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V12エンジンの静かなハミング

text:Martin Buckley(マーティン・バックリー)photo:Olgun Kordal(オルガン・コーダル)translation:Kenji Nakajima(中嶋健治)

 
1978年製の大きなジャガーXJ-Sへ座ると、レザー張りの小さな空間に包まれる感じがする。いくつかのメーターと警告灯クラスターが納まるダッシュボード。提案で終わった、2速リアアスクルのインジケーターが収まる可能性もあった。

シートは細身で現代的。ジャガー風のセミアームチェア・タイプではない。当時ドライビングポジションが非難された理由は、何だったのだろう。

ジャガーXJ-S(HE型以前/1975年−1980年)

低い唸りのスターターが回り、V12エンジン特有のハミングが交代で響き出す。レブカウンターを見ないと回転数がわからないほど、静かで滑らかだ。

ほかのV12エンジンとは異なるサウンド。自然吸気のメカニカルな雰囲気で、加速を求めてしまう。スムーズな振る舞いのまま、XJ-Sは先を急ぐ。

6000rpmめがけて回転数を上げない限り、重厚なトランスミッションからのメカノイズの方が、エンジンのハミングより耳に届く。XJ-Sはクリーミーに道路を進む。加速感は、予想に反して穏やかだ。

クラッチは軽く、シフトチェンジも忙しくない。トップギアに入れて、太いトルクに任せて、滑らかで正確なスロットルレスポンスを楽しむ。

一方、今回のロータス・エリートは1980年以降のクルマで、エンジンはタイプ912と呼ばれる2.2L。大きいフロントスポイラーとテールランプが見た目の違いだが、エンジンは期待以上に柔軟だった。

大人も座れるエリートのリアシート

太くフラットなトルクカーブのおかげで、4速、32km/hからフルスロットルの加速も受け付けてくれる。ゲトラグ製の5速MTは扱いやすく、変速操作は苦ではない。

オースチン・マキシ由来の2.0Lユニットより印象は優れている。7000rpmまで引っ張れば、2速で96km/h、3速で133km/hに届く。

ロータス・エリート(1974年−1982年)

XJ-Sよりさらに低いエリートは、太いCピラーのおかげで、斜め後方の視界が悪い。XJ-Sと同様に。パッケージングには優れ、膝は立て気味になるが、大人も優れるクッションの効いたリアシートが備わる。ジャガーの方は、あくまでも子供向けといったところ。

珍しいフルレザーの内装が、エリートの車内の雰囲気を彩る。高級なリビエラ仕様で、ルーフパネルは持ち上げることが可能だ。リアシートの後ろにはガラス製のデバイダーが入り、ガソリンや排気ガスの匂いを防いでくれる。

水色のエリート・オーナー、アンガス・ワトソンはロンドンの西、ストラウドに住む、もとエンジニア。6才の頃からジム・クラークのファンとなり、今も情熱は冷めていない。

「わたしは、英国北東部の街で育ちました。学校の教科書にはロータス・ヨーロッパのいたずら書きをしていました。コーリン・チャップマンの空気力学やプラスティック技術、エレンガントなシンプルさに、すっかりのめり込んだのです」 と振り返るワトソン。

初めの1年で4万8000kmを走った

大人になったワトソンは、S2のヨーロッパを購入。続いてエランと、エラン・フィックスド・ヘッド・クーペを手に入れた。「いつもオリジナルのロータス製部品を選んでいました」

子育てが始まると、ワトソンは1984年にアイスブルーのロータス・エリート・リビエラを購入。最初の1年で、4万8000kmを走ったという。整備は9600km毎に受けていた。「整備費用は1万1000ポンド。マセラティ・ボーラが買える金額です」

ジャガーXJ-S/ロータス・エリート

「今まで20万ポンド(2700万円)くらいは投じています。いまでも2万ポンド(270万円)ほどの価値がある、ベストの状態です」

このエリートは、専門家のポール・マティの手によってレストアを最近受けた。トップギアに入れれば穏やかな高速巡航も楽しめる。

中間ギアで回転数を高めれば、快音を響かせてアグレッシブにもなる。112km/hを超えるまで、ジャガーXJ-Sと引けを取らない加速を披露した。

エリートはXJ-Sとは対象的な、活発で深みのある4気筒らしいサウンドを響かせる。直線ではXJ-Sの方が速いかもしれないが、入り組んだ地形の道では、エリートの方が先を行くはず。

一体感と落ち着きがあり、安定性も高い。ボディロールやアンダーステアは最小限。操縦したとおりのナチュラルな振る舞いは、リラックスもできる。運転姿勢に優れ、乗り心地も快適。贅肉が削がれ、レスポンスは常に予想通り。

穏やかでバランスの良いXJ-S

ジャガーXJのサスペンションとステアリングに手を加え、引き締まった設定を得たXJ-S。サルーンよりひと回り小さく、扱いやすい。

ステアリングホイールの重さは適度で、正確性も高い。ダイレクトさには欠ける。乗り心地は柔らかく、15km/hでも180km/hでも、同じように滑らか。賛否の大きい、安っぽい塗装のドアフレームながら、風切り音は不気味なほどない。

ジャガーXJ-S/ロータス・エリート

エリートよりはるかに重く大きいXJ-Sだが、バランスはとても良い。ドライバーの運転する自信を引き出してくれる。アクセルを踏み込みすぎたり、ブレーキ操作が遅れても、穏やかな挙動のまま。XJ-Sは限界領域まで攻め立てて走るクルマではない。

ロータスもジャガーも、筆者は大好きだ。実際に所有するということ以上に、自動車メーカーとしての考え方が好きなのだと思う。

誕生から50年を迎えようとしている2台。欠点がないわけではないが、クルマとしてのコンセプトに注目し、お祝いしたい気持ちになる。

錆びやすいシャシーと、欠陥のあるリアサスペンション構造という、共通の弱点も抱えている。どちらのクルマのオーナーであっても、品質には悩まされることだろう。

1台を選ぶとなったら、筆者はジャガーを取る。XJ-Sは、ブリティッシュ・レイランドのフラッグシップモデル。時代錯誤な感覚で生まれた、世界で最もラグジュアリーなクーペの1台だった。品質問題以前のところに、XJ-Sの課題はあった。

良いクルマとするための条件

ストライキの続く時代のジャガーが、英国から世界へ提示したグランドツアラーこそ、XJ-S。必要以上の内容といわれながら改良を受け続け、生産は20年間も続けられた。

反面、ロータス・エリートのパフォーマンスは、物足りないものだった。ほかのロータス製の公道用モデルと同じように、コーリン・チャップマンが、ふんだんなアイデアを投じたはずだが。

ジャガーXJ-S(HE型以前/1975年−1980年)

軽量で安全で、豪奢でありながら4気筒の4シーターという、要点の見えにくいエリート。皮肉にも、ローバー製のV8エンジンへ載せ替える人も少なくなかった。

この2台を並べると、良いクルマとする条件が見えてくるようだ。つまり、過ぎたるは及ばざるがごとし。あるいは、帯に短したすきに長し。故人も、条件を知っていたのかもしれない。

2台のスペック

ジャガーXJ-S(HE型以前/1975年−1980年)

価格:新車時 1万4472ポンド/現在 1万8000ポンド(243万円)以下
生産台数:1万4800台
全長:4872mm
全幅:1791mm
全高:1265mm
最高速度:246km/h
0-96km/h加速:6.9秒
燃費:4.6km/L
CO2排出量:−
乾燥重量:1707kg
パワートレイン:V型12気筒5344cc自然吸気
使用燃料:ガソリン
最高出力:289ps/5800rpm
最大トルク:40.5kg-m/4500rpm
ギアボックス:4速マニュアル/3速オートマティック

ロータス・エリート(1974年−1982年)

価格:新車時 1万6433ポンド/現在 1万ポンド(135万円)以下
生産台数:2398台
全長:4458mm
全幅:1816mm
全高:1207mm
最高速度:212km/h
0-96km/h加速:7.5秒
燃費:12.8km/L
CO2排出量:−
乾燥重量:1102kg
パワートレイン:直越4気筒2174cc自然吸気
使用燃料:ガソリン
最高出力:162ps/6500rpm
最大トルク:22.0kg-m/5000rpm
ギアボックス:5速マニュアル/3速オートマティック