです。でもそれは仕事にはつながらない。せいぜい旅行に連れて行ってくれるくらい。だいたい自分の身分をひけらかして飲んでいるやつにロクなやつはいない。人脈を作るのが近道に見えてしまうかもしれないけれど、地道にファンを作っていくのが本当の近道なんです」

テレビの有力者が来るからと飲み会の誘いもあるが、一度も行ったことがない。

「たとえ1回テレビで使ってもらっても、自分のレベルに合ってない仕事は『あの子ダメだったね』で終わって次につながらない。グラドルがテレビに出るときは誰々さんに口説かれたという暴露か、意味もなく脱ぐか。それをやった先ってあるのかなと思う。変なネタで面白おかしくされるからテレビに出ても意外とSNSのフォロワーって200人くらいしか増えないんですよ」

○新しい写真集であえて出版社を選ばなかった理由



事務所を辞めフリーになると、数社から写真集のオファーが舞い込んだ。ある担当者からは「事務所に写真集を出したいと話をしていたけど、なかなか進めてもらえなくて」と聞いた。

新しい写真集の版元として選んだのは伝統的な出版社ではなく、新興の出版社LIKTEN.LLCが運営する「マレットガール」という出版レーベル。このレーベルはオークション形式で写真集を販売するという新しい試みを行っている。

30代初となる写真集『Chantilly(シャンティー)』は通常の流通は行わず限定200部のみで、購入者は定められた期間の間に入札していく。菜乃花本人は出来栄えに100%満足しているという写真集だが、あまりの露出度の高さに驚いた。

「違う出版社からは女性向けのかわいい写真集を作ろうと言われました。ありがたい話だったんですけど、フリーになった瞬間にぬるい自己満足の写真集を出したくなかった。良いものを作りたいし、ファンのみんなの需要も考えたい。まだまだグラビアをやるぞと意思表示の写真集にしたら、今までで一番過激になりました」

菜乃花にとってオークション形式は初めての試み。入札がどれだけあるかスタート前は不安だったが、いざオークションが始まると限定200部に対し、700以上の入札があった。高額の入札も集まり、「マレットガール」の過去の作品に比べ2倍の売り上げを達成した。

「まだグラビアの仕事を続けられるなと思いました。本当にファンに感謝の気持ちだけです。うれしかった」

グラビアアイドルが写真集を出す場合、不特定多数の人間に購入されるために最低限は"手ブラ"など多くの露出を編集者から求められる。写真集は多くのグラドルにとって夢だけに抗うのは難しく、結果グラドルたちはほぼ裸となった作品を出さざるを得ない。一方、マレットガールは少量出版でコアなファン向けのため、グラドルたち本人が希望した内容を作りやすい。

「今回みたいなオークション形式って、本人が満足いって、本人が楽しんで撮影する。だからこそ本人が自然に『写真集を買ってね』とファンに言えるんです。固定のコアなファンがいれば出せるので、全国的な知名度はなくて今まで写真集を出すのが難しかった子にもいいと思います」

新しいやり方での写真集だが、収入面に問題はない。

「私の収入は確保されていて、一定冊以上売れた場合はさらにバックがあります。今、私はフリーなこともあるのですが、事務所時代の写真集に比べて5倍以上の収入になります」

オークションを使った写真集は、グラドルにとっての新たな選択肢になると思っている。

○いつかは撮影会を運営



グラビアや公営ギャンブルの仕事は継続していく一方、これまでキャリアから培った健康美ノウハウを菜乃花本人と一緒にトレーニングできるようにしたフィットネスサービスをスタートする予定だ。

「インターネットでのコミュニケーションはファンの方も喜ぶんですけど、インスタライブでやると変な人が増えて『谷間を見せろ』とコメント欄が荒れる。普通にコミュニケーションを取りたい人には不快だし、私にも不快。ファンの人だけでコミュニケーションをとれるファンクラブを作ろうと思ってます」

その先には、グラビアの後輩たちのために何かできればとも考えている。

「グラビアの女の子たちにはお金をちゃんともらってほしいから、たとえ撮影会を運営したいなと思ってます。女性が運営していると安心するだろうし、不安だったり悩みだったりいろいろ聞いてあげたいんです」

もう何かを強要されることはない。今は愛するグラビアについて好きなだけ考え、好きなだけ行動に移せる。取材を終えカフェから出た時、菜乃花の姿が以前よりまぶしく見えた。それは夏の太陽のせいだけではないはずだ。